第2話
イウラの爆発事故から数日後。
イウラからそう遠く無い位置に存在する森を、黒いコートを身に纏った少女は歩いていた。少女――――イオはコートに着いているフードを深く被っており、その表情を伺い知る事は出来ないが、今にも頭を抱えそうな雰囲気を醸し出していて、何かを後悔している、という事だけは理解できる。………まぁ、取り敢えず、今の彼女の悩み事は、
「……………ここ、…………何処?」
という感じではあるのだが。
「今考えると、私、とんでもなくバカだよね………」
イオは心の底から数日前の自分を恨めしく思う。それはもう、もしも数日前に自分が戻れるとしたならば、一発殴って小一時間説教をしたい程に。何故なら、
「目的しか決まって無いのに都市から居なくなるとか、絶対旅人の事嘗めてるでしょ!最低限ここら一帯の地図位買わないと迷うなんて当たり前なのに………というかそれ以前にお金を稼ぐ方法も考えて無いって致命的だし。」
………考えてみれば考えて見るほどに大量の無茶だ!と思える要素が現れる。というかむしろ何でこんなに考えて無いのか不思議な位だ。こんなので旅が出来るとはとても思えない。唯一の救いはこの森には食料になりそうな物が豊富にあって、食べ物には困らない、という事であるが、それだけでは絶対に後で困る事になる。………むしろ現在進行形で迷子である。
ここを抜けたらまず何かしらでお金を稼いで地図を買おう。そう思いながら森を進んで行くと、視界が急激に開け、一本の小道がある平地に出る。
「はぁ………はぁ……。やっと出れた………。」
正直に森から出られた事は嬉しいが、それを喜ぶ程の体力は残っていない。しかも、まだ道が分からない事に代わりは無いのだ。
「う〜ん、どっちにいけば良いんだろ。………取り敢えず、こっちに行ってみよ。」
道が分からないから、これまでと同じ方法で道を決める事にする。一本道なので迷う事も無いだろうし。もし間違っていたら引き返して逆の方に行けば良い。そう思いながらイオは道を進んで行く。………その道に、何処か懐かしさを覚えている自分には気付かずに。
◆
「………ん〜。こっちじゃ無かったか。それにしてもここ、酷いな。」
十数分後、イオが辿り着いたのは、焼け落ちた廃墟の様な場所だった。崩れ落ちている瓦礫は、所々黒く炭化していて、そこが火事によって廃墟となってしまった事を示している。
――――ここは教会だった筈だ。不意にイオの頭がそう告げる。そんなことは知らない。知る筈が無い。とイオはそれを振り払う様に強く頭を振る。
頭が痛い。早くここから離れよう。そう思っているのに、足は廃墟の方へと進んで行く。
あそこは自分の部屋だった。いつだったか、兄に看病してもらった事がある。/そんな事は知らない。そんな事、私は体験してない。
あそこは礼拝堂。シスターと、二人の兄と話をするのは楽しかった。/知らない。そんな趣味は持って無いし、シスターなんて人も、二人の兄も、いた筈が無い。
あの木は二人の兄のお気に入りだった。何時も優しくて頼りになる一番上の兄と、私には少し意地悪だったけど、それでも大切だった二番目の兄。いつも二人であの木に登っていた。/あり得ない。あり得ない。あり得ない!私は造られた実験体。兄なんて、家族なんているわけがない!私は君じゃない!私はイオで、サヤじゃない!だから、だから、
「私の中に、……入って………来るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
イオは叫ぶ。それはいっそ、絶叫に近かった。そうしないと自分が、イオという人格が何かに、………彼女に飲み込まれてしまうと思ったから。イオは、それが何よりも怖かったから。
すると、頭の中で響いてきた声が聞こえなくなる。それと同時に、先程から続いていた頭痛も消える。
「はぁ……はぁ……はぁ……。ようやく…………え?……」
ここから離れられる。そう続けようとした言葉は、視界に映り込んできた一つのものにより遮られる。
それは一つの墓だった。何も特徴の無い。ただの墓。その墓には、ただ、『シスター』とだけ書かれている。ただそれだけのものなのに、イオの足は、無意識の内に体を墓の前へと運ぶ。
「…あ………ぁ」
名前も顔も知らない筈なのに、何かが胸に込み上げて来て、目からは涙が零れ落ちる。
「……あぁ…………ああぁ………」
この人を知っているのは自分ではないと分かっているのに、この感情はイオのものではなくサヤのものだと分かっている筈なのに。溢れ出した涙は止まってはくれない。
「あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
何も考えられなくなって、暫くイオは、その場に涙を落とし続けた。
◆
数分後。涙の止まったイオは立ち上がり、墓に背を向けてその場から離れようとする。何時までもここには居られないから。ここに居ると自分がおかしくなりそうだから。
そう思い後ろを見ると、一人の男が立っているのが見える。細身の体に黒いスーツを着た、背の高い男。泣いている姿を見られたか、とも思ったが、あそこなら瓦礫のお陰で姿は見えなかっただろうし、それなりに遠いため、声も聞こえて無いだろうと考え直す。戻る道を塞ぐ様にして立っていたため、男の方へと近付く様に歩く。男もこちらに気付いたのか、声を掛けてくる。
「おや、こんな所に人なんて、珍しいですねぇ。どうしたんですか。」
少し胡散臭いと思ったが、悪意は無さそうなので、素直に答えておく。
「あははは………この辺りの地図を持ってなくて道に迷っちゃって。」
すると男は呆れた様な表情になって答える。
「は?………失礼ですが、………頭、大丈夫ですか?」
「その言葉、数日前の自分に言ってやりたいです。」
「そ、そうですか………あ、少し遠いのですが、この道を真っ直ぐ進んだ所に村がありますよ。」
ありがとうございます。そう礼を言って男の脇を通りすぎ様とした時、頭に警告が走る。咄嗟に黒い剣を出現させ自分の盾になる様に構える。
この黒い剣がイオの持っている力――――魔導書だった。『黒の魔導書』と呼ばれるこれは、この黒い剣で触れた術式を無効化する、というもの。剣は8本あり、イオはこの剣の内2本を手に持ち、残りの6本を背に羽の様に出現させる。2本を手に持つ理由は、6本までしか手を使わずに自由に動かせないからで、6本の剣は指令を出さない間はイオを自動で防御する。
ギィン!と金属同士がぶつかった音が響くと同時に、イオは自ら後ろに飛んで衝撃を和らげ、体勢を立て直す。
「………どういう事ですか?」
残る7本の剣を出現させながら言うと、男は手に持ったナイフを弄び、馬鹿にした様に笑いながら喋り出す。
「あらららら。今のを防いじゃいますか。これはこれは………テルミさんが言った通り、そこらの一般人とは違う様ですねぇ。………ああ、どういう事か、でしたっけ。あれですよ。あなたは一体何者なのか、興味が湧いたみたいで。聞かせて貰えますかね?」
「いきなり襲ってくる通り魔紛いの人に教える事なんて無いよ。」
それに男はテルミ、と口に出した。その名前は知っている。私達を造った、所謂悪趣味な人だ。そんな人に捕まりたくは無い。
「あらら。それは残念ですねぇ。なら、強制的に聞かせて貰いましょうか。」
そう言って、男は此方に襲い掛かってきた。