第37話
「………ふぅ。」
大海にぽつりと浮かぶ孤島、イシャナ。その中でセリカは微かに疲労を滲ませて溜め息を吐く。
「………よし、頑張る。」
今は多少の疲れに弱音を吐いては居られない。セリカはそう言って自分を励ますと、小走りに足を急がせる。目的地は、イシャナの街中の一部、タケミカヅチにより瓦礫の山となってしまった幾つかの民家がある場所だ。
「セリカ殿。顔色が優れぬ様だが………。」
走り出そうとしたセリカに、後ろから声が掛けられる。声の主はヴァルケンハイン。彼も瓦礫の撤去や怪我人の救出等の作業をしていたのだろう、いつもの執事服の上着を脱いでいる。
「ううん、大丈夫。ちょっとぼーっとしちゃって。」
「無理もない。昨夜からずっとこうして走り回っているのだ。疲れが出ているのだろう。いい加減休んだ方が良い。」
ヴァルケンハインはそう言って注意する。セリカは、昨日の夕方にタケミカヅチと共にイシャナに転移されてきてから、ろくに睡眠や食事を挟まずに被害があった所を駆け回り、怪我人に治癒魔法を施して回っている。
「うん、ありがとう。でも大丈夫。イオちゃんも頑張ってるのに、こんなことで休んでられないよ。」
「………そのイオ殿からの頼みだ。まだ休んでいないだろうから、セリカ殿を休ませるように、とな。」
セリカはヴァルケンハインの言葉に苦笑して視線を空へと向ける。そこには黒い巨人が仰向けになり、背中を黒い巨大な剣に貫かれて宙に浮いている、という光景が広がっていた。黒い巨人はタケミカヅチ、それを貫く剣はイオが作り出したものだ。
「………じゃあ、そのイオちゃんは?」
ヴァルケンハインへと視線を戻したセリカはそう聞く。ヴァルケンハインはそれに厳しい顔をすると、
「今はタケミカヅチを落とした時、被害が出るであろう場所に住んでいる人々を説得して避難するように頼んでいる。本当はイオ殿も休ませたい所だが、彼女が気を抜くと、あの剣は消えてしまうらしいのでな。」
そう答えた。イオとセリカは、黒き獣の中と思われる空間から抜け出した後、気が付いた時にはイシャナに居た。そこで、タケミカヅチが真上から落ちてくるのを見たイオは、黒い剣を全て合わせて巨大な剣を作り、タケミカヅチを空中に縫い付けたのだ。それでも、力なく放り出された手足や、肩から滑り落ちた黒き獣の首の一つによって、二十近い建物が瓦礫の山となってしまったが、それでもタケミカヅチそのものが落ちてきた時に起こるであろう被害と比べればとても小さいものだろう。
「そっか。頑張ってるんだ。うん、やっぱり最後までやらせて。イオちゃんのおかげで怪我人は少ないから後少しだし、今は休む方がしんどいから。」
ヴァルケンハインの言葉をセリカはそう拒絶する。その瞳には、彼女の姉そっくりの強情さが映っていた。
「………後少しだけだ。あまりに強情を貫くなら、力ずくでも家に帰すぞ。」
姉妹揃って強情な所は変わらない。ヴァルケンハインは呆れと共にそんなことを思いながらセリカに向かってそう言った。セリカはそれに、
「うん。分かった。」
と頷くと、近くでぐったりとしている女性の方へと駆け出していった。
◆
「………ふぅ、やっと終わった〜!」
時は過ぎていき、日も沈みかけた頃。イシャナの町の一画で、イオはぐーっと背伸びをしながらそう言った。前日の夕方から続けていた、タケミカヅチを落とした時、被害が出る場所に住んでいる住民に避難をする事を了承して貰ったのだ。
「お疲れ、嬢ちゃん。しっかし、こんな短い時間で本当に全員の避難を了承させちまうとはな。」
「あははは。でも、カムイさんが居なかったら、こんなに早く了承は取れませんでした。ありがとうございます。」
背後から聞こえた男性の声に、イオは笑いながら振り向いて答える。そこには、虚空情報管理局の制服を着た、黒髪の青年が立っていた。カムイ=ムツキ。それがこの青年の名前らしい。
「礼なんか言われる必要はねぇよ。俺だって此処に住んでるからな。顔見知りもいるし、そいつらに死なれたくはねぇ。なら、嬢ちゃんの手伝いをするのは当たり前だろ?」
カムイはイオの監視役としてイオを見張っていた。しかし、途中からは自分から家々を走って周り、イオと同じようにそこの住民に避難を了承してもらえるように頼んでいた。
「………でも、良かったんですか?カムイさんの任務、私の監視ですよね?途中から監視してなかったし、監視対象に話しかけちゃったら不味いんじゃないですか?」
思い出したようにイオはカムイに聞く。イオとしては、自分のやるべき事を手伝って貰ったため、とてもありがたいのだが、虚空情報管理局としては監視対象を無視して別の作業をしているのは不味いだろう。
「ん?問題ないな。俺が監視をやらなかった、って知ってんのは嬢ちゃんだけだし、問題が起きたわけでもない。んで、今監視してるしな。話しかけるのは、監視対象の情報を手に入れる為には必要だろ?ほら、俺は何も任務に違反してない。」
イオの問いかけに、カムイはおどけた様にそう答えてみせる。更に、それにな、と言葉を続ける。
「実は俺、志願して此処に入った訳じゃなくてな。まぁ、ムツキ家が虚空情報管理局と繋がりを持ちたかったらしい。だから、殆ど無理やり叩き込まれた、って訳だ。だから、そこまで忠誠が誓えなくてな。ま、ムツキ家の評価を下げない程度に適当にやってるって訳だ。」
「あははは。確かに疲れそうですね。じゃあ、一つ質問です。さっき言ってましたけど、話してみてどんな情報が手に入ったんですか?」
「あぁ、それなら、嬢ちゃんがお人好しだって事と、中々面白い性格をしてるって事位だな。こんだけ嬢ちゃんの情報が手に入りゃ十分だろ。」
笑いながら質問したイオに、カムイはおどけた様な口調のままでそう返す。どうやら本当に虚空情報管理局の任務を忠実にこなすだけのつもりは無いらしい。
「ん?あぁ、そろそろ黙らなくちゃな。仕事仲間に見られたら流石に不味いし、面倒な事になっちまう。じゃあな、嬢ちゃん。楽しかったぜ。」
「こちらこそ、楽しかったです。カムイさん。ありがとうございました。」
周りを見て気付いた様にそう言い、離れていくカムイに、イオは礼を言う。それにカムイは片手を上げて返事をすると、そのままイオから距離を取っていった。
「あ、いたいた。終わったの?イオちゃん。」
そのまま少し歩いていると、イオを見つけたセリカが声を掛けながら駆け寄ってくる。
「うん。取り敢えず、避難が必要な所に居た人はみんな避難してくれるって。………それで、何か用かな、セリカちゃん。」
「うん。何をするかは分からないんだけど、お姉ちゃんが、イオちゃんの事を探して連れて来てって。」
イオの問いかけに、セリカはそう答える。セリカも、何をするかは聞かされていないらしい。
「………取り敢えず、行こっか、セリカちゃん。ナインさんは何処に居るの?」
「私の家だよ。トリニティさんも一緒。」
セリカはそう言うとくるりと後ろを向いて、来た道を戻っていく。イオはセリカの後を追うようにして、セリカの家へと向かった。
◆
「ただいま、お姉ちゃん。イオちゃんを連れてきたよ」
「えっと、ナインさん。用事があるって聞いたんですけど、何ですか?」
セリカの家に着いたイオは、セリカの言葉に続ける様にして家の前に立っていたナインに問いかける。
「あなたに聞きたいことがあってね。住民の避難は大丈夫なのかしら?」
「あ、はい。大丈夫です。ついさっき全員が了承してくれました。明日の昼までには避難してもらえるらしいので、タケミカヅチを下ろすとしたらその後になると思います。」
イオの答えに、ナインは一つ頷いて返す。どうやら、何時タケミカヅチを下ろせるのか、というのもナインの聞きたいことの中に入っていたらしい。
「それじゃあもう一つ質問するわ。あなたの剣、タケミカヅチのコアに刺さっている?」
「コア………ですか?それって、何処にあるんでしょうか?」
ナインの問いかけにイオは質問で返す。タケミカヅチのコアの位置が分からない以上、刺したかどうかを答えるのは無理だろう。
「ごめんなさい、忘れてたわ。タケミカヅチのコアは、そうね………人でいう、大体心臓の位置にあるわ。」
「心臓………ですか。なら大丈夫だと思います。………ナインさんはタケミカヅチのコアで何かやろうとしてるんですか?」
ナインの問いかけに答えたイオは、続けてナインに問いかける。コアを傷付けていない、というのを聞いたナインが、一瞬だけ安心したような表情を見せたためだ。
「ええ。タケミカヅチのコアを使って、タケミカヅチの様な自立兵器じゃない、人の使う武器を造るのよ。」
ナインはイオの問いかけにそう答えると、イオに礼を言い、話の続きは明日にする、と言ってから、家の中へと戻って行った。