そろそろフェイズシフト編が終わります。具体的には、後1、2話程度だと思います。
第41話
「話が在る。黒き獣を仕留める為の方法についてだ。」
イシャナの街中にあるトリニティの工房。突然ナイン、セリカ、トリニティ、獣兵衛、テルミ、ヴァルケンハイン、イオの七人を呼び集めたハクメンは、重々しく話題を切り出した。
「面白いわ。ぜひ聞かせて。」
ナインの促しにハクメンは頷くと、背から身の丈程もある野太刀の鞘を前に突きつける。彼に渡された事象兵器、斬魔・鳴神だ。
「先ず一つ、明確な事が在る。事象兵器が在ろうとも、黒き獣とまともにぶつかれば、人類は負ける。」
「はい、それは間違いないと思います。あれ、強さが反則ですから。」
「………てめぇが言うな、てめぇが。」
ハクメンの重い断定を、頷いて肯定するイオ。それにテルミは呆れたような顔で指摘する。確かに、彼女が言える事では無いだろう。彼女は数日前まで、2ヶ月にも渡って黒き獣と戦い続けていたのだから。
「言っておくけど、魔道教会で調整の為に振り回すのと、実戦で使うのとでは違うわよ。あれは黒き獣を倒す為のもの。黒き獣を前にすれば、威力は比べ物にならないわ。それは分かってるでしょ?イオ。」
「はい、もちろんです。ですが、問題は武器の性能の話じゃ無いんです。ですよね、ハクメンさん。」
むっとした口調で反論したナインにイオは答えると、ハクメンの方を見る。ハクメンはそれに一つ頷く。
「そうだ。事象兵器は強い。だが、幾ら武器が強くとも、其れを振るう者が黒き獣の攻撃に耐えられなければ意味が在るまい。」
「私が2ヶ月戦えたのも、ある種の「反則」ですから。普通に戦ったら、途中で動けなくなります。………それに、知恵もつけてきてますから。武器の性能だけでどうにか出来る相手じゃありません。」
二人の言葉には迫るような厚みがあった。実際に黒き獣と最近まで戦っていた故のものだ。
「で?肝心の提案っていうのはなんなのよ?」
ナインはそう問いかけると、急かす様に机を指先で小突く。ハクメンはそれに、改めて問いから始めた。
「以前、カカ族の村へ行った時に発見した地下の空洞を覚えて居るな?」
「あの、イオちゃんが倒れちゃったとこだよね。覚えてるよ。」
「あははは………そっちで覚えなくても………あそこですね。確かハクメンさんが、星が造り出した抗体って言ってた………。」
ハクメンの問いかけにセリカが答え、イオが後を続ける。ハクメンはそれに頷くと、言葉を続けた。
「そうだ。あの『場』はセリカ同様に魔素を抑え、排する力を持って居る。彼処に黒き獣を誘導すれば、奴の力の大半を抑え込める。」
「誘導って、あの近くに窯なんかねーぞ?」
興味なさそうに言葉を発したテルミに応じて、トリニティと獣兵衛がイシャナに一番近い窯と、カカ族の村の位置を用意した地図に書き込む。その二つの距離は決して近いとは言えず、誘導する距離としては現実的ではなかった。
「これだけの距離を誘導するのは、徒歩はもちろん、車両でさえ現実的ではない。魔法でも使わん事には………。」
「そうだ。転移魔法を使う。窯から現れた黒き獣を転移させ、そこで叩く。」
「待って、それは無理よ。」
ヴァルケンハインの言葉を引き取ったハクメンの意見を、ナインは否定する。
「理由は距離と黒き獣の質量、ですね?」
確認するように問いかけたイオに、ナインは頷く。転移には質量が関係してくる。それが多ければ多いほど、距離を運べなくなるのだ。黒き獣程の巨大なものを長い距離運ぶには、イシャナの魔道士をかき集めても足りないだろう。
「成らば何処からなら届く?」
ハクメンの質問に、ナインは一瞬面食らった様に眉を下げ、すぐに表情を戻してから地図の上で円を描いた。十聖が全員で転移魔法を使った時に、転移出来る距離の範囲だ。
「………これ、実際はどれくらいか分からないけど、黒き獣からしたら大した距離じゃないよね?」
そう言葉を発したセリカに、ハクメンは相槌を打つように頷く。
「なら、私やる。できたら勝てるかも知れないんだもんね。」
「ち、ちょっと待ちなさい!ハクメン、あんた、誰に何をさせるつもりなの?」
決意した様にそう言ったセリカに、ナインは慌てて声を荒げる。
「セリカを使って、黒き獣を転移可能な場所まで誘導する。」
「はぁ!?ふざけんじゃないわよ、また前みたいな事させるつもり!?却下よ!却下!」
ハクメンの言葉にナインは激昂して怒鳴る。当然だろう、この前は待ち伏せするだけだったが、今度は誘導だ。危険度も桁違いになる。
「ナインさん、落ち着いてください。それにハクメンさんも言い方が悪いですよ。ちゃんと最初から説明しないと。」
イオはそうナインを宥めてから、セリカがやることについて順番に説明をする。タケミカヅチと黒き獣の一部がイシャナに転移した時、セリカとイオが黒き獣の中に入ったこと。そこでラグナと会ったこと。黒き獣の中でラグナが何かをしていたこと。そして、黒き獣の中に入れば、黒き獣を誘導できる状態に出来るだろう、ということ。
「黒き獣は肉体と心臓、二つの物から成って居る。其れ等を同時に潰さねば倒せない。逆に、同時に攻撃出来れば倒せる。心臓に何らかの干渉が在れば、奴の意識は内側に集中し、単純な誘導にも乗るだろう。」
単純な誘導とはつまり、大勢の人間だ。イシャナに居る戦える者をかき集めれば、イシャナに残っている人数よりも遥かに多くなるだろう。
「中に入る、とおっしゃいますけれど、どうやってセリカさんを黒き獣の中にお連れするのですか?もちろん、安全な脱出方法もあるのですよね?」
トリニティはあくまで穏やかに、冷静にそう聞く。少しでも話を進めて、身動きが取れなくなる前に見える範囲を広げるためだ。
「侵入については一案ある。俺の一族に刻殺しの刀(ヒヒイロノカネ)という刀があるんだが、そいつは肉体と精神を同時に斬る力を持っている。それなら黒き獣の精神を斬り、内部に入る事が可能かも知れない。確証は持てんがな。」
獣兵衛の提案に、セリカの瞳は希望を宿した。
「その刀、何処にあるの?獣兵衛さんが持ってるの?」
「ある場所に保管してある。場所は知ってるし、すぐに取りに行ける。」
セリカの問いかけに対する獣兵衛の答えに、セリカは大きく頷く。まるで、問題が全て解決したとでも言わんばかりに。
「待ってください。では脱出はどうするのですか?」
「それについては任せてください。私もセリカちゃんについて黒き獣の中に入りますから。きっと自然に出れると思いますけど、駄目なら私が出口を作ります。前もやったので、出来ますよ。」
トリニティが上げたもう一つの問題点にはイオが答える。その答えを聞くのと同時に、この手ならいけるかもしれない。そんな空気が微かに漂い始めた。
「また、またセリカに頼らないといけないの?私達はセリカなしじゃ、化け物ひとつ仕留められないの?」
抑えきれなくなったようにナインがそう溢す。そのナインにセリカは言葉を掛ける。自分は、ナインの妹なのだと。やれることがあるなら、それをするだけの力があるなら、そうしたい、と。
「他の何を信じなくても良い。認めなくても良い。只、貴様の妹とラグナ=ザ=ブラッドエッジ、そしてイオを信じて居ろ。」
「………ラグナ、イオ。」
ハクメンの言葉に、最後まで揺れ動いていたナインの気持ちは固まる。使える手を全て投入して戦わなければならない最後の戦いは、ここなのだ、と。
「………まずは刻殺しの刀の確保。その間に十聖には話を通しておくわ。」
ナインは荒っぽい仕草で椅子に腰を下ろし、理性的な声で言うと、これからの手順を考えながら、目の前に出されていたカップの中のハーブティーを一気に飲み干した。