今回は少し短いです。
第46話
「レイチェル=アルカード。」
何処までも続く、白く、白く、ただ白いだけの空間。そこにある円を作るようにして配置されている椅子の一つから掛けられた機械的な、それでいて尊大さを含んだ声に、椅子の描く円の中心に立つ少女――――レイチェル=アルカードはうんざりと溜め息を吐いた。
「再度問う。何故、第零式拘束機関――――ツクヨミユニットを解放した?」
椅子から聞こえてくる声に、レイチェルは視線を椅子へと向ける。椅子には誰も座ってはいない。しかし、光源があるわけでもないのに椅子から伸びている影は、椅子とそこに座る人の姿を映し出していた。
「貴方達には関係の無いことだわ。」
影の言葉を、そうレイチェルは切って捨てる。
「ノー、私達は説明を求めます。相応の理由が存在したと判断した場合、私達は『あの男』について、認識の再検討を行わなければなりません。」
「そもそも君の選択は不可解だ。合理的じゃない。『彼』は『起点』であって、『集約点』じゃなかった。それなのにとっておきを切っちゃうなんて、君らしくない。」
義務的な女の声、皮肉っぽい中性的な声が、それぞれ別の椅子からレイチェルに言葉を投げ掛ける。それにレイチェルは不機嫌そうに眉を寄せた。
「不本意ね。貴方が私の何を知っているのかしら?」
「ほぼ全てだ。一人例外を除き、我々は事象全てを観測している。その上で、我々は『ラグナ=ザ=ブラッドエッジ』に対し、価値を観測できない。ツクヨミユニットに比べ、『彼』には価値を見出だせない。………これが、『スサノヲユニット』なら、まだ理解出来るのだがな。」
男の声が、そうレイチェルに疑問を投げ掛ける。レイチェルはそれに僅かに優越感を含ませた微笑を浮かべて一周見回した。
「………たぶん、貴方達には永遠に理解出来ないでしょうね。」
「やれやれ、まぁいいよ。君の事象は君だけのものだ。僕達は起こった事象を受け入れ、選択する。それだけだよ。」
中性的な声は諦めたようにそんな事を言う。その言葉の中の、選択、という部分に、レイチェルは微笑をせせら笑いに変化させた。
「面白い戯言を聞かせてくれるのね………まさか、『神』にでもなったつもり?」
「ノー、私達タカマガハラは人により創造(つく)られたシステムです。『神』にはなり得ません。」
レイチェルの言葉を彼等は否定する。神は、誰かに認識されてしまった時点で神では無くなってしまうのだ。
「………そういう意味ではマスターユニットを除いた場合、僕等にとって一番神に近いのは『彼女』だ。」
「『彼女』?」
思い出したように語った中性的な声に、レイチェルは聞き返す。彼等をして神に一番近い存在と言わしめているもの――――つまり、彼等が観測出来ない存在が何であるのか、興味があった。
「君も知り合いだろう?この世界で初めて発生した『異分子(イレギュラー)』。君の言う『影の英雄』の事だよ。」
その言葉に、レイチェルは少しだけ目を見開き、そのすぐ後に口許に笑みを戻した。『彼女』――――イオがとびきりのイレギュラーだということはレイチェルも知っていた。しかし、このタカマガハラが観測出来ないものだとは思っていなかったのだ。
「僕達には『彼女』を観測することが出来ない。『彼女』と言っているのだって、君達が話している言葉から推測したに過ぎなくて、僕等には『彼女』の姿すら見えていない。これはマスターユニット以外に例を見ないものだ。それで、レイチェル=アルカード。君を此処に喚んだもう一つの理由だけど………『彼女』が何者か、答えてくれないかな?」
中性的な声はそんな事を言ってくる。レイチェルはそれに嘲笑を浮かべる。………この影達は、本気でそんな事を言っているのだろうか?
「お断りするわ。私があの子の事を貴方達に話す意味が無いもの。………むしろ、どうして聞けると思ったのか逆に聞きたいくらいよ。」
「君がそうやって説明を拒否するのも僕達の想定内だよ。」
レイチェルの言葉にまるで最初から分かっていた事のようにそう答える。いや、事実、分かっていたのだろう。レイチェルの性格を考えれば、説明を拒否するのはそうあり得ない答えではない。むしろ、その選択をしない方があり得ない。
「………君が『彼女』について説明してくれたなら、僕達にとってこれほど都合の良いことは無かったんだけどね。………それでも問題ないよ。『彼女』がどれほどの力を持っているかは僕達には分からないけど、『彼女』、いや、人間が一人で起こせる変化は些細なものでしかないからね。君は愚かにも世界が変革を迎えている、と感じているかもしれないけど、それは間違いだ。世界は何も変わっていない。」
「イエス。タカマガハラの構築する世界は常に正確です。例えマスターユニットの干渉によって歪みが生じたとしても、それは『確率事象』における可能性として処理され、タカマガハラの再構成は予定通り行われます。」
彼等はそんな事をそれぞれに言い放つ。彼等の名はタカマガハラシステム。かつて人類が神――――マスターユニットを制御するために造り出した、世界を管理するためのプログラム、神の模造品とも呼べる存在。
かつて繰り返し続け、つい先日ようやく終わりを告げた、繰り返す百年を回し続けていたのも彼等だ。そして彼等は、これから始まる世界の時間さえ、完璧に制御しきれると思っている。
「せっかくご招待いただいたのだから、一つ忠告をしてあげましょうか。………人間は、貴方達の言う『彼女』を含めて、貴方達の予想ほど簡単で、単純じゃないわ。………どうせ言っても理解出来ないでしょうけど。」
レイチェルは指先を口元添えて、微笑を浮かべながらそう言葉を投げる。………彼等と自分はとても近く、それでいて決定的に視点が違っている。彼等は事象、という結果を認識することは出来ても、そこに至る過程の全てを理解することは出来ないだろう。
「………レイチェル=アルカード。君がどう動こうと、世界は我々によって導かれる。………世界は蒼へと回帰し、全ての生命もまた、蒼へと還るのだ。」
あらかじめ決められた運命を告げるように放たれた男の声に、レイチェルは眉をひそめる。………随分意味深な物言いだ。一度全てを終わらせて、もう一度最初から始めようとでもいうつもりなのだろうか?
「………全てが思い通りに行くとは思わないことね。」
レイチェルは不穏に声色を翳らせながらそう告げる。それは警告だ。目の前のタカマガハラシステムへの、そして自分への、警告。
「貴方達は………あの男を解放してしまったのだから。」
レイチェルはそうとだけ言い残すと、薔薇の芳香を纏った風を連れて、一瞬で白い空間から消え去った。