BLAZBLUE 黒の少女の物語   作:リーグルー

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第52話

第52話

 

 

 

――――それは、海の底へ沈み行くように緩やかに、滑るような静かさで。白いケープに肌も露わなコスチュームを纏い、頭には大きなヘッドギアが取り付けられている、かつて『ノエル=ヴァーミリオン』と呼ばれていた少女、μ−12−(ミュー・テュエルブ)は降下していた。彼女を降下させているのは、憎しみだ。歪んでしまった世界への。ミューを傷つけようとする世界への。そして、世界を歪めて、沢山の人を傷付けた、自分への。

 

 

 

「………こんな世界。こんな憎い世界は、滅びなければ………ならない。だから、何も、何もかも………」

 

 

 

要らない。そう呟こうとした唇は、ミューの意思に反して止まる。それにミューは、一瞬だけ驚いたように目を見開き、続いて微かに、ほんの微かに顔を歪める。何故、言葉が止まったのか気付いてしまったから。………何が、ミューの言葉を止めたのか、理解していたから。

 

 

 

――――私が、ノエルちゃんを怖がらせるもの全部から、ノエルちゃんを護るから。

 

 

 

そう言って笑顔を浮かべる、黒髪の少女。その言葉が、その笑顔が、ミューの意志を、憎しみを、少しだけ揺るがせる。………どちらも、ノエル=ヴァーミリオンに向けられたもので、私に向けられたものでは無い筈なのに。世界はこんなにも醜くて、虚しくて。全部が私の敵で、何もかもが私を害するのに。

 

 

 

「………私は、私は人形。造られた、偽物。………この世界と同じ。全てが、嘘!」

 

 

 

迷いを振り払うように口にした言葉を言い終わるのと同時に、ミューの白い爪先は冷たい床に触れて………そのまま、ミューの視界は、黒で塗り潰された。

 

 

 

「………そんなに、自分を嫌わないで。この世界も、ノエルちゃんも。嘘じゃないし、偽物でもないもの。たった一つの『本物』だよ?」

 

 

 

ミューの背中に声が掛けられる。自分にそっくりで、それでいて、ミューでは絶対に真似の出来ない、優しい声。ミューは声の方向へ、ゆっくりと振り向く………かつての『私』が姉と呼んでいた、自分と同じで、全く違う、素体の少女。

 

 

 

「この姿だと、初めまして、かな?………こんばんは、ノエルちゃん。」

 

 

 

いつも以上にミューに瓜二つな、金髪で、白いコートを纏った少女――――イオはそう告げると、いつも通りの笑顔をミューに向けて浮かべる。ミューはその笑顔に無表情で返す。イオが、ミューの『敵』だと理解したから。ミューの眼は、神の力を与えられたその蒼い瞳は、嫌でもそれを『観測』してしまったから。

 

 

 

「………最重要破壊対象、三輝神・マスターユニット、アマテラスの反応を確認。最大戦闘レベルに移行。………神輝、召喚。」

 

 

 

ミューはそう呟いて胸の前で両腕を交差させると、光を纏う。そして、それを振り払うようにその場で回ると、それだけで白いケープは失せ、白いボディスーツは肌も露わなプロテクターへと変化する。

 

 

 

「うん、ばれちゃったね。隠すつもりも無かったんだけど。………そうだね。ノエルちゃんの言う通りだよ。私は『マスターユニット・アマテラス』の………そうだね、守護者、みたいなものかな?アマテラスユニットを破壊させないように、守るのが役割の一つ。………人選ミスだと思うんだけどな〜。」

 

 

 

にこにこと笑って、何処までも軽い口調で。イオはミューを見ながら、そんなことを口にする。言葉の通り、イオにとってノエルに隠すことは一つもない。アマテラスユニットの守護はあくまで、ノエルを助ける『ついで』なのだから。

 

 

 

「対象を、破壊する。」

 

 

 

ミューはそう言って、滑るようにイオの前まで移動し、展開された八枚の刃をイオに突き出す。イオはその刃を、笑顔を浮かべたままで避けようともしない。ミューの刃は、イオの体を貫こうとして――――ぴたり、と停止した。

 

 

 

「――――え?」

 

 

 

ミューは理解出来ない、というように疑問の声をあげる。武器で弾かれたのなら分かる。目の前の少女は、それだけの実力を持っているから。術式を使って弾かれた、というのも、分かる。難しい事ではあるが、出来ないことでは無いから。だがこれは何だ?目の前の少女は武器を使っていなかった。術式を使っていなかった。それなのにミューの刃は、時間が止まったように、イオを傷付けられないように、止まってしまった。………どうして、

 

 

 

「――――教えて欲しい?」

 

 

 

いつもと同じ様な笑顔言ったイオの言葉に、ミューはイオから距離をとり、手を翳す。すると、イオの周りに円錐に近い形をした装置が8つ浮かび上がり、それぞれがイオに光を吐き出す。イオ貫く為に放たれた8つの光は、真っ直ぐにイオへと伸びていき、先程の刃と同じ様に停止した後、霧散した。

 

 

 

「あはは。無理だよ、ノエルちゃん。今の私は『生』の概念――――欠けた生命(いのち)のカタチだから。今の私は殺せないし、傷付く事も絶対に無いんだ。」

 

 

 

「欠けた………生命?」

 

 

 

イオの台詞に、ミューはそう聞き返す。何故欠けた生命であることが、イオを傷付けられない理由なのか、それが分からない。

 

 

 

「そうだよ。………生命――――生きるっていう事はね、『生』と、『死』があって、初めて成り立つんだ。でも、私はその中の片方、『生』の部分しか持って無いんだよね。私の体は、細胞の一つ一つも死んじゃう事は無いから傷付く事は無いし、何かを傷付ける事も出来ない。細胞は死なないから私の時間は止まったまま、動かない。………ね?こんなのを生命、なんて言わないでしょ?だから、私は欠けた生命、なんだ。」

 

 

 

イオはそう言ってあはは、と笑うと、ゆっくりとミューへと歩き出す。

 

 

 

「あ、ああ、あああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 

――――彼女を、近付けさせてはいけない。不意に、何故か思い浮かんでしまったそんな思考に、ミューの体は無意識に従う。無駄だと分かっているのに、殺すのも、傷付けるのも無理だ、と分かっているのに、ミューは攻撃を放ち続ける。その感情が何であるのかなど、ミューには分からない。自分の持てる感情は、憎しみしかないと思っている彼女には、その感情が、『恐怖』であることを理解出来ない。

 

 

 

「――――あ、」

 

 

 

それは、当然の結果として。ミューの感情に任せた無茶苦茶な攻撃はイオを傷付けることも足を止めることも出来ず、イオはミューに手の届く範囲まで歩み寄った。ミューは動けない。攻撃を放つか、距離を放すか、どちらかをしなければならない、と分かっているのに、ミューにはどちらも出来なかった。ただ、ぎゅっと目を瞑って――――ぽん、と、軽い、それでいて優しい衝撃が頭に走った。

 

 

 

「――――え?」

 

 

 

「大丈夫、怖がらないで。ノエルちゃんには言って無かったかもしれないけど、どんな事があっても、どんなものが敵になっても、私は、ノエルちゃんの味方だから。」

 

 

 

何が起こったのか分からない、といったような表情で目を開けたミューの視界に入って来たのは、ノエル=ヴァーミリオンに向けるそれと同じ笑顔を浮かべるイオの姿。それは、まるでイオが、ミューの味方であると言っている様で………分かってしまった。イオはノエルの味方であると同時に、ミューの味方でもあるのだ。

 

 

 

「でも――――私はノエルじゃないのに?」

 

 

 

「ううん、ノエルちゃんはノエルちゃんだよ。体も、育った環境も、持ってる感情も。全部同じなんだからあなたはノエルちゃん意外の何者でも無い。花はその花として生まれてくるんだよ?ちょっと与えられたものが違うからって、別の花としては生まれないよ。………でも、そうだね。少し違うのは、優先順位かな?普段のノエルちゃんは正の感情、『楽しい』とか『嬉しい』が表に出やすくて、あなたはその反対。『憎しみ』とか、『怒り』が表に出やすいだけ。………普段のノエルちゃんの、抑え込んでいる部分、って言えば分かりやすいかな?」

 

 

 

イオはそう言ってあはは、と笑ってから、思い直したようにそれとも、と続ける。

 

 

 

「あなたはノエルちゃん、って呼ばれたくは無いかな?呼ばれたくないなら、あなたが呼ばれたい名前に呼び方を変えるよ?」

 

 

 

イオの言葉に、ミューは首を横に振る。………嫌ではない。むしろ、イオにノエル、と呼ばれる事に微かに安心している自分がいる。

 

 

 

「あはは、良かった。ノエルちゃんの嫌がる事は、したくないからね。………それでさ、ノエルちゃん。提案なんだけど………もう一人の、何時ものノエルちゃんと、話してみない?」

 

 

 

「――――え?」

 

 

 

イオの言葉に、ミューは答えられない。そんなことを言うとは思ってなかったし、そもそも、普段のノエルの魂は境界の中だ。そんなこと、出来るわけが………

 

 

 

「出来るよ。私の持ってる『真蒼の書(ブレイブルー)』はそういうものだから。『アマテラスユニット』に接続して、境界にある『蒼』を操って、自分の思った通りに世界を変える力。………私なんかには過ぎた、神様の力だけど。だからこそ、境界に落ちたノエルちゃんの魂を引き戻せるし、二人のノエルちゃんが話せる場所も、作ってあげられる。」

 

 

 

ミューの心の中の疑問に答えるように、イオはそう話す。そのまま、だからね、と言葉を続ける。

 

 

 

「二人に向き合って欲しいな、って。今までノエルちゃんは、あなたに背を向けて、あなたを無視して生きてきたから、向き合う事も無かった。でも、それもそろそろ限界だと思うから。ノエルちゃんにはきっと、自分と向き合う時間が必要なんだよね。だからさ、それに、付き合ってもらえないかな?」

 

 

 

イオは笑顔を浮かべたまま、そう言って、ミューに頭を下げる。ミューはそれに、少しだけ考えるように顔を俯かせた後、小さく、ゆっくりと頷いた。

 

 

 

「ありがとう、ノエルちゃん。」

 

 

 

イオはそうミューに礼を言うと、差し伸べるように手を翳し、ミューの頭にぽん、と再び手を置く。この空間では、イオは神と同等の力を発揮できる。………準備は整った。後は、トリガーを引くだけ。

 

 

 

「それじゃあ、行くよ。――――第零式拘束機関解放。次元干渉虚数方陣展開。アマテラスユニット、接続。『真蒼の書(ブレイブルー)』、起動。」

 

 

 

イオがそう言葉を呟くのと同時に、ミューの体はイオが触れている頭の部分から光に包まれていき、やがて、黒いドームに覆われている空間そのものが、光に包まれた。




第52話投稿。



ミューの性格が違う、とか、話を聞く筈がない、とかは言わないでください。………強いて言うなら、黒いドームにミューが閉じ込められた段階でテルミの命令はイオによって命令ではなくなっています。更に、ミューはイオに憎しみを抱いてはいません。イオは、ミューを『絶対に害さない』存在ですから。………そうなると、こんな感じになると思うんですよね、ミューの性格って。
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