………なんか全体的に、思っていたよりもグダグダになりました。いや、ホントに。
第54話
「…………ん……。」
――――彼女の意識が浮上したのと同様に、ゆっくりと。金髪の少女――――ノエル=ヴァーミリオンは重い瞼を持ち上げて、その綺麗な碧眼で周囲を確認する。視界はまだ目を瞑っているのではないか、と思ってしまうほどに黒一色だ。………ノエルには、前に一度だけ見覚えがあったが。
「あ、おはよう、ノエルちゃん。もう一人とはお話出来た?」
聞こえてきた声に、ノエルは声のした方を振り向き、固まる。………そんな風に自分を呼ぶのは、ノエルが知っている中では一人だけしかいない。ノエルの姉である、イオだ。ということは、声を掛けてきた人物はイオ、ということになる。実際、ノエルの直感は、目の前の少女がイオである、ということを告げていた。しかし、
「………お姉ちゃん?その格好、どうしたの?」
ノエルは震える手でイオを指差しながらそんな事を言う。そう、ノエルの記憶にあるイオの姿とは、ほとんど別の姿なのだ。濡れたような漆黒の髪はノエルと同じ絹の様な金髪に。いつも着ている黒いコートまで純白に染まっている。さらに、何故か感じられる神々しさも合わさって、ほんの一瞬だけ天使か女神、というような印象を受けてしまう。
「あははは。そうそう、そういうリアクションが欲しかったんだ。うん、皆反応が薄いから、ちょっとつまらなかったんだよね。ありがとね、ノエルちゃん。」
当の本人であるイオは満足そうに頷きながら、そんな風に今の自分の印象を台無しにするような事を言う。………これまで、この姿を見せた相手は、どちらもこういったリアクションを返してくれない相手である、ということは分かっていた。それでも、何のリアクションも返してくれないのは少しだけ、物足りないものがあったのだ。
「え?………あ、うん。……じゃなくて!その格好は何?」
イオから言われたお礼に、ノエルは思わず頷いてしまうが、ノエルの疑問がはぐらかされているような気がして、もう一度問いかける。
「あ、これね。私の本当の姿、みたいな感じかな?」
イオはそう言って、自分の事について説明を始める。イオがマスターユニットの守護者、のような存在であること。この姿が、『生』という概念そのものを形にした姿であること。そして、その役割を持たされた経緯。
「まぁ、でも、ノエルちゃんが本当に世界を壊したい、って言うなら、自分の役割なんてどうでもいいんだけどね。」
あはは、と笑って、そんな事をおどけたように言いながら、イオは話を終える。ノエルは、そのイオの様子に、辛くないのか、と聞こうとする。少なくとも、ノエルが同じ立場だったとしたら、辛いだろうから。無理やりに役割を押し付けられて、こんな風に明るく笑う事など、出来ないから。だから、そう問いかけようとして、思い出した。
――――私ね、『楽しい』以外の感情を持てないんだ。
そう、辛い筈がない。そんな感情、イオには分からないのだから。だから、イオはいつも笑っている。それだけしか感情を持たないから。――――その姿は、何処までも綺麗で、何処までも、虚しい。
「お姉ちゃん、前に楽しい以外の感情を持てないんだって、言ってたよね?………どうして、そうなったの?」
ノエルの口から、そんな疑問がつい溢れ出る。………本当は、分かっている。その答えを、イオは何時ものように笑いながら答えることを。その質問は、イオに、綺麗で、虚しい笑顔を作らせてしまうことを。
「私が、ノエルちゃんより弱かったから、かな。」
ノエルの問いかけに、イオはやはりあはは、と笑いながら答える。ノエルが思っていなかった答えを。予想すらしなかった答えを。
「………弱かった、から?」
「うん、そうだよ。………私がまだ『役割』を与えられていなかった時の話。毎日毎日、休みなく色んな実験をさせられてね。――――その全部が、痛くて、熱くて、寒くて。何度もそう叫んでね。それでも、誰も私の、『人形』の言葉なんて聞いてくれなくて。私は、ノエルちゃんみたいに強くなかったから、耐える、なんて事は出来なかったし、誰かを、世界を憎む勇気も無かった。だから、自分で『感情』を殺したんだ。これは、最後に残った感情の欠片だよ。」
イオはそう言って、あはは、と笑う。それに、ノエルは何も言う事が出来ない。………こんな質問は、するべきじゃ無かった。そんな思いがノエルの頭の中を渦巻いて、ぽん、と軽い衝撃が走った。
「え?………お姉ちゃん?」
「ほら、そんな暗い顔しない。私が今笑えてるんだから、気にすることじゃないしね。それに、ほら。前も言ったでしょ?ノエルちゃんには笑っててほしいんだよね。」
顔を上げたノエルにおどけたようにそう言って、イオは笑う。それと同時に、塗り潰されるようにしてイオの髪とコートが黒く染まっていく。それを見て、ノエルは頷くと、イオに向かって笑顔を浮かべてみせる。
「………お姉ちゃん、戻っちゃうんだ。あっちの姿の方が、姉妹みたいだったのに。」
「あははは。流石に、誰彼構わず見せる訳にはいかないからね。それに、ずっとあのままだと、反動も凄いことになるし。」
ノエルの言葉に、何時もの黒いコートを纏った姿に戻ったイオは笑いながらそう返す。
「へ?………反動、って?」
「揺り戻し、って所かな?あの姿の時の私の時間は止まったままだから、元に戻るとあの姿の時の経験が一気に脳にきてね、それで強制的に眠っちゃうんだよね。」
ノエルの疑問にそう答えながら、イオは張っていた黒いドームを解除する。すぐに黒いドームはその姿を消し、広い空洞のような部屋が姿を現す。
「………終わったか。」
「はい。待っていてくれてありがとうございます、ハクメンさん。」
後ろからかかってきた声に、イオはそう言って後ろを振り向く。声を掛けてきたのはハクメンだ。ミューがこの部屋に現れる前に来ていたイオは、同じくこの部屋にいたハクメンに、ミューは自分が止めるから、任せてほしい、と頼んでいたのだ。
「それで、ハクメンさん。もう一つだけ頼んでいいですか?」
イオの問いかけに、ハクメンは無言で先を続けるようイオに促す。
「そろそろ、私は気を失うと思います。ですから、私が起きるまで、ノエルちゃんの事をお願いしたいんです。」
イオの、そのあまりにイオらしい言葉に、ハクメンは内心溜め息を吐く。………まるで暗黒大戦時代の時のようなその言葉に、ハクメンはつい、ノエルにセリカを重ねてしまう。
「………良いだろう。」
ハクメンが、溜め息を吐くようにして吐き出したその言葉に、イオは笑う。………本当に、暗黒大戦の時のようだ、と。
「あははは。ありがとうございます。それじゃあ、ノエルちゃん。私は少しだけ眠るけど、心配しないでね。すぐに、起きる、か、ら。」
もう限界だったのか、ハクメンにノエルを任せることが出来て、気が緩んだのか。ノエルを安心させるように、笑顔を浮かべて話している途中で、急激に意識が遠くなり始める。………それでも、以前は二ヶ月もあの姿のままだったとは言え、解いた直後から一気に意識が遠くなっていったのだから、それに比べたら暫く平気だった分、軽いのかもしれない。そんな事を何も考えられなくなっていく頭で思いながら、イオはその意識を手放した。