少し遅れてすみませんでした。書いてる間に、二回も消えてしまったので………。
第57話
「ん~、此処が『カザモツ』か~。………本当に、本当にやっと着いた~!」
第七階層都市、『カザモツ』。沢山の人々が行き交う階層都市の様子を見ながら、黒いコートを纏い、肩を越えるくらいの長さの黒髪と、透き通るような蒼い目を持った少女――――イオはぐーっと伸びをしてからそんな事を言ってみる。
ちなみに、イオが『カザモツ』に来る前に居た第十三階層都市、『カグツチ』と、『カザモツ』とはそこまで離れている訳ではない。イオならば、多くても四日あれば着くことができる程度の距離だ。………ならば何故、イオがこんなにも『カザモツ』に辿り着くのに時間が掛かったような事を言っているのか、と言うと、
「あははは………うん。本当に、今回は目的地どころか、どの階層都市にも辿り着けないかも、って本気で思ったかな。………何か、私の方向音痴って、時間が経つ毎に悪化してるような気がするんだけど、気のせいかな?」
と、まぁ、そんなイオの呟きからも分かるように、道に迷ったのだ。それも、イオが今まで経験してきた中では三本指に入ってしまうほど盛大に。本当に、もう階層都市、という場所を見ることすら無いんじゃないか、と思ってしまうほどに。
「本当に危なかったな~。………後でレイチェルさんにお礼を言っておかないと。」
イオは思い出すように上を向いてそう呟く。………本当に、今回はレイチェルに助けられたのだ。道に迷って適当な所を歩いていたイオの前に現れて、イオが何処へ行くべきなのか、ということと、そこまでの道をレイチェルには珍しく、本当に丁寧に教えてくれた。理由を聞いてみると、先日の教会で、ファントムに掛けられていた魔法を解いた事へのお礼らしい。………正直に言って、お礼なんて言われるとさえ思っていなかったイオは、反射的に遠慮しようとしたのだが、このままでは一生目的地に辿り着けない可能性もあったので、黙って道を教えて貰っていたのだった。
「………それにしても、本当に賑やかな都市だな~、此処。」
一度考えをリセットさせたイオはそう呟くと、少しだけ楽しそうにくるくると辺りを見回す。少し顔を動かしただけで、視界には道を行き交う沢山の人々が入り込んでくる。その数は明らかに、少し前までイオが居た階層都市である『カグツチ』よりも多い。更に、観光都市、と呼ばれているだけはあって、行き交っている人のほとんどが楽しそうな表情をしている。それを見たイオも、それが伝染したのか少しだけ楽しい気持ちになってくる。
「………あれ?あの子って………」
ふと、あるものを見つけたイオは、それまでくるくると動いていた顔の動きをぴたりと止める。………そこでは、不思議な光景が展開されていた。沢山の人々が行き交う道の中央が、そこだけまるでぽっかりと穴が開いているように、不自然に人が避ける空間が出来上がっていたのだ。………よく見ると、そこでは四人の男が一人の、イオと同じくらいの身長の少女を囲んでいた。どうやら、最近は誰もやらなくなったようなナンパをしてみようとしているらしい。
………まぁ、しかし、イオが目を止めたのはそれが原因ではない。もしそれだけだったなら、イオは目を止めることさえない。……ならば何故、イオが目を止めたのか、というと、男達に囲まれて、少しだけ困ったような顔をしている少女の顔に見覚えがあったからだ。………いや、見覚えがある、何て程度ではない。イオにとって、その少女は、唯一の親友だ。絶対に、此処にいる筈のない、親友。
「………何で此処にいるのかは後で本人から聞くとして。困ってるみたいだし、親友兼、元護衛としては見逃せないかな。」
イオはそう呟いてから、本当に嬉しそうに、花が咲いたような笑みを浮かべて、通る人が誰も近づこうとしない場所へと向けて、全く迷わずに足を踏み出した。
◆
(う~ん、どうしようかな~。)
肩くらいまである茶髪をポニーテールに纏めて、何処か学校の制服のような服を着た少女――――セリカ=A=マーキュリーはそんな事を思いながら、少しだけ困ったような笑顔を浮かべていた。………正直に言うならば。今の状況は、セリカ一人ではどうしようもないものだった。
そもそも、この都市に来た時には、こんな風なトラブルに巻き込まれないように(プラス黙っていると迷子になるであろうセリカの監視役として)、案内役が付いていたのだが、少し目を離していた間にはぐれてしまった。そのため、セリカは案内役を探すためにあちこちを歩いていたのだが、途中で四人の男に「自分達と一緒に来ないか?」等と声を掛けられたのだ。最初はやんわりと断っていたのだが、それでも男達はしつこく言い寄ってきて、気付いたときには遅く、今の、四人の男に囲まれている、という状況が出来上がっていたのだった。
「………ったく、強情な奴だな。いいから俺たちと一緒に来いっつってんだよ。悪いようにはしねぇから。」
セリカを囲んでいる男のうちの一人が、イラついたようにセリカに声を掛ける。………いや、実際に、自分達の思い通りにならないこの状況に、イラついているのだ。
「………ごめんなさい。今、人を探していて、それどころじゃないんです。早く見つけないと、向こうも私の事を捜してると思うので。」
男の言葉に、セリカは出来るだけ丁寧な言葉遣いでそう返した。出来るだけ男達を怒らせないように、と思っての言動だったのだが、男達はそうとってはくれなかったらしい。
「こいつ………俺達が下手に出てりゃあ調子に乗りやがって………!」
セリカの目の前にいる男は、そう言って拳を振り上げる。セリカは、間もなく降り下ろされるだろうその拳を避けることができない、ということが分かり、せめて痛みと衝撃に備えるために、ぎゅっと目を瞑る。
………ゴッ!という鈍い音が聞こえる。続いて、短い悲鳴のような声。しかし、状況としては男に殴られた筈のセリカには、ほとんど、いや、全く衝撃が来ていない。状況が掴めず、目を瞑ったままセリカが内心首を傾げた時、
「………残念です。声を掛けて困らせてただけなら、平和的に解決しようと思ったんですけど。」
――――声が、聞こえた。
「あなた達は間違いました。」
暖かくて、懐かしくて、心強くて、安心できて。でも、それでも。しばらくの間は聞くことが出来なかった、まだ聞けるとは思っていなかった、親友の声。
「さて、セリカちゃんを傷付けようとしたんですから、それ相応の罰は受けてもらいますよ?」
――――ゆっくりと、目を開く。最初に映り込んできたのは、ふわり、翻る黒いコートと、動く度に踊るように靡く水に濡れたような漆黒の髪。………あの時代、黒き獣、と呼ばれている化け物があちこちを蹂躙していた時代においても、セリカにとって、安心の象徴だったものだ。………どうして忘れていたのだろう?何時も、何時も。セリカが窮地に陥った時、助けてくれたのは、彼女だったのに。
「………ふぅ、終わりかな?」
と、そこで、そんな事を言った黒髪の少女、イオがくるり、とセリカの方を向いて、笑顔を浮かべてくる。その笑顔も、前に見た時と同じ、人を安心させてくれるような笑顔で――――本当に、何も変わっていない。
「あはは。何となく、会えるような気はしてたんだ。………久しぶり、だね。セリカちゃん。」
イオはそんな事を言ってくる。――――前に会った時から、時間で言えば九十年近く過ぎている、というのに、会えるような気がしていた、と。その言葉に、セリカは、
「そうだね。私も、何時かは会える気がしてたんだ。今だとは思ってなかったんだけど。………本当に、久しぶりだね、イオちゃん。」
ぱぁっと花の咲くような笑顔を浮かべて、そう答えたのだった。