第5話
ギィン!!と金属同士がぶつかり合う様な音が鳴り響く。鳴り響く音の方には、二つの人影がある。片方は周囲を常人では考えられない程の速度で動き回り、手に持った剣で斬りかかり、もう片方は、殆どその場から動かずに、相手の剣を自らの黒い剣で弾き、そのままの勢いで斬りかかる。
「どうした!そんなものじゃ俺には当たらんぞ!」
「………知ってますよ!そもそもそんな反則臭い3次元機動が出来る時点でこっちはやれる事はほぼ無いようなものなんですよ!!」
黒いコートを着た少女――――イオは黒と白のツートーンの毛並みを持つ獣人――――獣兵衛の挑発に対しそう答える。目の前、と言うか周囲をあり得ない程のスピード、それも地面だけでなく周りの木々や自分で空中に打ち上げた木の枝までもを足場にして飛び回る獣兵衛に、守りが基本となる戦い方をとるイオは殆ど出来る事はない。
(………こうなったら一か八かでカウンターでも………駄目だ、絶対師匠の方が速いだろうし、何より何処から来るかも分からないんだから絶対失敗する。だからってこのままじゃじり貧だし…………あれ?何か詰んでない?これ?)
「はっはっはっ、どうしたイオ、俺に一発でも当てないとこれは終わらんぞ!」
「えっ!師匠!そんなこと聞いてないんだけど!そう言う事は始まる前に言って下さい!」
「何、どっちでも対して変わらんだろ。どうせ内容は変わらんからな。」
絞り出した文句も軽く獣兵衛に流されたイオは、獣兵衛の攻撃を弾きながら、頭をフルに使って現状の打開策を考え始める。
(今の私には師匠に追い付ける程のスピードは無いし、出来てもカウンター、それも成功率は限りなく低い。今のままじゃ一発も当たらないし…………せめて飛び道具でもあれば何とか………あ。)
イオは自分の背中に羽の様に展開されている剣を意識する。修行中はオートガードを使わない為、本当に飾りとなって使われていなかった剣達。そういえばこれ、自分の意思で自由に動かせるんだっけ。イオはそう考えた後、試しに剣の一本を飛ばすイメージをする。
すると、剣は直線に飛んでいき、少し前まで獣兵衛がいた木に突き刺さる。
いける。そう思ったイオの後ろから声がかかる。
「成程な。背中のそれは飛ばす事も出来るのか。だが、気を抜きすぎだ。飛ばす事に集中しすぎて相手を見ていない。」
そう言われて後ろを向いたイオは、首元に突き付けられた剣と、それを持つ獣兵衛を目にする。
「………参りました。」
これ以上はどうしようも無いと判断したイオは手から剣を消し両手を挙げる。
「はっはっはっ、何、最初はそんなものだ。いや、むしろ才能のある方だぞ?ラグナにも見習わせてやりたい位だ。ほら、次は10分後だ。そこで顔でも洗って気を引き締めてこい。」
「はい!師匠!」
イオはそう言って、獣兵衛が指した方向にある川の方へと向かって行った。
◆
川に着いたイオはそれまで被っていたフードを取り、川の方を見て、あることに気付く。
「あれ?へぇ〜。今まで見なかったから気付かなかったけど、私の目って青いんだ。」
水に映っていたのは、黒い髪と、青い目をして此方を見つめ返して来る自分。そういえば青い目の人ってあんまり見ないなぁ。等と考えていると、突然後ろから声がかかる。
「水を覗き込んだまま呆ける何て。悪い事は言わないから止めておきなさい。ラグナと同じになりたいのかしら?」
イオが後ろを振り向くと、そこには一人の少女が立っていた。長い金髪を左右で二つに束ね、黒い豪奢なドレスを身に纏っている。少女はイオを見ると少しだけ驚いた様に目を見開く。だが、直ぐに表情を変えて優美な笑みを浮かべる。
「あなたは?」
「人の事を聞くにはまず自分の事を言うのは常識でしょう?まさか、それも知らない野蛮な野良犬(ラグナ)と同類なのかしら。」
何故かラグナが散々に言われている事が少し気になったイオだが、確かに少女の言っている事も確かなので、自己紹介を始める。
「あ、そうですよね。すみません。初めまして。イオです。よろしくお願いします。」
「初めまして。レイチェル=アルカードよ。よろしく。………それで、本当の名前を教えてくれないかしら?『お人形さん』?」
「えっ?何で……………」
そこまで言った所で先ほど名乗った名前を思い出し納得する。彼女は千年以上の時を生きる吸血鬼だと記録されていたし、繰り返される世界の事についても詳しかった筈だ。だから、サヤにそっくりなイオを見て、素体と結びつけたのだろう。
「………あははは、あなたじゃ誤魔化せませんね。それじゃあ、改めて。次元境界接触用素体No.9――――――Ι(イオタ)です。ラグナには言わないで下さいね。お願いします。」
「…………何故私の事を知っているのか少し不思議なのだけど、まぁ良いわ。ほら、時間は良いの?速く行かないと遅れるわよ。」
「へ?もうそんなに時間が経ったの?まずっ!失礼します。レイチェルさん!」
そう言ってイオはフードを被って獣兵衛の元に向かって行く。それを後ろから見つめながら、レイチェルは、
「あなたがこの物語にどんな変化を与えるのか。楽しみにしてるわ。『影の英雄』さん。」
と、そう言った。
◆
イオが戻って見ると、そこには、かなり悲惨な光景が展開されていた。頭からもうすでにマンガの如く大量のたんこぶを出現させて倒れている銀髪の青年――――ラグナと、それを手に持つ木の棒一本でやったであろう獣兵衛。
「………師匠。一体何があったんですか?確かラグナは今日は戦闘訓練が無い筈ですよね?」
イオがそう問いかけると、獣兵衛は頬を書きながら答える。
「ああ、その筈だったんだがな。一体何処で見てたかは知らんがさっきの俺とイオのあれを見てたらしくてな、それに触発されて、俺に向かって来て、今に至る。」
「うわ〜。」
どうしよう。何となくラグナのフォローをしようと思ったけど、全体的に自業自得な感じがする。そんなことを思っていると、薔薇の香りと共にレイチェルが現れる。
「あら、ラグナ、ごきげんよう。そんなに地べたに這いつくばって、今日は飢えて死にかけの野良犬の真似かしら?」
突然現れたレイチェルはかなり辛辣な言葉(後でイオが聞いた所によるとこれでも序の口らしい。)を掛けるがラグナは反応を返さない。どうやら気絶しているらしい。
「…………そう。起きないなら無理矢理にでも起こしてあげるわ。………イオ。ちょっと此方へ。」
その言葉にイオはレイチェルの元へ向かう。レイチェルはイオに何かを耳打ちし、それを聞き終わったイオは、
「それは………何か面白そうですね。分かりました。やります。」
そう言ってラグナの近くに寄って行き、声をとても心配している、少し涙ぐんだ様な調子に変えて、
「………大丈夫ですか?兄様。」
と言う。それを聞いたラグナは、
「サヤ!!」
と言って起き上がり、辺りを見回し、ぽかんとした表情になる。それを見ながら、レイチェルは、イオと、
(中々上手いわ。イオ。あなた、役者の才能があるかも知れないわ。)
(いや、まぁ、何て言うか、今回は少し反則を使って、ちょっとサヤちゃん本人にやってもらっただけですよ。つまり、あれは本心で心配してました。)
等と会話する。その間もラグナの表情は変わらなかったので、レイチェルは前に出て、
「おはよう。ラグナ。よく眠れたかしら。まぁそうでしょうね。何せたった数分で夢まで見るんだもの。さぁ、お昼寝の時間は終わり。しっかりやりなさい。」
「うっせぇ!!ウサギ、てめぇ泣かすぞ。」
「あら?あなたに出来るのかしら?なら、いらっしゃい。私とあなたの力の差を教えてあげましょう。」
その後起こった惨劇を、イオは、影響の無い場所から「程々にね〜。」とどうせ無理であろう言葉を掛けて見学に徹していた。