私用で色々とあって遅くなりました。………久しぶりで色々とぐだぐだになってる気がする。
第59話
「………あ、やっと起きた。おはよう、ラグナ。」
ゆっくりと重い目蓋を開き、頭が回っていないようなぼんやりとした表情をしながら上半身だけを起こしたラグナに、そんな声が掛かる。ラグナがゆっくりと声のした方を向くと、何本もの地面から天井へと伸びる鉄の棒で構成された柵の向こうで、黒髪蒼眼の、黒いコートを纏った少女――――イオがラグナに笑顔を向けていた。………柵?
「………なぁ、イオ。一つ聞きてぇんだが、いいか?」
「ん~、なに?」
ゆっくりとした口調で、出来るだけ平静を保てるように努力しながら言った言葉に、イオは首をこてん、と傾げながら先を促す。
「何で俺は、こんな独房みてぇな所に閉じ込められてんだ?ってか、ここどこだ?」
ラグナの質問に、イオは「あ、そっか。分かんないよね。」と言って納得したようにうんうんと頷く。それからあはは、といつものように笑顔を浮かべてから、
「此処は統制機構の支部にある地下牢だよ。何で閉じ込められてるかって言えば、ラグナが世間的に有名な犯罪者で、統制機構に捕まっちゃったからかな~。」
と、そんなラグナにとっては衝撃的すぎる事を、おどけたような口調で言ってみせた。
「はぁ!?捕まっただと!」
「うん、そうそう。統制機構のカグラさん、って人に、簡単に気絶させられちゃったからね、情けないラグナは。………あ、安心していいよ。その後に私が話をして、ラグナはこの牢の中に入れられる事以外には何もされないから。………まぁ、たぶんそろそろそのカグラさんとか何でか分からないけどここにいるココノエさんとかが来て、ラグナに色々言ってくるだろうけど、でもそれくらいだよ?」
ラグナの驚愕した声に、イオはラグナが今置かれている状況を簡単に説明する。………イオとしてはラグナを安心させようとして言った言葉なのだとは思うが、正直に言って、ラグナは微妙な気分にならざるを得ない。
「………いや、まぁ確かに、殺されないってのは安心できるけどよ。お前なら、そもそも俺を連れてでも逃げられたんじゃねぇか、イオ。」
ラグナはそんなことをイオに確認する。………正直に言って、今ラグナの目の前にいるイオ、という少女は、恐らく、今のラグナが全力を出した所で一撃も入れられずに負けるだろう、と言うくらいにはとんでもない実力の持ち主なのだ。普段は全くそう見えないが、実力だけで言うなら、ラグナが今まで戦ってきたどんな相手よりも強いだろう。そんなイオが、ラグナを連れて逃げられなかった、とは思えない。
「そこは、ほら。ノエルちゃんにもセリカちゃんにも色々言われちゃったし、それに、さっきまでの苛立ちは無くなったでしょ?」
イオに言われた言葉を聞いて、ようやくラグナは街を歩いていた時との違いに気付く。イオに言われた通り、街を歩いていた時にはずっとあった原因不明の苛つきが、今は綺麗に消え去っているのだ。
「あそこ、というかこの辺りは今、帝さんが事象干渉を起こし続けているせいで、何て言うか、空気がピリピリして、あそこにいる人全員が何時もより攻撃的になってるんだよね。でもこの地下牢だけはココノエさん特製、干渉遮断結界が張ってあるから、ラグナも頭、冷やせるでしょ?」
確認するようにそう言ったイオに、ラグナは何も言い返す事が出来ない。………確かに、焦っていた。周りのものを見なさすぎた。それが、イオの言う事象干渉のせいなのか、それとも、ラグナの中にある二つの正反対の意見のせいなのかは分からないが、一つの事だけを考えすぎてしまっていて、他の事を考えようとすらしなかったのは確かなのだ。だから、それを心配するような表情で言われてしまうと、何も言葉を返せなくなってしまう。
「それに、ね。こんな風に、地下牢に入ってるのをただ見てるだけだから信じれないかも知れないけど、私は、何があってもラグナの味方で、絶対に敵になったりしないから。だから、さ。何かやってほしいことがあるなら、手伝ってほしいことがあるなら、少しは頼ってね?ラグナはいっつも全部自分だけでやろうとするけど、きっと一人だけじゃ、ラグナのやりたいこと、全部は出来ないから。頼りにはならないかもしれないけど、少しくらいなら、ラグナの背中にあるもの、持ちきれなかったもの、持ってあげられると思うから。………ラグナも師匠も、私にとっては、家族みたいなものだからね。後悔してるのを、悲しんでるのを見るくらいなら、幾らだって私が代わりに背負うよ。」
イオはそんなことを言って、いつもと同じような笑顔を浮かべてみせる。………この少女は何時だってそうだ。人には無理をするな、と何度も何度も言ってくるくせに、自分は平然と無理をする。その上、知っている誰かが無理な事をしようとしていると、たとえ自分の限界を越えたことであったとしても、ただ笑ってそれを手伝おうとする。………要するに、イオ、という存在は、彼女の言う『家族』や『親友』、『仲間』と認識をしている人々と関わる時、何の価値もない、とるに足らないものとして扱われるのだ。他でもない、イオ自身の中では。
「………あ~はいはい。分かってるよ、んな事くらい。俺もお前が敵になるとは思ってねぇし、お前くらい信頼出来る奴もそんなにいねぇからな。………つーか、お前が言えた事じゃねぇだろ、それ。俺より無茶ばっかして、しかも誰にも助けなんて求めねぇだろ?んな偉そうな事言うんだったら、とりあえずお前から治してみたらどうだ?イオ。」
「あ、あははは………善処します。」
呆れたような表情で言い返してきたラグナに、イオは誤魔化すように笑いながらそう返す。………どうやら、人に言えないくらいには無茶ばかりしている、という自覚はあったようだ。
「………あ、誰か来たね。多分、大体予想通りの人たちだと思うから、先に言っておこっか。………ご愁傷さま、かな?頑張ってね、ラグナ。」
「は?おい、イオ。それ一体どういう………。」
ラグナが言葉を言い終わる前に、地下牢に近付いてくるいくつかの足音をラグナの耳が捉える。その複数の足音はだんだんとラグナとイオのいる方へと近付いてきて、やがてラグナの視界に、四人の人影が映り込んだ。
「ククク、これは見ものだな、あの世界最高の賞金首、ラグナ=ザ=ブラッドエッジが統制機構の牢の中に入っているのを見られるとは。」
「何だ、街で気絶させた時は大した男には見えなかったが、こうして見ると結構いい男じゃねぇか。似合ってるぜ、その部屋。」
四つの人影の内の先頭にいた二人――――ココノエと、さっきの言葉を聞いている限りはイオが『カグラ』、と呼んでいた人物だろう、がにやにやと笑みを浮かべながらそんな言葉をラグナに掛けてくる。………そこでようやくラグナも理解出来た。イオがさっき言っていた言葉は、この事を見越して言っていた言葉だったのだ。
「………うるせぇよ。てめぇら、雁首揃えて何してやがんだ?あぁ?」
二人の言葉に、ラグナはほとんど反射的にそう言い返す。………元から、そこまで気の長い人間では無いのだ。その上で、そんな風に馬鹿にされたような事を言われてしまうと、つい言い返してしまう。
「おぉ、良いね良いね。ラグナ、お前って奴はどうしてそう、それっぽい台詞を言ってくれるんだ。………ってかこいつ、ホント面白れぇな、いやマジで。」
「うっせぇな、気安く呼んでんじゃねぇよ。」
にやにやと笑い続けながらラグナへと声を掛けるカグラに、ラグナは噛みつくようにそう言葉を返す。………正直に言って、どう見ても牢に入れられている人間の態度ではない。
「カグラさん、あまりラグナをいじめないであげて。」
そんなラグナの態度を見かねたのか、カグラやココノエの後ろを着いて来ていたセリカがカグラを止めに入る。それを聞いたラグナの頭の中に、先程イオから名前を聞いた時は出てこなかった名前が浮かび上がってきた。
「カグラ?『黒騎士』カグラか!」
『黒騎士』カグラと言えば、統制機構を知っているものなら、まず知らないものはいない、というほど有名な名前だ。十二宗家筆頭であり、『イカルガの英雄』ジン=キサラギと同等か、それ以上の実力を持つ、と言われるほどの実力者。イカルガ内戦においても、突如失踪さえしなければ、ジンの代わりに『イカルガの英雄』になっていただろう人物でもある。
「男に名前を覚えられても嬉しくねぇからすぐ忘れてくれ。………ってかセリカちゃん。こいつのどこが良いんだ?どっからどう見ても、俺の方が百万倍いい男じゃん?」
「自分で言うな、自分で。」
カグラのセリカへの問いかけに、ココノエから鋭い突っ込みが入る。質問を掛けられたセリカはというと、カグラからの質問に全く迷う素振りを見せずに、
「ん~、優しい所?何だかんだで頼れる所?後、約束を守ってくれる所!他にもいっぱい。」
とそう答えてみせる。
「ぐぁ、即答!!しかもマジ答え!?………だってよ、ラグナ。良かったな?」
「漫才は他所でやれ、他所で!ってか、てめぇら何でここに居やがんだ!」
カグラの漫才のような言葉の運びに、ラグナはそんなことを全力で突っ込んだ後、ふと疑問に思ったことを聞いてみる。先程からの会話を聞いている限り、態々この牢の前でする必要のある会話には見えなかったのだ。………そもそも、する必要のある会話にも見えはしなかったが。
「ん?あ~、そりゃあれだ。お前にやってもらいたい事があるんだが、ま、それはどうせ自分からやらざるを得なくなるだろうから後で良いとして………あれだ、お前で遊びに来た。」
「帰れ!!」
カグラの台詞に、ラグナは反射的にそう返していた。………まぁ、そんなことを言われたら、誰でもそう返したくなるのは当たり前だろうが。
「まぁまぁ、そう言うなって。………所でノエルちゃん。マコト、どうした?」
「マコトとは途中ではぐれちゃって………多分、まだツバキを探してると思います。」
カグラが思い出したように、やって来た四人の内の最後の一人――――ノエルに問いかけると、ノエルは不安そうにそう返した。はぐれてしまったマコトと、どこに居るかも分からないツバキが心配なのだろう。
「そっか、じゃあノエルちゃんはしばらくここに居てくれ。マコトの方は俺が何とかする、勿論ツバキもだ。」
「………そうだね、私もそれには賛成だよ、ノエルちゃん。ノエルちゃんも、マコトさんも、ちゃんとすればきっとツバキさんと親友に戻れるから。今は我慢して、カグラさんの言うことを聞こう?」
「え………お姉、ちゃん?どうして?」
カグラの言葉に明らかな確信のようなものを持って同意したイオに、ノエルは困惑したような声を上げる。………今のイオの言葉ではまるで、ツバキが今どうなっているのか、どうすれば助けられるのか、知っているようなものではないか。
「ツバキさんがどういう干渉を受けてるのか、っていうのは多分、この中なら私が一番よく知ってるよ。ツバキさんの中には私の一部があって、今もツバキさんにかかってる『強制拘束(マインドイーター)』の浸食を表面だけで抑え込んでるから。だからこそ言えるんだ。………ノエルちゃん。今すぐにでも助けに行きたい、って思ってると思うけど、準備ができるまで我慢してくれないかな?きっとノエルちゃんと、マコトさんの想いは必要になるけど、誰かが邪魔できるような場所じゃ駄目なんだ。それじゃあツバキさんは『強制拘束』を破れない。だから、ね?」
イオの言葉を聞いて、それがただ真っ直ぐに、ノエルの事を思っての言葉だ、ということを理解してしまったノエルは、頷く事しか出来なかった。………こういうことに関して、イオはとてもずるいと思う。打算も、自分の事も考えず、ただただ妹の事だけを考えてそんなことを言われている、ということが分かってしまうので、ノエルは何時もイオの言葉を否定できなくなってしまうからだ。
「まぁ、安心しなって、ノエルちゃん。イオちゃんの言った通り、ツバキにはノエルちゃんやマコトの想いが必要なんだ。でも、バラバラじゃ駄目だし、邪魔をされても駄目だ。だから、時間をくれ。二日で良い。そしたらツバキと絶対に会わせる。約束だ。俺を信じてくれ。」
まだ少しだけ迷っているような表情のノエルに、カグラは安心させるように笑いながらそう声をかける。ノエルはそれに、もう一度イオの顔を見てから、
「………分かりました。お姉ちゃんとカグラさんの事、信じることにします。」
そう言って、ふっと微笑むようにして笑顔を浮かべてみせた。