月光の殺人事件が終幕した後、東京の病院で百々月は静かに目を覚ました。
「ここは…」
「目覚めたか」
「っ!御頭首…」
静かでありながらも重みのある声に気づいた彼女は慌てて上体を起こそうとするがそれはその声の主によって止められた。
「東京にて用事があったのでな。お前の顔を見ようと思ったら病院にいると聞き、こうして出向いたのだ。そうかしこまるな我が
「はい…」
威厳のある顔に顎髭を蓄えた老人は老いていながらもしっかりと引き締まり鍛えた肉体を持っていた。
「世間に名を知らしめていたのは耳にしていた。この場で会うとは思わなかったがな」
「はい、私としてもしっかりとお迎えをさせて頂きたかったです」
老人の名は木曾義昭、京都の有力な名家の現頭首でとある偉人の子孫にあたる人物だ。義昭は威厳のある顔を緩ませ静かに微笑むと彼女の頭を撫でる。
「その顔つき、武芸の方も怠っていないようだな。それに顔も少し晴れやかになった」
「木曾家の縁者として恥じぬ事はしているつもりです」
「うむ、息子達もお前のようにあれば良かったのだが」
難しい顔をした義昭は静かに立ち上がると軽く首を振る。するとどこからか出現した従者が花を生けた花瓶をベッドの横にあるテーブルに置く。
「鹿乃さん」
「お久しぶりで御座います、百々月さま。御健勝とはならないのが残念ではありますが。それと私に敬称は不要で御座います」
綺麗に咲き誇るダリアはとても美しく、白を基調とした部屋に赤色の花は良く栄える。
「いえ、私は貴方を尊敬しているのです。これは私のわがまま、許してください」
「今回だけですよ」
黒髪のショートボブ、右眼にモノクルを掛けた。見た目若そうな女性、宮沢鹿乃。齢30にて木曾家侍従長の任を受けている。そう言った鹿乃は花を置くと再びどこかへと消えてしまう。
「そろそろ時間だ。電車の時間があるのでな」
「はい」
「近いうちに本家に寄りなさい。お前の学友を連れてな」
「え、しかし…」
「よい、ワシが招待しているのだ。なにを躊躇うか」
「分かりました」
百々月の言葉を聞き満足した義昭は踵を返し、病室を後にする。それを彼女は静かに見送るのだった。
ーー
その後、目を覚ましたと知らされて来た蘭たちが病室を訪れるとあの事件のことを小五郎から聞かされ眠っていた間のとりとめのない話を蘭から聞いていた。
「じゃあ、そろそろ行くわ。行きましょコナン君」
「僕ちょっとトイレに行ってから行くよ」
「そう、じゃあ。待合室で待ってるね」
「うん!」
そう言って蘭と小五郎は部屋から出るとコナンが声色を変えて質問する。
「なぁ、もも。いったい何があったんだ?」
「私なりの推理を彼に伝えた。西本さんを匿った後だったからな。向こうも焦っていたんだろう。少し強引だったが強く問いただしたら首を絞められていた」
あの時、確かに成実は精神的に追い詰められていたのかもしれない。公民館に火を放って自殺したほどだから…。
「なんで俺を呼ばなかった」
彼が一番、気に入らなかったのは勝手に行動したことだ。実際、危険な目に遭っているために余計に腹立たしかった。
「あれはかなり分の悪い賭けだった。網は1カ所に何枚も張らなくて良い。多くの場所に網を張った方が魚が多くとれる」
「…分かったよ。確かにおめぇの考えも正しい。納得いかねぇけどな」
「すまないな、新一」
「あぁ、おめぇなりに最善を尽くしてくれたんだ。俺は文句を言えねぇよ…ん?」
何かサラッと百々月が重大発言をした気がした彼は彼女の言葉を再度、リピートする。
《すまないな、新一》
「ん?」
《新一》
油を差し忘れたロボットのように顔を彼女に向けるコナン。彼の視界に映ったのは悪い顔をしている百々月の顔だった。
「あはははは…」
「ふふふふふ…」
誤魔化すように笑うコナンに会わせて笑う百々月。
「なんで分かった?」
「私に対しては新一節、炸裂だったからな。後、私のことをももって呼んでるのはお前と園子だけだ。逆になぜ分からない?」
「そうだよな…」
まぁ、なんとなくバレているのではないかと思っていたが。今回ばかりは完全にカマを掛けられた。
「まぁ、ももには遠慮なく話してたしな。退院したら博士に紹介するよ」
「博士?」
「俺の家の隣に博士がいるんだよ。ももを除けば、俺の正体を知ってるのは博士と俺の両親ぐらいだからな」
「そうか、頼む」
「あぁ、じゃあな。安静にしてろよ」
「あぁ」
そう言って待たせている蘭たちの元へと向かうコナン。問い質したいことはもう少しあったがまた別の機会にしよう、まさかあんなタイミングでカマを掛けられるとは…。
「話をそらされた?んな訳ねぇか」
タイミングとしてはこれほど良い時はない。彼女はそのタイミングを見計らっていたのだろう。
「油断ならねぇな…」
そう言って頭を掻きながら彼はぼやくのだった。
それを見届けた彼女はベッドに深々と倒れる。なんだか今日は疲れてしまった。
「そうか、自殺してしまったのか…」
死人に口なし。結局、聞きそびれてしまった。彼の行動の意味は分からずじまい、本当に惜しいことをしたがいろいろと学ぶことはあった。
斬殺、毒殺、溺殺、刺殺、絞殺と見てきたのだがその見せ方は千差万別。中々、興味深い。後、代表例としては爆殺などか…。
「人の命は重んじられているようで実に軽い。ある人にとってはなによりも重く、ある人にとってはとてつもなく軽い。必要なのは一握りの殺意だけか…」
彼女の言葉は誰の耳にも聞こえずに霧散していく。彼女にはおよそ、理解出来ない領域、だからこそ滾る。知識を望む、答えを求める。彼女の探求は始まったばかりだ。
ーー
入院から一週間後、目暮警部からの話も終えて無事に退院した彼女はコナンの案内で阿笠博士の家を訪れた。
コナンが事前に説明していたようで快く歓迎され、互いに挨拶を交わした後。彼が子供になってしまった詳細を聞かされた。
「にわかには信じがたいが、こうして現物があるわけだからな」
「俺を実験動物みたいに言うなよ」
「間違ってない表現だな。気になるは気になるがファンタジーは苦手でな、それはそっちでやってくれ」
「まさか、新一の正体を見破る子がおるとはのぉ」
「隠す気ゼロでしたけどね」
阿笠が入れたコーヒーを飲みながらゆったりとしていた彼女は阿笠が持ってきたのは和のテイストが入ったネックレス。
「これは?」
「新一に頼まれてな。君の位置といつでも連絡できるための道具じゃ」
「まぁ、前科持ちだからな。仕方ないか」
「常に見てるわけじゃねぇから安心しろよ」
「当たり前だ、常に見てたらお前を警察に突き出してやる」
「おぉ、怖ぇ…」
新一と百々月は中学時代からの知り合いだ。蘭にこそ劣るが彼女と彼は親友と呼べる間柄だった。
「そう言えば俺が来たとき。来たばかりの花が生けてあったが」
「御頭首が来ておられてな」
「御頭首?あぁ、本家の…」
名家、木曾家の現頭首。百々月の血縁者で戸籍上は彼女の父親という事になっている人物。そしてその侍従長の鹿乃、後から考えればこの2人は彼女にとって数少ないかけがえのない存在であった。
「不仲なのか?」
「いや、御頭首とは良い関係を築けているのだが。御頭首の実の子たちとはな…」
少し複雑な表情を浮かべていた彼女を見て彼は踏み込んでいけないラインに入ったと心配したが彼女はそんなに気にしていないようだ。
「とにかく、これはありがたく貰っておく」
「調子が悪くなったらワシの所に来なさい。すぐに直してやるわい」
「ありがとうございます」
首飾りを着けた百々月は気に入ったようで少し微笑んでいた。
ネックレスを貰い。しばらくの間、話をしていた彼女は夕暮れ時に博士の家を去る。百々月の完治を確認し、本当の意味で事件が終結したと言える。
「新一、大丈夫なのか?あの子も巻き込んで…」
「大丈夫だよ博士、そこまで深く関わらせようとは思ってねぇよ。それにアイツは信用できる。少し危なっかしいけどな」
「まぁ、新一が良いんなら良いんじゃが」
博士の心配を余所にコナンは自信ありげに断言する。
だが知識欲に目覚めた彼女を舐めてはいけない。そして事件は襲いかかる。事件は彼女を逃さない、そして彼女も逃げはしないだろう。
ーー
「ただいま…」
誰もいない家に帰宅した彼女はドライ加工されたホオズキが置かれた玄関を通りポストに突っ込んであった手紙をリビングのテーブル上に広げる。電気料金の請求書やどこかの塾の案内。
「これは…」
そんな中、やけに立派な手紙が異様な存在感を持っていた。封蝋が施された手紙を丁寧に開けると中身の手紙を開封する。
「森谷帝二…超有名建築家じゃないか」
手紙の内容は彼のアフタヌーンティーのガーデンパーティへの招待状だった。
「有名人になったものだな私も…」
偶発的に手に入れた立場とはいえ、こうして自身が有名人となっている事実には悪い気がしない。
「なにを着ていこうか…」
まだ余裕はあるが有名家のガーデンパーティ、しっかりとした格好で行かねばならないだろう。
「絶対紅茶だろうな…」
彼女は紅茶が苦手だ。対して森谷帝二はイギリス調の建築を主にしている人物。間違えても緑茶は出てこないだろう。茶葉は同じなのになぜこんなに違うのか。
「あぁ、もっと面白い事はないだろうか…」
彼女が体験する大規模犯罪、彼女にどう影響するのか…。
次回は映画に突入