私は加賀   作:Higashi-text

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11話

11話

 

 

季節はもう夏に入り、外にはセミの声が響いている。

遠くの空には積乱雲が生まれ、気温と湿度の高さが夏特有の空気感を演出していた。

 

 

そんな中、私は冷たさが感じられる床に座っている。

普段から限られた人しか来ないこの場所は、人の喧騒などは聞こえず、至って静かなものだ。先程鳴いていたセミの声さえ無くなれば、後は周りの木々の葉が騒めく音しか聞こえない。

それにここは緑が多いせいか汗が噴き出す様な暑さは無く、吹き抜けて行く風が気持ち良い。

昼寝には最適な環境だなと思いながら、私は前に向けたままの視線に意識を戻した。

 

 

 

そこには弓を構えて的を睨む瑞鶴の姿があった。

今私は瑞鶴の基礎指導として地上での発着艦訓練を見ている。

以前、私が既に合格をあげた訓練だが、彼女自身が納得いかずに続けている訓練でもあった。

 

あの時の私は彼女が足りないと言っていた物が何か全く検討が付かなかったが、今になってそれがはっきりと分かった。

彼女の完璧な姿勢と周囲が別空間の様に感じる事は前と変わらないが、それ以外の雰囲気がまるで違う。

 

彼女は弓を構えて集中しながらも、周りを威圧するような空気を放つ。

いつの間にか放たれた矢は艦載機へと姿を変え、それらの攻撃は吸い込まれる様に的の中心を貫いた。

瑞鶴は艦載機に帰還を命じて安定した着艦をさせた後、残心による余韻と鋭い空気を収めた。

 

あの時の彼女は『凛々しさ』と『美しさ』などと表現していたが、その言葉は間違っていなかった。

今の瑞鶴は確かに凛々しさと美しさを兼ね備えている。

私は思わずそれに見惚れてしまっていた。赤城さんや翔鶴などの正規空母でも、これ程の事は出来ないのではないか。

 

ただし、1つ引っ掛かる事がある。

瑞鶴は自身の事を私と比較して、何か足りないと言っていたのだ。

私が同じ事をやっていたとはとても思えない。

恐らくだが、私にもごく僅かにあったかもしれないものを瑞鶴が見出して、ここまで昇華させたのだろう。

今の瑞鶴を見て、既に彼女は私の届かない所にいるのだと思った。

 

 

彼女は嬉しそうな顔で話しかけて来る。

 

「どうだった? 加賀さんに近づけたと思うんだけど」

 

「……そうね。正直、驚いたわ。これ程のものを見たのは初めてよ」

 

「本当!? やった!!」

 

「でも、私からは遠ざかったわね。私にはこんな事は出来ないもの」

 

「? 何言ってるの? 加賀さんのお手本はもっと凄かったじゃない」

 

「あなたこそ何言ってるのよ。私がこんな事出来る訳ないでしょう。誰かと間違えているわ」

 

「いやいやいや、加賀さん本当に何言ってるのよ。 私が加賀さんと他の人を間違える訳ないじゃん。というか、他の正規空母の人達も加賀さんの発着艦をお手本にしてるって本人達から聞いてるんだから」

 

「なによそれ、初耳なんだけど」

 

「知らなかったの?」

 

「……瑞鶴、よく考えなさい。私より赤城さんや翔鶴の方が上手いに決まっているでしょう。彼女達は第1艦隊所属で練度も私より上なのよ? 翔鶴なんてここでは私より先輩なんだから」

 

「確かにみんなそれ以外は負けないって言ってたけど、発着艦だけはどうしても勝てないって言ってた」

 

「そんな事ありません。みんなに騙されています」

 

「えー、そんな嘘つかないと思うけどなぁ。でも、少なくとも私が見た加賀さんのお手本はこんなものじゃなかったわ。これは私が自分で見たんだから絶対よ」

 

「瑞鶴、多分あなた疲れているのよ。最近は特に暑いからね。ごめんなさい、私がちゃんと気付いていればこんな事には……」

 

「ちょっと! 私は別に疲れてないし、見間違いでも人違いでもないわ! もしかして自覚ないの!? 私が見た加賀さんはもっと凄かったのよ!」

 

「……そうね。ところで今日はもう終わりにして何処かで寝ましょうか。ちょうど医務室が空いているから連れて行ってあげるわ。明石に見てもらわないと」

 

「だから疲れてないってば! なんで信じてくれないの!?」

 

瑞鶴が私に詰め寄って来た所で、建物の入口から翔鶴が入って来るのが見えた。

彼女は私と瑞鶴の姿を見つけると、ゆっくりこちらに近づいて来る。

 

「瑞鶴、その辺にしなさい」

 

「翔鶴姉! 加賀さんが私の言う事信じてくれない! 加賀さんの発着艦は凄いって翔鶴姉も思うわよね!?」

 

「翔鶴、どうしたの?」

 

「加賀さん、大本営から急ぎの書類が来ています」

 

「分かったわ。すぐに戻ります」

 

「2人とも無視しないでよー!」

 

「瑞鶴、加賀さんはそれに関して自覚が無いから幾ら言っても無駄よ」

 

「翔鶴、あなたもそんな事言うのね」

 

「私も昔、同じ様な事を言った記憶がありますから。結局最後まで加賀さんより私の方が上手いと言って認めてくれませんでしたけど」

 

「そんな事あったかしら。全く覚えてないわ」

 

「凄く昔の事です」

 

「翔鶴姉、その話聞かせて!」

 

「はいはい。夜に聞かせてあげるわね」

 

「やめて欲しいんだけど」

 

私はそう言いながら立ち上がり、翔鶴の方に向き直ろうとする。

しかし立ち上がる時にバランスが崩れてよろめき、瑞鶴に支えられてしまった。

 

「おっと、加賀さん、大丈夫?」

 

「悪いわね。まだバランスが取りにくくて」

 

先日右腕を失ってから少し経つが、未だにバランスが取りにくい時がある。早くこれにも慣れないといけない。

 

 

「瑞鶴、申し訳ないけどここの鍵を閉めておいてくれるかしら。それと1500から予定している海上での発着艦訓練は予定通り行います」

 

「分かった。準備しとくわ」

 

「じゃあ翔鶴、行きましょうか」

 

「はい」

 

翔鶴と共に訓練場を後にする。

執務室がある建物までの暑い道のりを歩く中、私は途中で翔鶴に話しかけた。

 

「瑞鶴はずっとあの訓練をしていたんですって?」

 

「そうです。加賀さんが眠っている間もずっとあの訓練をやっていました。残っていた基礎指導は加賀さんが動けるようになるまでやらない事にしたんです」

 

「残っていたと言っても、海上での発着艦訓練だけでしょう。あれから今日まで2ヶ月もあったんだから、誰かがやってあげても良いと思うんだけど」

 

「瑞鶴の基礎指導は加賀さんの担当ですから。それに瑞鶴も加賀さんに指導して欲しがってますし」

 

「……まあ、良いんだけどね」

 

赤城さん達は本当に瑞鶴の基礎指導をしないつもりらしく、また私が彼女の基礎指導をする事になった。そして残っていた海上での発着艦訓練を一昨日から開始している。

私は弓が引けないので、誰かに手伝ってもらいながら、何とか口だけで瑞鶴に指導をしている状況だ。

 

昨日は瑞鶴にお手本を見せるため赤城さんに手伝いをお願いしたのだが、全く指導する様な事はせず私に指示された様に動くだけだった。それどころか手が空いた時に暇だと言って雑談をしてくる始末だ。

私は必死に口で説明しようと考えているのになんて事してるんだ。覚えていろ、赤城さんの応用指導になったら様子を見に来たと言って私も雑談してやる。

 

今日から瑞鶴本人にも発着艦を行なってもらうが、数日で完璧になるだろう。慣れればすぐに出来る訓練なのだ。優秀な彼女には物足りないかもしれないな。

 

横にいる翔鶴と執務室を目指しながら、私は今日行う予定の訓練について考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

結果として、私の解体は認められなかった。

 

 

 

自分で解体を決めて、瑞鶴に泣かれ、本に負けて明石に起こされた後、私はひたすら提督に解体を許可してもらう理由を考えた。

 

そして提督が出張から帰って来たその日に解体の許可を貰おうとしたのだが、彼は私の解体を認めなかった。

幾度も理由を再考して出直したが、彼は一向に首を縦には振らない。20日間に渡る28回目の申し出を却下された時、私は提督に詰め寄り、なぜ許可を降ろさないのかを聞き出そうとした。

 

しかし彼は、今は話せないがもうすぐ分かる、と言って理由を教えてくれない。なるほど、これは確かに来るものがあるな。瑞鶴があの時怒ったのも頷ける。私は自分の行いに反省しながらも大人しく引き退るしかなかった。解体の申し出だけは諦めずに続けていたが。

 

 

 

提督が帰って来てから私のお見舞いが全員に解禁された。

私の元に来てくれる子達は、私が解体申し出のための申請書を書いているのを見る度に、何とも言えない顔を向けて来る。特に仲が良い子達は、無駄な事は止める様に言ってきたりする。しかし、私はまだ無駄だとは限らないだろうと諦めなかった。

 

 

 

 

そして43回目の申し出を行なおうとした時に提督から呼び出しが掛かり、私は執務室に向かう事にした。

彼はあれ以来執務室に居る事が多くなり、前までは私の定位置だった机と椅子は、今では提督の定位置に変わりつつある。

 

 

 

 

 

 

ーーーそこで私は提督から辞令を受ける事になった。

 

 

 

 

 

 

”現指揮官が異動し次第、航空母艦 加賀を後任の鎮守府指揮官とする”

 

 

 

 

 

まとめればこんな感じの辞令だ。

意味が分からない。

 

 

 

 

 

艦娘は鎮守府の指揮官たる資格を有する事が出来ない。それは軍の決まりである。

私は提督がまた仕事をせずにふざけた事を始めたと思い説教をしようとした。

しかし彼は私を椅子に座らせて自分の帽子を被せると、何処からか子猫を取り出して私の膝にそっと乗せてくる。

 

子猫は私の顔をじっと見てきた。

いきなりそんな事をされたら、私は口を閉じて固まるしかない。動いたら子猫が落ちてしまいそうだ。

提督は鞄を持つと、後は頼んだと一言だけ残して部屋を出て行ってしまった。

 

 

ドアが閉まり数秒して、我に帰った私は今のは提督が私の説教から逃げるの為の行動だと理解する。

すぐに子猫を机に移動させて追いかけようとドアを開けたが、彼は既に廊下を駆けていた。一瞬後ろを向いて私の姿を見ると、さらにスピードを上げて逃げて行く。

 

私は提督を追いかけようとするが、なかなか距離が縮まらない。それどころか、なぜか全ての曲がり角で軽巡や重巡に衝突しそうになったり、何回も駆逐艦に囲まれたり、戦艦や空母が道を塞いでいたりで距離が離されていく。

私は道を迂回しながら提督を追いかけるも、彼は車に乗って鎮守府の出入り口から何処かへと行ってしまった。

…………やられた。提督の逃走は久しぶりだから、先に車を押さえておくのを忘れていた。

少し小言を言うだけで解放する予定だったが気が変わった。帰って来たら朝日が昇るまで説教してやる。

 

 

私は説教の内容を考えながら執務室に引き返した。子猫の面倒を見なくてはいけない。名前は何というのだろうか。

しかし執務室のドアを開けた私を待っていたのは、子猫だけではなかった。

 

 

現在秘書官として働いている吹雪と長門、秘書官補佐の天龍と球磨、それと大淀がビシッとした感じで立っている。

大淀以外は全員古参メンバーだ。

特に吹雪と長門は第2艦隊が出来たすぐ後から着任しており、付き合いが長い。

 

そして部屋に入って来た私に向き直ると一斉に敬礼をしてきた。

何やってるんだこの子達は。

 

 

「提督が鎮守府に着任しました。これより艦隊の指揮に入ります」

 

 

私はとっさに後ろを見るが誰もいない。

右に移動してみると皆の視線が付いて来る。左に移動しても同じだ。

 

「……あなた達が提督の遊びに付き合うなんて珍しいわね。特に長門なんて絶対にやらないと思っていたわ」

 

「別に我々は遊んでなどいないさ。新しい提督に挨拶をしているだけだ」

 

「加賀さん、辞令を受け取っていますよね?」

 

「ええ、吹雪。何でも私が後任の指揮官になるそうよ。こんなもの作って遊んでる暇があるのなら、その分作戦の1つでも立てたらいいのに」

 

「加賀は提督の遊びだと思っているみたいだが、そいつは本物だぞ」

 

「そんな訳ないでしょう。そもそも軍規で艦娘は指揮官になる資格を有する事が出来ないとあるじゃない」

 

「それに関しては先日軍規が変更されたクマ。今は艦娘でも指揮官になれる様になったクマ」

 

「球磨、軍規はそう簡単に変更されません」

 

「なら大本営に確かめてみるといいクマ」

 

「……ここに書いてあるのは提督が異動になり次第となっています。もしこの辞令が本物だとしても、この鎮守府の指揮官は彼です」

 

「残念だが、その提督は本日付けで大本営に異動となっている。さっきこの鎮守府から出て行くのを見送っていたじゃないか」

 

「見送っていたのではなく、追いかけていたんです。帰って来たら朝まで説教です」

 

「それは難しいですよ。前司令官はもうここには帰ってきません。そして辞令に書いてある通り、次の指揮官は加賀さんになります」

 

「…………」

 

「加賀さん、まだ信じられねぇか?」

 

「天龍、子猫と遊ぶのは後にしてくれないかしら。大淀も」

 

「おおう、悪い悪い」

 

「す、すみません。可愛くてつい」

 

「そうだクマ。吹雪、あれを渡すといいクマ」

 

「そうですね。これがあれば信じざるを得ないでしょうから」

 

そう言って吹雪が渡してきたのは白い軍服と身分証明書だった。

身分証明書には私の顔写真と名前、この鎮守府の指揮官であるという文言が書いてある。

 

「ほら、軍服にも加賀さんの名前が刺繍してあるでしょう?」

 

確かに吹雪が見せてくれた上着の内側に、私の名前が刺繍してある。

いきなりの展開に混乱する私に、吹雪が軍服の上着を羽織らせてきた。

 

「やっぱり似合いますね。帽子もあるから丁度いいです」

 

「貫禄があるクマね。隻腕なのが特にそう感じさせるクマ」

 

「ほう、なかなか良いじゃないか。ビッグセブンを指揮するに相応しい外見だ」

 

「俺の眼帯も付けるか? 更に格好良くなるぞ?」

 

「天龍さん、やめてください。片目だと仕事に影響が出そうです」

 

「大淀は固いなぁ。俺や木曾みたく慣れれば良いだろうが」

 

「あなた達、ちょっと待ちなさい。私はまだこの状況を飲み込めていないのだけど」

 

「? そんなに難しいことじゃないですよ? 昨日までいた司令官が異動になって、加賀さんがここの司令官になっただけじゃないですか」

 

「……だけって吹雪、仮にも長い付き合いだった彼が異動になって何も思わないの?」

 

「それは確かに寂しいですけど、少し前から知ってましたし、送迎会もやりましたから」

 

「私はそのどちらも知らないんだけど」

 

「みんな前司令官から加賀さんには秘密にする様に言われていたので。それにみんなも知ったのは提督が出張から帰って来てからです」

 

だからみんな私が申請書を書いていると、あんな顔をしたり、無駄だと言って来たりしたのか。

 

私は思わず黙り込んでしまった。

なぜ秘密にする必要があったのか。

この事を知っていれば私は…………

 

 

……知っていれば私はどうしたのだろうか。

解体の申し出をやめていたのだろうか。

それとも何としても解体されるために無断で工廠へ行っていたのか。

 

 

多分工廠へ行っていただろうな。

もしかしたら自ら海に沈んでいたかもしれない。

 

今まで提督の元で上手く行っていた事を変えなければならない。それは私が居なくなれば行われなくなる。

そうしたら私はすぐにでも居なくなっていただろう。だから私には知らせずにいたのか。

この鎮守府から提督が居なくなれば、すぐに誰かがその立場に着かなければならない。そして後任が私になってしまえば、私は簡単にその立場を降りられなくなる。

なるほど、やはり作戦立案が得意なだけあるな。

 

 

しかし納得いかない事がある。

また私だけ仲間外れか。本当に泣くぞ。

 

「そんなに不貞腐れるな。送迎会に呼ばれなかったくらいで。次はこの長門がお酌をしてやるから機嫌直せ」

 

「不貞腐れてません」

 

「どれだけ長い付き合いだと思ってるんだ。それくらい分かる」

 

「加賀さん、大丈夫ですよ。これからみんなで加賀さんの就任祝いです! もう全員食堂に集まってますから早く行きましょう!」

 

「俺達は先に行ってるぜ。球磨も大淀も行くぞー」

 

「早く来るクマー」

 

「先に行って待ってますね」

 

そう言うと3人は子猫を連れて先に行ってしまう。

吹雪と長門だけは私が動くのを待っている様だ。

 

 

 

 

天龍達を見送りながら考える。

私はまだここに居ていいのだろうか。

この指揮官という立場に居座ってしまってもいいのだろうか。

私が居なくなればちゃんとした他の加賀が着任出来るんだぞ。

その機会をダメにしてまで私がここに居て、この鎮守府のためになるのだろうか。

 

でも、わざわざ後任に私を指名したのは何か理由があるのではないか。そんな希望を持ってしまう私もいる。

 

 

「……ねぇ。何で後任は私なのかしら」

 

「どうしたんです?」

 

「私が後任になった理由を教えて」

 

「……それは色々ありますけど、大きな理由は3つあります」

 

「3つも?」

 

「1つ目は鎮守府の指揮官としての能力が十分にあると判断された事です」

 

「前提督は能力に偏りがあったからな。作戦立案と戦闘指揮以外は全て加賀が行なっていただろう」

 

「司令官不在の時も加賀さんが代理で作戦立案と戦闘指揮を行なっていた事がありましたからね。普通の司令官よりは十分能力があると言えます」

 

「そんな事ないと思うけれど。このくらい誰でも出来るわ」

 

「2つ目は鎮守府内の全ての仕事経験がある事です。工廠や食堂の仕事などを含めて加賀さん全部出来ましたよね」

 

「それは理由になるの?」

 

「なりますよ。要は上から下までの仕事を全て把握している訳ですから、偏った負荷も発生しなくなりますし運用が効率的になります」

 

「私は他の鎮守府の工廠や間宮を見た事があるが、あそこにだけは行きたくないと思ったな」

 

「そんなに変わらないと思うけど」

 

「3つ目はみんなから絶対的な信頼を置かれている事です」

 

「それはあなた達もそうでしょう。私以上の適任がいるわ」

 

「加賀、さっきから否定してばかりだが、これらの理由は第三者からみても納得の出来るものだ。そして理由の根拠は鎮守府の艦娘全員の意見から来ている。それに、前提督からの強い推薦もあるんだ」

 

「推薦って……」

 

「前提督は昔から大本営に憧れていたからな。私達が心配でここを離れなかったが、加賀になら後を任せても大丈夫だと思ったのだろう」

 

「提督は大本営から声が掛かっていたのね」

 

「らしいな。だから時々、大本営に出張していたようだ。そこで軍規の変更を話し合っていたらしい」

 

「それって今回の……」

 

「ああ、艦娘が指揮官になれる様にだ」

 

「………そう」

 

「つまり、かなり前からお前が指揮官になり得る事を予想していたのだろう。さすがにきっかけは予想出来なかっただろうが」

 

「すごいですよねぇー」

 

本当にすごい人だ。

昔からこんな未来の事を見通していたなんて。

 

「……私にはそんな事出来ないわ」

 

「別にこんな事期待していない。これは前提督が特殊だっただけだ」

 

「……仕事も前みたいに出来ないのだけど」

 

「その点は大丈夫ですよ。これからは今の体制で行きます。私達5人いれば今の仕事もどうにか処理が出来てますから、加賀さんも含めれば余裕ですよ!」

 

「……まだ、私にも出来る事があるのね」

 

「ああ、そうだ。ここの指揮官はお前にしか出来ない。これからまた役に立ってもらうぞ」

 

「そうです。加賀さんが居ない間、すごく大変だったんですから。その分これから仕事してもらっちゃいます」

 

「…………」

 

気持ちが切り替えられていく。

確かに先程の理由からすれば、私しか候補は居なくなるのだろう。

 

 

ーーー私はまた皆の役に立てるのか。

 

 

まだこの場所に、私の居場所はあるらしい。

みんなと一緒に居る事が出来る。

 

あれほど落ち込んでいたのが嘘みたいだ。

 

 

 

「加賀さん、もう行きますよ。みんな待ってます」

 

「そうだぞ。いつまでここに居るつもりだ。吹雪、私が加賀を運ぶから、ドアを開けてくれ」

 

「分かりました!」

 

「なに元気に返事してるのよ。自分で歩けます」

 

「聞こえんな」

 

「聞こえませんね」

 

「ちょっと、やめ、やめて! 降ろしなさい!」

 

 

そのまま長門にお姫様だっこされながら、私は2人と共に就任祝いの会場へ向かう事になった。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

瑞鶴の惚れぼれする発着艦を見てから、6日が経った。

結局あれから瑞鶴は、私の発着艦に関して意見を曲げる事は無かった。

それどころか他の正規空母も彼女に便乗してくる始末だ。また私だけ仲間外れなのか。涙目になったら言うのやめてくれたけど。

 

 

今日は瑞鶴と海上での発着艦訓練をする最後の日だった。

彼女は私の口だけの分かりにくい説明にも関わらず、無事に合格をあげられる位に動ける様になった。

そして先程訓練が終わり、瑞鶴は全ての基礎指導を終わらせた事になる。

 

これで私の指導役は終わりだ。

長かった気もするが短かった気もする。いや、実際かなり短いのだが。

これほど早く基礎指導を終わらせた艦娘は、私が知る中では赤城さんくらいだ。翔鶴はどうだったのだろうか。今度聞いてみよう。

 

彼女がこれ程までに成長した事を嬉しく思うと同時に、私がもう彼女の指導役でない事を寂しく感じた。胸が痛い。

 

 

 

訓練の片付けが終わって、私は瑞鶴と並んで歩いている。

彼女は歩きながら私の左腕に抱きついていた。

私の顔は赤くなっていないだろうか。

 

あれから瑞鶴のスキンシップがさらに激しくなった。

以前はたまに手を握ってくる程度だったが、最近はいつも側に居て頻繁に抱きついてくるのだ。

 

食堂では隣に座り横から抱きついてくるし、私が廊下を歩いていれば後ろから近づいて抱きついてくる。

訓練中を除き、一緒に居る時は基本的に私の腕に抱きついた状態で移動する。

最初は瑞鶴にやめる様に言ったのだが、聞き入れられた事はなかった。

 

「瑞鶴、歩き難いわ」

 

「そろそろ慣れてよー」

 

「私が慣れるの? あなたが離れれば解決するんだけど」

 

「加賀さんが本当に離れて欲しいなら離れる」

 

「…………」

 

「んふふ、じゃあこのままね」

 

そう言って彼女は頭を擦り付けてくる。彼女の顔は緩み切っていて、とても機嫌が良さそうだ。前提督がおいていった子猫みたいでかわいい。

私の口元もついつい緩んでしまいそうになる。それを必死に隠しながらも、自分の気分が高揚しているのが分かった。

右腕があったら我慢出来ずに撫でていただろう。

 

 

 

私は指揮官になってから変わった事がある。

以前の様に自分の欠陥を気にする事が無くなったのだ。

それに気付いたのは最近の事だった。

前は常に心のどこかでそれを気にしていたものだが、最近は全くそんな気持ちが無くなってしまった。

 

 

そうなった原因はなんだろうか。

 

まだ私に出来る事があるからだろうか。

新しい自分の居場所が出来たからだろうか。

 

 

確かにそれらも原因の1つだろう。

しかし、私は1番の原因はこれだと思っている。

 

 

瑞鶴が隣に居てくれるからだ。

 

 

彼女の隣に居るだけで幸せな気分になり、気分が高揚してしまう。世界はこんなにも素晴らしく、自分の欠陥なんてその前では些細な事に思える。

最初は戸惑ったが、自分のこの気持ちに気付いてからはすぐにそれが分かった。

 

 

 

そして、今まで私は瑞鶴に指導役として接していたが、先程その立場は無くなってしまった。

もう彼女とは対等な立場になったのだ。

 

辺りは夕焼けのオレンジ色に染まり、水平線に太陽が沈んで行くのが分かる。

そして珍しい事に、近くには誰も居なかった。

 

「……ねぇ、瑞鶴」

 

「なにー?」

 

「大事な話があるんだけど」

 

「まだ解体の事諦めてないの? もう提督になっちゃったんだから無理だって」

 

「そうじゃなくて……」

 

「あ、分かった。そんな風に言っても私は離れないからね。加賀さんがまた無理したり自分を追い詰めない様に見張っとかなきゃ」

 

「いや、それでもなくて……というかそれは離れてても出来るでしょう」

 

「こっちの方が近くに加賀さんを感じられるから」

 

「…………」

 

私は意外とチョロいらしい。顔が熱くなり、赤くなっているのが自分でも分かる。

 

 

こんな掛け合いにも幸せを感じてしまう。

他の加賀ならこんな事はありえないだろうな。

そもそも五航戦の彼女に対してこんな気持ちを抱く事自体がありえないか。

 

 

今の私は以前の様に卑屈になったり、迷ったりはしない。そこだけは他の加賀に近づけた気がする。

 

しかし、私は別に他の加賀を目指している訳ではないのだ。

 

 

「ねぇ、瑞鶴……」

 

「今度はなに?」

 

 

そうだな。なら当面の目標は、彼女みたく正直で真っ直ぐになる事としよう。

 

 

 

 

「……私ね、あなたの事が

 

 

 

 

 

 

 

ーーーそう、だって私は、他の加賀とは違うのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




とりあえず一区切りです。

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