私は加賀   作:Higashi-text

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03話

3話

 

 

「ふぅ……これで一旦終わりますか」

 

急ぎの書類を処理したので机の上を片付けながら、次にやる事を考えていく。

この後は工廠に行く予定だが、その前に天龍に会って演習場の件を伝えなければならない。

 

彼女はまた駆逐艦と遊んでいるのだろうか。任務は入っていないはずだから私の予感は当たっているだろう。天龍と龍田の2人は鎮守府の駆逐艦達からとても懐かれている。なので彼女達の任務がない時は、誰かしらが2人のもとを訪ねてそのまま一緒に遊んでいる事が多い。昔は私のポジションだったのに。陽炎と不知火なんてずっと私の後ろを付いてきて、「加賀さん」「加賀しゃん」と大変可愛らしい子達だった。ちなみに陽炎と不知火は私より早く着任した先輩であり、第1艦隊の主力でもあった為、当初はギャップに戸惑ったものだ。今はもうその様な姿は見せなくなったが、当時は駆逐艦が少なかったし寂しかったのだろう。

 

それは兎も角、そうだとすると天龍は中庭か遊戯室か誰かの部屋にいる可能性が高い。

執務室から見える中庭にいなかったら、館内放送をする必要があるな。そう思いながら中庭を覗くと、ちょうど彼女は中庭の中心にある木の所に駆逐艦達と集まっていた。

私はこのまま中庭経由で工廠に行こうと思いながら、執務室のドアを閉める。階段を降り、中庭に面する出入り口から外に出ると風で落ち葉が飛ばされていくのが見えた。少しそれを眺めて感傷に浸った後天龍達がいた方に向かうと、天龍と龍田、第六駆逐隊、陽炎と不知火がじゃんけんをしているのが分かる。こちらを向いていた陽炎がいち早く気づき声を掛けてきた。

 

「あっ、加賀さん!」

 

「陽炎、久しぶりね」

 

「本当よ。最近は遠征任務ばっかりで全然会えないんだもん」

 

「陽炎、私はよく会っていました」

 

「それは不知火が旗艦で任務報告する時でしょ。そのドヤ顔やめろ。旗艦じゃないと報告に行きづらいし、いつも忙しそうだし……」

 

「別に来てはいけないなんて決まりは無いわ」

 

「なら、私達が任務報告する時は全員で行ってもいいのですか?」

 

「ええ、電。来て良いわよ」

 

「よくやったわ電! これで加賀さんにもっと会えるしもっと頼ってもらえる!」

 

「あ、暁としては、別にどっちでも良いんだけどね!」

 

「そんなこと言っていつも天龍に『私が報告に行くの!』なんて駄々こねているじゃないか」

 

「響!?なんで言っちゃうのよ!」

 

ワイワイしている駆逐隊を見ていると、天龍が話しかけて来た。

 

「それで加賀さん、どうしたんだ? 何か用があったんだろ?」

 

「そうだったわ。演習場の使用許可の件だけど、他の子達と変わって貰っても良いかしら」

 

「俺達は別に良いけど、珍しいな」

 

「普通は先着なんだけどね。あそこで追いかけっこしている2人から真面目な訓練内容の申請書が来てるのよ」

 

私はドヤ顔で逃げる不知火とそれを追いかける陽炎を見ながら言う。今は遠征任務によく行っているが、彼女達は普段第1艦隊に所属している。激戦で生き抜く為に、訓練はしっかりとやりたいのだろう。

 

「それに、あなた達の艦隊行動の訓練は演習場じゃなくてもここで出来るでしょう?」

 

「あー、俺たちがやってる事バレてるのか。ならしゃーないな」

 

「あら、あれだけ自信満々に『これならバレねーよ! 大丈夫だ!』とかいってたのにね〜?」

 

「おい、龍田!」

 

天龍は龍田を睨むが、彼女はまるで気にしていない。

 

「ねぇ、加賀さん。今から一緒に遊びましょ? 私達鬼ごっこをするところだったの。」

 

「ごめんね、雷。これから工廠に用事があるの」

 

「そうなんだ…ならしょうがないわね。何か私に手伝える事ある? 何でもいいわよ?」

 

「雷、私達第六駆逐隊が工廠で手伝える事なんてほとんどないんじゃないかな」

 

「みんな加賀さんを困らせちゃダメよ! レディーは次に遊んでくれる時まで我慢できるんだから!」

 

「加賀さんは偶に遊んでくれるとすごく楽しいのです! 色んな遊びを教えてくれるしいつも楽しみなのです」

 

「みんな、ごめんなさいね。時間が出来たら遊びに来るわ。その時は新しいルールの鬼ごっこを教えてあげる」

 

私は手を挙げて別れの挨拶を済ませると、工廠へ向かって歩き出した。

歩きながら先ほどの電の言葉を思い出す。確かに滅多に遊ぶ時間はないが、特に最近は駆逐艦達と遊んであげれていない。艦娘の人数が増え、施設が大きくなり仕事が増えた為だ。次に遊ぶ時はスペシャル一航戦鬼ごっこを教えてあげよう。

何とか時間を作れないかと考えているうちに工廠の前に着いていた。

 

 

工廠の中では明石が妖精さんと一緒に何かをいじっている。初めて見るものなので、新たに開発している装備か何かだろう。

 

「お疲れ様です」

 

「加賀さんですか。お疲れ様です」

 

「それは新しい装備?」

 

「そうなんです! …と言いたいところなんですが、まだまだ改良の余地ありですね。これじゃとても実戦では使えません」

 

「そう。あなたがそう言うなら間違いないんでしょうね」

 

明石と話をしながら私は自分の工具を準備して行く。これらの工具は私が集めた至上の一品達で、良くある安物とは格が違う。値段もさる事ながら、性能や使いやすさはその辺のものとは段違いだ。ドライバー1つ取っても、ネジへの吸い付きが全然違う。これらの積み重ねで、最終的に掛かる時間や完成度に差が出て来るのだ。

 

「あっ加賀さん、そのドライバー私も買いましたよ。やっぱり使いやすいですねぇ。」

 

そして明石と夕張にも同じ工具を徐々に布教している。やはり分かる人には分かるのだ。

 

「夕張は?」

 

「夕張さんなら、今は海上で長門さんの主砲のデータ取りをやってます。しばらくしたら帰って来ると思いますよ」

 

「そういえば長門は改二になったばかりですものね。どれだけ火力が上がっているのやら……」

 

工具の準備を終えて、保管してある艤装を持って来る。

これは吹雪の艤装だ。あの子は真面目だから自分でもある程度手入れをしているらしい。直ぐに整備を終えて元の場所に戻したら、次は睦月の艤装を持って来る。今朝は神通を旗艦とした川内三姉妹と吹雪、睦月、夕立で哨戒任務があったのでまとめて整備に出しているのだろう。

 

その後、整備待ちの艤装を全て整備して、修理が必要な艤装に手を出す。これは大井の艤装か。彼女が着任した当初、球磨型の姉妹艦はまだ着任しておらず、ずっと1人だった。私が見かねて話しかけたり食事に誘っていたら、いつの間にか懐かれていたのを覚えている。今では北上を含め球磨型全員が揃っているので以前ほど接点は無くなったが、偶に廊下で会うと笑顔で寄ってきて北上の話を聞かせてくれる。

 

 

その後、修理待ちの艤装も全て無くなり工具を片付けた所で夕張が帰ってきた。

 

「加賀さん、お疲れ様です。これから整備?」

 

「夕張もお疲れ様。整備と修理は終わったわ。それより長門のデータはどうだった?」

 

「えっ、全部終わったの!? 私がやる分もあったと思うんだけど……あ、長門さんのデータは……」

 

夕張はレポートを手渡してきた。

 

「……なるほど。51cm連装砲が装備できるのね」

 

「はい。特にアイオワさんなんか悔しがるんじゃないかな……ってこっちも大事! あれだけあった艤装の整備と修理、1人でやっちゃったの?」

 

「え、ええ。そうね。後であなたが確認してくれると安心出来るのだけれど」

 

「うわー、マジかー、自信なくすなぁ……」

 

「夕張さん、大丈夫ですよ。夕張さんも十分早いじゃないですか。加賀さんが特殊なだけですよ」

 

「昔からやってるからね。整備と修理には自信があるのよ。余程酷い状態じゃなければ対応可能よ」

 

少しドヤ顔で言ってみるが、夕張はまだ不満らしい。

 

「だってそれだと私達が仕事してないみたいじゃない。そりゃ空いた時間に開発出来るのは嬉しいけどさ……」

 

「あなたと明石には開発という立派な仕事があるでしょう。そちらを優先して貰いたいのよ。これはあなた達2人じゃないと出来ないのだから。……それなりに期待はしているわ」

 

「も、もう、そんな事言って、昔加賀さんも開発していたの知ってるんだから」

 

「……ちょっと待って。それどこで聞いたの?」

 

「提督から」

 

「全く、あの人は……」

 

「加賀さんは何を開発してたんですか?」

 

明石も話を聞いたらしい。まあそこまで秘密でもないので普通に言うが。

 

「副砲よ。私は主砲が装備出来ないでしょ? だからせめて装備出来る副砲は良いものが欲しかったのよ。でも時間と労力が掛かり過ぎてね。正直、もう二度と開発はやりたくないわ」

 

「興味深いです。それって加賀さんの艤装と一緒に置いてあるやつですよね」

 

「そうね。私は出撃しないから使う機会はないけれど、今でも捨てずにとってあるわ」

 

昔は調子にのって独自で開発をしていた事もあったが、効率が悪すぎるので自分ではやらない事にしている。

修理や整備は誰でも覚えればある程度は出来るが、開発となるとそうもいかない。私はこの2人に任せるのが一番良いと判断している。私なんかでは足元にも及ばない。

鎮守府の補修などとは訳が違うのだ。

それにもうあの変なぬいぐるみが工廠に溢れかえるのは見たくない。泣きたくなって来る。

 

「そうえば加賀さん、最近なんか疲れてませんか?」

 

明石に聞かれて答えに詰まる。確かに最近は疲れがなかなか抜けてくれない。もう私も歳なのだろうか。いやでも前から同じ様な事は時々あったし、今回もそのうち治るだろう。私はまだまだ若いはずだ。

 

「別に大丈夫よ。そんなに疲れている様に見える?」

 

「いえ、そういう訳ではないのですが、何となくそう思っただけです」

 

「加賀さん、無理はしないでね? いつも忙しそうにしてるんだから。そうだ、新作の栄養ドリンクがあるから試してみてよ!」

 

そう言って夕張は奥の方に入って行った。

明石は苦笑しながらそれを見送り口を開く。

 

「夕張さん、いつも加賀さんの事心配しているんですよ? 今回の新作だって加賀さんの為に作った様なものなんですから」

 

「そ、そうなの? それは嬉しいわね」

 

「私だって心配してるんですよ? 本当に疲れてませんか?」

 

「いつも通りよ。それより一応聞いておくけど、その栄養ドリンクは飲んでも大丈夫なのよね?」

 

「あはは、心配いりません! 私達2人で飲んで実験してますんで!」

 

「そう言って前に戦艦と重巡を駆逐艦みたく小さくした事あったわよね。あの時は大変だったんだから……」

 

「持ってきたよ、加賀さん! これを飲めば疲れも一瞬で吹き飛ぶから!」

 

「ありがとう。後で頂くわ」

 

夕張から小さい瓶がたくさん詰まった箱を受け取ると、私は工廠を後にする。

明日あたりに夕張が感想を聞きに来るだろうから今日飲むのを忘れない様にしなければ。

 

時刻は既に夕方になるくらいだ。

海の端の方が少しオレンジ色に染まり始めているのが分かる。

 

そういえば寮の睦月型の部屋で、蛍光灯が切れていると連絡が入っていたな。薄暗くなる前には交換をしておきたい。寮といえば大和が酔って開けた壁の穴はちゃんと塞いだのだろうか。本人は責任を持って直ぐに塞ぐと言っていたが。やはり私がやった方が速いし、まだ出来ていない様ならやってしまおう。

 

急がないと艦隊が帰港する時間になってしまう。私は用具室に急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

「報告は以上です」

 

「ありがとうございます。夜遅いですが、ちゃんと入渠しくてださいね」

 

「はい。失礼します」

 

出撃していた全ての艦隊から報告が終わり夜も更けてきた頃、私は資材管理表を見て今後の予定を考えている。

かなりの量が溜まってきたし、そろそろ建造で正規空母を狙っても良いかもしれない。魚雷と爆雷は消耗品だから予備を増やそう。いや46cm砲も捨てがたいな。あれは金剛型全員に行き渡ってなかったはずだ。また金剛が拗ねてしまう。拗ねるのは構わないが、執務室で拗ねるのはやめて欲しい。しかもこちらをチラチラ見て慰めてオーラを出して来るのだ。

さすがに全部作るのは提督に叱られるだろうか。とりあえず明日提督が出張から帰ってきたら相談してみよう。

 

時計を見ると日付が変わってから結構な時間が経っていた。最後に帰港した子達はもう入渠して寝ただろうか。

 

「さて、そろそろ行きますか」

 

私は引き出しから飴がたくさん入った袋を取り出すと、執務室を出た。

この時間の海に月と星以外の光源は存在しない。幻想的な光景に見えるが、私はそれよりも恐怖を感じる事がある。それは私が正規空母だからかもしれないが。

真っ暗な海は水面の下が何も見えなくて、恐ろしい何かにどこまでも吸い込まれそうになる。

いつの間にかフラフラと近くまで行ってしまっていた様で、気づくと港の桟橋に立っていた。こんな所に用はないので工廠に足を向ける。

 

 

工廠には妖精さんがいる。

この時間でも誰かしらは起きていて何かしている事が多い。

その中の1人に私は近づいて声を掛けた。

 

「今日も差し入れを持ってきたわ。みんなで分けてちょうだい」

 

私に気づいた妖精さんは駆け寄って来ると嬉しそうに飴の袋を受け取る。その後起きていた他の妖精さんを呼び寄せ分配し始める。その様子がとても可愛らしく、私はじっと見つめていた。これは最近駆逐艦と遊んでいない私の、数少ない癒しの時間だ。妖精さんは見ているだけで心が洗われていく。

残った飴を奥に運んで行く子達を見ていると、残った子達が私の体に登ってきた。

 

「さすがに気分が高揚します」

 

私の肩や頭の上ではしゃぎ始めた妖精さんを見てニヤニヤしてしまう。今はさぞだらしない顔になっている事だろう。

 

こうして妖精さんと仲良くしていると、建造や開発で狙ったものが出やすかったり、言う事を聞いてくれる場合が多い。私は昔から続けている。なのでこのだらしない顔も昔から晒し続けている。

 

しばらく妖精さんと戯れた後、後ろ髪を引かれる思いで執務室に戻る。これから大本営への月次報告書を作らなくてはいけない。

今日は徹夜になりませんようにと祈りながら、私は机に向かった。

 

 

報告書を作りながらつい物思いにふけってしまう。

私は艦娘の存在意義である所の、深海棲艦を倒すという事が出来ない。私にはそれ以外のこんな事しか出来ないのだ。他の加賀ならこの様な事で悩む事はまず無いだろう。だからいつも考えてしまう。

 

ーーー私は他の加賀とは違うのだ。

 

 

 


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