6話
あれ以来、瑞鶴は事あるごとに私の所に来て、何か手伝える事はないか聞いてくる様になった。昔の雷を思い出す。
私が出した課題は終わったのか聞いて見ても、いつも完璧に終わらせてから来るので強く言い返せない。雷はやってない事が大半だったので大体ここで引き下がっていた。ていうか、あの課題こんなにすぐ終わらせるのか。これで新人とか自信なくすわ。
もう1つ、変わった事がある。
それは瑞鶴の相談を受けに街へ出掛ける様になった事だ。もちろん私は忙しいのでそんなに頻繁には行けないが、瑞鶴が仕事を手伝って来ようとするので、少し余裕がある時は仕方なしにOKしてしまっている。
相談の内容は相変わらず分からない。瑞鶴が自分からその事を話さないからだ。私からそれとなく聞いて見てもはぐらかされてしまう。私にも言いにくい事なのかもしれないし、向こうから言い出すのを待っている状況だ。
「加賀さん、お昼行こう!」
「はいはい。ちょっと待ってなさい」
「早くしないと食堂の席なくなっちゃうよ?」
また、懐かれた影響かは分からないが、最初に2人で街に出かけた時から、瑞鶴は私のそばに居る時間が長くなった気がする。
今みたいによく食事に誘われる様になったし、一緒に間宮へ行く事も多い。執務室にわざわざ質問をしに来る事もある。
懐かれる事自体は嬉しいし、瑞鶴と過ごす時間は楽しくて、ついつい私も浮かれてしまう事が多い。
そして、別れる時は決まって寂しくなるのだ。
ーーーーー
私達が食堂に着くと、ドアの前に人だかりができていた。
よく見ると、ドアに何か貼ってある。
「みんな、ちょっと通してもらって良い?」
「あ、加賀さん! あれどうにかならないの!?」
なんだなんだ。どうしたというのか。なんかみんな凄く必死なんだが。
私は貼ってある紙を覗き込んだ。
「……そんな……嘘、でしょう………」
内容は単純なものだった。
来月から間宮さんが地方の鎮守府に出張するというお知らせだ。
まだ建造されたばかりの他の間宮達補給艦に指導を行う事が目的らしい。
しかし出張期間の終わりが未定となっている。
これはしばらく帰ってこれないという事ではないか。
私はすぐに食堂に入ると間宮さんへ問いかける。
「間宮さん。ちょっと良いかしら」
「あら、加賀さん。お疲れ様です。何にします?」
「日替わり定食で。ってそうじゃなくて、出張の件よ。帰って来る日程が未定となっているのだけど」
「あぁ、それなんですけど、ちょっといつまで掛かるか分からないんですよね。結構な数の鎮守府から指導の依頼が来ているらしくて」
「結構な数って……1箇所ではないって事? それは下手したら1ヶ月以上戻ってこないという事では……」
「そうなるかもしれませんね」
それを聞いて、私はめまいがした。
何という事だ。最低でも1ヶ月、間宮さんがいないなんて。
後ろで聞いていた子達も悲鳴をあげている。そんな中、瑞鶴は不思議そうにしていた。
「な、なんでみんなそんなにショック受けてるのよ? こういうのってよくある事じゃないの?」
間宮さんにチャーハンセットを頼みながら彼女は聞いてきた。
確かに他の鎮守府に同艦が指導にいくことはよくある事だ。でも今回はそうも言っていられない。
「瑞鶴、よく聞いて。こういう場合、みんな持ち回りで食事を作るのだけど、……うちの鎮守府には比叡と磯風とそれに準ずる艦娘がいて、彼女達は凄く料理を作りたがるわ」
「それって……確か余り美味しくないんだっけ?」
「あれはそういう次元じゃないわ。下手したら鎮守府が壊滅します」
「あはは、壊滅ってそんな大袈裟な」
瑞鶴は始め笑っていたが、周りの反応をみて冗談じゃないと気付いたらしい。
「……どうするの?」
「……ちょっと考えさせて」
私と瑞鶴は間宮さんから定食を受け取ると、近くの席に座り食事を始めた。
ーーーーー
私は執務室で食事の件を考えていた。
「これは……持ち回り制を廃止するしかないかも」
色々検討したが、これが一番効果的だ。
特定の艦娘のみが料理をすると報せれば、他の子達は自分も料理をすると言いにくいだろう。デメリットは間宮と同じく1人で全て行わなければならない事だろうか。料理する子が2人以上いれば自分も手伝うと言い出しやすくなってしまう。
問題は、誰が料理をするかだが。
「……私がするしかないでしょうね」
料理ができる子は他にもいるが、それでは艦隊行動に影響が出かねない。何しろ1ヶ月以上の間拘束されるのだ。1日3食を用意し、それ以外にも甘味処の営業もある。とても出撃なんて纏まった時間は取れないだろう。特に甘味処などは艦娘の士気に関わってくる為、絶対に開けなければならない。
ああ、これはもう寝る時間がほとんど取れなくなるな。私達艦娘は人間よりも丈夫に作られているからなんとかなると思いたい。
「でも、これはさすがにキツいかしら」
しかし、鎮守府が壊滅するよりはマシだ。
そうと決まればやる事は1つ。
ーーー料理の練度上げだ。
ーーーーー
翌日から私はひたすら料理を練習した。今までの仕事もある為、1日の中で出来る時間は限られる。しかし時間が許す限り、練度上げとレパートリーの数を増やす事に集中した。
間宮さんにも時々見てもらいながら練習を繰り返し、ようやく納得出来るレベルになったところで彼女の出張期間へと入った。
間宮さんは私の料理を美味しいと言ってくれたが、これで鎮守府のみんなは満足してくれるだろうか。
私が食堂の厨房で準備をしていると誰かが食堂に入ってきた。こんな朝早くに誰だろうか。まだ準備が終わっていない。
「ごめんなさい。あと少し待ってくれるかしら」
「おはようございます。加賀さん」
「赤城さん? おはようございます。どうしたんですか? こんな早くに」
「加賀さんの料理を久しぶりに食べれると思ったら、早く起きてしまって」
「もう、やめてください。間宮さんと比べたら練度もレパートリーもまだまだです」
「どちらも美味しいですよ。それに早く来たのは私だけじゃないですから」
「私も楽しみで早起きしてしまいました」
「翔鶴もいるのね。昔はよく食べたでしょうに」
「だからこそですよ。加賀さんの料理は美味しいですから、ねぇ不知火さん?」
「はい。私は好きですよ。加賀さんの料理」
「ちょっと、今どこから出て来たのよ」
「翔鶴さんの後ろに隠れてました」
「あなたって昔からそういうの得意よね。陽炎は一緒じゃないの?」
「陽炎は起こそうとしたんですが、ダメでした。昨日一緒に行くと約束したのに。もう知りません」
「そんなに拗ねないの」
私は準備が終わると注文を聞いて調理を開始する。料理を出すときに不知火と翔鶴の会話が聞こえてきた。
「そういえば翔鶴さんがいるのに瑞鶴さんがいませんね」
「瑞鶴なら陽炎さんと同じで起きれなかったんですよ。昨日約束してあれだけ楽しみにしてたのに」
「それが普通よ。まだ外薄暗いじゃない。どうぞ、できたわよ」
「あら、いい匂い。加賀さん、ありがとうございます」
「本当ですね。ありがとうございます」
その時、誰かが廊下を走って来る音が聞こえて来た。食堂の前で止まると勢いよくドアを開けて入って来る。
「ちょっと翔鶴姉! 1人で先に行っちゃうなんて酷いじゃん!」
「あなたが起きなかったんでしょう?」
「か、加賀さん!? た、確かにそうなんだけど、で、でも約束してたのに……」
「瑞鶴、私はちゃんと起こしたわよ? でもあなた全然起きようとしなかったじゃない」
「いつもは起きるまで無駄にくすぐったりしてくるのに、今日はしてこなかったじゃん!」
「だってあれだけ幸せそうな顔してたら起こし辛くて……どんな夢見てたの?」
「それはかが………蚊が飛んで来る夢よ!」
「瑞鶴、あなた蚊が好きなの? 変わってるわね」
「加賀さん違うから! 不知火も何でニヤニヤしてるのよ!」
「別にそんな顔してません。これは生まれつきです」
「普段はもっとクールに決めてるでしょ!? その顔やめて!」
「そこまでにしなさい。瑞鶴も何食べるか決めなさい」
他の料理を出しながら瑞鶴に注文を聞くが、なかなか決まらないようだ。まだ混んでないしゆっくり決めれば良いと思うが、なぜか彼女は焦っている様に見える。
「瑞鶴さん、迷ったら肉じゃががオススメです」
「そ、そうなの?」
「はい。不知火は加賀さんの肉じゃがが一番好きです。それに加賀さんの得意料理です」
「じゃあそれにしようかな」
「肉じゃがね。少し待ってて」
私が肉じゃがを準備していると、赤城さんがお代わりをしに来た。
「加賀さん、お代わりをお願いします!」
「分かりました。少し待っててください」
「それにしても、料理の腕を上げましたね」
「ありがとう、赤城さん。はいどうぞ」
「やっぱり加賀さんのご飯は美味しいですね。他の人の分まで食べてしまいそうです」
「「それはやめて下さい」」
「瑞鶴も加賀さんも冗談が通じないですね」
「赤城さんが言うと冗談に聞こえないんだけど」
「なんですかそれは。確かに私は他の人よりほんの少し多く食べますけど、そこまでたくさん食べません」
「間宮さんから赤城さんは要注意と聞いています。何かやらかした事があるのでは?」
「さぁ? 知らないですね」
「まったく……はい、瑞鶴の肉じゃができたわよ」
「わぁ、ありがとう加賀さん」
その後、段々食堂に人が来はじめて雑談する余裕は無くなってしまった。概ね私の料理は好評だったらしく、瑞鶴なんかは感動していたと不知火から聞いている。
ーーーーー
昼の仕込みを終わらせて執務室に戻ると、私は今日の仕事を片付け始める。しばらくするとドアのノックと共に明石が入室してきた。わざわざ彼女がここまで来るのは珍しい。普段の報告と連絡は私が工廠に行った時に済ませてしまうからだ。
「どうしたの? 工廠で何かあった?」
「いえ、大丈夫です。ちょっと確認しておきたい事がありまして」
「何かしら」
「加賀さん、無理してません?」
「別にいつも通りだけど……」
「本当ですか? 」
「ええ、大丈夫よ」
彼女はジッと私を見つめた後、気遣わしげな顔で言ってくる。
「加賀さん。疲れが溜まって辛いようでしたら言って下さいね。オーバーホールしてあげます」
「怖い事言わないで」
明石はそう言って執務室から出ていった。
それにしてもそんなに疲れた様に見えたのだろうか。確かに疲れてはいるがまだ大丈夫だ。そんなことより仕事をしなければ。
今日はまだ昼食と夕食の準備もしなければならないし、甘味処だって開けなければならないのだ。瑞鶴の指導や工廠での整備と修理、鎮守府の補修、細かな手配など執務以外にもやる事は詰まっている。今日はまた徹夜かもしれない。
私は次の書類に目を通しながら間宮さんの出張が早く終わる事を祈るしかなかった。
夕張に栄養ドリンクの追加を頼んでおこう。
ーーーーー
そんな状態がしばらく続き、1ヶ月が経とうとした頃、私は体の不調を感じ始めていた。
頭痛とめまいが頻繁に起き、身体中がだるい。食欲も落ちている。少し無理をしすぎたかもしれない。
しかし、休むわけにはいかなかった。今私が休んだら鎮守府全体に影響が出てしまうし、他の誰かが私の仕事をするはめになる。それは戦力の低下や遠征の遅延にも繋がる。どうしてもそれだけは避けたい。
明石に以前調子を聞かれた時から見た目や振る舞いには気を付けている為、周りは私の不調に気付いていない。もともと疲れが表に出にくい事も幸いした。このまま間宮さんが帰って来るまで黙っていれば、何とかなるだろう。
私の仕事は誰にも譲らない。
今私は瑞鶴の指導をしている。既に地上での発着艦訓練も始まり、少しは形になって来た。まだ合格点はあげられないが。
瑞鶴は弓道場で弓を構えながら、ジッと的を見ている。指導した自分が言うのも何だが、素晴らしい姿勢だ。集中しているのがここまで伝わって来ていて、瑞鶴の周りだけ別空間のように感じる。こういう所は翔鶴にそっくりだ。
それを見ながら私はずっと考えていた。この訓練の後にある海上での発着艦訓練が終わったら、私の指導役としての立場は終わってしまう。1機しか艦載機を載せられない私ではそこまで教えるのが限界だ。それ以降は赤城さんが指導役となり訓練を行なっていく。赤城さんに指導役が変わる事は最初に瑞鶴にも話してあるので滞りはないだろうが、彼女の指導役でなくなる事に私は何とも言えない気持ちになっていたのだった。
この関係もいずれは終わってしまう。
私の指導がなくなれば彼女は私以外の艦娘達とも多くの時間を過ごす事になるだろう。
私が戦闘をほとんど出来ない事も直ぐに知られる事になる。
そうすれば瑞鶴は私のそばを離れて行ってしまうかもしれない。
瑞鶴は最終的に私よりも強くなって、この鎮守府になくてはならない存在になるだろう。それは今まで彼女の訓練を見て来た私が保証する。彼女はとても優秀だ。
何だか大切にしていたものが手の届かない所に行ってしまうみたいで、私は胸が締め付けられる感じがした。
いつ以来だろうか。
自分の欠陥を、これほど忌まわしいと思うのは。
ーーーあぁ、私はどうしようもなく、他の加賀とは違うのだ……