青と藍と蒼と碧   作:藍澤 碧

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10 何かが起きている?

「まったく・・・。相変らず褒め上手だのぅ・・・」

そう呟いて改めて、あおの鼻先を撫でた。

「おつかれさまでござったの、あお」

そう言って見上げた相棒の顔が、いきなり目の前から消えた。

「グォアァ―――」

血しぶきを上げながら、あおは右に倒れていた。

次の瞬間。

「ガゥオオオォ――――――!!!」

轟音とともに、衝撃波が藍瑪蔬(あいめそ)を吹き飛ばした。

咄嗟に受け身をとっていた藍瑪蔬(あいめそ)は、あおを振り返る。

不意を突かれて背中に傷を負っている。

しかし、自分を攻撃した相手に、怒りを露わにしていた。

それほど深くはなかったのだろうか、低空に舞い上がる。

 

轟音の主はその名も轟竜(ごうりゅう)であった。

薄い橙・・・薄くない。

確か黄色に近い橙色に青の縞模様だったはず。

気味が悪いほど濃い橙色に、青も色味が強い様だ。

鋭く恐ろしく硬い爪の前肢で地を掴むようにして四肢で立ち、丸みがかった大きな口であおの脚に噛みつかんとしている。

前脚は随分と太く、翼は付いているものの、四肢で走る方を得意としているそうだ。

太く長い尾は、急な方向転換時にも安定性を保つ役割もあるらしい。

 

 

低空で期を窺っていたあおは、火球を吐き飛ばしながら反動で飛び上がり、急降下して轟竜の頭を毒爪で蹴りつけた。

前のめりになったところを、二本の小太刀が首に斬りつける。

鱗が割れた。

 

急に乱入されて、傷を負ってはいるが連携は問題ない様だ。

 

すぐさま退いて轟竜から藍瑪蔬(あいめそ)が離れると、あおから火球が飛んだ。

その間に距離を取っていた藍瑪蔬(あいめそ)に轟竜の恐ろしく速い突進が迫る。

右に素早く避けたが翼の先が背中に当たり、前のめりに転んでしまった。

そこへ、一瞬でぐるりとほぼ真後ろに方向転換した橙色の轟竜が物凄い勢いで迫ってくる。

その背にあおの毒爪が刺さり、太い脚がそのまま踏みつけた。

火竜の中でも大きいあおより、轟竜の方が更に一回り大きいようにも見える。

 

その隙に体勢を立て直し二本の小太刀を構え直す。

すぐさま、あおに踏みつけられて目の前の高さまで低くなっている頭に斬りつけた。

また、鱗が割れて今度は血が滲む。

と、轟竜が息を吸った。

「ガゥオオオォ――――――!」

慌てて右に転がって避けたが衝撃波は避けきれず飛ばされた。

背を踏みつけていたあおも衝撃波を受けて、咄嗟に舞い上がった。

 

この地に轟竜が現れるのはとても珍しく、藍瑪蔬(あいめそ)もあおも本物は初めて見たし、当然対峙するのも初めてだった。

しかも、強い個体なのだろうか、聞き及んでいる轟竜とは特に色味が違う様である。

なぜ、急にこの地に現れたのだろう。

どこかで、何かが起きているのであろうか。

 

 

 

感覚で戦う藍瑪蔬(あいめそ)と本能で対応しているあお、経験値が全くない分不利であった。

しかも、不意を突かれてあおは手負いである。

背中の傷は前肢の硬い爪で殴られたのか、鱗が割れめくれて血が流れていた。

動き回らざるを得ないので、止まらないのだろう。

何とか切り抜けようと、藍瑪蔬(あいめそ)が轟竜の右へ回り込もむべく走り出した時には、地面を掘り上げた土塊が飛んできた。

右前方に転がって何とか避けたが、轟竜は突進してきていた。

が、あおの毒が効いているのか、転んだ。

藍瑪蔬(あいめそ)は全力で走り、二本の小太刀で後脚を斬り刻む。

轟竜が体勢を戻さぬうちにと、二本の小太刀を乱舞させる。

あおの咆哮が聞こえ、急降下してくるのを確認すると、すぐに轟竜から離れた。

間髪入れずにあおは毒爪で頭に蹴りを入れると、火球を乱発した。

しかし、火球を受けながら体勢を戻した轟竜は、また大きく息を吸い今まで以上に大きく咆哮した。

それと同時に太い血管が朱く浮き上がった。

全身の色が鮮やかになり、橙色が更に濃くなる。

 

咆哮と衝撃波から逃れるように少し高い上空に上がっていたあおが、急降下してきて毒爪で頭を蹴ろうとした。

その刹那、鮮やかな橙色の轟竜の噛みつきがあおの足を襲った。

轟竜の右側から蹴りつけようとしていたあおの左足が噛みつかれ、骨の砕ける音がして地面に引き落とされてしまった。

藍瑪蔬(あいめそ)はそんな光景を初めて見た。

疲れていたのか、目測を誤ったのか、分からないがそんなことは初めてだった。

驚きのあまり一瞬固まってしまう。

慌てて轟竜の左後脚に二本の小太刀を斬りつけ乱舞させ、血しぶきを上げさせた。

目の前の濃い橙色と青い縞模様の鮮やかな対比が目に焼き付く。

藍瑪蔬(あいめそ)は、これでもかと斬りつけ続ける。

だが、橙色と青の太い前脚が、空から引きずり下ろした珍しい獲物を押さえつけたまま、こちらを見もしない。

「くっ!!」

歯を食いしばって、二本の小太刀を振り下ろし続ける。

血で染まっているはずの橙色と青縞模様は、しかし一層鮮やかに見えてくる。

割れめくれた鱗の間の傷を、何度となく斬りつける。

それでも、そんなことより目の前の獲物、と見たのか、あおに牙を叩きつけるように噛みついた。

「グゥオアァ――――――!」

あおの悲鳴のような咆哮とともに血しぶきが上がる。

 

「うっく!!」

詰まる喉、こみ上げるもので霞む視界。

なのに、めくれた橙色と青の鱗がやけに目につくのが忌々しい。

必死に傷口を狙って深く斬りつけ続けた一撃が肉を抉ったのか、轟竜がやっと振り返った。

その牙にはあおの蒼い鱗のかけらがいくつもへばりつき、口の中も周りも血で染まっている。

涙が頬を伝う。

ぎゅっと苦しくなる胸の前で二本の小太刀を構え直す。

「おのれ!!」

憎き血まみれの口を壊さんと、二本の小太刀を乱舞させ轟竜の鼻先を斬り刻んだ。

轟竜の鼻先や切先の当たった頭から血しぶきが飛ぶ。

 

藍瑪蔬(あいめそ)に向き直った轟竜の噛みつきが、左手から小太刀を飛ばし、衝撃で開いた左肩に牙が刺さり、咄嗟に斬りつけた右腕に噛みつきかけ、牙が刺さりかけたところで止まった。

自分の血しぶきで良く見えなかったが、轟竜が右に振り返った。

 

気絶しそうな痛みに耐えながら必死に、轟竜が振り返った先。

左奥を見ると、あおが倒れたまま大量に出血しながらも、轟竜の後脚に噛みついていた。

その口から流れる血は、轟竜のものだけでなくあお自身の血も大量に混ざっているのだろう。

どう見てもあおの顔は苦しそうに眉間に深いしわが寄り、鼻から白い息が吹き出しているのが分かる程必死に呼吸していた。

全身の美しい蒼い鱗が血で染まり、更に藍瑪蔬(あいめそ)の胸を締め付けた。

轟竜があおに向き直ろうとして、噛まれている右脚を引いたが、余程強く噛みついているようで、あおは引きずられてその背が見えた。

背中がさらに大きく割れ血が噴き出している。

破れた翠の翼膜で隠れてはいるが、腹も割かれているのだろう。

体の下の血だまりが、そう告げている。

本来なら、左肩や右腕の傷の方が痛い筈だが、胸を締め付ける痛みの方が辛かった。

 

 

ふと、あおとの間に碧白い光がふわふわと現れた。

「!!」

必死で顔を巡らせると、更に碧白い光の数が増えた。

辛うじて立っている藍瑪蔬(あいめそ)の右側で、轟竜の頭が煩わしそうに振られる。

 

「ゥワォォォォォ――――――ン!」

「あ・・・、雷狼竜!」

この状況で雷狼竜(らいろうりゅう)まで来たら、もう確実に死を待つだけだ・・・。

逃げることも叶わない。

 

藍瑪蔬(あいめそ)はあおに向かって声を振り絞って叫んだ。

「大丈夫だから、もう離せ!」

声に気付いたのか、噛みついていた口が力なくわずかに開かれ、どっと血が落ちる。

轟竜の後脚からあおの頭が落ちた。

「あおっ!!」

悲鳴のような藍瑪蔬(あいめそ)の声は空しく響いた。

 

ずしんずしんとゆっくり近づいてくる足音に、死を覚悟しながらも、轟竜を倒したい一心で右手の小太刀は何とか握っていた。

 

轟竜は足音の方へ向き直る。

 

碧い鱗に、頭や背、腕を覆う鮮やかな黄色い甲殻、腹や首周りに生えた白い毛・・・。

狼のような咆哮。

四肢で歩き、巨木の様に太いあの前脚での叩きつけは強力で、今ならひとたまりもない。

藍瑪蔬(あいめそ)は膝をつき、逃げることもできず、雷狼竜を眺めていた。

太いどころか幅広く分厚い尾の叩きつけに何度死にかけただろうか・・・、その度にあおに助けられてきたな・・・そう思い胸が苦しくなった。

ふと、雷狼竜の背を見ると白い毛の中に黒い人影が見えた。

「!?」

あの武将はどこの誰だ?

「蒼火竜!? 青い鎧!? そなた!」

雷狼竜の背に乗っている武将が叫んだ。

「?」

「あの噂に名高い、藍瑪蔬(あいめそ)殿か!?」

黒尽くめの鎧兜に大きな三日月型の前立ての男は、藍瑪蔬(あいめそ)の名前を呼んだ。

「我は黒鷹(からす)と申す!今お助け致す!!」

そう言うと、雷狼竜を促した。

雷狼竜は力強く轟竜の背中に左前脚を叩きつけ、轟竜は前のめりに潰れるように踏みつけられた。

黒鷹(からす)と名乗った武将は雷狼竜に轟竜を任せて、自分は飛び降りて走り寄ってきた。

「お気を確かに!!」

「あの轟竜の息の根を止めて、あおの仇を取るまでは死ねぬ」

「!? ・・・お噂通りの絆の様ですな」

また、黒鷹(からす)は噂と言った。

しかし、今はそんなことにかまっている余裕はなかった。

轟竜にせめて自分の小太刀で止めを刺したい!その一心で、二頭の攻防を見つめていた。

そんな藍瑪蔬(あいめそ)の体を、黒鷹(からす)は支えながら左肩に布を巻き付け、流れるままにしていた血を止血し、右腕の傷にも布をきつく巻いて止血してくれていた。

 

 

あおと藍瑪蔬(あいめそ)の必死の攻撃が効いていたようで、轟竜は防戦一方だった。

雷狼竜の強靭な尾で叩きつけられ、轟竜は倒れ込みもがいた。

やおら立ち上がった藍瑪蔬(あいめそ)は、満身創痍とは思えぬ足取りで、雷狼竜の前脚で押さえつけられた轟竜に歩み寄る。

橙色と青い縞模様の首を傷の上から、残りの力を振り絞って力一杯斬りつけた。

轟竜の首から大量の血しぶきが上がり、わずかにもがいた後橙色と青の怪物は息絶えた。

 

 

その場に崩れ落ちた藍瑪蔬(あいめそ)に、黒鷹(からす)は慌てて駆け寄ると抱き起した。

 

「しっかりされよ!蒼火竜の皆が待っておられるのであろう!?」

力の抜けたまま目だけはしっかりと開いて、はっきりとした声で藍瑪蔬(あいめそ)は言った。

「蒼火竜・・・!私の蒼火竜は!?」

はたと気付いた黒鷹(からす)はあおの顔の傍へ、藍瑪蔬(あいめそ)を抱き上げて連れて行った。

 

「あお・・・・・・」

そう藍瑪蔬(あいめそ)が呼びかけて鼻先に触れると、あおはゆっくりと目を開けた。

「あお・・・!」

「グルル・・・」

「!?」

まるで猫が喉を鳴らすように、甘えた声を出したあおに黒鷹(からす)は驚いた。

 

藍瑪蔬(あいめそ)は支えられていた体を起こし、文字通りあおが生まれた時から共に過ごしてきた相棒の頭を抱いた。

「グルル・・・」

甘えるあおに涙があふれて止まらない藍瑪蔬(あいめそ)は、たまらずその頭を動かぬ腕で必死に抱き締めた。

「あお・・・。・・・よく頑張ったのぅ・・・。さぃ・・・、ありがとう・・・、助けてくれて・・・!嬉しいよぉ・・・」

「グルルルルル・・・」

「うん、うん・・・!偉いのぉぅ・・・。・・・・・・あおぉ・・・・・・・・・」

 

動かない左腕をあおの頭の上に右手で乗せ、胸の上に鼻先を乗せ、右手は届く限りの場所を撫でていた。

美しかった蒼い鱗は割れめくれ血に染まり、翼腕も傷つき棘は折れ、翼膜は破れ、体の下の血だまりはあまりに大きく別れの時が迫っていることを示していた。

止まらない涙は頬伝い、あおの鼻先に落ちる。

 

「私が力不足故に、こんなに痛い思いをさせて済まぬのぅ・・・・・・」

藍瑪蔬(あいめそ)の涙で濡れた鼻先を胸に押し付けるように、あおはかすかに左右に首振るような仕草を見せた。

「!・・・あお・・・。こんな私を許してくれるというのか?」

今度は上下に頷くように鼻先を振る。

「ありがとう・・・!ありがとう・・・、あお・・・」

棘の折れた喉元を撫でる。

「グルル・・・」

一度しっかりと藍瑪蔬(あいめそ)の目を見つめたあおは、そのまま、ゆっくり目を閉じた。

「あおっ!」

藍瑪蔬(あいめそ)の悲痛な声に一度だけ鼻先を胸に押し付けたが、その力もすうっと抜けていった。

「あおぉ・・・・・・――――――!!」

 

 

 

 

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