東のユクモは、少し古風な温泉の村である。
村の入り口の門番(をかって出てくれている村人)さんに笑顔で挨拶しながら、屋根のついた櫓のような木製の大きな門をくぐり、石造りの階段を上る。
入ってすぐ左手にやはり木製の門がありその奥の農場では、村付きのハンターのオトモアイルーたちがアイテムを調合するための植物やキノコを育てたり、巣箱を設置してハチミツを採ったり、修行で滝に打たれたりしている。
その門の手前で、ガーグァの卵より大きな卵が揺れている。
ユクモ温泉名物、温泉卵を表しているものだ。
卵の奥にある雑貨屋さんと通りを挟んで向かいにある加工屋さんや武具屋さんの前を、手を振りながら通り抜け、また石造りの階段を上る。
階段の右側にある岩風呂が、今絶賛PR中のユクモ温泉の足湯である。
正面の石造りの階段の先にユクモ温泉の大きな建物があり、階段下の入口にはユクモ名産の木の柱に大きな骨を2本交差させて渡した大きな門がある。
門の右手前に、色づいた紅葉のような朱色の布を掛けた縁台に、若くて背の高い上品な竜人族の女性が腰掛けている。
その座り姿すら美しい女性が、ユクモの村長である。
ユクモの着物の上に透けた羽衣のようなものを纏っており、結い上げられた艶のある黒髪は簪で飾られている。
その姿はこのあたりの地方に伝わる『天女』が地に降りてきたような、神々しさがある。
ひらひらと舞い落ちる紅葉を愛でている村長に、少し緊張しながら近づいて行った。
私に気付いた村長は、柔らかく微笑んだ。
「また帰ってきちゃった」
はにかむ私と一緒にスズナとマコノフさんが居ることに、少し驚いたような表情をわずかに見せたが、すぐに優しい微笑みを返してくれた。
「ご先祖様について知りたい? どうしたのです?急に」
唐突な話に、村長は少し困惑しているようだった。
「最近、あの桐花を着ていると、ご先祖様に思いを馳せるようになりました。頂いたのも何かの縁ではないかと、この機会に少し勉強してみたくなったのです」
村長ときちんと話す時は村長の雰囲気につられるのか、親しくなると敬語をあまり使わない私でもどうしても敬語になってしまう。
「スズナ様やマコノフ様まで?」
僅かに怪訝そうに聞かれる。
「2人とその話をしていて、今がその時なのかもしれないという話になったので・・・」
「聞いていたら私たちも、興味が湧いちゃいまして・・・」
「メソさんが村長さんに会いに行くと聞いて、図らずもついてきてしまいました・・・」
スズナとマコノフさんが少し慌てて続ける。
「そうですか」
村長は微笑んで続けた。
「特段隠し立てする事でもありませんし。もしかしたら、桐花自身がご先祖様のことを伝えたがっているのかもしれませんね」
村長は聡明で物腰が柔らかく、私の母よりずっと若く見えるが、母よりはるかに年上だ。
しかし、私たちよりはるかに長生きする竜人族としては、かなり若いのである。
「他ならぬ、藍メソに伝えたいのだとしたら、それもご先祖様の意思かもしれません」
「えぇ?」
思わずヘンなところから声が出てしまっていた。
「知っているでしょう? 藍メソの『藍』は、代々受け継がれてきたものだと」
「はい。勿論、それは・・・」
少し困惑しながら答える。
「私も、人にお話しできるほど詳しくはないのですが、私たちが生れるはるか以前、あの桐花が使われていた頃から受け継がれている名の様ですよ」
「ええっっ!!」
はるか昔から続く、大切な名なのは知っていたけれど、そこまでとは・・・。
思ってもみなかった。
予想外の話に驚いて、私たち3人は言葉を失っていた。
「詳しいことは、伝承を記した書物がありますから、読んでみるのがいいでしょう。・・・そうですね・・・。忙しいでしょうから、お貸ししましょう」
「ええ!? そんな大事な書物を持ち出していいのですか!?」
驚愕する私に村長は優しく美しい微笑みを浮かべて言った。
「あなたになら大丈夫でしょう。きっと、ご先祖様も喜んでくださいます」
「そんな・・・!汚したりしないか、心配です・・・!!」
慌てて言う私に、村長は笑いだした。
「おっほほほほほほ。失くすことより汚すことが心配とは、何ともあなたらしいですね」
「ええっっ!?」
驚きと緊張で手が汗ばんでいる私を尻目に、スズナとマコノフさんまで笑いだす。
「メソさん、心配するところが違うでしょ!」
「その発想の違いも、何か由来があったりするんじゃないの!?」
「えっ?えっ?」
困惑する私をよそに3人は笑っている。
「では、その書物を持ってきましょう」
村長は笑いながら、
「温泉ドリンクを飲んで、足湯でゆっくりしていって下さい」
と、番台さんの居る温泉の建物へと私たちを促して立ちあがった。
書物を取りに行った村長に促されたままに少し急な階段を上り、ユクモ温泉の名物のひとつでもある温泉ドリンクを選ぶ。
久し振りに来たであろう2人は、何にするか迷っていた。
「ハコビールや採酒を飲みたいところだけど、さすがにちょっとなぁ~」
マコノフさんはお酒に心惹かれているが、また飛行船に乗るのでさすがに我慢しようとしているよう。
「あはは」
「ライフルーツジュースとスナイパンチ、どっちにしようかなぁ」
かわいらしいようで攻めのチョイスは、スズナらしい。
いつもは堅米茶や硬茶・滅龍茶などのお茶が多い私は、甘いものが飲みたくなった。
「凍乳は甘すぎるし、セレブリティーじゃさっぱりしすぎてるから、ミラクルマキアート」
スタッフのアイルーに注文する。
サイダー・サイダーとボコスカッシュで迷っていた筈のマコノフさんは、ボコボコーラを頼んでいた。
「もっと爽やかにラッキーラッシーにしよう」
スズナも注文する。
「お待たせニャ!」
ドリンクを受け取り建物を出て、階段を下りた。
岩風呂の縁にすわる。
温泉に足を浸けて、私は緊張していた体を伸ばした。
「熱っ!」
「こんなに熱かったっけ?」
久々の温泉足湯に2人ははしゃいでいるようにも見える。
「ふふ。足湯は、上の全身つかる温泉より熱いお湯を引いてるから、余計かもね」
「なんで?」
スズナが、素直な疑問を口にする。
「足だけ温める足湯では、上半身まで温めて冷めないようにする為に、少し高い温度の源泉を使っているの」
そう言いながらグラスに口をつける。
ミラクルミルクじゃ甘すぎただろうから、丁度良かったな・・・とぼんやり思っていたら、マコノフさんがとても楽しそうに言った。
「今日は来てよかったよ! いつも以上に面白いメソさんを見られたからな」
「っぷ!?」
もう少しで飲んでいたミラクルマキアートを吹き出すところだった。
「ええ?!?」
驚く私をよそに、ラッキーラッシーのグラスを落としそうになったスズナが大笑いしながら叫ぶ。
「あはははははは!!!マコノフさん!こぼしちゃうでしょ!!」
私は慌てて注意した。
「温泉に異物を混ぜちゃだめ!!」
「ぶっ!!」
本当にボコボコーラを吹き出しかけて、マコノフさんが口を押さえた。
「メソさん!そこ!?!?」
スズナが再び叫ぶ。
「はははははは!!『こぼさないでね』ならわかるけど、そっちの心配しないだろ?普通!」
口を拭うようにしながら、マコノフさんも大笑いしている。
「ええ?!? だって、お湯汚しちゃダメでしょ!?」
困惑する私に、2人は笑いながらツッコミを入れる。
「そうだけど!」
「そっちの心配するのは、こぼす心配の後だよ!普通!!」
「もー!私、お腹痛い!」
笑い過ぎて、スズナが悲鳴をあげた。
「あー、そっかぁ」
納得した私を見て、更に2人は笑い続けた。