このユクモに伝わる、
人同士の戦いが絶えなかった時代のことである。
多くの兵を集め領地や地位、実りの多い土地などを争い、日々たくさんの血が流されていた。
東の果てにある島国でも、狭い土地で生き残るために小国同士の争いが絶えず、多くの血が流されていた。
そこでは、島国ゆえに独特の文化が発展していたそうだ。
その一つが、戦(いくさ)での鎧兜と太刀である。
古来よりこの国にあった鎧兜であるが、この頃には軽量化と機動性、そして生産性が高められたものとなっていった。
更に様式美が重要視されていた辺りもこの国の文化の特徴でもある。
革や金属の小板を強固に綴じ繋いでおり、胴の部分などは身幅程の横長の小板を使い、身体に沿うように湾曲させたものの端を重ねながら綴じ繋ぐことで、防御性と機動性を高めていた。
また、その内側には鎖帷子(くさりかたびら)と呼ばれる細かい金属の輪を繋ぎ布のように編んでできた柔軟な鎧を着ており、その下に藍という植物で染めた傷の悪化を防ぐ効果のある藍染の肌着が使われていた。
兜は頭を守る防具で、鎧とともに軽量化や防御性だけでなく、様式美が重要視された。
額上部には前立と呼ばれる、大きな薄い金属板を加工した飾りが付いており、自軍や自己を強く主張する紋様などをあしらっていた。
また、その紋様は軍旗として自軍を主張すべく、軍勢のあちらこちらに大きく掲げられていた。
細長くした軍旗の上部に紋様をあしらい、戦闘の邪魔になりにくいように小型化したものを背に差し、軍勢の主張をするとともに自軍の兵であることなどが判るようにもしていた。
太刀とはこの国特有の刀であり、身幅が細く片刃の剣で、反りのある“斬る”ことに特化した刀である。
腕の長さ程度のものを小太刀、腰から足程のものを太刀、背負う程に長いものを大太刀と呼ぶ。
切れ味が非常に鋭いため、殺傷能力に優れている。
また、折り返し鍛錬された美しい刀身の姿が象徴的な意味を持っており、美術品として評価の高いものも多い。
そういった独特の文化は、その島国の人々がこの地に流れ着いたのか、このユクモの地に根付き色濃く残っている。
その島国の中に、青い鎧兜を纏い小太刀二本を背負い、人一倍のんびりとした性格の一人の女武将がいた。
傍らには、常に蒼火竜の姿があった。
藍染を生業とする家に生まれ、玉髄の一種である瑪瑙とりわけ青瑪瑙を愛し、蔬(あおもの)つまり野菜を好むことから、『藍瑪蔬(あいめそ)』と名付けられた。
この時代、戦い、民を守る為に、人知を超えた怪物のような獣や竜といった「自然」の「力」を味方にできる者が少なからずおり、武将として名を馳せた者の多くが、各々様々な獣や竜を供としていた。
文武を学び武勇を極めんとするうちに、その領域に踏み込む事があったようだ。
その領域で鍛練を積み、その素質を備えた者だけが「自然」の「力」である獣や竜を供にできたようである。
その中でも珍しい蒼火竜を供とする一族を中心とした一国が、「蒼火竜」を名乗っていた。
蒼火竜(そうかりゅう)は紅い鱗の火竜の仲間の様だが、火竜程多くはおらず、珍しい竜であった。
全身を空のような蒼く美しいが、恐ろしく硬い鱗で覆われている。
頭の頂点と左右の耳の上に鋭い棘というよりは小さな角があり、口脇の耳下にも前方に向かって鋭い爪のついた角のようなものがある。
背骨に沿った白っぽい棘状の鱗が竜らしい。
太い翼腕には鋭い爪、美しい翠色の翼膜。
大きく鋭い猛毒の爪のある太い脚、その足先は木に留まる鳥のように前に三本後ろに一本に分かれており大型の獣でも掴んで飛び去れるほどの力を持っている。
長く立派な尾は先が太くなっており、左右に何本も棘が生えている。
尾の先端の棘のみが朱い。
紅い火竜より更に獰猛だが、供をする武将には従順である。
その蒼火竜の国に生まれた
幼少の頃には、節句の祝いも兼ねてひときわ立派な蒼火竜の卵を与えられた。