青と藍と蒼と碧   作:藍澤 碧

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8 前線と陣

鈴菜(すずな)が前線に到着したころには、小競り合いが既に始まっていた。

 

「御餅(おもち)!右側より回り込むように、眠鳥を攻めよ!」

「は!」

 

「摘入(つみれ)!私と左側より参るぞ!」

「は!」

 

先鋒軍が正面衝突している両脇から、鈴菜軍である猫を後ろ足二本で立たせ人の腰の高さ程の大きさにしたような、オトモ獣人種たちが、敵先鋒軍のすぐ後ろにいる眠鳥(みんちょう)に迫る。

 

目の前の敵を蹴散らしながら、刀を振りかざし、鈴菜は大声で名乗りを上げた。

 

「我こそは、蒼火竜! 朱納姫一の家臣!鈴菜なり! 眠鳥!!その首貰いうける!!」

 

周りの敵兵が一斉に鈴菜に向き直り、斬りかかってくる。

「鈴菜さまをお守するのにゃ!」

摘入(つみれ)が叫ぶと、軍勢は鈴菜を囲むように斬り合いながら、じりじりと眠鳥に近づいて行った。

 

当然、眠鳥は反対の右側に避けながら前進しようとしていたが、筆頭オトモ御餅率いる鈴菜軍の残り半分に阻まれていた。

 

鈴菜は眠鳥の目の前に迫ると、叫んだ。

「覚悟―!!」

 

次の瞬間、鈴菜は宙に浮いていた。

どさりと地面に落ちる前に受け身をとっていた鈴菜は、すぐに体勢を立て直し眠鳥に向き直る。

自分より二回りも三回りも大きな眠鳥に、鈴菜は一歩も引かず臆することなく対峙していた。

 

身体は鮮やかな橙色の羽毛で覆われている。

翼には羽がなく膜でできており、そこが普通の鳥とは違う。

大きく先が内側に曲がった嘴は、この辺りの鳥には見られないものだ。

鳥というにはあまりに太い脚。

ひと際鮮やかな橙色をした扇状の尾羽の後ろには、長く太い尾がありただの鳥とは違うことが分かる。

翼には鋭い爪があり、それで引っ掛けられただけで防具がなければ命はないかもしれない。

 

 

「キョエエエエエ――――――!」

神経を逆なでする、何とも不快な鳴き声だ。

 

尾羽の扇が更に鮮やかな橙色になった。

 

鈴菜は、じりじりと距離を詰めながら期を窺っていた。

 

 

ブワッ!

 

白い霧が眠鳥の口から吐かれる。

 

鈴菜は難なく避けた次の瞬間には、左から回り込み頭に一撃。

更に左に転がり、起き上がりざまに下から腹を斬り上げた。

 

橙色の羽毛が血色に染まる。

 

「ピェエエエエエ―――!」

 

怯んだ眠鳥に更に畳みかけようと刀を構え直した。

その時、再び白い霧が吐かれた。

 

咄嗟に霧を避けた。

が、既に眠鳥が突進してきており、鋭く尖った嘴で兜をついばまれていた。

衝撃で転がった鈴菜は目眩を起こしかけていたが、首を振って持ちこたえる。

 

あざ笑うかのような

「カァアアッカ!」

という声に苛立ちを覚えつつも構え直す。

ひと息吐いた鈴菜が今度は右から回り込み、右斜め上から左下に向かって斬り下ろす。

首の羽も血色に染まった。

 

前のめりになった眠鳥は、しかし翼を広げそのままぐるりと回転した。

翼が鈴菜の頭に当たる。

斬り下ろしながら退いていた体は左に反転していたのもあり、後頭部直撃は免れた。

が、今度は完全に目眩を起こしていた。

 

そこへ、今まで以上に強く広がる霧が眠鳥から吐きだされた。

避けきれなかった鈴菜は激しい眠気に襲われ、ふらついた。

 

「鈴菜さま!」

摘入(つみれ)が走り寄ろうとした時には眠鳥のついばみが鈴菜を襲っており、とうとう倒れ込んでしまっていた。

眠鳥は更に周りに広がる大量の白い霧を吐き、その催眠効果により、鈴菜軍の多くが眠らされてしまった。

 

催眠霧から逃れていた白い体毛に茶の獣人種特有の線模様のオトモ祭(まつり)に、突進してきた者が胴に一閃した。

鎧に守られ傷にはならなかったが、避けきれず倒れかけた祭をその男は羽交い締めにした。

既に眠鳥軍勢に縛り上げられた鈴菜を見せつけるように祭の体を押しながら、男は言った。

 

「状況はわかるな? 今から渡すものを総大将に届けろ」

 

少し離れたところで、腰回りや肩などが金属の小板でできた鎧を着た男が巻紙に何かを書きつけていた。

眠鳥を供とする武将だろうか。

その男は、懐から何か書かれた巻紙を取り出すと、新しく書きつけた紙と一緒に巻きながら祭に言った。

「鈴菜殿にこれ以上危害を加えるつもりはない。この申し入れ書を朱納姫まで届けてくれ」

 

咄嗟に判断しかねた祭は、鈴菜の方を振り向いた。

 

「祭、頼んでもらえるか?」

悔しそうに祭を見る鈴菜に、祭は頷く。

「…殿にゃ・・・?」

「そうだ」

「御意」

祭は、鈴菜の向う側に居る黒い体の腹と手足の先が白いオトモと、藍で染めたような体の腹と手足の先が黒いオトモに視線を走らせた。

「御餅殿!摘入(つみれ)殿! 鈴菜さまをお頼み申すにゃ!」

そう言うと、祭は巻紙を受け取った。

前方を眠鳥軍の切先に囲まれた祭は、おとなしく後退するとそのまま軍勢の外に走り出して、林の中に姿を消した。

 

 

 

「では、一旦少し退いて落ち着こう」

 

祭に巻紙を渡した武将はそう言うと、前衛軍を残しては、鈴菜と10匹ほどの鈴菜軍であるオトモたちを連れてその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

前衛軍が小競り合いを続ける中、祭に頼まれた緑の虎柄模様の雪崩(なだれ)が朱納(しゅな)と誠之輔(まこのふ)の元に舞い降りるように現れた。

 

「雪崩!?」

 

驚く2人に、悔しそうに細い瞳の目の目頭を寄せた忍の雪崩は、片膝をつき巻紙を差し出した。

蒼火竜を座らせ、慌てて受け取った朱納の顔色がみるみる青ざめ、その後赤くなった。

 

困惑しつつも不審に思った誠之輔は、朱納の手から奪うように巻紙を取った。

中身を読んだ誠之輔(まこのふ)は、ワナワナと手を震わせた。

「なんと!?」

 

そこには、鈴菜を捕らえたこと、返してほしければ和睦に応じよとのこと、そして和睦の条件に朱納を貰い受けるという事が書かれていた。

それは申し入れ書というよりは、まるで恋文の様であった。

 

朱納を振り返ると、悔しさと怒りと困惑とがないまぜになった表情の中に、わずかに頬を染めるような、恥じらいと照れが見え隠れしていた。

 

朱納が初めて見せる、女心のようなものに、誠之輔(まこのふ)は悲しみすら感じながら言った。

「朱納・・・さま・・・」

 

 

 

そこへ、家業を手伝っていたのか、遅れて到着した藍瑪蔬(あいめそ)が蒼火竜・あおに乗って舞い降りてきた。

空を飛ぶ竜に乗ったまま、一緒に飛行できる武将はあまりいない。

 

「遅れて申し訳ありませぬ!! ・・・? 朱納姫さま? 誠之輔(まこのふ)さま?」

二人のただならぬ様子に、少しのんびりした性格の藍瑪蔬(あいめそ)も驚き、あおから飛び降りた。

「いかかがなされたのですか?」

 

「おお! 藍瑪蔬(あいめそ)殿!良いところへ! これを・・・」

そう言って誠之輔(まこのふ)は巻紙を手渡した。

 

「・・・鈴菜殿が!? ・・・えぇ!?朱納姫さま!? これは!?」

まだ上げる声はのんびりして聞こえるが、本人は充分驚き焦っているのである。

藍瑪蔬(あいめそ)は相変らずだのぅ・・・。気が抜けるわ・・・」

朱納は少し安堵したように言った。

朱納の言葉に少し居心地が悪そうに照れ笑いを浮かべながら、藍瑪蔬(あいめそ)は言った。

「しかし、随分となめられたものですね。鈴菜殿を捕らえたとはいえ、蒼火竜相手に眠鳥ごときが、朱納姫さまを望むなど」

藍瑪蔬(あいめそ)殿!?」

誠之輔(まこのふ)が少し驚いて問い返す。

「眠鳥ごとき、誠之輔(まこのふ)さまや、ましてや朱納姫さま御自ら赴かれようものなら、即刻倒されましょう?」

 

「ああ・・・。成程・・・」

更に安堵したような朱納。

「何を申されるか!? 藍瑪蔬(あいめそ)殿があお殿と供に向かわれれば、某など不要にござろう!?」

誠之輔(まこのふ)はあっさりと言った

「そうじゃった。眠鳥など、藍瑪蔬(あいめそ)とあおにかかれば敵ではないの」

朱納にそう言われ慌てる藍瑪蔬(あいめそ)

「いえいえ!いえいえっ!! 私などっ!とんでもない!」

大袈裟なくらい手を振って小さくなる。

「ましてや、鈴菜殿ですら捕らえられてしまった相手でござりましょう!?」

そこで初めて、端に控えていた雪崩が口を開いた。

「我々がついていにゃがら・・・、面目ござらんにゃ・・・」

と、しかし、つぶやくような消え入りそうな声であった。

「雪崩殿!?」

気付いていなかったようで驚く藍瑪蔬(あいめそ)に、申し訳なさそうに更に控えて小さくなる雪崩。

「いや!決してそのようなつもりでは!!」

更に焦る藍瑪蔬(あいめそ)に、朱納はとうとう笑みを漏らした。

「うむ。問題ないようじゃ。わらわが参るまでもなく、藍瑪蔬(あいめそ)とあおに任せようぞ」

 

「えっ!いや!朱納姫さま!!」

藍瑪蔬(あいめそ)は慌てた。

藍瑪蔬(あいめそ)殿とあお殿、それにオトモらがいれば百人力でござるな!」

「ちょっ!誠之輔(まこのふ)さままで!? 何をおっしゃるのですか!?いくらオトモ方が頼りになるとはいえ・・・」

 

今度は力強く雪崩も声を上げた。

「祭殿と、不肖雪崩も参ります!!」

「あぁあぁぁぁ~。雪崩殿~~~」

雪崩のふわふわとした毛に覆われた手を握りしめ額に当てて、藍瑪蔬(あいめそ)は小さくなった。

だが、雪崩の温かい肉球が力強くその手を握ると、ふうっと息を吐き、しかし力強くひと息吸い込むと藍瑪蔬(あいめそ)は言った。

「私めにその大役、務まりましょうか?」

朱納と誠之輔(まこのふ)は顔を見合わせて笑みを見せると、頷き口々に鼓舞した。

「蒼火竜に愛されし、わらわの認めた武将ぞ?」

「よし!根子之輔(ねこのふ)!弥湖之輔(みこのふ)!助太刀いたせ!」

二匹は応えた。

「にゃ!!」

「何と!! 心強い!!よろしくお願い申し上げる!」

藍瑪蔬(あいめそ)は涙目で二匹を見る。

「グォ」

とうとう見かねたのか、あおが鳴いた。

はっと、あおを振り返った藍瑪蔬(あいめそ)の目に力が宿る。

「では!不肖藍瑪蔬(あいめそ)!必ずや眠鳥を倒し、鈴菜殿をお迎えに参りまする!!」

まだ若干不安げながらも、武将らしさを取り戻して言った。

「皆々さま。お力添え、よろしくお願い申し上げる!!」

あまりに心配性な藍瑪蔬(あいめそ)に、少し呆れ気味の笑みを浮かべた皆が強く頷いた。

 

「では、某、先に参り眠鳥勢の様子を見てお伝え申す故!」

そう言って雪崩は姿を消した。

「雪崩殿!お頼み申す!」

姿が消えてもなお、言わずにはいられない藍瑪蔬(あいめそ)であった。

 

 

 

 

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