きゃすたー(7mg)の雑多なネタ倉庫   作:きゃすたー(7mg)

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チラ裏投稿の作品の原型1

 

 どう足掻こうが、ヒトという生命体はいずれ死を迎える。

 寿命、病、事故、他殺、自殺・・・・・・死の要因とは様々に存在しているものだ。

 例えばそれが、コンビニに行こうと原付を走らせていたら、前を走る車から流れてきた煙草の灰が目に入って転倒して後続の車両にひき殺される、とか。

 生憎とフルフェイスのヘルメットなど被ってはいなかった。原付如きでそんな大層な装備は必要ない。そんな考えは甘いのだと思い知った。デモンズソウルを初めてプレイして、雑魚相手なら余裕だと高をくくって突っ込んだときに惨殺されたのを思い出してしまうほどに。

 

 一体何を言っているんだ、と思われても仕方が無い。だがそれ以上に不思議な感覚だ。

 

 そう、私は”俺”が…死んだ時の状況を「思い出せる」のだから。

 

 インフィニット・ストラトス ―夜を越えていく―

 

第一話 疲れた少女

 

「北條さん、あのー、その…自己紹介を…」

 

 おどおどとした、1-1の副担任を務める山田真耶女史の言葉にはたと気づく。私もいつまでも以前のコトなど気にしてはいられない。今はただの十六歳の一学生でしかない。

 

「北條彩夏です。趣味は寺社巡りとツーリングに、パン作りです。三年間楽しくやっていけたら嬉しいです。よろしくお願いいたします」

 

 そう、二度目の学生生活。果たして正気なのかと疑うだろう。死者が輪廻転生によって新たな人生を歩みだすなど、どこの御伽噺なのだと思っていた。が、現実とは無常にして摩訶不思議かつ奇天烈なようだ。

 

 IS学園。私が今春より通うことになった、この世に存在するインフィニット・ストラトスなる世界最強の兵器の操縦者や技術者を育成する機関である。多国籍かつ多人種が入り混じる学園だが、ISに関する講義や実技がある以外では普通の高校とさして変わりない。きっと日本語がデフォルトとして扱われ始めたからだろう。

 卒業後はISの開発や設計を行う企業、またISの装備を製造する企業など、進路に関して言えば、鰻登りの勢いであるIS業界への就職がほぼ約束されていると言っていい。

 齢十六にして軍需産業に飛び込む子供、か。戦争の道具に自ら飛びつく少女たち。本当にどうしてこうなったのか。

 

 ISは女性にしか動かせないという、兵器として言えば重大な欠陥を持っている。どうしてそんな制限があるのか、何故そんな欠陥兵器が世界最強などと謳われているのか。その始まりは”白騎士事件”にあると言っていい。

 ISは篠ノ乃束博士(自称)が発表した当初には見向きもされなかったという。宇宙空間での活動を想定したマルチフォームスーツ…要するに宇宙服の延長上、又は発展系と言えるものだったらしい。

 ところが一体何事が起こったのか日本に向けて大量のミサイル、それも二千発を超える数が飛来したのだ。だがその事件は白騎士なる一騎のISによって治められた。日本に向けられた大量のミサイルの全てと、多数の戦闘機や艦艇を無血で破壊するという結末で。表向きには、だが。

 世論では某国によるテロだ!やれ、大国による陰謀だ!など様々な仮説と推論が飛び交ったが、その真実は未だ闇の中である。

 

 ともあれ、博士(他称)の作り出したISは現行の兵器を大きく上回る性能を示すことによって世に受け入れられた。もちろん、戦争の道具として。

 

 女性にしか操れないという欠点。その総数が500にも満たないという事実。それもいつしか女尊男卑にすり替わり、選民思想的な女性の専横が始まったのは記憶に新しい。世には核の傘のひとつ上に、ISによる傘ができた。ひとまずの平和は今、IS開発競争という大波に乗って静かに、しかし大きく揺れている。

 

 ISを兵器ではなく競技用として扱うモンド・グロッソの創立。それまでの軍事力によるパワーバランスを覆しかねないISを統制するべく、国際IS委員会を設置してのISコアの管理。そして次世代のIS操縦者の育成と、企業によるIS開発の試験場ともいえるIS学園の建設。ここまではいい。だがイレギュラーな事態とはいつの世でも同じなものだ。

 

 男性操縦者発見、という見出しの新聞を見たのはほんの数週間前のことだった。

 そしてその噂の操縦者は正に今、隣の席に座っているのだから。どうやら入学時の番号でランダムに振り分けられたようだ。…昔は名前のあ行から順に席が端から埋まっていたんだっけ…懐かしいな。

 

(……やっぱり男一人っていうのは辛いよね。私もきっと同じ立場だったらそうなるよ)

 

 周囲からの好機の目。男一人というのはさぞ辛かろう。特にIS学園はISと付くからわかるように女性ばかりだ。ただでさえ女尊男卑がおおっぴろげに謳われているのに、その特別なモノを扱えるオトコが居るなどとなれば、さらに視線は厳しい……いや鋭いものになるだろう。

 緊張からとはいえ、あの自己紹介は無い。うん。

 

(しかしイケメンなお坊ちゃんだことで。さながら餓えた狼の眼前に躍り出たか弱い羊ってところですか)

 

 私に関して言えばごく普通である。腰にまで届く黒髪を背中の辺りで一まとめにしている程度。青いリボンがトレードマーク。ついでに眼鏡着用。伊達である。瞳は黒。

 目立たないけど顔つきは年相応より少し大人びた凛々しい女の子、と言えるくらいか。

 体型は…まあちょっと自信がある。グラビアを張れるほどではないが、あるものはあるし肌つやもよい。しなやかな筋肉としっかりとした均整があり、引き締まったいいカラダだ、というのはかかりつけの整体士の談。

 これも偏にじい様の剣術を学ぶ上での修行の成果なのである。

 そんな女の子な私には”俺”というものが同居している。いや、混ざり合っていると表現すべきなのか。以前は”俺”だけだったが、こちらに生まれてからというもの、女の子の精神である「ワタシ」が生まれたわけだ。

 ”俺”と「ワタシ」をベースとして、私という意識が存在しているのだ。

 

「さて、これで一通りの自己紹介は終わったな。それでは本日の予定を伝える。授業そのものは行わないが、学園内の施設を見学し今後のカリキュラムについての講義を行い本日は終了となる。それでは少し早いが、2限目までは休憩とする」

 

 織斑先生―私の元指導官であり、なんと織斑一夏の姉だった―が号令をかけると、ざわ、と少し空気が揺らぐ。部屋を満たす緊張感が和らいだのを皮切りに、ぽつぽつと会話が飛び交い始めていく。

 気が利くじゃないか。自己紹介してあるとはいえ、実際に会話しなければ人の顔や名前は覚えにくい。さて、まずは隣のお坊ちゃんにまぶしいくらいの笑顔で一声かけておくとしよう。

 

「オリムラくんだったよね。私はホウジョウアヤカ。よろしくね」

「あ、ああ…!オリムライチカだ。イチカってよんでくれ!よろしくな、北條さん」

 

 ぱっ、と喜色を浮かべる彼はまさに救世主に会ったかのような目で私を見る。

 

「私のことはアヤカって呼んでね。やっぱり呼ばれるのにも馴染みの呼び方だと安心できるから」

「ああ、そうだよなあ。そういえばさ、彩夏はツーリングって言ってたけどバイクでも持ってるのか?」

「うん! YAMAHAのYZF-R3と父さんの乗ってたBMWのR1100Rの二台だよ。まだ16歳だから400以上は乗れないけど、やっぱりリッタークラスだとツーリングの快適さがすごく違うよ! 父さんの後ろに乗ってたけど、加速や馬力がダンチなんだよね! それにバイクで一人旅ってさ、なんだかこうさ、自由だー!って気分になってどこまでも走っていけそうじゃない? やっぱりそういう心持ちがある人にはきっとバイクは最適のツールだと思うんだ!」

「へ、へぇー……」

「でさ、父さんってナビを付けたほうがいいって言うんだけど私はそうは思わないね。タンクバックに地図を一冊突っ込んで、必要なものだけ持って気の向くままにぶらぶらと走るのってすごく楽しいんだよ!」

「ははは…! 彩夏ってさ」

「ん? なに?」

「まるで無邪気な子供みたいなとこもあるんだな」

 

 し、しまった! ついつい”俺”がバイク乗りだった頃のクセが…!

 

「あ、あ…あ、そ、その……ゴメン…」

「いいんだって! 彩夏って物静かそうだけど意外と熱いトコあんだなってわかったし!」

「うー…初対面の人にこんな恥ずかしい醜態を晒すなんて…!」

 

 気づけばチャイムも鳴っていたようだ。思い思いに周囲の学友達も席を立ち、おしゃべりに興じている。そんなことにも気づかないとは情けない!

 

「ちょっといいか」

 

 うん? なんだろうか。一夏に用事でもあるのだろうか.

 ポニテの少女よ、男のロマンを語る場を邪魔するとはいい度胸だと感心はする。だが、眉間にシワ寄せてこちらを睨み付けるのが共通の挨拶だとでも思っているのか?

 ……見るに多少腕は立つようだが、それじゃあまだまだだ。

 

「…何だ?」

「ここでは少し……屋上に行くぞ。付いて来い」

「……ああ、わかった」

 

 えええ!? 入学して即屋上?! アイエェェェ!! ナンデ!?

 

「い、一夏…」

「悪い、ちょっと行ってくる」

 

 そういうと一夏はそっと席を離れる。

 女ばかりの世界にたった一人の男。なんとも苦労は多そうだ。…だが、少しその苦労を払いのける程度には手伝えるかもしれない。

 元オトコとして、人生の先達として、少しだけだが。

 

 

 チャイムが鳴るギリギリになって、一夏とあのポニテ少女が戻ってきた。

 二人の間にある空気は当初のギスギスしたような感じはさせず、和やかな雰囲気さえ感じる。

 席に着いた一夏に一体誰なのかと尋ねると、「ただの幼馴染だ」と言う。

 

「………へぇー…そうなのかー」

「な、なんだ? 幼馴染くらい居るだろ?」

「いや、てっきりね、コレなのかなーと」

 

 小指をひとつ立ててみるも、一夏は態度を少しも崩す様子が無い。

 

「あー、そういうのじゃないって。小さいころ同じ剣道場で剣道やっててさ、あいつが転校して以来会ってなかったんだよ」

「久々に会って積もる話もあって、ってわけですか。それにしても屋上に行く必要があるのかは疑問だけどね」

「あいつってさ、俺が喋ってるときにすげー不機嫌になるときがあるんだ。箒のことはよく知ってるつもりだけど、あれだけはよくわからねーんだよな。ひどいときは竹刀や木刀が飛んでくるし」

 

 名も知らぬ幼馴染さん、それは殺人未遂というものだ。やりすぎだ、やりすぎなんだよそれは。

 

「どうした? なんだか顔が青ざめてるぜ?」

「……きっとたくさんのスリルとハプニングに満ちた幼少期だったんだね」

「クラスの女子と話せば睨まれて、手を繋いだら斬りかかられたからな。なんであんなに怒るのかわからないんだよ」

 

 What?

 

「まさか、本当にヤンデレなの…? いやでもそんなの現実に居るのかどうか…」

 

 ギロリ、と確かに彼女はこちらを睨み付けている。視線だけでヒトを呪殺してしまいそうなほどの剣幕で、じっと私だけを見ている。

 

(……これは早まった…かな…?)

 

 若干ながら後悔している。いや、訂正しよう。すっごい後悔している。

 何故あそこで織斑一夏に同情した! 吐け! 吐くんだ、北條彩夏!

 

「全員着席しろ。……ふむ、さすがに二度目は静かにできるか。これより学園内の施設を案内する。列を乱さず、しっかりと私について来い」

 

 ああ、どうか平穏な学園生活でありますよう…。

 

 

 

第二話 男+代表候補生×代表候補

 

 やっと終わった。ようやく終わった。いや、もしかすると始まったばかりなのかもしれないが。

 施設案内の間はできるだけ静かにするように努めた。一夏の脳天を強かに穿ったあの出席簿を自ら喰らいにいくなど、自殺行為でしかない。一夏に話しかけても例の幼馴染に殺気をぶつけられるだけだし、ブリテンのお姫様気取りはアクが強そうだし、必然的にそれ以外の人物…席が近い鷹月さんと相川さんの二人と会話するようにした。

 

 かくして一日は終わりを告げようとしている。本日最後の予定であるホームルーム。これを乗り越えれば無事に寮のベッドで寝転がることができる。

 

 だというのにホントにこいつら…!

 まあ一夏が男性で、周囲には女性ばかり。その上時代は女尊男卑の風潮の真っ只中。こういう人間が居てもおかしくはない。おかしくはないのだ。

 しかしこれ以上はやめてほしい。私は静かに暮らしたいから。

 

「まあ! なんですのその態度は!? この私を? 入試主席の! イギリス代表候補生であるこの私セシリア・オルコットを知らないと!」

「おう、知らん。それと彩夏、代表候補生ってなんだ?」

 

 コケた。その会話を聞いていた私は言葉を失い、周囲のクラスメート達はドリフもビックリな勢いでズッこけた。

 一夏君、さすがにそれはない。しかもそこで私に振ってくるかい。

 

「おい、彩夏…なんでそんな憐れんだような目で…」

「あ……えーと、ね…要するにだよ? 次期IS国家代表となる人物を育成するプログラムに所属する人たちのことだよ。オッケー?」

「ああ! そうなのか!」

「そうなのか! ではありませんわ! 国家代表の育成プログラムに所属することができるのは一握りの女性のみ。まさに国家の看板を背負うエリートなのです。そう、エリートなのですわ!」

「へぇー、すげえもんだな」

 

 大切なことなので、っていうわけですね。しかし今の貴女は看板に泥を塗りたくっているだけなのだけれど。

 

「当然ですわ。試験官を倒して主席で入学することなど、この私にかかれば…」

「あれ? 俺も倒したけど、試験官」

「な…!? そ、そんなはずがありませんわ! 私以外にはたった一人しか居ないはずでは…」

「それって女子の中では、っていうオチなんじゃないか?」

 

 セシリアが一夏を問い詰めようとした次の瞬間にチャイムが鳴る。

 まったく、こうも都合よくチャイムが鳴るなんて何か作為的なものさえ感じてしまう。

 

「くぅっ……改めて聞かせていただきますわ! よろしいですわね!?」

 

 

 

「さて諸君らは明日より本格的に授業を開始するわけだが、まずクラス代表……要はクラスを代表する委員長のような役職に一人就いてもらう。これは普段の学生生活での役目に加え、クラス対抗戦に出場するという役割もある。まあ早い話がクラスの顔というわけだ。自薦他薦は問わん。我こそはという者は手を上げろ」

 

「織斑くんを推薦しまーす!」

「同じくです!」

「右に同じです!」

「ええ!? 俺!?」

 

 間髪入れずにこれは恐れ入る。まさか最初からその腹積もりだったのか。とにもかくにも貴重な男性操縦者故に周囲の人は興味津々なようで、異論を唱える者は居ない。

 

「納得が行きませんわ!」

 

 いや、居たねそういえば。すんなりとは行かないだろうとは思ったけど。

 

「大体男がクラス代表を務めるなど相応しくありません! 知識も教養もまるで感じられない男がクラス代表になるなど、恥晒しでしかないですわ!」

「…なんだと?」

「実力もわからない。その上品性の欠片もない極東のサルにクラス代表などと……」

 

 頼むから少し抑えてくれよ一夏。ほんの少し冷静になって正しく切り返せばいい。相手は既にでかい隙を曝け出したんだ。ムキになって言い返す必要なんぞ無いんだ。

 だから、その握りこぶしを少し緩めて―

 

「言うじゃねえか! イギリスだって大した国でもないだろう? 連合王国なんて名乗ってるくせに内部分裂の火種抱えてるだろ! その上何年、いや何百年ほどメシマズ世界一に輝いたんだ? こっちが極東の猿って言うんならそっちは西洋の白豚だな! 肥えたプライドに更に脂が乗ってよく燃えてるぜ!」

 

「このイエローモンキー…!」

「クソライミーが!」

「織斑にオルコット! お前たち! いい加減に…」

 

 バシン! と乾いた音が響く。手が痛い。人を叩いた右手が痛い。

 

「な、何すんだよ彩夏! こいつは…!」

「ふん、いい気味ですわ。下賎な猿の分際で私に…っ!」

 

 バチン! 二度目の快音。もっと痛い。全力で二度も叩けばそれもそうだ。

 だがいい加減に黙らせよう。私の手の痛みは、二人が傷つけられた痛みと同様なのだから。

 

「わ、私に手を上げるとはどういう了見で…!」

「いい加減にしろと言いたいんですよこのド阿呆どもッ!!」

 

 静まる。萎縮したように二人は声を詰まらせ、息を呑む。

 

「まずオルコット嬢! 貴女は自分自身を”国家の看板を背負うエリート”だと言いましたね。でしたら今までの自身の行動や発言はどうですか? 果たしてそれは客観的に見て、国家の看板を背負うエリートに相応しいものですか? 貴女の発言はIS開発者の篠ノ乃博士、そして現在IS学園で教鞭を取っておられる”あの”織斑先生…引いては日本国やアジアの諸国への侮辱とも言えるのですが、申し開きはありますか」

「そ、それは…!」

 

 頭に上った血がようやく下がってきたか。もう少し冷静にできれば、もっと伸びるだろうに…。

 だがその前にあのバカにも一言言わなければ。

 

「そして織斑一夏! 君の発言は人種差別はもちろん、国家に対する侮辱です。愛国心ある人ならば自らの生まれた、愛する国を貶められる発言に対して怒りを覚えるのは当然のことです。だけども君は冷静さを欠き、売り言葉に買い言葉で対抗した。セシリア嬢がさらにヒートアップするのも当然です。それだけの爆弾を君はたたき付け、彼女を傷つけたんです」

「うっ…」

 

 気まずい雰囲気だが、締めるところで締めておかなければならない。でなければまた同じような事態が起こりかねない。

 

「……ここまで言えば、二人とも何をするべきかはわかりますね?」

「私の不用意な発言で皆様を不快にさせてしまったこと、深くお詫び致します…」

「ごめん、オルコットさん…! 俺もカッとなって傷つけること言っちまった」

 

 さすがにガキではないらしい。自身の行動を省みて反省したならば、これ以上の追撃は不要。さっさと引っ込もう。

 

「さ、これで双方とも仕置きは済みました。引き続きクラス代表の話に戻りましょう。クラスメートの不始末は片付けましたので、続きをお願いします先生」

「ふむ、そうだな…他に候補者も居ないようだし。ではセシリア・オルコット、織斑一夏、北條彩夏の三名をクラス代表候補とする」

 

 What?

 

「乗り気ではない北條はともかくとして、もちろんお前たち二人では議論しても決まらないと見てわかる。よって一週間後の模擬戦によって判断するが……うん? 何を不思議な顔をしている? 何か言いたいことでもあるのか?」

「はい先生、何ゆえに私が、クラス代表に名前を挙げられているんでしょうか」

「いい質問だ北條彩夏。あのバカ二人を一喝したその度胸を買った、と答えておこう。それにISのいろはも知らぬ愚弟では少しばかり代表というものは荷が重いと感じていたが、競争相手がいれば少しは覚悟も決まるだろうと見た。故にイギリス国家代表候補生のセシリア・オルコット、及び”日本国国家代表候補”北條彩夏、お前たち二人を加えての三つ巴としたわけだ」

 

 おい、やめろばか。

 

「教師に向かってバカとは……死にたいようだな」

「謹んで拝命いたします!」

 

 しにたくないです。やめてください。殺気を飛ばさないでください。出席簿を構えないでください。お願いしますなんでもしますから許してください!

 

「え…? えっ? まさか、貴女が…」

「は、はぁ!? 代表…候補……?」

 

 くっ…! この二人耳聡いな本当に。このまま平穏無事な三年間を過ごしたかったって言うのに。まさか織斑先生……わざと言ったんじゃなかろうか。

 

「そうだ。北條は次期国家代表の候補として既に名が挙がっている」

「…なんで言ってしまうんですか。もう…オフレコにしてるハズなのに…」

 

 途端にクラス中がざわめく。国家代表としての道半ばである”候補生”を通り越して、国家代表の座を争う”代表候補”が紛れ込んでいるのだから致し方ないことなのかもしれないが、今この場で公言してしまう必要性が見えない。

 友人との間に変な間合いができてしまうのは、つらいものなんだから。

 

「そう落ち込むな北條。既に非公式ではなく公式に決定された事案だ。よかったな、また私が指導してやるぞ」

「……お手柔らかにお願いします」

 

 頭痛の種がまた増えた。これからは彼同様に衆目に晒されてしまうわけだ。近づきがたい人間として見られてしまう。彼と周囲のヒトの姿を見ていてわかる。彼は唯一の男性操縦者だということで周囲から見世物のように見られている。そしてたった今、私も同じようなカゴに入れられてしまった。

 織斑一夏、その幼馴染に、セシリア・オルコット。この三人だけでも頭が痛いのだから、これからどう足掻いても私の平穏な学生生活は手に入らない気がしてきた。

 

 

第三話 重き枷

 

 夕暮れの空は次第に青に、そして黒を帯びていく。沈み往く太陽を眺めながら、春先の冷たい浜風に吹かれているしかできなかった。

 屋上の欄干に背中を預けた体育座りのまま、両手の中に収まっている鍵を見つめる。

 No.1026―手にした鍵は、どこかずっしりとした感触がする。手錠に足かせ、拘束服を着せられて目隠しをされた凶悪犯にでもなったかのような気分。

 けれども私はこの鍵を使って自ら牢獄に入るのだろう。自室という名の牢獄。国家代表候補として見られることは別にいい。けれども、せっかく仲良くなった友人が離れていくかもしれない、ということが怖い。

 明日には一年の間では周知の事実となってしまっていることだろう。

 

 いい子だ。賢い子だ。家を継ぎなさい。爺ちゃんの息子は特攻して死んだんだ。血の繋がらない祖父と遠縁の祖母。失われてしまう血。だけどこの”家”だけは。優しく大らかな、尊敬できる爺ちゃんが遺して逝くこの家だけは。けれど、”俺”は死んでしまった。

 悔いだけが、残った。

 

 女に生まれ変わった。中学一年でISに乗った。二年になって候補生として訓練を積んできた。三年で、実戦を積んできた。周囲の期待の目が怖くなったのは少年だったときからだったが、それが一段とひどくなったのは女になって、ISに乗ってからだと断言できる。

 候補生に、候補に、代表になれ。頑張れ。君ならできる。その程度か。失望した。まだ、やれる。あの日のような悔いだけは残したくない。だけど―

 

 責任感だけは強かった。ひどい言い方をすれば強迫観念と言ったっていい。突き動かされるように為すべきを為してきた。男だったときも祖父や父が遺すものをせめてわが子に手渡したいと願い、日々を生きた。女になってからもISを捨てきれず、しかしどうしようもないほどの挫折感に押し潰され、迷いながら這いずってでも進んできた。母を守り死んだ父の無念を、私を庇った母の執念を、息子と義娘を一度に喪失した祖父の悲嘆を、無為にしないために。

 守り抜こう、そう決めていた。

 

 だがその意志はぷっつりと、今まで保っていたのが嘘のようにあっさりと途切れてしまった。あれからもう七ヶ月が経ったけれど、よくこの短期間で持ち直したものだと自分でも思う。

 心は折れているのにISにまだしがみついている私を見かねて、織斑先生が私をIS学園の入試に捻じ込んだのは記憶に新しい。

 

 入試と称した一対一の実戦演習をしている間だけは何も考えていなかった。なんだかんだありながら、結局私はISを捨てきれていないんだ。

 だけど、ISに乗る理由は……今もまだわからないままだ。

 

「北條、ここでなら答えは見つけられそうか?」

 

 ふと顔を上げるとスーツ姿の先生が腕組みしてこちらを見ていた。いつからそこにいたのか、と思うがこの人は神出鬼没だ。聞くだけ無駄だろう。

 

「…わかりません」

「気長に探せばいい。私もそうだったさ」

「何故私が国家代表候補だと公表したんですか、先生」

「………先日、公表することが決定された。ならば後から質問責めに遭うよりかはマシだろう?」

「私はもう、代表候補なんてできません。私はただの一学生でいい。それが…私の望みです」

「その割りに候補生と愚弟相手には説教できたのだな。やはりどこかでお前は代表候補の肩書きの責任を感じているだろう。私がクラス代表としてお前を選んだのはそれが理由だ」

「どういうことなんですか…?」

「なんだかんだありながら捨て切れない。それは良くも悪くも、お前の持つ”らしさ”というものだからだ。さて、あまり体を冷やすなよ。春先は冷えるからな」

「………先生」

 

 ありがとう、と言おうとしたが声は出ない。今はまだ、この心の内にしまっておこう。

 私がISに乗る理由を見つけられた時にこそ、伝えるべきだと思うから。

 

 

 

「うっ…」

「うわぁ…」

 

 顔をあわせるなりこれである。とんでもない気まずい空気だ。何せ先ほど引っぱたいた少女が自分のルームメイトだなんて誰が予想できるだろうか。

 

「先ほどはすみませんでした!」

「えっ? あ、あの…」

 

 こういう場合はさっさと終わらせてしまうに限る。ずるずると引きずるよりも一度きっぱりと割り切ってしまうほうがいい。腰は正しく九十度。しっかりと頭を下げることは大事なことだ。

 

「…北條さん、私も貴女方日本人を貶める発言をしてしまったのです。例え殴られようとそれは…当然のことですわ。こちらこそ申し訳ないことをしてしまいました…」

 

 沈痛な面持ちで深々と頭を下げ、オルコットも謝意を示した。日本人に対して、英国人のオルコットが日本人の礼節でもって応えてくれたのだ。

 こちらを思い遣る心は正しく伝わっている。

 

「私もよくよく考えると慢心していたのかもしれませんわ。主席入試であるということに浮かれて、足元が浮ついていたのです…。結果としてですが、貴女の平手打ちでなんだか目が覚めたようです。感謝いたしますわ」

 

 ああなんだ、この娘は実にまっすぐなんじゃないか。こんなにも純真な笑顔を見せられて、心がちくりと、針を刺したように痛む。また女尊男卑を謳う人間なのではないかと、一瞬だとしても勘繰った自分が恥かしい。

 

「……私は北條彩夏。十六歳、誕生日は四月二日。身長は163センチ、体重は……まあ45とちょっと。好きなものはバイクとパンと甘いもの。嫌いなものは野菜とモツ類、あと虫とか黒いアレ。趣味はツーリングとパン作りで、愛車は父さんのBMWのバイクとYAMAHAのYZF-R3」

 

 そっと、手を差し出す。オルコットはきょとんとしていたが、穏やかな微笑みを浮かべて同じように優しく私の手を握った。

 

「彩夏って呼んで。よろしくね! オルコットさん」

「よろしくお願いいたしますわ。私のことももどうぞ、セシリアと」

 

 手のひらの痛みはもう、とっくに消え去っていた。

 

 

第四話 傷だらけの彼女の平和な日々

 

 金髪に青眼、整った可愛らしい顔、モデルも真っ青なプロポーション。そして触れてみてわかったことだが、セシリアの持つ貴族の令嬢としての貞淑さを備えたそのオーラは見る人を魅了する。それを実感した。それもお風呂で。

 「日本にはハダカのツキアイというものがあるそうですわね。親交を深めるためにも是非それを実践しましょう!」というセシリアのどこか間違った解釈によって、シャワールーム(しかもそれなりの和風のユニットバス付)にさっそく連れ込まれたわけである。

 そこまではいい。いかに私が”俺”だったころの精神を残しているとはいえ、伊達に十六年も女性なわけではない。髪の洗い方から一通りのことはできる。

 まあ、そんなハダカのツキアイの最中、西洋では”剃る”のが普通であるアレをきれいさっぱり剃られてしまったわけだが。どういうことだってばよ。

 「聞けば貴女もそれなりに良家の子女なのですから…」云々と言われ、その迫力に押されていつの間にか事が済んでしまったわけだ。なんなのコレ? プレイじゃないんです。恥かしい。死にたい。幼少期と親以外には見られたこともないのに!

 

「ううー、どうしてこうなったの…!?」

「ふふふ…少し髪型を変えれば彩夏さんはもっと可愛くなりますわね」

「もう絶対毛は触らせません。絶対にです!」

「でしたら次は私服のコーディネイトですわ。もっと可愛らしい服も似合うと思います」

「まったくもう…ん……あれ? どこだっけ?」

「どうかいたしました?」

「いや、ね……あのリボンどこに…」

 

 まずい。あれだけは必要なんだ。トレードマークをなくして私はあり得ない。あのリボンだけは外せない。

 

「青いリボンでしたら、脱衣所のカゴの中に入っていますわ。というよりも、彩夏さんが一番上に置いていたのですよ?」

「そ、そうだっけ…? ちょっと取ってこよう…」

「もう、部屋着くらい着てからでもいいのではないかしら?」

 

 下着を取るかリボンを取るか、と言われたら間違いなく私はリボンを選ぶ。あれは大事なものだ。失くしてはいけないもの。私と両親を繋ぐ、大切な絆なんだから。

 

「そこ…な……れ! 一…! ……が成…して…!」

「……ろ! …れか! …助……く…!」

 

 部屋のドアの外から声がする。…口論でもしているのだろうか?

 

「はぁ…今度は何の騒ぎなん…」

「ぬわーっ!」

 

 バタン、と勢いよく開くドアの音に顔を向けると同時に体が傾く。どん!と体が床にぶつかるのと合わせて、上になにかがのしかかり、肺の空気が押し出される。

 

「弾力のある…柔らか……レースの…」

「きゃあっ! いっ…た…」

「も、もにゅっ…て……これは!?」

 

 思わず閉じた目を開くと、そこにはバスタオル一枚を巻いた、あられもない姿の夜叉が木刀を片手に立っていた。

 

「一夏ッ…! きっ…きき、きっさまあああぁぁぁ!」

「彩夏さん! 一体どうなさっ…た…の…」

 

 前と後ろから怒気を感じる。前方のポニーテールの夜叉からは荒れ狂う虎の如き苛烈な殺気が放たれている。そして後ろ、おそらくはセシリアだろう。先ほどまでの穏やかな気配は微塵と存在していない。静かに、獲物を狩る狼が冷徹な眼差しをもって地に伏せるが如く恐怖心が煽られる。

 

 前門の虎、後門の狼。両者の間で板ばさみになって震えるだけの仔兎と牡羊が居るだけ。

 ……うん? 牡羊?

 

「一夏…な…何して…?」

「あ、いや、これはっ……そのー」

 

 双子山の間に顔を埋めた一夏はしどろもどろになりながら弁解しようとするが、声を出すことも忘れたかのように吐息を吐くだけだった。

 

「んっ…! そ、そんな所で…動かないで…! あと喋らないで!」

「その…すまん」

 

 だから顔を動かすな! 吐息が当たるっての! 私は女だけど、人格のベースの部分にあるのは男の感性なんだぞ!? 何が悲しくて男を胸に寝そべらせねばならんのだ!!

 

「うん、わかってるよ一夏。とりあえず女の子の部屋に入るならノックしてください。あと、返事はいいのでそのままそれ以上触れることなくどいて欲しいです」

 

 一夏がそっと顔を上げ、密着した体を起こして立ち上がる。

 傍から見れば強姦魔でしかない。……すみません、天国の父さん母さん、そしておじい様。北條彩夏は…嫁入り前に男に下着姿を見られた挙句に押し倒されてしまいました…。尤も嫁入りする気はないのだけど。

 だが然るべき罰を与えなければいけない。この身はまがりなりにも女の子なのだから。

 

「それじゃ一夏。………言い遺すことはあるのかな? あるわけないですよね? 感無量ですよね? 私を押し倒して十分にオンナノコの香りは堪能できたよね?」

「してない! そんなこと…堪能なんて…!」

「なんですって!? 彩夏さんは私が親しい友と認めた女性ですのよ? あのような不貞を働いた上に、彩夏さんには女の色香すら無いとおっしゃるのですか!?」

「違いますっ!! すばらしい柔らさと心地よい香りでした! ですから殺気を収めて…」

「ほう…一夏は私の裸を見るだけでは足りず、他の女性にまで節操なく欲情したのか…!」

 

 玄関に怒りが満ちていく。留まる所を知らないオーラは外で見守る野次馬さえも恐怖させ、腰を抜かしている者さえ居るのが見える。

 ちら、と目配せするとセシリアはすっと目を閉じて了承の意を示し、バスタオルの鬼神は強く縦に頷いた。

 

「この……強姦魔ッ!!」

「あべしっ!?」

 

 私の右手が軌跡すらも残さず振りぬかれる。間髪居れず、セシリアが更なる追撃を加えようとしていた。

 

「甲斐性無し!」

「うわらばっ!?」

 

 左頬に続いて右頬へと平手が打ち込まれる。既に一夏の意識は朦朧としているだろう。だが、まだ鬼神は動いていないのだぞ一夏君。

 

「浮気者…があぁぁぁぁっ!」

「ギエピー!」

 

 一夏の脳天に必殺の唐竹が吸い込まれるように打ち付けられた。ぐらり、と崩れ落ちる一夏を哀れと思いながらも、やむなしと切り捨てた。身から出た錆というものだ。

 巨悪は倒れた。我々は勝利したのだ…!

 

「はぁ……これで一夏も少しはマシになるといいのだが…」

「あ、鬼神が元に戻った」

「それよりもこの下衆をどう屠殺致しますの? 個人的にはアイアンメイデンを所望するのですが…」

「うむ。一夏には後で私からもきつく言っておく。初日で疲れているだろうところにご迷惑をおかけしたこと、真にすまなかった」

 

 意外とフツーに返された。近寄る女はサーチ・アンド・デストロイ、というわけでもないらしい。

 

「私はシノノノ・ホウキという。一夏の幼馴染だ」

「あ、どうも、私は北條彩夏。彩夏でいいですよ」

「私はセシリア・オルコットと申します。よろしくお願いいたしますわ」

「こちらこそ。……思えばこんな格好だったのだな」

「あー、確かにこれはちょっと…」

 

 己を見れば下着姿。箒を見ればバスタオルである。てんやわんやの超展開ですっかり意識は別のモノに向かっていたが、これはマズイ。

 

「……とりあえず部屋に戻るとしよう。一夏はこちらで引き取る。それではまた明日」

 

 ほぼ全裸の箒にずるずると引き摺られていく一夏。……シュールな光景だ…。

 

「…くしゅん!」

「あら、もう一度温まったほうがよいですわね」

「今度は一人で入ります!」

「うふふふ…拗ねないでくださいまし」

 

 二日目だ。

 

「古い電話帳と間違えて捨てました!」

「このド阿呆!」

「うぼぁー」

 

 まだ二日目にしてこれは…頭が痛くなる。

 

 スッパーン!と快音を響かせ、織斑先生(姉)の出席簿による痛恨の一撃が、織斑一夏(弟)の頭を強かに打ち抜いた。それも箒にやられたところと寸分違わずに。

 わけのわからない断末魔を残し、一夏は机に突っ伏して気を失った。

 トラブルメーカー、というのはおそらくだが織斑一夏のような人物を指すのだろう。厄介事、面倒事を一手に引き受けたかのような彼の頭がどうか無事に復活するよう願うだけだ。

 

「はぁー…どうしてこう…」

 

 先生が頭を抱えるほどとは…! やはり私はあの時早まったのではないか。きっと碌な目に遭わない……むしろもう大変な目に遭ったばかりだが。

 

「とりあえず一限目はここまでとして、私はこれより所用で出張に行ってくるので必要な事項のみ伝えておこう。織斑一夏、お前の専用機が配備される運びとなった。喜ぶがいい」

「俺に…専用機だって!?」

 

 クラスに衝撃が走る。本来ならば候補生レベル以上の実力者にしか配されることのない専用機―総数467個のコアのひとつ―を手にするのだ。それは世界のパワーバランスを崩しかねない強力な兵器を個人で占有することと同義だ。

 

「騒ぐな! 理由は至極単純、世界初の男性操縦者が乗ったISの稼動データの収集、解析のためだ。無論IS展開中の生体データや、女性と男性とでの経験値蓄積における差異の有無を確認するなど、データは今後のIS開発に様々な分野で応用されるだろう」

「……つまり私はデータ取りの為の当て馬ですのね…」

 

 ぼそっ、とつぶやいたセシリアの声を聞いたのか、彼女の周囲だけはしんと静まり返っていた。

 

 考えてみれば模擬戦が組まれた直後、即座に専用機が用意されるなんて怪しすぎる。それにこのクラス構成…貴重な男性操縦者、更に専用機持ちの候補生が居て、かつ代表候補が確定した私が居る。その上篠ノ乃箒……これはわざと固められた…かな?

 そう考えるとセシリアの言う”当て馬”というのは限りなく正解に近い答えだと言えよう。ずぶの素人である一夏と同じ穴に比較対象として入れられたセシリアと私。同クラスともなれば必然として交流は起きるし、お互いの実力もよく理解できるだろう。更にクラス代表ならば他の代表や学年ともやりあう機会が増える。データ取りというものが目的なら、まず大きなメリットだろう。

 だがメリットばかりというわけでもない。男性操縦者として既に大々的に公表されていることも含め、織斑一夏は有名人だ。女性の特権の象徴ともなったISを扱える男というのは、主義者達にとっては目の上のたんこぶなのだ。そしてその逆として、彼を利用したがる存在も多いわけで。

 ……特に監督役気取りのあいつらは興味津々なことだろう。

 

 つまるところ、いろんな意味で人気者になった一夏(と周りの人間たち)には今後多くの試練と苦難が待ち受けているわけである。

 私には打てるだけの手を打った後、手を合わせて祈るほか無い。合掌。

 

 

第五話 天使の生まれた日

 

 とまあなんやかんやで二日目は無事に終わりを迎えたわけである。二日目が土曜日で、三日目である今日は日曜日、つまり休日である。

 おニューのレーシングスーツを身に纏い、ピカピカに磨き上げたヘルメットを手に、愛車の傍らに立って空を見上げる。

 

「うーん! 絶好のツーリング日和ね! ……正直、出頭命令さえなければ最高なんだけど…」

 

 天候は快晴。西からの風、春先らしい涼やかな気候はまさに走るにはもってこいのシチュエーション。だけどその心は曇天の広がる梅雨前のジメジメとした空模様である。

 

「ま、走れば気にならないからいいかな」

 

 バイク乗りとはこういうものである、と私は思っている。

 多少天候が微妙なところでも、風を切り裂いて走り出せばバイクの楽しさですぐに心は晴れ模様。いつだって風を切る心地よさを忘れられないし、ISと違って自由に走り回れるのが何よりも楽しい。一冊の地図と財布(お金があまり入ってなくても、最低限免許証は必要)さえあればどこまでも行ける。ただしガソリンと燃費には要注意。

 

「さ、行こうか……相棒!」

 

 YZF-R3に跨り、手にしていたメットを被ろうとしたとき、幼馴染を連れたトラブルメーカーが不意に曲がり角から現れた。

 

「おっ? 彩夏か? へぇー、やっぱいいバイクに乗ってるんだな」

「あれ、一夏に箒?」

「やっぱバイクってカッコイイよなー。それにレーシングスーツなんて着てるからまるでレーサーみたいだぜ」

「ありがと一夏。やっぱりスポーツバイクにはこういうのが一番映えるよね」

 

 私はいつも青と白を基調としたレーシングスーツを着込んでいるが、これはやはりとあるレーサーの影響だろう。こちらの世界は”俺”の時代よりも技術水準が高いためか、ISスーツに代表されるような強靭さと高機能を備えたものが多い。

 ピッタリと体にフィットする一体感と、薄手だがそれでいて対衝撃や摩擦、高温や低温などにも非常に強いという逸品である。

 その分今の一夏のように私のボディラインをじっくりと舐めるように見回す人もいることは確かではあるのだが。

 あの夜の一件は一夏の記憶に鮮烈な衝撃を持って焼きついてしまっているようだ。ちくしょう。

 

「……良い。うん、イイものだ」

「一生使い物にならなくしてあげてもいいんですよ? ね、箒?」

「…もう一度やれば記憶から消せるかもな?」

「すみませんでした。ごめんなさい。命だけは助けてください!」

 

 土下座スタイルで平謝りする一夏に踵を叩き付けながら、箒はため息をついた。

 

「まったく。遅くなったがおはようだ、彩夏。これから外出なのか?」

「おはよう、箒。ちょっとブラブラと高速でも走ろうかなって。そっちは?」

「うむ、これから一夏を少しばかり叩き直そうと思っていてな。ほんの数年であれほど剣の腕が鈍っていたとは…」

「面目ございません…」

 

 ううむ、と悩ましげに、しかしどこか嬉しそうに箒は息をついた。恋する乙女、にしてもここまでわかりやすいものだっただろうか。

 しかし…先日も見たが大きい。ま、負けてはいないハズなのだ! だがどうしてあちらのほうが大きいように見える?!

 

「へえー、二人とも剣道やってるの?」

「まあな。それに箒は中学の全国大会の優勝者なんだぜ! 俺の自慢の幼馴染だ!」

「とっ当然だ! 私を舐めるなよ! これからみっちりと鍛えなおしてやるから、一夏も感謝するんだぞ!」

「ああ! 絶対アイツに勝ってやる!」

 

 意気やよし。これならば多少のプレッシャーも程よい緊張感をもたらしてくれるだろう。挑むならばまず意志がなければ始まらない。

 ……既に折れてしまっている今の私が言えることではないのだけれど。

 

「なんだか私が負けちゃいそうだね…」

 

 いや、とっくに負けているじゃないか。勝つという意志の定まった彼と、目的も理由も定まらない私。例え技量で上回ろうと、それを覆すだけのものを意志の力は秘めているんだから。

 

「おう、俺は勝つつもりでセシリアに当たる。もちろん彩夏が相手でも、だ!」

 

 真っ直ぐだ。研ぎ澄まされた剣のように、ブレることのない意志。対する私はペーパーナイフにすら劣るだろう。

 どうして一夏はこうも…。

 

「そんじゃ早速はじめるか、箒」

「加減はしないぞ、一夏」

 

 不敵な笑みでお互いを見た一夏と箒の姿。それがどこか懐かしいようで、だけど何か胸の奥が寂しさに締め付けられるようで。

 

「いってらっしゃい、二人とも」

 

 そんな自分に笑顔の仮面を貼り付けて、二人が道場に入っていくのを見送った。

 

 

 IS学園のすぐ近くの埠頭のインターチェンジから高速道路へと進入する。

 ETCが多く普及しているこの時代、この世界には有人の料金所はもはやほとんど無いと言っていい。警備の面も考慮したのか、IS学園インターチェンジ(少しばかり離れてはいるもののこれが正式名称)は有人とETCで構成されている。

 バイザーをあげて挨拶をすると、壮年に近いおじ様から「新入生かい?」と尋ねられた。

 天気がいいからきっと楽しいだろうけど気をつけて走っておいで、と後押しを受けた。

 

「ありがとうございます。いってきます」

「事故には気をつけて、いってらっしゃい」

 

 こんな些細なやり取りも楽しいものだ。通行券と料金を手渡しするのは確かにETCに比べれば手間ではある。受け取ってしまえばすぐ走り出せる車よりも、二輪車の場合はさらに時間がかかる。後ろに車が続いていたならば、後ろのドライバーはきっとじれったく思うかもしれない。

 だけど、これがバイクなりの楽しさでもあるのだ。ゆったりと、時に激しく猛スピードだったり、雨だったり風だったり、車に鬱陶しそうにされたりもする。

 それでもこれがバイクだ。自らの意志で、己のペースで、自由で気ままに走っていく。何気なく立ち寄ったお店でお婆ちゃんとお喋りしたり、ふと通り過ぎるときに見つけた細道をUターンして戻ってまで進んでみたり。

 囚われない。縛られない。自由がそこにあるのだから。

 

 やや前傾の姿勢でしっかりと前を見据える。指はしっかりとハンドルとレバーにかけ、しかし肩に無駄な力を加えずリラックス。

 ゆっくりと発進して少し速度を上げ、クラッチを切ってシフトアップ。二速、三速、四速と変速のショックに気をつけつつスムーズにギアをあげて、更に加速。本線への進入のために五速へ。速度は一定で維持しつつも、進入時の際の確認を怠ることはない。

 後方からの車両無し、と見るとそのままレーンに従って本線へ。速度、回転数ともに良い。

 

 トップギアへ。

 

 そのままスロットルをあけると、ビイイイィィン!とエンジンが咆哮を上げてその回転数を上げていく。速度計はそれに合わせてグングンとあがり、90、100、110を超えていく。

 

 ぐん、と押し戻される感覚。風の抵抗を極力減らすためのカウリングがあるスーパースポーツとて、風の影響を受けないわけではない。ビリビリと風を切る音と振動が一緒くたになって襲い掛かる。

 それでもなおアクセルを緩めはしない。115、120、125、130…ここまでくれば風はかなりの圧力をもって私に攻め寄せる。”俺”であったころならまだしも、私はISに乗るための訓練を受けているとはいえ未だか弱い女子高生。その負担は相応の疲労をこの華奢な体に押し付けていく。

 

 過ぎ去っていく景色、押し寄せる風、突き抜ける空の青。今私は風を切って、大地を駆けている。

 鼓動が高鳴る。目が冴える。瞬きの一瞬すらも惜しい。駆け抜けるこの景色、風、ニオイ、冷たさ、振動、太陽の光、そびえる蒼穹。

 

 嗚呼、風はこんなにも―

 

「気持ちいい…ッ!」

 

 

 海岸沿いに走る高速道路を三時間ほど楽しんでから、私はIS学園から二時間ほどの山村へとたどり着いた。別におかしいことなどない。二時間で着く場所へ行くために、一時間ほど遠回りをした。たったそれだけのこと。

 

 もちろん山道のワインディングを楽しむことを忘れない。渓流沿いの道をマイペースでゆったり、時々バイクから降りて川べりに立って景色を堪能したりする。

 ”俺”だったころは自販機で買った缶コーヒーと煙草で一服、なんて洒落込んだものだが今は未成年だ。自販機で買ったホットミルクティーを、冷えた両手で包むように持って岩肌に腰掛けてちびちびと飲んでいた。

 

「ふぁー……ぁぁ…あったかーい…」

 

 ふにゃ、とした緊張感の無い面構えをしていることだろう。だがこれでいい。至高のひと時を味わう瞬間はプライスレスだ。

 いつかこんな気分でISに乗ることができるのだろうか。

 ふと思ったことではあったが、今までISに乗ってきたものの、初めてバイクに乗ったあの楽しさには未だにたどり着けない。

 ……得られるのだろうか。今日あのISを纏って、何かを得ることはできるのだろうか。

 からん、と川底に転がり落ちた小石が何故か自分自身のような気がして、歯がゆさだけが残る。

 

 もうすぐ時間だ。行かなければ。

 

 

 相棒と共に走ること十五分。眼前には巨大な壁が立ちはだかっていた。

 このダムは水力発電と同時にIS学園近郊の水源にもなっている。無論IS学園と日本政府による直轄地であるため、ダム近郊は立ち入りが制限されている。

 今回用事があるのはこのダムの敷地内にある日本IS先進技術研究所、その演習場だ。無論、それなりのセキュリティが整っているものの、代表候補としての肩書きはそれを難なくクリアしてしまう。

 地下施設へのエレベーターのドアが開くと、そこは白亜の城だ。恐怖感さえ伴う白一色の清潔な通路が枝分かれしている。更衣室でISスーツに着替えた後、その中の一室、大掛かりな鋼鉄の扉、その隅の小さな扉の第四試験室と書かれたパネルの前でパスカードをかざす。

 ”認証”と液晶に表示された小さな扉を抜けると研究者や技術者がせわしなく作業する中に、見慣れた白衣の老女が簡素なパイプ椅子に腰掛けて、煙草を咥えたままデスクに散らばった書類と向き合っていた。

 六十代手前とは思えない若々しい女傑。それが私の祖母に対するイメージだ。それはもうマドンナの比較写真を思い出しそうなほどに若々しい。

 彼女は私の姿を見るなり、一斗缶サイズの灰皿に煙草を放り投げて駆け寄ってきた。

 

「久しぶりね、アヤちゃん! しばらく見ない間にこんなに大きくなって…!」

「お、お婆ちゃん! も、もう…頭を撫でないでー!」

「んもー恥ずかしがって! これだから可愛い孫はいつまでたっても可愛いのね!」

 

 白衣にモノクルが似合う老女に抱きしめられたまま、頭を撫でられること六十秒。ひとしきり孫成分を補給できたのか、祖母は私を解放すると一冊にまとまった紙の束を私の目の前に突き出した。

 

「…これは?」

「まあまあ、読んでみなさい」

「んー………miniaturize and high performance…ふうん……要するにISを小型・高機能化する計画、でいいの?」

「ええ、そうよ。インフィニット・ストラトスの第一世代、その発展系である第二世代、そして各国が独自に開発する特殊兵装・火器・装備のテストベッドである第三世代。世代が進むに連れて大型化と重装備化が進んだインフィニット・ストラトスをコンパクトな小型サイズ……本来の宇宙空間での活動を想定した宇宙服のサイズにまでダウンサイジングを行うことと、単体での全領域全環境適応を目指すことが本計画の主目的ね」

「お婆ちゃん、それって……つまり…」

 

 いくらなんでもそんなわけがない。第三世代機が世に現れ始めたばかりだというのに、現行ISのダウンサイジング……それはつまりだ。

 

「そうね、インフィニット・ストラトス第四世代型……の亜種というべきかしら?」

「マジ…?」

 

 第四開発室室長、北條麗香はいたってマジメな様子で切り返してきた。

 

「マジなのよ。とはいえ本来の性能そのままにダウンサイジングというわけにはいかないから、第四世代というよりも、それに向けての試験機……第3.5世代というべきなのだけれど。具体的な例を挙げるなら、皮膜装甲(スキンバリアー)等の操縦者保護機能の強化、PIC制御技術の洗練、小型化に向けての先進技術の投入というところかしら」

「基礎スペックの向上…? でもそれだけだと概念上は第二世代と変わらないんじゃ?」

「まあ、実物を見てもらうほうが早いかしらね。ほーら、御開帳といきましょうか」

 

 ガコン、と鋼鉄のコンテナが開く。普通のISが収められるそれよりも一回り以上小さいそれはもはやクローゼットのサイズと大して変わらないものだ。

 

「な、何これ…? 本当にIS?」

「どうかしら?」

 

 そこに鎮座していたのはまさに服と形容していいものだった。

 全身が真っ白。だがつま先から頭部まで、装甲…むしろIS本来のパワードスーツとも言える、人間の立ち姿と同じ鎧だった。

 

「人工筋繊維によるパワーアシストを兼ねた筋肉の防壁。その上には特殊な軽量金属を人体のデザインに沿って外殻のように張り巡らせた鎧。武装は格納領域に中口径のアサルトライフル一丁に大型の実弾拳銃が二丁、手先や足先から放出する光学兵装、そして外付けの大型ビームキャノン。予備として大腿にナイフが二振り。全身には姿勢制御用の小型のスラスター。もちろん人体との一体感を損なわないデザインにしているわ。背面にはウイング形状の大型スラスター、両肩の非固定浮遊部位に当たるあの小型シールドはエネルギーシールド発生器として機能するわ。不可視のシールドバリアーを一方向に集中展開することで、通常のシールドをより強固にすることができるのだけど、これはシールドバリアーを盾のように扱うものだから、当然展開方向以外は絶対防御と物理装甲以外に防ぐものが無い。要注意ね」

 

 思わず見入ってしまった。まるでSF映画の主人公や特撮ヒーローみたいな…鎧というよりもむしろ衣服であるかのような錯覚さえ覚える。それほどにコンパクトに、有機的な人間のデザインと機械的なISのデザインとが折り合わさった、スタイリッシュなデザインだ。原型が白騎士のデザインを元にしただけあってシルエットは酷似しているが、剣は装備しておらず、さらに腕部や脚部の装甲はゴツゴツとした無骨さは感じらない。ところどころが露出していた白騎士に比べ、この機体は機密性を高めた宇宙服、現状はバトルスーツとして高次元で纏まっている。

 

「この機体に備えられた技術は何も先進技術ばかりが投入されているわけではないの。最新の技術と言っても、唯一シールドバリア偏向機能くらいなもので、他の機能は全て既存の技術の詰め合わせでしかない。それでもここまでコンパクトにするのは時間が掛かったわよ。日進月歩の光学兵器技術。生体義肢技術まで投入した人工筋繊維。小型高出力のスラスターに、身を守る装甲。既存の技術と言ったって、改良されたその精度はおそらく最新の第三世代機さえ凌駕するだけのものを持っているわ」

「………恐ろしい魔改造…」

「さ、まずは初期設定から始めましょう。まずはISを展開して」

「……はい」

 

 恐る恐る手を伸ばす。全長は足先から頭までおよそ170ほどだろうか。少し見上げるくらいで、ほとんど人間大サイズである。今もこれがISだなどと信じられない。 

 

「すごい! 本当に生身のような感じがする…」

 

 ライムグリーンのバイザーとフェイスガードの着いたヘッドギアに触れると、量子化した機体が指先から装着されていく。

 十二秒ほどかけて量子状態から装着されたISは、まさに衣服を着ているのと感覚に大差がない。

 指先を軽く握る、肩や膝を曲げ、上体を捻ったりしてもISの動きは何ら違和感が無い。自分が生身で体を動かすのと同じように、自由な挙動を取ることができる。

 バイザーには様々な情報が投影されているが、その配置も戦闘や行動に支障が無いように洗練されている。

 腕や足、胴回りも少しばかり膨らんで見えるが鈍重さは感じられず、思うままに歩き回ることもできる。

 

 これで試験機? 何を馬鹿な。初期生産の第一号機と言ったって過言ではない。

 ひとしきり感心していると、祖母は既に三つのPCのモニタとキーボードに向かい合い、稼動データの収集を始めていた。

 

「データリンク開始、コンタクト……応答あり。接続完了。診断プログラム走査開始、PIC正常稼動、バススロット異常無し、エネルギー伝達も良好ね。全火器、全装備コンディショングリーン。よし、初期設定開始。その後最適化・一次移行を待機。しばらくそのまま軽く体を動かして待ってて頂戴ね」

「はーい」

「せっかくだからこのまま注意事項を伝えておくわね。このIS、いえ……この機体はコア・ネットワークが繋がらないようになってるの」

「はいっ!?」

 

 どすん!と回し蹴りの勢いがあまって思い切り転倒したが、そんなものよりも重要な単語がいくつか聞こえた気がする。

 

「繋がらないって…一体どういう理由で? 確かにネットワーク経由での位置特定が避けられるのは状況によっては強みにはなるとは思うけど、それ以上にデメリットが…」

「ああ、会話くらいの通信は可能なのよ。けれどこのコアはネットワークに繋がらない……というよりも繋がろうとしないのよ」

「…ISが接続を拒否している?」

「そう、としか思えないの。本来この高度なネットワークは宇宙空間での相互の位置情報をやりとりするものだから、これができなくてはISはISと呼べない。故にその機体はISではない、とも言えるわね。世界に張り巡らされたネットワークには干渉できるのだけど」

「やっぱりデメリットのほうが大きいんじゃない…」

「あながちそうとも言えないわ。言っておくけど量子通信と言っても遠くに膨大な量の情報を送るということはそれだけ多くのエネルギーを使うものなの。だけどこのコアはネットワークに繋がらない…つまり膨大な情報をやりとりすることがないから、その分エネルギーを別のものに振り分けることができる。そのお陰で強固な防御力と小型ながら大火力のビーム兵器の搭載が試作品ながら装備可能になったのよ。あくまでコア・ネットワークに繋がらないのはコア側の問題だし、現状の衛星回線には接続可能よ」

「…情報収集能力は犠牲になったのか。ん…?」

 

 ぐっ、と押し付けられるかのような圧迫感。まるで皮膚とISが融合したかのように、室内の微細な空気の流れを感じる。

 

「あら、最適化が終わったわね。おめでとう、一次移行はこれで完了よ。これでちょっと見てみたら? 凛々しくてキレイな天使様みたいよ」

 

 祖母はくすっと笑みを浮かべて、大鏡の前に私を立たせた。

 さながら洋服を仕立ててもらった子供のように、はやる気持ちを抑えながら鏡に映った自身の姿を見やった。

 筋肉質な印象を与えた外骨格のような装甲とその下の人工筋肉は抑え目になり、ぎゅっと引き締まった体躯という印象を与える。大腿のあたりも先ほどよりもすらりとしたラインになり、腰のくびれまで見て取れる。全体的に引き締まったためか胸の膨らみも横からわかるようになり、移行前よりも細身になったことで背部のウイングスラスターはまさに翼のように広がって見える。

 鉤爪に近かった手先は、指先の爪が無くなって握りやすくなり、小型のものながら保護のために篭手を纏い、足先はブーツに装甲板が組み合わさったような姿になっていた。

 頭部を守るヘッドギアは大きく変わらないが、全体的に丸みを帯びて、風に流れるように後頭部へとラインが作られている。

 

 祖母の言葉通り、さながら機械の天使のよう。

 

「似合ってるわね。この子も彩夏を気に入ったみたい」

「次は装備の確認と性能試験、だっけ」

「やる気になったかしら?」

「……ちょっとだけ」

 

 

第五話 ゆらぎ

 

 気づけばあっという間に三日が過ぎていた。

 試験機の受領と各種機能のチェック、その翌日は織斑先生の監督の下で放課後の地下演習場を貸しきり、ラファール・リヴァイヴ一機を占有してリハビリを兼ねた実弾演習。真耶たん(かわいい)の砲火を掻い潜って勝利を獲ったかと思えば、織斑先生が打鉄で乱入して三つ巴の戦いになってしまったりもした。

 祖母から久しぶりにメールがきたときは驚いた。私が受領するまでに蓄積されたデータとログから、問題点やシステム面の修正に関する報告ばかりで事務的な内容ではあったけれど、普段滅多なことではメールを使わない祖母から送られてきた事実が嬉しかった。

 先日の実地データを反映して、大掛かりではないが調整が行われたらしい。PIC制御はよりスムーズになり、エネルギーの効率化も行われたことで、純白の天使はよりその輝きを増したといえる。

 人工筋肉によるパワーアシストは現行のIS相手に引けをとらないし、浮遊している小型シールドは篭手に装着して光学式の盾を展開できるようにアップデートされた。

 ただしアサルトライフルは実弾式からエネルギー式のビームライフルへと変更された。銃身は詰めて取り回しのよさを重視し、速射性と初速の速さを重視した調整となった。

 

 モニタールームに居る織斑先生の下を訪れると、二機のリヴァイヴが画面に映し出されていた。真耶たんがナイフを手にして渾身の突きを繰り出したところを、私が左手に持ったナイフで見事に受け流して、致命となる右腕の一撃を叩き込んだ瞬間の映像だった。

 

「いい動きをするじゃないか。もともとリヴァイヴ使いだから機体を熟知しているとはいえ、これだけ冷静に流すか。ブランクがあるとは思えん」

「必死になっていただけです。鈍っているのは確かです」

「だが、この分ならクラス代表戦はできそうだな」

「……どうでしょう。まだ引き金を引くだけで精一杯ですから…」

「それでも、お前はISに乗ることを選んだ。迷いながら、苦悩に悶えながらではあるものの、お前は進むことを決めた。何かを捨てきれない人間というものは往々にして、一度腹が決まれば案外すんなりとそれを受け入れられるものだ。揺れ動くことはあってもそれは一時的なものであることが多く、そして立ち直ることも早い」

 

 演習の映像を一通り見終えた後、織斑先生は小さな声で、しかしどこか満足げに言った。

 

「私もそうだった。現役のIS乗りとして、剣を振るう者として、それを捨てるかどうかで多く悩んだ。だがきっかけというものはいつも突然だ。私の場合は第二回モンド・グロッソの時だったが……私は現役を退くという決断を下すことができた。それからはまあ、それなりに満足できる生活だ」

 

 言葉が物理的な重みを伴う、というのはまさにこういうことなのだろう。織斑先生の言葉は説得力、いやそれ以外のもっと大切なものが重みとなっている。

 

「以前のようなテロリスト共や軍を相手にした非正規戦闘は無い。必要悪であるとしても、後ろめたい仕事は我々大人のすることだ。……もう二度と教え子にあんな真似はさせん。例え委員会や政府が相手だろうが…必ず守ってみせるさ」

 

 既に暗転した画面を見つめながら、織斑先生は険しい表情を浮かべてつぶやいた。あるいは自身に対して再確認したのかもしれない。

 

 私はどうだろう。これが再び歩みだす第一歩というものなのか。その実感は未だにつかめないままで、ただ宙に浮いたような不安だけが押し寄せる。

 

 クラス代表戦まで、あと二日。

 

 

 眠れない夜を過ごすことなど当たり前。いつ襲われるか、敵に捕捉されてしまうのか、明日の朝日を拝めるのか。あの日、全身装甲仕様のラファール・リヴァイヴに乗っていた私はどんな顔をしていたのだろう。

 戦場が与えるストレスはおよそ常人が感じることはない過酷なものだ。命の危険を知って臨戦態勢となった肉体の興奮で、精神は少しずつ磨り減っていく。

 ハイパーセンサーで研ぎ澄まされた感覚野は必要でないこと、欲しくもない情報さえも私に叩き付けていく。人の頭が吹き飛ぶ瞬間の一部始終。地雷によって足を吹き飛ばされた者の苦悶の声。腐肉の放つ異臭。白燐弾で焼け焦げてしまった何か。蹂躙される人々の悲鳴。助けを求める子供の叫び。

 

 あの悲鳴が耳から離れない…!

 

「…す…て……アヤ…」

 

 夜の帳が下りようとする戦場の森の中、擦れた声で私を呼ぶ仲間。彼女の纏うボロボロのラファールにマズルを突きつける、全身を黒金の装甲で固められたIS。

 

「自身か、多くの人の命か……どちらか選ぶがいい。こちらは急ぎなんだ。手っ取り早く済ませる」

 

 マシンボイスの上からでもわかる傲慢な態度。こいつは彼女と、そして罪も無い人々を秤にかけなければいけない私を見て嘲っている。

 やめろ、もういい。夢だってわかってる。だからもうやめてくれ! 頼むから動くな! いや動けッ! 冷静に最善の手を打てばいいだけなんだ! 間違えるんじゃないっ!!

 そんな願いは儚く散り、夢の中の私は瞬時加速を行いつつナイフをヤツに向かって投擲していた。

 動かせない。夢の中だとしても、動きさえすれば今ならもっと別の可能性を手に入れられるかもしれないのに。

 

「あくまで邪魔をするか…!」

 

 ヤツが歓喜の声をあげると、ダンッ、と銃声がセンサー越しに聞こえてきた。

 ばちゃ、べちゃり、ぱたぱたっ。飛び散る音、へばりついた音、流れ落ちた音。それは一人の命が零れ落ちた音。頭蓋が弾け、脳漿が飛び散り、噴出した血が土を染める。

 

 夢の中の私は既に敵に対して斬りかかっていた。何度見ても変わらない。変えられない。これは過去の私の所業なのだから、変えることができない。

 黒金の腕がナイフを払う、そこへ右手の短刀で左から横薙ぎの一太刀。それが防がれるくらいは目に見えている。ヤツが同じようにナイフで受け止める寸前で高速切替し、半身になって左手での鋭い突きを放つ。

 受け止めようと突き出したナイフは空を切り、咄嗟にか敵はライフルを盾にして一撃を回避する。

 

「うまいね…オールド(旧型)が!」

 

 突き刺さったままの短刀は捨て、更に加速。シールドエネルギーの減少に目もくれず、体をぶつけて弾くと即座にショットガンを展開し二正射。よろめいた敵に追撃を―

 そのとき、爆音が周囲を飲み込む。

 

「え……? あ、…何が…」

「彼女が言ったでしょう? どちらか選べ、と」

 

 ぞわ、と本能が危険を告げる。思わず身をよじると、わき腹を掠めるように一振りの大太刀の軌跡が走っていた。実際にダメージはあった。絶対防御によって傷は無いが、リヴァイヴの残エネルギーは既に戦闘モードの限界に近い。

 

 第二の敵の奇襲は私を動揺させるには十分だった。拠点である基地の陥落、戦場を共にした仲間の死、拠点で寄り添っていたであろう戦災の被害者たちの安否。私はこのとき、考えてはいけない、考えたくない結末を想像してしまった。

 

「――ヤ―さ―!」

「じゃあね、お嬢さん。英雄気取りはほどほどにしなよ…でなきゃ」

「あ」

「こんな風になっちゃうからね!」

「し―――て――」

 

 無防備な腹に黒金の腕が吸い込まれるような鮮やかさで―

 

「っく…! はぁっ…!!…はー、はーっ!」

「彩夏さん! 彩夏さん!? しっかりしてください!!」

 

 汗が流れる。ベタつく感触が人肉の破片を想起させ、ぐっと吐き気がこみ上げる。いとおしい肉塊。かつて大切なヒトだったもの。だというのに気持ち悪いと感じてしまう。

 

「……セシリア…?」

「ああ…! 良かった…! きっと…悪い夢を見たんですわね。大丈夫…大丈夫です。私がちゃんとここに居ますから…」

 

 天使の微笑みとはこういうものかもしれない。セシリアが私を見る目は、優しくて慈愛に満ちている。これが彼女本来の気質なのだろう。

 

「ありがと……少し、ホッとしました…」

「誰しも嫌な夢の一つや二つ、持っているものですわ。……決めました、お茶にしましょう」

「お茶……セシリアが言うなら紅茶ですか?」

「ええ、ハーブは古く中世の時代から紅茶に使われていますのよ。彩夏さんはあまり紅茶を飲まないようですけれど、舌を巻くほどのおいしいお茶を淹れて差し上げますわ」

「…じゃあ、お言葉に甘えますね。期待しちゃいますよ」

「もちろんですわ。用意してきますから少しだけ待っててくださいね」

 

 薄い桃色に黒いフリルのついたネグリジェ姿のまま、セシリアはキッチンに立った。

 セシリアは手馴れた手つきで深夜の茶会の準備を整えていく。記憶の中の私は手馴れた手つきで弾倉にマガジンを再装填し、ホロサイトに見える敵を狙い撃つ。

 半年に渡る戦場での生活。それは確かに私を強くした。危険をかぎ分ける嗅覚が備わったし、背中を預けて戦うことの難しさと頼もしさを知った。

 けれどその私を待っていたのは、友も、守るべき人さえも守り抜けないという現実だった。あの時焦りさえ見せなければ奇襲は回避できただろうし、二対一の不利で遅れを取ることは無かった。

 

 私は生かされた。敵の手で。大切な人たちを奪っていった敵に、その場ながらも命を保障された。

 

「お待たせしました。私の特製ブレンドのハーブティーですわ」

「ありがとう、セシリア…」

「どうでしょう?」

「ふぅ……うん…紅茶はあまり飲まないけど、すごく優しい感じがします。とても落ち着きます…」

 

 内側から温かくなる感じがする。全身の緊張感が解され、体の隅々までハーブの香りが染み渡っていくよう。心が満たされていく。これは安物のティーパックや自販機の缶では絶対に味わえない。

 彼の淹れた紅茶はもっとおいしかった。…もっと、……一緒に…飲みたかった。

 

「……うん、すごくおいしいです…」

「いい笑顔ですわね。彩夏さんのそういうところ、初めて見ましたわね」

「え…?」

「初日からずっと、どこか疲れたような不自然さがありました。笑えもしないのに無理をして繕っているような、そんな笑みでした」

 

 気づかせたりなどしないようにしてきた。気配に出やすい、と言われたことはあった。だけどこうも簡単に気づいたりするものだろうか。まだ会って三日ほどでしかないというのに。

 

「傍目には自然に振舞って見えますけれど、狙撃手の観察力は伊達ではないのですよ。それに、私も同じような時期がありました…」

 

 セシリアはふと思い返すように窓から夜空を見上げて言う。

 

「私は両親を失ったのです。……父と母を失くし、幼い私は寄る辺もなく漂う船のように宙ぶらりんのままでした。貴族としての家名さえ失くし、落ちぶれて、家を食いつぶした周囲の人たちを信じられないままでした。ISに適合した人間として政府の引き取りとなった後も…」

 

 独白が続く。苦しい胸の内だろうに、それでも声は途切れない。

 

「そんな中で代表候補のある方に出会いました。シルヴィア・アルスター・キャンベル……アイルランド系の血を引くスコットランド出身の代表候補です。私が一夏さんと揉めた一因でもありますわね」

 

 シルヴィア……そうだ、確か聞いたことがあった。

 

「私の父と母は彼女のキャンベル家とは古い付き合いでして、候補生の訓練校で久しぶりに出会ったのです。彼女が諭してくれなければ……きっと私は立ち直れなかったでしょう」

 

 そうだった。古くからの親友が最近になってやっと笑えるようになった、と嬉しそうに整備中に話していた。

 

「彼女は今も長期任務で英国を離れたままですが……便りの無いのはよい便りと申します。旅好きな彼女でしたから、任務とはいえきっと旅が楽しくて仕方ないことでしょう」

 

 旅好きだとも言っていた。いつか親友と私、三人旅をしてマチュピチュの景色を見せてあげたいと。

 

「私が立ち直れたのは彼女が連れ出してくれたからですわ。セシリアという人間がただ絶望に打ちひしがれて死を待つだけだったところを、彼女は私が自ら閉じこもった牢獄から引っ張りだして連れ回してくれました。そのお陰で目標ができたのです」

 

 そうだ。シルヴィア、君は約束だと言っていた。襲撃前夜に意地悪そうな笑みを浮かべて言っていた。まるでこうなるのを見越したかのように言ってくれた。破ったら許さないと。

 

「それに一度だけメールが届いたんですよ。こっちでできた親友を一人連れていく、きっとセシリアと馬が合うだろう、と言っていましたから会うのが楽しみですわ。旅をする約束も取り付けたんだとか」

 

 ああ、ごめんなさいセシリア。ごめんなさい、シルヴィア。

 

「マチュピチュの景色…すごく楽しみですわ! 彩夏さんもきっと素敵な旅になると思いませんか? 彩夏さんも一緒にどうですか? 今抱えているものもきっと払拭できますわ」

 

 私はまた、何も守れていない。

 

 

第六話 クラス代表戦 一夏の戦意

 

 そして遂に運命の日はやってきた。

 

「まだ吹っ切れてはいない、ですか…」

「そう、ですね」

 

 ISスーツに着替えている最中、私とセシリアは共に無言のまま。廊下に出てようやく一声が出た。アリーナの控え室に向かう手前でセシリアに別れを告げ、そのまま反対のピットへと足を向けた。

 あの日からセシリアになんと声をかけていいのかと悩むようになった。真実を伝えるべきか、否か。どうやっても答えにはたどり着けない。ぎし、と軋むはずのないコンクリの床が軋んだように感じる。

 

「彩夏じゃん。どうしたんだよ、まだ出番じゃないぜ」

「え? あ、あれ…?」

 

 気づけばまだ時間でもないのに格納庫に来てしまっている。無意識のうちに辿り着いてしまうなんて。

 

「あー、ちょっとだけ。一夏は大丈夫なのかと思って」

「なんだそりゃ」

「一夏、心配してくれている相手に対してそれは無いだろう」

「箒……そう、だな。すまん、彩夏」

「いいんですよ。気負うなとは言わないけど、気負いすぎてもダメです。気持ちのいい緊張感を維持できればなお良し、だけどね」

「おう、アドバイスサンキューな! 彩夏!」

「どういたしまして」

「……私だって…アドバイスしたのに…」

 

 いけない。この展開、きっと…!

 

「どうしたんだ? 箒?」

「…ふんっ!」

「ヴァー」

 

 鳩尾に入った強烈な肘鉄。哀れ織斑一夏はISスーツの防護性能さえも貫通する絶技に悶え、地に這い蹲る。

 

「…感謝って大切ですよね」

「疎かにするからこうなる!」

「な、なんで、だよ…!」

「はぁ…とりあえずこんなところで蹲っててもみっともないですから、起きたほうがいいです」

「そうだな……まだ時間かかりそうだし、トイレでも行ってくるさ…」

「落ち着きがないですねえ……どうかしたの?」

「ん、おそらく専用機が遅れているのでじれったいのだろう…。なんだかんだと一番心待ちにしていたのは一夏だしな…」

「まあ、気持ちはわからないでもないけどね」

 

 専用機、という響きは気持ちのいいものだ。よくあるロボットアニメで主人公が乗るようなものは大概がそういうものだ。別に私は量産機が嫌いというわけではないけれど、やはり専用機というものは憧れる。ただし実戦テストや試験が済んだ完成品に、だが。

 そりゃあそうだ。動作不安定な兵器なんてとてもじゃないが使う気にはならない。暴発したりしないか、装備に互換性が無いので補給できないとか、専用のオプション装備なので流用できないとか、そんなのはゴメンだ。

 質実剛健、いつでも安定した作動と性能を保証されたものでないと使う気になれない。それでも使わなければいけないなら使うしかないのだけど。

 

「織斑くん! 来ました! やっと来ましたよ……って織斑君は?」

「あ、真耶たん先生。一夏なら今お手洗いにいってますよ」

「ほっ、北條さん! その呼び方はやめてくださいって言ってるじゃないですか!」

「可愛いからいいじゃないですか。ね、箒?」

「そっ、そうですよ先生! 愛嬌があっていいと思います! ………たぶん」

「そ……そんなぁ…、先生をあまりからかわないでください!」

 

 涙目で拗ねる真耶たん。いかん、可愛い。男の精神があるとはいえ、女の精神までもが揺らぐとは相当な破壊力だ…!

 

「……反則です」

 

 たわわに実ったソレに目を向けると、少しばかり冷静になれる。もっとも、何か別のものがふつふつと湧き上がってくることも確かだが。

 

「ふぅ……」

「む、一夏か。早かったのだな」

「ああ、スッキリした。これで憂いは無いぜ」

「やっぱり試合前はスッキリした気分でないとね、一夏」

「…お! おうとも! 少しは気楽にやれそうだぜ!」

 

 落ち着いたような顔から一転し、一夏は昂ぶりを見せている。

 高揚感はありながら頭は冷静になれているのだろう。感心感心。

 

 ゴトン、と一つのコンテナが輸送車からコンベアで降ろされるのを見た一夏は手を握っては開き、握っては開きを繰り返している。緊張したときのクセなのかもしれない。

 助手席から飛ぶように織斑先生が降りると、一夏の顔つきは一層引き締まっていく。

 

「へぇ…」

「こいつが…」

「これが一夏の…」

 

 三者三様のリアクション。私は、本当に使い物になるのか、と怪訝な目で。一夏は高揚感と期待の篭ったまなざしで。箒は縋るような、しかしどこか羨望の篭った視線を目の前の白いISに向けている。

 

「一夏、早く乗りたいというのはわかるが、もう少し落ち着け」

「ご、ごめん千冬姉!」

 

 弟の嬉しそうな姿に返す言葉にふと、私人としての顔が織斑先生から見て取れる。

 温和な、確かな信頼を込めた声と瞳に、私が知らない織斑先生の一面が出ているのだ。

 

「さて、こいつはまだ一次移行どころか初期設定のそのままだが。如何せん時間は有限なのでな。ぶっつけ本番ではあるが、うまく時間を稼げば試合中に最適化と一次移行は終わるだろう。……うまく立ち回れば勝機は見えるぞ。意思が折れなければ、あわよくば勝ちを拾えるかもしれん」

 

 あのときの私は、既に折られていたのだろうか。心が折れていたから失ったのか、失ったから折れたのか。戦闘中に心が折れるようなヤワな自分ではなかった。必要な殺しに忌避は無いし、ヤワなメンタルじゃあ密林の中で敵に追われながらの極限状態を、一ヶ月生き延びるなど到底できやしない。

 

「いい面構えだ、一夏」

「ありがと、箒! いっちょやってやるか!」

 

 気づけば一夏は既に展開を済ませていた。純白のアーマーとスラスターユニット、倉持技研の開発していた”白式”の姿は資料で見たよりもずっと威風堂々と感じる。

 

「白式、行くぜ!」

 

 電磁式のカタパルトから一夏の纏った白式が打ち出される。モニターを見れば既にセシリアが銃を片手に佇んでいた。

 さながら、デートの待ち合わせに遅れた恋人を待つように。

 

 最初の一撃はセシリアが放ったライフルの一撃。

 待ち焦がれたように白を撃ち落さんとする光のラインが一夏を襲い、一夏は危なげに回避する。怒らせたデートのお相手は怒り心頭で次々と閃光の雨を一夏に見舞う。

 必死に回避する一夏だが、刀を手にしたままでライフルはおろか拳銃の一丁さえも出そうとしない。銃を使ったことがなかろうと、動きや照準の補正はISがやってくれる。敵を見据えて逐一周囲の状況を手取り足取り伝えてくれるのだから。それでも撃った経験のあるなしでは大きく違うのだが。

 

 一方的にセシリアが銃撃を加える展開。しかし一夏は健闘している。攻撃はできなくとも回避に専念している。だがそこで先に動いたのはセシリアだった。

 

「お行きなさい!」

 

 四つの小型のフィンがISから分離する。ブルー・ティアーズ。小型の自律砲台を制御し、多角的に敵を攻め立てる第三世代型のビット技術の一つ。射撃戦闘を重視した後衛機ながら、使い手次第では単身で近距離に立ち入らせることもさせないという技法さえ存在する。

 セシリアは未だその領域には至っていないが、成長の余地は大いにありうる。

 

「ちっ! くそ……数が多いな!」

 

 案の定一夏はセシリアの包囲網から抜け出すことができないでいる。

 じわり、じわりと減っていくエネルギー。追い掛け回されるプレッシャー。スラスターを噴かすだけでもエネルギーは少しずつ消耗していく。

 それでもビットは大きくフィールド内を旋回しつつ、四方八方から容赦無くレーザーを撃ち込んでくるのだから、IS初心者の一夏には酷なものだろう。

 

「どうしましたの? その程度でこのセシリア・オルコットは落とせませんことよ!」

「言われっ…なくたってぇ!」

 

 瞬間、白式の姿が掻き消えた。モニターが追尾するよりも早く、セシリアは一夏の行動に驚愕しながらもビットを手繰る。

 

「瞬時加速!?」

「…うおおおおおっ!」

「ですが…まだっ!」

 

 セシリアが手繰り寄せたビットは二機。自身の前方に一夏に対する壁として、そして二機は射撃を継続する。

 

「こんなチャチな一発くらい!」

「お構い無し…!?」

 

 白兵突撃。エネルギー残量は既に三割を切っているが、一夏は白式の装甲に物を言わせて強襲する。駆け抜けざまに一閃、二閃。両断されたビットの爆発にも厭わず、真っ直ぐに一夏が飛ぶ。

 

「うおおおおおーっ!!」

 

 揺さぶるような気迫と雄たけびを上げ、一夏が上段にその刀を構える。決まる、と一夏が確信するだろうその一瞬を、さも狙い続けていたかのようにセシリアがあざ笑う。

 

「まだ二機、残っていましてよ!」

「なあっ!?」

 

 素っ頓狂な声で一夏が焦る。一夏が避けられないと完全に読みきった上で、セシリアは二機のミサイルビットを打ち出したのだ。

 命中確実。これにて決着、というわけだ。

 

 モニターから目を離してもなお試合終了のブザーは鳴らない。それどころか観衆のどよめきさえ聞こえる。完璧なタイミングでの、完璧なカウンター。実戦なら機能停止は確実、ISの絶対防御が働いたにしても、もはや戦うことはできやしない。なのに、何故。

 

「一次移行…あなた、今まで初期設定のままの機体で戦っていたんですの!?」

「…セシリア」

「な、なんですのっ?! いきなり人を呼び捨てなんて…!」

「確かに俺はまだISに乗って間もない男だ。弱くて当然だし、満足に動けもしない。けどな、俺は俺の意思でここに来たんだ。逃げるような真似はしたかぁないし、何より俺の行動で千冬姉に恥かかせるわけにもいかねーんだ」

「織斑……イチカ…」

「とりあえずは、千冬姉の名前を守るさっ!」

「ティアーズ!」

 

 ピットで見上げたモニターには白式の姿が映し出されている。ステータスはオールグリーン。それもシールドエネルギーが五割ほどにまで回復しているというオマケ付き。

 なんだこれは。何なんだこの茶番は! なんだこのふざけた演劇は!?

 戦闘中に一次移行が終わる? ああ、それはそれでありうるし実際に可能かもしれない。だが、エネルギーが回復するだと!? 冗談じゃないっ!

 単一仕様能力が発動したわけでもない。外部からの補充を受けたわけでも、ましてや増層を取り付けているわけでもない。なのにどうして理由も無くそんな好都合なことが起きるっていうんだ!?

 当て馬だ。まさに当て馬だった! セシリアは利用されただけだ! 誰が仕組んだかはわからないし、何が目的かもわからない。だが確かに理解できた。

 この試合は、織斑一夏を勝たせるために何者かが噛んでいるという事実ッ!

 

「勝者! セシリア・オルコット!」

 

 ……あるぇー?

 

 

第七話 クラス代表戦 セシリアの戦い

 

 一夏を回収した教員のリヴァイヴがピットへと降り立つ。

 白式は全身ボロボロ、というわけではないが、全くノーダメージというわけでもない。単なるエネルギー切れ。織斑先生の手元のモニターに映る操作ログをちらと横目に見たが、なんと単一使用能力が働いたようだ。

 しかしその発動でエネルギーの残り五割あったうちの四割を使い潰している。一割は加速や防御など、純粋に戦闘行動で消費されたものだったのだけど。

 だとしてもあのエネルギー回復の謎は残ったままだ。単一仕様能力が発動したというなら、一時的なブースト状態というものとして頷ける。現実としてアレはまだ未解明の部分が多いのだから。

 先ほどの異常は一次移行においてエネルギーが回復したということだ。もしかするとISに何らかの最新技術が用いられたのかもしれないし、そのように初期設定時のリミッターが働いていたのかもしれない。

 私が情報を閲覧した当時のままの白式で組みあがっていたとすれば、そんな装備は一切ありえない。欠陥機として放置されていた機体だというのに、たった数ヶ月で数ある問題点を克服してロールアウトするなどありえない。

 

「北條、準備しろ。次はお前の番だ。……ブランクがあるとはいえ、一夏みたいな情けない真似はやめろよ?」

「了解…」

 

 お気に入りの眼鏡を外してモニターの前に置き、髪留めで髪を束ねる。ゆっくりとラファールに背中を預け、息をつく。静かな無音の世界にただ一人佇むように、意識を機体に向けていく。

 ラファール・リヴァイヴ、フランスのデュノア社製第二世代型IS。最優良とも言われる基本性能に豊富なバススロットを有し、ロングレンジからクローズレンジまでこなせるオールラウンダー。装備やパッケージ次第で特化させることも容易なため、多くの国で主力機として用いられる機体。本作戦において使用するのはデフォルトのアサルトライフルにSMG、ハンドガン一丁にナイフが二振り、グレネード三個とスモーク及びEMPグレネードが二個。ついでに打鉄用の近接ブレードが一本。一撃必殺が信条のシールド・ピアースは装備せず、取り回しと強度を高めたバックラーを装備。

 大仰な装備は無い。しかしエネルギーを使用しない装備であるため、エネルギー系装備で固めているセシリアに対して弾丸の初速や武装破棄の容易さ、そしてスラスターに供給できるエネルギーの余裕があるという点で勝る。

 

 インターバル時間はセシリアとブルー・ティアーズの回復を待って十五分。

 各部の動作チェックとスラスターの調整を急いではじめなければ。

 

「一回限りだけど、よろしくね……相棒」

 

 

 

 私が私を評するとすれば、こうなるものだと思う。セシリア・オルコット。英国貴族だった少女。英国の代表候補生。BT兵器搭載型第三世代機を専用機とするエリート。本当は自分が一人前だと認めてほしくて背伸びして頑張っている少女。

 父は入り婿であったのもあるのかもしれないけれど、ひどく謙虚だった。謂れの無いことでも丁寧に謝罪し、家を取り仕切っている母に対しても同様に、無茶な注文にも応える人だった。

 それでも不思議と両親に隔意は無く、平穏に仲睦まじい夫婦生活だった…と思う。

 両親が死んでから五年後、十四歳の冬の日、親友のシルヴィアが義勇軍の任務に就いて海の向こうへ行ってしまった。それからは女尊男卑の思想を押し付けられるようになった。シルヴィアという男女平等が基本である軍人が近くにいたからか、今まで私に手を出せなかったのでしょう。最初はやんわりと否定し続けていたけれど、まるで洗脳されるように私は彼女たちと同じ輪にどっぷりと漬かってしまっていた。

 

 そのままIS学園に来て、そうしたら頬をはたかれた。

 

「申し開きはありますか?」

「そ、それは…」

 

 貴様如きが代表候補を騙るな、と言わんばかりに私を睨み付ける少女。背格好は同じくらい。黒真珠のような美しい黒髪を青いリボンでまとめ、薄縁の青いフレームの眼鏡をした、見るからに大人しそうな少女。

 

「うわぁ…」

「うっ…」

 

 その正体は代表候補、そしてまさかのルームメイト。波乱万丈という言葉はまさに今この状況こそ相応しいのかもしれないとさえ思った。

 クラスの全員の前で謝罪した、とはいえ今の私たちは殴った殴られたの関係でしかない。殴られても仕方の無いことをした。

 

「ごめんなさい!」

 

 気まずい沈黙が続くかと思ったそのとき、彼女は勢いよく背中を丸め、お辞儀をして謝罪してきた。

 

「こちらこそ申し訳ないことをしてしまいました…」

 

 私の至らなさを恥じた。周囲に流されるがままに、人としての品位を損なっていた。それに気づかせてくれたのは彼女だ。そう感謝を述べると、彼女は予想もしなかった答えだったのか、ほんの少しだけ呆けていた。

 

「彩夏って呼んで。よろしくね! オルコットさん」

「よろしくお願いいたしますわ。私のこともどうぞ、セシリアと」

 

 嬉しそうに笑う彼女。初めて触れ合ったばかりだというのに、子供のように喜んでいる。

 けれどもそれは彩夏の、彼女の持つ一面のほんの表の部分だけでしかないのだと思い知った。

 

「あ…っ! が…うっ……はぁっ…あうっ!」

「彩夏さん! 彩夏さんっ!!」

「ゃ……イヤぁっ! もう、やめ……や…だ……」

 

 荒い吐息と這いずりまわるような音で目を覚ました。隣のベッドでは苦しみを抑えるように、だが抑えきれずこぼれ出す苦痛にのた打ち回る彩夏の姿があった。

 うわごとのように誰かを呼び、大粒の涙を滲ませながら彩夏は苦しんでいた。

 今になって思う。これは彩夏にとって絶対に触れられてはいけない傷痕だったのだと。

 

「…セシリア……?」

「大丈夫…大丈夫です。私がちゃんとここに居ますから…」

 

 私を叱りつけた気丈なお嬢様とも、箒と三人で一夏を殴りつけたお転婆な少女とも、お風呂で見せたような恥ずかしがりな姿とも違う。けれどそれでいて、世界では未だにそういう表情をする人は多い。

 

 死の恐怖に怯え、体を蝕む痛みに咽び、大切な人の死に悲しむ。戦争のもたらす負の感情を顕にした、ただの弱い女の子でしかない北條彩夏の姿だった。

 手を差し出すと、びく、と怯えた彩夏はシーツを掴んだまま身を守ろうとした。

 それがひどく物悲しくて、気づけば私は不慣れな紅茶を自ら淹れていた。

 

「おいしいです…」

 

 私の淹れたハーブティーを飲んだ彩夏はほんの少し、微笑むようにティーカップを見つめていた。ティーカップではなく、ましてや紅茶でもなく、それらを通して遠く何かいとおしいものを見るような表情。

 私の紅茶には目もくれていない。けれど、彼女が少しだけ本来の表情を取り戻す一因となったという事実は変わらない。少しでも助けになれたことが嬉しかった。

 

 あんなことさえ呟かなければ…!

 

「シルヴィア・アルスター・キャンベル。アイルランド系の血を引くスコットランド出身の代表候補です」

 

 ぞわ、と言い知れない不安がよぎった。続けていいものか、もうやめておくべきではないか、少し悩んだものの彼女を救える手助けになればと思って言った。

 親友との出会い、彼女に救われたことを必死に伝えようとした。

 けれど話が進めば進むほどに、彩夏の体には緊張感が張り詰めていく。一体何に触れたのかわからない。だけど中途半端なままでは何にもならない。そう思って続けるほどに、彩夏は沈んでいく。

 歯を食いしばり、決して涙が流れないように無意識に表情はこわばっている。

 

「ありがと、セシリア。少し参考になりました。…もう寝ましょう。大丈夫です、今度は、大丈夫です」

 

 自身に言い聞かせるような言葉を残して、彩夏はベッドにもぐりこんだ。母の胎内に居る赤子のように体を丸めて、怯えることに疲れたように眠りについた。

 

 取り残された私は、友人の助けにさえなれなかった悔しさに、一人泣いた。

 

「……彩夏さん」

 

 インターバルの十五分で回想してしまえる。鮮明に、事細かに、彼女の乾いた笑みを思い出せてしまう。あんな笑顔が普通になってしまってはいけない。彼女はもっと幸せそうに、心の底から笑うことができるはずなんだから。

 

 ブルー・ティアーズが応えるように輝く。そう、私はいつか彼女に言われたはず。

 オープンチャンネルで彩夏に語りかけるようにつぶやく。

 

「覚えたままで悲しみに暮れるより、自分らしく楽しく生きて忘れてしまえばいい。ええ、そうですわね。普段は忘れて、たまに思い出して黙祷を捧げる……それくらいがちょうどいいのです。私の幸せを願ってくれる人のために、私の幸せを願って逝った人のために」

 

 ピットからアリーナへと飛翔する。対岸で沈黙したまま待ち構えるのは全身装甲のラファール・リヴァイヴ。深い青が深海のような冷たさを放つ、恐怖を伴うシルエット。

 

「だから、余計なことを考えられなくなるほどに踊ってもらいますわ」

 

 もう怖くなんかない。嘘。怖い。助けられないままで終わるほうが怖い。

 

「…参りますわよ!」

「………セシリア」

 

 

第八話 澱みの中で

 

 ある東南アジアの内戦国。敵軍に所属不明の謎のISが居るとの情報をIS委員会が受けて、私が国連軍の後方部隊へと送られた。

 同じように国連所属の国から、私と同じ次期候補として鍛えられた同輩が二人いた。ISに於ける先進諸国の一つ、英国の代表候補。英国陸軍国防義勇軍IS戦隊所属、シルヴィア・アルスター・キャンベル中尉と、仏軍第一海兵歩兵落下傘連隊所属、マリアンヌ・ベルリオーズ少尉。

 そして私は日本国国防省第六情報部第三課、裏側からは”対IS課”と呼ばれる非正規実働部隊所属。実態は国内の様々な企業が出資して作られた、ISの実戦運用データを得るための部隊だったが……それでも私にとって親友とも、家族とも呼べる人たちの居た場所だ。

 

 最初は後方支援任務のはずだった。眉唾なソースからの情報であったこともあり、委員会の腰は重かったのだ。

 ゲリラや反政府軍に対する牽制という意味合いのほうが強い。抵抗をやめて降伏しろ、こちらはお前たちをいつでも本気で叩き潰せる。そういう意思表示のためだ。

 三ヶ月は平穏が続いた。基地内には元から滞在していた独立混成旅団の連合軍のほかに、作戦に同行した英仏の特殊部隊、それも屈強なエリート部隊に分類される人々が総勢五十名加わった。機密保持のためか、私たちと特殊部隊は他の一般兵の宿舎からは離れていたが、それでも有事の際には共に戦場に立った。無論、コールサインでお互いを呼び合い、バラクラバなどで誰なのかわからなくしてはいたが。

 ISに乗ることが本領とはいえ、速成ながらも軍人から近接戦闘訓練を叩き込まれ、CQBからスカウトまで教わることができたのは非常に有意義なことだ。教練を進めて課題を乗り越えていくうちに、彼らとの信頼を築くことができたのだから。

 屈強な肉体に卓越した技術と判断力、他の一般兵では及びもつかない知恵と忍耐、そしてどのチームよりも強固な絆を彼らは備えていた。

 最初は「日本からお姫様が遊行に来られたぞ」と皮肉られたが、欧米の人に比べて小柄な日本人の体躯で必死に訓練に喰らいついた。

 日を追うにつれ、実戦を経るにつれ、チームのみんなから可愛がられるようになった。同じ女性兵士やシルヴィアには「大きく育て!」と胸を揉まれ、男性の兵士やリーダーからは娘や妹のように可愛がられた。それでも訓練は変わらず厳しいものだったが。

 小柄で力も平均より若干上な程度のごく一般的な少女。しかし大人の彼らにとっては戦場に立つものは等しく老いも若きも兵士だという認識だ。そこに貴賎も性別も関係は無い。

 こちらに銃を向ける相手が少年だろうと引き金を引くし、実際私もそうしてきた。

 

 速成とはいえ訓練を終えた私は、超人的な戦闘センスを持つ彼らと一対一なら防戦で持ち堪えることもできるようになった。彼らからは「並みの兵士相手なら問題なく勝てる」と評されたが、いつも倒される側だったから自信が無い。

 

 しかしそれも束の間の夢のような時間でしかなかった。

 敵軍のISの登場によって前線へと早変わりし、迎撃のために私はいつの間にかラファール・リヴァイヴを纏って引き金を引いていた。

 やらなければやられる。月並みだが、まさに真理だった。

 

 ISを奪われて這々の体で生きて戻ったときには、既に擦り切れる寸前だった。敵兵の追撃を必死にやり過ごし、戦場跡を徘徊する盗賊に襲われながらも生き延びることができた。

 いつの間にか引き金を平気で引くようになり、散っていくような鮮やかさで咲き乱れる赤い花に忌避感を覚えなくなった。

 合同で後方支援に当たっていた国連軍の義兄や義姉たちはもはや祖国に帰ることはできない。置いてくるしかなかった。あの基地がどうなったのか、今はもうわからない。調べる権限もないし、何より秘匿任務だ。彼らの死は存在しないものとして扱われたことだろう。

 タグごと消し飛んだ義兄が居た。最後まで抵抗を続けた義姉が居た。一番年若い私を家族のように迎えてくれた彼ら。……私はまた、何も守り抜けないままだった。

 

”ビューティフォー”と口癖のように私を褒めてくれた司令官。彼はどうなったのだろう。

”後方の迫撃砲部隊を黙らせてこい”戦況を見極め、即断即決で指示を飛ばす部隊のリーダー。彼のようになれたら、大切な誰かを守れるのだろうか。

”撃たなきゃ当たらないでしょ!”と一喝してくれた教官。彼はもうこの世には居ない。

”弾があるうちはまだ戦える”と激励してくれたチームメイト。果敢に皆を鼓舞したリーダーだった。

”こいつを持って大人しくしてろ!”と言って拳銃を手渡してきた仲間。その直後に頭を撃ち抜かれて逝ってしまった。

 

 どいつもこいつもクセの強い人たちばかりだった。だが、その実力は確かなものだった。あんな場所で死ぬなどありえない。そう思えてしまう人たちだった。

 だがどれだけ人として強くても、ISには…。

 

 そんなISに乗った私はみっともなく負けて、彼らを死なせてしまった。私の判断ミスが……一つの基地に居る仲間たちを死に追いやった。

 私にはもう、傷ついてまで守ろうと思うことはできない。ただ少しでも零れ落ちるものが少なくなるように、ただただ静かに、表に出ることもなくゆったりとこの先を過ごせればいい。

 

 例えソレがゆるやかに死に続けていることと同義だとしても。

 

「ではこれより第二試合、セシリア・オルコット対北條彩夏の試合を開始する」

 

 セシリアはキッと私を見据えている。戦うことに嫌悪感は無いようだ。

 ISは機械だ。だがそれを操るのは人間、意志を持って動かす存在。私を打ち負かそうという彼女の意志は果たして私に打ち勝つのか。

 

「本試合はモンド・グロッソにおける公式戦ルールの一つに則って行われる。勝敗は相手のシールドエネルギーを削りきった者を勝利とする。エネルギー総量は1000を規定とする。制限時間は十五分。決着がつかない場合には延長となり、どちらかが倒れるまで行われる。反則行為として、シールドエネルギーの枯渇した状態での攻撃、絶対防御の上でも負傷を追わせかねない装備・兵装の使用、観客席を保護するシールドを貫通しかねない高威力の武器の使用が挙げられる。これらはその場で即座に失格、及び謹慎などの重大な処罰もあり得るため、よく心がけるように。では、双方ともいいな?」

「織斑先生、いつでもかまいませんわ」

「…どうぞ」

「双方とも構えろ」

 

 ジャキ、とセシリアはスターライトMk-Ⅱを腰だめに構える。対する私は左腕には小型の盾と右手にアサルトライフルを構え、やや前傾姿勢でセシリアを見据える。

 

「始めっ!」

 

 静まり返った空気をブザー音と織斑先生の声が切り裂いた。

 

「CORAL3…交戦(エンゲージ)」

 

 ふとクセでコールサインをつぶやいてしまった。もはや存在しない部隊、存在しない仲間たち。彼らを失ってなお、私には彼らの教えが染み付いている。

 だからこれはきっと、どこか遠くに逝った彼らに伝えるメッセージ。決して届かない、けど届いて欲しいメッセージ。

 

 せめて今この時だけは、彼らに恥じることのない姿を。

 

 

第九話 青と蒼

 

 同時に瞬時加速。盾を構えつつライフルの引き金を引く。ダン、ダンとセミオートの発射音と共に高速の徹甲弾がセシリアを掠めるも、彼女の顔色は変わらない。

 遠距離機だというのに、セシリアが突っ込んできたのは想定外。ヘッドオン、セシリアの放ったスターライトの光が右足を掠める。お互いに軽度の損傷を負いながら、一瞬の交錯。そこに忍ばせたグレネードを放り込んだものの、セシリアは見事に急制動をかけて右に回避し爆発を逃れる。

 

「ブルー・ティアーズ!」

 

 セシリアは開始直後の強襲にも動揺を見せない。慣性を殺しきらず浮遊したまま振り向き、左後方へスライドしつつティアーズを広げる。私も即座に正面から相対し、大まかな狙いをつけて三連射のバースト。私が見越しで撃った弾によるダメージを多少負いながらも、セシリアはビットの展開を優先する。

 

「……いい気迫だよ、セシリア」

 

 ビットの軌道を読みつつ、ブーストして右へと回避。レーザーが行く手を阻むが、その狙いは甘い。上空にジャンプして―

 

「まずっ!」

 

 眼前、目と鼻の先を青い光が走る。

 逃げようとして少しばかりの違和感を感じ、若干後方へと引きながらの回避をとった。それが功を奏した。

 

「くっ…いい読みですわ」

 

 ビットの牽制射撃で進路を塞ぎ、本体はそのまま回避行動を先読みしての狙撃。先ほどの一夏との戦いでは見られなかった戦術。隠していた? いや、どう見たってあのときのセシリアはビットとの連携攻撃ができる様子では無かった。

 

「そう……単純に操る数を減らした…というわけですか」

 

 してやったり、とセシリアが不敵な笑みを浮かべる。

 考えれば単純な話だ。四つで処理が追いつかないなら、操る数を減らせばいい。一機はプログラムに従って自身の援護をするために待機させ、二機のビットで攻め立てて自身の狙撃を確実に当てる。

 

「…一夏のときとは違う」

 

 そう考えているうちにもシールドが削られる。ビットを気にかければ本体の射撃が、本体に迫ろうとすれば狙撃銃の牽制攻撃と猟犬の二機が妨害する。こちらは打鉄や白式とは違って装甲の厚い機体ではない。ビットの攻撃は掠るだけでもシールドが減るし、セシリアのスターライトを受ければそれこそごっそりと削られるだろう。

 うまく敵の得意な領域を抜けきることができない。ライフルで応射しつつ、EMPグレネードを織り交ぜてビットを払いのける。一機を落とすも、それでもセシリアは崩れない。EMPと見るや温存した二機で効果範囲外から包囲を継続し、EMPによる無効化の間を守りきってみせた。

 

「おまけにビットの入れ替えもうまい。冷静ならこれだけ動けるっていうこと…?」

 

 セシリアは常に一定の距離を保っている。護衛に配していたビットのエネルギーのリチャージタイミングに合わせ、スターライトの連射にビットの牽制を織り交ぜて、常に私を包囲しつつ釘付けにしている。一機ずつ、しかし確実にビットを入れ替えて戦闘の優位を確保している。

 こちらも時折当ててはいるものの、展開としては劣勢のままだ。シールドは私が500を下回ったが、セシリアは600も残している。ビットのエネルギー補給を考慮しても押されている。

 

 背後からのビットの射撃。PIC制御でするりと左へ回避する。

 さらにもう一機のビットが左下方の見えづらい角度からの射撃。少しスラスターを吹かして急制動をかけ、右上方へ回避。セシリアに随伴するビットが見越し射撃で当ててくる。地味にダメージを蓄積されていくも、今はまだ動ける。

 回りこんだビットが右上後方からさらに追撃をかける。一気にブーストしてそのまま地表に向けて急降下。三機の攻撃を振り切ろうとするも。

 

「もらいますわよ!」

「…っ! 休まる間もない…!」

 

 態勢を立て直す間も無く正面からスターライトが直撃。その瞬間に咄嗟にライフルを盾にする。シールドエネルギー残り400。まだいける。

 溶けおちて使い物にならないライフルを即座に破棄。二射目を左手の小盾でどうにか防ぐ。

 

「さすがにしぶとい…! ですわね!」

「ミサイル!?」

 

 咄嗟に出したSMGを掃射する。ガン、ガンとミサイルは二発の命中音と共に爆発四散。煙と炎を上げる。

 煙幕を突き破ってレーザーが走る。盾で防ぎ、煙幕を利用してこちらに仕掛けてくる相手に対して苦し紛れにマシンガンをマガジン一つ分掃射する。

 少しでも手を止めればもらい物―

 

「接近警報!」

「はぁっ!」

「まだ、まだぁ!」

 

 レッドアラート。反射的に身を翻し、その場を離れる。左腕の肘間接にナイフが走る。ダメージ130。被害は致命には至らないが大きい。空のマシンガンを投棄、ラピッド・スイッチでハンドガンの連射を即座に叩き込む。

 

「くうっ! ただでは…倒れませんか!」

 

 セシリアは随伴したビットを射撃に貫徹させ、自身の近接戦闘のサポートに利用している。オールレンジ、まさに遠近問わずの戦闘技法。とはいえあろうことか遠距離仕様機で近接戦闘を仕掛けてくるとは。予想も……

 

「違う…」

 

 そうだ、覚えがある。こんな芸当をやってみせるバカが一人居た。理論や常識ではなく、天性の勘と類まれな集中力と反射神経でやってみせた彼女が居た。

 対物スナイパーライフルをまるでそこらへんのライフルのように取り回し、至近距離で高速徹甲弾を叩き込む、常人とは思えないISの戦術を持っていた彼女。

 

 動けない。魅入ってしまった。彼女と寸分違わないセシリアのその動き。

 流れるようにあの日の私を蹴り落とした彼女と同じ回し蹴りが、顔を守るガードごと私を蹴り飛ばした。そこへ更に泣きっ面に蜂、スターライトが叩き込まれる。

 わずかに浮遊していたリヴァイヴが大地に叩き付けられる。

 

「きゃああっ!! う…くっ…!」

「これさえも耐えるのですか…! いいですわ!」

「さす……が…効くね…」

 

 衝突した衝撃だけでさらにダメージをもらってしまった。残りはわずかに138しか残っていない。生き延びたのも偏に一度見たことがあるから反応できただけでしかない。

 即座に追撃のレーザーの雨。スモークを足元で起動させ、回避する方向を悟らせないようにしてからPICを使って回避。PICで慣性を留めたまま、地表を滑るようにして回り込みつつ二丁拳銃を狙いもつけず掃射する。ついでに彼女の足元にグレネードを放り込むのを忘れない。

 

「子供だましで…!」

 

 グレネードの爆風と衝撃を受け、一瞬ながらビットの制御が止まる。両手のハンドガンから撃ちだされる弾丸の雨に晒されたビットが一機、続けざまにもう一機が落ちる。敵は既に随伴するビットは一機のみ、虎の子のミサイルは一発限り。スターライトが一丁。

 対するこちらは残弾心もとない二丁拳銃とナイフ、フラググレネードが一つずつ。あとは切り札である近接ブレード。

 遮蔽物でもあれば利用できるのだけど、無いものねだりはよくない。やってみるしかない。

 

 ぐらり、とわざとバランスを崩す。何か異常でもあったか、と思わせるほどではなく、しかしチャンスだと思わせるように。さあ、食いつくかどうか。

 

「もらいますわ!」

 

 スターライト! 違う、そうじゃない。撃って来い、とっておきのアレを。

 

「まだ動くなら…これでどうです!」

 

 ミサイルが私に向かって飛翔する。ラピッド・スイッチ、呼び出すのは一振りのブレード。

 

「……しくじるな、アヤカ。あの時とは違う…」

 

 震え上がる心を押さえ込む。あれはヤツじゃない。セシリア・オルコットの駆るブルー・ティアーズ。私から何かを奪おうとするやつじゃない。どくん、と鼓動が強くなる。思い出すのは死の恐怖。失っていく恐怖。無力な自身を嘆くしかできない悲しみ。

 セシリアの放ったミサイルを、見据える。

 

「うおあああぁっ!」

「っ?!」

 

 セシリアが慄く。ミサイルに向かって瞬時加速を行うなど、まるで自殺行為。そう思ったのだろう。けれど生憎この身はそんなものが雨風のように降り注ぐ世界を渡ってきた。

 打ち抜くこともできない。ならば、斬り捨てる!

 近接ブレードを下段で構える。ミサイルの直撃、その寸前に体を捻る。そのまま急上昇をかけつつ、勢いにまかせて切り上げるように推進部を切り落とす。

 

「なっ……!? ミサイルを…斬った…」

「くっ!!」

 

 爆風を受けながらもそのままジャンプしてからの急降下。一振りに意識を集中させる。余計な意識は必要ない。ただひたすらに斬ることだけを無心で考える。

 不意に、スローモーションの世界が広がる。

 

 ビットのレーザーが肩を焼く。残りエネルギー80。

 スターライトが青い炎を吹き付ける。PIC制御、回避! 残りエネルギー30。

 彼女の第二射は、間に合わない。歯がゆさをかみ締めたセシリアの顔。

 そうだ、私もきっと悔しさにそうやって顔を歪ませてきた。何度も、何度も。

 吸い込まれるように、青い太刀筋が走る。

 

「う、ああっ…! ま、だ……!」

 

 袈裟懸けの一太刀。セシリアのくぐもった苦悶の声。まだ、そうまだ諦めていない。セシリアの最後の手は、ある。

 

「青…い、ひかりが…」

 

 青い光が、目の前をうめつくして―

 

 

 

第十話 織斑千冬の見た少女

 

 はじまりは、何だったのだろう?

 彼女の運命は、どこで狂わされたのだろう?

 白騎士事件で両親を失い、唯一頼れた祖父も死に、祖母の北條麗香博士が親権を引き受けたが、彼女は長期間家に帰ることが無い。

 

 中学一年のころ、彼女にISの適正があると診断されたのはひょんな出来事からだった。

 彼女の祖母がISに関わる技術者だったために、ついでに行われた検査での発見だ。

 

 博士には大会や公式戦で多く世話になったというのもあり、彼女の指導を買って出た。

 私以外には数えるほどしかいない、適正ランクSの操縦者。それも何の訓練もしておらず、初めてISに触れた少女がそれだけのものを持っていたという事実は、私の好奇心を大いに刺激した。

 

「初めまして、北條彩夏です。どうぞよろしくお願いします!」

 

 強い眼差しとめげない意志を彼女は持っていた。為さねばならないこと、自らの弱さを自覚し、より高みを目指す姿が印象的だった。

 彼女の原動力は何なのか、少しばかり遠まわしに聞いてみたことがあった。

 

「守りたい、と思っています」

「……守りたい?」

「はい。父も母も、もう死にました。祖父の剣を十分に受け継いだかと問われると、やはり十分ではありません。免許皆伝にはまだまだでしたから。でも祖父も居ません。私は、祖父や両親が残したものを守りたいんです。死んでいった人たちが、少しでも気楽になれるように。周りの友人や大切な人が、遺したいモノさえ遺せず死んでいったりしないように」

 

 この子は優しいのだ。純粋な意志とそこから生まれる願い。わずか十三にして、彼女は聖人のような慈悲を持ち合わせいる。持ち合わせてしまった。

 これは決意表明であり、彼女の為したいことだというのはよく理解できた。

 

 鍛え上げた。ただひたすらに、時間の許す限り叩きのめし、そして打ち伸ばし、研ぎ澄ませてきた。さながら日本刀を打つ鍛冶師のごとく、心血を注いできた。

 スポンジのように吸収できた、わけではない。

 それこそ叩いて形状を覚えさせるかのように、その身に打ちつけ、刻み、時に血反吐を吐くような思いで彼女は這い上がった。時間をかけて、ゆっくりと。

 候補生となった。候補生の枠さえも飛び越えた。対IS部隊にその籍を置き、今や世界を見据える人間になったと感じられたとき、中学二年の二月に代表候補の指名が来た。

 

 だが、このときの私はまだ気づいていなかった。彼女が、北條彩夏は日本刀のような鋭い刃を持ってはいたが、大剣のような強靭さを持っているわけではないのだと。

 

 極秘任務だった、と半年以上に渡る出向から戻った彼女は言った。

 精一杯の力を振り絞り、空ろな瞳から流れる涙も気に留めず、乾いた笑みで私に告げた。

 内容は今も聞いていない。ただ、非正規戦闘が行われる場所に居た、とだけ語った。

 

 それからの彩夏は廃人同然だった。悪夢に魘され、過去に縛られ、死者に心を引きずり込まれていく。ただ磨耗して擦り切れていく少女が一人居るだけ。

 ただ、レーションのような栄養補給だけを目的とした簡素な食事と自己鍛錬だけは欠かさなかった。まるで淡々と作業をこなすだけの機械のようにトレーニングをして、格闘訓練と射撃訓練を行い、戦術のシミュレーションをこなして一日を終える。その日々の繰り返し。ろくに眠れないままに一週間を過ごし、翌日はまるで休暇であるかのように一日中眠る。

 IS学園の勤務の合間を縫って、彼女の元を訪れる日々が続いた。後輩の山田真耶も”私の後輩ですから”と強い口調で彼女の世話を買って出た。

 マック、これはどうなのかな? ジョンさん、覗きはダメですよ。

 独り言も増えた。いや、彼女にはまだ傍に彼らが居るのだろう。親しげな声を人形相手に囀るばかりで誰とも喋ろうとしない。

 

 ある日、一通の小包が彩夏の元に届いた。配送日は今日の指定で、包みには汚い字で”アヤカへ”と書かれた一通の小包。差出人は……よくわからないものだった。

 半年以上も前にコレを送った差出人は”base plate”。基盤…土台? あだ名か何かなのだろう。

 

 それを見た途端のことだった。”返せ!”と叫んだ彩夏は、私の手にあった包みを強奪するなり、地下室に立てこもった。鬼のような形相が今も脳裏から消えることがない。

 二月二十日。立てこもりが始まる。

 二月二十一日。尚も継続。

 二月二十二日。変化なし。

 二月二十三日。ドアの向こうからはただ悲痛な叫びにも似た泣き声だけが聞こえてくる。

 

 そして、四日ぶりに扉が開いた。そこにかつての優しく笑う少女の面影はどこにもなかった。

 泣きはらした目、隈ができるほどに疲弊した姿は覇気も無く、生気を感じさせない。

 

「彩夏、何か食べておけ。……そんな有様ではご両親が泣くぞ」

「そうですよ彩夏ちゃん。今は辛くても、ちゃんと食べてゆっくり…」

 

 小さく頷いた彩夏。私と山田先生が少しの安堵感に胸をなでおろした。そんな隙をついて彩夏は手近なバスケットを引っつかみ、駆け出した。

 逃げ込んだ先は、彼女の両親の部屋だった。

 

「ダメ…なのか…」

「織斑先輩…まだ、まだ終わってません……私は…諦めたくないです…!」

「真耶…そう、だ。まだ終わってないんだ…」

 

 泣き虫な後輩は涙を堪えて、必死に自身を奮い立たせていた。なのに私は、一瞬だけとはいえ、……折れる寸前にまで陥っていた。

 彼女をこうまで変えたのは何だったのか。今でも考えてしまう。両親の死だろうか? それとも祖父の? あるいは自身に構ってくれなかった祖母か? 彼女が出向したときに何かがあったのか? 考えたくはなかったが、自身の教育と接し方だったのか? あるいは、その総てか。

 

 彼女が四日間を過ごした地下室には一枚の手紙と、大鷲の羽がついたナイフを描いた部隊章と准尉の襟章だけが残っていた。

 その内容は今でも一字一句思い出せる。内容から察するに、彼女の家族……戦場での家族から送られた、彼女への卒業祝い。そして彼女が何を見てきたのかを、おおよその推測を立てることができた。…彼女がこれを始末していたら、何もできないままだっただろう。

 ベース・プレート。あなたの手紙、あなたたちの意志は大切な娘…北條彩夏を救う一助になった。どうか安らかに眠ってくれ。

 

「うおあああぁっ!」

 

 愛弟子が英国の代表候補生に切りかかる。捨て身の、しかし勝利を勝ち取る意志を自然と乗せた渾身の一振り。

 まだ安定はしていない。自身のあり方に矛盾と綻びを抱えたまま。大きな波が打ち寄せれば崩れてしまう、砂の城でしかない。壊れそうで、だがある一線でなんとか持ちこたえているだけ。

 まだ捨てきれてなどいない。無意識に彩夏は大切な意志を守っている。それを捨ててはいけない、とカラダが覚えている。

 もう何もしない、と彩夏は言った。なら何故IS学園に来た? 無理矢理ねじ込まれた予定など蹴ればいい。

 代表候補などできないと言う。なら何故あの場でセシリアと一夏を叱りつけた? ただ傍観していればいいだけだ。

 死にたいと言っていた。だが何故未だに生きている? まだ諦めきれないからだ。やめてしまえばそれこそ総てが無に帰すると本能が理解しているからだ。

 

 折れてなお諦めきれないから、お前は……北條彩夏は立ち上がれる。

 

「……試合終了。双方ともシールドエネルギーゼロのため…ドローゲームとする」

 

 だがまだまだ危なっかしい。せめて、また一人で立てるようになるまでは支えが必要だ。

 

 

第十一話 失われた家族の記憶

 

 …ひどく眠い。視界に青い閃光が走った、と思えば次の瞬間には暗転していた。

 思い出そう。何があったのか。

 

 光学兵器で頭部にダメージを受けた。それは理解できる。

 今すぐにでも戦況を把握しなければいけない。ジョン大尉は未だ戦闘しているかもしれない。起きなければ。

 負傷は無い。脳震盪でも起こしたか。情けない!

 バイタルパートに傷が無くて銃は握れる。ならやることは一つだ。相棒は…ヴェイド一等兵の残したあのガバメントは……どこだ。

 机には無い。引き出しにも無い。くそっ! どこに置きやがったあの衛生兵! 生きてるのを見つけたら街への買出しに引きずり回してやる!

 

 だめだ、熱くなり過ぎている。落ち着こう。冷静に観察することは戦場での命を長らえさせるために必要な要素だ。

 

 病室……うん。けどもやけに清潔。基地内にこんな場所があったとは驚きだ。

 服はISスーツそのまま。無防備よりはマシか。ある程度の耐弾性は持っている。

 武器…は無い。手刀で敵とやりあえと? 私はダンディでダブルオーナンバー持ちの英国紳士じゃないんだ。ナイフでもいいから何か武器が…

 

「何をやっている?」

「…織斑…先生?」

 

 そう、か。ここはあそこじゃ、ない。

 

「無理はするな。試合中に頭を強く打ったんだ。記憶が混乱しても仕方が無いが、余計な行動で症状を悪化させるな。いいな」

「…はい」

「それにここは……戦場じゃあない。ここは日本のIS学園だ。お前から大切なものを奪っていくやつは、ここには居ない。だから少し、横になっていろ」

「………はい」

 

 そうだ、総て過ぎ去った後なんだ。やっと得られた大切なものの全てを喪失して、自分が生きる理由もわからなくなって、また全てを失うことが怖くなった。

 どうすればいいのかもわからずに時間が過ぎる中でIS学園に放り込まれ、セシリアとの一騎打ちをして、賭けに負けたんだ。

 

「それにしても……現状の適正ランクからは考えられんな…。ああ、横になったままでいいぞ」

「…どうかしたんですか?」

「どうかしたか、ではない。入試試験での操縦時、適正ランクはCプラス…なのに先ほどのセシリアとの戦闘ではCマイナスまで落ち込んでいたぞ。これでどうして引き分けに持ち込めたんだか…」

「…確かに反応が鈍いとは感じました。やっぱり落ちてたんですね、適正」

「もう少しお前は自分のことに関心を持て。いつまでもそんな腑抜けで居られては困る」

「……善処は、します」

 

 右肩下がりのIS適正。以前、出向前はランクSを記録していた。先日受領した天使ほどではないが、ラファール・リヴァイヴを自分の体のように扱えたのは確かだ。

 天使を受け取ったときの簡単な調査ではCプラスだった。それがほんの数日で、ISの稼動ギリギリにまで落ちているとは。

 

「セシリアとはどうだ?」

「彼女……ああ、そうでした!」

 

 思い出した。あのクソのような茶番劇は一体なんだ。これに怒らずして退くことはできない。

 

「セシリアと一夏の対戦、覚えていますよね」

「当然だ。武器の特製も知らずに使って一夏が自滅したのが印象的だったな」

「そうではありません。何故一次移行でISのエネルギーが回復したんですか? 本来そんな機能は持ち合わせてはいないはずです。戦闘で消耗したセシリアと、戦闘中にエネルギーが回復した織斑一夏。どちらが有利になるかはわかりきったことです。まして公式戦のルールに則った競技の場で……あんなものを見せられては例えハンディだと言われても八百長を疑います」

「………言いたいことは承知した。だがそれに関しての調査は私の領分だ。お前が気にかけることは…」

「セシリアは当て馬にされたんです! どこの誰かもわからないやつに! 死力を尽くして戦うと決めた一夏と、それに応えたセシリアのプライドは…!」

「そうだとしてもお前が出しゃばる必要は無い! ……彩夏、お前は代表候補としての責任を捨てきれていないのは知っているし、友人や仲間が侮辱されて大人しくしているやつでもないと知っている。だがお前はIS学園の生徒であり、私の教え子だ。生徒に危害を加える相手から守り、そしてその元凶を打破する。それが私の仕事だ」

「……でも…何も知らないままで利用されたセシリアは…」

「彩夏、お前は仲間思いの優しい人間だ。お前の意思は確かに私が聞き入れた。それとも、私では不安か?」

 

 ずるい。こんなときだけ教官ぶるなんて。実力を知っているだけに何も言えない。それを見越して先生は”先生ぶる”んだ。もっとも、それが織斑先生なりの配慮なのだけど。

 

「…何か情報が掴めたら…」

「わかっている。ちゃんと片付けた後に伝えよう。今日はもう寝ていろ。授業に出したところで気を揉むだけだからな」

 

 見透かされた。悩むくらいなら寝てしまえということだ。保健室とは思えないふかふかのベッドに横になり、仕方なく枕に頭を置く。

 

「あと、セシリアが心配していたぞ。セシリアを気遣うのなら、あの無茶の言い訳の一つでも考えておけ」

 

 それは確かに、重要だ。

 

 

 甘いマスクは年老いてなお色香を衰えさせず、むしろ熟成した極上のワインのような高貴さを感じさせる。その穏やかな甘く響く声は女の部分を刺激し、司令官として寛大な包容力を備えた仕草や振る舞いはきっと多くの女を惑わせたのだろう。

 

「マックおじ様、それは一体どういう意味なんですか?」

「なに、そう眉間にシワを寄せてはダメだぞ。ヤマトナデシコが台無しだ」

「……でしたらどういう意味なのかを教えてください」

「そうだね。君は見ていてヒヤヒヤする、という意味だよ」

 

 その司令官の容姿は老齢に近い男性とは思えないほどだ。声は優しく、甘く、近寄る女を惑わせる。きっとマックは若い頃モテたに違いない。女の精神が主軸にあるとはいえ、男としての名残を持つ私さえ、クラリときた。

 私と”俺”。意識は既に女ではあるが、精神年齢トータル43年にして男に惚れそうになるなど初めてだ。

 

「君はよく頑張っている。ISという借り物の力に縋らず、自身を以って為すことの大切さをよく知っている。だからこそ、君は今は戦うな」

「どうしてですか!?」

「君が死にたがりに見えるからだ」

 

 その目は私を見据え、言葉は胸を撃ち抜いた。

 崩れ落ちそうになった。今まで必死に生きてきた。それを全て否定されたようにさえ感じた。

 

「誰かの為に戦う。それは素晴らしい愛情と深い慈悲だ。だが戦場ではそれはいけない。自分を省みない戦い方は周囲の人間を戸惑わせる。我々は組織だ。チームだ。それ以上に家族で、親友で、背中を預けあう友だ。自身が居て、家族が居て、初めてチームなんだ。君はまだ若く、そして未熟だ。他の誰かや死人のために戦うな。まずは自らの最善を尽くし、自分のために戦え。それは戦友を悲しませない為であり、家族の安らぎの為でもあるからだ」

 

 にっ、と穏やかに笑みを浮かべてマックは私の頭を撫でた。マックは他の軍人に比べて背格好は小さい。日本人の平均より少し大きいかというくらいでしかない。

 だけどその手は、父よりも、祖父よりも、誰よりも大きく頼もしくて。これが命の重さを誰よりも知る人の手なのだと知った。

 司令官として苦渋の決断をしたこともあるだろう。死地に友人を送ることさえあっただろう。若い頃は自らが死地へと飛び込んだであろう。艱難辛苦を乗り越えた老兵の手は、多くのものを取りこぼし、だけど確かな何かを取りこぼすことはなかったのだ。

 

「君は強い……強くなれる。多くを掴み損ね、失うこともあるだろう。それでも進め。立ち上がれば支えてくれる人が君にも居るだろう。君だけでは守れずとも、君を支える誰かが守ってくれるときがある。互いに支えあう。それが家族であり、チームだ」

 

 マック、あなたはやはり立派な司令官(ちちおや)だ。

 

「どうしたんだい? 不安なら我々を思い出すんだ。どんな時にも諦めない不屈の意志で戦う我々をな。君が困っているならば我々が助けよう。血は繋がらなくとも、それ以上の信頼を備える我々がアヤカの力になる」

「……司令官…」

「だから、もう泣かなくていい」

 

 一瞬の暗転。次の瞬間、宵闇の世界は炎に包まれていた。

 

「うっ……あ、…あ……」

「回収した。これでもうここに用は無い。退くぞ、ローズ」

「あら、始末しないの?」

 

 戦火に燃えるジャングル。赤々と灯る炎は人の命を糧に燃えるようで、鮮明に記憶に焼きついたままだ。

 

「ISコア二つを確保したんだ。十分だろう? それに時間もない。今から急いでラリー・ポイントへ移動する」

「まあ、いいけど。それだけじゃないでしょう?」

「……こいつは仲間の生死よりも私の撃破を優先した。感情的になっていたとはいえ、本気で私を殺しにかかってくる相手なんてそうは居ない。一時とはいえ楽しませてもらった礼だよ」

「よくわからないわね」

「なあに、私なりの矜持、だよ。ほら逃げなお嬢ちゃん。別嬪さんは引く手あまただぞ。レジスタンスに捕まってブチ犯されて、望みもしないモンを腹に仕込まれたくなけりゃ逃げることをオススメするよ」

「そうねぇ。私が連れて帰って可愛がるのもアリなんだけど」

「忘れるな。我々の最優先はターゲットの抹殺だ。こいつらのせいで余計な時間を食ってしまったんだ。急ぐぞ」

「もう…じゃあ今ここで、バイバイ?」

 

 ISの大型拳銃が突きつけられる。引き金が、ゆっくり、撃鉄が、撃針を、たたきつけ―

 

『援護する』

 

 甘い声が耳元でささやく。

 ガガンッ! 二発の音を皮切りに起き上がり走り出す。ふと見えたのは赤いISが拳銃を持った右腕を庇って基地のほうを眺めている様子だった。

 

『振り向かず走れ。姿勢は低く、足元に注意して進め』

 

 ダァンッ! ダァンッ! 二発の銃声。聞き覚えがある。シルヴィアが試射していたバレット。対物ライフルの狙撃が彼女らを襲ったのだ。直後にまた声が聞こえた。

 

 彼の声は止まない。

 

『一先ず安全を確保したらまずはカムフラージュを行え。ギリースーツとはいかなくとも、自然に紛れ、息を殺し、ひたすらに耐えろ。時を逃さず敵を始末し、時にやり過ごし、味方の基地へ向かえ』

 

 発砲音が遠ざかる。いや、私が遠ざかっているんだ。未だ戦っているマックの元から、私は走り去っているんだ。

 そうだった。必死で駆け抜けた。マックの助けを受けて、味方の居る支配領域まで必死に進んだ。

 

『決して諦めるな。自分の感覚(センス)を信じろ』

 

 夢、なんかじゃない。記憶の追体験。これはかつて現実に私が見た世界。思い出した。欠けていたピースが埋まったパズルの図面のように、モノクロの世界はRGBの三色が色とりどりの戦場を飾っていく。

 

『この基地からは南南西、大きな川と小高い……越えれ…基地が見える。そこで私…名前を…せ。丁重に…り扱っ…れる』

 

 ひどい。ノイズがひどい。声が、聞こえない。父さんの声が、掠れていく。

 

『生き抜け、アヤカ。私たちの愛しい娘よ』

 

 声は、一際大きなノイズと共に消え去った。

 

 

第十二話 手のひらに残った温もりを

 

 体を起こして窓から空を見る。青い空に白い雲が流れていく。

 どうすればいいのかわからない。

 生きていた。戦火で多くを失った祖父母が遺していくものを守りたかった。

 死んだ。自身は何も遺せず、あっけなく終わった。

 再び生を受けた。悔やみながらも、北條彩夏としてできることをしようと決めた。

 戦ってきた。両親や祖父の遺したものを守ろうと。

 戦い続けた。戦場で出会った大切な、血の繋がらない家族と自身のために。

 絶望に転がり落ちた。手元にはもうほとんど何も残っていない。

 あの日の決意も。大切な友人も。信頼できる仲間も。指先の間から零れ落ちていった。取りこぼしてしまった。

 IS学園に入って、手のひらにはまた何かが乗っていた。

 

 織斑一夏。鈍感で少しバカなところがあって、だけどどこまでも自分に正直なヤツ。私の胸に顔を埋め、ハスハスと香りを楽しむ少年。私に欲情するとはいい度胸だ。今度しばく。

 

 セシリア・オルコット。シルヴィの親友。最初は高飛車なお嬢様かと思った。けれどその根っこは誰よりも優しさでできていた。悪夢を見た日、私を励まそうと紅茶を振舞ってくれた。私の異変を察しても諦めようとせず、立ち直れると激励してくれた。会って一週間と経たぬうちに、既に私は彼女を信用しているんだろう。だけど紅茶はそれほどではない。マックは誰よりも紅茶を淹れるのがうまかった。流石は英国紳士。

 

 篠ノ乃箒。白騎士事件の元凶の妹。父と母の仇の妹であり、今の私のクラスメートにして隣人。今すぐにでも眉間に銃口を突きつけて、篠ノ乃束を呼び出してその目の前で惨たらしく――違う、そうじゃない。

 彼女は関係なんて無い。例え世界に戦火の火種をばら撒いた元凶、その血縁者だとしても、彼女はそんなことは露ほども知らないだろう。

 どうしてこんなことを考える必要がある? どこか頭がおかしくなったのか? 私は友人を道具にするような生き方を教わってはいない。戦場の父や兄姉から、信頼し背中を預けあうことの大切さを教わりこそすれど、そんな人道に背くような思考を叩き込まれたわけではない。

 

 織斑千冬先生。私のISに関する技術の教師。IS戦における戦術理論と戦闘技能の教師。未だ勝てた例が無い。心が折れて腐りきる寸前で、私を引っ張りあげた人。狂い死ぬ寸前にまで陥った私が傷つけてしまった人。傷ついても私を助けようとしてIS学園に無理矢理放り込み、その為にIS委員会にケンカを吹っかけた人。身を挺して私を守ってくれた姿が母と被る人。厳しい人。だけど母のような面影を見せる人。

 

 山田真耶先生。私のISの基礎と知識の教師。ISのいろはと機能の知識をこの人から授かった。適正Sのころは近接戦闘に持ち込んで圧倒できるまでに戦えたが、今では僅差での勝利がギリギリ。普段は小動物系なおっとりとした先生だけど、いざ戦闘となれば常に冷静で客観的に戦況を見据える才女。私は一人っ子だった上、生前は弟しか居なかった”俺”にとっては姉のような人。ドジっ子な姉だけど、どうしてか頼れるお姉さんでもある。

 

 もしかしたらマックはこんな気分だったのだろうか。仲間を失い、新たな仲間を喜び、背中を預け、失い……そんな人生を送ったんだろうか。

 

 私は戦うことが怖い。失うことが怖い。一人になってしまうのが怖い。あのジャングルで孤独な戦いを続けた日々が脳裏に蘇る。

 乾き、飢え、食べられるものはなんでも食べて、使えるものは全て使って生き延びた。肩を並べる友は無く、助けてくれる戦友も無く、励ましてくれる父も居ない孤独な戦場。

 敵を殺した。見つかって銃撃を食らわされた。

 食料を食べた。あたってしまい、死に掛けたこともあった。

 敵に捕まった。初めては守り通せた。初めて少年兵を殺した。

 

『生き抜け』

 

 たった一言、生き残れでもなく、生きろでもなく、生き抜けと。

 自分自身の最善を尽くし、生き延びろ。父はそう言ったのだ。

 いろいろなものを失った。多くの命をこの手にかけた。だけど生きていて、残ったものがある。取りこぼさずに済んだものがある。

 ヴェイド一等兵が残したM1911コルト・ガバメント。手入れは万全。現役のサイドアーム。

 部隊章と准尉の襟章。父がくれた卒業祝い。

 ジョンソン軍曹から預かっていたジッポライターと葉巻。管理は怠っていない。

 サイモン中尉のバラクラバ。頭蓋骨を描いた逸品。被ればまだ硝煙の香りを思い出す。

 シルヴィアのキスの味。頬に残った仄かな温かさは、まだ消えていない。

 

 戦火の記憶の中に、あの日の記憶が蘇る。怒鳴られ、叱られ、励まされ、支えられ、頼られ、戦場の全てを分かち合った仲間との記憶。

 彼らの教えは? この胸の中に。

 彼らの悲しみは? この身と共に。

 彼らの喜びは? 記憶の中に。

 彼らの意志は? わたしとともに。

 

「なんだ……そういうことなんだ…」

 

 ふふ、と自然と笑みがこぼれる。ああいけない。戦場を思い出して笑うなんて、ただの狂戦士でしかないだろうに。だけどこの記憶は、失ったこの痛みと得られた喜びは何物にも代えられない。

 枕元に添えるように置かれていた青いリボンを手に取る。重さを感じる。死んでいった彼らの為に戦うことはもうしない。彼らの意志と教えを貫くこと、私の最善を尽くすことこそが彼らへの手向けだ。

 もう父や母の為に生き急ぐような真似はしない。自分自身の満足できる生き方こそが、両親への弔いになるから。

 私を引っ張りあげてくれた、母のような人が居る。

 私を引っ叩いて叱ってくれた、姉のような人が居る。

 シルヴィアが慕っていた親友に出会った。どこまでも真っ直ぐで純真な穢れを知らぬ少年に出会った。不器用ながらも一途な想いを抱く少女に出会った。

 眩しくて明るい日常が始まった。ドタバタとせわしなく青春を生きる少年少女を目にして、心が休まるような気がした。

 

 セシリアに感謝と謝罪をしよう。一方的に遠ざけていたことも謝って、仲直りをしよう。それはきっと、シルヴィアも喜ぶことだろうから。

 戦うことは…まだ怖い。だけどまずはここからはじめよう。きっと、ここから進めそうな気がするから。

 

「…なんで、泣い…て…?」

 

 保健室から眺めた青空は涙で滲んで、だけどそのままの青さを保ったままだ。

 胸が熱くなる。悲しくなどない。嬉し泣きでもない。ただ、安心しただけなんだ。

 

「あ、彩夏ちゃん!? どうしたんですか!」

「……真耶たん先生ですか」

「そっ、それはもういいです! 彩夏ちゃん、どこか痛むの?」

 

 もはや先生としての顔なんてできていない。山田真耶は先生ではなく、ただの真耶たんだ。慌てふためきおどおどとしながら、私の心配をする、ただの真耶さん。

 

「ちょ、ちょっと彩夏ちゃん、もう! いきなり抱きつかないで!」

 

 近寄った真耶さんをぎゅっと抱きしめる。いいにおいがする。あったかい。やわらかくてきもちいい。安らぐ。張り詰めたものが消えていく。

 暗闇に灯った篝火のような安心感。確かな熱を持った火がここにある。

 真耶さんが居る。織斑先生が居る。二人が引き摺ってでも私を前に進めてくれたお陰で、私はまた生きていけるんだと実感できる。

 父が居た。兄が居た。姉が居た。戦場で出会った親友が居た。彼らが居なければ私はどこかで心折れたまま立ち直ることさえできなかっただろう。

 

「……ねえ彩夏ちゃん、どうしたの?」

「…なんでもない」

「本当に?」

「なんでもない!」

「…さっき泣いてたんじゃあ…」

「なんでも、ないの!」

 

 はぁ、とため息が聞こえる。真耶さんの手がそっと頭を撫で、さっきまで早かった鼓動はすぐに落ち着いていく。

 

「がんばったね」

「……っ!」

 

 そっと包み込むような囁き。泣き声さえ忘れて、涙だけが止まらない。

 だけど心に灯ったこの炎は、もう涙で消えたりしないんだから。

 

 

第十三話 山田真耶の見た少女

 

 腕の中で少女が泣く。ベッドに駆け寄るなり、抱きつかれてベッドに押し倒された。今も泣き続けている少女を見る。

 北條彩夏。女も見惚れる黒髪の少女は、私の自慢の、そして初めての教え子。

 

 第一印象は”恐ろしい”というものだった。何が恐ろしいのかって? 決まっている。この少女が優しすぎることが恐ろしかった。その優しさは狂人のものとさえ感じられた。

 何も遺せないまま死んで欲しくない。死んだ人がせめて安らかに眠れるように、彼らが遺したものを守っていきたい。そう語った少女の瞳はどこか遠くを見つめていた。

 誰かを一心に想い続けることはそうできるものじゃない。愛する人を想い続けるのは、それ自体はとても素晴らしいことだと思える。けれど彼女の場合は、ひどく捻じ曲がった恋慕のような感情だった。

 死んだ両親、死んだ祖父のため。うら若い少女が届かぬ恋に身を焦がすように、彼女は周囲の大切な人や物を思ってその身を焦がしていた。割り切れないまま、引き摺ったまま、自らを省みないままに。

 

 けれどその一点を除けば北條彩夏は普通の少女だった。

 特別頭がいいわけでも、運動ができるわけでもない、普通の少女。ただ、IS適正だけは常人を遥かに上回っていただけ。

 

 ISの基礎を教える内に、真耶たんと呼ばれるようになった。曰く、先生がかわいいからイケナイ、らしい。

 自然とお互い笑って、遊んだりショッピングをしたりするようにもなった。年の離れた妹ができた。彩夏も”姉妹って、こういう感じなのかな”と言っていた。

 

 人はこんなにも変わるものなのかと思い知った。思い知らされた。

 ”出向先”から戻った彼女はさながら死人のようだった。やせ細ったみすぼらしい姿を今でも覚えている。黒髪はストレスで傷み、あちこちに傷を負っていた。もちろん心にも。

 何かが憑いたようにルーチンワークをこなす姿。無心でたからものを手入れする姿。時折つぶやく意味不明の会話。ジョン、マック、シルヴィア、ヴェイド、ライリー、ジョンソン、ペレス、エミリー……名前は様々だった。

 私や織斑先輩の声は届かない。だけど彼らの無言の声は、彼女にだけ届いていた。

 

 死んでしまったならまだ諦めがついたかもしれない。物言わぬ亡骸になった彩夏を想像し、自身の抱いた忌まわしい妄想に恐怖した。だけど、彩夏は生きている。心を失ってなお、少女はまだ最後の一線を越えてはいないのだと気づけた。

 プレゼント箱はパンドラの箱だった。その中には彼女を決定的にへし折るだけのものが存在した。実際に彩夏は死の淵に足を踏み入れてしまった。けれど箱の底に残っていた僅かな希望を手に、私と織斑先輩は彼女を黄泉から掬い上げることができた。

 

 自らの命を絶つことはしなくなった。少しだけ感情が戻ってきた。すぐにネガティブな思考に陥り、情緒不安定なままではあったけれど、受け答えははっきりとしてきた。おずおずと甘えてくるときもあったし、立ち直りつつはあった。ただ、彼女の心の型だけは定まらないままになっていた。

 どうすれば立ち直れるのかと織斑先輩と試行錯誤する中で、彩夏がちらちらとISの本を眺めたりするのを見て、もしかしたらと思いIS学園に入れてみてはどうかと提案した。

 

 入試と称した実弾戦闘。彼女の心的外傷を抉るような方法。最初は引き金を引くことすらできず追い立てられ、無様に逃げるだけしかできなかった。小さな悲鳴をあげ、震える手足を必死に動かして避け続ける。かつては私を圧倒したことさえあった教え子が、こんな痛ましい姿を晒す。それ以上に彼女を立ち直らせることができない自分が悔しかった。

 

「起きなさい!」

 

 リヴァイヴの通信越しに怒鳴りつけた。私らしくもない方法だと思いながらも、叫ばずにはいられなかった。

 案の定、彩夏は”ひっ”と恐怖の表情に顔を歪めた。

 

「そんな有様で何を守るんですか? こんなもので終わりにする気ですか!?」

 

 彼女は何も言い返さない。視線は右手のライフルに向けたまま、悔しさに涙しながら苦い顔をしたままだった。

 

「彩夏! 貴女は守りたいといいましたね。でしたらまずは一つ守ってみせなさい! 私を倒しなさい! 私の初めての教え子として、私のセンセイとしての矜持を守りなさい!」

 

 ぐっ、と彩夏が立ち上がる。

 

「さあ……来なさいっ!」

 

 きっと彩夏は脳裏にフラッシュバックする絶望に立ち向かっている。一度は自身が挫け、心をへし折られた非情な現実。失う恐怖と孤独の絶望感に、今一度向かい合っていた。

 銃を握り締める手は指先を動かすことにも一苦労し、忌々しげに口元を歪ませていた。

 どうすればいいのか迷いながらも、涙を払い立ち上がる。その姿が、今も目に焼きついたままだ。

 

「……まるで姉妹だな。似てない姉妹」

「先輩…どうかしましたか?」

「もう放課後ですよ山田セ・ン・セ・イ」

「すっ、すみません! 織斑先生!」

 

 気づけば空は黄昏に染まり、彩夏ちゃんはすやすやと胸の中で眠っていた。涙の痕を見て、どれだけ泣いたのかがわかる。今まで行き場を失ってた分が怒涛の勢いで流れ出たのだと思う。

 やっと受け止められた。私の大切な妹を、失わずに済んだ。こうやって安らぎを感じるのは久しぶりかもしれない。

 

「大きな子供だな」

「子供ですよ。まだ十六の子供なんです」

「……立ち直れた、と思いますか? 山田先生」

「きっと大丈夫ですよ。織斑先生」

 

 安らかな寝顔には涙の痕が残ったまま。だけどその寝顔は少し微笑んでいるようで。

 

「…かわいい寝顔です」

 

 無性にそのほっぺたをつついてみたくなる。

 

 

第十四話 スピリット オブ ファイア

 

「はぁー、もう夜だし…」

 

 四月上旬とはいえ、日没はすぐにでもやってくる。ましてや放課後まで寝ていたのだから、授業が全て終わった後となれば既に十六時を過ぎている。よく眠れたのは確かだけど、ここまで寝る必要はなかったかもしれない。既に夜も更け、十九時を過ぎた。廊下に人の姿も影もなく、ただ風音が聞こえるだけの道がまっすぐに続いている。

 

「…やっぱり恥ずかしい。真耶さんの前であんなになるなんて…」

 

 感極まったとはいえ、少しばかり甘えすぎだったかもしれない。だけど真耶さんも織斑先生も妙にほっこりとした顔であったのはどうしてなのか。織斑先生は普段どおりのピシッと決まったクールビューティーのままだろうけど、真耶さんはきっと明日もにやけ面のままかもしれない。

 

「それに言い訳も考えてなかった…!」

 

 セシリアにどう言ったものか。きっと問い詰められるだろうことは目に見えている。なんであんな真似をしたのか云々という質問は確実に飛んでくる。

 まだ大丈夫だ。精神的には落ち着いている、はず。少なくともあの日の悲劇を夢に見ることはなかった。彼らの存命の頃の夢を見て泣いてしまってはいたけれど、ぽっかりと抜け落ちた心の中にストンと何かが落とし込まれたような気分。少しの違和感を覚えたけれど、以前のような寂しさは感じない。自然とその違和感も消えていくだろう。

 

「…セシリアに正面から向き合えるかどうか、だけど」

 

 やはり全てを話すことはできない。自身の中でもまだ重い枷のままになっているんだから、それをおいそれと他者に伝えることは悪手だ。少なくともセシリアは彼女の、シルヴィアの生存を信じている。それを叩き折る事実を、未だ覚束ない足取りで立ち直ったばかりである私では伝えられない。

 

「覚悟は決めないといけないんだろうけど……どう、どのタイミングで伝えればいいのか…」

 

 ぽん、と右肩に重みがかかる。その手を払いのけて振り向きざまに右胸のシースに収めたナイフに手をかけ、右手は腰のホルスターに収まているガバメントを引き抜く。

 白い指先、青い瞳、先がカールしたストレートのブロンドの髪。青いヘッドドレスの少女。背格好は私と同じくらい。

 …どう見ても敵じゃあない。セシリア・オルコット。私の、友人。

 

「ちょっ!? お待ちください、彩夏さん! 私です!」

「はぁ……セシリア…。驚かさないでよ…」

「驚いたのはこちらのほうです。いきなりそんな風に警戒をされては困りますわ」

「ごめんなさい。少しばかり気が立ってたみたい…」

 

 危うく流血沙汰になるところだった。敵の気配を嗅ぎ分けることさえできなくなったとでもいうのか。鈍ってる。ISにしてもそうだけれど、欠かさずトレーニングを積んできた戦闘訓練でも、実戦で得られた感覚というものまでは補えないらしい。

 

「…と、そういえばどうしてセシリアがここに?」

「ど、どうして、ですって?」

 

 むっ、と顔をしかめ、セシリアが不機嫌そうなオーラを発し始める。

 

「夕方には戻る、と織斑先生から聞いていたのに、まっっったく戻ってこないルームメイトを探して! こんな夜分に校舎を捜索していたのですけれど!?」

 

 セシリアは大仰な身振りでビシッと私を指差し、あたかも某ゲームの判事だったか弁護士だったかのような勢いで私に詰め寄る。

 ……確かに夕方には戻れと言われた覚えはある。まあ、つまり忘れていたわけだけども。

 

「ごめんなさい…! すっかり忘れてた…」

「わっ、忘れてたですって!? 織斑先生に問い合わせても”もう部屋に戻らせた”と聞かされて心配して飛び出して来てみればド忘れしていてそのままほっつき歩いているだなんて信じられませんわ! 大体貴女は試合で負傷した怪我人なのですから! そのような心配をかける真似を謹んで戴かなければ周囲の人が困りますのよ! 織斑先生や山田先生も心配して探しておられるというのに! 彩夏さんが他人のことを気遣うのは構いせんけれど、もっと自分を労ってくださらないかしら?」

「返す言葉もございません…!」

「わかったのでしたら、さっさとお部屋に戻りますわよ。これ以上フラフラと歩き回られてはココの具合が心配ですわ」

 

 とん、とセシリアは指先で私の額をつつく。私を小馬鹿にするような仕草だけど、顔はずっと面白いものを見れたと言わんばかりに笑みを浮かべたままだ。

 

「軽めですけれど、食事も用意してありますわ。きっと何も食べていないでしょうから、食堂で作ってもらいましたのよ」

「ありがとう! ずっと寝てたからお腹が減って仕方なくって」

「いっぱい食べる彩夏さんには少し物足りないかもしれませんけどね」

「……私は平均的な食事量です!」

「ふふっ、いっぱい食べる彩夏さんも私は好きですわ」

「私はハラペコ押しのキャラじゃないんだから、やめてください」

「でも、甘いものは別ですのよね?」

「とーぜん! さっさと部屋に戻りますよ!」

 

 さあ、甘味が私を待っている!

 

 

「あー、幸せ…」

「うふふ、彩夏さん……少し緩みすぎですわよ」

「人類は甘味に勝てない。それが真理です」

「真理かどうかはともかく、彩夏さんには効果覿面ですのね」

 

 品数は少ないながらも焼き魚に漬物、それに白いご飯とお吸い物の定食がそこにあった。

 そして食後には葛餅。なかなかのチョイスである。就寝前の甘いもの、とはいえカロリーの摂り過ぎはお腹に余計なものを備える原因になる。黒蜜ときな粉の分量には要注意。こいつは少量でもかなりのカロリーを備えている。ヘルシーそうな見た目とは裏腹に、意外と高カロリーなのである。

 

「んふふー! やっぱりおいしいっ!」

 

 わかっていても負けてしまうときがある。人間にはどうやっても抗えない欲求がある。三大欲求が存在するように、私は甘味に対する欲求に逆らえない。心は既に屈服してしまったのだ。

 だから、私は悪くない。

 

「以前にまして生き生きとしてますわね」

「……そうかなぁ?」

「ええ、それはもう雲泥の差ですわ」

「大して変わらないと思うんですけど…」

「いいえ。まったく違いますわ」

 

 青い瞳が私を見る。ぞくり、と心が底冷えするような眼差し。葛餅を食べる手を思わず止めて、私は楊枝を皿の上に置く。

 

「彩夏さん。少し前の貴女がどんな人間だったかわかりますか? 必死に何かを押し殺して、今にも崩れそうな足場に恐怖して、それでも自分は大丈夫だと気丈に振舞っている少女でした。切り貼りしたような表情は、貴女の生気をあまり感じなかったのです。きっと初対面の人や友人程度ならば誤魔化せたかもしれません。ですが私は、貴女と寝食を共にするルームメイトです。あの夜の貴女を見ていなくとも、気づくのは時間の問題だったでしょう」

「……私、そんな風に見えてたんだね…」

「ええ。けれど、そう、今はもう以前のような感じではありませんわ。ありのままの彩夏さんだと、そのまま素直に信じられます。好きなものを好きと言い、やりたいことをやる。貴女の持つ自然体の姿だと思いますわ。何がきっかけなのかはわかりませんけれど、貴女は少し変わったんだと思います」

 

 そう。私は前に進むと決めた。未だにISに乗る理由は見つけられないままだし、何ができるのか、何をすべきなのかも掴めないままだけど、それでも答えを探すために進むと決めた。私の意志で、彼らの教えを胸に、私らしく。

 

「セシリア」

 

 だから伝えよう。精一杯の感謝と謝罪と喜びを込めて、彼女に捧げよう。

 

「ごめんなさい。私はまだ、私自身の後ろ暗いものを打ち明けられるような勇気がない。正直なことを言えば、これは私が墓場にまで持っていくつもりのものだから」

「……辛いもの、なのでしょうね。きっと聞く側にとっても」

 

 私はただ小さく頷く。あの事件の詳細は国家機密に等しい。非正規部隊を編成してまで行われた謎のISの調査。家族には死亡さえ知らされないまま、MIA扱いのままに時間が過ぎ、忘れられたころに死亡したものとして彼らは扱われるのだ。生き残ったとしても軟禁され、そして事件に関して口外することを禁じられる。破ればどうなるかなど容易く想像がつく。どこか地球の片隅で、謎の死体が一つ出来上がるだろう。

 今の私が政府からの束縛を逃れられているのは偏に織斑先生のお陰だ。先生の根回しに加え、IS学園という治外法権の地に私を放り込むことで、どうにか難を逃れたわけだ。

 

「だけど、セシリアにだけは……伝えなければいけない。ううん、絶対に伝えたいことがあるの。まだ覚悟が決まらない今は話せないけど、必ず話すから」

「わかりました…私も心構えをしてお待ちしていますわ」

「…ありがとう。セシリアが居てくれて、本当によかった」

「……ふふっ。どういたしまして、彩夏」

 

 にっこりと、私が今まで見たこともないような微笑み。

 きっと、彼女も自分のありのままの姿を見せられなかったんだろう。どこかよそよそしい私に、無意識に警戒していたのかもしれない。

 けれどもう、私は彼女を疑いはしない。私の、私らしい言葉で、私の意志で向き合おう。

 

「こんな私だけど、これからも友達で居てほしいんです。セシリア」

「こちらこそよろしくお願いしますわ。彩夏」

 

 テーブルごしに、堅い握手が交わされる。そこには確かな熱を感じる。この手が離れても、この炎のような温かさは消えることはないだろう。

 シルヴィア。やっぱり私と彼女は、気が合うみたいだ。

 

 

 そうして始まった学生生活。日が経つのが早いと感じるのは見た目異常に精神が歳を経ているからかもしれないけれど、学校の授業というもののせわしなさに戸惑っているためだと思う。

 ISの扱いの初歩の初歩。ISが稼動する原理や動かし方の基礎を教えるのは山田真耶先生。つまりここしばらくは真耶さんが主役なのですごく保養になる。

 織斑先生は主にISの実技、及びそれに伴うトレーニングなど身体面での教育が主たるもので、基礎をしっかりと学ぶ時期である一学期はISそのものを用いた授業は少ない。授業数では少ないものの、密度と緊張感は飛びぬけている。身内が常に授業を、私の動きや仕草を見ているのだから、緊張しないほうがおかしいのだ。

 クラス代表は織斑一夏がすることになった。おおよその推測通りな展開ではあったと思う。ただクラス代表就任パーティーなるものが開催され、甘いものがたくさん並んだという。私は念のための検査入院で二日もつぶれたというのに…!

 桜が散り、青い葉が揃った四月後半にさしかかろうとしているころ。初夏の風がほんの少し感じられるようになって、遂にISの実機を用いた授業が明日行われる。

 ホームルームを終えてクラスメートたちは所属する部活のメンバーと部室へ向かったり、友人とおしゃべりしながら帰り支度を始めている。

 

「くっ……自分だけ甘味を楽しむなどと…」

「彩夏、まだそれを引き摺るのか?」

「箒はくやしいと思わないの!? 自分だけ美味しい甘いものを食べ損ねてしまうなんて、悔恨の極みもいいところです!」

「まあまあ落ち着けよ。もし今度の日曜が開いてるんなら、今度レゾナンスのスイーツ食べ放題の店に一緒に行こうぜ」

「さらっとデートのお誘いですか。いいですよ。一夏の所望するホテルまでは付き合えませんけど、スイーツ食べ放題くらいならウェルカムですよ!」

「一夏アァッ!」

「所望してないっ! 危ないから木刀振るな! あとなんでホテルに泊まるなんて話になってんだよ!」

 

 白刃取りなんて初めて見た。ギャグコメディくらいでしか見れないと思っていたんだけど…。

 

「からかうとおもしろそうだと思っただけで…」

「やめろ! 俺を死なせる気か!?」

 

 そんな見事な白刃取りの態勢で言われても説得力がない。それに一夏はしぶとそうだし。

 

「大体箒もなんでそこまで怒ってんだよ! しかもスイーツ食べるだけでホテルに行くって、どんだけ高価なお菓子食べるんだよ!?」

「ねえ、箒」

「な、なんだ…!?」

「こんな一夏で、将来大丈夫?」

「だっ、大丈夫だ!! きっと! た、多分……大丈夫、のはず…」

「多分なのかよ!」

 

 やっぱりおもしろい。これだから箒を煽って何も理解できていない一夏をからかうのはやめられない!

 とはいえこれ以上はやはり不憫。ここまでにしておこう。

 

「そういえばようやく実機の授業……鈍った分を取り返さないと」

「確か、彩夏って専用機は持ってないんだよな?」

「まあね。弘法筆を選ばず、って言うほど腕が立つわけじゃないけど、代表候補になるまでにいろいろ乗ってきたから現行のISのほとんどは操縦できるんですよ」

 

 現行機のほとんどは大型の装備や装甲・シールドの類を装備しており、それらが等身大の人間サイズで装備されているあの天使とは扱い方が違う。

 回避一つにしても差が生まれるし、武装も現行機より一回り小さなライフルやマシンガンを携行する。性能で言えば現行機よりも上を行くが、あくまで現行機は第二世代。少なくとも第三世代とはどっこいというところだが、パワーの面で言えば一部の機体相手ならば劣っている。

 大型の火器を多く扱うことはできないし、少なくとも対IS以上の使用用途に、特に広範囲に対する制圧攻撃や対多数の戦闘に於いては明らかに不利である。

 それでもサイズダウンしつつ新鋭機に追いすがる性能があるだけ、十分にプロジェクトは成果を得ているわけではあるのだけれど。

 

「私も剣を振って十年にはなるが、経験豊富というのはこういうことを言うんだろうな」

「…本当に同じ高校生なのか?」

 

 一夏と箒は感心したような表情で私を見る。しかしなんだその目は。まるで私がサバを読んでいるのではないかとでも言いたげな目は。

 

「とりあえず一夏、いっぺん死んでみます?」

「そうだな。とりあえず一夏は一度死ね」

「理不尽だ!」

 

 一夏クン、私は歴とした十六歳(ただし精神年齢三十路越え)なんだからそんなこと言っちゃイケナイよね。

 それにしても、何もかもが懐かしく感じる。”俺”にもかつてこんな時代があったんだと思い返す。

 仲のいい友人とバカなことをやって大笑いした。初恋の相手に告白して、回答ももらえないままで苦い思いをした。友人とくだらないケンカで三日間口をきかなかったりした。一緒に樽酒を浴びるように飲んで、ブッ倒れた後輩の介抱もした。卒業論文の提出期限にインフルエンザに罹って、朦朧となりながら提出したこともあった。

 ……今度はもう少し自制して学生生活を送ろう。

 

「アヤカ、一夏さん、こちらにいらしたのですか」

「…セシリア? どうしたの?」

 

 ばつの悪そうな様子でこちらを見るセシリア。どうにも言い出しにくい内容なのか、言葉はまだ出ない。

 

「実は、織斑先生から第三アリーナに二人を呼ぶように言われまして……その、何か、険しい表情だったので…」

「…私は何もしてないです。これっぽちも心当たりがありません。きっと一夏のせいだね」

「俺に擦り付けんなって。大体俺も問題なんて…」

「一夏、教科書を間違えて捨てたのはどこの誰だ?」

「うぐっ」

「箒の裸体と私の下着姿で興奮してたのはどこの誰でしょうね?」

「ぐはっ!」

「あの、箒さんもアヤカも、もうそのあたりでいいのでは…?」

 

 さすがのセシリアも一夏のトラウマ(ご褒美も混じってるけど)を抉るのを見て不憫に思っているらしい。

 

「しかし一夏にも心当たりがないのなら、ますますわからないんですよね。何か問題を起こしたわけでもなし、ましてや補習授業は真耶姉さんが受け持っていますし」

「先生はとにかく呼んで来いの一点張りで……申し訳ありませんわ」

「まっ、とりあえず行ってみるか。千冬姉がカンカンになっちまう前にさ」

「…だね。出席簿を脳天に喰らいたくはないですし」

 

 そんな流れの外に、うずうずと何かを言いたそうに、しかし言い出せなくて悶える少女が一人居る。どうやら一夏が呼び出されたのが気になるみたいだけど…まあいいか。

 

「箒、私と一夏と、一緒に怒られにいきません?」

「だっ、誰が自ら好んで叱られに行くものか!」

「まあまあ、気を失った私に一夏が手を出さないか見張ってくれればいいだけですから」

「……た、確かにそれは重要だ! 一夏は前科持ちなのだからしっかり私が手綱を握らなければな!」

「俺はペット扱いですか、そうですか…」

 

 手綱どころか手を握って引き摺りながら箒はすたこらさっさと歩き出した。

 ……不器用な接し方になるのはわかる。”俺”も高校や中学の時は好きな女の子の前ではうまく会話することもできなかったから。

 

「……一体何と耳打ちしたんですの?」

「さあね」

 

 気になるのはわかるけど、そう睨まないでおくれよマイフレンド。

 

 

 第三アリーナのピット内には一機のラファール・リヴァイブが鎮座していた。

 しかしよく見るとただのリヴァイヴというわけではない。背面のスラスターの形状、シールドが一枚しかない点、そしてそれに付随するグレー・スケールの有無。…つまりこいつはラファールの上位機種、ラファール・リヴァイヴのカスタムタイプというわけだ。

 ガンメタルの装甲が放つ鈍い輝きが、左腕に備えた武装をより凶暴に見せている。さながら地を這う狼のような威圧感。オールドと甘く見れば一撃で葬られるぞ、と無言の警告を投げかけているようにも見える。

 

「専用機、ですか」

「違うな。あくまで仕様の変更と機体の継続利用が認められたというだけだが」

「つまり、常時利用はできないと」

「そうなるな。あくまで学園に配備されたラファール・リヴァイヴのうち一機をお前に合わせた仕様と装備に換装して利用できるようになる、というだけだ。所有権はIS学園にあり、この機体の利用は学園内及び学園行事や授業における利用、それと非常事態や整備期間のみとなる」

 

 スペックデータはおおよそ通常のラファール・リヴァイヴと大差ない。だが機能を拡張するパッケージやそれに付随する装備類を使用できるため、通常の機体とは利便性が違う。

 リヴァイヴの魅力はオールラウンダーな性能でも、カスタムタイプのパッケージによる特化機能の付与でもない。

 自身に見合う最適のスタイル、武装や機能に自由度の高い選択肢があることが重要だ。武装一つとっても他機種との互換性を考えれば実に二十種以上、更にパッケージ専用装備などを含めればもっと増える。

 他にもECMやチャフ、フレア、デコイなど敵を撹乱することを目的とした装備を考えると正に十人十色の戦闘スタイルができあがるわけだ。

 多彩な武装をラピッド・スイッチで次々繰り出すこともできる。電子戦装備で索敵や狙撃に徹することもできる。どこかのバカみたいに対物ライフルを装備したまま高速機動戦闘からの近接強襲なんて荒業さえできる。

 つまるところ、どんな要求にも応えられるその引き出しの多さが魅力なのだ。

 

「で、千冬姉……じゃない織斑先生。なんで俺まで呼ばれたんですか?」

「簡単な話だ。こいつのテストと慣らしのためだ。それにまだお前は北條と戦ったことがないだろう? お前が少しでも経験を積みたいなら、北條に胸を借りるつもりでぶつかってみればいい」

「……む、胸を借りる…」

 

 あかん。それ、NGワード。

 

「フンッ!」

「うわぁぁぁぁぁ!」

「一夏ぁぁぁ!!!」

 

 吹っ飛んだ。人間の体が、まるで車に撥ねられたような軌道で五メートルは吹き飛んだ。

 一体どうなっているんだこの世界の人間は! ええい、アニメやマンガじゃないんだぞ!?

 

「…何があったのかは聞かないが、また愚弟がやらかしたのだろうな」

 

 織斑の姉上は既に諦観の境地に到ってしまっている。その前に一夏の心配すらも入らないあたり、もう手遅れなのかもしれない。

 

「まあいい。阿呆が目を覚ますのを待ってから演習を開始するぞ。彩夏、今すぐにでも戦えるな?」

「本当に今すぐやるんですか…?」

「常在戦場。お前はそんなことも忘れたか? ISに乗るということはそういうことだと言ったはずだが」

「それ、は」

 

 確かに、それは心得ろと最初に教えられたことだ。専用のISを持つということは一つの軍団に相当する戦力を個人が持つのと同義だ。故に、その操縦者と周囲の人間は常に敵から狙われる。いつ、どこで戦闘になってもおかしくなどない。そもそも戦闘すら起こらないかもしれない。世の中には暗殺を請け負う組織なんていくらでもいるのだ。

 戦場の家族から学んできた、かつてのあの日の自分を思い出せ。移動中の襲撃なぞ日常茶飯事だったじゃないか。夜襲に奇襲、トラップに人質まで、様々な戦場を見てきたはずだろう。

 

「わかりました」

 

 そうだ、腹を決めろ。ここは日本国内だけど、いつ戦場になったっておかしくない。各国の重要人物が訪れることもある、世界のパワーバランスを象徴する学園なのだ。

 テロの可能性もある。組織的な決起が起きる可能性もある。はたまた国家レベルの戦力がここを襲う可能性もある。

 思い出せ。周囲に気を配れ。いかなる些細な変化も見逃さず、常に冷静に障害を排除する冷徹さを備えろ。戦場の空気を、死の気配を嗅ぎ取るあの本能を再び目覚めさせろ。

 

「……彩夏、お前のその力は歴とした自身の力だ。恥じる必要などない。お前が今まで積み上げてきた全てだ。自分のあり方を貫いていけばいい」

「はい、先生」

 

 後押ししてくれる先人が居て、助けてくれる友人が居るのだ。まずはこの素晴らしい二度目の生に感謝し、そして死んでいった彼らに祈りを捧げよう。この指で引き金を、弔砲を放とう。

 それはきっと、私の二度目のスタートを告げるものでもあるのだから。

 

「さあ、行くよ…相棒」

 

 制服を脱いでISに身を委ねる。セシリアとの模擬戦のときとは違う。使い慣れた銃を握るように全身装甲のISを身に纏う。調整がまだ十全でない分、多少の鈍さはあるが動くことに支障は無い。腕を、足を、胴体を、そして首周りまでを覆う黒の防護スーツが展開され、その上に薄手ながらも装甲が付加される。

 装備はグレー・スケールにアサルトライフルと大型カノン砲、更に近接戦用のショットガンに近接ブレード。こちらは豊富な武装と容量に余裕のあるリヴァイヴだが装甲はノーマルなので平均程度。対する一夏の機体は近接主体で装甲も厚い。その上瞬間的な加速力で言えば平均的な高機動型のIS以上。オマケに乗り手は腕が錆付いたとはいえ剣の心得のある人間だ。一瞬でも気を抜けば即座に詰め寄られて一薙ぎで切り捨てられかねない。

 ここはやはり搦め手、だろうか。近寄られた際の防御面を考えて剛性の高い打鉄のブレードと、ナイフを一振り。ブレードはそのまま左盾の裏のグレー・スケールがあった場所に配置し、ナイフは腰の後ろ部分のハードポイントに装備。グレネードランチャーとフラッシュバン、予備のハンドガン二丁を格納し、マスターキー装備のアサルトライフルを手に取る。

 ……ちらりとGAU-8なんて文字が見えた気がする。砲戦パッケージの盾の裏に2門ずつ備えて、30mmのタングステンの雨……やばい、濡れそう…。

 

「アホなこと言ってないでさっさと決めろ!」

「はうっ!」

「織斑先生! 今、絶対防御の上から貫通していたのでは…?」

「命に別状の無い出席簿程度で発動してたまるか! セシリア、貴様も余計なことを言ってないでさっさと戦闘のモニター準備をしておけ!」

「いたっ!」

 

 …シールドエネルギーが若干減っているのは気のせいだ。きっと、気のせいだ。

 

「…装備は整ったか?」

「はい」

「では、心構えのほうは?」

「……正直、まだISに乗る理由は見つかりません。でも、どうにかやれる気がします」

「急くな。急がば回れ、だぞ北條彩夏。気力を取り戻したことは結構だが、空回りは許さん。今のお前にできることから少しずつ進んでいけばいい。……さあ、行ってこい!」

「…了解!」

 

 できることをする。言うのは容易いけれど、なんとも無茶なお題目だと思う。けれどやってやれないことはない、と思える。

 今までには無いほどに視界が冴えてくるようだ。感覚が冴えている、というのか。まるで温まったエンジンのような心臓の鼓動までもが聞こえる。

 

「CORAL3、出撃します!」

 

 炉心の火が、爆ぜる。

 

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