きゃすたー(7mg)の雑多なネタ倉庫   作:きゃすたー(7mg)

11 / 39
チラ裏投稿の作品の原型2

 

 

第十五話 自らの意思

 

 黒のリヴァイヴが彩夏の専用機……みたいなものらしい。アリーナをぐるぐると旋回する中に、白式と共にカタパルトから打ち出される。

 ぐっとかかる衝撃を堪えて、観客の居ないアリーナの空で待つリヴァイヴに併走する。

 

「彩夏、お手柔らかに頼むぜ」

「一夏も、怪我しないようにね」

「そっちこそ、舐めてかかると痛い目見るぞ?」

「ふふ、いい気迫だけど……どうかな」

 

 こいつの実力はわからない。だけど初心者の俺とは違う、戦いを知る強いヤツ。セシリアは俺と戦った時、どう見たって実力を隠して戦っていた。最後のほうはどうにか食いつくことができたけれど、あれは白式の一次移行と動揺の隙をつけたからだ。それに勝てたわけでもない。

 一度やりあったからわかる。セシリアの全力はビットの使用だけじゃない。ビットを織り交ぜて敵を囲い、撹乱しつつ追い立てて仕留める。狩人のような現実的で理知的な戦い方だ。

 そしてその戦い方で代表候補の彩夏を追い詰め、勝利を手にするところにまでいっていた。最後は彩夏の捨て身の一撃で引き分けに持ち込まれたけれど、その実力は俺なんかを軽く圧倒している。

 なら、彩夏の実力はどうなんだ?

 第三世代のブルー・ティアーズを相手に、第二世代のISで、特殊な武器や装備も無しに引き分けに持ち込んだアイツの実力は?

 

「一夏、私もそれなりに頑張ってみる」

「……それって」

「押し倒された分のお返しってワケですよ!」

 

 銃口が向けられる。

 

「うわ! あぶねっ!」

「さあ、気合入れて来なければコテンパンに伸してしまいますよ」

「……上等っ!」

 

 やる気だ。いいぜ、こっちだってタダでやられてやる気はない!

 

「開始まであと五秒。お互いの距離が2000になるまで離れろ」

「一夏さん、今回は私がモニターいたしますわ。頑張ってくださいね」

「セシリア……わかった。サポート頼む!」

「試合開始!」

 

 開始を告げるブザー。と、同時にロックオン警告が表示される。

 

「ぬおっ!」

「さすがに避けるね」

「この距離だしな!」

 

 ライフルを構え、彩夏は右に左に移動しつつ接近してくる。時折バースト射撃で仕掛けてくるけど、当てるためというよりかはこちらを動かすための牽制射撃。

 

「いくぜ!」

「っと、危ないですね」

 

 瞬時加速し、距離を詰めてマシンガンをばらまく。弾幕を警戒して、彩夏は即座に大きく右へブースト。一度姿勢を立て直そうとしても、そうはさせない。

 向きを変えて瞬時加速。一気に距離を詰めて片手で袈裟切りを放つ。

 

「おらあっ!」

「さすがに速い!」

 

 ギャリッ、と金属のぶつかり合う音。見れば既に彩夏の左手には一振りのナイフがあった。

 ナイフでブレードを受け止めるなんて、そう簡単にできるようなことじゃないだろ!

 

「高速切替……いつの間にやったんだよ!」

「そんなのしてないですよっと!」

 

 組み合った姿勢からナイフをずらすことでこちらが放った太刀筋が逸れる。 

 

「せいっ!」

「ぐっ!」

 

 首筋に走る鉛色の軌跡。シールドでどうにか弾けたものの、これが生身だったなら今頃死んでいた。

 

「ほらほら止まってたらダメだよー?」

「うっ、こ…のっ!」

 

 ナイフの軌跡が次々と走る。間接、腹、動脈が近い部分、寸分違わずに閃光のような軌跡が尾を引いて走る。シールドは次々に削られていく。少しずつ、だけど確実にこの命に届こうとしている。

 だめだ! 弱気になるな! 絶対防御だってあるんだから死にはしない! 動け!

 

「くっ…のおりゃああ!」

「甘いよっ!」

 

 二度目の薙ぎも紙一重で回避される。その瞬間、目が合う。

 鋭い眼光を放つ双眸。きり、と引き締まった凛々しい表情。どくん、と波打つように心臓の鼓動が聞こえる。

 それを見たのはいつだったか、野生のオオカミの眼を思い出す。獣のような荒々しい、だけどとても自然体でスマートな印象を与える、神秘的な感覚。

 黒い鎧と風になびく黒髪のその女の子に、釘付けになる。

 

「……千冬姉? ちっ!?」

 

 気づけば、ナイフの先端が視界をさえぎった。逆手に持ち替えて振り下ろされたナイフを寸でのところで避けきると、マシンガンを向ける。

 

「一夏さん、逃げてください!」

「ぐわっ!」

 

 全身に打ち付けるような衝撃。見ればエネルギーが削り落とされている。視線の先にはアサルトライフルを構えた黒いリヴァイヴ。その左手は銃口の下にある、一回り大きな砲口に添えられている。

 

「それ、ショットガン…かよ」

「マスターキー、なんて呼ばれてますよ。ショットガンって扉の鍵を壊すのに便利なんです」

「物騒なキーだことで!」

 

 すかさず二射目が発射されるよりも前に回避する。小型とはいえ、これだけ近けりゃどうやってもダメージはもらっちまう。

 

「距離が近けりゃショットガン、遠ければライフルか……どうすっかな」

「一夏さん、アヤカは高速切替も得手としています。仮に隙を突いて懐に飛び込んだとしても即座に迎撃の手を打ってくるはずですわ」

「じゃあどうしろって言うんだ!」

「リロードのタイミングを見るほかありませんわね。火薬の爆発などで推進力を持たせた弾頭を射出するわけですから、当然マガジンの交換を行わなければいけませんわ。そしてその瞬間はかならず無防備になってしまいます」

「でもショットガンはどうする?」

「マスターキーはあくまで補助火器です。アヤカは奥の手を用意していることでしょうけれど、近接ブレードは眼に見える位置に既に装備されていますから、これはブラフと見るべきでしょう。もちろん場合によっては引き抜くかもしれませんが」

「なるほど。つまり、どういうことだ?」

「ある程度の損害は覚悟で突っ込むしかない、ということですわ。シールドに対して実弾兵器の与えるダメージはレーザーやビーム兵器に比べれば劣るものですが、チリも積もればなんとやら。先日の私との対戦でも偏差射撃や高速切替を用いた銃撃でやりあっていたのですから、アヤカの射撃の腕は相当のものですわ。おそらく、ヴァルキリー相手にも通用するほどに」

「それほどに、かよ」

 

 息を呑む。千冬姉が惚れ込むのも、そういうことなのか。

 あの時、セシリアとの対戦で彩夏が気を失ったときに見せた表情。引き分けだったというのに、どこか誇らしげで、だけどちょっとあきれたような顔だった。

 今までに見たことがなかった。あいつは俺の知らない千冬姉の顔を知ってるのか。あんな風に優しげに笑って自分を見てくれているのか。

 

「アヤカの小型ブレードとショットガンはおそらく見せ札ですわ。接近か離脱かの二択を選ばせるように見えて、その実離脱の一択に誘導するためのもの。アヤカは射撃に寄っているとはいえ近接もこなせるオールラウンダー。幸い一夏さんはマシンガンです、やりようはありますわ」

「そいつは、おっと……! どうすりゃいい…ぐうっ!」

 

 回避しながらの作戦会議ってはほんと面倒だな!

 

「簡単ですわ。ライフルは中距離から遠距離、そしてショットガンは至近距離での対応のためのものです。ライフルで撃つには近くて、けれどショットガンで対応しようにも距離があって効果が薄い……その間合いからマシンガンをばら撒きつつ近接を狙うというのが常道でしょうか。こちらはいつでも斬り込めるぞとプレッシャーをかけつつ、牽制も兼ねてマシンガンを当てて削るほうがいいでしょう」

「やるっきゃねえか!」

「危険を冒す者が勝利する。一歩の踏み込みが勝利の呼び水となるやもしれませんわね」

 

 恐れるな。間合いを計って、うまく相手の隙間へ飛び込めばいい。いつでも斬りかかることができるようにした上で、距離を保つ。難しいだろうけれど、やってみるさ!

 

「そう、いいですわよ一夏さん」

「くっ! ショットガンが地味にプレッシャーになってるな!」

 

 飛び込む。飛び込むタイミングを見るんだ。ショットガンのダメージはセシリアが予想したように大きくない。だが拡散するせいでどうしても少しばかりもらってしまうことと、迂闊に飛び込んで直撃を貰うことの恐怖が足を鈍らせる。

 だが彩夏のやつは両手で扱うのが基本のライフル装備だ。左右への移動に自身は即座に反応できても、片手でばら撒けるサブマシンガンにはどうしても一寸だけ遅れが出る。近い距離で右に左に動いて撹乱しているのが効いている!

 

「……セシリアの入れ知恵ですか。敵ながらいい判断ではあるけれど!」

 

 彩夏の表情が少し緊張感を増しているのがわかる。じれったいようなやりづらいような、歯がゆい感じの表情が見える。

 がちっ、と小さな音。引き金を引いたのに弾は来ない。彩夏が後ろに引こうとしたその瞬間を見逃さない。

 

「そこだああっ!」

 

 瞬時加速! PICの慣性制御の上からでも急加速の衝撃が体を突き抜ける。狙うのは一太刀で一刀両断。頭上に振りかぶり、一気に落として斬り捨てる!

 近くなる。黒いリヴァイヴを纏う少女の姿が掻き消えるような速さで近づく。

 

「一夏さん!」

「あ」

 

 間抜けな声が出る。そりゃそうだ。目の前には、既にアイツが、黒い風が迫っているんだから。

 

「……ふっ!」

「ぐっ…な…ぁっ…!」

 

 風が通り過ぎるように、黒い影は一閃と共に消え去る。遅れて、じわりじわりと焼け付くような痛みが腹に走る。

 ようやく理解できた。俺が剣を振り下ろすよりも速く、黒い疾風がライフルを捨てて神速の居合いで斬って捨てたのだ。

 

「そこまで! 演習終了だ。二人ともピットに戻れ」

 

 痛みが無い。いや、おかしい。そんなはずはない。確かに俺は斬られたはず!

 

「…ああ、そういや、ISなんだっけ…」

 

 絶対防御。搭乗者の生命を守るための緊急装置が働いたんだ。ISも解除されていないし、死ぬわけもない。けど、あの時俺は確かに感じたはずだ。

 死の淵……自分が斬られて死ぬ姿を想像してしまったのか。あの日以来感じたことのなかった感覚だ。

 殺気一つで相手に死の瞬間を幻視させる。そんな領域に、彩夏はたどり着いているのか。

 

「おもしれえ…!」

 

 打てども打てども柳のように受け流される。遠ざかれば正確無比な射撃。不用意に近づけば後の先を捉えるカウンター。おまけに最後のはきっと、わざと空撃ちしてみせたに違いない。

 

「絶対に超えてやる……!」

 

 

 眼を疑った。私の想像していたよりも遥かに、彼女は強いという確信に到った。

 アヤカは一夏さんを敢えて飛び込んでくるように誘導した。代表候補である彼女が弾切れの状態でトリガーを引くことなどまず無い。残弾の有無程度は体に叩き込んであるはず。

 にもかかわらず、彼女は銃を空撃ちした。しかしそれを敢えてやってみせたのだとしたら、それを好機と見た一夏さんは見事にハメられたとしか言えない。

 

「弾切れを敢えて見せることで一夏に近寄らせ、それを見越して瞬時加速と同時に居合いの一刀か………まあ現状にしてはよくやったほうだと言えるか」

「計算ずく、なんでしょうか?」

 

 隣でアヤカをモニターしていた織斑先生に尋ねる。

 アヤカの教導官として技術と知識を授けた先生の意見はどうなのか。

 

「だろうな。おそらく初期に想定していた決着とは違うだろう。お前が一夏のサポートに入っていると知ってから一夏の動きを制限するために銃口を向けることが多くなっている。一夏が焦りを感じ始めて勝負を急ぐように誘導したんだ」

「では一夏さんが大きく移動していたのは…」

「ショットガンを織り交ぜてプレッシャーを維持しつつ、ライフルのバースト射撃で一夏の動きを制御したんだろう。一夏は回避を意識していた分、銃口が向くたびにブーストで大きく移動している。それを察した彩夏はトリガーを引いてすらいない。一夏は射撃を受けまいと意識しすぎて、逆に彩夏が一夏の行動や心理を誘導しやすかった。その上彩夏自身はショットガンとバーストを使い分けて状況を長引かせることで、一夏の焦りを助長したんだ」

 

 ピットへ一夏さんの白式とアヤカのリヴァイヴが帰還してくる。一夏さんは負けたというのに、彼からはどこか吹っ切れたような清清しさを感じる。

 二人ともISスーツ姿だけど、一夏さんは額に汗を浮かべているのに対してアヤカは涼しげにタオルで汗を拭う程度。お互いなかなかに動いたと思うけど、案外この差が大きく出たのかもしれない。

 

「さて、二人ともよく動いたな。彩夏、リヴァイヴの具合はどうだ?」

「はい。やっぱりまだ少しばかり違和感がありますけれど、しばらくの調整と完熟訓練でものにできます。ノーマルのリヴァイヴ以上の拡張性があるので、いろいろと装備を試してみたいですね」

「ふむ。成果は上々というところか。織斑の腕はどうだった?」

「甘いですね。そして機体の扱いが荒いです」

「いっ!? そ、それは必死だったから…です!」

 

 突然振られると思わなかったのでしょう。慌てて弁解する一夏さんの焦りが眼に見えて現れている。

 

「それに、焦りがもろに顔に出てましたよ。私も顔や雰囲気に出やすいとは言われますけど…」

「だ、そうだ。今後は改善するように」

「は、はいー…」

「それで、一夏のほうは何か収穫があったか?」

「えっ? あ、えーと……代表候補ってすげー強いんだなーって」

「小学生かお前は!」

「いってぇ!」

 

 パァン、と破裂音に近い音を立てて出席簿が振りぬかれる。毎度思うことながら、どうして音が違うのでしょう。叩き方や力の加減で変わるのでしょうか。

 

「もっとよく考えて言ってみろ」

「っと、なんていうかやりづらかったかな。思うように戦えないし、得意な近接でも軽く防がれたりでどうにも打つ手が考え付かなかった。近づけばいいのか距離をとればいいのかわかりにくかった……です」

「だろうな。彩夏は基本的に射撃重視のオールラウンダーだが、その質は代表候補でもかなりのものだ。おまけに剣も扱える上に私が直接指導したんだ。一朝一夕でお前が優勢を取れるなぞありえん」

「ぐっ…わかっちゃいるけど、キツイ…」

「だがセシリアのサポートでどうすればいいのかはある程度わかっただろう? ISは知識だけではダメだ。もちろん正しい知識あってこそその機能を十全に生かすことができるが、経験に勝るものは無い。確認と試行、その繰り返しで精度を高めていくことが大切だ。慢心せず、努力を怠るな」

「はい!」

「もちろん戦闘中に焦りを抱えることは禁物だぞ。お前はただでさえ感情的なんだ。もっと冷静に落ち着いて戦場を見渡す余裕を持て。相手の戦力と自身の戦力とを比較し、どうすれば勝てるかを常に思考しろ。そして勝利のための最善を尽くせ」

 

 私とアヤカ。同じ射撃武器を主体に戦う者同士。だけど私はロングレンジ主体で、あくまで近接はオマケ程度。あの時はビットの制御がうまくいってよかった。もう一度やれと言われても彼女相手に二度は通じない。

 対する彼女は中距離を主体にしながらも、近接から遠距離までをカバーする技量を持ち合わせている。必要とあらばナイフや剣、未だ見てはいないながらもスナイパーライフルなども活用するはず。そして何より違う点が、戦い慣れているということ。

 最初に見たアヤカは積極さに欠けていた。あくまで迎撃、というよりも、逃げに徹するような姿勢。だけど、今日のアヤカは違う。

 トリガーに添えた指が躊躇いをもっていない。狙いは胴体の中心、心臓のあたりか頭部に集まっている。そこは、当たれば人が死ぬには十分な位置。撃ち抜かれれば死ぬ。大統領だろうと、赤ん坊だろうと、篠ノ乃束博士だろうとそれは変わらない。

 流れるようなマグチェンジ。精密なPIC制御技術。必要最小限の回避と的確な射撃技術。そして土壇場での踏み込み。そして迷うことなく危険の中に一歩を踏み出す勇気がある。

 

「代表候補……」

 

 アヤカの実力が語る。国の名を背負うことは、生易しいものではないのだと。

 

 

第十六話 誘惑

 

 私だってお洒落をしたいと思うのは当然だと思う。しがない十六歳の高校生。ちょっとだけ戦場でドンパチやって、ISを乗り回して破壊しまくって、敵軍を壊滅させてきただけの高校生だ。

 故に流行というものは多少は気になるというものだ。けれどやっぱり自信が持てないわけである。割と恥ずかしがりな傾向にあるのは自分でもわかってはいる。

 一夏と一緒に二人きり。要するにデート状態なわけである。周囲の目が気になるし、ファッションコーデに気を使った割りにどうにも自信を持てないままにここにいる。

 結局可愛い服を着る勇気が無い私は、黒いブラウスの上に黒色のジャケット(無論ホルスターを隠すため)を装備。紺色のスキニーパンツに革靴。……洋画に出てくる女性捜査官かってーの。

 

「ほ、本当に……いいんですよね? は、入る……んです…よね?」

「あっ、あのな…何度も言っただろ…?」

「それは、そうだけどっ。なんていうのかな……こう、入りづらくって…」

 

 休日を利用して、大型のショッピングモールレゾナンスへとやってきた。それはいい。

 一夏の言っていたスイーツ食べ放題のお店の前に居る。それもいい。

 中を見る。……どう見てもカップルだらけです。本当にありがとうございました。お腹いっぱいです。

 

「ん? 別にスイーツの店なんてよく行くんだろ?」

「いやいや、そういう問題じゃないんだって…」

 

 要するにコレと彼氏彼女の関係に見られるのが嫌なわけである。一夏はまったく気づいていないのが不思議である。なんだこのニブさ。

 くそっ! こんなことなら真耶たんかセシリアを誘えばよかった!

 

「ああ、俺の財布の心配か? 大丈夫だって! こう見えてバイトや節約で貯めてきたんだからそれなりに余裕があるんだ。 どーんと任しとけ!」

「…わかりました。信じますよ」

 

 ああもう梃子でも動かせる気がしない。こうなりゃ覚悟が大事なんだ。腹が決まればたいていのことには動じない。

 

「どうだ、彩夏? うまいだろ?」

「くぅっ……私は何を迷っていたんでしょう! たかだか周囲の目を気にして甘味に手を伸ばすことを諦めようだなんて、とんでもない愚行を犯すとこだった。例え太ろうがカロリー過多と言われようが甘味は甘味。逆に考えれば早かったんです。周囲の目が気になるなら、周囲がドン引きするほど食べればいいや、と」

「……う、うまかったか?」

「ええ、もちろん! 滝のように流れるチョコレート。いくつもの湖沼の如く並ぶジェラート。山脈を想起させるようなケーキの連なり。その中にそっと添えられる、四季の彩りのような和菓子の姿。まさにっ、正に……桃源郷…」

 

 ケーキの定番、ショートケーキ、ティラミス等を数種類、ジェラート数種と大好物のプリンやチョコレートを平らげ、トドメに和菓子コーナーの品を一品ずつ制覇。途中から一夏が唖然としていたが気にしないことにした。

 傍から見れば糖尿病まっしぐらなラインナップ。甘い物が苦手な人なら見るだけでも胸焼けを起こしかねないレベルである。

 

「あー……お茶がおいしい…」

「まるで婆ちゃんだな…」

「今すぐ、メントスとコーラを一夏の胃にぶち込んでシェイクしてもいいんですよ?」

「もう甘いものはいいです!」

 

 さて、作戦目標は攻略できたことだし、どうしようか。

 

「ところで、この後どこかに行く予定はある?」

「いや、無い」

「そこは考えとこうよ…」

 

 どこからどう見たってこの光景はデートである。まあ実際はそういうものではないのだけれど、他の人から見ればデート中の男と女にしか見えない。

 私としては一夏は友人という認識だ。あくまで友人でしかないが、だからこそ親交を深めたい。織斑一夏という人となりを知って、より円滑な関係を構築できたらと思っている。

 

「うーん……服は別に今欲しいものは無いし、靴は買い換えたばかりだし。かといってゲーセンは騒がしくて苦手だから却下。日本だからタバコは吸えないしお酒も飲めないし…」

「いや、吸う飲むはダメだろ!」

「…本がいいですね。本を見て…後は……バイクショップに行きます」

「それ絶対最初から決めてたよな」

「とーぜんです」

 

 そう、ここレゾナンスは大手カーショップと大手バイクショップが複合しているショッピングモールでもある。伊丹の某店を思い出す。あそこは友人とよく行ったものだ。ちなみにこっちの世界にも確かにある。ただ、IS学園からはかなりの距離があるため今のところ縁が無いが。

 前世での”俺”はあまり車には興味を持たなかったけれど、ドライブ自体は好きなほうだ。長距離も走れるし、何より雨の日は車のほうが安全だからだ。

 とはいえやはり本命はバイクだ。夏を目前にしている今、新作のジャケットやグローブ、ブーツなんかも見繕っておきたい。今のところあの青いレーシングスーツとスリーシーズン用のグローブ、そしてブーツしか持っていない。ジーンズを穿いたときにジャケットがありません、では話にならない。夏休みのツーリングに備えて、夏用の頑丈でカッコイイジャケットやグローブを見繕っておかなければ。

 

「それじゃ行こうか一夏。私が満足するまでしばらく付き合ってもらいますから」

「ああわかった。行ってみるか」

 

 見晴らしのよい高層フロアから降りて一階の書店へと足を運ぶ。ここレゾナンスには書店が二つあるのだが、住み分けがきっちりとできているようでどちらの店にも顧客が多い。

 片方は参考書や学術書を多く扱う書店。まるで図書館かと思わせるような巨大な本棚と、書籍検索のできる端末が各所に備えられている。そのせいか人の姿はまばらにしか見えず、来客も教員や塾講師、学者や大学生などが主で、家族連れ向けというわけではない。

 近未来的なこの世界には珍しく、古風というかレトロというか、とにかく情緒溢れる様相を呈している。大きな書店の一角にはインスタントのものながらコーヒーメーカーが設置され、木製の丸いテーブルや椅子、ソファーなども完備した一室がある。

 さながらサロンとも言うべき場所で、利用は格安とはいえ有料であるが、購入した本をコーヒーや紅茶を片手に読み耽ることもできるし、本について同好の志と語り合うこともできる。

 

「……俺はちょっともう一つのほうに行ってくる」

「何言ってるんですか? 女の子ほったらかして自分だけで行動するなんて、そんな身勝手してると将来のお嫁さんに愛想つかされますよ」

「な、何言ってんだよっ! おっ、俺はまだ、け、ケッコンなんてしねーよ!」

「ふうん。好きな人とか居ないの?」

「………そ、そん、なの…」

「まあ、IS学園ならイイトコのお嬢様から幼馴染まで食べ放題だもんねぇ。世の男性諸君が血の涙を流して一夏を恨んでるよきっと」

「ニヤニヤすんじゃねえよ。まったく……弾のやつにも似たようなこと言われたな…」

「一夏は見た目はカッコイイし、擦り寄ってくる女の子は実際多いし、優しいところも女の子には高加点なんだよ。そりゃあ恨まれたって仕方ないですよ。……どこかの誰かさんとは大違いですから」

 

 以前の、前世での”俺”は彼のような人間とは違う。ただ平凡な一介の会社員。ドライな思考と淡白な受け答えの多い素っ気無い男。結婚し、必死に働き、愛想をつかされ、子の顔も見れぬまま死んでいった情け無い男だった。

 北條彩夏として生まれて、感情が割りと強くなったようにも思える。あるいは女の意識である「ワタシ」と混ざり合った故の弊害……違うやめろそんなことはありえない。私があるのは”俺”と「ワタシ」が融合したからこそだ。弊害なんて言葉、口が裂けても使うべきではない。

 ふと、歩いていくままに来たのは軍事関連の書籍コーナー。インフィニット・ストラトスはそれだけで一区画が割り当てられているだけに、このコーナーは人の気配がない。

 英国陸軍第22SAS連隊、彼らの足跡が描かれた本を手に取る。

 本そのものからは何も伝わらない。だけど、本を手にすることで彼らの息遣いを思い出す。作戦中の張り詰めた緊張感を。作戦を終えて帰投した彼らの安堵した笑みを。作戦中に殉職した家族を弔う寂しげな後ろ姿を。目の前で死んでいった彼らの無惨な姿を。

 

「なあ」

「え? なんですか?」

「彩夏は、好きな人が居るのか?」

「……どうしてそんなにマジメな顔してるの? 似合わない」

「どうなんだ?」

 

 冗談さえスルーですかそうですか。……そんなマジメな顔でこういう会話をするのはもっと他の場所でするべきではないですかね一夏クン?

 

「居た、と思います」

 

 きっと私は、北條彩夏は、…マック、アナタに恋したんです。理想の父親のような姿を見たからじゃあない。その卓越した差配に魅了されたわけでもない。

 失くしても苦しくても辛くても、飄々としてなんともないように立ち上がろうとするその精神に恋したんです。その苦しみも痛みも悲しみも受け止めて尚、誰かの為に戦おうとする意志に近づきたかった。きっとアナタは止めるだろうとわかってはいるのに。

 

「きっと今でも追いかけてるんですよ。その人の目指した在り方に、憧れたまま」

 

 私にあるのはリーダーとして率いるカリスマではない。人に何かを伝え、後世に伝える人格者でもない。今の自分自身を守ることが精一杯の武力しかない。

 なら、究めてみせる。自分自身を貫けるだけの力を手にしたとき、初めて誰かの為に戦えると教えられたから。

 マックはその指導力で多くの命を救ってきた。同時に奪ってきた。戦争が正しいかどうかなんて私にはわからないけれど、生き残った彼らはマックを信頼してきた。彼に従えば生き抜ける、と。

 生きてみせる。私の大切な友人と、家族の遺志を継いで生き抜いてみせる。

 

「その人のことは…今も?」

「……それは…………やっぱりやめた」

「な、なんで!?」

「本を読むのに湿っぽいのはNGだからです」

 

 ふふん、本に湿気は大敵ですから。私ったらうまいこと言った!

 

「…そんなドヤ顔されてもなあ」

「そこはもう少しツッコミを入れるべきですよ。せやな、湿っぽい空気はアカン……ってなんでやねん、くらいのことはやってほしかった!」

「俺は関西人じゃねーよ!」

「ほら、やればできる! 一夏はきっとゲイニンの素質があるんだよ。まあ誰だってあるんですけど」

「あってもプロフェッショナルを目指すかよ!」

「その意気! もっとツッコミを磨いていけばグランプリも夢じゃない!」

「だからゲイニンにはならねーって……ああもう!」

 

 ついに一夏もツッコミに疲れてしまったらしい。ようやく湿っぽさも抜けたしさっさとお目当てのコーナーに行ってしまおう。

 

「ほらほら、疲れている場合じゃないよ。私程度で疲れてるようじゃ、あのじゃじゃ馬は乗りこなせませんよ」

 

 高飛車で世間知らずなところのあるお嬢様。武力でしか感情を表現できない不器用な幼馴染。どちらに転ぶにしても、相応の苦労が待っていることだろう。

 だから、私みたいな壊れた女程度に振り回されているようじゃあダメなんです。

 

 

 風景写真を収めた大きな写真集を抱え、彩夏はルンルンという擬音が付きそうな嬉しそうな表情でレジに向かった。きっとお目当てのものが見つかったんだろう。

 彩夏は時々、数秒前とはまるで違う表情をする。切り替えがわかりやすいというべきなのか、単に普段の落ち着いた雰囲気に慣れてしまっているから違和感を感じたのか、どっちなのかは今の俺にはわからない。

 でも、あんな顔は今まで見たことが無い。入学式に出会ってからもう一ヶ月が経とうとしているけど、彩夏に感じる違和感が今日はっきりとわかった気がする。

 

 ISで戦ったときの冷たい表情も、バイクについて語る時の子供のような表情も、こっちをからかうような表情も、どれもが北條彩夏だ。それは、理解してる。

 だけど、今日見せたアイツのあの感情は何なのか。まるで別人だ。他の誰かが彩夏の変装をしている、と言ったほうがまだ納得できる。わからない、わからない。あれが本当に彩夏自身なのかわからない!

 何ひとつ感情を顕にしない表情。だけど強い覚悟が篭った眼をしていた。じっと本を見つめたあの時の視線を、俺は怖いと思った。

 

「……わかんねえ」

 

 あれは、いったい誰だったんだろう。わからない。わからないんだ。だけど、彩夏の姿をした、ナニカが、確かにそこに居たんだ。

 

 

「一夏はどっちがいいと思う?」

「どっちもいいと思うぜ。彩夏なら両方とも似合うさ」

「はぁ……両方買ったって着れるのは一着だけです。それに二つも買う余裕なんて無いんだから」

「ちょっ!? 三万!?」

「そういうこと。まあ、好きなブランドだから値段はそんなに気にしないけど、やっぱりバイクに乗って様になるかどうかっていうのは大切だよ?」

「そういうもん、なのか?」

「そういうもの、なんだよ」

 

 やはり一夏にはまだバイクの魅力は早かったのか。い、いや…まだ高校生なんだからお金に余裕が無いのは当たり前じゃないか。そうだきっとそうだ。

 まずは普段着にも使えそうなお手ごろ価格で機能性のいいジャケットを勧めて…そして中古車コーナーを物色して試しに跨らせてみて……いけない。どうにも思考がバイカーのそれに偏ってしまう。

 だけど一夏を染めるなら何にするか…鈴菌……いや、カワサキ、か…?

 

「ん…?」

「どうした?」

「ちょっと、お化粧直しに、ね」

 

 ついでにさっきから付きまとうこの視線の主を始末してしまおう。私の優雅なるバイクまみれのひと時を邪魔するなら、何人たりとも許しはしないぞ。

 

 奥まったところに設置されているトイレに小走りで駆け込む。周囲に人気が無いことを確認し、清掃中の立て札を拝借して立てかける。お手洗いの中はそれなりの広さはあるが、遮蔽物は個室以外に無い。立て篭もるのは悪手だ。外からズドン、なんてやられかねない。隠れるべき場所が無いなら侵入者に奇襲をかけて捕らえるほかに無い。

 奥まっていて、かつ人が居ないとはいえ今は日中だ。私を消すにしても、さすがにフラッシュバンを投げ込むような過激な方法はとってこないだろう。頼むから取らないでくれ。

 コツ、コツと足音が響く。音からすると相手は一人。息を殺し、気配を消し、極限の集中力を以って敵に備える。

 シースに収まったナイフに手をかけ、左手で逆手に持つ。右手にはサプレッサーを取り付けたワルサーPPK(ジェームズ・ボンドの使うアレ!)を握り、ひたすらに待つ。

 足音に注意しろ。敵は壁一つ向こうに既に居る。

 

「……っ!」

 

 角から現れるのに合わせて仕掛けよう、としたところでその影が見知った人間であることに気づけたのはラッキーだと思う。

 これで明日の朝刊の一面に、休日のショッピングモールのトイレで殺人事件、という見出しのニュースが出ることはない。

 

「何を、やっているんです?」

「……すまないが彩夏。その物騒なものを、しまってほしい」

 

 栗色の長い髪を一まとめにした長身の凛々しい少女、篠ノ乃箒は冷や汗をかきながら言う。

 

「確かに、友人に向けるものではないですね」

「お前、いつもそんなものを持ち歩いているのか…?」

「そりゃあそうですよ。女性至上主義者憎しを掲げる組織にとって、ISの国家代表や代表候補は親の仇のようなものですから、自衛手段くらいは持ってますよ。で、なんでここに?」

「うっ……それは、だな……そ、その…一夏と彩夏が…」

「…ヘタレ…」

 

 気になるならもっと素直になるべきだ。そのほうがアレは気づきやすいだろうし、何より箒自身の魅力が引き立つだろう。そんな今にも泣き出しそうな顔は、箒には似合わないんだから。

 

「はぁ……まあ、さっさと行きますよ」

「…どこに行くんだ?」

「当然一夏のところです。大丈夫ですよ、気にしなくたって邪魔はしません。私はすぐにでも退散します」

「……なんで、そこまでするんだ?」

「応援したいから、じゃダメですか? 大切な人を想って頑張る友人のために」

「彩夏……」

 

 そう、箒もセシリアも、真耶姉さんも千冬先生も、みんなには笑っていてほしい。平和な人生を歩んで欲しい。大した事件も波乱万丈の日々も無い、皆がおしゃべりしたりバカをやったり、そんな平凡な学生生活を送って欲しい。それが私の、”俺”と「ワタシ」の願い。

 

「箒はもっと笑ったほうがいいですよ。そんなムスッとした顔じゃなくて、一夏のことを考えてるときみたいな幸せな笑顔のほうが可愛いんです」

「そ、そう、なのか…? わたし、が……か、かわいい、なんて」

 

 篠ノ乃束の妹。きっとこのレッテルに彼女は常に苦しんできたんだろう。住む家を追われ、幼馴染と離れ離れになり、腫れ物を扱うように距離をとられただろうことは想像に難くない。

 それと同時に、姉を吊り上げるエサ代わりに狙われたりもしたことだろう。

 幼い彼女はきっと、この眉間にシワをよせたムスっとした表情がいつしか本物の表情になっていたことに気づいていないのかもしれない。

 

「一夏だってきっと、そう言うと思いますよ」

「………そう、かな」

「信じてください。箒のその想いは全力を掛けるに値する、大切な想いです」

 

 そして私はそんな彼女達の日常が侵されることのないように戦うだけ。

 まあ、IS学園には更識が居るからそう問題は起こらないんだけど。

 

「ありがとう、彩夏。…少しだけ、頑張ってみる」

 

 恋せよ少女。君のその想いは、尊いものだ。その笑顔を、私が守ろう。彼女達を悲しませたりなんて、誰にもさせやしない。

 

 私はいやなやつだったと思う。口より先に手が出る。素直じゃない女。好きな人に好意を伝えることさえできないくせに、彼に集る女や声を掛けられている女に嫉妬する、醜いやつ。

 一夏と隔たり無く喋る北條彩夏が憎かった。自然体で一夏に接するセシリアが怨めしかった。表面には出ていないだけで、心の底では、おそらくそういう気持ちが確かにあった。

 北條彩夏が一夏をからかうのが気に入らない。まるで長年連れ添った幼馴染のように振舞う彼女が邪魔だった。そこは、私の立ち位置だったのに。

 さりげなく一夏の手をとるセシリア・オルコットが鬱陶しかった。一夏は気づいていないけれど、彼女が好意を持っているのはすぐにわかる。私だって一夏が好きなのに。

 

 感情の表現など忘れてしまった。まとわりつく奴等に笑顔を振りまく必要などない。

 姉とのパイプを持ちたいやつが来た。姉を引きずり出すために私を人質にしたやつが居た。姉を篭絡させようと私を手篭めにしようとしたやつがいた。

 全て束、束、束! 狂ったように篠ノ乃束を求めるやつばかり! 私は姉を手に入れるための踏み台じゃあない!

 私を見てくれたのは一夏と千冬さん、叔母さんくらいなものだった。私を篠ノ乃箒としてみてくれる人たちなんて片手で数えられるだけしかいない。

 

 だから、初めてだった。あんなに真っ直ぐに私を見てくれた人は。半ば荒んだ、諦観のようなものを持ってしまっていた私の背中を押してくれた人は。

 

 信じて欲しい、と彼女は言った。今まで何度も聞いてきた、姉さんを求める人たちがつぶやいてきた言葉。そのはずなのに、どうしてか彩夏のものだけは重みが違った。

 

「友達、か…」

 

 海辺の遊歩道。潮風が吹きつけ、さざなみの音に包まれ、世界は静かに夕暮れの赤に染められていく。隣を歩くのは幼馴染。私の、初恋の人。女心にどうしようもなく鈍い人。真っ直ぐで折れない心を持った、私の大切な男の子。

 

「にしても、彩夏のやつも大変だよな。テスト機の試験稼動が急に入るなんてな」

「そ、そうだな……代表候補だから、スポンサーが居てもおかしくはないが」

 

 彩夏は私と一夏を二人きりにして、そのままどこかへ去っていった。もちろん代表候補”らしい”名目を付け加えて、やむをえずという印象を一夏に刷り込んだ上で。

 それでも気になる、というのは一夏は知らずに彩夏を…。

 

「それよりも、い、一夏…」

「ん? なんだ?」

 

 せっかく彩夏が取り計らってくれた二人きりの時間だ。有効活用しなければ。私に今できる生一杯を伝えよう。

 

「その………私じゃあ…」

 

 緊張する。鼓動が早くなる。顔が熱い。のど元まで出掛かっているのに、言葉にはならない。もやもやと立ち込めていくだけの、霧のような不確かな不安を振り払おうと。

 

「私じゃあ……彩夏じゃなきゃ……ダメ…か?」

「……違う。そんなことない!」

 

 一夏が私の両肩に手を置き、まっすぐに私を見る。けれどその真剣な顔がよく見えなくて、おぼろげに映る姿があの日のように重なっていく。

 

「俺は、箒と一緒に遊べるのがすごく嬉しい。もう三年も離れてたんだから、そりゃあ当然かもしれないけどさ…俺の一番の幼馴染はやっぱり箒だよ。お前が一緒に居ると気楽に居られるし、それに安心するんだ」

「一夏………いち、か…」

 

 変わってない。本当に、あの頃のような真っ直ぐさを持ったままだ。

 変わってしまった。私は、一夏のような純粋さを失くしてしまった。

 それでも一夏は私を、受け入れてくれている。変わることなく、変わってしまった私でも受け入れてくれている。

 

「泣くなよ。箒はやっぱり笑ってなきゃあな」

「……ああ。もう、もう泣かない」

「泣いてるじゃん」

 

 仕方が無いだろう? ヒーローきどりの小さな王子様が、本物のヒーローになって戻ってきたんだから。

 一夏はヒーローだよ。私を助けてくれた、かけがえの無い、そう―

 

「私が泣くようなコトを言う一夏が、悪いんだ」

 

 英雄。

 

 

 

第十七話 第二の少女

 

 あの後の展開は私にもわからない。どう転ぶかも予想はできないし、どんなやりとりがあったのかも知らない。だけど、箒が少しでも一夏に対しての不器用さを克服できれば幸いだと思っている。

 それにしても一夏には既にセシリアと箒……いや、表立って出てきていない子を考えると既に相当数が狙いを定めていることだろう。そのくせ一夏は彼女らのアプローチに気づきもしないし、”付き合ってください”ですら何かの用事だと勘違いしていやがるんですかねちくしょうめぇーっ!

 返事すら貰えない。気づいてもらえない。それがどれだけ辛く長い苦痛になるか、一夏は理解しているのか。

 

「それでアヤカ、一体、何を、吹き込んだんですの?」

「吹き込んだ、だなんて人聞きの悪いことを。ただ、箒は笑っているほうが可愛いと言っただけです!」

 

 正面には静かな怒気を孕んだ形相のセシリア。それに勇気を振り絞って立ち向かう私。つまりデート内容から箒とのやりとりまで洗いざらい吐かされたわけである。

 

「くっ…箒さんとアヤカだけがこんなおいしい思いをするなんて……どういうことなのでしょう」

「私としては一夏は普通のありふれた親しい友人なんですけどね…」

「な、なるほど……親しい友人のような関係から恋人関係に発展する…それも一つのアプローチですわ。アドバイスありがとうございます、アヤカ」

 

 ダメだこいつ、はやくなんとかしないと。

 

「あー、セシリア? そろそろ予鈴が鳴るから急ぎたいんだけど…」

「そっ、そんな…いけませんわ一夏さん! 私たちはまだ学生で…!」

「……完全に妄想の世界の中ですか」

 

 まったく、こんな朝早くから妄想に塗れることができるのは一つの才能だと思う。ただでさえ最近のセシリアは一夏一夏とまっしぐらな状態だ。同室である私の気持ちとしては、一日いや一週間に三回くらいまでに抑えて欲しいものだ。

 

 いつもの青いリボンで髪をまとめて、セシリアを物理的に現実世界へと引き戻し、普段と変わらぬいつもの教室のいつもの席に着く。一夏は既に箒と共に教室に居て、他愛のないおしゃべりをしている。箒も穏やかな微笑みを浮かべて一夏の声に応えているのを見ると、よかったと思う反面でちくりと針で刺されたような視線を一点から感じる。

 お願いですからそのインターセプターをしまってください、セシリア。

 

「ねぇねぇ彩夏! 二組に専用機持ちが来るってホント!?」

「あ、相川さん、近いです! 顔が近いんです!」

「そんなのどうでもいいから! ホント? ホントに来るの!?」

 

 どこかの国から編入? それも五月半ばのこの中途半端な時期に?

 とりあえず私は何も知らないし聞かされていない。学園の上層部が関与しているだろうものに関しては私には知りえない情報だ。まあ、生徒会なら多少変わってくるのかもしれないけど、更識と関わりあう気は無い。

 

「すみませんが、心当たりが無いですね…」

「むぅー…代表候補なら何か知ってるかと思ったんだけど…」

「私は先月ようやく名前が表に出てきたところですからね、現役の代表候補とはあまり縁が無いんですよ」

 

 そう、現役の代表候補とはあまり縁が無い。だがそれに匹敵する技量を持つ相手が居る。引退したとはいえ、元代表の織斑千冬先生、その千冬先生と代表の座を争った代表候補、無冠のヴァルキリーこと山田真耶先生をはじめとした多数の実力者を相手にしてきた。

 その上に海外の元代表などとも非公式ながら交戦経験がある。場数で現役の代表候補に負けてはいないと自負しているし、何より”実戦”を経験したことは何よりの宝だ。

 

「ねえ、ちょっといい?」

「え、はい…何か?」

「ここに、織斑一夏ってヤツ、居るのよね?」

 

 不意に尋ねる声が聞こえて振り向けば、そこに一人の少女が佇んでいる。

 幼さの残る顔立ちと、黄色のリボンで束ねたツインテール。小柄な体躯ながら纏う気配はピリッとした敵意を感じる。さながら小さな虎のような、僅かながら威風を纏った少女という印象だ。

 

「一夏ならあそこに」

「そ。ありがと」

 

 素っ気無い返事で返される。一体何が目的なのかは知らないけれど、少なくとも彼の命を狙う輩ではない。暗殺にしても、正面から堂々と自ら注目を浴びるようなやり方は身元がバレてしまう。

 彼女が一夏に近づくにつれ、一夏の表情が驚きに彩られていく。

 

「久しぶり、一夏」

「ああ久しぶりだな、鈴! お前もIS学園に来たのか!」

「今日から二組に編入よ。クラスは違うけど、またよろしくね一夏!」

 

 屈託の無い笑顔で一夏と喋る彼女を見て、箒とセシリアは予想通りというべきか、苦々しい表情を浮かべている。

 

「一夏、この子は一体誰なんだ?」

「こいつは鈴。ファン・リンインっていうんだ。中学にあがってからの友達だから、箒は引越した後だから知らないんだっけ」

「凰鈴音よ。中国の代表候補もやってるわ。よろしく」

 

 さらりと、素っ気無い返事で箒に挨拶する様子から察するに、おそらく彼女も一夏のアレがらみなのだろう。そう考えると頭痛の種が増えただけのような気もするけど…。

 

「……篠ノ乃箒だ。うちの一夏が世話になったようだな」

「そうでもないわ。一夏にはむしろ私がお世話になったもの。いろいろと、ね」

 

 バチッと音が聞こえそうな視線の交錯。ああ、やっぱりかと思うのもわずらわしい。三角だったのが一夏を中心に据えた三つ巴の争いに発展しただけだった。

 ようやく最近になって箒とセシリアの仲もある程度落ち着いてきたというのに、そこに第三勢力が飛び込んでくるなど火に油もいいところだ。

 

「そうだな。ウチの愚弟と仲良くしてくれているのは本当に嬉しいぞ」

 

 ピシッ、と凍てついた氷河が裂けたような緊張感が張り詰める。恐る恐る声の主に視線を向ける箒と、何も気づいていない鈴。

 

「だが、サボりは感心しないな。二組は確か山田先生の講義だったハズなのだが」

「なっ……何か用…? 挨拶の一つ二つくらい別にどうってこと…」

「とっくにチャイムは鳴ってるぞ、転入生!」

 

 織斑先生が振りかぶった出席簿が、鈴の脳天を強かに打ち貫く。

 

「いったぁーい!」

 

 痛みに悶絶する鈴を尻目に、箒はそそくさと席に着き、一夏は姿勢を整えて前を向く。セシリアはそ知らぬ顔で授業の準備を整えて眼を逸らす。

 ……恐怖政治とはかくも人を変えてしまうものなのか。

 

「さっさと二組に戻れ! 二度は無いぞ!」

「くっ、一夏! 放課後に第三アリーナに来なさい! いいわね!?」

「ごちゃごちゃ抜かすな!」

「すみませんでしたー!」

 

 私が望んだ平和な日常って、こんなだっけか…?

 

 

 支給されたライフルを手に、地下壕から駆け出す。夕焼けのように赤々と染まった空は黒煙とミサイルと対空砲火が交じり合い、敵の防御陣地からの機銃掃射が雨のように降り注ぐ。崩壊したワシントン記念塔を背に、塹壕が弾を防いでくれると信じて駆け抜ける。

 目の前で味方が迫撃砲によって肉片に変わる。それでも駆けることをやめはしない。

 LAV(装甲車両)の機銃とM1エイブラムスの支援を受けて部隊は一気にビル内に突入する。

 

「ちょっと、アヤカ」

「なんですか? 今いいトコなんですから…!」

 

 窓に張り付いていた敵兵にダットサイトを合わせて小刻みにバースト射撃。こちらに気づいた奥の敵に向かってフラッシュバンを投げ、次いでフラググレネードを放り投げる。

 吹き抜けの二階からこちらを伺う敵兵にアタッチメントのグレネードランチャーを見舞い、すぐに物陰に退避する。

 

「あの二組の候補生なのですけど」

「確か、ファン・リンインでしたか」

「ええ。調べてみたのですけど、ほんの三ヶ月ほどで代表候補になったそうなんです」

「たった、三ヶ月、ですか」

 

 エレベーター前を抜けて中庭を経由して階段のある廊下に…って、うわっ! 結構敵兵居るし!

 あ、グレネード来た…投げ返して……って二個!?

 

「あああーっ! やられたっ! もうやめよう…」

「…ゲームをするのはいいですけど、話を聞いていますの?」

「……聞いてるよ。それで、タイニー・タイガーがどうしました?」

「小さな虎、ですか……むしろ専用機から言えばドラゴンなのですけどね。とにかくそれはそれとして、どうにも気がかりだと思いません?」

「それは、こんな時期はずれな編入に対して? それともあの子との関係について?」

「ちっ、違いますわよ! 私は一夏さんとあの子の関係がどうあろうと気になったりなどいたしませんわ!」

「はいはい…」

 

 せめて凰さんがセシリアや箒と良好な関係を築ければ、私の胃は救われるんだけど。それはもう釈迦が極楽へ導いてくれるような救済に等しい。

 

「織斑一夏のIS適正発覚が三ヶ月ちょっと前。そして短期間での代表候補生への昇格。一夏と顔見知り……ハニトラでしょうか? まあ本人はそこらへんに気づいていなさそうですけどね」

「知らぬは本人ばかりなり、ということでしょうか」

「……確証が得られるような情報も無いわけだし、セシリアもあまり深読みはしないほうがいいかもしれませんよ」

 

 さて、更識と学園上層部があのタイニー・ドラゴンの転入を通したということは、彼女自身には怪しい点が無いということだ。一夏とも顔見知りであるようだし、本人であることは間違いないのだろう。なら、一夏と彼女の接点というものが、国家にとってどう利益に繋がるか、という点が気になる。

 一夏を中露の側に引き込むためか、あるいは一夏の生体情報もしくはゲノム情報か。もしも彼のIS適正というものが遺伝子的な要因であるとすれば、彼の遺伝情報を得ることは他国に対してかなりのアドバンテージを得ることになる。

 何せ男性でもISを操縦できるようになるかもしれないのだ。主義者にとっては女性至上の風潮に対する切り札になるし、国家にとっては後天的にIS適正を付与することが可能となれば、IS操縦者の確保が容易になるというメリットがある。

 

 一夏と結婚する子はきっと普通のありきたりな幸せというものからは、最も縁遠い生活を送ることになるだろう。

 夫も、自身も、子どもも、その他のあらゆるものが危険に晒されるだろう。一夏と引き裂かれ、子どもは連れ去られ、自身は用済みと消されるかもしれないのだ。

 

「……とにかく情報が足りないです。彼女自身は疑わしくなくとも、その背後で糸を引く存在がよからぬことを企んでいる可能性があります」

 

 ゲーム機の電源を落とし、ホルスターを身に着ける。ガバメントにマガジンを装填し、セイフティを確認する。ホルスターに収めて身分証明である学生証を革ジャケットの内ポケットにしまい、バイクのキーを手に取る。

 

「あら、お出かけですの?」

「ちょっと、知人に会いに」

 

 五月半ばの夜は冷える。防寒着を着込んではいるけれど、それでも風は冷たい。夕闇が広がりつつあるIS学園を背に、バイクで走り出す。

 待ち合わせをしている埠頭へ向けて走ること一時間。IS学園設立に伴って発展した都市の郊外の工業地帯、その埠頭の一角の自販機の前でバイクを止める。

 ホットコーヒーを手に取ろうとしたとき、一台のバイクが走ってくるのが見えた。ゆっくりと減速し、そのバイクが私の愛車の後ろにつくように止まる。

 

「おまたせ、彩夏」

 

 ヘルメットを外し、彼女のハスキーな声が私を呼ぶ。ショートカットの黒髪と、長身ですらりととした佇まいは中性的で、男と女の色香の両方を備えている。

 

「先ほど着いたばかりですよ、涼子さん。コーヒーでもどうぞ」

「ああ、お気遣いありがとう。でも奢って貰うほど困窮してないよ」

「急に呼び出したのはこちらですから、お詫びも兼ねて、ですよ」

「じゃあ遠慮なくいただきましょう」

 

 彼女、倉田涼子は私が所属していた情報部の人間だ。国防省情報部第三課、対IS課とも呼ばれた組織に所属している。私の後任が決まって以来会うこともなかった彼女だが、専用の秘匿回線だけは繋がったままだ。

 

「聞いたよ。IS学園に入ったんだって?」

「ええ、まぁ。課長や皆さんはどうですか?」

「いつもどおり元気にやってるさ。そういう貴女はどう? こうやって会うのも、後任の子への引継ぎ以来だけど?」

 

 そう、彼女には私の任務の内容は知らされていない。私の経験した戦場のことも、そのあとの苦悩も、彼女らには何一つ知らされていない。ただ告知されたのは、北條彩夏がIS委員会からの要請で戦場に派遣されるという命令一つだ。

 

「…人が死ぬのを見てきて、いろんな仲間を失いました。守りたかった仲間が、私を守って死んでいくのを目の当たりにして……それがトラウマになっているんです。でも、なんとか立ち直れそうな気はしています。いつまでも引き摺ってばかりではダメだってわかったんです。私は彼らの分まで生き抜こうと思っています」

「十五歳でそこまで考えられる貴女は十分強い。きっと大丈夫だよ」

 

 そっと涼子さんの手が頬を撫でる。そのままぽんぽんと頭を撫でる手を素直に受けて、だけど真っ直ぐに彼女の黒い瞳を見つめ返す。

 

「だから、お願いしたいことがあります」

「……いいよ。言ってみなさい」

「このメモに書いた人物について調べて欲しいんです」

「中国の代表候補生…? ふぅん……今日付けで転入しているのか。織斑一夏との接点もあり、か」

「はい。特に彼のIS適正が発覚した時期から、このIS学園入学まで、ここ最近の数ヶ月を特に詳しく調べてほしいんです。単独では中国国内のことを調べるのは難しいですから」

「調べて欲しい、ね。でもこの子を調べて何になる? 貴女は日本国家代表候補で、この子は候補生。敵情の調査にしても素性を洗うような真似は感心しない」

「ええ。ですがこの子がもし、織斑一夏を狙ったハニートラップとして利用されているのであれば、彼女自身の関知如何を問わず、それは看過できないことです。私が気になっているのは彼女自身よりも、その背後です」

「……ハニートラップの可能性は否定しないし、後ろで何かが一枚噛んでいるのは予想できるけれど、そうまでして彼を守ろうとするのはどうして?」

「彼を守ることは日本の国益にとって…」

「国益だ云々はどうでもいいよ。織斑一夏を守ることが、貴女にとってどういう意味を持つのか、と聞いている」

 

 涼子さんの目つきが鋭くなる。非情な殺し屋としての、冷徹な意思が私を貫く。

 

「特に大した関係も無い相手なんだろう? そういう裏の仕事から足を洗ったのなら、大人しく静かに暮らせばいい。なのに、わざわざ自分から面倒事に首を突っ込むのは何故?」

「恩人なんです。彼の姉、織斑千冬先生は、私の大切な恩人です」

 

 織斑千冬、元日本代表であり世界大会の覇者。そしてIS学園最強の教師。

 

「私のIS乗りとしての技術や知識の多くは織斑先生から授かったものです。ISに乗る心構えも、ISという力の持つ恐ろしさも、ISの可能性も、様々なものを先生から授かってきました。祖母以外に身よりもなかった私を家族のように気にかけてくれた人の一人なんです。私が何もかもに絶望して身を投げたときも、命がけで私を説得してくれました。今こうしてここで話していられるのも、先生のお陰っていうのが大きいんです」

 

 そう、今の私がここにあるのは先生たちが居たからだ。織斑先生が私を救ってくれた。真耶姉さんが私を抱きしめてくれた。燃え尽きて灰になった薪のような私に、再び生の炎を灯してくれた二人。

 悲しませたりなんかしない。私は生きてみせる。大切な人たちが悲しまないように、今度こそ生きて守り抜いてみせる。

 

「恩人の為に命を賭けることができる。私には誰かを守れる力があるんです。……あの時は何もできないままでした。だけど今は違います。確かな力もあります。実戦で身に着けた覚悟もあります。今度は、何もできないまま終わりたくなんかない!」

「……わかった、引き受けよう。ただし一点」

 

 びしっ、と指先が私に突き付けられる。

 

「彩夏は何もしないこと。それが条件」

「そんな!?」

「代表候補は確かに周囲に影響を与える肩書きでしょう。だからといって逮捕権を持っているわけでもないし、他者を裁く権利があるわけでもない。……彩夏の依頼は日本国籍を持つ重要人物、織斑一夏の監視と護衛及び周囲の人物の危険度調査…というところで引き受けておく」

「………わかりました。お願いします」

「…何かをしたいのに何もするなと言われる、その歯がゆさは私もよく知っている。だけど彩夏はもう法的な拘束力を発揮する肩書きが無い。そんな状態で問題を起こしたとなれば…あなたの将来に関わる。だから、何もしないで」

「理屈は、わかります。理屈は」

「この件は私が責任を持って上に通します。……まあ、織斑一夏が絡んでいる時点でほぼ間違いなしで通るでしょうけれど」

 

 彼女はジャケットから取り出したタバコを咥え、ライターで火を灯す。ふぅ、と紫煙を吐いて思案するように指先でタバコを弄ぶ。

 

「あと、もう一つお願いが」

「なあに?」

「一本ください」

「ここは法治国家。寝言は寝て言いなさい、パピー」

 

 ……くそう。

 

 

第十八話 モラトリアム 1st day

 

「本年度のクラス対抗戦だが、一組から四組の他に一年生選抜チームを作る」

 

 はぁ? というようなあっけにとられた顔が目に見える。というよりもクラスの全員がその顔になっている。

 

「本来クラス対抗戦は学年のクラスごとの習熟の度合いを測るためのものであるが、今年は実力者が豊富に揃っているのでこうなった。一組には英国代表候補生のオルコットと日本代表候補の北條が。二組には中国の凰鈴音が。四組には代表候補生の更識簪が居る。三組は代表候補生ではないが、実力は候補生に匹敵する。舐めてかかると痛い目を見るぞ」

 

 しかしそうなると、優勝チームに送られる景品はどうなるのだろう。一年間スイーツ食べ放題のパスを逃すわけにはいかない。私の生命に関わる重要な事案だ。

 

「北條、お前の考えていることはおよそわかるぞ。残念ながら代表チームの勝利の場合は景品は一切無しだ。無論北條、お前もだ」

「ちょっ、彩夏! しっかりしてってば! 息をして!」

「…いけない、瞳孔が開ききってる。ヒトヨンマルサン…死亡確認……まさか大切な友人がこんなことでショック死だなんて…」

「相川さんに布仏さんまで……。それに、アヤカもいい加減にしてください。今死んでしまっては冷蔵庫の白波堂のプリンは私が戴いてしまいますよ?」

「断じて許さん! それは私のものです!」

 

 フラッシュバックのように脳裏に映像が再生される。自室でプリンをおいしそうに食べるセシリアの姿。布仏(愛称:のほほん)さんが日本茶と芋羊羹を携えて縁側でお茶をする光景。相川清香―きよぴー(命名:布仏)が超ミニスカのワンピースとフリフリのエプロンドレス姿に恥らいながらもチョコレートクッキーを焼く光景。

 何かおかしかった気がするけれど、あのプリンだけは断じて渡さない。命かプリンかと問われれば確実にプリンを選ぶと宣言しよう。

 二週間もの苦節を超えて、完全予約制数量限定販売である白波堂のプリンを手に入れたのだ。

 

「で、もういいか? さっさと座れバカルテットども」

「先生!? 何故わたくしまで!?」

「ツッコミを入れている時点でカウント済みだ。諦めろ」

 

 ふぅ……落ち着こう。走馬灯のどこかで素晴らしき新世界を垣間見た気がするけれど、今はそんなことよりもプリンと織斑先生の話に集中しよう。

 

「話を戻すぞ。一年生選抜チームを置いた理由は二つ。まず、IS学園に入学して初めてISに触れたという者が大多数だ。クラス代表、ひいては一年生選抜代表は一つの到達点であり越えるべき目標としてその実力を初心者の彼女らに明確に示して欲しいという点。もう一つには、他国の専用機持ちや代表候補生らと競い合うことでお互いの技量を高めあってほしいという点だ」

 

 確かに今年の一年生は経験者がクラスに必ず二人から三人と、例年以上に多い。

 その上一組は専用機持ち二人、専用機無しだったとはいえ代表候補が一人。二組は専用機持ちの代表候補生に加えて育成機関出身者が居る。三組も四組も、専用機持ちではないとはいえ代表候補生かそれに匹敵する乗り手たちだ。

 

「って、まてよ……じゃあ、誰が選抜代表になるんだ? セシリアかな?」

「おりむー、さすがにそれは無いと思うよー」

「そうですわね。お手本というべき人ならすぐそこに居ますもの。ねえ箒さん」

「オールラウンダーで戦える、量産型を専用機としている、代表候補が、そこにいるだろう?」

「だそうですよ相川さん。対抗戦頑張ってください」

「彩夏もさらっと混ざらない! あと私に押し付けない!」

「むむむ、失敗ですか」

「何が”むむむ!だバカタレ!」

 

 スパァン! と出席簿の面が頭を叩く。

 

「いっ……い…った…!」

「観念しろ北條。お前がまともな戦いを見せるだけでも、平均的な機体であろうと新鋭の第三世代機と渡り合えるという証明になる。それは、専用機というものを持たない多くの生徒にとっての一つの目標になりうるんだ。気合を入れて臨め」

 

 多くの乗り手は専用機というものを持っていない。それが当然だ。ましてや第三世代の新鋭機など、とても手にすることのできるような機体ではない。

 私が、この手を血で染めた私は、誰かの憧れになんてなれやしない。ましてや賞賛されるなどありえない。あってはいけないと思うし、そうなって欲しくない。

 こんな私にできることは彼らへの悔恨の思いを忘れることなく、そして自らの負った罪を忘却することなく、ただ生を全うすることだけ。それが例え茨の道でも、何者が阻もうとも、私は大切な人たちを守り抜く。

 セシリア、織斑先生、真耶姉さん、おばあちゃん、クラスのみんな。大切な人たちだ。

 人間の身で世界を変えようだなんて思わない。子どもの身で運命をねじ伏せようなどとは思わない。私は私なりに、私に降りかかる不条理と戦うだけだ。

 

 だけどもし、壊れた私でも誰かの希望になれるのなら、それもたまにはいいかもしれない。

 

「…謹んで拝命致します」

 

 

 

 インフィニット・ストラトスはパワードスーツだ。つまり機械である。どんな機械も使い続けていたままでは不具合を起こすのは当然だ。よって、メンテナンスというものは授業の項目の一つとして必修になっている。

 ここIS学園は何もIS操縦者の育成だけを行っているわけではない。ISの開発・整備を行う技術者や、ハードやソフトウェアの設計を行う人材を育成するコースがある。

 そして搭乗者も彼女らのような技術職志望の学生も、ISのメンテナンスに関する基礎講座を必ず修了するように定められている。

 

 眼前に鎮座した一機の黒いラファール・リヴァイブ・カスタム……要するに私のIS学園内での専用機の装甲が取り外されていく。

 てきぱきと迷い無く手を動かす同級生の姿はさながら、石材と真摯に向き合う彫刻家のような神聖さがあった。無意識に”邪魔をしてはいけない”と感じてしまうほどに。

 

「はい、これで装甲は一通り外せたよ」

「……あ、ありがとう…。それにしても、装甲って意外とすんなり外せるんですね」

「ISは基本的にエネルギーシールドでの防御が主体だから、装甲材は軽量な金属が多く使われているんだ。まあ、防御性能の向上や衝撃への耐性とか機体のコンセプトにもよるけれど、ラファールの場合は打鉄と違って機動性を損なわないように軽量な金属を使って、生産性や整備性を高めているからね。その逆に打鉄は堅牢な複合装甲で、高火力の攻撃にも耐えられるように取り付けも複雑化してるんだ。その分機動性が若干ラファール・リヴァイヴの現行型には劣るけど」

「へぇ…すごいんですね! スペック表やデータでは知り得ないところもいろいろ考えられているんだ…」

「むしろこっちが驚きだよ? 代表候補になれるだけの実力があるのに、整備に関してど素人だなんて初めて聞いたよ。普通は簡単な知識くらいは備えているって先輩から聞いてたんだけどね」

 

 思い返せば今の今まで整備に関する知識を教わったことが無いじゃないか。織斑先生からは近接戦闘と機動制御技術を。真耶姉さんからは射撃技術とISでの戦術を。

 ………バトルジャンキーに見られても仕方ないかもしれない。

 

「…戦闘に関する技術ばかり叩き込まれたので」

「あはは……まるで織斑先生みたい。知ってる? 織斑先生ってね、戦闘となれば最強だけど整備に関してはすごく不器用なんだって。山田先生も知識はあるけど、整備すると何故か部品が余ったりするんだってさ。意外な一面だよねー」

 

 ああ、道理で教わることがないわけだ。要するに片や脳筋、片や魔力極振りの師匠たちだったんじゃあ仕方が無い。

 

「となると、私の整備知識の師匠は立花になるのかな」

「よしてよ。まだまだ本職の技術者の卵の殻にも及ばないよ」

 

 柊立花。北欧系の祖母を持つクォーター。IS学園技術科コース専攻の同級生。クラスは1-A所属。プラチナブロンドの髪をポニーテールにまとめ、作業用のツナギの上着をはだけた姿で、彼女は照れくさそうに笑う。

 

「何言ってるんです、学年主席さん? 座学・実技共にトップクラスで技術科のエースと聞いてますよー」

「なあに、代表争いに食い込むこと間違いなしと目されるIS学園トップエースの一角には及びませんよ」

 

 私がわずかに口元に笑みを浮かべながら言うと、立花もニヤニヤといじわるそうな笑みを浮かべて切り返す。

 

「ま、それはそれとしてだけど……なんでこんな装備構成なの? ショットガン、ライフル、ハンドガン二丁に打鉄のブレードとデフォルトの近接用ナイフ。それにグレネードランチャーのアタッチメントに弾頭が各種って…せっかくの大容量の拡張領域なのに50パーセントも使ってないじゃない」

「趣味です」

「……聞き間違いかな?」

「趣味、です」

「…グレー・スケールみたいな切り札的なものは?」

「肌に合いません。私は解体屋じゃないんです」

「…相方としては理解を示したいところだけど、決め手に欠けるリヴァイヴ唯一の切り札を外している理由が、ISの技師として理解できないね…」

 

 そう、相方ができました。腕も立つ、気の合う快活な相棒。元々私の乗ることになったラファール・リヴァイヴ・カスタムは彼女が実習も兼ねた整備担当主任として選ばれており、本来は教員が乗る予定だったものが急遽私に回ってきたために、こうして搭乗者と整備士とで引き合わされたわけだ。

 

「なんていうか、本当に気乗りしないんですよ。近接よりも銃を、っていうのが元々私の性分みたいで」

「たった一枚のジョーカーを気分が乗らないってだけで外してる彩夏も彩夏だけどね」

「むぐっ」

「………ま、自覚はあるみたいだし。超高火力…それもグレー・スケールに匹敵する威力を持った射撃武器が欲しい、って具合かな?」

 

 やだ、もしかして立花ってエスパー!?

 

「私が来たのにも気づかないで、十分以上ブツブツと武装構成画面とにらめっこしてたら誰だって気づくよ。あと声でてるよ」

「あ、やっぱり…?」

「大丈夫だよ。いくつか候補は見繕ってあるから、後はテストだけかな。互換性が無いものは調整が必要だけどね。それじゃ今日はメンテついでに前回の稼動データを参考に出力調整からはじめるね」

「了解。着替えてくるね」

 

 ISの整備には人手が要る。たった一人の人間が整備をしていたのでは間に合わない。

 小型であるとはいえ中身は最新技術の塊なのだ。装甲を剥奪されたリヴァイヴを纏い、四肢のパワーアシストやシールド出力調整、エネルギー供給のバランスなどを見直していく。

 乗り手は千差万別だ。同じようにその乗り手にしっくりと”馴染む”ような細かなバランスの調整は機械には為しえない。例えオートプログラムによって自動的に補正が為されるのだとしても、人の手で人の意思によって味付けされた仕上がりにはかなわない。

 織斑先生が新調してくれた、ライダースーツの意匠を凝らしたISスーツの感触は一言で言うならばまさに”馴染む”と言える仕上がりだ。

 

「アルマ、シミュレーションプログラムのほうはどう?」

「……………無問題…」

 

 システム面を担当するロシア出身東欧スラヴ系のアルマ=ゾーヤ=ヤルコフスキー。

 口数は少なく、表情の変化も乏しいが、ソフトウェアに絶対的な自信を持つ少女。

 金糸のような髪、整った顔立ち。美人が多い、という世界中からの評判に見合う美少女。

 

「ロビン、兵装チェック開始して。不具合があれば報告を」

「りょーかい! 彩夏が満足できるようにキッチリこなしておくよ!」

 

 アタッチメントや追加装備等オプション装備を担当するイタリア出身のロベルタ=カザリーニ。

 イタリアのミラノに生まれ、ジロ・デ・イタリアの大ファンを自称する少女。ブラウンの長髪をポニーテールにまとめ、作業着をラフに着こなす快活な乙女だ。

 整備士一家の長女であり、先祖はかのアルファ・ロメオの黎明期にも貢献した技師だったとか。

 

「リッカ……プログラムスタンバイ状態…いつでもいい……」

「了解。こっちはISの基礎システムチェック中、もうちょい待って」

「全兵装オンライン。スラスター出力、パワーアシストに異常なし。PICチェック……想定値から0.36のズレ……どうするリッカ?」

「0.15までに抑える。アルマ、ロビンのデータに修正かけて。ロビンはそのままチェック再開」

 

 立花は手を止めることなく指示を出す。右手と左手に一つずつノートPCを配し、それぞれで別の作業を行いながらも、チームへの指示や進行状況を把握している。

 アルマとロビン。二人を統括する学年主席の整備主任、柊立花。

 

「……把握した。ロビン、こっちにまわして…」

「ほい、送信! アヤカ、ちょっと右手握ってみてくれる?」

「これくらい?」

「もうちょい……そう、オッケー。次は左手、その次は足だよ」

「…修正した。0.13までに留めた………けど少し遊びが少ないかもしれない…要望があれば順次修正する…」

「四肢の稼動は問題ないよ。ハード面はオールオッケー!」

 

 ニカッと笑みを浮かべてロビンがサムズアップを決める。

 

「こっちも……これで完了、と!」

「あの、ロビン? なんだかチェックが早すぎる気がするんですけど」

「アヤカ、何言ってるのさ。アルマなんてものの十秒で修正し終わってるじゃん。それにリッカなんてどっちがコンピュータなんだかわからないねもう」

「…私は並列処理は得意じゃない……リッカはすごい…」

「そうでもないよ。私はハードのプロでも、ソフトのプロでもない。特化した方面じゃ敵わないから、自然といろいろこなせるようになっただけだよ」

「…………三人ともおかしい」

 

 そうとも、私の意見はきっと普通だ。

 ものの十秒ほどでPICの制御プログラムの修正をかけたり、見るだけでIS自体の異常が無いか点検し終えたり、複数のPCを操ってOSをカスタマイズしてみせたりする。

 おかしいものをおかしいと言うのは正しい、はずだ。

 

「え? なあリッカ、アルマ、アタシらそんなおかしいことやってたかな?」

「んー……二人はすごい腕前だと思うけど…」

「………リッカが一番変態…」

「ああ、確かにあれは真似できないね」

「なんでさ!? 慣れればできるって! むしろおかしいのはロビンでしょ? 普通目視だけで異常なんて見抜ける?」

「これ? 親父の知り合いの日本人の技師から教わった」

「……やっぱり日本人は変態…」

 

 アルマとロビンの視線がリッカを見て、ちらりと私を見る。

 

「なんでそこで私を見るんですか!」

「いや、だってアタシもログ見たけど……織斑先生に次ぐトンデモな挙動だったし…」

「おまけに武装は趣味で決めてるし」

「……ほら…やっぱり変態」

「だ、断じて変態じゃありません!」

 

 そして私、日本国国家代表候補の北條彩夏。

 

 この四人による、IS学園一年生代表チームが結成された。

 

 

 

 目を開けば、そこは大都市。風の流れや太陽の光はとても非現実の世界とは思えないほどのリアルな箱庭。その交差点のど真ん中で佇むIS。行きかう人の姿は無く車も止まったままだが、つい先ほどまで人が居たと言われれば納得してしまいそうな精巧な仮想空間が広がっている。

 人気の無いコンクリートジャングルのど真ん中。見上げれば現実のような青空がそこにある。

 

『あーあー。アヤカ、聞こえてるかな?』

「良好ですよ、ロビン」

『さて、どんな感じかな? 私達が三週間で組み上げた仮想現実による演習プログラムなんだけど、結構リアルにできてるでしょ?』

「まるで現実ですよ…これはすごいです。同じ形の建物が使いまわされていなければ本当に都市の町並みそのものです」

『お褒め頂き恐悦至極ですなあ。アルマとリッカが頑張ったお陰だね。さて、二人はモニターと仮想敵の調整で手が離せないからアタシが説明するよ。この仮想空間はスパコンが演算してISのハイパーセンサーを経由してアヤカに見せているものなんだ。実際にはISは戦闘状態じゃないし、歩こうとしても体は動かせない。もちろん仮想空間内でのPICで殺しきれないGだって、生身の体には一切負荷が無い。第三世代機の技術であるイメージインターフェースを利用しているから、操作そのものは思考制御が基本だよ。まあ、ゲーム機でフライトシミュレータをやってるようなものさ。感覚面で違和感があるだろうけれど、そのへんの違和感さえ慣れれば、いい訓練になると思うよ』

 

 右足を一歩前へ。現実の体は動いていないが、視界には一歩前に踏み出した右足が見える。

 確かに違和感がある。この錯覚を乗り越えるには慣れが必要だろう。

 

「そうですね…動いていないのに動いている感じ、ですね」

『あくまで仮想空間だかんね。実際の戦闘とは少し勝手が違ってくるよ』

「なら、少しでも慣れないといけませんね」

『…なあにリッカ…え? …もうちょいかかる? あー、ごめん。仮想敵の設定なんだけど、少し待ってて。今微調整してるからさ。代わりにターゲットをいくつか配置するよ。馴らしも兼ねてやってみて。センサー上にターゲットを表示するマーカーをセットして……よし、配置完了。時間は七分ほどでいいかな?』

「構いませんよ」

『オーケー。それじゃカウントスタート…』

 

 視界の片隅に円形のレーダーが表示される。赤い三角で表示された影がいくつか。中心には私を示す青い光点が映っている。

 更に自身の高度、速度、使用可能装備の一覧が表示される。インターフェースが若干変わっているのはおそらく立花の手によるものだろう。エネルギーをゲージと数値で表示し、更に武装の残弾数なども見やすく調整されている。

 

『5』

 

 拡張領域からアサルトライフルをコール。

 初弾装填し、右手に構える。

 

『4』

 

 大きく息を吸い。

 

『3』

 

 ゆっくりと吐き出す。

 

『2』

 

 システムを戦闘モードへ移行。

 

『1』

 

 視界が冴える。ハイパーセンサーが捉える情報を見逃すまいと、集中力を高める。

 時間の流れさえ遅くなったような感覚が襲う。もう一度しっかりと銃を握り締め、次の瞬間の変化に身構える。

 

『スタート!』

 

 目の前に現れた赤いバルーン状のターゲット。赤と白の円形の的の中心部にハンドガンの初弾を抜き打ちで叩き込む。

 

『うおっ! まるでガンマンだな!』

「次っ!」

 

 交差点の角の建物の傍に現れていたターゲットに右手のライフルをセミオートで撃ち込む。

 ほんの百メートルほどならロックする必要などない。そのまま流れるように道の中央に陣取る二つのターゲットを続けざまに破壊する。

 その後方、四百メートルに三つのターゲット。更にターゲットの配置された道の両側のビルから反応が二つ。

 

「っ…!」

 

 瞬時加速。一気に速度をトップスピードに持ち込み、ライフルを三連射。ターゲットの撃破を確認するまでもなく一気にビルを飛び越え、空中で上下を反転させたまま、両手の銃をそれぞれのターゲットに向かって突き付け、トリガーを引くとターゲットは容易く砕け散る。

 

「後ろ! そこ!」

 

 地表に向かって軽いブースト。そのまま空中できりもみしながら姿勢を入れ替えつつ、ターゲットの真下へともぐりこみ、上空に向けてハンドガンを連射。五つのターゲットを銃弾が貫く。

 

「…っと、危ない」

 

 不意に眼前に現れたいくつものターゲット。赤の中には青や緑のターゲットが散りばめられている。

 慎重に、だが迅速にトリガーを引き、赤だけを正確に撃ち落す。

 

『へぇ、やるねぇ』

「それはどうも!」

 

 正面の大通りを、低空でスラスターを吹かしてそのまま突き進む。次々と正面から流れてくる的に、一発一発を正確に狙いを定め手早くトリガーを引く。

 左右に移動する的。上下に動く的。縦横無尽に動く青い的たちの真ん中を駆けていく赤。

 落とす。落とす。ひたすらに落とす。赤を散らし、青は撃たない。

 青の影に半分以上隠れた赤い的を落とす。群がる的の中心にグレネードランチャーをプレゼントし、突然頭上から降ってきたターゲットをナイフで切り捨てる。

 

 目まぐるしく世界が揺れる。上下の反転、前後の反転、武器の切替、リロードの隙。ハイパーセンサーの映し出す情報を逃すことなく、次の、その次の、更に次の展開を想定して仮想都市を駆け巡る。

 

『そこまで』

 

 遠くで小さく赤い花火が起こったのが見えたと同時に、不意にロビンの声が耳元を走る。

 ”ターゲット100体中の撃破数100”とインターフェースに表示されたのを見て、ついため息が漏れる。

 

『にしても、普通のアサルトライフルで距離3000を狙撃するなんて、無茶するねぇ』

「ふぅ……四分二十八秒…。一言言っておきますけど、ISの武装なら距離3000は十分射程内ですよ」

『そりゃそうだけど、FCS無しで三発撃って命中一発なら十分化け物だよ。ま、とにかくおめでとう! いやー、なんか簡単にクリアされちゃった感じ?』

「そうでもないですよ。違和感や仮想空間の差を意識して動いたんだけど、やっぱり動きがまだぎこちない。スピードよりも正確さを意識したから、全目標を撃破できただけで十分ですよ」

『謙虚だねえ。もう少し胸張っていいのに。さて、次が本番だよ。どこまで戦えるかなぁ?』

 

 上空にISの反応が三つ現れる。

 一機はラファール・リヴァイヴ。カスタムタイプではなく、初期生産型のノーマルモデル。どこか幼さを残す面立ちの、同じような年頃の少女が銃を手に佇んでいる。

 もう一機はイタリア製の純格闘戦仕様のIS、テンペスタ。それも第二回モンド・グロッソ出場仕様。つまり、かつてのヴァルキリーの機体が威圧感を齎す全身装甲を纏って構えている。

 残る一機は、第一世代の日本製のIS暮桜。青を基調とした重装甲。その巨体で高速機動を実現するための巨大な偏向ノズルを備えたスラスター。紺色の初期型のISスーツ姿の、十代の少女が悠然とこちらを見下ろしている。

 

「……どこかで見たような…いや、まさか…」

『その通り。IS/VSなんてゲームなんかより遥かにエゲツナイから気をつけな』

 

 無冠のヴァルキリーと呼ばれた射撃の天才、山田真耶。

 その実力は織斑千冬と並ぶと賞賛された覇王、ヴェロニカ=ロンバルディ。

 世界のIS乗りの頂点とも謳われたブリュンヒルデ、織斑千冬。

 かつて世界を席巻した使い手たちが、全盛期の姿で、こちらをじっと見据えている。

 

「…………冗談きついですよ」

『模倣とはいえそこに揃ってるのは世界トップレベルの乗り手さ。それじゃあいってみようか!』

「って、まさか…このまま1on3しろだなんて…」

『スタートッ!』

 

 右からは暮桜、左からはテンペスタ。正面から冷徹にこちらを見据えるラファール・リヴァイヴ初期型。

 ……もう詰みだよねこれ?

 

「ああもう! 南無三ッ!」

 

 なお、開始後137秒で撃破された模様。

 

 

 

第十九話 モラトリアム 2nd day

 

 IS学園の屋上は基本的に生徒に開放されている。昨今の学校は危険だからなんだと様々に理由がつけられて禁止されていることが多いが、IS学園ではそれが無い。

 ある種の治外法権のような環境であるからか、他者からの干渉を極度に嫌うからか、真偽は不明ながら学生には多くの自由と、それに引き換えとなった制約がついてまわる。私が学校内でありながら銃とナイフを携帯できるのはそれらの誓約による恩恵であるし、専用機持ちが学校の内外で専用機を携帯できるのも一種の恩恵だ。

 

 そうして自由を約束された屋上から広がる光景はまさに絶景だ。広がる青い海と空。水平線から昇る朝日はきっと素晴らしいに違いない。

 ふぅ、とため息を吐いて少し温くなったコーヒーの缶に口をつける。南風に乗った潮騒の香りとコーヒーのフレーバーに意識を傾ける。

 

「だーかーら! ここは絶対に一撃の砲火力だってば! オート・メラーラ155mm砲の砲身を改造したレールガンをグレー・スケールの配置スペースに装備するほうが絶対にいい!」

「いいや違うね! ロビンは操縦者のことをなんにもわかってないよ! そもそも彩夏は狙撃や遠距離戦闘よりも中距離が本領なんだよ。接近されたときの防御面や面制圧の点から言って、GAU-8の二連装砲身を取り付けるほうが絶対にマシだね」

「…………光学兵装を推奨。次元波動機関を利用したタキオン粒子圧縮により発生するエネルギーを用いた、いわゆる荷電粒子砲を推奨…」

「ハッ、そんなSFじみた兵器が使えるかっつーの。実機があったとしても信頼性が無いね」

「同感だね。クラス対抗戦までに完成するんならまだしも、仮説でしか、それも否定的な意見の多い機構を採用するなんて、アルマってロマンチストなわけ?」

「……火力バカたちには言われたくない…」

 

 あーあーいい天気ダナー。局所的に大嵐だけど。

 

「ちょっと、彩夏はどう思ってんのさ!?」

「私たち三人の提案する彩夏専用のラファール・リヴァイヴ・カスタム、ルー・ノワール専用オプション装備にふさわしいものはどれなのか」

「………きっちり、聞かせてもらう…」

「くっ……何か、何か対策は…」

 

 背中を突き刺す三つの視線を感じて寒気が走る。そのとき、不意に屋上の通用口のドアを開けて見知った人が現れる。

 

「なんだお前達? 四人揃って対策会議か?」

「織斑先生。今大事な場面ですので、少々お待ちください」

「ふむ。わかった、と言いたいところだが私も生憎忙しいので先に終わらせよう。……そう睨むな三人とも。単なる連絡だよ。彩夏、お前の祖母からだ」

「……おばあちゃんから?」

 

 一通の手紙が入った封筒が差し出される。セキュリティ上の都合から、封は開けられて中を確認された後だったが、わざわざ封筒をもう一度糊付けして送ってくれるあたりは先生らしい。

 

「……新型ISの稼動試験の日程表ですか」

「そうらしい。対抗戦前で忙しいだろうが、テストパイロットとしての責務はきっちりこなしてもらう。これを完成させるために動かすことがお前の仕事だからな」

 

 書面にはテスト稼動のスケジュールと今後の予定が書き記されている。

 そういえば明日は第三回の稼動テストだった。最近のゴタゴタで忘れそうになっているなんて、なんとも情けない話だ。

 

「織斑先生、確か彩夏のおばあちゃんって…」

「柊、お前の考えたとおりでおおむね間違いないぞ。彩夏の祖母は日先技研の開発局長であり、私の乗ったISの設計者の一人だ」

「やっぱり……それなら…ねぇ、ロビン、アルマ」

「あぁ、アタシもおんなじこと考えてるよ」

「……是非も無し…」

 

 何やら三人の中では意見が一致しているようだ。何がなのかはわからないけど。

 

「先生、是非北條麗香博士に合わせてください!」

「おっ、おい三人とも…話がまるでわからんぞ!」

 

 突然頭を下げた三人に驚きながらもツッコミを忘れない。さすがは織斑先生だ。

 出席簿でのツッコミといい、ブリュンヒルデの対応力は伊達ではない。

 

「ふむ……つまりお前達三人の武装強化案について、北條博士の意見を戴きたいということだな?」

「そういうことですね。アルマの案は置いておくとして」

「だから彩夏に取り合ってもらえないかなーって。アルマの武装は論外だけど」

「…………ひどい。もうやだ……死のう…」

「ストォーップだよアルマァァぁぁっ! 早まらないで落ち着いて二人の話を聞いてー!」

 

 フェンスを乗り越えようとするアルマの小さな体を抱きかかえて制止する。

 驚くほどに軽い体をフェンスの内側に引っ張りあげるのに、私みたいな女の腕力でもこなせてしまうとは、一体どれだけ軽いのか。

 

「明日は平日だぞ。北條はテストパイロットとしての仕事であるから公休という扱いになるが……お前達は学生としての本分をそっちのけにしてでもやり遂げたいと言うのか?」

「はい!」

「………罰として次世代型ISの発展の展望について、現行の第三世代・第二世代型について調査した上で論文として提出すること。いいな?」

「はいっ! ありがとうございます!」

 

 それでいいのか学園教師。

 

「彩夏。一つ言っておくがこいつら三人は技術科の中でも指折りの変態であり、良質な技術者の卵だ。それぞれが持つ強みは違うが、既に一年や二年で学ぶような知識・技術は習得済み。要するに代表候補生の技術者版のようなものだ。あとは実践の経験だな」

「………意外とスゴい」

「やっぱり死のう……私なんて…」

「それはもういいです!」

「…じゃあやめとく」

 

 私が想像したよりもすんなりと許可は得られた。もちろん立ち入り区域の制限はかかっているけれど、さほど重要ではない区画であれば見学することもできるらしい。

 

『技術科の友達を連れていきたい。それはいいけど、あんたたちの足はどうするのよ?』

 

 技研の施設は山々の連なる高原のど真ん中だ。私はバイクがあるとしても、三人を乗せるなんてのは不可能だ。私は雑技団の人間じゃない。

 

「それが、どうして私なんでしょう…?」

「ご、ごめんね…真耶姉さん。急にお願いしちゃって」

 

 翌日、高速道路を時速100kmで走るスカイラインGT-R、1998年モデル。まさかこの世界、それも2100年も近いような時代でお目にかかることになろうとは思ってもみなかった。

 ぶっちゃけると骨董品だ。わざわざ現代の道路交通法に適応した仕様に改造されている。とても半世紀を越えた車体とは思えない快適さ。車体のフレームやシャシーそのものも良好な状態らしい。

 とはいえ車載の機器はどれも最先端の品々だ。ナビゲーションからオーディオ、果てはシートまで、ずいぶんと凝っている。車のカスタムやチューンには疎い私でも、かなり手が加えられているとわかるレベルだ。

 

「いいんですよ彩夏ちゃん。私が言ってるのは先輩の無茶振りのことですから」

「でも、真耶姉さんも授業があったんじゃ…」

「先輩が私に振った理由。教えてあげましょうか?」

 

 ふふ、と小悪魔染みた笑みを浮かべる真耶姉さん。幼さを残す顔で妖しげな、艶やかさを感じさせる笑顔に思わず息を呑む。

 

「織斑先輩って、北條先生に一度こってり絞られたことがあるんですよ。”お前はもう整備するな”って、小一時間、それも織斑先輩の整備下手をじっくりと傷口に塩を塗りこむように丁寧に理論的にお説教されてから、会うたびに”整備はできるようになったか”って聞かれるようになったんですよ」

「ま、まさか乗り気じゃなかったのは…」

「そう、そのまさかです」

 

 世界に名だたるブリュンヒルデが、まさか整備下手なのをいじられていようとは。

 

「まあ、その場で連座させられたのが私なんですけどね……あははは…」

 

 って、貴女もか山田真耶。

 

「後ろのみんなは大丈夫? お手洗いは平気?」

「大丈夫大丈夫。いやーアルマがちっちゃくてよかった」

「ホント、アルマのお陰で助かったよ。さすがにこれ以上は狭苦しいからね」

「…………えっへん…」

 

 小さなお子様ボディでぺったんこな胸を張り、アルマは誇らしげな笑みを浮かべる。

 いやいやアルマちゃん。きっとこの二人はそういう意味で言ってるんじゃないよ。

 

「それじゃあ次のSAで少し休憩しましょうか。座りっぱなしだと知らない間にカラダが凝ってしまいますから、少し外に出て体を動かしておきましょう」

 

 サービスエリアは運転手たちにとって憩いの場だ。夜間を通して運転を続けたドライバーはひと時の安らぎに身を委ね、朝の早くから出てきた者たちは少し遅めの朝食を摂る。

 ハイウェイという名の異国に点在するオアシス。そこは各地の土産物や名産が集う、一つのコミュニティのような様相を呈している。旅人たちはここで羽根を休め、次の目的地に向けてこの陸の孤島から飛び立っていく。

 さながらシルクロードを行く行商人のような彼らにとって、車はテントのようなものであり、また大切な足である。

 バイク乗り―バイカーたちにとってもサービスエリアやパーキングエリアは大切な場所だ。体一つ、身を守るものはプロテクターを備えたジャケットやパンツくらいなもの。その上風に吹き曝しの雨ざらし。冬は凍りつきそうな指先に力を入れて必死にハンドルを握り、夏は股下の太陽の熱に晒されて汗が止まることがない。

 過酷。一言で言えばこれに尽きる。もちろん常人にとっては、だが。

 バイカーなんてのはよく訓練されたバカだ。太陽光とエンジンの熱に焼けようとも、零度を下回る寒さでも服を着込んで風に寒さに抗い走り回る。快適さとは正反対。だが、バイカーはやめることをしない。

 それは、バイクが好きだからというだけではない。風を感じ、四季を感じ、旅を感じる。自然に肌身を晒すことで、旅というものに胸躍らせているのだ。一日一日、その道の姿は違ってくる。雨の顔、風の顔、晴れの顔。高気圧の顔。気圧が低いときの顔。湿度が高い、低い。雨上がり、雨が降る前。

 箱の中からではわからないものが、バイクには存在している。だからバイカーは今日も鉄馬に跨り旅をする。

 苦難があるだろう。―だからどうした。

 自然は厳しいだろう。―そんなの当たり前だ。

 孤独は寂しいだろう。―孤独は人生のエッセンスだ。

 金がかかるだろう。―バイクを選んだ時点でわかりきってる。

 

 きっと、この眼前のGSX-R1000の持ち主もそうだろう。

 自身が跨り、ハイウェイを駆け抜ける姿を夢想する。未知の機体への好奇心が湧き上がる。どんな走りを見られるのか。エンジンのフィーリングはどんな感じなのか。果たしてこのじゃじゃ馬は私が従えることができるのか。

 そんな全ての、不安から好奇心までを全てひっくるめて鍋に入れて煮詰めて残るのは”乗ってみたい”という欲望だったことなんてざらにある。

 

「キミ、どうかしたの? バイクばかりずっと見てるけど」

 

 振り向けばそこにはくたびれたジーンズにスズキのロゴがあしらわれたブラウンの革ジャケットを着た青年が居た。大人しそうな、というよりも物静かで口数も少なそうなお兄さんという印象の青年。

 

「あ、すみません。リッターっていいなぁって思っちゃって、つい」

「もしかして、キミも?」

「はい。父もそうなんです。父はBMWのR-1200でしたから、18になったらリッターに乗ろうって思ってるんです」

「へぇ、きっとバイクの似合うお父さんなんだね」

 

 幼い私を後ろに乗せてバイクを操る父さんの姿は鮮明に今でも焼きついたままだ。ハーネス越しに感じる父さんの温かさ。大きくて私なんかが動いても微動だにしない強靭な体。

 お母さんを後ろに乗せて遊びに出かけたのを見たときなんて、お母さんに嫉妬していたほどにあの背中が好きだった。思えばその背中はどこか見覚えがあった。子どものころ、いやもっと前。以前に”俺”が存在していたころの、幼い記憶の中だ。

 

 ”俺”が抱いたのは憧れだった。父親の背中の大きさと、それに到るまでの遠さを子どもながらに感じて打ち震えた。

 ”私”が覚えたのは安らぎだった。この世の理不尽の全てから守ってくれるとさえ思えた、あの逞しい背中にこの身を預けた。

 

 しかし、私はもう四年もすれば大人になる。この手で掴み、自らの足で進まねばならない。かつて”俺”が家族の為に必死に日々を生きたように。

 

「ねえ」

「はい? なんですか?」

「どこか、おもしろい場所を知らないかな? キミのオススメの道でいい」

「それなら……紀伊半島なんてオススメですよ。山道あり、海沿いのワインディングもあり、高速道路だってあり。お魚はおいしい。きっとなんだって楽しめますよ」

「……割と遠いね」

「ま、まぁ……ここからだと…」

 

 なにせ関東圏から関西圏までとなると高速道路でも時間がかかる。

 さすがにこれは無茶だったか。

 

「けど、それもまあいいか…」

「ほ、ほんとうに行くんですか?」

「まあね。一人旅、しかも無期限で帰宅予定も立ててないし」

 

 なんてこった。とんでもない胆力の持ち主じゃないか。しかも家に戻る気が無いって、完全に一泊二日どころの旅で済まさない気だ。

 サイドのパニアケースとリュックサック一つでどこまで行くつもりなのか。

 

「日本一週旅行でもしているんですか?」

「んー……まあ、近いっちゃ近いんだけどね。ちょっといろいろとあってね。どうせ走りに行くなら、って感じだよ」

「そう、ですか」

 

 哀愁のような、望郷のような、羨望のような揺らぎが彼の瞳を満たしていく。

 彼は旅の中に何かを求めている。そんな気がして、言葉が続くこともなく、沈黙が続く。

 

「ごめん、いいかな?」

 

 彼の手には一本のタバコとジッポライター、そして携帯灰皿が握られていた。

 

「どうぞ。父もタバコ好きなので、慣れています」

「ありがとう」

 

 彼は口に咥えたタバコに火をつけると、大きく息を吸って紫煙を吐き出す。空に溶けて消えていく紫煙を追うように目を向けると遠く彼方には太陽で輝く水平線が広がっている。

 

「きっと、いいことがありますよ」

「……いいこと?」

「はい。いいこと、です。だからいっぱい楽しんできてください」

 

 きっと、私は今笑っている。私を救ってくれたあの日の織斑先生や真耶姉さんのように、誰かを勇気付けるために笑っている。

 青年はきょとん、とした顔でタバコを咥えたままだった。しかし、ふっとため息を吐いて強張っていた頬を緩ませる。

 

「……ありがとう。吸い終わったら出るよ」

「道中、気をつけてくださいね。グッドラック、です」

「ああ。キミもね」

 

 バイク乗りは基本常に孤独だ。共に走る仲間が居ても、走り出した後は馬上にはたった一人。道を読み、鉄馬を操り、隊列を組み、時にまさに一人で旅路を行く。

 心の内に抱えた闇をさらけ出す必要などない。迷ったなら後押ししてくれる。同好の士が、ここにはたくさん居るのだ。

 だからこそたまにはこんな出会いもある。だってここはオアシス。人生を走ることに疲れた乗り手が羽根を、心を休めるための避難所(ヘイヴン)だ。

 

 そして英気を養った者達はまた、この愛しき大地に強く一歩を踏みしめる。

 

「ねー、どうしたのさ」

「な、何が?」

 

 走り出したスカイラインの車内で、ロビンが私に尋ねる。

 

「なんかニヤニヤしちゃってさ、何かあったの?」

「いいえ。何も、特に何もなかったです」

「ふぅん」

 

 訝しげに眉を潜めるロビンをよそに、助手席の窓の外へと視線を向ける。

 ミラーごしに一台のバイクの陰が映る。ヘッドライトの輝きが近づき、閃光のように隣の車線を駆け抜ける。ブラウンの革ジャンに、アライのフルフェイスヘルメット。その人が跨る相棒はあの、GSX-R1000だった。

 

 何かを振り切るかのように、何かを追い求めるかのように、速度を上げる鉄馬。一直線にぐんぐんと先へ進み往く姿を眺めて願う。

 

 どうか、彼の往く道に幸運を。

 

 

第二十話 モラトリアム 3rd day

 

 日本IS先進技術研究所は今の日本国軍の前身である自衛隊、そのまた以前には帝国軍の兵器生産を請け負っていた工廠が由来となっている歴史ある企業だ。

 工廠時代には航空機の生産や試験を極秘裏に行っていたり、根も葉もないウワサであれば陸軍が極秘にBC兵器を開発していた場所と持て囃されたりもするらしい。

 自衛隊の頃は最新の兵器の性能評価試験や改良プランに基づいた兵器改良が主だった。だがISの登場、更に大陸沿岸の各国と南西諸島の国家間の軋轢、そこにトドメとなった白騎士事件が畳み掛けられ、自衛隊は国防軍と相成ったわけである。

 自分の頭上にICBMが落ちてくる寸前にまでなったのだから、自衛隊不要論を振りかざす者でもさすがに反戦だとかを声高に叫べないわけである。相手が銃を向けてきたなら、引き金が引かれるよりも速く敵を無力化しなければ、死ぬのは自分なのだから。

 実際に軍にはISが複数機配備されて、国防の一角を担っている。

 軍がISを採用し他の航空戦力や地上戦力との統合運用案を策定したことにより、日進技研はISの研究にも乗り出したわけである。なお、民間の研究所である倉持技研との折り合いはすこぶる悪い。

 日本の次期主力IS選定のプレゼンで、倉持の新型を”まさに打鉄を打ち直しただけ”とバッサリ斬り捨てたとか。主に祖母が。

 そのせいで倉持が本気出して打鉄弐式なる機体を設計したとか聞いたけれど、まだロールアウトには到っていないらしい。

 そういえば先日、祖母が『ちょっと神戸行ってきた』とかいって関西のお土産を持って帰ってきたことがあったっけ。

 某K重工業に立ち寄っていないことだけを祈りつつ食べた生八橋は至高でした。

 

「それにしても、どの案もブッ飛んでるわね」

 

 タブレットPCを片手にタバコをふかす祖母の姿を前に、アルマと立花はもちろん、ロビンさえも緊張の面持ちで反応を待っている。

 開発室長の執務室のソファに並んで座る三人。その対面には私と祖母が座り、一人用の小さなソファには真耶姉さんが座っている。

 

「まずは、ロビンちゃんの案ね」

「は、はいっ!」

「はっきり言ってダメダメよ。ISはあくまでパワードスーツでしかないの。パワーアシストがあってもこんな重量過多の装備は扱いきれない。ましてや155mmなんて二十世紀の戦艦の副砲レベルの代物よ。火力は申し分ないけれど、取り回しや重量バランスなどの観点からデメリットばかり。小型のグレネードランチャーか、中距離用のミサイルでも仕込むほうがマシね。これを実現するならIS用のスナイパーライフル用の弾頭をレールガンで撃ち出すほうが効果的かもしれないわ」

 

 バッサリと一太刀に斬って捨てられたロビンは”むぅ”と眉を八の字にして落ち込んでしまった。

 

「次は立花ちゃんの案だけど、まあ現実的な案ね。アタッチメントのようにハードポイントに装備できるように改造するだけでいい、お手軽で工期も短くて済む案ね」

「ありがとうございます!」

「だけど物足りない案だわ」

「ぐぐぐ」

 

 なんか立花の顔が苦しみですごいコトになっている。”見せられないよ!”というテロップで隠されてしまいそうなひどい顔だ。

 

「初速の速さと威力を考慮すれば、ばら撒いての防御も兼ねられないわけではない。だけど決定打には欠けるわね。必要なのは敵を一撃で屠る、グレースケール並みの遠距離火力。そういう点でちょっと物足りないわ」

「むぅー…GAU-8ってカッコイイのに…」

「カッコイイ武器でも効果が低いのでは利用価値が減少するわ。まあそれでも使い続ける変態も居ないわけじゃないんだけど」

 

 ちら、と祖母の視線が山田真耶教諭を射抜く。急に視線を向けられたことに驚いたのか、真耶姉さんはそっと俯いてしまった。

 

「最後にアルマちゃんの案……案なのよね、コレ?」

「………ロマンの結晶」

 

 ふんす、と自慢げに胸を張るアルマ。ドヤ顔で祖母にこうして相対することができる人間は初めて見たかもしれない。

 

「…………これは、また…」

「…ど、どう…でしょうか…?」

「アルマが敬語で喋った…!? どうしようロビン! きっと大地震の予兆だよ!」

「あああ、あっわてるじじ、時間じゃななない! 落ち着け! 落ち着いてKOOLを吸うんだリッカ!」

「ロビン、私KOOL持ってないよ!」

 

 持ってたらむしろそっちのほうが問題だと思うのは私だけだろうか。

 

「あ、KOOLがいいの? あげましょうか?」

「先生っ! 大の大人が未成年にタバコを渡さないでください!」

「冗談だって冗談」

 

 くっくっくっ、と意地悪な笑みを浮かべて祖母が真耶姉さんをからかう。

 懐からタバコの箱を取り出すと、メンソールカプセルを潰して火をつけて紫煙を吐き出す。

 ホントにKOOL持ってるし。あれ、でもさっきKENTをしまっていたような…。

 

「それにしてもおもしろい案ねぇ。未だ発見されてもいない物質と実用に到る仮説さえあやふやな理論で光学兵器を搭載しようだなんて。面白い! 気に入ったわよ! 案としてみればネタにすらならないけれど、発想は評価しましょう」

「そ、それって………つまり?」

「彩夏、あなたのラファール……ルー・ノワールに搭載するのは…エネルギー系兵装よ」

 

 つまりビームやレーザーといった類の装備ということになる。だけどこの手の武装は小型化が非常に難しい。高火力を維持しつつ、ラファール・リヴァイヴ・カスタムのシールドピアースの配置スペースに収まるものが果たして存在するのだろうか?

 

「先生、お言葉ですがリヴァイヴのハードポイント…シールドと左腕の間のスペースは非常に限られた空間しかありません。打鉄のデフォルトの小型ブレード程度でしたら備えられますけれど、背中に懸架したり肩に配備するようなサイズでは戦闘時の取り回しが難しいのでは?」

「そうよねぇ真耶ちゃん。アナタならそう判断するでしょうね。今のままのサイズなら、ね」

「博士、それってあの少ないスペースに搭載できるほどの小型の装備がある、ということでいいのでしょうか?」

「いい勘をしているわね、立花ちゃん。彩夏は私の進めるプロジェクトについて知っているでしょうから、少し予想できるんじゃないかしら?」

「……おばあちゃん、もしかしなくても…エンジェルに搭載予定のアレ、なんだよね…?」

「モチロン。それじゃあ第四格納庫に行きましょうか。現物を見たほうが早いでしょうし」

 

 祖母はそういってソファから立ち上がると、備え付けの電話の受話器を手に取る。

 二三の会話で済ませると、お楽しみの時間だと言って私たちを部屋から放り出した。

 補佐官の技術者に連れられ、格納庫へと案内された私たちの眼前にはISの基本的な兵装であるグレネードランチャーらしき装備が固定された台座にエネルギー伝達用のケーブルが繋がれたリヴァイヴが鎮座していた。

 そこに遅れて入ってきた祖母は目を丸くして言う。

 

「ああ、もう準備できたの?」

「北條室長が五分以内で準備しろと仰ったので」

「無駄に要領がいいわね、ほんと」

「並みの作業員では室長の下ではやっていけませんよ」

「いつも無茶な注文ばかりで申し訳ないわ」

「まったくです。エンジェルの稼動テストが終わったら焼き鳥にでも行きたいですね」

「りょーかい。予約しとくわ」

 

 くつくつと二人して笑う様を見てわかる。このチームには絆があるのだと。

 

「さあて、それじゃあ始めましょうか。ここに置かれているのがウワサのエネルギー兵装。その名もズバリ、波動砲!」

 

 ごくり、と生唾を飲み込む音が聞こえる。というか波動砲って……まんまだよね。

 

「ざっくりと簡単にサルでも片鱗がわかるように説明しましょう。この波動砲というのはあくまで膨大なエネルギーを内包したボールのようなものを作り出し、それを位相変調効果によってエネルギーの拡散及び減少を軽減させて射出することから便箋上で波動砲と呼んでいるだけです。位相効果を持たせた外殻だけでも相当なエネルギーを得られるから、並大抵の艦船の装甲、またブラストドア程度なら容易く貫通できるわ。外殻が崩壊することによって内包されたエネルギーが瞬間的に巨大な衝撃と爆発を起こし、敵を広範囲に渡って薙ぎ払う武装ね。技術や理論そのものはまったく新しいものだけれど、既存の機器でもやってやれないことはないわ。その場合とんでもない大きさになるんだけど」

「はいはーい質問!」

「どうぞ、ロビンちゃん」

「それって実際、ISで撃てるの? とんでもないエネルギー量が必要なんじゃ?」

「当然よ。故に一撃必殺かつ一発必中の技量が要求されるわ。具体的に言えばシールドエネルギー換算で……そうね、競技用という点で言えば200から300ってところかしら。実際に戦闘となって最大出力での発射ともなれば、五千から六千のエネルギーが必要になるわ。被害がどれだけのものかもわからないし、砲身や加速器がエネルギー量に耐えられるかも怪しい。だって撃ったことがないんですもの」

 

 そう。エネルギー量に若干余裕があるエンジェルでさえ実戦仕様での最大稼動時で9800だ。そのうちの半分以上を消費しての一撃必殺の火力たるや、仮想空間でのシミュレートでは着弾地点に野球場ほどのクレーターができる火力なのだ。

 

「あの、博士。私からもいいですか?」

「はい、立花ちゃん」

「つまり、コレってまだ未完成なんですよね?」

「最大出力での実働試験が済んでいないというだけで、ある程度…エネルギー使用量3200のラインまでは安全を保障するわ。もっとも、それ以上は未踏の地なのだけれど」

「………ハカセ、質問が」

「どうぞ、アルマちゃん。なんでも聞いてちょうだい」

「………どうして、そんな試作品を推すの?」

「これはね、挑戦状なの」

 

 にやり、と普段の祖母からは想像もできないような獰猛さを秘めた笑顔。口の端を吊り上らせ、目は獲物を捉えたように細くなって、眼前に立つ私たちを見ている。

 

「私は既に、五千までのエネルギー量に耐えられる試作品の構想ができている」

 

 既に、完成は目前…? だったら、何故こんな中途半端なモノを渡すのか。せめて安定した作動を保証されているものでいいからそっちを渡して欲しいものだ。

 

「だけど、いくらお古といってもコレは私の作品。私の智慧と血と苦悩と快楽を注ぎ込んだ一品なのよ。それをハイドウゾとくれてやるほど私はお人よしじゃないの」

「じゃあ、なんでコレを見せたんですか?」

「コレを、あなた達四人の手で完成させなさい。自分達が持てる総てを持ち合って、力を合わせ、智慧を出し合い、じっくりと少しずつでもいいから完成させること。それがコレをあなた達に引き渡すために、私が出す条件よ」

 

 そうか、なるほどこれは確かに挑戦状だ。

 ”私たちのチームは解答へたどり着いた。君たちも追いついてみせろ”という祖母なりの意思表示なんだ。私たちは既にただ社会見学でやってきた学生だなどと見られてはいない。私たちはIS学園の一年生の選抜チーム。一つの開発チームに等しい扱いで私たちを見てくれている。

 

「さあ、どうかしら?」

 

 こんなに昂ぶってくるのは久しぶりだ。嗚呼、本当に久しぶりだ。こんな風なやりとりは今までに、前世の記憶にも今世の体験の中にもあの戦場での日々以来だ。北條彩夏という個人ではない。立花、アルマ、ロビンの三人を加えた一つのチームとして、そのメンバーとして私に何ができるかが試されている。

 

「上等! やってやるさ!」

「………しっかり技術を盗ませてもらう、だけ」

「まっ、ロビンやアルマも居るしなんとかできるさ」

「おばあちゃんが悔しがるくらい、いいものを作ってみせますよ。この四人で」

「いい返事だね。コレは明日にはIS学園に運び込ませておくわ。試合当日までじっくりと、検分して知識を高めなさい」

 

 受領手続きを終えた私は本業である試験機、開発コードJA-T01―ニックネームはまんまエンジェル―の試験稼動に臨んでいる。

 第一回、第二回とで判明したPIC制御の問題点と搭乗者保護機能の調整を終えた天使を駆り、滞りなくノルマをこなしていく。

 モンド・グロッソ規定仕様下での戦闘行動。戦闘稼動下での省エネルギー行動能力の確認を終え、残すところは実戦での対IS戦闘での最大稼動試験のみとなった。

 山田先生や三人娘は部外者だ。試験の終了まで麓の川沿いの村で初夏の鮎を堪能してもらうことになった。

 試験開始を待つ間に、先の一件について祖母に尋ねる。

 

「ねえおばあちゃん」

「……ああ、聡い子ね本当に。こんな立派な孫に育ってくれて嬉しいわ。よく気づいて家事も一通りできて護身もできる美人の一人娘がいつか嫁に出るのかと思うとほんとに心から辛いわ。その上男を惑わせる魔性のボディ。孫を嫁に出すくらいなら世界なんて滅べばいいのに」

「そ、そうじゃなくって! はぐらかさないで!」

 

 べっ、別に家事くらい誰だってこなせるようになるし特に美人なんかじゃないし! セシリアや凰さんのほうがよっぽど可愛いし!

 残念ながらルー・ノワール用ではなくデータの精度を維持するためにノーマルのISスーツ、つまりスクール水着風のアレを着ているわけだ。ボディラインはくっきりと浮かび上がるし、肌の露出は多いし、正直コレを着て織斑一夏の正面に立ちたくはない。

 

「あの武器の完成形の構想、実は完成してないんでしょ?」

「あちゃー、バレてた?」

「これから完成させるっていう意思表示、だよね」

「聡い子だねえ、ええそうよ。私はまだ理想の完成形を模索しているところ。だからこそあの子たちに託してみたの。私とは違う視点から、立つ場所を変えて様々な見方から何かを発見してくれるのではないかって思えたのよ。でもよく気づいたわね」

「デスクの上のメモ用紙」

「……抜け目無いわね」

「孫ですから」

「アイスクリーム無しね」

「そんな!?」

 

 余計なこと言わなきゃよかった。

 

 

 あれから彩夏はプロジェクトの試験機の稼動テストのために別行動になった。

 北條博士のオススメという店で鮎を食べつつ(山田先生持ち)、見せられた試作型の波動砲(仮称)について思考を割く。

 うん、おいしい。鮎ってやっぱり丸かじりが一番だよね。―波動砲とか言うものだからもっとすごい大掛かりなのかと思ったけど、そうでもなかった。

 いやいや、実際の試射映像を見た限りだとエネルギー換算で500ほどの消費で競技場一つ消し飛ばせる火力なんだからすごいのは確かだ。―アルマ、食べ方知らないのかな? なんか戸惑ってるみたいだけど。ロビンは…まあ丸かじりするしかないと割り切って一気に食いついてるけど。

 

「どうしたのアルマ。食べづらい?」

「ん……違う」

 

 アルマは小学生かと思うほど小柄だ。眼前の鮎は小ぶりだが、それでもアルマの小さな口では一口では食べる量に限界がある。

 

「あの武器………多分だけど、ものすごく、強い」

「そりゃーあの映像見てりゃわかるさ。トンでもない威力だぜ」

「………ただ、ISに載せるような…武器じゃあない。そんな気が、する…」

「でも、実際アレはISに搭載できるほど小型で強力な火器だと思うんだけど?」

「違う。そうじゃなくて……なんだろう…もっと、違うものに使うのが普通なんだと思う」

「? そう?」

 

 IS用の装備をIS以外に使う。どうやって? ISの出力だからこそあんなトンデモ兵器が実際に使えるだけで、既存の航空機につけたところで役立ちはしない。むしろ余計なエネルギーを食ってしまう分航空機は性能が低下してしまうだろう。

 まさか艦船に? そうなれば軽く原子力空母まるまる一隻使わなければいけなくなる。コストの面でも、防衛や攻撃能力の面でも不安定だ。まして、空母を旧世紀の戦艦のようにしてしまうなど時代を逆行しているとしか思えない。

 

「ま、今はとりあえずアレの実用化と完成が目標だよ。私たちはタダ飯食べるために来たんじゃないんだし」

「そうだぜアルマ。もうちょっと目先のことから考えようや。アタシらの目標は彩夏が対抗戦で優勝するために必要な相棒の強化だ。あ、いらないんならもらってやるよ?」

「あげない!」

 

 ぷい、とアルマは目の前の鮎を取り上げると、串が刺さっているのにも気にせずかぶりつく。

 小さな可愛らしい口で必死に鮎にかじりつく少女の姿を、山田先生はほっこりとしたような笑みで見つめている。

 

「そういや彩夏が乗ってるテスト機って、日本の次期主力のコンペに参加してるやつだよな?」

「だね。倉持技研が打鉄ベースの新型なのに対して、日先技研は一から構築された新機軸の機体だって聞いてるけど」

「ふぅん。ってこたーこりゃ対抗戦が面白くなりそうだ」

「なんで?」

「決まってんだろ。操縦者組みの四組の日本代表候補生さ。サラシク…なんだっけ?」

「サラシキ、カンザシ」

「あーそれそれ。アルマの言ってるそれだ」

「なるほどね…倉持のテストパイロットと日先のテストパイロット同士の激突なわけだね」

「そうそう。これは…面白いレース展開になりそうじゃな…」

 

 隣で座っていた山田先生の手がロビンの肩に置かれる。

 

「賭博はダメですよ」

「あっ、はい」

 

 にっこりと、天使のような眩しい笑顔。裏の無いまっすぐな人柄の山田先生に押し込まれたロビンはすごすごと引き下がった。

 

「さーて、公式のデータと戦績は…と」

 

 手持ちのタブレットPCでIS学園のデータベースへアクセスする。あくまで外部に見せても何ら問題のないデータではあるが、簡単なプロフィール程度は記されている。

 ページを開いて五秒。やっぱり山の中では通信も時間がかかる。このお食事処も回線自体は通っているが未だに光ファイバーだ。

 そうして映し出されたのはバストアップの写真と簡単な来歴と専用機のデータ。たったこれだけだが、諜報機関を相手取る更識のことだ。写真以外の経歴はどれだけ改ざんされているだろう。

 

「ふぅん……打鉄弐式、ね」

「どれどれ?」

「ほぉ…まさに打鉄でありながら打鉄ではない、って感じだな。両肩のシールドをスラスターを兼ねた防盾にして、上半身は余計な装甲を外して稼動域を増やしてる。下半身もスマートになってはいるけど複合装甲だし、こいつで蹴り飛ばされたらいてぇだろうな。けど相変わらず第三世代って物理装甲すくねーよな。これでシールドバリア落ちたらハダカ同然だぜ?」

「……絶対防御は?」

「あんなもんに頼ってんならソイツはただのバカだ。攻撃を受けても命は守られます、だ? ふざけんな! この世に完全がありえねーように、絶対防御なんてものもあり得ないんだ。兵器作ってんならわかるはずさ、それは人命を奪うことができるんだって。だから、絶対防御が落ちてるときのための備えってものは疎かにしちゃいけねーんだ。……今のISは命のやりとりを知らない奴等の玩具でしかない」

 

 ロビンが熱の篭った声で告げる。さすがにマイペースなアルマでも、彼女の真摯な、怒りを含んだような瞳に気おされている。

 

「だからなのかもしれない。彩夏が全身装甲のISを、顔はもちろん腹部や腕までも防護された状態を要求するのは、おそらく本能的にソレを危惧していたからなんじゃないかな」

「へぇ…アイツ、そんなこと言ってたの?」

「うん。最初に会ったとき、”全身装甲にできないか”って聞かれたんだ。今のISは専ら絶対防御とシールドが守りの主体だから、ラファール・リヴァイヴの全身装甲機能は軍用以外ではあまり使われないんだけど、どうしてもって言うからわざわざフランスの本社から取り寄せたんだよ」

「……なあ、アヤカって日本人だろう」

「……………ロビン、ついに……酸素欠乏症に…」

「腰折るなよアルマ。なあ、変だって思ったこと無いか? アタシらは今年で16歳だ。それなりに専門的な分野を専攻しちゃいるけどさ、正直まだまだ技師としちゃ若輩だ。だけどアヤカの操縦の腕前は、シロートの腕前なんかじゃない。FCSに頼り切らず、ISの高速機動戦闘を行いながら、PIC制御もこなしている。データ上の相手とはいえ世界最高峰の使い手三人を相手に二分以上持ちこたえてる上に、一人を撃墜まで追い込んでいる。才能って言葉じゃ、説明が付かないんだよあの戦闘技術がさ」

 

 そう言われれば、確かに異常な戦績だ。仮想戦闘とはいえモンド・グロッソで覇権を争った三人のデータを相手に二分以上耐え、その上一人を撃墜した。結果だけでもすごいものだ。

 だけどその中身、操縦ログを今一度見直してみてその異常さがより鮮明になっていく。火器管制はオートロック機能など一切無し。PIC制御はセミオート中心に、時折イメージインターフェースでの直接制御を行っている。まるで機動や攻撃のタイミングを読んでいるかのような位置取り。ここぞというところで勝負を仕掛ける胆力。どれも一朝一夕じゃ身につけられるものじゃない。才能ある人間が修練の果てに会得する技術を、彼女は16歳にして持っている。

 

「それだけじゃない。アヤカのバイタルデータ見たか?」

「ああ、うん見たよ。冷静だけどハイな状態。コンバット・ハイの状態だと思うけど」

「そうだよ。仮想戦闘で、だぞ」

「……あ…」

「わかったろアルマ。あいつが全身装甲を使う理由は単純だ」

「…怖い、から」

「きっと何もかも投げ棄てて逃げ出したいほどに、だ」

「どうしてわかるのさ?」

「アタシの知り合いが軍に居たんだ。といってもフランスだけどね。そいつはいつでも”開放的でいいじゃないか”って言って全身装甲は外したままだったんだ。絶対防御があるから、って言ってさ。けど私がミラノに戻って三ヶ月したらさ、そいつの姉さんから手紙が来た。戦死しましたってさ! 笑えるだろ。人の命を守る機能、絶対防御。こんなくだらないものを信じてあいつは死んじまったのさ! だから、かな……わかるんだよ。アヤカもきっと、何か大切なものを奪われたんだ。ISにな」

 

 重い沈黙が続く。パチパチと照らすものも無い囲炉裏の火がただただ煌々とした輝きを湛えたまま、時が過ぎていく。

 

「でもさ、それでも私は機械が好きだ。ISも含めてね。もちろん生み出した機械が、技術が戦争に使われるなんてザラだよ。私はそれでも機械を作りたい。生み出した機械がヒトの助けになるんだって信じてる。例え戦争に使われて命を奪うものになったって、後悔なんてしない。私は自分の生み出したモノを信じてみせる。これが平和の礎を築くものになるんだって信じてる」

 

 そこに居るのは普段の勝気で陽気なイタリアの少女じゃない。ただひたすらに自身のユメと願いを信じて疑わない、子どもの純粋さを持ちながら大人のような悟りを持った少女。

 

「私は、そうは思わない」

「……なんだと」

「ロビンの意思はわかった。だけど、私は機械だけじゃ不足していると感じている」

 

 妙に饒舌に、アルマが口火を切る。普段はぼうっとして眠気眼の小さな少女は、今しっかりと目を見開き隣に座するロビンを見て告げる。

 

「機械は、確かにヒトを助けるものかもしれない。けれどそれを扱うのは常に人間。人間の意志無しに機械は動かないし、止まらない。だからこそ、機械に介入しなければそれは安全とは言えない」

 

 ロビンは燃え盛るような赤い瞳で、冷徹に目の前の少女を睨む。アルマは冷めた口ぶりで、しかし青い瞳に確かな情熱を宿して睨み返す。

 

「……だからこそヒトは与えた。機械に”判断”する力を与えた。プログラムというヒトが機械に与えた力。それを伸ばし、鍛え、時に修正する。そうして初めて機械は力を発揮できる」

「アルマ…」

「ヒトの意志を伝える言語。文字の羅列と構文を用いて、私は意志無き獣に判断するという力を与える。それが、私の為すべきことだと理解している」

 

 二人の視線の交錯。火花の散る、と思われたそれは驚くほどあっけなく、お互いの奥にある何かをひたすらに見つめるようにすれ違う。

 ああ、この二人はそれほどの信念を持っているのか。自らが掲げるに相応しい旗印を、既に手に入れているんだ。なら、私も見せてやろう。この心にある一つのカタチを。

 

「作る、仕上げる。それは大事なものだよ。だけど、忘れてもらっちゃ困るよ。壊れたものを修理するっていうのも大事なことさ。作り上げられたものを大切に守り通していくことは、考えているよりもずっと難しい」

 

 父にせがんで家の壁掛け時計の中を見せてもらって、その複雑さと造形美に魅了された。そこから全てが始まった。

 物置に眠っていた、もう動かなくなった古い時計を引っ張り出した。そこからは単純だ。何が原因で動かないのか、どうして動かないのかを時計修理職人の父に尋ねるようになった。

 解体し、組み上げる。解体し、組み上げる。問題点を探して必死に部品の配置を記憶し、交換が必要なパーツを交換してまた組み上げる。繰り返される作業が驚くほど充実していたのを今も覚えている。

 無駄に豪華だった装飾に使われているのがどういう宝石だったかなんて覚えちゃいない。時刻を刻む時針にダイヤが使われていたのも当時は気にもしなかった。修理を終えて、時計の針を十二時に運んだ瞬間の奇跡を今も私は覚えている。

 ボーン、ボーン、と響く音がまるで神様の祝福のようにさえ思えた。蘇った。再び息を吹き返した時計を前にして、私は呆然としていたのを今も思い出す。

 

「機械はちょっとした手直しと整備でずっと性能が上がる。私は時計屋の子だからね。そういう古い機械やからくりの類の修理ならちょっとした自信がある。一品モノの時計を相手にしてるとね、わかるようになるんだ。作り手のちょっとした遊び心とか、どんなことを考えて作ったのか、そんなものがさ。他の機械だってそう。大量生産品の車やバイクだって、設計を見ることで作り手の狙いがわかるんだ。それを見抜いて、そのものの性能を更に引き出す。それが私のような修理屋の、整備士の役目だと思ってる」

「…修理する前よりも良い状態に、ってやつか」

「もちろんそれはあくまで理想。私にできるのは、機械が持つパフォーマンスをその状態での最大限まで引き出すこと。大切に整備された機械は百年だって使い続けられるんだ」

「………作り手としては…愛着を持ってくれるのは嬉しい限り…」

 

 言い切った。言ってやった。ああ、清清しい。こんなにも持論を展開することなんて今までに無い経験だ。これが、チームなんだ。一つのものを目指すためのチームに必要な、第一歩が今正に踏み出されたんだ。

 

「アルマ、ロビン。私は技術者であり整備士志望だよ。アヤカが安心してISに乗って戦えるようにキッチリと仕事をこなしてみせる。二人はどう?」

「アタシは言うまでも無く製作者だな。使う人間が誰であれ、アタシはアタシの持てる力の限り最高の仕事をしてみせる」

「……システム工学志望。無知な獣に智慧を授けるのが私の役目。アヤカの狼は万全の調教を施してみせる」

「…ありがとう。私たち三人の手で、必ず作り上げてみせよう! 最高のカスタム機をね!」

「応とも!」

「…Да(ダー)」

 

 既に食べ終えて何も刺さっていない長い竹串が囲炉裏の上で交わされる。最初に突き出したのは私だけど、二人ともいいノリをしている。

 ロビンはどことなく吹っ切れたような、温和な笑みを浮かべて。

 アルマは心なしか不敵そうな、にやりとした笑みを浮かべて。

 そして私はきっと満面のドヤ顔だ。きっとそうに違いない。こんなにも腹の内を曝け出したんだから、この程度で恥じる必要なんてない。

 

「だそうですよ。彩夏ちゃん」

「……………えっ?」

 

 ぎぎぎぎ、と錆付いて今にも朽ち果てそうな速度で声の主、山田先生のほうに顔を向ける。

 振り向けばそこには、涙で顔をぐしゃぐしゃに濡らした我らが代表候補が立っている。

 腰のあたりで青のリボンでまとめられた黒髪。平均的な日本人女性より少し背の高い、凛々しい表情の似合う少女は、眼鏡の下の黒い瞳に大粒の涙を湛えている。

 

「……一つ聞くよ。アンタ、いつ、から?」

「…ロビンがっ……怒って…た……トコ…」

「…………リッカやロビンの、その、アレは…?」

「…っぐす……アルマのも…全部っ…丸聞こえだよ……あんな大声じゃ…」

「じゃあ、最期のアレも…?」

「なんで竹串なんですかっ!! ぐす…ぅっ……もっと情緒は無いの!?」

 

 山田先生はそっと彩夏の頬を伝う涙をハンカチで拭い去る。車の中ではまるで姉妹のようにおしゃべりしていた二人。どっちが姉だかわからないくらい親しげに話していた二人だけど、山田先生の包容力が一枚上手のようだった。

 彩夏は制服の袖でごしごしと乱雑に拭うと、元のきりっとした表情を作り上げる。

 山田先生の食べかけの鮎を一息にかき込んで、口元についた身の欠片さえ気にせず竹串を突き出す。

 

「みんなが言うなら私も宣言しますよ! 私は、四人で作り上げたルー・ノワールで優勝してみせます! 私の勝利は四人の勝利です! 私の敗北は四人の敗北です! どんな結果が待ち受けていたって、私は勝利を諦めません!」

「乗った! アタシは賭けるぜ!」

「………乗るしかない、このビッグウェーブに」

「一年代表を侮るなってこと、目に物見せてやらないとね!」

 

 今一度剣が交わされる。代表チーム四人の剣が交わり、確かな絆が生まれる。

 

 

 がらり、と引き戸を閉める。新緑の風が吹き抜けて、木々の青葉を優しく揺らす。人の気配も無い散歩道をくだり、川面の近い遊歩道へと歩を進める。ゆらゆらと立ち上っては消えていく紫煙。その紫煙を吐き出す女性に声をかける。

 

「試験稼動はどうなったんですか?」

「……急な予定が入ったのよ。今日は一時間半ほど、残業の予定よ」

「ああ、そうでしたか」

 

 教え子達は成長している。私の初めての教え子、北條彩夏。彼女の行く末をどうかこの目で見届けたい。それが教師として、それ以前に彼女の姉としての私の願い。

 知識を授け、技術を托し、才を拓いてきた。私が、私の手で、私なりに。

 そして巣立ちの時が近づくに連れて、私の心を寂静が満たすようになっていった。

 

 愛する教え子が手元を離れていく。―それは生命には必然の別れの一つだというのに。

 愛しい妹が私の手を必要としなくなる。―これは旅立ちの前章ですらないというのに。

 

「真耶ちゃん。子どもが巣立つっていうのはね、家族や親にとってすごく悲しいものなのよ。それは愛しい愛しい、大切な子がこの手から飛び立っていくんだもの。不安に押し潰されそうになって、あと少し、ほんの少しでもって思う。そんな風に思えるのは大切な家族だからこそよ」

「先生……せん…せいっ……!」 

「でもね、ふとした拍子に帰ってくるのよ。親元っていうのはそういうものなのよ。旅に出た自分がいつか戻りたいと思える、帰りたいと思える故郷。そしてそれが叶う瞬間はね、親という存在にとって最高の幸せのひと時なの」

「うううっ……うわあぁぁっ…! っ…ううっ…!」

「私の娘はもう死んだ。孫はほったらかし同然。………だけどあの子はこんな私でも、おばあちゃんって呼んでくれる。それが何よりも私にとって嬉しい」

「…せんせぇっ! …私っ……私が育てたんです…! わたしっ…! がんばってっ……っ…」

「……頑張ったね、真耶」

 

 私はきっと、この日のために生きていたのかもしれない。

 師から預かった知識と力と技術と心を、師の孫である彩夏に受け渡す。おそらく彩夏の母が本来勤めるはずであろう役目を、先生は私に預けてくれた。他の誰でもない、私に。

 子は立派に育ち、羽ばたくときはもう近い。そして私の元を飛び去って帰らない。

 

 

第二十一話 モラトリアム 4th day

 

「ええっ!? 使用できないんですか!?」

「全アリーナの使用状況は……あー、全部詰まってるわね」

 

 ISの戦闘訓練や機動制御技術の訓練場所でもあるアリーナ。その使用は予約制によって成り立っていて、申請さえすれば量産型である打鉄やリヴァイヴを用いて自主訓練も行える。

 それ故に競争率はすさまじく高い。複数人で借りることでスペースの制限は生まれるものの、合同訓練のようなことはできるが、実戦を想定した訓練となると他のISが存在するというのは邪魔者以外の何物でもない。

 もし、制御を間違えて射線に飛び込んできたら。例え絶対防御があろうとも危険は危険だ。可能な限り危険はを排して行わなければ、安全というものは確保できない。

 

「北條さん、どうしたんですか」

「真耶姉さん?」

「せ・ん・せ・い、です! えいっ!」

「あたっ」

 

 うん、どうしたんだろう。いつもなら”そんな呼び方はやめてくださーい!”と涙目で抗議してくるはずなのに。……うん、でもこういうちょっとお茶目さのある真耶姉さんも良い。

 デコピンを食らったおでこをさすりながら思案する。

 

「それで北條さん、何かあったんですか?」

「あ、その、アリーナの使用申請を出していたはずなんですけど……どうにも埋まっちゃってるみたいで」

「うーん……ちょっと利用状況を見せてくれますか?」

「どうぞ、山田先生」

 

 冷静で落ち着いた山田先生なんて見るのは久しぶりだ。おたおたと動揺した姿を見慣れていたものだから、こうやってピリッとした雰囲気は新鮮さを感じる。

 けど、なんだか、遠いような気がする。よくわからないけれど、何なんだろう。

 

「ああ、やっぱり…彩夏ちゃん、これ見てください」

「えーと……利用回数制限超過……って超過!?」

「アリーナは基本的に使用回数の制限があるんですよ。忘れてたんですか?」

「えっと、でも、真耶姉さん私まだ今週二回しか…」

「アリーナ全面を使った演習訓練は週に一回だけです!」

「つ、つまり…もう私、今週は、アリーナを使えない…?」

「そういうことです。ちゃんと利用規則は覚えておいてくださいね。………まあ、専用機持ちですから量産機を使用しませんので、他の誰かと合同でいいなら使用できるんですけど」

「むむむ……致し方ありませんね…おっと…」

 

 ほうほう、これは…チャンスだ。善は急げ。今すぐにでも声をかけておかなければ。

 

「一夏くん! 一夏くんッ!」

「お、おう……どしたんだ彩夏…すごい勢いで…」

「どうか私にお情けをください!!!」

 

 ガタッ、と席を立つ音が二つ。同時に立ち上る紅と蒼の闘気が教室を満たしていく。

 周囲の学生は”ひっ”と声にならない叫びを上げ、修羅の歩みをただただ眺めるしかできない。

 

「い・ち・か」

「あ・や・か」

 

 ぞくり、と嫌な汗が背中を伝う。がしっと私の肩を掴むセシリア。隣では一夏が箒に同様の状態に押さえ込まれている。

 

「アヤカさん、わたくし……あなたのことはたいせつな友人だとおもっていますの。ですから是非、是非に、一度ゆっ…くりとお話したいと思っていまして」

「ひゃ、ひゃいっ!」

「一夏」

「はいっ!」

「私はな……いつも疑問に思うんだ。節操なしに何故いつもいつもいつもいつもそうやって女を手篭めにするつもりなのかとなッ!」

 

 ちら、と一夏を見る。既に魂が口から半分抜け出そうになっている。

 

「二人とも……どうして」

「見つめ合っているんですの?」

 

 にっこりと微笑む修羅。蔑むような眼差しの剣鬼。どうしてこんな…あっ。

 

「ま、待ってくださいセシリア。あの言葉はそういう意味ではないんです。お願いですから話を聞いてください! なんでもしますから!」

「そっ、そうだぜ! きっと何かの間違いだ! 俺からも頼む! 俺も何でもするさ!」

 

 にやりと二匹の鬼の口がつりあがる。部分展開されたブルー・ティアーズと、背中からすらりと抜き放たれる木刀を前に、やっちまったと後悔するも時既に遅し。

 

「なんでも、か…ふふふ…」

「そう、なんでも、ですね……うふふふ…」

「だったらまずは…!」

「この制裁をお受けなさい!」

 

 光が、ひろがって―

 

 

「だいたい、彩夏は自分が年頃の女の子であることを―」

「一夏、お前がいつも回りに女だらけで嬉しいのはわかるが―」

 

 説教は終わらない。これなら地獄の閻魔様に説教されるほうが幾分マシかもしれない。事情は全部洗いざらい話したはずなのに、まだ正座させられるんだろうか。もう許してほしい。

 

「まあ、反省はしているようですし……ここで区切りとしましょう」

「そうだな。彩夏の暴走が原因のようだし、な」

「ぐっ……モウシワケアリマセンデシタ」

 

 恥ずかしいったらありゃしない。焦りに焦った勢いであんな言葉を言っていたなんて情け無いにもほどがある。

 

「なあ彩夏、なんでセシリアがお前に怒ってんだ? 俺はいつものことだから別に慣れてるけどさ」

 

 一夏が鈍感でよかった。これでもし”お情け”の意味を深く知っていたなら私は三日は顔を合わせられない悲惨な状態になっていただろう。

 結果から言えば、合同使用の許可をとりつけることはできた。ただしセシリアと箒のオマケ付きで、だけど。

 よくよく考えれば私と一夏はクラス対抗戦で当たる敵同士だ。にも関わらず快くオーケーを出してくれたことは嬉しい限りだ。今度お礼になりそうなものを見繕ってみよう。

 アリーナ使用権の確保を三人娘にメールで伝えて、一夏たちと共にアリーナへと向かう。更衣室でルー・ノワール専用にしつらえたライダースーツタイプのISスーツに着替える。

 

「………負けてはいないはずなのですが…」

 

 ちら、と右を見れば立派な双子山が並んでいる。左を見ても大層立派な双子山が並んでいる。

 そしてその私には両サイドよりかやや見劣りする(気がする)双子山。無い、というわけではない。この二人が大きすぎるだけなのだ。

 美乳、というカテゴリにおいては私は自信がある。だが、巨乳というカテゴリにあって私のランクはそう高いものではないだろう。

 

「…くっ……」

「まあまあ、アヤカはとても素晴らしいスタイルの持ち主ですわよ。均整がとれた美しさというものは良いものですわ」

「そうだぞ。私は剣を振るうせいかどうにも筋肉が多いから、少しやわらかさがな…」

「…慰められているはずなのにこの悔しさはなんなんでしょう」

 

 天よ、願わくば真耶姉さんのようなすばらしい乳を我に与えたまへ。

 

 アリーナのピットへと足を運ぶと、既にそこには愛機であるルー・ノワールと量産型IS打鉄が待っていた。

 鎧武者のような打鉄と並んで、全身を漆黒に染めたリヴァイヴ・カスタムが鎮座する様は威圧感さえ感じさせる。

 その傍らでコンソールを片手にチェックを済ませている立花に声をかける。 

 

「ああ、彩夏……ってどうしたの? ずいぶんヘコんでるけど」

「決してたどり着けない頂上がある、と思い知らされただけです」

「ん?? なんなのさそれ?」

「まぁ、気を取り直してはじめましょう。こっちは私のクラスメートのセシリアと箒です」

「初めまして。セシリア・オルコットですわ」

「私は篠ノ乃箒。よろしく頼む」

「二人ともよろしく。私は柊立花。彩夏やチームメイトからはリッカって呼ばれてるよ」

「……コンソール二つを同時に扱っていますの?」

「ああ、コレ? いつの間にかできるようになってただけだよ。そんな大したものじゃないよ」

「いえ……なるほど…そういうトレーニングも効果が…」

「どうかしたの?」

「気にしないでいいですよ立花。いつものことですから」

 

 ぶつぶつと思考に嵌り始めたセシリアをよそに、立花は再びチェックをはじめる。

 

「そういえば、コレは私の使う予定の打鉄だが、これも診ているのか?」

「そうだよ。彩夏に呼ばれて来てみたらルー・ノワール以外にもISが置いてあったからさ、暇つぶしがてらに異常が無いかチェックしてるよ。整備士にとってはISの稼動前後のチェックは必須の作業だからね」

「ルー・ノワール?」

「フランス語でルーは狼、ノワールは黒を表す言葉ですわね。直訳すれば黒い狼ですわ。現在の西洋ではあまり良いイメージを持たれませんが、古くから狼は神話や物語に多く登場しています。ローマ建国の逸話や日本の大神の語源にもあるように、狼は様々な物語や信仰に結びついているものですわ」

「有名どころなら”あかずきん”でしょうか。オカルトの類なら”ジェヴォーダンの獣”なんてのもありますね。まあ私は日本人ですから、日本人的なオオカミのイメージですけど」

「狼…か。彩夏らしいな」

「私らしい、ですか?」

「ああ」

 

 どういうことなのだろう。狼が、私らしい。一体オオカミと私のどこに共通点があるのだろう。

 

「まあまあ、深く考えても仕方が無いですわ。私は西洋の生まれではありますが、狼の群れというのは素晴らしいものだと思いますわ。群れを統率するリーダー、その指揮の下に獲物を追い続けて仕留める。とてつもない忍耐とタフネスです」

 

 だとすれば、さながら私は群れを失って彷徨っていた一匹狼だったのだろう。そして今は新たな群れの一員として、己にできることを為そうとしている。私らしい、というのはそういうことなのかもしれない。きっと箒の言っていることとは意味が違うのだろうけれども。

 

「離せ! 離してくれ! いや、離してください!」

「大人しくしやがれこの覗き魔!」

 

 ぎゃあぎゃあと騒がしい声が聞こえて振り返れば、そこにはロビンにきっちりと腕を極められた一夏と、それを力の限りに押さえ込んでいるロビンが居た。

 

「おいアヤカ! こいつ女子更衣室で覗きをしてやがったんだ! さっさと通報してくれ…って暴れるなっての!」

「頼む彩夏! 誤解なんだ! 助けてくれセシリア! 箒! いででで!」

「………アヤカ、ここは、…私に任せて……早く」

「アタシのは見られても構わねぇけどな、アルマの裸体を見ようなんざアタシが許さねぇ!」

 

 小さな体躯で必死に一夏を押し留めようとするアルマ。だけどねアルマ、足にしがみついているわりに引き摺られているんじゃあ足止めにもなっていないよそれ。

 

「あっ」

 

 紅と蒼の闘気がゆらめく。まさに二人は今、修羅となって一夏の眼前に立ちふさがっているのだ。

 ちらりと向けられた一夏からの視線を受け流す。ああ、今日はアリーナの空がきれいだ。

 

「アッー!」

 

 触らぬ神に祟り無し。一夏よ眠れ、安らかに。

 

 

 無事誤解が解けた後、和解したアルマたちと共に自主トレの準備に入る。

 一夏とセシリアはそれぞれ専用機を展開し、ピットから飛び立って周回軌道でアリーナを飛翔する。

 箒と私はそれぞれ機体に乗り込みISを起動させる。リヴァイヴの腕と足がロックされ、ISが装着される。ライダースーツの上に更にラバー状の保護膜が展開され、量子化されていた胴部と胸部、二の腕の装甲、そしてヘッドギアが展開される。地肌が晒されることはない。

 その様相は物々しい、まさに戦場へと歩みだす兵器としてのリヴァイヴの姿だ。万一に備えた生命維持機能も持つ装甲と保護膜が少しばかりの安心感を与えてくれるものの、いざ銃を握ると緊張感が全身を駆け巡る。

 

「リヴァイヴ起動。ロビン、アルマ、ルー・ノワールのデータ収集の準備はいい?」

「こっちはオッケーだ。アルマは?」

「ISの管制システムとリンク……問題なし。いつでも」

「了解。私は三人のモニターをしなきゃいけないから、彩夏のほうはお任せするよ」

「あいよ。きっちりやるさ」

「合点承知」

 

 バイザーに情報が映し出される。インターフェースに次々と走るプログラムの羅列。エネルギー残量、レーダー、シールドの耐久値、機体各所の状態、武装の状態、そして操縦者のバイタルが表示される。

 

「ロビン、アルマ、起動完了。ステータスは異常なし」

「よしよし…箒、そっちはどうだい?」

「もう少し待ってくれ……良好だ、問題なし。いつでもいいぞ」

「射出準備……発進可能まであと三秒……………行ける」

「打鉄! 出るぞ!」

 

 箒が駆る打鉄のロック状態が解除され、ゆっくりと立ち上がる。威風堂々という趣の打鉄がカタパルトに乗せられ、一瞬で最大速度に加速されて射出されていく。

 

「ほーう。ずいぶんやる気じゃんあの子。大方あのなよっちいのが好きなんだろうな」

「よくわかりますね」

「そりゃあの態度じゃな」

「…それもそうですね」

「真っ直ぐなのは美徳だけどさあ、どっか危うい真っ直ぐさなんだよな、あのなよっちいの。ま、アタシの所見だから気にしないでいいよ」

「……それは、注意しておきますよ。アルマ、いけますか?」

「ぐっどらっく」

「ルー・ノワール、出ます」

 

 ぐん、と体に圧し掛かる衝撃に耐えて先を見据える。青空の広がる無人のアリーナ。その空を周回する三機の輪に加わると、慣らしを兼ねて一通りの機動を行う。

 上下反転しての左右への軽い移動。前に進みながら推力を一度切り、後方に宙返りするように一回転。そのまま錐揉みして姿勢を戻し、再び周回軌道を維持する。

 

「さすが代表候補ですわね。いい動きですわ」

「習得して損は無いですよ。見栄えもいいので、観客に受けるでしょうし。観客のアドバンテージを握るにはいいですよ」

「アクロバットは得意ではありませんの。できないわけではないのですけど、ね」

「すげーな二人とも……ISってあんな動きもできるのか…」

 

 おしゃべりしながらのウォーミングアップを行う中で、箒だけが黙々と慣らしを続けている。もう少し会話しないと、合同練習の甲斐が無いじゃないですか。

 私はお喋りしながらでもこんな機動を行ってみせられるが、織斑先生ならば実戦でお喋りと余所見をしながらでもやってのけるだろう。

 

「さて、何から初めていきましょうか。私は機体制御を主体にマニューバの練習をしますけれど、皆さんは何かプランなどはありますか?」

「私はブルー・ティアーズの四機同時制御を練習しようかと。アヤカ、どうせなら射撃回避も加えて本格的にいきましょう?」

「いいプランです。障害物も加えて、ターゲットを設定してより実戦的に…」

「それに地表ギリギリ、倉庫のような閉鎖空間を意識したコース取りも加えて私がターゲットを守る防衛側に付いて…」

『おお、やる気だねーお二人さん。ちょっと待ってな、すぐ設定するよ』

「お、おい箒……なんだかすごいことになってんだけど…」

「代表候補なんだ。それくらいはできる、ということだろう」

 

 いつの間にかアリーナの半分を占めるコースが設定されている。立体映像投影による障害物が設定され、ターゲットの配置まで済んでいる。

 仕事が速すぎますアルマさん。一分で用意してくれるその手腕はさすがとしか言いようが無い。

 

「さあ、はじめましょうか!」

「いきますよ、ティアーズ!」

 

 上空で待機するブルー・ティアーズから四つのフィンが切り離され、フィールドの上空に散っていく。ルー・ノワールは地上に足をつけ、前傾姿勢でスタートに備える。

 

『スタート!』

「…ブーストッ!」

 

 スラスターが青い炎を吹いて狼を走らせる。地表から僅か十センチの高度を維持しつつ加速し、ターゲットにライフルを単射する。

 障害物の陰から現れた的を撃ち抜こうと構えるも、ターゲットはすぐさま物陰へと退避する。そこへティアーズの狙撃とビットのレーザーが照射される。寸前で後方へとバックブーストで退避する瞬間に、体を強いGが包み込む。

 

「ふふっ、やっぱりこうでないと!」

 

 仮想空間では味わえない現実の感覚。土のにおい、空気の張り詰めた感じ、時間が流れる感覚、全てがこの身一つに降りかかる感覚がたまらない。

 

「っ…余裕そうに避けておいて……これはどうですか!?」

「おっと!」

 

 頭上と背後そして左右の壁を利用して姿を隠していたビット、合計四機のレーザーによる十字砲火が迫る。開けた逃げ道をあけ、わざとそこへ追い込む布石である一手。逃げる先は一つしかなく、必然私はそこへ飛び込むことになる。

 時間差を持って迫る青い閃光。足元を狙って撃ち込まれた後方からのレーザーを軽く上昇して回避。だがそのままでは頭上から撃ちぬかれる。しかし左右からは前後を挟むようにレーザーの網が張られている。必然、その左右の網の隙間を平行にブーストして回避するしかない。

 そして追い込まれた獣は―

 

「捉えましたわ!」

「…っ…やりますねっ!」

 

 星の光と銘打たれた銃からの攻撃に晒される。左側面に配したシールドで辛くも防ぎ、態勢を立て直すべく即座にブーストして左右に小刻みに姿勢制御をかけて狙いを定めさせない。

 一撃を防がれた後に即座にセシリアも猟犬をけしかけるが、四機同時制御の制約がビットの行動から精彩を奪っている。普通なら即座に撃墜するのだけれど、今はセシリアにとっても私にとっても訓練だ。セシリアは四機同時制御の制約があるためにビットを減らすわけにはいかず、私は機体制御の練習のためでもあるので敵の攻撃を減らしてしまったのでは回避機動の練習にならなくなる。

 一転して狙いが甘くなったビットの射撃を紙一重で回避しつつ、ハンドガンを左手に持ち、ターゲットを撃破する。

 

「抜け出されるわけには…ティアーズ!」

「ほら、セシリア! プレゼントですよ!」

 

 ドンドンドン! けたたましい発射音と共に、牽制を兼ねたハンドガンの三連射がセシリアを襲う。

 

「なっ! …もうっ、いきなりは危ないではないですか!」

「しっかり避けてるクセに!」

「そちらこそ! お返しですわっ!」

 

 スターライトの光が狼の牙を掠めて過ぎる。しっかりと道中のターゲットも同時に破壊するが、右手のライフルも同時に大破判定で持っていかれてしまった。

 即座に破棄したライフルに変わりサブマシンガンを選択。ISよりも高い障害物、コンクリのような壁をブーストジャンプで跳躍し、壁の裏側のターゲットを空中での一回転中に撃ちぬく。

 

「なんてデタラメっ!?」

「ほらほら、次に行きますよ!」

「そうは、いきませんわ!」

 

 セシリアのけしかける猟犬をしのぎつつ、一つまた一つとターゲットを射抜く。

 ライフルを大破判定で使用不能にされたのは痛いが、銃があるうちは戦える。

 サブマシンガンは射程と精度でライフルには劣るが、その連射力と面制圧力、そして取り回しの面で優れている。片手で構えてすぐに弾をばらまけるのは接近戦を仕掛けるための布石として、相手の接近を阻害するための牽制手段としても有用だ。

 ライフルは片手でも撃てるが、その場合の精度は甘くなる。例えISだろうと人だろうと、しっかりと武器を保持して使うのが鉄則だ。そして自らの武器が得意としているレンジと特性をよく理解することが、戦闘における自らのアドバンテージに繋がる。

 

『あと四つだ! セシリア、気張れよ!』

「ここで落として差し上げますわ!」

 

 セシリアの真下に並ぶ四つのターゲット。前後左右を取り囲むビット。そして上空にはセシリアのスターライト。これがISに触りたてのころの私なら万事休すとなっているだろう。

 そう、以前の私だったなら。

 

 意識を広げる。文字通り世界を俯瞰し、前後左右上下に到るまで周囲の全てに意識を向ける。

 ハイパーセンサーの捉える三百六十度からの情報を余さず飲み込み理解し、自らの動くべき道を弾き出す。

 世界の流れが歪むような感覚。ゆったりと鼓動する心音にあわせ、スローモーションになった世界の中で思考に没入する。迫りくるレーザーの着弾時間の差は絶妙だ。普通に回避したならまず当てられてしまう。それほどの先読みから生み出される予測射撃。回避した先にいつでも三手、四手目を撃つことのできる包囲網が既に敷かれている。

 後方から迫るレーザー。右足に重心をずらして回避。レーザーは左肩を掠めて過ぎ去る。

 左から奔る追撃の光。重心を載せた右足で地を蹴り、ヘッドスライディングのような姿勢で前に飛び、即座に瞬時加速。地表スレスレ、小石さえ目視できる低空を駆け抜ける。

 右から飛来する青の閃光。それは私を捉えるには少しばかり遅い。

 僅かに足りないと見たセシリアから、スターライトの光の奔流が向けられる。同時に進路を塞ぐように立ちはだかる一機のビットからレーザーが照射される。スターライトは私には届かない。コンマ三秒後にはもうそこに私は居ないのだから。

 地表との間は僅かに十センチとギリギリ。制御を一つ間違えば地面と熱烈なキスを交わすことになる。それがどうした。私は泥をすすり食えるかもわからない食材を食べて生き残った。その程度は造作も無い。

 眼前に迫る青の矢。左手に再びハンドガンをコール。残弾の装填数は4発。

 青い光が広がる。PIC制御最大。ウイング格納、実体シールド解除、これで邪魔なものは何も無い。

 

「ラストッ!」

 

 姿勢制御スラスターが火を噴き、世界が反転する。ぐるりと右に回転していく視界の片隅を過ぎ去る光。突き出した左手のハンドガンはターゲットに狙いを定める。

 ドンドンドンドンッ! セシリアの真下に存在していたターゲットのど真ん中を弾丸が打ち抜いて、四つの的は微塵に砕け散るようなエフェクトを残して消え去る。

 

『………し、終了…だな』

「…そ、そんな……あの低空でバレルロールなんて…」

 

 加速した世界から舞い戻った狼が地に足をつけ、ガリガリと大地との摩擦音を伴って瞬時加速の速度を無理矢理殺して立ち止まる。

 ルー・ノワールのヘッドギアのフェイスガードが開放され、バイザーが格納される。息つく暇も無い一瞬のプレッシャーから解かれたことに安堵し、深呼吸を一つする。

 

「どうです? マニューバっていうのはかっこいいだけじゃないんですよ」

『……………変態』

「なんでそうなるんですか!?」

『…いや、これは……変態って言われても仕方ないよ。なあ、アルマ?』

『いわゆる、変態機動……やっぱりアヤカは変態…』

「ええ、どう見たって変態ですわね」

「このアウェー感はひどすぎます…」

 

 眼を背け、一夏と箒のつばぜり合いを注視する。二人とも剣道をしていただけあって打ち込みの強さと思い切りがよい。

 一夏の攻撃を箒が受けて流し、返礼と言わんばかりに突きを二度三度と繰り出す。

 カウンターを弾き、いなし、一夏が再び気迫と共に剣を薙ぐ。それを紙一重で回避した箒が逆に押し込み、一夏が劣勢に陥るものの冷静に捌いて仕切りなおす。

 空中戦などまるで無し。地に足つけての剣戟の舞が繰り広げられる。

 

「アヤカ、これって別にISでなくてもいいのでは…?」

 

 セシリアは目の前で繰り広げられる剣の舞を見てそう言い放つ。

 しかし、ISは生身の延長でしかない。あくまでパワードスーツの範疇なのだ。強力なパワーアシストがあって、空を飛べて、小銃弾など弾いてしまう堅牢なものだが、パワードスーツなのだ。レバーやペダルで動かす機械とは違う。

 

「ISというものがキーボードやレバーやスティックで動かす巨大ロボットだったら、必要は無いかもしれません。けれど、ISは踏み込みも銃を撃つのも構えるのも私達が手足をそのように動かして行うものです。ISと生身の差異を乗り越えて、生身であるような動きをISで可能にする領域へ到るにはいずれ必要なことです」

 

 人間の意志、それにISが応えてくれるようになる。その瞬間はとても心地よかった。

 時々私はスローモーションのような、そんな世界を不意に垣間見る。もちろん私は普通の人間、少女であることに変わりは無い。スローモーションのように見える世界の中で思考だけが冴え渡ることはあっても、自分だけ普通に動いたりするなんていう異常な能力を持ち合わせているわけではない。体の動きもスローモーションの中では相応に緩慢な動きだ。

 イメージインターフェースを導入したルー・ノワールなら、この僅かな瞬間に導き出された思考を即座にISに反映できる。機体制御のみに特化したイメージインターフェース。これによってルー・ノワールは先ほどのような危険かつアクロバティックな機動さえ可能になった。

 今や我が相棒たる黒い狼は第2.5世代機として第三世代機にも食らい付く力を得た。そして次は最大にして一撃必殺の牙を研ぎ上げるのみとなる。

 

 あと、三日。果たしてどこまでやれるだろうか。

 

 

第二十二話 モラトリアム final day

 

 明日はいよいよクラス対抗戦の開催日だ。クラス間でも明日は敵同士という意識からかピリピリとした雰囲気が学年中を包んでいるのがわかる。

 そんな中でも平常運転の織斑一夏とユカイなハーレムの女たちは今日も騒がしく駆けずり回る。いつもの見慣れた光景にあの凰鈴音が加わっただけだが、何も教室のドアを物理的に破壊しなくてもいいのではないだろうか。主犯は篠ノ乃箒だが。

 いつものような時間が過ぎ、いつものような昼休み。いつものようにお手製弁当を片手に屋上へ向かう。

 いつものように一番乗り、と思いきや思わぬ先客に出くわす。

 

「あのー、凰さん…?」

「な、なによ…」

 

 通用口のドアのすぐ横の壁に、膝を抱えてうずくまるツインテールの少女。凰鈴音が何故ここに。

 

「………何かあったんですか?」

「あんたには、関係のない話よ」

「ドアの向こうまですすり泣きが聞こえるのに、何も無いわけがないですよ」

 

 そういうとまた彼女は俯いて涙を隠す。言うつもりは無い、らしい。

 表情はほんの少しだけ見えただけだったけれど、ひとしきり泣き終えた後だというのはわかる。

 

「それで、何があったんで―」

「あんたなんかには関係ないって言ってんのよ!!!」

 

 今までの鬱屈の全てを向けられ、彼女の怒りの声に私の問いはさえぎられる。

 

「…わかりました。気が向いたら呼んでください」

 

 さりげなくドアの内側にかけられているプレートの”閉鎖中”の面を表にしてドアを閉める。

 今下手に触ると暴発しかねない。加工前のニトロよりひどい。火に油どころか、触れれば暴発。第二次性徴の多感期にある少女に対しては、ニトロの取り扱い以上に注意しなければ。

 一番離れたベンチに腰掛けて、弁当箱を入れた手提げのバッグから本を取り出す。ごくごく普通の少女マンガ。内容もありきたりで、良く言えば王道、悪く言えば二番煎じのようなものだが、それでいい。

 最新刊のラッピングを剥がし、帯を外してバッグにしまう。本の間に入っているビラを無造作に放りこみ、一ページ目をひらく。

 ケンカ別れのように離別した少女と彼のそれぞれの歩む道を描いたところから始まり、ふとした再会から少しずつ縒りを戻していくシーンに入ったところで、静かな世界は破り去られる。

 

「隣、いい?」

「どうぞ」

 

 どんとこい。そのためにわざわざ私は左端に寄って座っているのだから。

 

「あんたでしょ…代表候補って」

「そう、ですね。未だ至らぬ身ですが、日本代表候補です」

「一夏とも、戦ったんでしょ」

「はい。公式戦ではないですけど」

「一夏は、どうだった?」

「弱いですね。……そうムッとした顔をしないでください。誰だって最初はそうです。むしろ一ヶ月でよくあれだけ動けるようになったと思いますよ」

「そっか……一夏は、強くなってるんだ…」

 

 静寂が訪れる。過ぎ去っていく初夏の潮風を背に、ひゅうひゅうと手すりをすり抜ける風の音をBGMに時間が過ぎる。

 

「あたしね、昔は一夏と同じ学校にいたんだ」

 

 知っている。当時いじめを受けていたことも、涼子さんに調べてもらって知っている。

 

「昔は私って踏ん切りがつきにくくて、言いたいことも言えなくて、私は中国の生まれでしょ? 他の子からはパンダだとか散々いじめられてたのに何も言い返せなかった。立ち向かう勇気が、無かった。そんなときに一夏に会って助けられて、好きになったの。まるで少女マンガみたいだよね」

 

 乾いた笑い声で、彼女は懺悔するように言葉を紡ぐ。

 

「私が中国に戻ることになって…やっと勇気を出して、また会えたら私と結婚して欲しいって………ストレートには言えなかったけど、伝えられた。伝えられた気で舞い上がってた。一夏は鈍感だし、気づいてないかもしれないって思ってはいたの。自分の心に素直になって、正面から伝える勇気を持てなかった。結局私は弱いままだったのよ。さっき一夏に約束を覚えているか確かめたら、何も伝わってなかった。伝えられてないまま、私は舞い上がって勝手に一夏が私に応えてくれるって期待して、それが叶わなくて勝手に失望してるのよ」

 

 彼女は制服の袖でごしごしと涙を拭う。止め処なく溢れてくる涙に笑顔の似合うだろう彼女の表情は曇り、あの日のような覇気は微塵もない。

 

「私って、ほんとダメな女。サイテーな、どうしようもない、弱いだけの…」

「恋愛は、人を狂わせることがあります」

「………なによ、いきなり、変なの」

「ある人の話です。その人にはずっと恋焦がれる女性がいたんです。思い切って思いの丈を伝えた結果………回答は得られませんでした」

「…どうして?」

「それは私にもわかりませんし、彼にもわからなかったんです。何故何も言わないのか。せめて一言でも、是か否かだけでも彼女が告げていたなら彼の人生は変わっていたでしょう。彼はその日からずっと悩み続けることになったんです。どうして何も言ってくれないのか。何故うやむやのままで今日も顔を合わせているのか。平気な風を装ってどうして自分は今日も部室で彼女と話しているのか。彼は高校を出るまでずっと悩んでいたんです。自分の何がいけないのか、答えをもらえない理由は何なのかと。いつしか彼はその悩みさえ忘れるほどに無気力になり、享楽的になり、自己破滅願望を抱いた。表面上はいつものクールな鉄面皮を被って、その裏側では渦巻く狂気と善悪がひしめき合ってさながら混沌というべき歪な状態になってしまった。………最悪の形で残ってしまった愛が彼を蝕み、そして破滅への一歩を後押しした」

「………その人は…今は?」

「…立ち直った彼は普通に大学を卒業して普通に就職してから他の女性と結婚して、事故で死にました。幸運だったのは彼の善性が狂気や悪意を押し留め、なんとか人として格好はつく程度に自己を維持していたこと、でしょうか。もしかするとその善性こそが狂気と紙一重のものだったのかもしれませんが」

「そう、なんだ…」

「いいですか。後伸ばしにはしてはいけません。必ずケリをつけなさい。一夏君を狙う子は多いです。そして同時に敵も多い。それでも一夏君が好きだというなら、いつか必ず自分の心にケリをつけることです。成否は問いません。ただし、必ず答えは引き出すことです。愛が自分を蝕んでしまう前に」

 

 そう、かつての”俺”が辿った轍を踏まないように。無気力で怠惰な生活を続け、自己を高めることさえ諦め、惰性と義務感で動き続ける屍になってしまわないように。

 

「必要なのは勇気ではありません。答えを渇望すること。愛は欲望です。こうありたい、こうなってほしい、叶ってほしいという自己愛の願望のカタチの一つ。執着、ともいえます。引き摺ってしまうことは、何よりも危険なんです。引きずり込まれる前に、断ち切ること。それが失恋というものだと思っています。正しい形での失恋こそ、成就よりも人に必要なものです」

 

 そういう私は、踏ん切りがついたんだろうか。両親の死を招いた篠ノ乃束を許すことはできない。あいつがISを世に知らしめるために行った所業は許しがたいものだ。

 人を騙し、国を騙し、己の意のままに操って今も逃亡を続けるあの雌狐だけは許せない。多くの人が彼女の欺瞞に扇動され、今や世界は第三次世界大戦の前哨戦の様相さえ呈している。

 白騎士事件の後、IS至上論が飛び交い女尊男卑の思想が蔓延り、軍事力の上でひとまず落ち着いていた世界に新たな火種が産み落とされた。

 自身を、ISを認めさせるためだけに世界を、人を操る。篠ノ乃束は偉人なんかじゃない。世界の裏で糸を引く悪意そのものだ。例え彼女にその気がなかろうが、その所業は世界を破滅に陥れるほどに。

 

 この私の持つ、篠ノ乃束への執着を、断ち切らなければ。

 

「………それでも、私は一夏が好き。うん…好き」

「…それでも、いつか」

「わかってる。でも、今はまだその時じゃないでしょ。私らしく、私の思いのままに、正面からぶつかってみる」

「…老婆心が過ぎましたね。今は忘れてください。ええ、まだ十六ですしね。深く考えず当たって砕けるのも一つの経験ですね」

「はんっ、砕ける気なんて無いわ! 絶対に一夏は他の女に渡さないんだから!」

 

 これもまた、一つの愛の形なんだろう。何も考えず真っ直ぐに相対する。簡単なようで難しいことに、彼女は意志を決めて挑もうとしているんだから。

 子どもは忠告なんて聞きやしない。自分の信じた道を突き進む。例えそこで折れようと貫こうと、それは彼女自身の選ぶ生き方だ。だけど後悔して心折れそうになったとき、少しでも私の言葉が役に立てば、と思う。

 

「そういえば、結局一夏には転校前になんて約束をしたんです?」

「え? あ、その……”毎日私の作った酢豚を食べてくれる”って…」

「それで伝わるかってんですよこのバカッ!」

 

 なんでこう今年の一年生は問題児ばかりなんですか!?

 

 

 更衣室のロッカーの前でブラを外しショーツを脱ぐ。眼前の鏡には全裸の私が映っている。黒の長髪。黒い瞳。青い伊達眼鏡。髪を留める青いリボン。どこもおかしいことはない。

 だがこれから先にこのリボンを連れていくことはできない。もし何かあったとしたら、私は戦うどころではなくなってしまう。

 ISに乗るときはいつもこうだ。家族の形見を、戦友の形見を手放し、身一つでISに乗らなければいけないのが怖い。何もかも投げ捨てたいほどに恐ろしい。撃たれることが怖いわけではない。負傷することを危惧しているのではない。ただ、離れ離れになって戻れなくなるような気がして、それがとてつもなく恐ろしくて。戦闘中はそれを忘れられるのだけど。

 

 薄手のインナーを着込み、ライダースーツ状の上下一体のISスーツを手に取る。左足、次いで右足。そして両腕をスーツに通して大きく開いた前面をしっかりと閉じる。自動で与圧されるスーツ。最期に両手に着けるグローブを手にとって、更衣室を後にする。

 

 クラス対抗戦の開催されるアリーナのピットには既に各クラスの代表たちのISが待機状態でメンテナンスを受けている。

 一番左から二番目の白式。一組の織斑一夏の専用機。白兵戦を主眼に置いた、加速力と防御力に優れる機体。武装は少ないながらも、強力な単一仕様能力は危険そのものだ。

 三番目の甲龍。中国代表候補生、凰鈴音の専用機。性能は第三世代ではパワータイプで装甲も厚く、近接戦闘では厄介な相手だろう。僅か三ヶ月で代表候補生としてたたき上げられた実力もある。

 四番目のテンペスタⅡ型。三組のクラス代表、スザンナ=アルバーニ。イタリアでは代表候補生に匹敵する実力で知られている。テンペスタ系列の持つ近接格闘と高速戦闘技術が非常に高い。要注意。

 五番目の打鉄にし…うん、どういうことなんだろう。確かデータベースでは打鉄弐式という表記だったはずなのに、目の前のソレはどう見たって打鉄。それもノーマルで、カスタムしたような形跡も無い。

 一番左、白式の隣に鎮座するルー・ノワールの前には既に三人の姿がある。

 立花はせわしなくいつものように三つのタブレットを操作して、アルマは一台のノートパソコンを眼にも留まらぬ速さでキーをタイプし、ロビンはバラした部分のパーツの精度やバランスの調整作業の真っ最中だ。

 

「あっ、おはよう彩夏。最終チェック中だからもう少し待っててね」

「よっすアヤカ。てっきり余裕ぶっこいて遅刻してくるかと思ってたぜ」

「………アヤカはロビンとは違う…」

「うっせえ。アタシは寝つきがいいだけさ」

「おはようみんな。早くからありがとうね。アルマも具合は大丈夫?」

「ん………へーき…」

 

 床で寝転がってPCを見ていたアルマを抱き上げ、パイプ椅子に腰掛ける。必然としてアルマは私の膝の上に座ることになり、彼女はあきれたようにため息をついて再び作業を始める。

 

「アヤカも好きだねえそれ。まあアルマの抱き心地がいいのは確かだけどさ」

「アルマだからこうするんですよ」

「完 全 勝 利」

「こらアルマ、彩夏の胸を枕にしない」

「ロビンは大きすぎ。立花は物足りない。アヤカが一番いい」

「テメーは今アタシにケンカ売ってんのか?」

「アルマ、後で正座ね」

「ゴメンナサイ」

 

 いつものやりとりが交わされる。決まってアルマは私の胸を賞賛してくれるけれど、ボリュームがあるロビンのほうが良いのではないかと私は思う。

 立花は、うん、頑張れ。諦めなければ絶対に大きくなる。ネバーギブアップだ。

 

「そういえばさ、立花」

「…なに? そんなぼそぼそ喋ってちゃ聞こえないよ?」

「確か四組は打鉄弐式という打鉄の発展系の機体、ではなかったんですか?」

「そうだよ。だけど何故か第二世代の打鉄でエントリーしてる。理由はわからないけどね」

「んなもんはどうだっていいさ。弐式だろうがMk-Ⅱだろうがやるこたぁ変わらない。撃って叩いて勝利を掴む。わざわざこの一大イベントにノーマルの打鉄で挑むくらいだ。腕に自信があるんだろうがそれを正面から叩きのめすこと。それがアヤカの役目さ」

「……………アヤカが勝つ…それが必然…」

「うっ、ハードルをあげないでくださいよ二人とも」

「あははっ。とにかく彩夏のやることはロビンが言うように思い切り暴れて勝利を掴むことだよ。私達が鍛え上げたルー・ノワールの力を発揮できるのは彩夏だけ。彩夏の全力に応えられるのもこのルー・ノワールだけだと私たちは思ってるんだから」

「…こうまで言われては仕方がないですね。まずは初陣を圧倒的な勝利で飾りましょう」

「残念だけど、勝つのはアタシよ」

 

 不意に声がしたほうへ顔を向けると、そこには先日の彼女が仁王立ちしている。凰鈴音。中国代表候補生の少女は以前見せた弱弱しさを払拭するように言う。

 

「改めて自己紹介するわ。私は凰鈴音。中国代表候補生よ。今回は敵同士だけど、よろしくお願いするわ」

「改めまして、北條彩夏です。一年生代表として今回の対抗戦に参加していますが、日本代表候補の一人です。お互い全力で頑張りましょう」

「どうも初めまして。柊立花です」

「アタシはロベルタ=カザリーニ。イタリア出身さ」

「アルマ=ゾーヤ=ヴァルコフスキー…………ロシア出身…」

「よろしく。それにしても、ウワサに聞いたけれど本当に一つのチームになってたのね」

「ウワサ、ですか?」

「そうよ。一年生代表チームはどうやら整備から乗り手まで、何から何まで一年生のチームだけでISを調整してるってね。最初は耳を疑ったわ。ISの勉強をしているって言っても、技術科コースの人間まで巻き込んでこんな面白そうなことやってるだなんて聞いたら、興味が出てくるじゃない? で、コレがそうなのかしら?」

 

 ちらりと凰鈴音がノワールへと眼を向ける。脊髄と肋骨のような意匠の操縦席など、本来のラファール・リヴァイヴには無い機構だ。これが基幹となってまずラバー状の防護膜が展開され、そして次に装甲が展開されるようになっている。

 脊髄に沿って伸びた基幹が衝撃吸収やバイタルチェックの高速・精密化をサポートする機能を備えており、イメージインターフェースに”反射的な”行動さえも反映させることが可能になっている。

 

「そう、これがラファール・リヴァイヴ・カスタムを彩夏専用にチューンした機体だよ。銘は”ルー・ノワール”さ。チームの誇りだよ」

 

 自慢げに胸を張る立花。その両側に立ってうんうんと頷くアルマとロビン。やはりこのルー・ノワールというものが三人の技師と私、四人で作り上げられたものだという実感が湧き上がる。

 

「ふぅん…第二世代がベースのカスタムタイプね。パッと見じゃリヴァイヴって気づくのには時間がかかるくらい変わってるわね」

「そりゃあアタシらで改造しまくったからな」

「その上シールド・ピアースも外してるみたいだし」

「………アヤカには不要なモノ」

「オマケに全身装甲。一体何と戦うつもりなの?」

「戦場だろうがモンド・グロッソだろうが戦えるよ」

「……ねえアヤカ。この三人ってもしかして」

「みなまで言わないでください。凰さん。理解していますから」

「…そう。あと、私のことはリンでいいわよ。私もアヤカって呼ぶから」

「わかりました。よろしくお願いしますね、リン」

「ええ、こっちこそ」

『間も無く選手入場です。各代表操縦者はISを装着し、ピットで待機するように』

 

 アナウンスが流れると同時に、ピット内の空気が変わる。

 ピリッとした緊張感に包まれ、一瞬の静寂が流れる。

 

「…それじゃ、先に行って待ってるわ」

「ええ、また後で」

「さ、急いでよ。こっちは最期のトリを務める機体だからね。今のうちに落ち着いてね」

「わかりました。いきますよ」

 

 ノワールの脚部に足を入れる。そして足から伸びた先、骨盤とそこから伸びる脊髄のように配されたシートに身を預ける。肋骨のように開いたプロテクターが私を固定したのを確認して腕をそれぞれ左右のISの腕部に差し込む。マニピュレータと連動するモーションセンサーグローブに指先を嵌め、感触を確かめる。

 

「ルー・ノワール、起動」

 

 操縦者である私の宣言と共に、量子化された灰色の防護膜と黒い装甲が全身を覆う。ヘッドギアのフェイスガードが閉じられ、バイザーが降りると与圧が為され、これで完全に肌の露出は消え去る。外部との交信が通信に切り替わる。

 

『バイタル正常値。脈拍・呼吸共に安定。アルマ、チェックお願い』

『ステータスチェック……兵装問題なし。PIC制御正常稼動中。各部伝達回路及びイメージインターフェース回路オールグリーン。スラスターの反応も良好。システム面の問題なし』

『ようし、アタシの出番だ。まずは右手を握って……そう…次は左手……いい具合だね。握った感じの違和感はあるかい?』

「いいえ。良好です。非常になじみます」

『ならよかった。新素材が手に入ったもんだからためしに使ってみたんだけど、うまくいったか』

 

 アナウンスと共に次々と代表たちがピットから飛び立つ。そして織斑一夏が飛び立って一際大きな歓声が沸き起こると、ついに私の出番を告げるアナウンスが響いた。

 

『お前の番だぞ、彩夏。……いってこい!』

「………北條彩夏、ルー・ノワール! 行きます!」

 

 さあ、お披露目だよ相棒。

 

 

第二十三話 火蓋

 

 今目の前に起こっている光景は何度か見てきた光景だ。私が教員として、このIS学園に務め始めてから三度目の景色。

 打鉄を纏った少女がアリーナの中央に設けられた特設ステージを中心に、ぐるりと空を一周してステージへと降り立つ。ISから降りた蒼髪の少女はスポットライトに照らされて実況による選手紹介が行われる。

 テンペスタが同様にしてアリーナのステージへと降り立つ。同じように選手紹介が行われ、歓声が沸きあがる。

 いつもは管制室からモニター越しに眺めるだけだった光景が、とても新鮮な。鮮烈な印象を伴って私に降りかかる。

 私が目指した舞台はもっと大きく尊く、しかしたどり着けなくて涙を呑んだ場所。そのステージは私が初めて見た織斑先輩の戦いの舞台。モンド・グロッソ第一回大会。それからの私の夢はあの舞台に立ちたいという願いに変わった。

 

『続きましては一年二組のクラス代表! ファン・リンイン!』

 

 黒鉄の装甲に身を包んだ、まるで古代中国の武将のような印象を与えるISがピットから飛び立つ。軽くアクロバットを披露しながら余裕そうな笑みを浮かべてぐるりとアリーナを一周し、ステージの中央に陣取るように降り立つ。

 

『つい二週間前にIS学園に編入となった新進気鋭の代表候補生! 専用機の”甲龍”は中国が自信を持って送り出した最新鋭の第三世代機です! 実力者揃いの今大会、この小さな少女が従える龍はどのような活躍を見せ付けるのか!?』

 

 小さいは余計だ! と誰かが叫んだような気がするけれど、小さくともあれは龍だ。空に向かって飛び立つ飛龍だ。

 

『さあお次は今大会のダークホースッ! 皆まで語るまい! 史上初の男性操縦者、オリムラ・イチカぁぁぁっ!』

「きゃあああぁぁっ! 一夏くーん!」

「一夏さん! 頑張ってください!」

「絶対あいつらに勝つんだぞ、一夏っ!」

 

 突如沸き起こる大歓声。ビリビリと会場そのものが揺れるような歓声の中に、一陣の白い影が空を舞う。

 白式を纏った少年、織斑一夏。どこか緊張した面持ちの彼はそっと手を上げて一組のメンバーが揃ったスタンドに向ける。

 

「い、今一夏様と目が合った……もう死んでいいや」

「カッコイイ……凛々しくて…ステキな笑顔…」

「きゃあああーっ! 一夏さまー! 私よ、結婚してー!」

 

 落ち着かない。どうして落ち着かない。まだあの子は出番にすらなっていないのに、私はなんでこんなにもそわそわとしているんだろう。

 

『説明不要ッ! この女子の園、IS学園において唯一の男子学生ッ! 織斑一夏! 好きですっ! 結婚してくださーい!』

 

 実況者までもがこの有様とは思わなかった。この調子で試合まで運ぶようなら補習授業を叩きつけてしまおう。

 

『専用機”白式”の武装は刀一本という潔さ! そこに痺れる憧れるぅ! しかーし刀一本と侮るなかれ、強力な単一仕様能力を保持するあの白式に近づかれれば必殺の一閃で切り捨て御免となること間違いなあぁぁし! 果たして刀一本で、されど刀一本で、どこまで戦えるのか! そして今回は織斑先生の特別な計らいで、更にもう一人の参加者がやってきた! ISに触れ始めたニュービーや、代表への道半ばの候補生がひしめき合うこの一年の中に紛れ込んだ一匹の狼。織斑先生が公表しなければおそらく誰も知らずに観客席に紛れていたかもしれない、黒い狼』

 

 来た! ついに、彩夏の出番だ。落ち着きなさい。落ち着いて、瞬きの一つすらせずにじっと見据えなさい。私の大切な妹。私の全てを受け渡した教え子。

 

『ブリュンヒルデたる織斑先生に三年前から師事し、無冠のヴァルキリーこと山田先生の薫陶を受けた、まさに時代の継承者! ホウジョウ・アヤカだーっ!』

 

 黒い影が空に舞う。無骨な全身装甲のISが空を駆ける。黒で統一された装甲、地肌を保護するグレーの防護膜。エメラルドグリーンに輝くバイザー。表情の見えないヘッドギア。

 織斑君の時の歓声から一転して、静寂がアリーナを支配する。

 

『今回参加した北條彩夏は日本代表”候補”の一角! つまり、既に次の国家代表の座を目の前に見据えた実力者の証明! 北條彩夏は”学年選抜チーム”としての参加! サポートするメンバーも整備を行う人間も全てこのIS学園一年生からの選抜チーム! まさにこのIS学園一年生の中から選び出された代表とも言えるチームの参戦だ!』

「代表候補…あの一組に居るっていう?」

「らしいねー。顔は知らないんだけど」

 

 ぐるりと一周する間にどよめきがアリーナを包む。実況の言葉に各々が信じられないといった様子でお互いに代表候補について話し合っている。

 そんなアリーナを気にする様子もなく黒い狼がアリーナの中央に立ち、膝を折る。

 装甲が量子化され、防護膜が解除される。彼女を縫いとめるように備えられたプロテクターが開かれ、その下の青いライダースーツ状のISスーツが顕になる。

 ヘッドギアが量子化されると、彼女がISから抜け出してステージの上に飛ぶように降り立つ。

 解けた髪留めからふわりと黒い髪が流れ落ち、重力に従って垂れる。乱雑に垂れた髪をうっとおしそうに後ろに手で流すと、どこからかいつもかけている眼鏡をかけている。

 ちゃっかり量子化して持ち込むとは、抜け目の無い子だ。

 その様子が映し出されたモニターを見ていた生徒たちからどよめきが沸き起こる。

 

「ね、ねぇ……あの子って…確か一組の…」

「うそ!? 私、あの子と模擬戦したことあるよ!?」

「あの子、図書室でよく居るよね…?」

「えええ!? アタシ、お手洗いでハンカチ借りたことあるんだけど…」

『従える黒いISは第二世代後期型の名機ラファール・リヴァイヴ・カスタム! とてもそうは見えないって? そりゃあ当然! 一年技術科コースの筆頭たちが集まって作り上げた北條彩夏専用機だ! 黒い全身装甲も、慎重すぎると思えるほどの防護機能も、操縦者の意志を反映した結果のこの姿。仏語でルー・ノワール…黒い狼と名づけられたこのリヴァイヴで彼女は容赦なく他のクラス代表を喰らい尽くしてしまうのか!?』

 

 やはり織斑のネームバリューの大きさと、史上初の男性操縦者という触れ込みは圧倒的なまでに浸透しているらしい。

 彩夏を”代表候補”として認知しているのは目の前で事実を知らされた一組の面子くらいなもののようで、他のクラスの生徒は代表候補が居るというのはあくまでウワサ程度にしか知らないらしい。

 だけど、生徒たちの驚きようを見て私はほんの少し自慢げになっている。

 彩夏が認められたことが、そして何より認めさせるだけの力をつけてくれたことが嬉しい。

 

「先生! 何やってるんですか! 一夏君と彩夏のデビュー戦なんですから!」

「そうですよ先生。ちゃんと応援してあげないと、一夏君も彩夏さんも拗ねちゃいますよ」

「相川さん、鷹月さん………大丈夫ですよ。ちゃんと二人も一組の皆さんが応援してくれているってわかってますから」

 

 ねえ、そうでしょう。私のたった一人の妹。

 

 

 一瞬の間に全身を圧迫感が包み込んだのがわかる。死線を前にした緊張感とも、戦場へ出るときのプレッシャーとも違う、今までに感じたことのない感覚が私を襲う。

 これが、スポーツマンの受けるプレッシャーなのだと初めて知った。アリーナの観客席を埋め尽くした人々を前に息を呑む。

 それでもすぐに普段通りの自分に戻れたのは幸いだ。初めて感じた死の恐怖や、仲間の命が危険に晒されているときの緊張感に比べてみればどうということはない。

 私の紹介が続く中でふと、見知った顔を見つける。童顔で背の低い、緑を帯びた髪と眼鏡をかけた顔が幼い印象を与える、私にとって歳の離れた姉のような人が観客席で手を振って私を見ている。

 

「もう、真耶姉さん…授業参観の母親じゃないんだから…」

『全員傾注せよ。これよりクラス対抗戦のルール説明を行う。一組から四組までの四名、それに一年代表選抜チームの北條を加えた五名によるリーグマッチで行われる。試合時間は三十分とし、最も勝利数の多いチームが優勝となる。それぞれには個別にピットが用意されている。同じクラスの人間なら学生証を提示することで入室できるようになっているので、応援に行っても構わない。ただし、不正は許さん。発見次第即座に始末するのでよく心に留め置くように。それではまず第一試合の組み合わせから発表する。第一試合、一年四組更識簪対一年選抜代表北條彩夏の対戦だ!』

 

 やっぱり来たか。どうせ織斑先生の考えることだから、真っ先に代表候補の実力を明示させようと仕組んでくると読んでいた。

 

『おっと! これは初戦から大注目の一戦! IS研究開発の名門にして名機打鉄を輩出した、倉持技研のテストパイロットを務める更識簪! 対するは古くは帝国軍の造兵廠を祖に持ち、自衛隊、現役の国防軍の技術開発の最先端でもある日本IS先進技術研究所のテストパイロットも務める代表候補、北條彩夏! 次期主力の座を争う組織のエース同士の一戦! これは一戦目から超好カードです!』

 

 緒戦は打鉄を使う更識の女か。ぶっちゃけると打鉄は使い手の技量こそが物を言うISだと私は思っている。近接格闘における柔軟性を維持しつつ、堅牢な装甲を確保しているのだから、十分に優秀な部類だ。一見すると防御型に見えなくもないが、それは違う。

 中距離を補うライフルを装備しているし、接近戦の優秀さは言わずもがな。そして何より加速力に持ち前の柔軟性が加わることで地上での運動能力は並みのIS以上だ。

 もちろん織斑先生の技量と他の打鉄使いの技量とを比較して、実際に私がこの身で確かめたことだから、まず間違いではないと思える。

 使い手の技量が物を言う、まさに日本刀のような機体。それが打鉄だと私は認識している。

 

『これより二十分後に第一試合を開始する。第二試合には二組の凰鈴音対三組のスザンナ=アルバーニ。第三試合は一組の織斑一夏対四組の更識簪となっている。試合開始十分前にはピットにて待機する様に。以上だ』

 

 オープニングセレモニーをつつがなく終えてピットへと戻ると、そこにいつものスーツ姿の織斑先生が待っているのが見えた。

 減速し、ゆっくりとPIC制御だけで眼前に着地するとバイザーとプロテクターを解除して降り立つ。

 

「織斑先生、どうしたんですか?」

「お前に客だぞ」

「私に?」

 

 くい、と親指で織斑先生が後方を指差す。その先には白衣を纏った、長い茶髪の初老の女性が佇んでいる。

 

「やっほー彩夏。来ちゃった」

 

 てへぺろ、と付け足した祖母はからから笑っておどけてみせる。

 

「こらこら、どうしたのいきなり抱きついたりして?」

「ふふっ、なんでもない。うん…なんでもないよ」

 

 久しぶりに感じる家族の温かさ。真耶姉さんとも織斑先生とも、ルームメイトのセシリアやアルマとも違う。ずっとここに居てもいい、そんな安心感が心を満たしていく。

 

「そういえば千冬お嬢ちゃん、わざわざ案内までしてもらってありがとう。後で真耶に甘い物でも持たせておくわ」

「お嬢ちゃん扱いはやめてください。もうとっくに成人してますよ、博士」

「その”博士”っていう堅っ苦しい呼び方を改めるなら、一考はしてあげる」

「考えるだけならタダですからね」

「おや、よくわかったね。賢くなったねー千冬お嬢ちゃん」

「は・か・せ! いい加減に用件を済ませてください! これから彩夏の試合なんですから!」

 

 こめかみにしわを寄せ、憤怒の篭った声で祖母に食って掛かる。堅物の織斑先生の性格をよく知っているのか、祖母はおおげさに”やれやれだね”とつぶやいてフラッシュメモリの入ったプラスチックケースを私に差し出す。

 

「何、これ?」

「中身は開けてからの、お・た・の・し・み」

「………なんなのそれ」

「まあ要するにサプライズプレゼントってやつかしら。三人娘に見せてあげたら喜ぶかもね」

「ふーん」

「あ、それとおばあちゃん全試合見てから帰るから」

「えっ」

「え? 彩夏が出るんだから一試合五分とかからないでしょ?」

 

 ピシリと凍りつく空気の中で焦りが私の思考を支配していく。

 ああ、これはつまり、圧勝しろという無言のメッセージだ。

 

 

 ピット内にやってくる人間は一人として居ない。それもそのはずで、今の私たちは選抜チームとしてここに居るのだ。本来所属する一組でもなく、まして他のどのクラスにも属さないチームなのだから。

 いや、今は余計なことを考える必要は無い。まずは一勝、だ。

 緒戦の相手は打鉄。剛健な装甲と高い柔軟性を持つ、地に足つけた戦いを得意とするIS。打鉄のブレードは強度面でもリーチの面でも、他のISの近接戦闘の基本装備であるナイフや直剣より優れている。

 堅牢であるということはつまり、壊れにくいということ。それは長く戦い続けるには必須となる重要な要素であるし、信頼に値する武器という意味でもある。

 私だってリヴァイヴ使いでありながら、互換性を持つ打鉄のブレードを用いている。

 相手が打鉄であるならば必然として、近距離での撃ち合いや刀同士のつばぜり合いも多くなる。せめて同じ強度を持つ武器が一つは必要だ。

 あとは離脱と強襲の際に牽制として使えるハンドガン。間合いを埋めるためのサブマシンガンに基本であるライフル。そして敵を動かすために、今回は脚部に熱感知誘導式の四連装小型短距離ミサイルランチャーを両足に装備。

 ライフルのアタッチメントにはグレネードランチャーを選択。弾種はノーマルのグレネードでも構わないのだけれど、相手の耳と眼を塞ぐためにEMPグレネードのみ。散弾ではあの装甲相手には少々心もとない。先日の白式との戦闘で効果が薄いのは実証済みだ。もしマスターキーを使うならスラグ弾のほうがまだマシだ。

 と、ここまで装備を揃えたはいいものの、果たしてどうやって勝つべきか。

 

『おーい、アヤカ。武装は決まったのか?』

「え? ああ、はい。おおよそ決めたのは決めたのですけど、どうにも決め手のインパクトに欠けるような気がして…」

『なるほどな………でもあるんだぜ、ノワールの武器なら。それはイメージインターフェースさ。卓越した反応速度とそれをISに反映する技量。それはまさに人と機械の意志が一つに融合したような境地だと言っていい。相手の攻撃見てから反撃余裕でした、って感じでな』

「………カウンターでの一撃必殺、ということですか?」

『まああくまで参考の一つさ。カウンターって言ってもいろいろあるしさ。アタシはよくサイクルロードレースを見てるんだけどさ、こいつは肉体を使うロードレースだけど、頭脳戦が大事なんだよ。チームの目標、個人としての目標、意地や執念で走ったりすることだってある。アタシら四人のチームとしての目標はまず一勝目を圧倒的勝利で飾ることさ。だけどその方法はアヤカに預けられている。最終的に決着をつけるのはアヤカだ。うだうだ悩むくらいなら全身重武装で飽和火力を叩き込んでもいいし、あえて素手で組み伏せるのもいい。要するにだ、好き勝手に暴れまわって構わないってこった。お前さんらしく、な』

「……なるほど。少し気が楽になりました。全力で叩きのめします」

『おおっ? こりゃあまた大きく出るな……勝算はあるんだろうな?』

「もちろんです。あと、H&K社のM107-AISスナイパーライフルも出してください」

『対IS用狙撃銃? 確かに火力としちゃ十分だけどさ、こいつはチーム戦じゃないぜ? 単独で取り回せるようなシロモノじゃないだろコレ』

「ええ。だからこそ使うんですよ。遠距離でも十分な効力を発揮する対ISスナイパーライフルを構えた敵が、ずっと追いかけてくるんですよ? 恐ろしいでしょう?」

『そいつはひでえや。まるでハンティングだな』

「ですねえ。それじゃあ行ってきますね。立花、アルマ、データ収集よろしくね。ロビンは…オペレーター?」

『まあ、そうなるな。アタシはこれでも昔はネットラジオやってたんだぜ』

『ロビンの意外な特技ってやつだね』

『………人は見かけに…』

『なんだってアルマ? よく聞こえないなあ?』

『…なんでも、ない』

 

 試合前だというのにピットには笑みが零れる。応援する者の居ない殺風景なピット内だが、チームのメンバーが揃ってこうしてお喋りできるのは嬉しいことだ。

 

『いいかい彩夏。アレはまだ出すには早い。だから格納したままにしてある。切り札は使いどころが肝心だよ』

「もちろんです。私の実力、火器の性能ではない私の力をまずは見せ付けましょう」

『その意気だ。勝負は最期にゃ執念が強いほうが勝つ。お前ならできるさ』

『Желаю удачи(幸運を)』

 

 カタパルトに脚部を固定すると、左手にナイフをコール。右手には大型のスナイパーライフルを引っ提げ、息を整える。

 

「ノワール、出ます!」

 

 射出された先には青空の広がるアリーナ。多くの生徒たちが席を埋めている中に、最前列に構える白衣の老女。

 祖母を見つけた瞬間に、どくんと鼓動が高鳴った気がする。晴れ舞台を見せることができるのだと考えるだけで、気分が高揚してくる。

 

 目指すはただただ、勝利のみ。

 

 

第二十四話 まどろむ狼

 

 審判から指示に従い配置に付く。アリーナの地に足を下ろし、相手との距離が一定になるようにして対峙する。

 アリーナは普段私が訓練するような障害物や建造物といった遮蔽物の一切無いフィールドだ。銃を使う人間、しかも一人の軍人として生身で戦った私としては弾除けが無いというのはすこぶる不安に感じる。

 

『さあいよいよ始まります第一戦! 解説には一組の代表候補生セシリア・オルコット嬢をお迎えしてお届けします。 注目の対戦は倉持のエースと日先技研のエース同士の激突! 堅実かつ長期戦にも強い打鉄を駆る更識簪と、ラファール・リヴァイヴ・カスタムを独自に磨き上げたルー・ノワールを従える北條彩夏! 確たる性能を持つ打鉄と、まったく未知の機体であるノワール。果たして勝利者はどちらになるのか! さあ、剋目して見よ!』

 

 更識簪。IS学園”最強”の更識楯無の妹であり、倉持の秘蔵っ子でもある。空間認識能力の高さと分析能力が売りということだが、私だってそれに引けを取らないものだと自負している。

 肝心の打鉄弐式ではないのが少し残念ではあるけれど、ここで撃ち落す。

 

『五秒前!』

 

 さあ、考える暇はもう無い。ただ撃ち落すのみだ。

 

『四、三、二、一…スタートッ!』

 

 試合開始の号砲と共に右にブースト。対する簪の打鉄は左手にライフルを持ち、右手にブレードを携えて動かない。

 動かないなら、動いてもらうまで。

 

「ミサイル、スタンバイ……いけっ!」

 

 両足のミサイルランチャーから一発ずつ短距離ミサイルが発射される。白煙の軌跡を描き、猟犬が打鉄の熱源を感知して追尾する。

 事ここにいたり、ようやく打鉄が動きを見せる。ミサイルを振り切るべく空に飛び上がるのを見届け、右手の対ISライフルを彼女に向ける。

 速射のためにFCSをカットし、スコープで直接狙いを定める。右に左に蛇行してこちらの狙いを定めさせないように打鉄が動くが、私にかかれば造作も無い。

 更識簪が打鉄を後方のミサイルに向け慣性でスライドしていくままにライフルを構える。打鉄に迫る二基のミサイル。そのうちの一基をライフルで迎撃するまさにその一瞬を狙う。

 

「……っ…!」

 

 時が遅くなる。同時に私の動きも、更識が操る打鉄の動きも、ミサイルの動きも、世界が遅くなる。

 されどこの思考は変わらず動く。機体を反転させ後方へスライドする敵の速度と移動する位置を予測し、狙いを定める。スコープには打鉄の姿がわずかに映っている程度だが、それでいい。コンマ3秒後の予測地点に狙いをつけ、引き金がゆっくりと引かれる。

 

 ガアンッ! さながら艦砲射撃かと思う爆音がアリーナ中に響き、観客たちは思わず耳を塞ぐ。

 スコープから意識を外して見上げれば、そこには脚部に被弾した打鉄の姿。左足の装甲が砕け、内部の機器が露呈するほどに破損している。生身の部分ではないために絶対防御が発動していないからだ。

 オマケに迎撃の寸前を狙ったためにミサイルも撃墜できておらず、二基のミサイルが被弾した打鉄の周囲には爆発の噴煙が漂っている。

 

『なんと初手での被弾! 更識簪、序盤で脚部の損傷! これは思わぬ痛手だ!』

『更識さんの機動は十分ミサイルに対処できていましたわ。ですがミサイルを処理するべくライフルで狙いをつけるそのプロセスの間はどうしても複雑な機動はできません。そこを寸分違わず狙い撃ちにした北條さんの読みと技量は確かなものですわ。その上に北條さんの持つスナイパーライフル………IS用の対IS装備の一種として名高いH&K社のM107-AIS…対IS用スナイパーライフルです。あれの直撃となればあの被害は相応のものでしょう』

 

 そう、こいつの威力は半端じゃない。だから、もっと近くで見せてあげる!

 ボルトを引いて排莢し、即座にイグニッションブースト。黒の狼が地を駆けて、打鉄の真下から一気に急上昇するように跳躍する。

 牽制に更にもう一発。狼の咆哮に怯えるように、彼女はライフルをかなぐり捨ててブレードを両手で構える。

 右手に持ったライフルをラピッドスイッチで打鉄用のブレードへと変更。左手にはデフォルトのナイフを手に、更識へと迫る。

 手にしたブレードを水平に構え、加速力を加えた突きを放つ。

 

「ふっ!」

「…う、やるっ…」

『ノワール渾身の一突き! 地表スレスレのイグニッションブーストからの強襲だ!』

『直線的な動きではやはり通用しませんね。更識さんも大きな動揺を見せることなく落ち着いて受け流しています』

 

 激突するような勢いを纏った平突きを受け流した更識簪から声が漏れる。まだ、まだだ。私を舐めてもらっては困る。

 打鉄がスラスターを吹かし、半ば体当たり気味にノワールを押し出す。

 仕切りなおすように距離が開いたところで安心させてやる気はない。ブレードからノーマルのアサルトライフルへ変更する。あちらはライフルを投棄したままだ。さあ、どうする?

 

『おっと、ノワールが距離をとってライフルを取り出した。先ほど打鉄はライフルを投げ捨てたばかりだ! どう対処するのか!』

「……流石にライフル一丁だけ、なんてワケがないですよね」

 

 普通ならメインウェポンを喪失した状況や使用不能の状態を想定してハンドガンなり小型のサブマシンガンなりを用意しておくものだが。

 さも当然のように打鉄は瞬時加速でこちらを狙って接近する。マガジンの半分ほどを掃射するも、打鉄は止まる気配も回避するそぶりも見せない。もちろん、怯むような気配もない。

 

「本当にあれ一丁なんですか!」

「はああっ!」

 

 大きく振り下ろされるブレードに向けて左手にナイフをコールし突き出す。

 刀身がぶつかり、このままではナイフなど容易く弾かれてしまう。だがそれはそのまま受ければの話だ。

 火花が散るのに合わせて、左手を思い切って払うように振り抜くと同時に機体をクイックブーストさせて右側に軽く移動させる。すると、打鉄のブレードは軌道を変えられて空を切り、私はその無防備な更識簪の左側面を捉えることができる。

 

『は、はっ…弾いたー!?』

『パリィ……まさかISでこんな芸当が…』

「すごい…まるで千冬様みたい…」

「ああ…千冬様のご教育を受けたお方……きっと夜も昼も千冬様に…うふふふ」

 

 ハイパーセンサーが余計な音声まで拾っているけれど気にするな。気にしてはいけない。

 瞬時にナイフとライフルを格納。無手の状態で彼女の左腕を掴んで、そのまま更識簪の顔にめがけて拳を振るう。いたいけな少女が怯える様を見るのは忍びないとはいえ、彼女の武装を破棄するためには必要なことだ。

 思わず剣から手を離したところを狙って剣を奪い去り、私の後方に向かって投げ捨てる。

 さあ、これで身を守るものはもうその鎧だけだ。

 

「落ちなさいっ!」

「あああっ!」

 

 膝蹴りを彼女のわき腹に叩き込み、踵で叩きつけるように地に落とす。苦悶に満ちた表情で必死に機体を制御しようとしているのが目に見える。

 それでも追撃は止まない。アサルトライフルをコールし、EMPグレネードを地に向かって落ちる打鉄に叩き込む。ダメージは少ないものの、これで相手の目と耳はしばらく機能不全に陥る。

 

「くっ…動きが鈍い…!? まさかEMP…?」

「ご明察。ですが、まだまだですね」

「…ま……まだっ…!」

 

 既に地面へとまっさかさまの打鉄の眼前に躍り出る狼。悪あがきの短刀の一振りを、彼女の腕を抑えて止め、頭突きを食らわせて怯んだ隙に短刀を奪い更に蹴り飛ばす。

 クレーターができるほどの勢いで叩きつけられた彼女の戦意はもはや、折れた後だ。元々彼女からは戦意を感じられなかったが、それでも勝負は勝負だ。戦場で余計なことを考えていたから、彼女は負けた。ただそれだけだ。

 ノワールの手には既に対IS用ライフルが構えられ、その銃口はまさしく彼女の目の前に突きつけたままだ。

 

「少し物足りませんけど、これで終わりです」

 

 顔に向けていた銃口を少し下げ、彼女の腹に向ける。背格好も小さい、まるで小学生であるかのような幼い体躯の少女に凶悪な銃口を顔に直接向けるのは気が引ける。

 

「Good Night...」

 

 そして、三度目の咆哮がアリーナに轟く。

 

 

 やはり私の見立てに間違いはなかったと確信が持てた。

 北條彩夏。若干十六歳にして日本代表候補として推される、油断ならない強敵。

 一度目は自身の専用機とノーマルのラファール・リヴァイヴでの対戦。大博打に出た彼女の一閃によって引き分けに持ち込まれた。

 二度目は彼女の専用機、ルー・ノワールとの実戦を想定した訓練。彼女はより強くなって―いや、あれが本来の彼女の持ちうる技量なのだと確信した。そしてそれが私のIS学園での最強の好敵手だという確信が持てた要因の一つとなった。

 

 大地にクレーターを作って機能停止している打鉄を見やる。左足の装甲は対ISライフルによる狙撃で抉られている。右半身の装甲はミサイルによって多少焼け焦げているくらいだが、損傷であることには変わりない。

 両肩の非固定浮遊部位を用いたアーマーも片方が砕けている。そしてなにより、搭乗者の表情は恐怖で歪んでいる。

 

「打鉄のシールドエネルギーは喪失! よって勝者は北條彩夏だー! 圧倒的! 代表候補生を相手に手も足も出させる暇さえ与えずにパーフェクトな勝利! これが候補生の先にある頂への未だ道半ばだというのかっ!?」

 

 そして私の予測通りに、彼女は狙撃銃さえ扱って見せた。彼女は適切なレンジに合わせて銃を持ち替えあらゆる局面に対応してみせることができると、ようやく確信を抱けた。

 

「しかも開始から67秒という超速攻! セシリアさん、これほどに早い決着が付くとは思ってもいませんでしたね! それも相手の武装を一つ一つ使用不能にまで追い込んでいます!」

「え、ええ…そうですわね。主な勝因としては対IS用スナイパーライフルの存在ですが、あれは威力を追求した故に反動の大きさや排出ガスが大きいなどデメリットもいくつか抱えています。射撃はボルトアクションでのみですし、重量もかなりのものになっています。特性を理解し、使いどころを見極めなければただの高威力の狙撃銃でしかないのですが、彼女は敵の行動を先読みしたかのような極めて正確無比な射撃の技術があります。片手であのライフルを放って命中させたのがその証明でしょう」

「荒々しくも繊細にしてしなやか! まさに野を駆ける狼の如く第一戦を勝利で飾った北條彩夏に盛大な拍手を!」

 

 拍手と喝采がアリーナを包む。

 今の私では決してたどり着けないステージ。友人は既にその高みへと到り、私と同じく代表候補生である人間さえ歯牙にもかけないほどに圧倒して見せた。

 歯がゆさだけが満たしていく。そこにほんの僅かに、彼女への嫉妬が込められているのにだって気づいている。

 彼女と同じ領域へたどり着けないなんて嫌だ。私は彼女に追いつきたいがために必死だというのに、彼女が戦うたびにその高みが遥か先にあると見せ付けられる。

 

「……いずれ勝利をもぎ取ってみせます。マイフレンド。その首を洗って待っていてもらいますわ」

「キターッ! これはなんというサプライズ! 英国代表候補生セシリア・オルコットから、日本代表候補北條彩夏へのまさかの挑戦状! 今の言葉からするとお二人は友人であると見受けられるのですが一体どうなんでしょうか!?」

「え…あ、あらやだ……マイク…切ってなかったのですわね…」

『セシリア』

 

 赤面する私の耳にオープンチャンネルで声が届く。アリーナを見ればそこには装甲を解除し、いつもの青いISスーツ姿でノワールを纏った彼女の姿がある。

 普段ISに乗るときには外しているはずの伊達眼鏡をかけた、いつもの彼女の姿がそこにある。

 

『私はそう簡単には落とせませんよ。この身は代表候補であり、織斑先生の弟子であり、何より私は一番の先生である真耶姉さんの教え子ですから。それでも挑むのならいつでもどうぞ。待っていますよ、セシィ』

「………望むところですわ。いつか射落としてみせますよ、アヤカ」

 

 私が乗り越えたい壁であり、大切な好敵手であり、愛する友人。その期待にブルー・ティアーズと共に応えることができますように。

 

 

 ゆっくりとピットへと降り立ち、戦闘で使用したスナイパーライフルとアサルトライフルに近接ブレード、そして一番の功労者であるナイフをウェポンラックに立てかけて、機体をハンガーに固定する。

 既にヘッドギアも装甲も解除したため、後は体を守るプロテクターを解除するだけでいい。

 肋骨のように私を包み込んでいたプロテクターが開かれると、ISを装着している手足を引っこ抜いてピットへと飛び降りる。

 

「お疲れさん、アヤカ。やっぱ実戦を見ると改めてスゲーもんだぜ」

「やったね彩夏! こっちはモニターで観客の反応も見てたけど、言葉も出ないって顔してたよ!」

「そうなんですか? 確かに歓声とかは少なかった気がしますけど…」

「圧倒しすぎた。だから……盛り上がりには欠けてる」

「ま、まあ…確かにちょっと早すぎたような気もしますね…」

「ともかくだ、アヤカを舐めてかかると痛い目見るってあいつらもわかっただろう。次はきっと最初から気を抜いたヤツが出てきたりはしないぜ」

「でしょうね。それにしても更識簪でしたか。勝負の場で勝とうという意志も見せないなんて、とんだ代表候補生です。これが戦場なら更識簪は敵に殺される前に味方から棄てられますね」

「ワーオ。辛らつだなあアヤカは」

「事実ですよ。たとえどんな状況でも勝利を諦めず最善を尽くして戦うこと。それは戦争だろうとスポーツだろうと同じことです」

 

 そう、彼らは常に生と死が隣り合わせの戦地で生きてきた。そして私はそれを目の当たりにした。敵に組み伏せられて今にも私めがけて鉈が振り下ろされるというところを、腹部を撃たれて瀕死になっていたジョンソン軍曹の投擲したナイフに救われたのだから。

 彼が敵を倒してくれたお陰で私は彼の治療をできたし、彼は生き延びることができた。……あの日に彼は死んでしまったけれど、軍曹の”諦めない”意志のお陰で私も彼も窮地を脱することができたのだ。

 

「さてと、アタシは武装とノワール本体のチェックをしてるから、次の試合くらいはリッカとアルマと一緒に観客席にでも行ってきなよ。点検が終わったらロックかけてそっちに行くさ」

「ちょっとちょっとロビン、私もメンテナンスくらい―」

「リッカ。お前は朝早くから仕事しっぱなしなんだ。少しくらいアタシらの仕事を残しておいてくれよ」

「もう…わかった。素直に受け取っとくよ。先に行って待ってるよ」

「私は少し着替えてきますね。さすがにこの格好で観客席へは行けませんし」

 

 時間が空いているとはいえシャワーを一試合ごとに浴びるのは手間がかかる。濡らしたタオルで全身の汗をふき取り、ニオイ消しのために制汗剤を使ってから制服に着替える。

 アルマと立花を伴って一組の観覧席に足を運ぶと、そこにはココアシガレットを咥えた祖母と山田先生が待ち受けていた。

 

「お疲れ様、彩夏。はい、あーんしなさい。立花ちゃんもどうぞ」

「むっ……なんでココアシガレットが…」

「へえ、懐かしい駄菓子ですね」

「一仕事終えた後の一服っていうのはおいしいのよ?」

 

 それくらい知っている、と言いそうになるのを押しとどめる。今の私は二十八歳の青年ではなく十六歳の女子高生だ。断じてここは無法地帯ではないし、戦場ですらないのだから、未成年がタバコを吸っているなんていうのはご法度だ。

 まあ、戦場では吸っていたんですけど。マックやジョンたちに渋い顔をされたのは確かだけれど、ストレス解消の方法の一つというのもあって文句は言われなかった。

 

「真耶姉さんに、クラスのみんなまで……どれだけ持ってきたの?」

「えっ? 1ダースだけど?」

「買いすぎだよ…」

「いやー、つい通販でポチッとね……なんだか懐かしくってついつい」

 

 祖母は悪びれる様子も無く「観戦するならビールとおつまみも必要でしょう」と言ってどこからか缶ビールを取り出した。もちろん真耶姉さんが取り上げたが。

 祖母は良く言えば自由人だ。囚われず、縛られず、我が道を行く人物。悪く言えば自分勝手とも言える。子どものように拗ねるときもあるし、気分と勢いでとんでもないことをしでかしたりもする。

 だけど一点だけ、どんなときでも曲げないものがある。一度受けた仕事は完遂する、というプロフェッショナルの精神だ。

 目の前に困難があっても動じず、必ずやり遂げるという信条を持っている。そんな祖母は家に居る時間など年に数日だ。育児放棄にも等しいほどだが、祖母は家族の記念日がある日は全て覚えている。決して家庭を顧みない人間ではない。

 私の誕生日。私がISを動かした日。私が代表候補になった日。家族の命日。祖父の命日。慶事や弔事には必ず顔を出すのが祖母だ。

 一度辞めた技術者としての職に再び戻ったのも、私が祖母以外の肉親を失ってしまったからだ。それ以来祖母は復職してから家にはあまり戻らなくなった。それが私の将来のためであるということも私は知っている。それが私を養育するための資金を稼ぐためのものだと私は知っている。

 私が日々の生活に不自由することなく今このIS学園に籍を置いていられるのは、祖母が身を粉にして働いてくれているからだ。

 だから、周りの人が祖母をなんと言おうと、私はこの人を”おばあちゃん”と呼ぶ。

 祖母の働きをこんな無様に食いつぶすわけにはいかない、というのが奮起した理由の一端でもあるのだから。

 

「さてさて、こっちいらっしゃい」

「…なんで私が真ん中なの」

「大好きなおばあちゃんとお姉ちゃんに挟まれて嬉しいくせに」

「むー…」

「うっわー………普段と違うあやちー…いいかも…」

「いつもの静かな彩夏もお姉さま然とした良さがあるけど、こういう子どもっぽい歳相応の顔もまた……そそるね!」

「のほほんさんと癒子さん、懺悔を先に済ませておくことをオススメしておきますよ」

 

 一番背の高い祖母、そして次に私、最期に一番低い真耶姉さんが並んで観客席に腰掛ける。

 ここからは、一人の搭乗者と技術者、そして教師としての会話だ。

 

「で、ルー・ノワールだったかしら。調子はどう?」

「そこそこです。イメージインターフェースのお陰で機体の動きもかなりスムーズになりました。ベース機がリヴァイヴ・カスタムですから基本性能に関しては第三世代機の初期型と同程度のものは備えていますし、あとはクセの無いリヴァイヴに私好みの調整を施した程度ですね」

「真耶、この子の調子はどう?」

「お友達もできましたし、信頼の置ける友人も居るようですから、心配要りませんよ」

「あ、そ。ならいいわ」

「北條先生、敵を作ってたりしないかも聞かないんですか?」

「ウチの孫娘はこんなに可愛いのよ? 敵ができるわけがないじゃない」

「ですねー」

「いやなんで納得してるの真耶姉さん!?」

「可愛い妹なのよ。真耶にとってもあの剣術バカにとってもね」

 

 さらっと織斑先生をバカ扱いする祖母のメンタルのタフさには驚かされる。

 

「そういえば彩夏、高機動ユニットが組み上がったわ。エンジェルに搭載予定のA型と量産仕様のB型があるんだけど、ノワールを使ったB型のデータ収集をお願いしておくわ。もちろんB型で得られたデータはA型にもフィードバックされるから、頑張ってね」

「ちなみに、想定する速度域は?」

「ん、これは軍用に開発するものだからマッハ4前後かしら。無人機なら現行の航空機でもこれの倍近い速度だけど、こっちは有人だもの。PICや絶対防御、搭乗者保護機能が優れているからといっていきなり極超音速の世界へご招待なんてできないわ」

 

 それでもマッハ4の時点で既に片足突っ込んでいるようなものだと思う。いくらこの身にかかる慣性や熱がシャットアウトされるといっても、それは万全ではない。ある程度は慣性がかかるものだし、保護機能が働いていてもマッハ4からアクロバットなんてしでかしたらレッドアウトでオワタ状態間違いなしだ。そもそも私が耐G訓練を受けたのは二年も前だ。それ以来一度たりともやってないんだから。

 

「いやーお待たせ…ってハカセじゃん。どしたのさ」

「あらロビンちゃん。実は新作の高機動ユニットのデータ収集を頼んでいたとこなのよ。そういうわけでデータ収集お願いね。データさえ集まればユニットはそのまま好きに使っていいわ」

「マジ!? 改造してもいい!?」

「もちろん」

「いやったー! リッカ、アルマ、対抗戦終わったら改造プラン練るぞ!」

「………私は寝たいからパス…」

「プラン練る前にノワールの整備してからね」

「ですよねー」

「北條先生もあんまりあおらないでください。ロビンちゃんも早く座ってくださいね。もうすぐ第二試合ですよ」

「はいはい。仕方がないねえ」

 

 真耶姉さんに諌められてしぶしぶといった様子で祖母は懐から缶ビール――ではなくノンアルコールビールを取り出した。左の内ポケットをごそごそと漁ったかと思えばジャーキーと柿ピーまで出てくる始末だ。

 

「飲む?」

「あ、いるいる」

 

 プルタブを開け、ごくりと一口目を飲み込む。アルコールは無いものの、ビールの苦味はうまく再現できている。欲を言えばサーバーでジョッキに注がれたものが欲しいところだが、今の私は未成年だ。この場では飲みたくても飲めない。

 ご無沙汰している味に思いを馳せていると、二回戦開始の予告テロップが観戦用の大モニターに映し出される。

 

 凰鈴音、その腕前をとくと見せてもらいましょう。

 

 

第二十五話 嵐の前の

 

 眼前のモニターにはテンペスタⅡ型の攻撃を難なくいなす黒い装甲のISの姿がある。

 甲龍、と名づけられた中国製の第三世代機を操る少女が手にした双剣を振るって敵を追い込んでいく。

 武装はおそらくあの双剣と、不可視の攻撃を繰り出す第三世代機用の特殊兵装。他の武装はまったく披露されていないが、推測するにパワーと装甲に比重を置いたISであるが故の制限ではないかと思う。

 意図的に武装を絞ることで余剰エネルギーの全てを機体の制御とシールドにつぎ込んでいるのかもしれない。堅牢なエネルギーシールドに重装甲、おまけにパワータイプでありながら余剰エネルギーによるスラスター出力も高く機動性も持ち合わせている。その上継戦能力も高い。

 考えれば単純なものだが、シンプルな故に到った強みとも言えるものでもある。

 

 全身の装甲は黒を基調とした厳つい印象を与えるが、そのISを纏うのはわずか十六歳の高校一年生の少女だ。

 凰鈴音とはほんの少しの自己紹介とお悩み相談に付き合った程度だが、彼女の戦意―というよりも心構えは前向きで、少々の威圧程度では逆にやる気を引き出してしまうだろう。

 逆境に対する反骨心も備えているし、メンタル面でのタフネスはセシリアや篠ノ乃箒よりも優れているだろう。

 

 第二試合は代表候補生としての技量の高さを見せつけ、リンが勝利を勝ち取った。

 第四試合で私は織斑一夏をボコした後、祖母とチームメンバーの五人での昼食となった。

 もちろん、私の憩いの場である校舎の屋上で。

 

「なぁにこれぇ」

「お弁当よ。彩夏がお腹空かしているだろうからちょっと奮発してみたのよ」

 

 目の前にはずらりと並べられたお重箱。一つは寿司のみ。稲荷からマグロまで取り揃えられているけれど、どうやって運んできたのだろう。

 

「心配しないの。これは馴染みの寿司屋の店主に届けてもらったやつだから、できたてほやほやの鮮度も抜群よ」

「スシだぜスシ! うまそーだなこりゃ! なあなあ博士、これ食べていいのか!?」

「ええ、いっぱい食べてちょうだい」

「いただきー!」

 

 二つ目には漆塗りの椀で四つにわけられた煮物の数々。筑前煮、小魚の佃煮、えんどう豆と高野豆腐の卵とじ、そして何故かどて焼き。

 

「これ絶対アテに作ったでしょ」

「な、なんのことカシラー…アハハハ」

「………卵とじ…хорошо(ハラショー)…!」

「でしょう? 私がお婆ちゃんから教わったのよ、この卵とじ」

 

 まさかそれがツボに入るとは思わなかったよアルマ。ちなみに私は苦手である。

 三つ目は漬物各種に鮭の切り身の塩焼きに、豚の生姜焼きとかき揚げやいも天などの揚げ物が各種。

 

「どうせだからと思って新生姜にしてみたのだけど、どうかしら」

「えっ? 博士、新生姜ってピークは六月からじゃなかったでしたっけ?」

「これは新生姜の中でも早熟なのよ。だから植え付けてから収穫までが短いもんだから、早ければ五月のゴールデンウィークにも食べられるってわけ。まあ私が友人に頼んで直接取り寄せただけで、市場にはそこまで出回ってないんだけど」

「へぇー」

 

 しかしこうまで立派なお弁当を用意されてしまっては、うかつに”自分の分は作ってある”とは言い出しづらい。というか祖母ももっと早めに言ってくれれば作らなかったのに。

 ちなみに私のお手製お弁当は白いご飯に沢庵漬け、ハンバーグとミートボールを詰めて昨晩の残りのポテトサラダを加え、失敗して形の崩れた卵焼きを入れたものだ。

 祖母の作ったお弁当には手も足も出ない。そもそも手作りしたものなどポテトサラダと卵焼きくらいなもので、祖母はその手で八品以上を作っている。

 つまり、女子力そのものに大きな隔たりがあるのだ。天地ほどの差もある、大きな差が。

 祖母は何だってこなす。やってみせる。やってのける。

 家事育児から研究開発までこなしてみせる。唯一運動することだけが苦手ではあるものの、いわゆる残念系のレッテルが張られるようなことはない。

 

「おいしい」

 

 おいしい。祖母の料理はおいしい。子どもの頃は母の料理を一生懸命に真似てみたこともあるし、家庭科の授業でもいくつか料理をしたことはある。もちろん前世での一人暮らしでも。

 祖母の作る料理はどこか懐かしさがする。”俺”にも”私”にも繋がる、一つの共通点。家族の作った料理は、おいしいということ。

 

「それにしても倉持の打鉄弐式が見れないのは残念だわ。あの更識簪っていう子も不憫なものね。今まで打ち棄てられたも同然だった白式なんていう機体が男性操縦者用に急ピッチで仕上げられてあてがわれたっていうのに、テストパイロットである彼女の機体はほったらかしと来た。あの子がやる気がないのも当然よね」

「…そんな事情があったの?」

「あくまで人づてに聞いた話だけど、あまり難しく考えすぎるのもいけないわよ。私が聞いた情報はただのブラフで、実は時期尚早と見て弐式のお披露目を遅らせただけかもしれないんだし」

「それは、そうだけど……あの子が大丈夫なのか心配で…」

「確かにね。たとえ機体が完成したとしていたのだと仮定していても、他の機体に関心が向けられるのは操縦する側の人間としては面白くないでしょうね」

 

 祖母の言葉も今の私には少しばかり辛いものがある。自分が信頼する人に目を向けてもらえないというのは哀しいものだ。

 それでも更識簪という少女はこの戦いに臨んだのかと思うと心がちくりと痛む。自分がトドメを刺したかもしれないのに、なんて傲慢なことか。

 

「”勝利はもっとも忍耐強い者にもたらされる”って知ってるかしら」

「……誰でしたっけ」

「ナポレオンの言よ。あなたは苦難に心折れてもそれに耐えて前に進んだ。けどあの子は何が原因かは知らないけれど戦意を喪失していた。その差が、今日出たというだけのこと」

 

「耐えて、耐えて、耐え続け。その先に何があるんでしょう」

 

 耐え続けたところで意味は無い。耐えるしかない現状を打ち砕かない限り、未来は無いのだから。

 更識簪、彼女はどうやって目の前に横たわる現実を乗り越えるのだろう。

 

 

 情報を整理しよう。そう思い立ってピットで佇むノワールを纏って目を閉じ、瞑想するように呼吸を整える。

 セシリアに真実を伝えるべきか否か。―今はまだ無理だ。伝えられない。伝える勇気は無い。

 凰鈴音は果たして何者なのか。―バックに中国政府の諜報部が居ることは確認済みだ。尤も、私にできることは今は無い。

 更識簪は立ち直れるのか。―立ち直って欲しい。彼女はかつての私だ。全てを飲み込む現実に押し潰されて進むことさえ諦めそうになっていた、あの頃の私だ。

 エンジェルは。―問題なし。プラン通りに進行中。

 白式に関しては。―進展なし。織斑先生からの情報も無いままだ。あの機体は何か、怪しい。そもそも倉持技研が次世代機のトライアルを半ば投げ出してまで完成させたのだ。それも開発を放棄していたに等しい機体を、ほんの数ヶ月でだ。何かが噛んでいるのは確かだ。

 

 まず、何から為すべきか。一先ずは対抗戦の優勝だ。おばあちゃんが見ているのだ。負けてはいられない。

 次にすべきは、まあリンと織斑一夏の仲直りだと思う。あの二人ならすぐにでも関係を修復できるだろうし。

 その後に更識簪の件だろう。それと同時に白式も詳しく調べないといけない。織斑先生は解決したら話すと言っていたけれど、それでは遅い。今の私が使える伝手は全て使う。

 シルヴィアのことは………どうすればいいのか今はまだわからない。

 

「ん…?」

 

 インターフェースの片隅に表示された”着信”の二文字に気が付いて履歴を見る。しかしそこには相手は示されておらず、短剣を咥えた猟犬のシンボルが映し出されている。

 

「―――第三課、ですか」

 

 わざわざIS用の秘匿回線を用いてコンタクトを取るあたり、諜報対策には余念がない。コールすること三秒、通信機の向こう側には予想したとおりの相手が出た。

 

『おはよう、彩夏ちゃん』

「おはようございます。涼子さん」

『早速だけど時間が惜しいから本題に入るよ。まずは朗報から。鳳鈴音の背後に控えていた阿呆共はこちらで処理しておいたよ。あちらもIS学園との関係をこじれさせたくないみたいで、すぐに手を引いた。しばらくは凰鈴音は”ただの”中国代表候補生でしかなくなる』

「………一先ずは、ですか」

『そう。で、ここからが本題』

「…また厄介事ですか」

『いい勘してるね。私は好きだよ、その直感(センス)』

「ろくでもないことが当たっても嬉しくないです。で、どういう厄介事なんですか?」

『ドイツとフランスが新たに代表候補生を送り込んでくるんだけど』

 

 なるほど、―――厄介な国から来たものだ。

 送られたファイルを展開すると、簡略な経歴に補足が加えられた写真付きのデータが入っていた。

 一枚目には銀髪の少女が映っている。眼帯で左目を隠し、凛々しく口を結んだ小学生のような幼さを持った少女だ。

 

『一人目はこの子、ドイツ陸軍所属のラウラ・ボーデヴィッヒ少佐。試験管ベビー、要は遺伝子操作とナノマシン投与によって人外染みた性能を持たせたデザインベビーの一人だ。洗ってみたところ、元はナノマシンへの適合失敗から破棄されかけていたところを織斑千冬の指導によって才能を開花させ、若干十五歳……まあ培養槽育ちだから戸籍と肉体で年齢が合致するかは疑問だけど、その歳でドイツ軍国境警備隊傘下の特殊部隊、”シュヴァルツェ・ハーゼ”を率いる現役の少佐さ。彩夏に似た経歴の持ち主ってわけだ』

「……そうですか。もう一人のほうは?」

 

 名残惜しいものの二枚目に目を見やる。金髪の長い髪を首と同じほどのところで束ねた中性的な面持ちの人物が映っている。

 

『二人目はシャルル・デュノア。…予想がついたのだろうけど、ラファール・リヴァイヴの生産の大本であるデュノア社の御曹司だよ』

「御令嬢、ではないのですか?」

『残念ながら、向こうから送られてきたデータ上は男性になっているんだこれが。………社長の身辺調査では子息の影も形も無かったのに、変なこともあるものだね』

「となると一つしか考えられないですよね」

『十中八九、男装だろう。………まあ、体は女性だけど意識が男性、ということも考えはしたんだけど、経験上ね』

「涼子、さん」

『あ、いや、私は自分である程度決着が着いてるよ。私にとってはもう乗り越えたことさ』

「そうでした、ね。それでこのシャルル君について、涼子さんはどう見ます?」

『さあて、一体何が目的なのかな。わざわざ男装して送り込むくらいだから、唯一の男子操縦者である織斑一夏絡みなのは間違いないとして、どういう意図でもって送り込んだのかイマイチわからないね』

「どちらにしても要注意、ですか」

『そうなるね。一人目も二人目も、クセの強そうな、そして何より厄介そうなバックを背負っているという点でもね。そのついでにもう一つ報告しておくよ。織斑一夏周辺の監視増強及び警護の打診が上に通った。その上で日本国の国民である織斑一夏君の護衛と監視に我が第三課のエースが派遣される次第だよ』

 

 第三課、エース。うっ…頭が…!

 どうやら嫌な予感というのはこっちのほうだったらしい。

 

「まさか、ですよね。そんなまさかではないですよね?」

『そのまさか、なんだよ。これがね』

「新藤美咲……ですか」

『ああ、まぁ、そういうリアクションだろうと思ったよ』

 

 彼女が派遣されてくるならば護衛という点に於いては何ら問題ない。むしろ襲撃者に同情する。アレを相手にするなんて私は御免だ。腰抜けと揶揄されようが尻尾巻いて逃げるだろう。

 

『けど経歴だけ見れば完璧だね。飛び級で大学を卒業した天才。文武両道の完璧超人。品行方正にして眉目秀麗なお嬢様だ』

「ええそうですね。経歴”だけ”なら。にしてもドイツとフランスですか。考えられる目的といえば何かありますか?」

『ドイツは第二回大会の件で織斑とは面識がある。それを利用して弟クンと接触するつもりなのかもね。フランスのほうはどうにも読めないね。第三世代の開発に難航しているとはいえデュノア社の人間なら正面から堂々とIS学園に入れるというのに、わざわざ変装してまで織斑一夏と接点を作りたがっている。まあ好き勝手をさせるつもりは無い。そのための新藤美咲だ。更識なんぞは役に立たんしね』

「あはは……相変わらずですね」

『あくまで奴等は学園の警護でしかなく、更識にとって織斑一夏はただの一生徒だ。日本国民である織斑一夏の身辺警護は我々で行う。いいかい、更識の当主はあくまでロシア代表だ。学園内であれば我々に利する行為も生徒の安全のためと言い張れるが、学園外については表向きは我々に対して利することはない。だが利敵行為も行わない。更識はあくまで予防線でしかない。本命は彩夏と美咲の二人にかかってくる』

「あの、私はただの一生徒なんですけど」

『ところがどっこい、というヤツさ。監視強化と警護に伴って北條彩夏の捜査官資格の凍結解除手続きが間も無く完了する。書類一つ提出するだけでね。………あとはキミ次第だ』

 

 捜査官資格が戻る。つまりそれは、国防省情報部第三課への復帰と同義だ。今の私では届かない領域へと手が伸ばせるようになる。だがそれは同時に私が望んだ平穏な今の日常からも遠ざかるということだ。

 

『肩書き一つとはいえ、公安組織に属しているという証明があれば君が狙われる頻度はある程度下げられる。警戒して二の足を踏んでくれればラッキーという程度でも、有るのと無いのとではやはり違ってくるからね』

 

 友人と他愛の無いおしゃべりをして、スポーツや読書を楽しんだり、一人気ままにバイクで走り回る日常との決別だ。

 だが復帰さえすれば、私はこの権限と情報網を使って奴等の正体を暴き、戦場の兄弟姉妹達の為の復讐を為すことができる。

 

 

 

 彼らの無念を、晴らすことができるのなら――

 

 

 

「………私は…」

 

 

 

 私の悔恨を、消し去ることができるのなら――

 

 

 ”今日から私がお姉ちゃんです”

 

 脳裏を過る、大切な記憶。私の義姉の言葉。

 

 

 ”生き抜け”

 

 胸を刺す、大切な欠片。私の師の言葉。

 

 

 ”対ISライフル構えたヤツが自分だけを狙って追ってくる。怖いだろ?”

 ”そんな芸当ができるの貴女だけよ”

 

 瞼に焼きついたチームメイトの顔。命の安い国の戦場を駆け抜けた、二つの風。

 

 

 ”お前はもう、戦わなくていい”

 

 私を戦士から女学生に引き戻してくれた恩師。彼らに報いるために、私は、生きる。

 

 

「復帰、できません。私は、私は…あの時…」

『……オーケー、わかった。書類は適切に破棄しておく。理由は言わないでいい』

「聞いて欲しいんです」

『…続けて』

「私の…指揮官から言われた言葉です。”生き抜け”と、言われました。彼はもう居ませんけれど、私は彼らの為にも、今の友人や家族の為にも、平穏に生きていきます。私を今の平和な日常に戻してくれた人たちの意志を無駄にしたくありません」

『そっか………彩夏も成長したんだね。了解したよ。余計な真似をしてすまない』

「いえ、ありがとうございます。お陰で今の私が平和な時間に生きていることが改めてわかりますから」

 

 そうだ思い出せ。そして刻み込め。私はもうあの血みどろの戦場に立つ必要なんてないんだと。私はただの一学生で、織斑先生の教え子で、真耶姉さんの妹で、祖母に残されたたった一人の肉親なんだ。

 私を生かしてくれた―あの忌々しいISは別としてだが―司令官や戦友の願いを、傷ついた私を慰めてくれた恩師や姉の願いを無碍にしてしまう真似は持っての外だ。

 今の私は子供だ。白式の件や更識簪の弐式についてはそれぞれに相応しい大人が事を収めてくれるはずだ。私は織斑先生を信用しているし、先生も力を尽くしてくれると約束してくれたじゃないか。

 三課の皆も見守ってくれている。私は、一人ではないんだから。

 

『我々第三課は君や織斑君、そして篠ノ乃箒の身柄の保護について最優先命令が下っている。織斑君を利用するために君が狙われる可能性も存在しているんだ。くれぐれも気をつけてほしい。もちろん危害が及ぶ前にこちらで片付けるつもりだから、心配は要らないさ』

「涼子さん、ありがとうございます」

『大人が子供を守るのは当然のことだ。彩夏、君はもう戦わなくていい。血を流さなくていい。その手で誰かを殺める必要もない。子供は、子供らしく生きるべきだ。君も美咲ちゃんもね。正直、君たち二人にこんな役目を押し付けるのはおかしいと思っている。だが今の世の中はISという抑止力が鍵を握る時代だ。ISの操縦者は専ら若い世代ばかりで、織斑千冬でさえ二十台の半ばにすら届いていない上に、国防は年端も行かない少女に委ねられている。子供を守るべき大人がISを纏った子供に守られているなんて、情けない。こんな……こんなおかしな世界に、どうしてなったんだろうね…』

 

 本来なら涼子さんは私にこんなことを教える筋合いなど無い。私は今や普通のIS操縦者の一人でしかなく、彼女は国家公安組織の人間だ。部外秘であるはずの情報をこうもペラペラと喋りだしたりなどしない人だ。つまり今までの会話は喋ってもよい話ということ。

 けれど私に、既に関係など無いに等しい私に、こうして連絡をくれる。今もこうして複雑な胸中を語ってくれるのは、きっと私と彼女との絆が薄れていないことの証明なのだと思う。

 

「子供だって、守られてばかりじゃありません。美咲のサポートくらいはさりげなくしておきますよ」

『………すまない。だが恩に着る。何かあれば私に連絡して欲しい。すぐに対応する』

 

 一年ほどの期間だったけれどチームを組んだ間柄だ。頼ることもするし、頼られることもある。共に駆け抜けた一年を思い返すだけでも、いろんな思い出が詰まっている。

 バレたらきっと涼子さんもお叱りを受ける程度では済まないかもしれない。だがそこをうまくもみ消してくれる課長が居る。お互いに支えあうチームだからこそ、彼らは強かで忍耐強い。

 

 

『お知らせします。次の試合の出場者、及び関係者はピットにて待機してください。繰り返します。次の試合の―』

 

 次の試合が間近であることを知らせるアナウンスが流れる。

 第一試合での更識簪の一分での撃墜、第二試合での白式のノーダメージ撃破で凰鈴音はおそらく私をいの一番に警戒していることだろう。そして私の戦術が射撃主体であることも第二試合での戦い方から理解しているだろう。

 

『時間のようだね』

「ええ、そうですね」

『…白式の調査の件、いくつかまとめたものがあるから送っておくよ。それじゃまた』

 

 …最期の最期で一番気がかりなことを素っ気無く伝えてくるとは。どうやら涼子さんは私が考えていた以上にご機嫌斜めだったらしい。今度あんみつパフェのおいしいお店にでも誘ってみよう。

 

「………ノワール、スタンバイからアイドリングへ」

 

 ヴン、と重苦しい音を上げて狼が目覚める。まどろみから起き上がるように、操縦者である私の体を保護膜が覆い、装甲が展開される。最期にフルフェイスのヘッドギアが展開され、アーマーの与圧が行われる。

 バイザーに表示されるインターフェース。バイタル、残弾、残エネルギー、方位、そしてレーダー。

 自動で行われる自己診断プログラムが走り終える。ISを固定するハンガーのロックが解除されると、万全の状態で目覚めたルー・ノワールの手でウェポンラックのライフルを手に取る。

 

「さあ、行くよ」

 

 バイザーの下で不敵な笑みが浮かぶ。今更になって思うけれど、彼らとの戦場の記憶は褪せてなどいないらしい。戦闘を前に恐怖は緊張感と高揚感に押しのけられ、しかしながら僅かに声を張り上げる恐怖が私に冷静さをもたらしてくれる。

 

 以前の私では、たった一人の私ではただ恐怖に震えるしかできなかっただろう。

 だけど今は仲間が居る。その頼もしさが、今の私を支えているのだ。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。