きゃすたー(7mg)の雑多なネタ倉庫   作:きゃすたー(7mg)

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メトロに行き詰った結果の産物


ドルフロのとりあえず一話目

 

 明けの空を(かけ)る兵員輸送ヘリ。手にした真新しい(わたし)の感触に浸りながら、薄闇の覆う廃墟を眺めていると対面に座る人物から声がかかる。

 

「さて、用意はいいかな仔犬ちゃん(パピー)? 主要な戦域の外とはいえ元は戦場。残敵が居ないとも限らないから用心してよ」

「う、うん! 大丈夫だよ指揮官……じゃなかった、リーダー!」

「あんまり気張らなくていいですよ、G41ちゃん。リーダーは大げさに言うけど、ただの回収任務なんだから」

「あのねぇ、EBR? 私は人間でキミたちは戦術人形。わかってる?」

「わかってますよぉ~。リーダーは私たちが必ず守りますから!」

 

 目の前でリーダーの言葉を茶化す“M14”……のカスタムタイプである“Mk14EBR”は私の知るM14同様に溌剌(はつらつ)とした口調と仕草で、“ふんす!”と豊満な胸を張って言う。

 カスタムタイプだけあって、M14……Mk14EBRの服装はよく見知った服装ではなく、カーキ色のタクティカルベストに弾倉(マガジン)やサイドアームを備え、より軍事作戦に向いた仕様になっている。

 やれやれ、と諦めたような額を押さえるリーダー……コードネームを“エコー21”という彼女。腰ほどまである黒髪を背中で束ね、迷彩柄のバンダナをスカーフのように首元に巻いた東洋人の女性兵士の彼女はこの分隊のリーダーにして、分隊で唯一の“ヒト”だ。

 

「EBR、ご主人様は軽度の負傷でも時として命を落とす危険性があるのです。銃弾の一発――いえ、石礫(いしつぶて)の一つさえ気をつけてください」

「ねぇ、G36……それは流石に難しくないかな?」

「なにか?」

「ナンデモナイデス!」

 

 ぎろり、と鋭い目つきを更にカミソリのように鋭くさせ、アクアマリンのような瞳でEBRを睨みつける彼女。メイド服に身を包み、膝下にまで届くプラチナブロンドの髪を三つ編みで整えた“G36”はさらに続ける。

 

「……ご主人様と私が別働になる以上、お世話ができるのは指揮下にある貴女たちだけです。ご主人様を頼みますよ、G41、EBR、G36C」

「ご、ご主人様のために頑張ります!」

「皆の背中はこのEBRにお任せください!」

「G36お姉さんに代わってお世話しますね。リーダー、よろしくお願いします」

 

 アッシュブロンドの彼女、私の隣に座る“G36C”はリーダーの隣に座るメイド……“G36”の妹だと言っていた。確かにパーツは似ているけれど、目つきは優しくて口調も堅苦しくない。

 メイドらしく白いエプロンドレスを着た彼女とは対照的で、赤いベレー帽と黒いジャケットに黒いスカートの物静かな印象を受ける。

 

「よろしく、G36C。期待してるよ」

「ねーねー、リーダー! 私! 私は!?」

「あーはいはい、EBRもよろしく」

「ちょっ、扱いが雑じゃないですか!? 私、そんじょそこらには出回ってないオンリーワンのカスタムモデルなんですよ!? いいんですか? そんな風に無碍にしたら! 無碍にしたら……ダミー全員引き連れて部屋の前で泣き喚きますよ!?」

「わかったからそれはやめて! ――今回もよろしく、相棒」

「任されたー! よろしく、リーダー!」

 

 ムードメーカーのMk14EBRとリーダーがタッチを交わす。

 ……これが私にとって、“人間の居る”チームでの初戦闘になる。このヒトを死なせない。生きて帰すことが……私の使命の一つなんだと再確認する。

 

「さて、再確認するよ。第一分隊――エコー分隊はG36をランデブーポイントで下ろして、そのまま30キロ先の地点で森林地帯へ降下。川沿いに下って歩き、10キロ先の放棄されたグリフィンの前線基地を偵察。敵勢力が居なければ内部にある研究区画へ侵入してデータや残っている資源や素体などを回収する。

 万一残存する敵勢力や()()()()()を察知、または遭遇しうる場合は、G36が引き連れてくるストライカー2両の火力で制圧し、確保する。質問は?」

「はーい! キャンディはおやつに入りますか?」

「EBR、キャンディは持っていっても構わない。ああ、ただしクマの嗅覚は優れた犬の嗅覚の7倍とも言われていて――」

「やっぱりやめまーす!」

「リーダー、万一鉄血の大部隊と遭遇した場合はどうしましょう?」

「G36C、解答は一つ。“グリフィンの正規軍か駐留部隊に連絡”だ」

「あ、あの……敵対的存在って、その……人間も含まれるんですか?」

「もちろんさ、G41。鉄血、反体制派、野盗、いずれも私たちの敵だ。人間だろうが人形だろうがクマだろうが、力なき無辜の人々を脅かすのならそれは敵だ。須らく、撃ち殺せ」

 

 ヒトを殺す。鉄血の人形たちならばいつもどおりやっていること。それを、自分が、ヒトを守るために戦ってきた自分が……やらなければいけないかもしれない。もちろん相手は悪人だったり、平和に生きている市民を傷つける奴らなのかもしれないけれど……それでも正直言って恐い。

 

 命令されるままにヒトを殺す……そんな私と鉄血の戦術人形たちと、一体何が違うんだろう? 何も違わないんじゃないか? 結局殺すのは私たちで、相手にも家族や仲間や友達が居て、銃を持っていなければお互いに笑って手を振って挨拶できたかもしれないのに――

 

「悩んでるね? 可愛いキツネのお耳がしょげてるよ」

「もー、リーダーがあんなこと言うからですよ! G41ちゃんはまだ新入りなんですから、ちゃんと気遣ってあげないとダメですよ!」

「確かにね。EBRもこんな顔してたもんね」

「あわわ! そ、そそっ、そんな昔のこと掘り返さないでくださいよぉー!」

「あの、リーダー……その、やっぱり撃たなきゃ……ダメ、ですよね?」

 

 フム、とリーダーは私の質問に少し思案した様子で黙り込んだ。そしてその黒真珠のような瞳で私の目をじっと見つめて言う。

 

「真っ直ぐだね、キミ。確かに彼らとはお互いに銃を持たず、十分な食料や資源があって生活に困窮していなければ友人になれたかもしれない。……けどね、彼らは既に奪う側へ回った。回ってしまったんだ。

 彼らは自分が生きるための方法として“他者から奪う”という選択をした。そりゃあ彼らがそうなる原因がなんだったのかはわからないけど、奪われた側はどうなると思う? 奪われた彼らもまた困窮し、“他者から奪う”ことを選択してしまったら?

 結果は明白。堂々巡りの憎しみがいつまでも続き、奪い奪われるだけの原始時代並みの世界に逆戻りさ。ただその手に持つものが石器から銃に変化しただけの、ただのサル同然になってしまう。

 引き金を引くのは簡単なものさ。だけど一度引いたが最後。放たれた銃弾は誰かを傷つけ、何かを奪い去る。それを理解しているから、私たちのような一般的なPMCの交戦規定は“銃を向けられるまで撃たない”んだ。“自分が撃たれる前に撃つ”がモットーの傭兵どもとはそこが違う。

 傭兵っていうのはゲームやフィクションや映画の影響で、さも高潔なアウトローのように扱われてるけど、実態はまったく違うものさ。むしろPMCのほうがカネにがめつい、ありとあらゆる手段で儲けてるブラックカンパニーのように描写されるんだから笑えるね。

 ま、傭兵なんてのは金次第でなんでもする殺し屋と大差ないんだ。傭兵なんて雇うのは反体制派や麻薬密売組織、他にはマフィアだとか非合法で反社会的な集団ばかりだ。

 いいかい、私たちは傭兵じゃない。PMCだ。社会の法に則り、善性を良しとし、平和に暮らす人々のために貢献することで利益を得る集団だ。私たちは自分たちのために奪うんじゃない。平和に暮らす人々の助けとなることで恩恵を享受する企業だ。

 引き金を引くのは確かに私たちだけど、その重さは傭兵(かれら)PMC(われわれ)では天地ほどの差がある……それを忘れないでくれればいいさ」

 

 ま、悪人なら先に撃っても問題ないよ。そう言ってリーダーのエコー21は右手の人差し指を伸ばして拳銃のようにして“バァン”と言っておどけてみせる。

 

『ドラゴンフライよりエコー21。間も無くランデブーポイントに到着する! G36、準備してくれ!』

「エコー21了解。G36、回収部隊の警護をよろしく! 向こうで会おう!」

「承知致しました。定刻までに必ず到着致します。……リーダー、Viel Gluck」

 

 輸送ヘリの着地の衝撃が機内を揺らす。扉を開いて出ようとするG36を見送るリーダーは彼女の頬に軽く口付けする。朝焼けに照らされたのか、赤く染まる顔でG36は足早に駆け出して護衛部隊の車列へと向かっていく。

 

「ふふっ、あの子のビックリした顔はいつ見ても楽しいね」

「普段のクールな顔が真っ赤になってあたふたする様子はいつ見ても可愛いんですよねぇ、リーダー」

「わかってるじゃない、EBR。それでこそ相棒だよ」

「で、私には無いんですかー? 私にもキスしてくれたらぁ、勝利の鐘をお約束しますよ?」

「さっきハイタッチしたでしょ?」

 

 ブーブーと文句を言い始めるMk14EBRをよそに、G36Cは微笑ましそうにそれを眺めながら自身の分身たる銃を確認し始める。

 適当にあしらいつつ、しかし会話が途切れないリーダーとEBRのやりとりをBGMに、ヘリが再び空へ舞い上がる。

 

 遂に始まる。ここから、今日から、私は……このチームの一員として戦うんだ。

 

「あの……リーダー」

「ん、どうしたのG41?」

「帰ったら……いっぱい撫でてくださいね?」

「ふふっ、――もちろんいっぱい撫でてあげるよ」

 

 

 PMC『After Glow』

 

 一章 立ち上がる少女 ― Stund Up ―

 

 第一標的 リバイバル

 

 

「……ぅ……こ、こは……?」

 

 カメラの機能が回復する。けどノイズ交じりでレティクルも表示されない。スキャン機能も破損。記録(メモリー)は……確か敵の追撃を受けていたところまで覚えている。

 確か、扉が爆破されて、なだれ込んできた鉄血の人形を迎撃して、それから――どうなったんだっけ。

 パチ、パチと明滅する照明はまるで遠くから見るマズルフラッシュのように儚い。途切れ途切れにしか思い出せない。

 

 自己診断…………エラー。もう一度。

 自己診断…………エラー。もう一度。

 自己診断…………エラー。範囲を絞って、もう一度。

 自己診断…………エラー。主要な部分にだけ、もう一度。

 自己診断…………完了。全体の56%をスキャン。

 

 記憶損失無し(おぼえている)銃身の劣化を視認(たたかえない)身体機能に障害あり(からだがだるい)測定機器に障害あり(よくみえない)通信機能に障害あり(みんながいない)味覚、痛覚、触覚の感覚器官に障害あり(口の中がじゃりじゃりする)GPS機能に障害あり(ここはどこ?)

 総合稼働率38%……このままじゃ鉄血のドローンどころか犬コロにまでやられかねない。既に敵の攻撃で基地内もボロボロになっているけど、やれるだけのことをしなきゃ。

 どうにか動く……でもどこまで戦えるんだろう。それでも、行かなきゃ。みんなが、まだ戦っているかもしれないんだから。

 

「キミ、無事かい?」

「――っ!?」

 

 背中から声がかかる。トリガーに指をかけ、即座に左手を銃身に添えて保持して構え、アイアンサイト越しに標的を見定める。 

 

「おっと、警戒しないでよ。私はエコー21(ツーワン)、キミたちを回収しに来た」

 

 振り返った先には見慣れないアサルトライフルを手に、都市戦闘用に施されたグレーの迷彩柄の戦闘服(ACU)を着た誰か。顔はガスマスクで隠されているけど、声は女の人のそれだ。

 

「……かい、しゅう?」

「そう。キミはG41で間違いないかい?」

「……味方、なんですか?」

「ん――データリンク系統がやられたのかい?」

 

 なら自己紹介しようか、と言って彼女は銃を後ろ腰に回して被っていたガスマスクを取り払う。

 

「改めて、私はエコー21。グリフィン&クルーガー傘下のPMC『After Glow』所属の実働部隊、エコーチームのリーダーを務めている」

「――人形じゃ、ないの?」

「んふふ、そうだね。初めて会った人形たちはいつもそうやってビックリした顔をするんだ。私が人間だって知った瞬間にはいつもそうさ」

 

 生身の人間が鉄血との戦いの最前線に居る。そんなまさか、信じられない――でもこの目の前の存在は私の知る人形たちの姿に何一つ合致しない。

 イタズラ成功、とでも言うかのような笑みを浮かべるこのヒトは何故こんな最前線に来たんだろう。まだ戦闘が行われているハズなの――そうだ!?

 

「み、みんなはっ……基地の外で戦ってたみんなは!? ご主人様は!? スプリングフィールドさんやスオミさん、ティスちゃんにP7ちゃんは!?」

「そっちは――――ああ、私の隊の……他のメンバーたちが、救援に当たっているよ。それに戦闘はおおよそ終わっているみたいだ。上に戻って合流しよう」

「うん! あの、エコーさん、助けてくださってありがとうございます!」

「――お礼を言われるようなことはしてないよ。少し待ってて、ボスと連絡を取る」

 

 よかった……みんなも無事かもしれない。このエリアの指揮官……ご主人様の居る基地が襲撃で陥落する事態は避けられたんだ。ここさえ無事なら、みんなのバックアップデータがあれば――

 

「ええ、はい。……は? いえ…………了解、行動に移ります。聞いて、G41」

「ふぇ? なんですか?」

「――この基地の放棄が決定された」

 

 ――――放棄?

 

「我々が到着した際には既に基地内部には鉄血の人形が入り込み、破壊行動を行っている真っ最中だったの。で、入り込んだ鉄血兵を排除して現状を調査した結果送電設備は機能不全、通信設備は破壊され、弾薬庫も爆破されてお釈迦。その上外部で待機していた鉄血兵がこの基地内での異変を察知して再攻撃を仕掛けてきた」

 

 ――――棄てられる?

 

「防衛設備は軒並み破壊され、司令部施設は壊滅状態で、データバンクも物理的に死んでるからね。このまま守り抜いたところでただの棺桶になるだけだ。

 それならさっさと残存部隊を回収して後退し、一刻も早く態勢を立て直すってワケ」

 

 ――――みんなは、戻らない?

 

「つまり撤退だね。現状の基地内に残された人員と人形を脱出させられるだけ脱出させ、基地を完全に爆破して向こうが今後使用できなく――」

「みんなは――指揮官は? 私の、仲間は?」

「……指揮官の遺体は確保してある。キミの仲間は、再生できない……ここのデータベースが破壊されているから……」

 

 それは、つまり、私の大切なみんなはもう――

 

「……死んだ、の……?」

「――端的に言って、その通りだ」

 

 

 

 

「リーダー! 遅いですよぉ! もう!」

「ごめん! ちょっとこの子がショック受けちゃったみたいでね」

「……今手を繋いでいるG41ちゃんがそうなんですか?」

「ああ、基地内唯一の残存部隊さ。それでEBR、戦況はどう?」

 

 手を引かれるままに歩を進めていた。ただ足元を見て、俯いて、嫌な思いから目を逸らして、やっと顔を上げた先には第二部隊にも居たM14ちゃん……にそっくりな誰かが居た。

 このヒト……エコー21がEBRと呼んだ子は苦々しい顔をして言う。

 

「もう最悪ですよ! 勝利の鐘どころかジェリコのラッパが聞こえそうですー!」

「いいから説明して」

「現状、基地機能はほぼ逝っちゃってます。敵は散発的に攻撃してきてますけど、おそらく威力偵察の段階だと思います。

 辛うじて無人砲台(ターレット)がいくつか生きていたので、残っている電力をそっちに全部つぎ込んで侵入を防いでますけど、弾が尽きるのは時間の問題です。穴がある部分はG36さんとG36Cちゃんのチームが、メインゲートをValちゃんと9A-91ちゃん、基地内部の監視塔から私のダミーとSV-98ちゃんが狙撃支援を行ってどうにか対処しています。

 ……散発的な攻撃でさえこちらは押されていますから、敵の部隊はかなり大規模です。熱量センサーとか光学カメラとかレーダーとかフルに駆使しても外に穴がありません。完全包囲状態です」

「なるほど。八方手詰まりと」

 

 惨状は見たとおり。敵の攻撃で破壊された機材やひび割れたコンクリートの壁。その一室に生きた電子機器を延長ケーブルで繋ぎ合わせて無理矢理まとめられた即席の司令室だ。死んだ高性能の液晶モニターの変わりに手持ちの小さなホログラフィックモニターを使い、通信の代わりにスピーカーで指示を飛ばしている。

 大きな3D投影デスクではなく、樹脂製の弾薬箱をひっくり返してその上に地図を広げてデスク代わりにしているみたいだ。

 

「グリフィンのチームに迫撃砲による支援要請をかけてましたけど、そちらも攻撃位置に付く前に撃破されてしまってます。オマケにこの包囲状態じゃヘリは呼べないですね。

 あーあ、SF映画やゲームみたいに人類最後の希望(スパルタンⅡ)とかデルタ部隊(マーカス)とかフォースの導き(スカイウォーカー)とか降りてこないかなぁ」

「映画なら後の楽しみにとっておくんだね。ほら、ボスに繋いで」

 

 ブーブーと文句を言いながらもEBRが手元にあったコンソールを自身の通信機に接続し、ホログラムキーボードを操作すると小さなモニターに映像が投影される。

 

『どうした?』

 

 白髪交じりの筋骨隆々の男。軍服、それも正装のソレに身を包んだ立ち姿は歴戦と呼ぶに相応しい威圧感を映像越しに与えてくる。襟章を見るに……旧ロシア軍の佐官あたりかもしれない。

 

「ボス、現在エコーチームは撤退しようにも完全に包囲されてる状態だ。オマケに支援に来たグリフィンの増援部隊も壊滅し、回収できたのも戦術人形G41と少しばかりのデータだけだ。

 自由行動許可をこっちに寄越してくれないかな?」

『……今度は何をするつもりだ、お転婆娘?』

「生き残るための最大限の努力を」

『フム……わかった、許可しよう。ただし――』

「必ず生きて帰る。……約束するよ、父さん」

『了解した、待っているぞ。交信終了』

 

 フゥ、と息を吐いてエコーは臨時作戦司令室のパイプ椅子に腰掛ける。しばらく天井を仰ぎ見て、目の前に広がった一枚の地図に向き直る。

 

「さて、生き延びる策を実行しようか」

「ねぇリーダー、危ない橋を渡るのはダメだよ? 私たちの任務にはリーダーを守ることも含まれるんですから」

「わかってる。危ない橋は私たちの基地の後方、グリフィンの勢力下へ繋がる一本道に一つある。おそらくそこも封鎖されてるか、既に爆破された後だろうけど」

「で、危なくない橋はどこですか?」

「正面に居る敵部隊の少し東の鉄橋を渡ると、隣の戦域に通じている山道があるみたいだ。ここを通れれば隣接するエリアのグリフィン前線基地の40キロ先に出られる。……尤も隣の戦域も危ないことには変わりないけどね」

 

 エコーが地図の上を指差してなぞる。確かこのルートは以前通ったことがあったはず。隣の戦域への支援のために何度か通り抜けたはずだ。

 

「あ、あのっ……そのルートは途中で地図には載っていない昔の登山ルートがあって……尾根を伝って移動できたはずです。そっちからなら基地から10キロ地点に出られます」

「……道幅はどれくらい? こちらは現状でダミー込みで15名弱だけど、追撃の可能性は?」

「えっと、一人ずつ通るだけなら大丈夫。山頂まで少しかかりますけど、下るときはなだらかな斜面に出るから早く着ける……と思います」

「助かるよ。Mk23とG17に基地内から使えそうな装甲車か輸送車両を調達するように指示して。EBR、人形の修復ポッドは使える?」

「電力のほとんどを回せばどうにか一台だけ……ですね。快速修復は電力への負荷が大きくなるのでやめておいたほうがいいです。停電してポッドが止まって……その先は考えたくないですし」

「だろうね。キミの見立てからしてこの子の修復はどれくらいかかりそう?」

「50分から1時間……ううん……電力をあまり送れないしデータバンクも死んでるから……おそらく1時間半前後、かなぁ」

 

 私を修復する――そんな必要、もう無いのに。

 

「リーダーさん……ありがとうございます。でも、それはやめておいてください」

「……一応、そう判断した理由を聞いておくよ。何故?」

「――私が囮になって……敵を引きつけます。その間にリーダーさんたちはここから逃げてください。

 もう、私にはご主人様も、仲間も、居ないから――」

 

 俯きかけた私の顔が豊かな膨らみに埋もれる。私を抱き締めた彼女の指先が耳を、頭を撫でていく。

 ダメだ。泣いちゃう。こんな優しさ、今はいらない。自分(いのち)を賭ける覚悟がようやく決まりそうだったのに、こんな風にされたら揺らいでしまう。

 

「いい? ここの人たちや人形はみんな戻らない。G41……キミだけが、仲間達やキミの指揮官がここで生きていたことを語ることができる証人なんだ。キミは図らずも生き残った。生き残ってしまった。

 戦場で傷つき斃れていった者達を語ることができるのは報告書じゃない。残された、生き残った奴等だけなんだ。何よりも現実味をもった実体験を語れるのは、生き残ったからこそできることなんだ。キミが語ることをやめたら、キミと仲間達が駆け抜けた日々は記憶(メモリー)じゃなくて記録(ログ)に成り下がる。

 キミの思い出の中で生きている彼女達は、本当の死を向かえることになるんだ。それが嫌なら、キミは生きなければいけない。例え人間だろうと人形だろうと、これは心を以って戦場に踏み出して生きて帰った者の務めだ」

「……リーダーさん……リーダー、さんっ……!」

 

 “私には使命があるんです!” そう叫びながら、傷ついても立ち上がったスオミさん。みんなの盾になって機関銃(マシンガン)の一斉射撃を受けてバラバラに砕けて散ってしまった。

 “この弾で全て終わらせましょう” 私たちの背中を守り続けてくれたスプリングフィールドさん。最後はカウンタースナイプを成功させ、相打ちに終わった。

 “タダで済むと思うなよ!” 後退せざるを得なくなり、怒りを顕にして敵を睨みつけたP7ちゃん。下半身を機械兵にひき潰されても銃を撃ち続けていた。

 “秘密兵器に頼っちゃう?” 困難な隠密作戦を何度も成功させてきたティスちゃん。メインゲートの前で敵に立ちはだかってずっと敵を押さえ込んでいた。

 “最後まで諦めるな” ずっと私たちを励ましてくれていた指揮官。もう、あのヒトはどこにもいない。

 

 思い出してしまう。血交じりの砂煙と硝煙の匂い。指揮官が撫でてくれたときの感触。仲間が目の前で残骸に変わり果てる光景。あの日みんなで食べたアイスクリームの味。

 

「……やだ……ヤダッ! なくなっちゃうなんてイヤ! みんなのこと、みんなが居たことも忘れちゃうなんてやだぁっ!」

「――私たちは必ず生きて帰る。キミも一緒にね」

 

 

 ひとしきり泣いた後、修復ポッドに入っていったG41を眺めてため息が出る。この子がどんな思いをして、どんな戦いを潜り抜けてきたか私は何も知らない。

 なのに自分たちが脱出する確率を少しでも上げるために、この“レアもの”を万全の状態に整えさせることを選んだ。“G41は撫でてやるといい”と知人の指揮官が言っていたのを思い出して、戦いで疲弊しきっているはずの彼女を再び戦える状態に戻して協力させようとしているのだ。

 

 ――吐き気がする。慰めのつもりで声をかけ、その裏で打算ばかりが蠢いている自分が嫌になる。

 

「リーダー」

「……軽蔑、した?」

「――ううん。リーダーは優しい人だから、きっとそんな顔するんだろうなって思ってました」

 

 ふと眼を向けた鏡に映る自身の顔が、どうしようもない苦痛に歪んでいる気がした。

 ピピッ――耳元でコールがかかる。拡張現実コンタクトレンズに映し出されたのは私の指揮下のG36の姿だ。

 

『ご主人様、急ぎ報告致します』

「なんだい、G36」

『敵が後退しはじめました。メインゲートで小規模の攻撃を受けていますが、まもなく……今終わりました。ありがとうございます、ASValさん』

 

 何やらきな臭い雰囲気だ。じわじわと削るようにこちらに消耗を強いていたはずの敵が、こうもあっさりと後退していくだなんて。

 とはいえ時間ができたことは良いことだ。これがハーフタイムか、それとも最後の晩餐かはわからないが。

 

「G36、9A-91とASValを連れて臨時司令室に集合して。G36CとSV-98もだ。脱出プランを伝える」

『承知致しました』

「EBRはダミーを監視塔に残して索敵を継続。変化を見逃さないようにセンサーをフル稼働させといて」

「了解です、リーダー」

 

 軍事作戦用のジャケット、そしてその下は青と白のストライプのビキニという出で立ちの露出過多の少女が入ってくると、赤いベレー帽とマフラーよりも眼を引く、服の前面が透けた薄布一枚という破廉恥な少女が続いて入ってくる。正直言ってこんな少女たちの姿は、十代前半の青少年たちには眼の毒だろう。私個人としては大歓迎だが。

 三番目に入ってきたのは目つきの鋭い美人メイド。それに続くのはふわっとした雰囲気の笑顔を振り撒くワガママボディの美女。そして最後に入ってきたのは寒冷地用の都市迷彩に身を包んだスナイパーだ。

 

「9A-91、戻りました」

「あぅ……ASVal、戻りました……」

「G36、無事の帰還を報告致します」

「G36C、お姉さん同様に無事戻りましたよ」

「SV-98、狙撃支援から戻りました」

「――おかえり、みんな。それじゃ現状から確認しよう」

 

 それぞれ好みの席に着いていくが、その様子は実に対照的だ。ASValと9A-91は被弾の衝撃で倒れたらしいコンテナに隣り合って座り、G36姉妹は散らかっていたパイプ椅子のホコリを払ってから腰掛けた。

 SV-98はそのままテーブル代わりの弾薬箱に腰掛けて地図に向き直る。

 

「現在我々は鉄血の部隊に完全包囲されている状態だ。増援のはずのグリフィンの迫撃砲部隊は鉄血の部隊が先んじて攻撃を行ったため全滅し、航空支援を受けようにも西にある飛行場基地も同様に攻撃にあっていてヘリ一台さえ飛ばせない。

 空の支援は無く、(おか)の支援も無い。孤立無援の状態ってワケだ。それで、メインゲートの状態はどう?」

「あの……私たちはダミー三体のうち二体を失いました……ごめんなさい、リーダー……」

「申し訳ありません、指揮官。メインゲートの守備は現状では無人砲台(ターレット)とスナイパーチームの援護でようやく……というところです。正直、これ以上の攻勢を凌ぎきる自信はありません」

「わかっちゃいたけど厳しいね……遊撃部隊はどう?」

「G36、G36C共に損傷はありません。……ですがダミーは既に全滅してしまいました。

 ご主人様のご期待に応えられず申し訳ございません。私どもの力不足故です」

「ごめんなさい、リーダー」

「守りの穴を埋める、ということは必然碌な支援も届かないような厳しい戦闘をこなさなきゃいけないってことだよ。それは十分理解している。……無事戻ってきてくれてよかった。

 スナイパーチームはどう?」

「SV-98は被弾無しです。少しばかり弾薬が心許ないですが、支援は継続できます」

「Mk14EBRも同様にですね。発射レートが高いだけにSV-98ちゃん以上に弾薬不足なのが不安材料ですね」

 

 メインゲートはこれ以上の攻勢を耐え抜くことができそうにない。かといってG36姉妹の遊撃をゲートに回し、基地捜索部隊のMk23とG17を遊撃に回してもそう長くは持ちこたえられない。

 前衛部隊が耐えられなくなれば狙撃支援も意味を成さなくなる。基地の陥落は時間の問題だとわかっちゃいたけど……かなり厳しい。

 

「……よし、プランを伝えるよ。私たちはG41が戦闘行動可能な状態に修復されてから、この基地を放棄して脱出する」

 

 ごくり、と誰かが息を呑む音が聞こえる。もしかすると私自身なのかもしれないが、そうなったところで不思議じゃない。唯一、己の命脈を保ってくれている命綱を自ら手放す行為と同じなのだから。

 

「今Mk23とG17に基地内の装甲車か輸送車を探してもらってる。私たちは敵の攻勢をどうにか耐えてG41の応急処置を終わらせてから、車両で基地を脱出する。その際に基地の地下にある小型戦術核を使用し、爆発光や煙で物理的に、そしてEMPパルスで電子的に鉄血のセンサーやレーダーを麻痺させる」

「ダメですリーダー! そんなのっ、そんな危ないことするなんて言わなかったじゃないですか! 被爆しちゃうかもしれないんですよ!? 放射能に晒されたらどうなるか、リーダーだったらわかってるハズです!」

「大丈夫だって。鉛の合板で防護しておくようにMk23に伝えてあるからきっと――」

「それでもです! リーダーはこの先何十年も生きていくのに、白血病になったらどうするんですか!? 癌を誘発しちゃったららどうするんですか!? もしも――これから先に産まれるかもしれない赤ちゃんにまで影響が出たら……どう責任を取るんですか!?」

 

 EBRは弾薬箱を殴りつけて、まくし立てるように反論する。他のメンバーは口こそ開かないが、概ねEBRと同意見らしく私を見る視線は刺々しい。

 頑丈な箱なのに凹みが大きくて最早デスク代わりにもなりやしない。お気に入りのボールペンまで叩き潰されている。

 

「リーダー、私は核兵器(そんなもの)を絶対に使わせません! 私たちは戦術人形です。でも私たちは人間を守るためっていう使命に従って言っているんじゃないんですよ!

 リーダーが私たちの仲間だから言うんです! 同じ戦場に立つ仲間が……私たちのリーダーが危険に晒されるような行為を、私たちは望んでいません!」

「Mk14EBRの申し上げたとおりです。私どもは、主たる貴女に被害が及ぶ危険な行為を望んでおりません」

 

 横合いからG36の援護射撃が入る。どうやらこれは“被爆覚悟で生き残る”なんて生易しい覚悟はできないようだ。

 文字通り“生きるか死ぬか、みんなを盾にしてでも生き延びる”という覚悟を決めなければいけない。

 

「病床に伏せったご主人様の姿など……想像したくないのです。もしも核をここで利用して生き延びたとしても、不治の病の齎す苦痛に喘ぐご主人様を見たら……私どもはきっと後悔することでしょう」

「そうですよ! リーダーの病室でお茶を飲むようになるくらいなら、今ここで泥水を啜ったほうがまだマシです! 絶対に私たちがリーダーを守り抜いて見せます!」

「それに――私どもはまだ今月分の引換券も貰っておりません。またみんな無事に、健やかな姿でお茶会をしたいんですから」

 

 G36がふと柔らかな笑みを浮かべる。平時の本社ビルで会ったときのような、物腰の柔らかな優しい笑顔だ。

 引換券――それは、つまり、例のアレだ。女の子なら、というか人形達や私にとって至上の喜びであるもの。無上の幸福とも、天国とも、悦楽とも呼べるあの時間のことだ。

 

「――わかったよ。核は使わない。ただし、ちゃんと守ってよね」

Jawohl(了解)Herr Kaleun(大尉殿)

「了解ですリーダー!」

 

 さて、こうなると核弾頭の爆発の余波で鉄血兵を撹乱することはできなくなる。EMPで簡素なドローン兵や犬コロタイプを一網打尽にできるチャンスは露と消えた。鉄血の人形タイプでもEMPのダメージから回復するのには時間がかかるから、いい時間稼ぎになったのに。

 グリフィン製、というよりも我がPMCで使用する人形は“前線の後方支援(バックアップ)”が多いことから諜報・妨害への対策に余念がない。こうした電子機器への被害や阻害を軽減する対策を施しているから、少なくとも30分以上はこちらが優位に立てただろうに。

 

「さて、プランを練り直す。有効な意見を期待しているよ、お二人さん。生憎私にはさっきのより生還率の高いプランはないんだから」

 

 げっ、と言って後ずさるMk14EBR。それを尻目に“紅茶を入れて参ります”とさっさと退出していくG36。……帰っても撫でてやらないぞ、二人とも。

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