きゃすたー(7mg)の雑多なネタ倉庫   作:きゃすたー(7mg)

14 / 39
ISの最新分

第二十六話 激突

 

 

 大歓声の響くアリーナの中央でお互いに向かい合う。ヘッドギアを解除したまま相対する相手の手には二振りの青龍刀を携えられ、搭乗者である鈴は静かにこちらを眼差しを向けて佇んでいる。

 落ち着き払った様子は代表候補生に相応しい堂々としたもので、しかし口角は僅かに釣りあがり戦意の高さが現れている。

 

『それでは本日の最終戦、第五試合! 一年生選抜代表の北條彩香と二組所属の中国代表候補生、凰鈴音の大戦カードだ!

 双方ともに高い実力を持つ操縦者同士の戦いとなるこの一戦! 果たして結末はどうなるのか! 黒い狼は鋼の龍をも噛み殺すか! それとも空を舞う龍が狼を地べたに這い蹲らせるのか! 今ここに決戦の狼煙が上がる!』

 

 ……実況も随分と気合が入っているらしい。あまりのハイテンションぶりと、モニター室で身を乗り出すように実況を行う様を見たセシリアがなだめる様子がここからでも見えている。

 

「よろしくアヤカ。手加減なんてできないわよ」

「よろしく、リン。そっくりそのままお返ししますよ」

 

 ニィ、と獰猛な笑みを浮かべた鈴は前傾姿勢をとって開始のブザーに備える。静かに見えていても内面では非常に攻撃的(アグレッシヴ)な傾向なのだろう。

 同じように姿勢を整え、ヘッドギアを展開して開始に備える。歓声は静まり返り、最早聞こえるのは夕暮れの潮騒の遠い残響だけだ。黄昏時の近いオレンジの明かりで照らされたアリーナを切り裂く甲高いブザー音が走り抜ける。

 

『試合開始!』

 

 号砲、加速、投擲。開始直後に鈴の駆るインフィニットストラトス、甲龍(シェンロン)瞬時加速(イグニッションブースト)の勢いと共に青龍刀を投擲する。

 甲龍のパワーアシストで打ち出された青龍刀は弾丸に匹敵する速度で眼前に迫る。もう片方の得物を構え、鈴は追撃の姿勢でブーストをかけて追随してくる。受けて防げば直後に斬り捨てられることだろう。セシリアでも即座に対応するのは困難なほどの速攻だ。

 けど問題は無い。()()()見えているよ、鈴。

 

 鈴の右側面、青龍刀を持たない側へ向かって軽くサイドブースターを吹かせる。同時にPICを制御して半回転気味のターン。それだけで青龍刀はルー・ノワールのすぐ真横の空気を切り裂いて走り抜けていく。

 そのすぐ直後には既にもう一振りを大きく振りかぶった鈴の姿が目前に迫り来る。抜き放った打鉄の近接ブレードで、鈴が振り下ろす直前の青龍刀の柄の部分へ刃をすべりこませ、振り下ろされた青龍刀を()()する。

 する、と軌道を変え、ずしゃっ、という鈍い音と共に青龍刀の刃はアリーナの土くれを捉えた。

 

「やるじゃない」

「そちらこそ。危なかったですよ」

 

 鈴は受け流されたにも関わらず、まるで予想していたかのようにこともなげに言う。

 

「そう。なら、問題なさそうね」

 

 唐突に脳裏を過る危険信号。逃げろ、と背筋の奥で何かが囁いたと同時にルー・ノワールのバックブースターを全開で吹かして距離をとる。

 

「きゃあっ!?」

 

 ブースターで移動した直後に正面からどすんという衝撃が走り抜ける。ブースターの慣性と共に押し寄せた衝撃で大きく吹き飛ばされたものの、すぐに姿勢制御をかけて二本足でブレーキをかける。

 シールドエネルギーの減少値はそう大きくなかったのが幸いか。それでも直撃すれば相応のダメージにはなるだろうけど。

 

「ふふっ、完全とはいかなくても避けられるなんて思わなかったわ。それも初見で」

「興味深い武装ですね。指向性の兵装か何かですか?」

「うーん、ご想像にお任せってところかしら」

 

 わかってはいたけどペラペラ喋りだす一夏のようなマヌケじゃない、か。近接戦闘になればあの攻撃らしい何かが飛んでくるのなら、まずは遠距離である程度様子を見て――!?

 

「ぐへえっっ!」

『な、何ということ!? 突然北條彩香選手が仰け反ったかと思えばシールドエネルギーにダメージ判定が出ています!

 セシリアさん、こ、これは一体何なんでしょう!? 凰鈴音選手は何かしらの攻撃を行ったのでしょうか!?』

『お、おそらく……行ったのでしょう。現にシールドはダメージ判定を表示していますし、北條選手も攻撃の衝撃か何かを受けて態勢を崩しています。しかし……何をどうやって……あの距離を、しかも目視不可能で攻撃することが可能になるのか……』

『……判断、できない?』

『ええ、現状では何も……手がかりも観測データもありませんし、彼女はあの青龍刀だけでこれまでを勝ち進んでいましたので』

 

 ま、ず――あた、ま――まえ、が――足、が――

 

「どう? 想像できそうかしら?」

 

 視界がブレる。声が重なって耳鳴りのように響いてくる。立っているのか、崩れ落ちたのかもわからない。腕が言うことをきかない。脚が震える。

 

『こ、これは……北條選手のバイタルチェックが行われます! 試合は一時中断です!』

「北條、聞こえているか? 聞こえているならバイザーを解除しろ。……チッ、柊、すぐにルー・ノワールのヘッドギアを解除しろ。状態を確認する。そちらでも同時にバイタルチェックを行え」

 

 アリーナのグラウンドの土気の匂い。微かに届く椿の香り。ふらつく視界をどうにか持ち上げると見慣れたあの人の顔が眼に飛び込んでくる。

 

「……はぁ、あまり心配をかけるな。御影先生、北條の容態を診て欲しい」 

「北條さん、声は聞こえる?」

「……はい、ちょっと聞こえにくいですけど」

「目は見えてる? ブレがあるとかはない?」

「さっきより少しだけマシになりました」

「気持ち悪いとか、ふらつくとかはない?」

「……大丈夫、です」

「もしもし柊さん? バイタルデータをこちらに送ってください。…………なるほど」

「御影先生、どうだろうか?」

「頭蓋に外力が加わった結果脳震盪を起こした際の典型的な症状ですね。幸い意識障害や言語障害などは発生していませんし、バイタルも一時的に乱れたものの持ち直しています。五分ほど様子を見て、状態がよければ再開できるでしょう」

 

 ……どうやら心配させてしまったみたいだ。後でお祖母ちゃんからのお叱りと抱擁は覚悟しなきゃいけないだろう。

 まずは落ち着くことが先決だ。息を整え、脈を正し、頭の中をスッキリとさせること。ひんやりとした冷却シートのぷにぷにとした感触にだけ意識を向けて余計な考えをすべて捨て去る。

 

『それでは試合再開です!』

「……アンタ、大丈夫なの? 結構モロに食らってたみたいだけど」

「もっとひどいものを経験済みなので。……主に織斑先生のせいで」

「……あー、それは、まあ……アンタも苦労してるのね」

 

 経験者は語る、だ。彼女も同じような経験があるだけに気持ちはわかる。

 さて思考を切り替えよう。あの攻撃を受けたのは二回だけ。それ以前の試合で使用したことが無いことから鑑みるに彼女の近接戦闘技術は並み居る代表候補生を上回る実力ということだ。

 最初の速攻を受け流したときも、正直なところパワーアシストが悲鳴を上げていてギリギリ流せたようなものだ。近接主体であることからもパワーはあるだろうと見ていたが予測以上のものだったし、ブースターの加速力は第三世代機でも高機動力が売りの機体に追いすがるだけのものがある。

 基礎スペックの高さと彼女個人の技量にあの不可視の攻撃が加わることで、近接戦闘を磐石のものとしているのだ。私が接近することを躊躇うほどに。

 

「来ないのかしら? ならこっちからいくわよ!」

「くっ……!」

 

 急加速で間合いを詰めてくる甲龍(シェンロン)に向かって手持ちのライフルでけん制をかける。

 

「見えてるのよ!」

「ああ、そう!」

 

 一発、二発、と飛来する弾丸をするりと抜けて甲龍(シェンロン)の黒い影が迫る。右にちらりと銃身を動かす素振りのフェイントを織り交ぜ、次の回避先を誘導し予測して第三射を仕掛ける。

 

「ぐっ……上手いじゃない! でも、足りないわね!」

 

 ガンッ、ガンッ、と脚部と腕部にダメージを与えるもののシールドの減少値は芳しくない。むしろ衝撃にすら耐えて更に真っ直ぐに突っ込んでくる。

 くそっ、まるで速度を確保できた戦車みたいだ。堅くてパワーがあって、しかも速度に運動性まで持ち合わせているとか冗談じゃない!

 新藤美咲の“超スピードのサンダーボルトⅡ”よりはマシだけど厄介さではこっちもどっこいかもしれない。体当たりを食らうだけでこっちはピンチになりかねない!

 

「どりゃああぁぁっ!」

「そんな大振りでぇっ!」

 

 青龍刀が上段から振り下ろされるのを地を蹴ってバックステップで回避。その勢いをPICで維持しながらブースターで後退しつつ姿勢制御スラスターを細かく動かして制動する。距離にしておよそ400を維持したままライフル弾を叩き込む。

 

「効かないのよ!」

 

 鈴に向かって飛来する弾丸が命中する寸前で弾け飛び、ずしりと身体の芯を揺さぶる衝撃がノワールを押し退けるように過ぎ去っていく。

 これで三度目だ。今度はこちらが撃った弾丸を弾いて攻撃が飛んできた。それ以外の射撃兵装があれば問題なく対応できる距離だが彼女はそれらしいものを使ってはいない。つまり射撃、というよりも中距離から遠距離に対応した装備はこの不可視の攻撃のみである可能性が高い。

 近接戦闘用の武器と謎の兵器による遠距離攻撃だけというのは考えにくいが、エネルギーに供給先を限定することで余剰分を他の機能に回すことだって可能なのだ。私がテストしているエンジェルだってコアネットワークに接続するための量子回線を使用しないことでその分を他のシステムに振り分けているのだから、彼女の機体でできないわけではない。

 その結果があのパワーとスピード、更に強固なシールドバリアーをも備えた甲龍(シェンロン)というISを構成しているのだろう。

 

「くっ!」

 

 やはり硬い! 装備しているライフルではシールドを若干削るのがやっとのところ。遠距離からの攻撃じゃ貫徹できないし、かといって接近すればあの攻撃に身を晒すことになる。

 ひたすらに引いて撃ち、引いて撃ちを繰り返すしかない。さあ、どう攻略する? 北條彩香、お前が()()()なら何をされるのが嫌なんだ?

 接近戦でのアドバンテージは磐石。遠距離は心許ないがあの不可視の兵装はある種の防壁代わりにもなるから中距離戦まではどうにか対応できる。となると遠距離だ……遠距離しかない。

 

「ぐうぅぅっ!」

 

 ずし、と衝撃が機体を揺らす。同時にシールドエネルギーの減少が記録され、ダメージログに記されていく。減少量58……やはり近距離で食らった場合のほうがダメージは大きい。けど距離を離せば何故か被弾が増えている。中距離で引き撃ちに徹していたときよりも距離を開けたはずなのに!

 ロックオン時のアラートさえも発生しないためどのタイミングで撃ってくるのかがわからない。その上に肝心要の攻撃の種別もまだ掴めない。わかっているのは近距離では威力が高く、かつ命中率も高いことだ。そこから距離を開ければ威力と命中率は若干下がるものの、遠距離の領域に入って命中率は再び持ち直してくる。

 威力は距離に比例して低下するというのに、命中率だけは何故か中距離よりも若干向上しているというのは何かしらのカラクリがあるのだろう。

 

「ダメージの違いは距離による減衰? それともビームやレーザーのように大気中の気体の分子の影響を受ける? けどそれだと距離を開けたときの被弾率の上昇に説明がつかない……!」

 

 ……まだわからない。わからないならわからないで、今できることをするしかない!

 

 

「動きが変わった?」

 

 実況を務める報道部の同級生がモニターに釘付けになる。手元のタブレットに表示された画面にはサラシキの代表候補生と戦った際に使用したスナイパーライフルを手にした親友の姿があった。

 

「セシリアさん、北條選手は遠距離戦に徹するつもりでしょうか?」

「そのようですわ。被弾率が若干上昇するリスクを負ってでも、敵のシールドを貫通してダメージを与えうる武装……勝利をもぎ取れる武装を選択したのでしょう。

 実際に今の状況は先ほどまでの凰選手の優勢ではなく、ほぼ拮抗に近いですが北條選手に傾きつつあります」

 

 画面の中に映る彼女は相手を近づけさせないように取り回しのいいアサルトライフルで中距離への侵入を阻害、または足止めを行い、あの対IS用スナイパーライフルを片手でフル活用してダメージを蓄積させている。

 更に脚部のハードポイントに設置するタイプの中距離ミサイルを拡張領域から装備し、スナイパーライフルの射撃の合間にミサイルでのけん制を挟むことで距離を上手く保ち続けている。

 

「しかし、こう……遠距離戦はなんといいますか、地味というか……」

 

 ……実況がそのようなことを言っていいのでしょうか。とはいえ、遠距離戦のノウハウなど、ISに乗り始めたばかりの1年生には理解できないのは当然でもある。

 

「近接戦闘は確かに激しく激突することもあって盛り上がりやすくスリリングなものですわ。比べてみれば確かに華々しい戦いになることは少ないですが、遠距離戦の醍醐味というものは読み合いなのです」

「読み合いですか?」

「ええ。相手がこちらの攻撃にどう対処するか、攻撃手段はどのようなものか、機動性や運動性はどれほどなのか、様々な情報を入手し取捨選択するための時間とも言えます。序盤でお互いにけん制しあって、どの状況でどのタイミングを見計らって仕掛けるかを思考するのです」

「なるほど……お互いの力量を探り合うんですね?」

「そういうことですわね。とはいえあくまで序盤のそれは駆け引きの一つ。凰選手のように開始から即座に詰め寄っての先手必勝というのも戦術の一つですわ」

 

 画面上ではアヤカの駆るノワールが対ISスナイパーライフルを確実に当てていく。時折凰鈴音の甲龍から攻撃を受けているのか、じわり、じわりとシールドを削られながらも確実に巻き返しつつあった。

 ノワールのシールドは残り約580に対し、甲龍のシールドは残り約720。派手さは無いが既に戦いは削りあいの様相を呈しつつある。ここが中盤戦というところだ。

 

「第二に、先ほどの力量の探りあいではなく敵にダメージを与える射撃戦ですわ。ここでも読み合いが非常に重要な要素になっていて、フェイントや偏差射撃などを絡めて敵に確実にダメージを与える攻撃を用いてきます。

 遠距離戦を選択した北條選手はまさにこの状態ですわ。相手の攻撃が遠距離ではさほど威力が高くないと見抜いたことからもわかりますが、スナイパーライフルでダメージを蓄積させ、レンジを詰められた場合にはアサルトライフルとミサイルで近寄らせないように“引いて撃つ”を徹底していますわ」

「ここから本格的な攻勢を仕掛けていくんですね?」

「はい。ここからは敵に優位なレンジを取らせるなどの立ち回りをさせず、自分の得意とする戦術を最大限に発揮できるように盤面を作り上げるのです。ゲームの流れ……優位性を自分の側へと引き込むことが狙いとも言えるでしょう。まさに中盤戦に於ける射撃戦の典型ですわ」

 

 アヤカのノワールが一発、また一発と確実に凰さんの甲龍を捉え始める。ノワールはバックブーストで距離を維持しつつ、左右へ機体を振って不可視の攻撃に可能な限り対処しているものの完全には逃げ切れない。

 ノワールが被弾したところを好機と見た凰さんが一気に瞬時加速で距離を詰めにかかるものの、アサルトライフルのオプションとして装備されたグレネードランチャーからスモークグレネードを撃ち出される。空中で自動的にばら撒かれる黒煙に紛れ、ノワールはさっさと距離をとって再び射撃を継続する。

 

「ですが、もしそれが上手くいかなかった場合や拮抗してしまってジリ貧になってしまった場合はどうなるんでしょう?

 北條選手は現在優勢をとりつつあるようですが、凰選手としてもこの状況はおもしろくないハズです。どちらも打開策を講じる必要性があるかと思いますが?」

「北條選手はこのままペースを握り続ければかなり優位にゲームを進められるはずですわ。逆に凰選手はこの状態を抜け出すか、北條選手が弾切れになるまで凌ぎきるかを選ばなければなりません。常に相手から与えられるプレッシャーに耐えて操縦し続けるというのはかなりの精神的疲労を伴いますが……逆に切り抜けられれば凰選手に形勢が一気に傾くのは確実でしょう」

「なるほど……実弾兵装のスナイパーライフルが弾切れになれば必然として北條選手は中距離から近距離での戦闘を余儀なくされるわけですね。そして凰選手のISは機動性に加えて装甲も十分に持ち合わせている……」

「北條選手が削りきるか、凰選手が耐え抜くか……主導権が大きく動くのは“ここ”ですわ」

 

 勝負は拮抗している。一手間違えればアヤカの優勢は崩れ、凰さんは息を吹き返すだろう。ここをどう乗り切るか……どのようにしてアドバンテージを掴むかに全てがかかっていると言っても過言ではない。

 薄氷の上で保たれているこの均衡……若干アヤカの有利という程度だが、凰さんの巻き返しからの逆転勝利という筋道だってまだ生きている。上手く押さえ込めばアヤカがこのまま押し切って勝利を勝ち取れるのも確かな事実。

 どちらに転ぶかは、まだわからない。

 

 

「ああもうっ! ほんっとイラつくくらいいい腕してるじゃない!」

「それはどうも!」

 

 私の甲龍がスナイパーライフルの銃撃にたたらを踏む。空中とはいえバランスを崩すほどの攻撃を立て続けに受けるなんて今までには無かった。候補生として中国で訓練を積んできたけど、こんな風に私を追い詰めることができるだけの相手は居なかった。

 こちらのシールドは残り230で、あちらは420だ。スナイパーライフルの一発で90、他の攻撃なら20から30ということころ。あちらにシールドを貫徹できる装備は今のところ無いみたいだし、スナイパーライフルも絶対防御を発動させるには到らない。……もし発動させられていたら今頃負けてる。甲龍の装甲に感謝するしかない。

 ミサイルはそこそこ切り払ったり、迎撃できているものの銃弾を切り落とせるような技量は私にはない。せいぜい青龍刀……双天牙月を盾代わりにどうにか直撃を避ける程度だ。

 

 けどここを凌げば私の勝ちが見える。もうアイツはスナイパーライフルを30発近くも撃ってる。所持制限はあと5発、アサルトライフルのマグチェンジは5回を数えた。ミサイルは小出しにしているからあと何発かあるだろうけど私の甲龍を削れるだけの数じゃない。

 考えている間にも再びスナイパーライフルの一撃が装甲を揺るがせる。回避行動をとればミサイルが追いかけてきて、詰め寄ろうとすればアサルトライフルで阻害されて上手く距離をつめることができない。

 

 その上に虎の子の衝撃砲、龍砲は燃費良し射程良し精度良しの三点セット……とはいえ流石に何度も撃ったせいかアイツにはどこか感づかれている節がある。

 衝撃砲の拡散放射には気づかれていない。近距離ほど高威力かつ収束率と衝撃による行動阻害率が高く、遠距離ほど低威力かつ広範囲に広がるのが龍砲だ。遠距離に於いて小規模ながら弾幕のようにも扱えるこの武装は近距離ではスラグ弾、中距離以遠は散弾というような感じで広がりを見せる特殊な兵装だからだ。

 

「左右に振り回そうとしたって!」

 

 龍砲発射準備。設定は三連のバースト射撃。ターゲットロック、空間への加圧開始。砲身展開、誤差修正……これなら――

 

「……っ!」

 

 アイツのISがこちらを見ている。……バイザーで視線なんかはわからないはずなのに、何故かそんな気がする。

 ――怖気づくなんてらしくないっ!

 

「これで……落ちなさいよ!」

「――くっ!」

 

 黒いラファール・リヴァイヴは被弾の衝撃でバランスを崩して高度を落としたものの、すぐに持ち直してこちらに撃ってくる。

 装甲を掠めて飛び去る高速徹鋼弾の風切り音を無視して瞬時加速。中距離、近距離……龍砲の狙いを定め、確実に当てられる距離まで甲龍を突撃させる。

 砲身展開……ターゲティングをマニュアルで……狙い撃つ!

 

「――ここ!」

「っ、まさか」

 

 黒い狼の姿が掻き消える。狙いを外された衝撃砲はそのまま真っ直ぐにアリーナの地面を抉るだけに終わり、こちらの繰り出した爪をするりと抜けて、狼の牙が甲龍を切り裂かんと振り下ろされる。

 まずい、どうする、次の手は、負ける、反撃、押し込め、逃げろ、撃て、防御、ヤバい――

 

「こっ、のおおぉぉぉっ!」

 

 間近に迫る黒いラファール。スナイパーライフルは影も形も無く、既に右手には打鉄の近接ブレードが握られている。一息に振り下ろされる銀の軌跡に黒鉄の青龍刀を割り込ませて受け止める。

 

「止めた!?」

 

 ぎりっ、という嫌な金属音。シールドを切り裂かれる一歩手前で受け止めた黒い刃が白刃を押し留める。

 やられっぱなしなんて性に合わない! 詰め寄ったことを後悔させてやるわ!

 

「調子乗ってんじゃ……ないわよっ!」

 

 砲身を()()する。収束ではなく()()する。加圧するべき空間を逆に()()させる。

 

「まずっ――」

「吹っき飛べえええぇぇぇぇぇっっっ!」

 

 豪ッ、と響く重低音。本来の龍砲なら圧縮するはずの空間を一気に全方位へ向けて膨張させる。眼に見えない極大の衝撃波を伴い、周囲の一切を薙ぎ払う攻勢防壁(アサルトアーマー)が黒いラファールを軽々とアリーナの壁面まで弾き飛ばす。

 

『うおわぁぁっ!? 凰選手! これは奥の手を切ったのでしょうか!? 実況席にまで衝撃が届いてきました! セシリアさん、コレなんなんですかー!?』

『くうぅっ! 火薬の爆発らしい光源もありませんし、お、おそらくですが……自身のISの周囲に何かしらの指向性を持たせた攻撃を行ったものと思われますわ!』

『えーっと! つまりなんですか!?』

『“眼に見えない盾で殴られたようなもの”と思ってくださいまし!』

 

 間に合ったけど、けど…………シールドは削られてないけど相手もまだ倒れてない!

 

「く、首の皮一枚、ってとこかな……!」

「……お互いに……しぶといわね!」

 

 アリーナの地面を転がったんだろう。アイツの機体は土ぼこりで汚れ、手にしていた打鉄のブレードも防壁の直撃で半ばから真っ二つに砕けて折れて使い物になっていない。

 シールド残量は向こうも私も同じ程度しかない。こちらの武器はどちらも損失していないけど、向こうはライフルの残弾心許なく近接戦の要たるブレードも失った。条件はこちらに有利だ。

 向こうのラファールが左手に大型のグレネードランチャー……みたいな武器に、右手にサブマシンガンを展開する。どうやら近接射撃戦で挑むつもりらしい。デッドウェイトになる脚部のミサイルランチャーをパージして本格的に覚悟を決めたのだろう。

 やることは変わらない。龍砲をスタンバイ――砲身展開、安定化、加圧開始。発射――!

 

「……来る!」

「――えっ?」

 

 不可視のハズの砲弾は当たらない。射線上に居たはずの北條彩夏は私が龍砲を撃ったと同時にサイドブースターを吹かせて大きく距離をとった。

 ……必然、対象が居ない砲弾はアリーナの土くれを吹き飛ばすだけに終わる。

 

「アヤカ、アンタまさか――!!!」

「ええ、私にも()()()んですよ」

 

 見抜かれた!? あの口ぶりからすると発射タイミングどころか龍砲の()()()()まで読み解かれてる!

 速攻しかない! 態勢を立て直すより早く! あちらが手立てを考えるよりも速く! アヤカをこのまま押し切るしか勝利は無い!

 

「さあ、勝負どころですよ!」

「突っ込んでくる……! やろうってのね!」

 

 アヤカが瞬時加速でこちらに迫る。仕掛けてくる……それなら乗らない手は無い!

 

『お互いに瞬時加速! 双方とも勝負を決めるつもりかー!?』

『あの攻撃を恐れず踏み込むなんて……!』

 

 距離が縮まる。近距離に踏み込んだ瞬間、牽制に龍砲を放つ。

 

「見えています!」

「嘘でしょ……!」

 

 アヤカのノワールが僅かなサイドスラスターの調整だけで射線からズレる。そして龍砲は敵を過ぎ去っていく。

 

「なら、これでっ!」

 

 さらに距離を詰めて二射目。それも回避される。しかもまだ余裕さえ見せながら!

 

「まだ、読める……!」

 

 相手のサブマシンガンの射程内。ノワールからばらまかれる小径の弾頭じゃ甲龍のシールドは僅かにしか削れない。距離を詰めて、詰めてさらに詰める!

 

「突っ込んでくるっ!?」

「これならどうなのよ!?」

 

 青龍刀を()()する。瞬時加速を旋回技術に応用する。メインのスラスターとサイドブースターとバックブースターの出力を平均化し、噴射タイミングを少しずつズラしてその場で甲龍を超高速で一回転。思考しろ、思考しろ、思考しろ、思考してタイミングを合わせて――ブン投げるっ!

 

「どぉぉりゃあぁぁぁっ!」

「なんて無茶苦茶!?」

『近接武器を手放した! け、けど北條選手のノワールのマシンガンも持っていったー!』

『……なんて消耗率の高い試合ですか……まるで戦場のようですわ。整備士の方々が頭を抱えそうですわね……』

 

 超加速で発生する慣性を円運動で青龍刀――双天牙月にすべて集めて射出する。これで武器は無い。龍砲は見切られ、青龍刀は空の上。手は尽くした……あとの私にやれることはたった一つ。

 止まるな。留まるな。停まるな。もう眼と鼻の先だ。気合を入れろ……凰鈴音……武器ならある。武器なら、ここに一つだけ……確かに存在している!

 

甲龍(シェンロン)をぉぉぉぉっ! 舐めんじゃないわよ!」

近接格闘(ステゴロ)! 武器無しに!?』

『い、いえ! 何も間違いではありませんわ! 相手は改修機とはいえ第二世代! 基本スペックの高さは凰選手の甲龍が明らかに上回っています!

 お互いに手を尽くし武器も無く、それで正面から当たらなければならないのであれば力押しはむしろ最善手ですわ!』

「落ちろってのよおおオォォォッ!」

 

 渾身の右ストレートを放つ。加速と慣性を乗せた握り拳をアヤカのラファールに目掛けて繰り出す。

 

「――――はぁっ?」

 

 ぐるり、と天地が入れ替わる。間の抜けた声。誰の――私の、か?

 

『投げっ、投げ捨てたぁぁァァァッ! 右手を取って掬って一本背負い!』

「さあ、お目見えだよ」

 

 投げられたんだ。あの一瞬の交錯で……アヤカはアタシが仕掛けてくるのを読んでいたんだ。

 空中に投げ出された私に銃口が向けられる。未だにぐるぐると景色が回る中で、ただアヤカのノワールだけははっきりと見える。左腕のグレネードランチャーから青い光が漏れはじめ、次の瞬間には青い光弾が私の胸に潜り込んでいた。

 

 シールドエネルギーゼロのアラート音。真っ白に染まっていく視界。そう、これが私の初めての――

 

ク・ラ・リュミエール(光あれ)!」

 

 ――負け、か。

 

 

 

 

 

「――――け……けっちゃぁぁぁぁく! ついに決着! 凰鈴音選手の甲龍のシールドエネルギーゼロ! リーグ戦一日目最終戦は一年生選抜代表の北條彩夏の勝利だー! 熾烈なる闘争! 序盤の強襲から始まり、中盤でのじわりじわりと身を焦がすような削りあいからの電光石火の決着ゥ!

 いやー! この試合はおもしろいことだらけですねセシリアさん!」

 

 地面に横たわる甲龍と上空で滞空するノワールを今一度眺め、はぁ、と胸を撫で下ろす。一言で言って無茶苦茶だ。トンデモ機動に新兵器に冷や汗ものの暴れように頭を抱えそうになる。

 

「セ、セシリアさん? どうなされました?」

「――いえ、本当にいろいろありましたわね。流石に私でもここまで大暴れする対戦はそう見たことがないものですので……」

「本当にすさまじい試合でしたねぇ……正直言って途中で実況を忘れそうになりました。それではこの一戦を振り返ってみて、セシリアさんとしてはどう思われましたか?」

「そう、ですわね……まず序盤の第一印象としては凰鈴音選手の錬度の高さに驚かされた点でしょうか。僅か三ヶ月の速成であるにも関わらず代表候補と遜色無い技量を持ち合わせているという時点で末恐ろしいものですわ」

「なるほど……確かに、三ヶ月でここまでの戦いを繰り広げるというのは驚愕ですね」

 

 たった三ヶ月? あの戦いぶりで、たった三ヶ月? それだけでアヤカに匹敵しうるだけのものを手に入れたというのだろうか。それはつまり、私のこの数年は――私の積み上げたものは――なんの価値が――

 

「中盤に入ってからは逆に彼女の経験の浅さが明暗を分けた形ですわね。北條彩夏選手は年単位でISの操縦訓練を積んでいるだけあって、様々な状況を想定した訓練や模擬戦などをこなしてきているようです。

 彼女の戦闘スタイルはやや射撃寄りのオールラウンダーというスタンスですから、必然として場数をこなして経験を積むということはあらゆるタイプの相手との戦闘経験を積むということに繋がりますわ。そして彼女は戦闘中でもその経験を読み取って活かすことができるだけの能力を持ち合わせています」

「積み上げたものの違いがハッキリと浮き彫りになった、と」

 

 まさしく。ああ、まさしく。私の積み上げた数年は……彼女の三ヶ月にも劣るというのか。血反吐を吐くほどISに乗り続け、飛び続け、撃ち続け、重ね重ねて積みに積み、組んでバラして組み替えて取り替えて、ようやくここまで来たというのに、それはたった三ヶ月で覆される程度のものだったというのか。

 

「その通りですわね。終盤でもそれは同様で、北條選手は序盤の被弾と中盤での撃ち合いから凰選手のIS、甲龍の謎の射撃武装に関しておおよその当たりをつけてある程度見切ることができていたようです。

 対して凰選手は引き撃ちに徹する北條選手を攻略しきれず、焦りによるものかは定かではありませんが、隠し玉であるはずのあの射撃武装を北條選手に対して多用していましたわ。終盤のあの攻勢防壁は驚かされましたが、それ以外の攻撃に対して対応策を見出した北條選手が最終的に負ったダメージは序盤に比べてかなり減っています。凰選手の敗因としては経験差と兵装の幅、そして搭載された特殊装備への過信というところでしょうか」

「いやはや……こうして見比べてみると北條選手のスペックやばいですね。見えない攻撃を見切ってるというのもそうですし、何より第二世代機と大差無い機体で最新鋭機に迫るだけのあの技量が恐ろしいです」

 

 まだ足りない。私はこれからももっと積み上げて、もっと重ね続けて、もっと高く高く空高く飛び続けなければ彼女を――アヤカを超えられない。

 そう、機体の性能や装備に慢心してはいけない。どれだけ壁が高くとも折れてはいけない。私は未だ至らぬ身……未だ弱い少女だ。まだ、もっと、この先へ上れるハズだ。もっと先へ、もっと強く、もっと速く、もっと高く、もっと、更に更にまだもっと果てしなく更に向こうへもっとここからずっときっと見えてくるはずのそのまた先に辿り着いて過ぎ去って追い越して果ての果ての果てへ果てへとびさって――!!!

 

「もっと……もっと、強く……っ!」

 

 だけど、今の私では成しえない。今の私には、何かが、決定的な何かが足りない……!

 

第二十七話 背水

 

 

 

「やったー! 山田先生! アヤカが勝ちましたよ!」

「……あ……ええ、そうですね。すごい……戦いでしたね」

 

 まずい。これは、非常に不味い。クラスの生徒達はクラスメイトの激闘の余韻に酔いしれていて気づいていないけれど、私は気づいてしまった。そして同様に彩夏の祖母である彼女もまた気づいているらしく、難しい顔をしてピットへ戻っていく愛しい孫を見つめていた。

 

「真耶ちゃん、この後ちょっとだけいいかしら?」

「はい、大丈夫ですよ」

 

 これは何かあるな。そう思いながら試合終了後に先生に連れられてきたのは彩夏たち一年生選抜チームの控え室だ。

 シュッと微かな音と共に開いた控え室では汗だくになった彩夏がぐったりと長椅子に寝転がり、女の子がしてはいけないような格好でうなだれていた。

 

「こら、ちゃんとしなさい」

「うー……疲れたから勘弁して……」

「せめて椅子に座りなさい。それに周りが女の子だけだからって下着一枚でそんなことしないの」

「はーい……」

 

 気だるそうに身体を起こした彩夏は肩に掛けていたスポーツタオルで顔を一度拭いて眼鏡をかけると、対面に座った祖母と向き合った。

 

「さて、今回の感想は?」

「うーん……やりづらかった、かな。近接はよくわからない武器が飛んでくるから正面きってやりあいたくないし、かといって中距離や遠距離の武装じゃ装甲は貫徹できないし、何よりあれだけ戦えて育成期間がたった三ヶ月っていうのが信じられない」

「そうね。真耶ちゃんはどう?」

「私としては機体の性能の差がハッキリ浮かんできた戦いだった、という感じですね。ラファールリヴァイヴは第三世代に比肩するとは言っても、最初期の第三世代機相当ですから。

 第四世代を目指して発展を遂げている現行機の、それも最新鋭機が相手となると……」

 

 装甲とパワーは言わずもがな。最大速度や加速力もほぼ同等程度。加えてあの不可視の攻撃を与える武装と鉄壁の如き近接戦能力。それをあれだけの才能を持った子が扱っているのだ。技量は彩夏に追随できるだけのものを持ち、かつ扱う機体は現在の最高峰レベルの代物だ。

 今回は彩夏が技量と経験で上回り、勝利を手にした。だけど次は……どうなるかわからない。

 

「まあ、ここまで言えばわかるでしょう?」

「……根本的な問題、だよね」

「そうよ。ルー・ノワールは確かにいい出来だと思うわ。学生でありながらISをここまでチューニングできる技師はそうは居ないし、それを乗りこなすだけの操縦者も数少ないでしょうね。

 ……ここから先は三人娘も加えて話しましょう。呼んでちょうだい」

 

 彩夏が室内に設けられたモニターに向かって一言二言しゃべりかけると、モニターに銀髪の美しいツナギ姿の少女が映し出される。

 作業中だったのか、機械油の汚れなどがそこかしこに黒い帯を引いている。

 彩夏は簡潔に三人を呼び出すと、十分ほどで三人が控え室にやってきた。

 

「あれ博士? 話って、博士から?」

「そうよ。まあ座って話しましょう。……さて、今回の稼動データがあれば見せてもらえるかしら?」

「ちょっと待ってください……どうぞ、これです」

「ふーん…………なるほど、やっぱりそうなるわよね」

「……何が?」

 

 アルマがデータを流し見る博士に尋ねると、博士は稼動データを四人に見せながら言う。

 

「機体の稼働率よ。彩夏は今の機体、ルー・ノワールの機能をほぼ最大限まで引き出せている。つまりベースとなったラファール・リヴァイヴ・カスタムの最大稼動を実現しているのよ。これは“まずい”わ」

「ねー博士、それって何がまずいの。機体の機能は問題ないんでしょ?」

「…………ロビンの言うとおり。最大稼動時でも問題無く制御できるようにプログラムを組んでる。むしろそれだけ引き出してくれてるのは嬉しい限り」

「だね。ちょっとメンテが込み入ることもあるけど、自分たちの機体が十分な力を出してくれてるのは良いことなんじゃ?」

「そうだよ、おばあちゃん。ルー・ノワールはベースそのものはラファールだけど、ちゃんと私の操縦に追いついてくれる機体だよ」

 

 どうやらこの四人もまだわかっていないらしい。今までが順調に進みすぎて、このままではまずいという状況に未だ気づいていないのだ。

 それを見た博士も“やっぱりか”と言いたそうな表情で言う。

 

「いい? 彩夏は確かにルー・ノワールの力を最大限に引き出してる。イメージインターフェースを利用した操縦のサポートと追従性の向上は確かな効果として出ている。出力はプログラミングを独自に組み上げて彩夏の戦闘方法に最適化されている。機体の整備状況も良好のようだし、これだけ見れば十分すぎるほどの成果よ。

 けど、さっきの対戦の相手……中国製のあの機体の性能を、あの操縦者はどれだけ引き出せていたと思う?」

「なあ博士……それってつまり」

「勘が冴えてるわねロビンちゃん。そう、あちらはその性能の100パーセントを引き出せていないの。その状態でほぼ互角だった。この意味がわかるわね?

 仮に相手が70パーセント引き出せていたとしましょう。対する彩夏はルー・ノワールの100パーセントを引き出して()()()()互角だった。

 徒競走で言えば80パーセントの力で50メートルを6秒の相手に、こちらは100パーセント出し切ってようやく互角なのと同じことよ。相手が100%を出した時点でこちらは差を付けられて負ける。

 つまり、相手が今後100パーセントを引き出せるような成長を遂げたとしたら……次に彩夏の負けは確定したも同然ということよ」

 

 ロビンの表情にはっきりと影が差す。奥歯をかみ締め、博士の言葉を静かに聴くだけになったところでリッカとアルマが言う。

 

「で、でも! その性能差を補完できるようなアタッチメントや装備があれば……!」

「無理よ。ルー・ノワールの出来栄えは確かにいいものよ。追加装備で補強することもできる。だけどベースとなっているラファール・リヴァイヴ自体に()()()()のよ」

「……効率化や高出力化で対応できる?」

「それも無理。ソフトウェアがどれだけ高性能でもハードウェアが耐えられない。簡単に言えば5ギガバイトのハードディスクに5ギガバイトのOSをインストールしたとして、まともに動くと思う?

 それに効率を求めれば出力を控えざるを得ず、高出力化すれば継戦能力の低下を招くわ。外付けの装備である程度補えるとしても、重量の増加は機動性の低下に繋がる。そのデメリットを打ち消すだけの“伸びしろ”がラファール・リヴァイヴ本体の性能には僅かにしか存在しない。つまりノーマルのリヴァイヴは世に出た時点で既に危うい立場にあったのよ。

 それを補うためにラファール・リヴァイヴ・カスタムには多数の特化装備が作られたの。特化装備によって拡張性を持たせることでどうにか今まで“第三世代相当”という名前が保たれていたわけ。

 デュノア社が第三世代の開発に苦労しているのはラファール・リヴァイヴ自体が頭打ちになっていて、このままリヴァイヴをベースに開発すると確実に他の第三世代機よりも見劣りする性能になることが目に見えてわかっているからよ」

「北條先生、話が逸れてますよ」

「んんっ……まあ、よしんばスペックアップできたとしても、その追加装備を破棄せざるを得ない状況になったらそれこそスペック差が諸に響いてくる事態に陥るわ。あくまで外付けの装備というものは特化している能力を更に尖らせる……強化するか、不足している一部分を補うために装備するものなの。もしくは特化した能力を付与するためのもの。

 全体が不足している状態を補うために装備したところで、それじゃ中途半端に終わるだけで並ぶのがやっとになってしまう。相手を超えることはできないわ」

「……それじゃどうすれば……」

 

 遂に四人の頭からはわずかな希望すらも駆逐されつくしてしまった。なまじ才能に恵まれ成功を収めたばかりなこともあって、その落ち込みようは目に見えて痛ましい。

 ロビンは思いつめた表情で口をつぐみ、アルマはしょんぼりとして俯き、リッカは諦めきれず悩ましげに頭を抱え、彩夏は自身の稼動データを睨みつけて何か打開策が無いか調べている。

 

「ほらほら、そんな風に落ち込まない! 方法ならちゃんとあるのだからよく考えなさい。技術者はいつだってそういう無理難題に“解答”を叩きつけて克服してきたんだから」

 

 にっこりと微笑を浮かべた先生の言葉を受けて、ロビンは大きくため息を吐いて言う。

 

「……博士は、答えが出てるの?」

「もちろん、私としてはそうね――」

「わかった、言わないで。アタシが答えを出してみせる……今すぐは無理だけど」

「ふふっ――ええ、やってみせなさい。ちゃんとヒントはあげる。……キーワードは“ホットロッド”よ」

 

 ロビン以外の三人は“何ソレ”というような、よくわかっていない顔だ。しかしホットロッドとは懐かしい……というよりも古い。果たして今の時代でも流行っているのだろうか。

 

 

 

「うーん……ホットロッド? どうやったらISがホットロッドに繋がるんだ……? コアは取り替えようもないし、かといって外装を変えたところで意味も無いし……」

「ねえ、ロビン? そろそろ手を動かしてくれないと徹夜コースになっちゃうんだけど?」

 

 ひと悶着あってからというもの、ロビンはずっとどこか上の空だ。原因はわかっているとはいえ、整備中くらいはルー・ノワールに専念して欲しい。このままじゃ本当に徹夜になりかねない。

 

「ねえロビン……“ホットロッド”って何?」

「ん……ゴメン、リッカ。まずはノワールに集中しなきゃな。アルマの質問は尤もだろうな。今じゃ古いジャンルになっちまってるし」

「手を動かしてくれるなら許すよ。でもホットロッドって、そんなに古いの?」

「古いも何も、既に何十年も前の話だよリッカ。“ホットロッド”ってのは昔アメリカで流行ってたカスタムカーの一種でさ。20世紀初頭から80年代くらいの古いクルマをカスタムするときのスタイルだったんだ」

「……流石はクルマの整備一家」

「まーな。じいちゃんからクルマの流行り廃りくらいは聞いたことくらいあるさ。“昔はこんなのが流行ったんだ”とかいろいろね」

 

 むう、足首の関節部のパーツの磨耗がすごい。破損は無いみたいだけど次の一戦を耐えられるかは怪しい。要交換、だ。

 

「で、どういうカスタムだったの?」

「いろいろさ。車体のフレームを可能な限り壊さず往年の姿を維持しつつ、内装も当時を再現して、だけどエンジンはとんでもないパワーのバケモノエンジンに積み替えてあったりとかね。

 エンジン剥き出しだったり、宇宙船か何かみたいな奇怪なフォルムになってたり、見た目クラシックカーなのに内装は今のクルマみたいなスタイリッシュなものだったり、ド派手からシックな大人のクルマまで様々さ」

「へぇ、随分大掛かりだね」

「だろ? レストアしてそのまま乗るのも本来の味付けが楽しめていいんだけど、ホットロッドはアメリカ人の形に囚われないスタイルがよくわかる……ってじいちゃんが言ってた」

「そこはおじいちゃんなの?」

「仕方ないだろ。アタシ生まれてないんだし」

 

 形に囚われないスタイル、か。そのクルマ本来の持つ“味”を壊してでも、自分好みのものに作り変えるというのは、“整備士”志望としてはどうかとは思う。

 けどロビンのような“製作者”志望にはそれは紛れも無く楽しいことなのだろう。試行錯誤したり今までに無いものを作ろうとしたり……ロビンの“挑戦者”としての一面なのかもしれない。

 

「ま、アタシからすると要するに“キメーラ”みたいなものさ。ライオンの頭、山羊の胴体、毒蛇の尻尾、みたいな感じでね。

 超パワーのエンジン、跳ね上がるサスペンション、フレームからはみ出す極太タイヤ! で、それを違和感無く一つにまとめるのが――――まてよ……ああ、そう、そういうことじゃないか! 簡単な話じゃないか! 何も悩む必要なんてなかった!」

「ちょっ!? ど、どうしたのロビン!?」

「そうだよそうだよ! そういうことなんだよ! つまり“キメーラ”だったんだよ! 何も拘る必要性なんて何も無かったんだ! 私たちが一つの開発チームだって言うんなら最初からラファール・リヴァイヴに固執しなくたっていいんじゃないか!

 既にアタシたちはラファール・リヴァイヴを別物同然にまでチューンできてる! だったらあとは早い話さ!」

「…………ロビン、暑苦しいからやめて」

 

 突如として暴走を始めるチームメイト。その余波は近くでタブレットに向き合っていたアルマに飛び火し、アルマはロビンが嬉しそうに抱きついてくるのをげんなりとした表情で耐えている。

 

「あー、で、つまり?」

「“キメーラ”さ!」

「いや、わかんないって」

「……要するに、異質同体?」

「そう、それ! アルマの言うとおり! “キメーラ”だよ!」

「えー、つまり、異なる由来の複数の部品で構成するってこと?」

「そうだよ! 今のルー・ノワールを構成する部品や機器を最新鋭のものに置き換えるんだよ! 互換性なんて無いにも等しいかもしれないけど、アヤカの操縦技術に追従できるだけのスペックを持つ機材を組み込むんだ。もちろん今現在のルー・ノワールのような操作性やアヤカのスタイルに見合うものを継ぎ接ぎするんだ!」 

「無理だよ。リスキーすぎる。第一互換性が無いんじゃ継ぎ接ぎどころか、ネットワークの構築さえできないかもしれない。クルマのエンジンを積み替えるのとはスケールが違いすぎるよ」

 

 チャレンジャーだとは思っていたけどまさかこんな提案が出てくるなんて! 互換性の無い装備や機器を組み合わせるのがどれだけ難しいか、ロビンだってわかってるはずなのに!

 アーマードコアみたいなゲームの世界の話じゃないんだ。好きな機体で好きな装備を選択して戦えます、なんてことはそう簡単に出来るものじゃない。

 

「互換性はもちろんとしてボルトや装甲の規格だって様々なものがあるでしょ。仮に継ぎ接ぎでなんとか動けたとしても、整備するってなるとそれぞれ規格の違うパーツにあわせた規格の素材を用意しなければいけなくなる。共通規格じゃない部品なんて、私たちだけじゃ確保なんてできないよ。

 中には稀少な素材や職人の手作りなんていう部品だってあるかもしれない。維持コストが嵩むだけじゃなくて、整備の手間も大幅に増えるんだよ」

「けどさ、ラファール・リヴァイヴの第三世代はまだ開発の真っ最中だ。それが出てきたころには既に世間は第四世代まで後一歩って可能性が当然ある。そうなると結局アヤカはジリ貧になっちまうんだ。でなきゃ、例えこの先勝てたとしてもそれは“アヤカ頼みの”勝利でしかない。

 アタシたちはアヤカが十全に戦えて、かつ第三世代の新鋭機相手にも引けを取らない機体を作るんだ。

 アタシは、このチームは一つの開発チームだと思ってる。使ってる機体こそラファール・リヴァイヴだけど、アタシたちにとって重要なのはアヤカが試合で“勝てる”ことさ」

「それは……確かにそうだけど」

「…………ロビンの言い分はわかる。でも、私たちじゃ最新技術の入手は難しいと思う。維持費もバカにならなくなる」

 

 ヒートアップしたロビンの熱が冷めたのか、彼女は再びため息を吐いて落ち込んだ表情になって呟く。

 

「……だよなぁ。やっぱ学生身分じゃダメだよなぁ」

「ロビン、今は考えたって仕方無いよ。とりあえずは対抗戦二日目に備えないとさ」

「――わかった。まずはちゃっちゃとメンテ終わらせちまうか!」

 

 気を取り直したロビンは再び自分の受け持っている部分のチェック作業に取り掛かった。

 ロビンは強い。私ならきっと落ち込んでまだウジウジしていたかもしれないのに、彼女は迷いを振り払って目の前の問題に向き合ってみせた。

 ルー・ノワールの行く末……今はまだ、そこは考えるべきじゃない。

 

 

 

 気づけば朝を迎えていた。シャワーを浴びて自室に戻り、余計なものを脱ぎ捨ててベッドにそのままダイブして、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。手探りで掴んだ時計は午前5時を少しまわったところだ。

 

「……ん、毛布……」

 

 蹴飛ばしていた毛布を足の指先でつまんで手に手繰り寄せ、冷えた身体の上に被せると甘く優しい香りが緊張感をほぐすように広がっていく。

 

「下着姿で大また開き。しかも足で毛布を引っ張るなんてはしたないですわよ」

「……いいでしょ、セシリアしか……いないんだし」

「それでも無防備すぎますわ。……それに狼は男だけとは限らないのですから」

「わたしはぁ……ライオンだからたべられませぇーん……」

 

 あったかい毛布に包まれるこの瞬間が好きだ。冷え込んだ朝の寒さに耐えて再び快楽に堕ちるこの一瞬がたまらない。

 

「――――」

「んー……わかってますよぅ……待ち合わせまであと1時間……だけだから」

 

 頬のあたりが暖かい。ほんのりとしたこの温かさが心地よい。

 

 

 

「うーん、絶好調ですね!」

 

 目が覚めればあら不思議。眠気はスッキリ。前日の疲労感も消し飛んで実に快適な朝を迎えることができた。

 既に三試合を消化している私は残すところあと一戦だ。三組の代表と戦って勝てば第一期のクラス対抗戦は全戦全勝、つまり勝率1を刻むことができるわけだ。

 

「おはよう、みんな」

「おはよー、アヤカ。機嫌よさそうじゃん?」

「…………おはよ……」

「まあね。アルマは相変わらずみたいですけど」

 

 しょぼしょぼとした目を擦りながら、アルマはコンソールに流れる記号の羅列と格闘していた。リッカは相変わらず工具箱を片手にルー・ノワールの細部のチェックに余念がない。

 

「GV-890は確かに出力で言えば高くなる。けどエネルギーの供給量が現状じゃ足りない……サブジェネレーターである程度確保する……いや、それだけじゃ伝達系がもたなくなる。重量バランスも崩れるから空戦での機動性が落ちることに……」

「で……ロビンはどうしたの?」

「昨日のメンテ明けからずっとあんなカンジだよ。ルー・ノワールの基礎スペック向上プランを練るんだってさ」

 

 パイプ椅子に腰掛けたままタブレットと向かい合ってうんうんと唸っている姿はおばあちゃんに良く似ている。おばあちゃんの場合はロッキングチェアでくつろぎながら煙草を片手ににらめっこだったが、ロビンの場合はアツアツのコーヒーとサンドイッチがお供らしい。

 

「今のノワールに対して現行のファング・クエイクの出力は約12パーセント高いから、まずは出力を現行機並みに引き上げるべき?

 でも出力を上げたところでスラスターの反応速度が上がるわけでもないし……かといってプログラム面で引き上げるにしても機器そのものへの負担が……」

「おはよ、ロビン」

「ん……おはようアヤカ。ごめん、考え込んでたみたいだ」

「みたいですね。こっちいいかな?」

「ああ、どうぞ。ふぁぁ……それにしても難題だよこりゃあ。一晩中考えてたけど何も思いつかない」

「……大丈夫?」

「一日くらいは慣れてるさ。で、問題なのはノワールのスペックアップはどういう方法で行うべきなのかってとこなんだ。

 正直言って現状のノワールはそのままのリヴァイヴをバランス調整やアルマのプログラミングで味付けした機体だから、まだ改善できる余地は多少あるんだ。私たちがやってきたのはアヤカが“扱いやすいようにする”ためのもので、“性能の強化”じゃないからね」

 

 確かに今まで見てきた作業はデータを集めて粗を探し、プログラミングや出力の調節などで私に“馴染む”機体を目指してきたものだった。

 既存の背面スラスターを細かな出力調整に対応させるためのプログラムだったり、武装展開時の量子変換速度の向上だったり、極めつけにイメージインターフェースを利用した機体制御システムによるレスポンス向上は目に見える効果を発揮していた。

 

「で、今求められているのは“扱いやすさ”じゃなくて“スペックアップ”なんだ。

 そうなるとプログラム関係みたいにソフトウェアだけで向上させられる範囲ってのには限界がすぐに来る。そうなるとソフトウェアが走る大本の機材……パーツや回路そのものに手を出さなきゃいけなくなるってこと。

 そりゃアタシらはIS学園の技術科を受けるだけの知識も技術もある。パーツを付け替えるくらいなら三人いればなんとかできる。メンテナンスや小さな調整やアタッチメントの取り付けくらいはできる。

 でも、根元の問題まで解決するにはISの製造や組み立ての専門家の手がないと無理なんだ!

 ……アタシたちみたいな学生じゃ正直言って不可能だ。クルマのパーツ交換はできるけど、エンジンの製造までは無理っていうのと同じことでね」

 

 考えれば納得だ。ISを少し弄れるからといって、部品の製造や加工ができるわけじゃないんだ。これはいよいよもって難しい問題だという実感が押し寄せてくる。

 

「で、現状の最新のパーツを組み込んでスペックアップを図るべきだと思ってカタログやら見てたんだけど……ここで第二世代と第三世代の壁に悩まされることになってさ。

 第三世代機はいくつかロールアウトしてるけど、どれも独自の武装や機器を装備してるってのもあって、共通する規格部品っていうのがすごく少ないんだ。つまり互換性が少ない……というよりまったく無い上に、国や企業が独自に生産しているのもあって流通量自体が少ない。

 つまり採用できたとしてもコストが嵩みすぎて私たちじゃ維持できなくなる。まあ、量産型って言える機体がそもそも多いわけじゃないから仕方が無いんだけどさ。

 そこで無理な分解と再構築・改造を行うことなく、現在安価に手に入る部品で高精度高性能の、しかも規格が共通していて私たちが手をつけられる範囲内で行えるスペックアップってのを考えてたんだけど……」

「つまり、不可能と?」

「そう。改めて不可能ってことがわかっただけだった」

 

 とんだ骨折り損だった、とだけぼやいてロビンはサンドイッチを口に入れる。

 

「普通なら博士に泣きつくんだろーけどさ、これはアタシらがやらなきゃいけないことなんだ。でなきゃあの武装をアタシらに託した博士のメンツが丸つぶれになる。

 これは師匠が出した問題だ。なら弟子が解けなくてどうするよって話さ。全員のプライドがかかってんだ」

「ロビーン! 先々の問題もいいけど、目の前の問題に先に対処してよねー!」

「右足首関節部のパーツの磨耗部品ならもう解決済みだよー!」

「そっちじゃなくて背面スラスターの伝達回路のほうっ!」

「…………ごめん! 今すぐやるから!」

 

 顔を青ざめさせてロビンは一目散にノワールの問題点に取り掛かる。怒鳴りつけるリッカに普段は強気なロビンも平伏(へいふく)して許しを請うばかりだ。

 

「……心配いらない。ロビンならできる」

「けど、難しそうですよ」

「……できる。私たちが居れば、きっと」

 

 そう言ってアルマはタブレットをテーブルに置いて大きく伸びをする。小さな身体で大きく伸びをする彼女は仔猫のようなあくびをしてから小さなカップに口をつける。

 ……ルー・ノワールは性能面で頭打ちが近いのはわかっていたことだ。けどもこんなに早く第三世代機相手に戦うのが苦しくなるなんて。私はノワールの性能を引き出せているとおばあちゃんは言っていた。一時的なスペックアップを齎す方法が無いわけではないけど、それは諸刃もいいところだから使うわけにはいかない。

 

「そういえば、アルマは何かいい案はある?」

「――ん、機械的な面は門外だけど、いい?」

「うん、何気ないことから切欠がみつかるかもしれませんし」

「……イメージインターフェースのレスポンスは十分に向上できてる。擬似神経ネットワークを介した反応速度は現状での最大限だから、肉体の反応とほぼ等速の状態。

 できるとしたらリヴァイヴの最大稼動データを検証して無駄をなくすこと……くらいしか思い浮かばない。ごめんなさい」

 

 つまり粗を探して一つ一つ取り除き、より効率的な機体の稼動を目指すしかないわけだ。

 

「なあに? 二人も博士の言ってたスペックアップを気にしてたの?」

「リッカ、それは、乗り手なんですから当然気になりますよ。リッカは何か案はある?」

 

 作業用の青いツナギの上半身をはだけさせ、汗でぬれた白いシャツをぱたぱたとさせながらリッカはパイプ椅子に腰を下ろす。

 水分補給用のタッチボトルに口をつけて一息つくと、リッカは薄い胸の前で腕組みして思考に入った。

 

「うーん……ロビンの言うようにノワールの“伸びしろ”があんまり無いのはわかってる。博士が言うようにアタッチメントや追加パーツは確かに効果として期待できるけど、重量の増加は機体の制御やバランスにも影響が出るのもわかってる。

 つまり私たちが目指すべきところはルー・ノワールの外装に余計なものをくっつけずに、その上で現行の第三世代機に追随できるだけのスペックへと向上させるというところなんだと思う。

 でもその目的に見合う最新のパーツで規格が合うものは無いだろうし、いろんなパーツや機器が出回っている戦闘機や戦車に比べて数そのものが少ないのがISだから難しいのも確かだよ」

「……難しい……まるで謎掛け」

「確かに戦闘機や戦車は何万とありますけど、ISは500機未満だしね……」

 

 頭がこんがらがりそうだ。ISのスペックアップをしたいけど、他者の現行機のパーツや装備はそう手に入るものじゃないし規格が合わないものばかりだしお値段もヤバい。買えたとしても維持費がマッハで予算が危ない。

 かといってそういう装備無しにスペックアップを図ろうとすると、今度は現状のノワールのものを弄るしかないのだけど、それができるだけの技術力が私たちには無い。

 なので寄せ集め部品で追加パーツを作って載せるとしても機体のバランスを崩すことになるのは明白で、またしても再調整に追われることになる。そして本体そのものの性能向上ではないため、その装備が外された場合ジリ貧になるのは確定だ。

 だから本体のスペックを向上させようとすると、今度はリヴァイヴ自体が既にスペックの限界に近い状態だという現実にぶち当たる。未だにデュノア社の第三世代機は開発の真っ只中で量産品のパーツが無いだろうから、一番にマッチするだろうデュノア社の最新パーツがそもそも手に入らない。手に入るようになる頃には他の機体は二段三段上の性能だろう。

 

「とりあえずは現状のリヴァイヴ用の追加パックから使えそうなのを見繕って対応するしかないかもね。特化させた能力でなら第三世代の新鋭機相手にもどうにか対抗できるだけのものにはなると思うよ」

「追加パックですか。高機動に砲戦に偵察。それに狙撃戦に近接戦に水中戦を加えて、更に対空対艦装備まで。その上何故か存在する土木作業パックや氷海探査パック、極めつけの深海対応装備。

 ……最初に言っておきますけど、私は土建屋でも採金者でもないですし、ましてや海洋学者でもありませんよ」

「……わ、わかってるよー? い、今時ゴールドラッシュなんて、は、流行らないしー?」

 

 ISを使って採金事業を始めたらどれだけ儲かるか考えてたなコイツ。どれだけ機材が高性能でも私一人で採れる金の量などスズメの涙程度なものだ。

 

「……金が欲しいなら、いい場所がある。コルィマ金山っていって、現在のサハ共和国あたりで昔のソヴィエト時代に強制労働で開発されてた。今は閉鎖されてるけど――」

「「お断りします」」

「えー」

 

 誰が好き好んでシベリアくんだりなんぞに行くもんか!

 

「ソヴィエト……金山……」

「ロビン、早かったね……ってどうしたの? そんな呆けた顔して?」

「リッカ、悪い。やること終わったから、ちょっと行ってくる」

「……えっ? え? ちょっ、ロビーン!?」

 

 工具を片付けて部屋を飛び出すまで僅か三秒。ブラウンのポニーテールを風に靡かせ、一目散に駆け出した彼女に置いてきぼりにされた私たちは首をかしげて見送るしかない。

 

「ロビンったら、いきなりどうしたんだろ?」

「……金が欲しいならロシアよりアラスカに行けばいいのに」

「アルマ、それは絶対に違うと思う」

 

 

 

「ふあぁぁ……結局千冬ちゃんと真耶ちゃんにお世話になっちゃったわね」

 

 かつての教え子とはいえ、二人はIS学園の講師だ。公的機関で一晩お世話になるなんて正直気後れしてしまう。会議の内容がIS学園での“日本先進技術研究所の開発チーム常駐”という議題であるとはいえ、三人で飲んで食って飲んでを繰り返して午前三時までかかったのだから仕方がない。宿代わりに寮監室で三人で寝ていたのも仕方が無い。

 そう、仕方が無いのだ。いいね?

 

 午前9時。間も無く二日目の第一戦が始まるころだろうか。確かに私は身元がしっかりしているとはいえ、寮監室に一人で眠らせてくれたのはあの二人の気遣いか優しさか。食堂の利用権とシャワー室の場所を書いた抽象的なメモ一枚ではどうすればいいかよくわからないのだが。

 もしこれが年寄りを労ろうというつもりなら、今一度“介護”の意味を辞書で引いてみればいい。“介護”がどれだけ大変か、身を以って知ることだろう。

 

「……メニューはお好きなものを、ねぇ」

 

 学生数が多くないというのもあってか、食堂内の広さは100人ほどが入れる社員食堂、という様相だ。生徒は今頃試合に夢中だろうから閑散としているが。

 

「いらっしゃいませ。学園外の方ですね、食券はありますか? IS学園内の支払いはIDカードですので、そちらがあればご提示ください」

「ええ、このチケットでいいのよね」

「はい。では、ご注文をどうぞ」

 

 メニューをぺらぺらと流して見たけど、正直言って定食だけじゃ物足りない。このままでは昼食を前に私の胃は悲鳴を上げ始めるだろう。

 

「それじゃ――――まずはから揚げ炒飯定食」

「はい、から揚げ炒飯定食で」

 

 この辺は序の口だ。脳を酷使する職業柄、休んだ脳を完全に目覚めさせるもの――辛味だ。

 

「麻婆豆腐とエビチリ」

「ま、マーボー豆腐とエビチリ、ですね」

 

 うーん……辛味はこれくらいでいいとしてあとは満足できる量が必要だ。となると必要な分を加えると……このくらいか。

 

辣子鶏(ラーズージー)……あと餃子3人前も追加で」

「……以上でしょうか?」

「ええ、以上で……待って、締めのチョコレートパフェを忘れてたわ。それと一つ」

「は、はい……なんでしょう?」

「超・激辛でね」

 

 締めは甘味だ。それ以外など認めないしありえない。さあ、見せてもらおうかしら……世界のIS学園の誇る学食というものを!

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。