きゃすたー(7mg)の雑多なネタ倉庫 作:きゃすたー(7mg)
リーダーさん……エコーさんは私に生きろと言ってくれた。量産型の、代用の利く存在でしかない
銃声のBGM。瞼が開く。
「おはよう、ねぼすけさん。無事に機能するダミーを一体見つけてある。すぐにネットワークを構築して」
銃を手にした姿は凛々しいが、額には大粒の汗が浮かんでいる。そしてそのグレーの戦闘服のわき腹を染める赤い色。このヒトの命が零れていく――そんなこと、私がさせない。
「ご主人様」
「……なに?」
「絶対、ご主人様を守ってみせます」
「――お任せするよ」
そう言って、リーダーはふらりと身体を揺らしてメイドの人形、G36に身を預ける。
ダミーは一体だけ。本当ならもっとたくさんの
「リーダー! 無茶しないでください! すぐ手当てしなきゃ!」
「私にお任せください。メイドたるもの、衛生兵としてのスキルも万全でございます。EBRは状況を説明してあげてください」
「……了解。G41ちゃん、今私たちは宿舎に設けた臨時司令室から指揮を執ってるの。リーダーの応急処置が終わったらG17が確保してくれたストライカーICVのところまで脱出する。
今は他の子が敵を食い止めてくれているけど、万一敵が突破した場合に備えて通路を警戒して――っ!?」
木製の簡素な扉が吹き飛ぶ。赤い炎と黒い煙を伴った衝撃が部屋中を駆け巡る。リーダーの治療に当たっていたG36が衝撃で吹き飛ばされ、EBRは木片の雨に晒されて視界を奪われる。
奥から姿を現す鉄血の人形たち。両手にサブマシンガンを持ち、バイザーで目元を覆い隠した彼女達が――
「やらせないよ!」
ダミーを疾駆させ、部屋に踏み入ろうとしていた一体目に上段の回し蹴り。ブロンドの髪がカーテンのように舞った次の瞬間、頭部の部品を撒き散らして吹き飛んでいった人形を尻目に後続の奴等に
前列が崩されたのを目の当たりにした人形たちはすぐさま壁の裏に身を隠す。けれどもう既にダミーは懐に入り込んでいる。
すれ違いざまにG41の
「……わーお……随分、アグレッシヴだね。それにしても、っ……く……助けられちゃうなんて」
その苦悶交じりの声に顔を向けると、EBRが自身の左目に突き刺さった木片を素手で引っこ抜いているところだった。引き抜いた後の琥珀色の美しい瞳は片方が潰れ、赤い雫を滴らせていた。
「ぐっ……やって、くれましたね」
「G36、お腹の調子はどう?」
「最悪です。ムカムカしてきました。EBR、目薬はご入用ですか?」
「生憎、間に合ってますよ」
「ではすぐにリーダーの手当てをします。バリケード代わりにするつもりの資材の箱が盾になってくれたお陰でリーダーにはダメージもありませんし」
ぞぶり、とメイド服を貫いて突き刺さった木片を腹部から乱雑に引き抜いて、G36は再びリーダーの傷の手当てを始める。
臨時司令室から顔を覗かせたEBRは自身の銃――ACOGサイトを装備し、軽量の合金や人工素材で形成された非常に現代的な装いのM14を構えて警戒しつつ言う。
「この様子じゃ他に侵入してきたヤツが居るかも。私は荷物を持つから、G36はリーダーをお願い。G41は格納庫へエスコートして」
「了解です!」
「幸いというべきでしょうか……リーダーの腹部に命中した弾は貫通していますし最初に打ったアンプルが効いています。傷口はもうすぐ塞がりますが、それでも激しい戦闘はできません」
「なら急がないといけませんね。G36Cと破廉恥コンビがしぶとい
……破廉恥コンビ? ASValちゃんと9A-91ちゃんのことだろうか?
そんなに恥ずかしいような格好じゃないと思うんだけどなぁ。
『エコー1より各員へ、これよりシンデレラは“カボチャの馬車”に乗ります。繰り返します、シンデレラは“カボチャの馬車”に乗ります。各員は後退してシンデレラの家に集合してください!』
「あの……なんでシンデレラなんですか?」
「決まっています。我々にとってリーダーはシンデレラだからです」
清清しい笑顔でそう言い切ったG36の鼻から一筋の赤い雫が垂れ落ちて、お姫様抱っこされたリーダーの頬に伝う。
第三標的 突破
「9Aちゃん、右から三体!」
「
放物線を描いて飛んでいくパイナップル。きっかり時間通りにジューシーでアツアツな爆炎と破片を撒き散らし、破壊された輸送車の影に潜んでいた三体の人形が斃れ伏す。いずれもアサルトライフル装備のスタンダードな歩兵だ。
「――っ!? 不味いですValちゃん! 宿舎近くで戦っていた最後のダミーが敵の迫撃砲でやられました」
「あぅっ……こ、こっちもやられちゃったよぉ……」
ダミーの遠隔操作や通信を行うネットワークから反応が消失する。弾除け代わりのコンクリートブロックから乗り出していた上半身を引っ込めてリロードをしながら次の一手を思考する。
背後にはストライカーがある格納庫がボロボロの状態とはいえ建っている。リーダーたちが到着するまでここを死守しなければ、私たち全員がこの基地で脱出する手立てがなくなってしまう。
宿舎からここまでは裏道を抜けたとして約10分ほど。途中で敵と遭遇する確率がある以上、もっとかかるだろうことは簡単に予想できる。その道中でのエスコート役にダミーを配置していたのに……!
「ど、どうしよう……修復が終わったらエスコートに回す予定だったのに……」
『エコー1より各員へ』
「EBRちゃん!? ……で、でもリーダーと一緒に居たんじゃ……」
部隊指揮はリーダーの仕事のはず。なのに合流したはずのEBRが指揮を代行するっていうことは、まさか――という最悪の想像。認めたくない事実。だけどここは戦場で、その可能性はどこにでも転がっている。手にしたマガジンを取り落としそうになって、ギリギリで持ち直して、セットして初弾を装填する。
どうか間違いでありますように。どうか無事でありますように。
『これよりシンデレラは“カボチャの馬車”に乗ります。繰り返します――』
……ハラショー! リーダーが無事だという言葉に安堵したのも束の間、その言葉が発せられたのがEBRからだという事実を思い出して不安が再び押し寄せる。
「ね、ねぇ……9Aちゃん、これって……その……」
「――リーダーは指揮できる状態じゃない……ってこと、ですよね」
負傷したのか。それとも戦闘中なのか。意識を失っているだけなのか。それでも
「
『ああ、聞こえています。9A-91……正直言ってあまりよくないですね。持ちこたえるのに手一杯です。G36CとSV-98を加えて三人でどうにか、です』
「Mk23ちゃん、聞こえる?」
『ふふふ、何をしたいの? 付き合ってあげるよ?』
「……私が迫撃砲を黙らせてきます。格納庫の守りをお願いします」
「9Aちゃん……!?」
相棒のASValが驚いた様子で私を見る。……当然かもしれない。肩を並べて戦ってきた私の大切な戦友なのだから、きっと私の考えていることもわかっているんだろう。
隠密行動で敵の迫撃砲部隊に接近して攻撃を仕掛けるのは誰でもできることじゃない。今のメンバーでこういう芸当が得意なのは私かValちゃんか、EBRちゃんくらいなものだ。
『うーん、許可したいんだけど~……ダーリンからは9Aちゃんが“そういうこと”しようとしたら許可するなって言われてるのよね』
見抜かれてる。“前科持ち”なせいというのもあるけど、やっぱりリーダーは優しくて臆病なヒトだ。
私たちのメンタルモデルのバックアップは5時間前だ。もし私たちの今のメモリーチップが持ち帰られなかった場合、5時間前の私たちが再生されることになる。つまり私たちが今記憶している5時間は消失する。
ヘリの中で談笑していた記憶も、基地に到着してどのような戦いを経験したのかも、今リーダーがどうしているのか不安になっているこの気持ちも、全てが無かったことになる。でもそれは当然だ。蘇るのは5時間前の私たちなのだから。
そしてリーダーはそのたった5時間さえも大切にしてくれる優しさと、失うことへの恐怖とが共存している……のだと思う。どうしてそのようになったのかは聞いたことがないけれど、メンタルモデルのバックアップがとれる人形相手にすらそのように思えるというのは……些かながら異常性があるのではないかと思わされる。
「わかりました。それでリーダーのエスコートは誰が――」
「9Aちゃん! 敵増援が三体!」
「ちっ……応戦します!」
『二人とも心配しないで。ちゃ~んと、いいモノを用意してあるんだから』
銃声と共にコンクリートの破片が飛翔する。頭上を掠めて飛び去っていく銃弾に焦りながらも、周囲に点在するコンクリート製のバリケードの影に滑り込んで敵に指切りで9×39mm弾のバーストを浴びせる。
バイザーごと顔面を撃ち抜かれた人形が斃れるその背後から、さらに人形たちが押し寄せる。一体倒したところでキリがない。もっとまとめて相手を吹き飛ばすものが無いと。
「Valちゃん! 後方からさらに増援! グラナータは?」
「あと二つ!」
「こっちも二つです。同時に行きましょう!」
「
取り出したグレネードから同時にピンを抜き、カウントする。
「
コンクリートのバリケードから二人とも姿を現し、敵の集団に向けて全力で右腕を振るう。再び弧を描いて飛んでいくパイナップル。何体かは即座に反応して建物やバリケードの影に身を隠したものの、ほとんどは反応できていない。
再び身を隠したバリケードの向こうから爆発音が響く。ちらりと覗いてみたところ、五体満足で残っているのは三体ほど。手や足を失ったりして後方に這いながらこちらに牽制の銃撃を仕掛けてくるやつが二体。
再び銃撃を行おうとして身を乗り出したところへ、彼女達が赤い血を撒き散らしながら
「敵影なし、エスコート完了です!」
「おまたせ! みんな!」
「EBRちゃん!」
真っ白なベビードールのような衣装に身を包んだ少女がアサルトライフルを構えながら路地裏から現れる。敵の攻撃が無いか警戒しつつ味方を誘導してくる様子からしてそれなりに場馴れしているらしい。見た目には幼い少女のような風貌で、ブロンドの髪が揺れる様は風に揺らぐ柳のように滑らかだ。
そんな彼女に着いてくるのはいくつもの鞄や
左目には血で染まった包帯が巻かれ、歯を食いしばって重さに耐えている様子はいつの時代かのアニメチックですらある。
そこにG41のダミーに護衛されたG36がリーダーを抱えて現れる。二人とも衣服の所々に血痕が染み付いている姿が痛々しい。
「皆さんお待たせしました。すぐに脱出します」
「G36ちゃん! リーダーは! リーダーは無事ですか!?」
「9Aちゃん、落ち着いて……!」
「意識を失っていますが命に別状はありません。ナノマシンと治癒促進剤の投与のお陰で出血は収まっていますし、傷口は一先ず塞がっています。……とはいえ治療は早めに施すべきでしょう」
リーダーもG36もEBRも大きな傷を負っている……ダミーを回していたとはいえ私たちが宿舎への侵入を食い止め切れなかったせいで、リーダーは危うくその命を散らすところだった。
私たちがもっと上手くやれていれば……! リーダーやみんなが危険な目に遭うことなんてなかったのに!
「9A-91、あなたは己の最善を尽くしたのです。あれだけの数の敵の攻撃に晒されて、ダミー一体の損失であれば十分な成果です。
……ご主人様でも
……そうだ。ここからが本当の戦いなんだ。基地を脱出し、敵陣の
見慣れていたはずの基地は何もかもが変わっていた。崩れ落ちた司令部。迫撃砲で砕けた倉庫。焼け落ちた
指揮官が頭を撫でてくれた。みんなと一緒に倉庫整理をした。自慢げに指揮官がその性能を解説してくれた。どこまでも広がる空の青さに息を呑んだ。ショーケースに並んだ色とりどりのジェラートに思いを馳せた。
いくつも蘇っては過ぎ去っていく思い出たち。もうみんなは戻らない……だから私が覚えていないと。忘れないように、失くしてしまわないように、大切にしていかないと。
通いなれたいつもの道。車両格納庫へ通じる路地裏を、普段とは裏腹に最大限の警戒をしつつ進む。周囲にはいくつも敵が隠れられる場所がある。建物の影、通路、木箱、二階の窓、足元に散らばったガラス。敵が潜んでいる、あるいは敵に感づかれる可能性のあるもの全てを警戒して歩を進める。
こつ、と乾いた足音。私のではなく仲間のものでもない。なら、回答は一つ。
通路の曲がり角に背を預けて静かに待つ。こつ、こつ、と近づいてくるその音に耳を澄ませて待ち構える。いつもの扱いなれた銃を手放し、真っ白の衣装の裏から肉厚のタクティカルナイフを取り出す。光の反射を抑えるブラックコートが施されたフォールディングナイフが静かにその牙を剥き出しにするのを見て息を殺す。
まだ、あと少し……今っ!
特徴的な形状のアサルトライフル。鉄血製の、我々が持つ現行のどのタイプとも違う銃の姿が目に留まる。次いで人形の本体。レオタード状の衣装にパープルのシューティンググラス。それと同色の肩口ほどまでの髪。真一文字に結ばれた口元。丸くしなやかに女性らしさを漂わせるうなじのラインのその少し上。人間でいうところの下顎の奥に向けてナイフを滑り込ませる。
「ゲ、ガヒュ……ッ」
息の詰まる声。喉から頭蓋へ向けて突き抜けた刀身がバキバキと何かを砕く音が聞こえる。コアを砕いた感触がする。まさに糸の切れた人形となった“Vespid”を物陰に引きずり込んで物陰に蹴り転がし、銃を構えて警戒する。
後続は――来ない。ちらりとわき道を覗き込んでみても来る気配は無い。
「EBRさん、敵を排除。後続は無し。進めます」
『了解、1ブロック前進』
夜逃げするかのように大量の鞄を抱えたEBRと、大事にリーダーを抱きかかえたG36が追随してくる。最後尾には自分のダミーが後背を警戒し、奇襲や狙撃に備えている。
あとは同じことの繰り返し。本体が先行して安全を確保し、静かに全員で目立たないようにコソコソと物陰から物陰へと移動して前に進む。
敵に気取られないように、見破られないように、ひたすらに音と息を殺して格納庫へと向かっていく。
格納庫の正面で銃撃戦を繰り広げる敵部隊の側面から銃撃を浴びせる。静かに的確に、ダミーと連携して一体につき一発の正確さを心がけて敵を始末する。
私たちの到着に驚いた様子の二人の女の子たち。EBRが“破廉恥コンビ”と呼んだ彼女たちは合流するなりリーダーの無事を問いただした。宿舎を出た直後に迫撃砲の直撃らしい爆発と衝撃が届いたのを覚えている。二人はどうもそのときにダミーを失ったことを悔やんでいるらしい。
G36は彼女たちを励ますと、リーダーの治療のために真っ先に格納庫の奥へと駆け込んでいった。
「……あんな風に言ってるけど、本当はG36が一番悔しい思いをしてるんだよ。今は生き残ることが優先だから、感情はあまり見せてないけどね」
EBRはぽつりと洩らすように呟くと、失った左目を気にしていないかのような快活さで告げる。
「さあ! 大詰めだよ三人とも! しっかり生きて帰って、あったかいお風呂を楽しまなきゃ!」
格納庫に揃ったメンバーの顔を眺めていく。いずれも良く見知った顔ぶれだけど、今日は新顔も居る。急遽加わることになったとはいえ、同じ戦場を駆け抜ける仲間であることに変わりは無い。
「G36、リーダーの具合はどう?」
「良好です。少なくとも失血死は免れています。ストライカー内で安静にしています。むしろEBR、貴女のほうが気がかりなのですが?」
「左目はダメですね。幸い右目があるので支援に徹するならなんとかできそうです」
「なら構いません。存分に働いてください」
「休ませてはくれないんですね……」
負傷してなお私をこき使う彼女は最古参のエコーチームの一人であり、またリーダーが7歳の頃からメイドとしてお世話をしてきた、チーム創設以前からの最古の人形だ。
「Mk23は私たちが乗るストライカーの運転をお願い。G17はダミーリンクを利用して無人のストライカーを遠隔操作して敵を蹴散らして頂戴」
「はーい、お任せ!」
「了解。快適な搬送ができるよう念入りに
G17は比較的新任の側だ。G36Cや9A-91やASValらと同期で、元は激戦区で戦っていたが部隊が壊滅して“はぐれ”になっていたところを私たちで保護して、G&Kから移籍してきた経歴を持つ。
Mk23はというと、リーダーとG36と私の三人体制だったころに出会った。はぐれの人形として放浪し、いくつもの廃墟を鉄血兵や敵対的人類との遭遇を乗り越えてきたらしく、笑顔の裏で無慈悲に敵を殺戮する人形でもある。必要なら殺し、そうでないなら利用するだけ利用するという、諜報員やスパイとしての技能も持ち合わせているらしい。彼女曰く“Mk23は『蛇』の銃だから”なのだそうだ。
彼女は元々ある特殊部隊に“居た”らしい。第403分隊と言っていたが、どうにもうそ臭い。まあ、彼女に叛意が無いのであれば私は構わない。その点はリーダーも知っているし了承済みだ。
G36Cは増員の要請によって“アフターグロウ”本部から送られてきた人員で、9A-91は元々小さな町のカフェでウェイトレスとして働いていたそうだ。ASValはもっとも数奇な経歴をしており、元キャビンアテンダントから鉱山夫を経てG&Kの事務員になったかと思えばASValとして戦術人形に加わり、ウチの9A-91の誘いでこちらに移籍してきた。
ちなみにSV-98は元国軍の偵察兵として任務にあたっており、兵士としての稼動年数だけなら私どころかG36すら上回る歴戦のスナイパーだ。とてもそうは見えないが。
誰も彼もクセのある人形たちだが、私たちは皆リーダーに……エリカ=ニコラエヴナ=セミョノヴァに拾い上げられた存在だ。私たちは彼女によって“アフターグロウ”に所属することとなり、彼女のために……ひいては自身のために戦うことを選択した。
私たちは命じられるがままに、誰かのために戦って散っていく人形ではない。私たちはそう――共に肩を並べて戦う戦友であることを望んだのだから。
「G36、全員乗った?」
「ええ。全員揃っています」
改めて車内に残った人員を見渡してみると、昼間の激闘を思い返す。リーダー、G36姉妹、SV-98、破廉恥コンビ、Mk23とG17、そして私。いずれもダミー二体を引き連れてここに降り立った。だというのに、残った戦力は全て本体の人形だけになってしまっている。
運が良かったのか、それとも悪かったのだろうか。私とG36姉妹は過酷な防衛戦の中でダミーを喪失し、SV-98は監視塔へ向けられた迫撃砲の雨に晒され、破廉恥コンビはメインゲートと宿舎の死守にダミーを使い潰した。Mk23とG17は車両保管庫の防衛に万全の状態で挑んだものの、敵の数に押されてダミーは全てやられてしまった。
ここから先は一発の銃弾が命取りだ。特に車両を降りてからの行軍は殊更危険を伴うはずだ。
「――行こう」
「オッケー。一暴れしちゃいましょ」
G17が遠隔操作するストライカーが動き出す。爆音と閃光、衝撃波がびりびりと身体を揺らす。
「突撃ィー!」
ぐん、と加速するストライカー。大穴を明けたシャッターをブチ抜いて夕闇の迫る世界へと繰り出した巨体が人形をひき潰す。
仲間をひき殺された鉄血の人形兵たちがこちらを見る。右から左からと向けられる銃口と視線。引き金が引かれる次の瞬間、先ほどと同じ爆発音と閃光が鉄血の人形たちを吹き飛ばす。
「G17、先行して敵を排除して。私たちはこのまま後ろに着く!」
『了解。先行する』
隣の助手席に座るG17は目を閉じてネットワークごしに返事をする。彼女は今前方を走るストライカーとリンクして、敵を排除しつつ進んでいる。
前方を走るストライカーが機銃と同軸のグレネードランチャーを撒き散らしながら基地内を疾走する。カフェテリアにたむろする鉄血兵を吹き飛ばし、教会の中から湧いて出る敵に機銃弾の洗礼が施される様を横目に過ぎ去る。。
曲がり角をドリフトしながら――よくあんな芸当ができるものだと思う――敵を轢殺して進むG17のストライカーを追いかけてメインゲートへの一本道へと躍り出る。
『っ! 正面! 敵装甲兵!』
「こっちと併走して! 同時に仕掛けるよ!」
『了解した。グレネードスタンバイ!』
急減速して大通りを併走する二台のストライカー。その背中に負った40ミリグレネードランチャーがメインゲートを通せんぼする装甲兵に向けられる。
「一斉射撃!」
『消し炭にしてやる……!』
二台のストライカーの一斉射撃が始まる。最初に着弾した装甲兵が爆炎を伴って四散したのを皮切りに、次々とカーキ色の壁となっていた装甲兵が崩れ落ちていく。
『さあ行くぞ鉄血ども。兵士の貯蓄は万全か?』
最後に残っていた装甲兵をその自慢のタイヤで踏み潰したG17のストライカーが市街地への街道へと進み出る。……追撃は、無いか。
「油断しないでG17。進行ルートをマップ上に表示するからそれに従って先行して」
『了解』
はぁ、どうにかなった。けど次の問題はここから敵の包囲網を潜り抜けて隣のエリアにまで脱出することだ。
街道を走るストライカーから眺める光景は相変わらず美しい山並みと穏やかな清流だけだ。この先の街に陣取っているだろう敵の主力との戦いを考えると憂鬱になるけど、どうにかして突破しなければ私たちに明日は無い。
『EBR、どうにもおかしい』
「んぇ?」
不意の呼びかけに変な声が出る。何か気づいたことでもあるのだろうか。
『今市街地の入り口に着いた。……だが妙だ。廃墟みたいにボロボロなのはわかるが、人形一体どころかダイナーゲート一匹すら居ないというのはどういうことだ?』
「……熱源探知やレーダーは?」
『試したが反応は無かった。不気味なくらい静かだ……』
もう既に鉄血が移動した後なのか? それともこの先のどこかで待ち伏せしている?
それとも全ての部隊があの基地に集結していて、あれが戦力の全てだったのか? だとしても基地ひとつを陥落させるには、あれだけの戦力では不足しているはず。
「おはよう、EBR」
「リーダー!?」
「しばらく預けちゃってゴメン。引き継ぐよ」
後部ハッチから顔を出したリーダーの様子はあの時よりもだいぶマシなようだ。
髪をくしゃりとかきあげて、トントンと額を指先で叩く仕草をしたリーダーがすぐに秘匿回線でこちらに語りかけてくる。
『現状はどう?』
『今は基地を脱出して隣のエリアへ移動中。G17がダミーリンクを使って無人のストライカーを先行させて偵察してるけど、どうにも妙で……』
『……どういうこと?』
『市街地を偵察してるんだけど、敵の部隊がどこにも居ないんです。高台になっている基地から市街地は丸見えだったし、敵の部隊が駐留しているのもSV-98ちゃんが確認してくれてる。だけど今偵察してみたらもぬけの殻になっていて影も形も無いんです』
『確かにそれは妙だ。市街地で待ち伏せするのなら既に先行したストライカーが何かしら攻撃を受けていてもおかしくない』
ううん、とリーダーは難しい顔をして唸り始める。ついに判断が出たのか、秘匿回線の参加者にG17が加えられた。
『G17、報告して』
『ボス……無事でなによりです。報告します。現在遠隔操作したストライカーと同期して先行し、市街地を偵察中です。しかし基地を脱出する前に報告が上がっていた敵部隊が確認できません』
『……敵の痕跡を確認するしかない、か。でもそうしている間にも後方の基地から追撃が来るのは確実だ。覚悟の上で抜けるか、慎重を期すか……』
悩ましい問題だ。こちらは敵が市街地に陣取っていると確信してストライカーで突破することを選択した。だけどいざとなって敵は姿をくらましてしまった。
『……よくわかってるじゃないか、アイツ。精神的な動揺を誘うなんて、
姿が見えないということはこの先のどこで襲撃を受けるかわからないということだ。罠が仕掛けられている可能性と奇襲の可能性が噛み合い、それが更に不安を煽ってくる。
『ヤツがこちらの動きを予測して部隊を動かしたというのなら……おそらくだけど、この先は危険がマシマシだろうね。いいさ、裏を掻いてやるだけだ』
ニヤリとあくどい笑みを浮かべる我らがリーダー。なにやら思いついたのだろうけど、きっとロクなことじゃないんだろうなあ。
遠方で響く轟音と金切り声のような金属音。双眼鏡越しに見た鉄橋が黒煙を伴って川底へと落ちて行く様子を見て背筋が凍る。あのまま突っ込んでいれば私たちは今頃谷底にまっしぐらだったことだろう。
エコーさんが市街地でストライカーを乗り捨てるという判断をしていなければ私も、彼女たちも今頃は……。
「全員よく聞いて。オトリのストライカーが鉄橋ごと爆破されたのを確認した。EBR、奴等の通信は傍受できた?」
「うん、…………どうやら部隊は市街地に戻るみたい。基地の制圧はほぼ終わってるみたいで、あちらの部隊はそのまま待機してる。もう一台は別ルートの鉄血の部隊に突撃させて予定通りに自爆したよ」
「そりゃラッキーだ。いいかい? 私たちはこのまま夜を待ってから行動に出る。敵の索敵にかからないように静かに渡河し、山の中腹の山道まで出る」
街道を少しはずれたところの崖下に立つ一軒の船小屋に全員が詰めている。敵地とはいえ少しの休息が取れるとあって、何人かは漁で使っていたらしい網を枕代わりに眠りについた。
「G41もこっちに来なよ。少し眠ろう」
「あの、私は大丈夫ですから……」
「ならリーダー! 私! 私が抱き枕に――」
「G41もいろいろあって疲れてるでしょ。ほら、こっちに」
「EBR、貴女も見張りのはずですよ?」
ぐい、と手を引かれて干草の山に麻布を敷いた寝床へと連れ込まれる。羨ましそうにしていたEBRはG36から双眼鏡を押し付けられ、眼帯姿のままで渋々見張りに立つ。
人肌のぬくもりを感じる。人形の私たちはできるだけヒトに近い体温を維持するように作られているけれど何故なのだろう。
「んんー……G41はあったかいね」
「そうですか?」
「うん……あったかいよ」
きゅっ、と彼女の手が私の手を握り締める。ご主人様の手はもっとごつごつしていて硬かったけど、その手は柔らかくてすべすべしている。
静かにそっと頭を撫でてくれるエコーさんの胸に顔を埋めると、干草の香りと硝煙の香りに混じって鉄錆びたあのニオイがした。
あたりは虫の鳴く音とせせらぎの音ばかりで物音一つしない。薄暗くなっていく小屋の中で過ごす時間は決して快適とはいえないけど、エコーさんの手が触れているだけで安心してしまう。
「ごしゅじ……あの、リーダーさんは、その、ケガは大丈夫なんですか?」
「んー……へっちゃらとは言えないけど、まあ慣れた痛みだね」
「……なんでリーダーさんは戦うんですか? 痛いしつらいし、嫌なことばっかりのはずなのに」
銃弾で撃たれ、爆弾で火傷し、味方の人形が目の前で倒れていく。そんな光景が広がるだけの世界で、どうしてエコーさんは銃を手に戦っているんだろう。
「そうだね。痛いししんどいし嫌なことばっかりだ」
「なのに、なんで……?」
「仕事だからね。あとは、ちょっとした気分の問題かな。みんなと一緒に戦ってると、“生きてる”って実感がするんだ。ふふっ、きっと根っからのバトルジャンキーなのかもね」
冗談めいた口ぶりで言う彼女は視線を窓の外へ向けた。……会ってたった一日の私に本当の心の内を見せてくれるわけがない。そう思いながら、でもエコーさんの言葉にはどこかで本当のことが交じっているような感じがして、心がざわざわする。
「G41は、どう?」
「私……ですか?」
「そう、キミの戦う理由。見つかりそう?」
「……まだ、わかんないです。でも、みんなが戦っていたことを忘れたくない……」
「今はそう、それでいいよ。でも生き延びてその先で戦い続けるのなら、それを見つけなくちゃいけない。銃を取るも置くも、キミ次第だ」
私はどうすればいいんだろう。答えをくれる指揮官はもう居ない。疑問に一緒に向き合ってくれる仲間も居ない。みんなが必死に戦っていたことを覚えていることが、私のやるべきことなのかな。
「“考えるな、感じるんだ”と、あるヒトが言ったらしい」
「えっと、G17さん?」
「自分の思ったとおりにやればいい。そういうことだよ。直感こそが大事なのさ」
先端に向かうに連れて赤みを増す長い髪が揺れる。目を向けた先にある小さな背中の彼女は小さなランプを頼りに、木製の古いテーブルに置いた
「キミはグリフィンの所属で、そしてまだ戦術人形として目覚めてあまり日が経っていない。そうでしょう?」
「う、うん」
「わかるの、G17?」
「そもそもの経験が足りない。私にはそう見えました。
そしてリーダーは時々答えを急ぎすぎるんです。まだこの子は積み重ねの浅い子ですから、しばらく日を置いて考えるほうがいいんですよ。その時が来てから考えるべきです。それに、今はまだ敵地ですしね」
「……むう、そんなに急かしたりしてないし。もう寝る」
ぷーっ、と頬を膨らませてエコーさんは私を抱き締めて眠りに落ちる。その時間、僅か三秒。ゆっくりと彼女の身体が弛緩して力が抜けていく。規則正しい寝息が聞こえ始めるとG17はこちらを振り返って言う。
「G41、実はボスは少し“寂しがりや”なんだ。ちょっとだけガマンしてあげて」
「んと、大丈夫です」
ご主人様はいつも頭を撫でてくれた。その嬉しさは忘れられないものだけど、エコーさんのように抱き締めてくれた人は……記憶には無い。
「あったかい、です」
これが、人肌の温かさ。忘れることなんてできないし、したくない。……この瞬間の思い出は、きっと、ずっと大事なものだと思うから。
「リーダー、G41、起きて……時間だよ」
ぱちり、と瞳を開けば辺りは既に夜の帳に包まれていた。リリ、リリ、と虫が鳴く声とざあざあと響く川の音だけがあたりを包み込んでいる。
エコーさんの身体を揺さぶるEBRはなかなか起きない様子に業を煮やし、あくどい笑みを浮かべて彼女の頬にキスをした。
満足げに唇を離したEBRの視線が私に向くと、彼女は気まずそうに言葉を発した。
「……起き、てた?」
「……は、はい」
「今の! 何もかも! 見なかったことに!」
「は、はいっ」
有無を言わせず丸め込まれる。それができるだけの気迫が、静かに呟かれた言葉にこれでもかと詰め込まれていた。
「んん……今何時?」
「19時40分。日の入りから50分ってところかな」
「で、日時と緯度から計算すると、えー……確か計算ソフトが」
「グリニッジ標準時で午前3時10分28秒ですご主人様」
「……流石は私のメイドさん」
EBRもG36も傷だらけだ。なのになんでもないように平気で見張り番を務めたりしているけど大丈夫なのだろうか。
「――G41、そう心配なさらずとも私たちは問題ありません。修復アンプルを使いましたし、それで完治できない部分は応急処置で済ませてあります。戦闘行動が可能です」
「そうそう! こう見えても私たちはそこそこエリートなんだから!」
G36は腹部にどす黒い血のあとを残したままだし、EBRに到っては左目が完全に潰れて包帯で誤魔化しているだけだ。その状態で“戦闘可能”と判断できる……戦闘しなければいけないような戦場を潜り抜けたということなのかもしれない。
「さて、まずは渡河だ。SV-98とEBRは狙撃態勢で渡河するチームを支援して。9A-91とASVal、Mk23が先行して渡河。ロープを張ってからG36姉妹とG41、G17と私が渡河する。最後にSV-98とEBRだね」
夜の闇が全てを覆い隠す。月明かりもなく、ただ水の流れる音だけが響く世界で緑色の視界が開けていく。動体センサーと簡易暗視装置も兼ねる私のシステムなら多少の暗闇はどうということはない。
流石に専用の暗視装置ほどではないけど、無いよりかはマシだ。
一人、二人と渡河を終えるとロープが張られそれを伝って私たちが川を渡る。足をとられそうになったり転んだりしかけたけど、声は絶対に上げなかった。
「いいよ、初めてなのによくできたね」
「えへへ」
肩までずぶ濡れになったけど、どうにか渡りきった。自分の銃が手元に無いのがすごく不安だったけど、エコーさんが持っていてくれたお陰で水に濡れなくて済んだのが嬉しい。
「全員、サプレッサーを装備。ここからはもっと静かに進まないと。先行偵察はSV-98とMk23、後方警戒は9A-91とASValに任せる」
「了解よ、ダーリン」
「Да、二人とも後方をお願いします」
「Да、SV-98も気をつけて」
「9Aちゃんが居るなら……大丈夫です」
夜の森……山にはいろんな動物が居ると聞いたことがある。ご主人様は“怖いオオカミさんが居る”って言っていた。……おっきい犬ってことくらいしか知らないけど。
多少視界が利くといっても本格的な夜戦装備でない分動きにくい。足元がしっかり見える程度だけど、無いよりはいい。
「全員、一列を維持して。前を進んだ人が足をつけた場所を踏んで進んでいくんだ。そうすればトラップや地雷の回避に有効だ」
“もっとも、先行部隊がそういうのを調べてから進んでるけどね”と付け加えてリーダーは一歩を踏み出した。
『ダーリン、こちらMk23……トラバサミを見つけたわ。サビが少なくて割と真新しいものよ』
『SV-98よりエコー21へ。ヒモを利用したトラップを発見。サイズからしておそらく小動物用です』
「どうにもきな臭いですね、ボス」
「ああ。G36はどう思う?」
「近郊の街の猟師が仕掛けたか、あるいは……この山に誰かが住んでいる」
「しかも山に身を隠しているとなると……犯罪者、ですよね姉さん」
犯罪者? ご主人様はこのあたりには人が住んでいないって言ってたハズ。山頂付近に建つロッジだって前に来たときは誰も居なかった。
「EBR、後方の二人にも警戒を強めるように伝えて。先行部隊へ、この先“敵対的人類”と遭遇する可能性がある。射殺許可、発砲自由で進んで」
『はーい。気をつけるわ』
『Да、周辺警戒を厳に行います』
……こんなに簡単に射殺許可が出るの? 敵対的だといっても、相手はヒトなのに。何故なんの疑問も無く許可を出せて、それを平然と受けられるの?
わからないことに考えを割きながら、前を進むリーダーさんの足跡をなぞる。だけど周囲を見る眼は私たちの脅威となりうるものを探して右へ左へ。葉の擦れる音、虫のささやき、微かな違和感を探して身体は自然と警戒する。
時間にして二時間と三十一分……もうそろそろ山道へ出るはずだけど。
『リーダー、隠れてください。山道に出ましたが……何かあります』
突然のネットワーク通信にはっとする。いけない、気を引き締めないと。
「確認できる? 周囲に敵影は? トラップの類いは?」
『現在Mk23が確認中です。私の熱源センサーには反応無し。戦闘があったのか空薬莢がいくつか転がっています』
『ダーリン』
短い呼びかけ。だけどその声は、あの陽気さが身を潜めた抑揚の無い静かなものだ。
『映像、送るね』
「……これ、は…………畜生め……」
リーダーが手持ちのモニターを取り出して覗き込むと、小さく呟いてすぐにモニターを仕舞った。
「全員よく聞いて。敵対的人類が私たちの進行ルート上に居ることが確定した。相手がこちらに銃を構えようとした場合、射殺して構わない。発砲、射殺、捕縛、いずれも自由だ。
SV-98とMk23はメモリーチップを回収して。今から後方部隊の二人をそっちに回すから、合流して二手に分かれて先行偵察に回って」
『ダーリン、残念だけど頭を念入りに撃たれてるから……彼女のチップは』
「……無念だね。タグはある?」
『……あった、登録番号はGKAT-193194、所属管区はS21。モデルは……SKSね』
……ここまで逃げてきた仲間が居たんだ。だけど、なんで、どうして……守るべきヒトに撃たれなきゃいけなかったの。私の、私たちの仲間がなんで……!
「G41ちゃん」
「……EBRさん」
ぎゅっ、と背中に当たる温かい感触。耳元で鈴の鳴るように小さな声が聞こえる。
「いい? 死体の傍を通るときは空を見て。下を見ちゃダメ。もしできそうにないなら、私が抱っこしてあげるから」
「な、なんで……?」
「見ちゃうと、きっとG41ちゃんが傷つくから」
EBRさんの優しさがはっきりと伝わってくる言葉だ。私にはまだ仲間の“死”を経験したことが無かったから、きっとこうして気遣ってくれているんだ。
「EBR、優しいのは構わないけど現実を正しく認識できなくなるようなマネはやめてね。その子が他者を盲信する愚物に成り果てると困るんだ」
「リーダー! そんな言い方しなくたって!」
「それで? “なんで、どうして”って銃を向けてくる人間に言ったところで直後には自分が蜂の巣さ。所詮“人形”って考えの奴等はこのご時勢いくらでも居るんだ。
だったら、今のうちにそういう人間が“どんなこと”を“どれほど”やるのかを知っておくべきだよ。その子がこの先を生きていくのなら尚の事さ」
「けどっ、この子は、G41ちゃんはまだ何年も経ってないのにっ! こんなひどいものを見せなくたって……!」
「EBR……人間っていうのはね、平気で同じ人間を裏切る奴等なんだ。自分の身を守るためなら肉親だろうが平気で売り渡し、金のためなら子どもだろうが殺すんだ。
そして快楽のためならそれこそ際限が無い。人にガソリンをかけて火をつけて燃え上がるのを見て楽しむサイコパスや、人肉を食らうことに悦びを見出すカニバリストまで居る。
正直言って、鉄血の人形相手に戦争しているほうがよほど文明的に思えるくらいにはね。そしてキミ達人形は……言っちゃ悪いけど人間による被造物だ。“コレは自分たちが作り上げたものだ。なら、扱いは自由だ”って考えは今もなおヒトの深いところに残ったままなんだよ。
G&KがIOP社と共同で出した“人形権益憲章”なんて上辺だけで見れば守られているように見えるけど、水面下では行方の知れない人形や違法で取引された人形なんかいくらでも居るのさ。
人間を疑うことができなきゃ生きていけないよ。私たちが神様に疑問符を叩きつけたようにね」
「赤の他人なら誰も信じるな、って言うんですか」
むっとした顔でEBRがエコーさんとにらみ合う。だけどエコーさんはどこ吹く風という様子でEBRを眺めるだけで何も言わない。
「失礼致します」
すっ、と脇を抜けるメイド服の影。ゆら、と持ち上げられた右手。中指を親指で挟んだその様子は前にご主人様も受けたことのあるアレだと気づいたのはすぐのことだ。
パシンッとまるで跳弾のような音が駆け抜ける。
「あっ! いっいいいぃっ……!」
「いささか、性急に過ぎますよ。ご主人様」
額を押さえて呻き声をあげてうずくまるエコーさん。歯を食いしばり、その黒い瞳に涙を浮かべて忌々しげにデコピンを放った張本人を睨みつけている。
「ヒトに関わればいずれ知ることです。ニュースでも、新聞でも、雑誌でも、噂話でもなんでもです。そうした少しずつ蓄積された経験があって初めて真に理解できる物事だってあります。それは貴女もですよ、エリカお嬢様。
……特にこのような場面は、今はまだ彼女には理解が及ばない部分のほうが大きいでしょう」
「っー……流石に私より年上なだけあるよ、G36……ごめん……熱くなりすぎた」
「つまりまだ子どもだということです。行き場の無い怒りを覚えても現実を見る眼は冷静でなければいけません。感情に任せた後先を考えない行動は己を滅ぼしかねません。特に戦地では」
まだ痛むのか額をさすりながらエコーさんはため息をつく。
「……オーケー。余計な考えは棄てる。G36姉妹は先に進んで死体を処理しておいて」
「了解。簡素なものになりますが弔っておきます」
「リーダーさん、G41ちゃんをいじめちゃいけませんよ。……次はお姉さんのデコピンで済めばいいですけど」
G36Cがそう告げると、エコーさんの顔は夜の闇の中でもわかりそうなくらいの蒼白さで身を震わせる。熱源センサーで観測してもやっぱり体温が2度ほど下がってる。やっぱり北国の夜は夏場とはいえ寒いせいだろう。
「で、お姉ちゃんに叱られた気分はどう?」
「わかってるよ。……でも、私は絶対に謝らないよ」
「リーダー! まだそんな意地張って……!」
「現実に、世の中ってのはそういう理不尽ばっかりだし、同じ人間だからって仲間なワケでもない。本当に信用できる人間なんて一握りしか居ないんだってよくわかってるし、私はそれを再三に渡って納得させられたんだ」
「……それでもっ……世界は、そんなヒトばかりじゃないんだよ……」
「……周りの全てが敵だとは言わないけど、それでも相手を見る目は備えるべきだと私は思うよ。ああ、疑うべきなんだ。一見すると無害そうな幼い女の子が自爆テロをしたりしないか、あの公園のベンチに座っていた老人はスパイなのではないかとか、他にもいろんな脅威が身近に存在してるんだ。警戒すべきさ。自分のためにも、自分に近しい誰かのためにも」
エコーさんは何の感情も含まない声で、だけど自分に言い聞かせるような口ぶりで言うと暗闇に向かって歩き出した。
「……ゴメンね、こんなトコ……見せちゃって」
ぎゅっ、とEBRが強く私を抱き締める。震える手で、残った片方の瞳から大粒の涙を零しながら。