きゃすたー(7mg)の雑多なネタ倉庫   作:きゃすたー(7mg)

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ドルフロのとりあえず四話目

 第四標的 予期せぬ遭遇(前)

 

 暗闇を歩いていると時たま思い出す。七年前、警備に当たっていた戦術人形から銃を奪って施設を脱走し、深い森の中を彷徨っていたときのことだ。

 あの時の私は返り血に染まり、裂傷や打撲を負いながらも、全てを消し去ることができた悦び……歓喜に満ちていた。自由を得て、枷から放たれた悦びに打ち震えていた。研究所内に居た研究員75名、警備の戦術人形30体、雑務を行う事務員が約120名。その全てを抹殺し終えた私()()はIOP社の行っていた非人道的実験の記録の全てを、鉄血工造やバックに着いている国家にリークしてやった。

 お陰でIOPは頭を挿げ替えるしかないレベルの問題に発展したそうだが、自業自得だろう。……遠縁とはいえクルーガーのおじ様が血縁者に居てほんとよかった。コネに感謝だ。彼のお陰で私たちは現在も平穏無事な……平穏無事?な日常に生きているのだから。

 

 私の肉体は誘拐された十六歳当時のままだ。首から下の筋繊維は全て人工的に作られた高硬度金属繊維で構成され、骨は高分子のナノカーボンで代替されている。神経系にはピコ秒での情報の送受信が可能なナノファイバーの神経網が張り巡らされ、眼球はアフリカのマサイ族も納得の視力8.0を達成する魔改造。頭の中には計算や演算の補助となる人形用の小型代替コアを脳髄の近くに埋め込まれ、人形とのネットワーク回線だって対応してしまえる。

 心肺機能の向上や調整のためにマイクロチップが何枚も心臓に埋まっているし、遺伝子操作である程度の病原体や毒物に対する耐性さえ付与されている。消化器系の強化も、循環器系の機能向上も、呼吸器系の酸素吸入効率さえも弄くられてきた。万一頭を撃たれたとしても代替コアが無事であれば……それは脳の“代替品”になりうる。つまり肉体さえ動けば私の死体はコアを新たな頭脳として再び立ち上がり、任務を達成しようと動き出すだろう。

 もう、普通の成長などできやしない。私の身体は異物で構成されている。人間などではなく、キメラだ。ヒトと人形のあいの子…………まさに天然と人造の混ざり合ったバケモノだ。

 アイツには“私はヒトだ”と啖呵を切ったけど、そんな自信は今にも崩れそうな不安定なものでしかない。些細な切欠一つで私はバケモノに成り下がる。そんな身体に作り変えられてしまった。

 

 ただ、奴等は女の持つ器官にだけは手をつけなかった。後の“実験”のためか“娯楽”のためかは知らないが、あのまま飼われて過ごすだけの日々を続けていけば、ろくでもない企みに利用されただろうことは明白だ。

 

『こちら9A-91、山頂手前に建物を発見。何者かが居るようです。明かりが若干漏れています』

『SV-98より9A-91。位置をマークしてください……確認しました。私は崖を登って建物を見下ろせる位置へつきます』

 

 居たな悪党どもめ。山道でお前たちが“やり捨て”た彼女の恨みを、私たちがしっかり送りつけてやる。

 

『9A-91よりエコーリーダー。周辺を索敵します』

「了解。くれぐれも静かに、見つからないように」

 

 しくじるな。焦るな。少しずつ、一体ずつ、一手ずつ相手をじわりじわりと殺していけばいい。万一焦って捕まるようなことになれば、彼女が受けた辱めを私のチームのみんなが受けるかもしれないんだ。

 

『……大きいわね。ダーリン、思った以上に厄介そうよ』

「そんな規模なの?」

『暗いからよくわからないけど、正面から見た全体的な大きさは“ヴィラ”くらいはありそうよ。っ、と……ドアの前に二名、長さからしてライフルか軽機関銃を持ってる。マークするわ』

 

 厄介だ。ヴィラくらいの規模の大きな建物となると地上階だけで二階、オマケに地下室なんかもあるだろう。殲滅するにしたって念入りに数を調べないと思わぬ奇襲を受ける羽目になる。

 現状では情報が足りなさ過ぎる。敵の配置と数、建物内の構造、人質の有無……とにかく情報を集めないことには潜入にしても突入にしてもこちらに死傷者が出る。全てを無事円満に解決できるのは徹底的な情報収集とタイミングを逃がさない目だ。

 

『こちらVal……南側は歩哨が三名です。ショットガンとサブマシンガンを持っています。ショットガンを持った男が通用口を守っています』

『9A-91よりリーダー。今東側に居ますけど、この建物の裏手は急勾配の斜面になっています。ここからの奇襲はあまり警戒していないのか、歩哨は居ませんでしたがトラップがいくつかありました』

「了解。見つからないように見張っていて。背中にも気をつけて、夜間に森の中へ出歩くのは危険だとわかってるだろうけど、夜歩き好きな奇特なヤツも居るかもしれない」

『ダーリン、山道を歩いていた歩哨を排除したわ。進んで』

「気づかれてない?」

『ステルスなんてお手の物よ』

 

 周辺の偵察は順調に進んでいるらしい。現状で確認できた数は6名でうち1名は抹殺済み。歩哨でこの数、建物の規模、就寝を摂っていること加味して考えると……それなりの数になりそうだ。

 

「約20名……くらいは見ておいたほうがいいかな。野盗の類いにしてはそこそこの規模だけど」

「リーダー、今お姉さんがドローンをあげてくれました。これで音声が拾えるはずです」

「あれって壊れてたんじゃなかった?」

「ええ。なので応急処置で」

「途中で止まって落っこちるなんて勘弁してよね?」

「お姉さんの仕事ですから大丈夫ですよ」

 

 G36が修理したのであれば間違いなく動くのだろうが、G36Cが言うと妙な説得力が増す。いつも物静かに姉の隣に居る子だけど、彼女の言葉はいつだって妙に安心感を感じてしまうのだ。

 

『リーダー、音声を繋ぎます』

「G36、お願い」

 

 ノイズ交じりの音。少しばかりの静寂。そして建物の中から漏れ聞こえてくる音が聞こえ始める。

 

『おおっ、おっほぉー…………フゥー……スッキリしたぜ。しっかし戦術人形ってのはスゲーな。本物の女よりもイイ!』

『だろー? 銃をブッ壊してやりゃあこの通り大人しいもんさ。オマケに命令無しにヒトを殺せないヤツらだからな。あのピンクの髪の人形だって最後には大人しくなったしな』

『そういやあアイツどうしたっけ? 他の奴等、八人くらいでよってたかってマワしてたがよ』

『知らねぇよ。おーい、トーラ! あのピンクのヤツどうなったんだ?』

『ああ? ふんっ、そりあゃっ、フゥッ、決まってるだろっ。ハァッ、フゥッ、反応が無くなったもんでっ、なぁっ! 脳天にっ、ふっ、くっ、12ゲージ弾を叩き込んでたぜ! ううっ……コーチャのやつが、だけどな!

 俺はっ! 筋トレでっ! フンッ、ハッ、忙しいんだっ!』

『んじゃ交代するか。あとは奥で寝てるやつらか……5人分頑張って耐えてほしいもんだがな。へへっ、そうすりゃまた俺の番だ』

「……もういい、他を見よう」

 

 相変わらず胸糞悪い。人形と人間が平等だとは言わないが、パートナーとして大切にするべきだと思っている私にとってこいつらは最悪だ。

 こいつらは、他の人間も人形も等しく“獲物”としか思っていない。等しく奪う対象であり、征服する相手であり、ストレス発散のための道具なのだ。

 

『遅れました。SV-98、狙撃可能な位置につきました。建物の二階、テラスにスナイパーが二名。部屋の中で眠っている敵が三名確認できます』

「これで合計18名は居るのが確定、か」

『位置を変えました。繋ぎます』

『ザザ……しか、ボスが――したアイツ。なんて――たっけ、――か―コ―――ンだ――』

「ノイズが多いな」

『申し訳ありません。距離が離れているようです。Val、中継してください』

『了解、です』

『――そうそう、それだ。あのちいせえ身体なのに、あんな格好だもんなあ。その手のヤツには高く売れるんじゃねぇのか?』

『バカ。そう簡単に売り払えるかよ。人形ってのは結構な数の“はぐれ”が居るが、そいつらの電子タグや製造番号はグリフィンとIOPが一括管理してんだ。そのまま売り払おうとしても街の中に入った瞬間向こうのデータベースに入出記録がついちまう。オマケにそいつの移動ルートなんかを調べられたらこっちの居場所まで割れちまう』

『じゃ、じゃあどうすんだ? 始末するだけなのか?』

『いや、抜け道ならあるさ。ちょいと高くつくが、その手の“漂白”や“塗り替え”を専門にしてる奴等が居るのさ。一般的な人形なら普通に売り払ってもそんな値は付かないんだが、戦術人形となるとモノによっちゃ希少性が一気に増すから値が上がる。つまり多少払ってでも足のつきにくい方法で売り払うんだ。

 しかも小さめのガキからいい塩梅の肉付きの女まで様々だ。好事家の中にはM99とかいう戦術人形を手に入れるのに資産の半分を闇オークションで溶かした猛者までいるらしい』

『おっかねぇな……人形なんぞにそこまでカネかけるなんて。頭おかしいんじゃねぇか?』

『いやいや、この戦術人形ってのは民生品とは比べ物にならないんだぜ。民生品もよく再現できてるっちゃできてるが、純正の戦術人形のソレとは比べ物にならねーよ。

 戦術人形なんて言ってるが、案外グリフィンの基地の連中の慰安用も兼ねてるのかもな』

 

 いい加減聞き飽きてきた。どいつもこいつも男ってのはすぐに股間に直結させやがる。そんなに“弾”を撃ちたいなら腐るほど喰らわせてやる。覚悟しておけよ。

 とはいえ、それができるのは突入することができるようになってからの話だ。十分、二十分と時間だけが過ぎる。話し声に耳を傾け、歩兵の交代や位置取りを確認し、夜も更けた11時を回ってから、何者かを犯していた奴等が寝息を立て始める。

 

「やるよ。プランは事前に話したとおり。9A-91とG36Cのアルファチームは側面入り口から侵入。そのまま廊下を進んでリビングを制圧して人質を確保。その後で正面玄関を解放して。同じ突入タイミングで私とEBRが玄関の敵兵を排除する。9A-91は人質の状態を確認して保護をお願い。

 ブラボーチーム、ASValとMk23はアルファと同時に突入し地上一階を制圧。チャーリーチーム、G36とG17は二階を制圧して。SV-98はデルタだ、チャーリーの突入に合わせてテラスのスナイパーを排除して。

 私とG41、EBRは脱出路の正面玄関を確保し、逃げ出そうとする敵を排除する。その後ブラボーはG36Cと合流して地下階を制圧。おそらく首魁が寝床にしてるだろうから生け捕りにして。いいね?」

『アルファ、了解しました』

『ブラボー了解です』

『チャーリー了解。どうぞ』

『こちらデルタ。いつでも狙撃可能です』

 

 準備は万端。間取りもEBRがデーターベースから情報を仕入れてくれたし、敵の人数も配置も把握できている。問題は地下階の敵の数に、設計図と実際の建物の構造に差異が無いかだ。

 ……大丈夫、みんな優れた実力のたちばかりなんだ。心配いらない。

 

「キックオフだ。やれ」

 

 

 静かな時間が過ぎていく。耳元から聞こえるのは通信で聞こえるサプレッサー越しの発射音と彼女たちが順調にフロアを確保していく声だけだ。

 

『こちらアルファ、フロアを制圧。ブラボーは地下フロアへ向かいます』

「了解、玄関の敵を排除する。EBR、同時にいくよ」

「オッケーだよリーダー。タイミングは?」

「合わせて。私が左を。EBRは右。できるでしょ?」

「難易度イージーってとこかな」

 

 自身の愛銃、ブッシュマスターACRのACOGサイトを覗き込む。眠たそうにあくびをする野盗の男。ふらふらと身体を揺らし、だるそうなマヌケ面を晒す彼の眉間に狙いを定め、トリガーを引く。

 

 パスッ、パスッ、と連続した静かな音が耳に届く。レティクルの向こう側では壁に背を預けて息絶えた男の姿。屋上に居るだろうスナイパーも気づいていないようだ。

 

「タンゴ、ダウン。片付いたよ」

「上出来」

「そりゃあ慣れてますから」

 

 EBRは片目しか使えないその状態で正確に撃ち抜いて見せたらしい。後ろで見ていたG41は目をキラキラさせてEBRを見つめている。私だって同じようなことしたのに!

 

「G36C、玄関を開けて。すぐにそっちに行く」

『了解です』

 

 すっ、と両開きの扉が開かれると、銃を構えて周囲を警戒しながらG36Cが姿を現した。右手に銃を持ち、左手には大振りのコンバットナイフを構えて接近戦に備えた装いだ。

 G36Cと合図を交わし、篝火を避けて暗闇を通り抜け、静かに正面玄関の中へ滑り込む。危なげなく入ってくるEBR、少しもたついて駆け込んでくるG41が揃うと、聞こえてくる通信に再び耳を傾ける。

 

『ターゲットダウン。排除しました』

『SV-98、流石です。手早く二体連続のお手並みに感服します。ボルトアクションでよくできますね』

『訓練の賜物、ですよ』

『G36、こちらの部屋は制圧した。三名を殺害した』

『了解です。………こちらも終わりました。二名を殺害しました』

「順調そうですね。リーダー」

「ああ。でもまだ地下が残ってる。G36C、人質のところへ行って護衛について」

 

 地下の制圧が完了するまでは気を抜けない。外回りの警戒に出ている者は居ないようだったが、鉄血の追撃部隊や捜索部隊がここまで来ていないとも限らない。

 玄関のドアの隙間から外を伺いつつ、SV-98にも周辺に熱源が無いか警戒してもらっていると、G41が問いかけてくる。

 

「エコーさん、あの、人質ってどんな子でしたか?」

 

 気になって仕方が無いのだろう。あの山道で打ち捨てられていたSKSが、G41と同じ基地の所属だというのもあるのだろう。

 衣服を剥ぎ取られ、野盗どもに輪姦され、メモリーチップさえ念入りに壊されるという無惨な最期を迎えた彼女のことを思い出す。まだ生存している仲間が居るのなら、逢いたいと思うのは当然なのだろうが……人質となっていた彼女は既に心折れているかもしれない。

 

「まだアルファから情報は入ってきてない。人質を確保した、というだけの報告だよ」

「……すぐに、逢えますか?」

「ダメ。まだ何も片付いてない。……急がなくたってここを制圧できれば、すぐに会える」

 

 外に敵の気配は無い。だが内側で何者かが潜んでいる可能性が無いわけではない。クローゼットの中やベッドの下、屋根裏や洗面台の下など探れる場所は探らせている。念入りに探して残らず殺さなければ、こちらが危険に晒されるかもしれないのだ。安心した瞬間こそが最も危険な時間になるのだから。

 

『SV-98、そちらはどう?』

『周辺に変化はありません。サーモ、赤外線ともに変化なしです』

『……了解、警戒は怠らないで』

『Да、警戒を続けます』

 

 戦闘の音は聞こえてこない。虫たちの囁きと風の音だけが薄く開いた扉の隙間から流れ込んでくる。

 本当はいますぐにでも地下の制圧に向かったチームに続きたいところだ。だけどチームを率いる自分が直情で突っ走るなんて持っての外だし、それはみんなを危険に晒すことと同じだ。

 

『ダーリン、お待ちかねの地下階を制圧したわよ』

「Mk23、何か成果はあった?」

『もちろんよ。賊の首魁らしい男ともう一人捕縛してあるわ』

「了解、地下階はそのまま見張ってて。……エコーリーダーより各員へ、再度全フロアを捜索して残りが居ないか調べて」

 

 ようやく……ようやく終わる。でもまだ気は抜けない。鉄血の追撃があるかもしれないし、内部に敵が潜んでいるかもしれない状態で迂闊な行動には出られない。徹底的に安全を確保することが今の最優先事項なのだから。

 

「全フロア内の再点検を完了しましたご主人様。残敵、及びトラップなどの類いはありません。彼らが所持していた銃は一箇所にまとめてあります。

 あと死体は身元を検めるための顔写真をとり、全て焼却ゴミ用の大型のゴミ箱に詰め込んであります。流石に死体を持ち帰ることはできませんので、データベースで照合いたします」

 

 我が家のメイド、G36はどうやらきっちり隅々まで“お掃除”を完了させたらしい。ぐったりした様子でASValとG17がリビングに入っていき、G36Cが最後に扉にトラップを仕掛けてから入っていった。

 私の前で立ち止まってG36が報告した内容に、EBRはなんともいえない顔をして言う。

 

「うへぇ、半年は絶対ここに来たくないですー」

「今更だよEBR、ヒトが住めなくなった地域じゃそんなものだね。荒れ果てた家屋に住み着いて、死肉を漁ってる動物なんて山のように居るさ。そのエサ箱が一つ増えただけ。

 この野盗どもには感謝してもらわないと。正規の武装組織(わたしたち)以外だったら、死後の身元照会なんて一銭にもならないことをやったりしないだろうしね」

「同感です。賊徒の存在は無辜の市民を脅かすばかりか、社会の不安を助長しうる危険性をも齎します。偶然とはいえ、排除できたことは喜ばしいことです」

「政治にまで精通してるの?」

「メイドたる者、社会情勢の流れは把握しております」

「流石は我が家のメイド。さて……私はMk23と地下室に居るよ。私と彼女で“完全 交渉”してくるから、皆は持ち回りを決めて休んでおいて。

 何も無いだろうとは思うけど、警戒は緩めないで。遠距離の救援要請を出せば察知される距離でしかないんだ。向こうのエリアの安全地帯に逃げ込むまでは気をつけて。あ、それとG41」

「はい!」

「EBRに案内してもらうといいよ。彼女はサブリーダーだからね」

 

 さあ、おたのし……もとい、復讐タイムだ。

 

 

 擦り寄るようについてくるG41と手を繋いでリビングに入ると、そこには囚われていたであろう一体の人形が薄いシーツに身を包んでソファに座っていた。

 温かいタオルで身体を拭いたり、着替えになりそうなものを探して回る他のメンバーたちが介抱している。しかも暴行を受けたせいか青あざが首元や頬に残って痛ましい姿をさらし、がっくりとうなだれた様子だ。

 データリンクで顔見知りの人形だとすぐにわかったのか、G41と彼女は涙を流して予期せぬ再会を喜び合っていた。

 

 それを見て静かに部屋を出ると、寝室の血痕のついたままのシーツを引っぺがしてどさりと身を投げ出す。

 

「ふんだ……面と向かって言えばいいのにさ」

「すぐに謝って頼めるほど大人になりきれていないのよ」

「……G36?」

 

 横を見るとメイド服の彼女もまた同じようにシーツを剥がしていた。どこからか取り出した真新しいシーツをかけて枕を取り出し、同じように身を投げ出して言う

 どうやら今はメイドでも、戦術人形でもない存在……平時での素顔に戻っているらしい。

 

「歳だけを言えば二十歳は超えていても、その中身は十代の後半。そして貴女もまだ経験なんて数年でしょう?」

「……でも、それでも……頼みにくいからって、G41ちゃんをダシにするなんて……」

「お嬢様が……エリカの失われた五年間は彼女から大切なものを奪っていったわ。友人との時間、家族との時間、世界を知るための時間をね。

 同時に肉体を弄り回され、ヒトとしての成長さえ止められ、ただ敵を効率的に殺すだけの駒に作り変えられてしまった。貴女も知っているでしょう?」

 

 不意にこちらを見たG36の表情はいつもの睨みつけるような鋭いものではなく、悲しげで儚い気配を感じさせる……痛切な訴えのようにも思える表情だ。

 彼女に言われたことはわかる。わかることだし、彼女が自ら語った“彼女の物語”だから。

 

「知ってる。IOP社の下部組織の……ヤバイとこに攫われて……身体を全部いじくられたって」

「そう。彼女はただ効率的な殺人技術を学び、ひたすらに戦闘技術を高めてきたの。そうでなければ生き残れない世界で、同じような仲間以外は何も信じられない境遇で生きてきた。

 その時間は長く、ついに感情は磨り減って大した感情の波さえも減っていったの。……まるで出荷直後の人形のようにまっさらになってしまった」

「……うん。人間なのに……人形みたいな子だった……」

 

 最初に会ったとき、彼女はなんの抑揚も無く受け答えをするヒトだった。そこに居るはずなのに居ないようにさえ感じてしまうほど、稀薄な存在感のヒトだという印象だった……ような気がする。

 

「そう。でもEBR、あなたが来て……エリカは変わってきたのよ。最初は何の返事もなかったのに、気づけば鬱陶しそうにあしらわれて、気づけば今みたいなからかい合うようなやりとりになってきたわ。

 あの子は、エリカは少しずつだけど……再び成長し始めたの。ヒトとしての心が。それを成し遂げたのはあなたよ。あの子はまだ這い上がって立ち上がったばかりで、誰かが支えていかないといけない。

 でも自分が人間なのか化物なのかで心は不安で仕方がない。やりすぎたと思っても謝って許されるかもわからない……だから最初から強気でどこか突き放すような言葉が出る。

 あの時のことは自分でもきっとわかっているはずよ。見たくないものを見て冷静さを欠いていたって理解している。大丈夫、ちゃんと向き合ってくれるわ」

「そう……かな。――うん、きっと、大丈夫だよね?」

 

 そうだ、覚えている。切欠は些細なものだった。共用の冷蔵庫に入れてあったプリンを廻るケンカから始まったんだった。リーダーが後で食べようと思っていたプリンを、私が勝手に食べたことに対する文句がそもそもの始まりだった。

 

 “共用の冷蔵庫なら自分のものに名前を書いて――”

 “そんなものどこにもなかったし今更――”

 

 そうだ、無記名のプリンをそのまま置いてあるからいけないんだ。

 

 “誰のものなのか確認するくらい――”

 “部屋に居た子たちには確認を――” 

 

 ちゃんと私は確認した。誰も知らないっていうから私が食べた。私は悪くない!

 

 “チームが使ってるんだから全員に――”

 “アンタが使ってるトコなんて見たこと――”

 “私がリーダーだって理解して――!”

 “それとプリンは関係性がないじゃない――!”

 

 最後はもう何もかもぐちゃぐちゃでお互い感情的になって……。

 

 “キミ、他人の物勝手に食べておいてそういうっ――!”

 “それこそアンタが共用の冷蔵庫に――!”

 “確認もせず勝手に食べておいて何を――!”

 “アンタこそプリン一つで大げさに――!”

 “甘味の価値がわかってるのかよこのごく潰しが! ロクにターゲットの真ん中も当てられないくせに!”

 “何よクソアマ! 自分がお上手だっていうなら銃なんかよりそこらへんで男のナニでも握ってなさいよ! ファッキンビッチ!”

 

 結局のところ二人とも子どものようなものだったんだ。片や感情の表現を忘れたまま大きくなった女の子で、片や世界を認識して間もない出来立ての人形。どちらにしたって中身は幼稚で単純なものだったんだ。

 取っ組み合いのキャットファイトからG36姉妹が出てきて両成敗され、二人並んで司令部外縁をフルマラソンするハメになってしまったんだったっけ。

 

「ええ。あの一件くらいの子どものような感情剥き出しにしろとは言わないけど、いずれ気まずそうに謝りに来るでしょう。その時はあなたも小学生のようにムキになって拒絶しないように」

「ぐはっ……! き……肝に銘じておきます」

 

 思い返すだけでも傷が痛む。心の傷が。そして丁寧に抉って釘刺さないでG36!

 

 

 

「やあ、ご機嫌いかが?」

 

 椅子に縛り付けられた野盗の頭にかけられたずた袋を取り去る。こちらを女と見るや、ニヤニヤした顔をし始める男に目もくれず、二人目の男のずた袋を取り外す。

 無精髭の男は怒り心頭という剣幕でこちらを睨みつけて言葉を吐き捨て始める。

 

「ハッ、なんだよ仔犬ちゃん(パピー)! 俺のデカいのが欲しいってか? テメーらどこの旅の娼婦さんたちかねぇ? そんな危ないモン握るより俺たちのを握って――」

「喋っていいなんて言ってないだろ?」

「ぐっおおあぁぁっ! っ、……いてぇー……なぁ……ナイフなんざ、てめぇみた……いな……ガキにゃ……がああぁぁっ!」

「喋っていい、と言ってないだろ? 理解できたかドブネズミ?」

 

 ずり、ずり、と男の大腿に突き刺したナイフを前後に動かす。その度に深く食い込んでいくナイフの齎す痛みは想像を絶するものだ。血管を避け、肉だけを裂いてコツンと骨にまで達するほどとなれば相当なものだ。

 

「理解、できたか?」

 

 小さく頷く二人の男の様子を見てMk23のほうを見る。彼女は静かに頷くと、私が突き刺したナイフを指先で弾きながら男に声をかける。

 

「ハァーイ、おじさんたちに質問するわよ。あなたたち、どこのどなた? …………だんまりのつもり?」

「ぐううぅぅぅっ!」

「あら、喋れるじゃない? じゃあもう一回質問するわ。ちゃんと答えなさい。あなたたち、どこのどなた?」

「…………俺は、ユーリ、だ」

「お、俺は、アンドレイだ」

 

 ナイフを刺された男は渋々という様子で自らの名を告げる。片方の男はにこやかな笑みでナイフを弄り回すMk23の姿に早くも恐れを抱いたのか、すぐに名前を名乗った。

 もう片方のほうが聞きやすそうだ。こちらから行くとしよう。

 

「で、この一党は全部で何人?」

「……18人だ」

「ア、アン……ドレ……ッ!」

「そう、お利口だね」

 

 迷ったような目で、ユーリと名乗った男に突き立てられたナイフを見た彼は観念したように口を割った。

 

「一党の首魁は?」

「………………それ、は」

「――ッィギイアァァァッ!!!」

 

 ぼきり、と肘掛に縛られていたユーリの人差し指の指先があらぬ方向を向く。ニコニコと、どこか扇情的にすら思える表情でMk23が次の中指を手に掛ける。

 人形の身体能力ならば造作もないことだ。賊など何の感情も湧かない。とはいえ加減を誤っては情報を絞れなくなる。手加減ができるというのは諜報員にとって必須のスキルだ。

 

「――そ、そいつだ、ユーリだ!」

「テメェッ……!」

「そう、お利口だね。ちゃんと答えれば答えるだけキミたちの命数が伸びる。よく理解できたね、えらいじゃない。じゃあ次の質問だ。

 上の部屋でマワしてた人形と、山の中で壊されてたピンク色の髪のヤツ以外の人形は見た?」

「…………さ、三体居た……」

「あとの一体はどんな子だった?」

「……し、白いコートとウシャンカの……ガキみたいなヤツだった……古いリボルバーを持った……」

「で、どうした?」

「う、売り払っても、そう高くないから……使うだけ使って壊した」

 

 ――そうか、ならもう用済みだ。

 

「そう、じゃあ以上だ。おやすみ」

「ま、待ってくれ! お、俺はちゃんとっ、答えた! あぁ、頼む……頼む! ……やめっ――あがっ!」

 

 右足のホルスターに収まっていたサイドアーム、ブラックカラーの銃身と木目の美しいグリップの“S&W M27”を抜き放ちトリガーを一つ。

 ブラックメタルの(つや)こそ消えうせているが、年代物の銃が放った“.357マグナム弾”は滑らかに野盗の男、アンドレイの眉間を正しく撃ち抜いて紅の花を咲かせた。

 

「にしても、こいつ首魁だったんだ。どうみても三下みたいなこと言うからつい刺しちゃったなぁ」

「そうねぇダーリン。もう少し見極めて大切に壊していかないと。今回は70点かなぁ」

「ま、いいか。それじゃ、Mk23……」

「ふふっ、そうね。楽しみましょう……あなたも、ね。」

 

 野盗の首魁、ユーリと名乗った彼の耳元でMk23が甘い声で囁く。Mk23にゴム製の手袋を投げ渡すと、パチン、とキッチリと指先まで嵌めて握ったり開いたりして感触を確かめる。

 さて、後ろの穴からいくか、それとも“へそ”からいくか……。

 

「Mk23はどっちから?」

「私はもちろんこっちから」

「じゃあ私は上か」

 

 さて、こいつからはどれだけの情報が搾り取れるか楽しみだ。

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