きゃすたー(7mg)の雑多なネタ倉庫   作:きゃすたー(7mg)

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ドルフロのとりあえず五話目

第五標的 予期せぬ遭遇(後)

 

 

 野盗の首魁、ユーリをあれやこれやと尋問していくと実に有意義な情報が得られた。この一党は周囲から食料を奪ったり女子供を売買するだけではなく、なんと麻薬の密輸や製造にも関わっていたらしい。

 ここに居た理由も居住区の裏娼館に“ハイになれる薬”を卸しに来たからだそうだ。まあその娼館のヤツも既に鉄血の攻勢の前に既に息絶えていることだろうが……こいつらを一掃できたことで次なる被害者が減った、そう納得するしかないだろう。

 ユーリとやらも最高にハイな最後を迎えられて幸せだろう。Mk23の“テク”と“ハイになれる薬”のダブルコンボは心臓発作さえ誘発するほどの恍惚だったのだから。

 

「ふぅ、終わり終わり。さっさと寝よう」

「ダーリンも上手になったよねー。この調子なら尋問技術は80点あげちゃおうかなぁ」

「腹に穴あけて手を突っ込んだだけでしょ。すぐ吐いちゃったし」

「すぐに屈服させられたのはダーリンに逆らったら恐ろしいことになるって相手がちゃんと理解したからなのよ? だったらそれは加点よ。

 じゃ、私はちょっと顔洗ってくるわね。このままじゃ顔にアイツの生臭いニオイがついちゃう」

「それじゃ、おやすみ」

「ええ、おやすみ」

 

 一人残されたはいいものの、眠る前にしておきたいことがある。Mk14EBR……彼女に一言でも謝っておかないといけない。今の見張りは誰が勤めているのだろう。

 

「あ」

「う」

 

 イヤなタイミングで鉢合わせときた。リビングから顔を出した彼女とばったりお見合い状態。しかもどちらも動くタイミングを逃してしまって退くに退けない。

 膝下まで届きそうなツインテールはほどかれているが、琥珀色の右目と左目を覆い隠す包帯をした彼女は一人しか居ない。……Mk14EBR、私の探している相手だ。

 

「も、もう休んだ?」

 

 違う、そうじゃない。言いたいことはそれじゃない。

 

「私は……見張りが終わって、今から……」

「私も……今から……寝る」

 

 気まずい静けさが廊下を支配していく。切り出したいのにタイミングは何もない。ツヤツヤの樹脂でコーティングされた垂直の壁を登るにも等しいほどにとっかかりがない。

 お互いに顔を見合わせたかと思えばそれにドキッとして思わず視線を逸らしてしまう。

 

「今は、その、誰か……寝てる?」

「G36が……寝てるはず」

「じゃあ私、二階で――」

「――私と一緒じゃ、ダメ?」

 

 退路は絶たれた。結局、その気になれば振り払えるほど弱弱しい彼女の手に引かれて、同じベッドに寝転がるハメになった。

 このまま黙っていたってどうせ気まずいだけだ。なのに彼女にまた反発されるんじゃないかと思うと口に出そうとしていた言葉を飲み込んでしまう。

 二人して背中合わせでベッドで横になるのが嫌いだ。いつかの逃走を思い出すから嫌いだ。数日間ろくな食事ができず弱り果てていた戦友が、私に背中を預けたまま息絶えていたと知ったあの時のことを思い出してしまうから。

 でも、今の私たちは生きている。生きているのなら、その間にできることをしなくちゃ。

 

「ねぇ、EBR」

「……なに?」

 

 よし、行くんだ。ちゃんと自分の否を認めて彼女に謝らないと。

 背中合わせをやめて、ちゃんと向かい合って謝るんだ。

 

「今日は、ゴメン。……私、思ってたより冷静じゃなかった」

「……それ、は……私も。ごめん……戦場でこんな風になるなんて」

「ううん。EBRのほうがきっと正しい。G41は脱出に協力してくれているだけで、本来は要救助者なんだ。それにG17が言ったように経験もそこまであるわけじゃないし……うん……私が性急すぎたんだよ」

「確かに要救助者なのかもしれないけど、G41だって戦術人形だよ。戦うことは宿命で、あのSKSみたいな被害者をいつかは見るかもしれない。……私が感情的になって、過保護になっていただけなんだよ」

「いや、EBRが正しい」

「ううん、リーダーが正しい」

「……いじっぱり」

「リーダーこそ」

 

 ランプの微かな明かりに照らされて、EBRの笑顔が暗闇の中で浮かび上がる。

 髪を解いた彼女の琥珀色の瞳が一つ、炎のゆらめきで照らされてどこか揺らいでいるようにも見える。左目は少し血の滲んだ包帯が巻かれたままで痛々しい姿だ。いつもの快活な彼女とは違う、どこか儚げな空気を纏う彼女は言う。

 

「で、どうしよっか」

「平行線、だもんね」

「私、チョコレートが食べたいなぁ」

「それじゃ私はプリンが食べたい」

「じゃ、本部に帰ったら食べにいこっ。いつものお店、いつものメンバーで」

「ふふっ、了解。全員分……それにもう二人分、用意しとかないとね」

 

 EBRは自分も感情的だった、と言った。でも彼女の行動の根っこにあったのは善意であり、優しさなんだ。だけど私の考えの奥底にあったもの……それは“彼女が使い物にならなくなると困る”という利己的な損得勘定でしかない。目の前で起こる現実をその場で認識させ、いざというときに引き金が重くなるという事態を未然に防ぐべきと考えていたのだ。

 例えチームの生存率を向上させるためとはいえ、私はあの瞬間、思考の深い部分で“G41”という少女ではなく、生還に必要な“要素(ファクター)”としてしか認識していなかったのだ。

 

 私の中には確かにバケモノが巣食っている。ヒトも人形も、自分や仲間が生き残るための捨て駒として切り捨ててしまえるバケモノが居る。表面上は優しそうでも、そのバケモノは常に相手を“利用しつくす”ことを考えているんだ。私自身が認識できないくらいの深い深い部分に潜んでいるんだ。

 

 胃の中のものがせり上がってくる感覚。きもちわるい。きもちわるいったらありゃしない。こうして彼女に許されている自分に、途轍もない嫌悪感と吐き気がする。

 

「リーダー……大丈夫だよ。私がついてるから、きっと大丈夫だよ」

 

 頬を伝う指先の感触。私が見る滲んだ視界でも、EBRは笑って私を励ましてくれる。彼女が居てくれるだけで、私の中のバケモノがまどろみの中に沈んでいく。私が私であることを肯定してくれる彼女が居るだけで私は幸せなんだ。

 私もいつかは……彼女のような優しさを取り戻せるのだろうか。

 

 

 

「Vz-61、スコーピオン! 全力を尽くしますので、道中よろしくお願いしまーす! まあ、武器は壊されちゃったんだけどね……アハハ」

 

 男物のジーンズとシャツ、更に手にしている銃は9×19mmパラベラム弾仕様のVz-68なのだが、彼女は歴とした戦術人形、“Vz-61 スコーピオン”なのだ。EBRが着けているような包帯の間に合わせの眼帯ではなく、革製のしっかりしたアイパッチを身につけ、輝くブロンドヘアーをツインテールにした姿は快活な彼女の性格と相まって太陽のようだ。

 っていうかこの子って昨日の晩、人質になって野盗に犯されてたっていうのにすごい元気なんだけど。

 

「スコーピオンちゃん!」

「おはよーうっ! G41! いやー、昨日は心配かけちゃってゴメンね!」

 

 スコーピオンと名乗った戦術人形は抱きついてきたG41の頭ををわしゃわしゃと撫で回す。どことなく恍惚とした表情にも思えるのだが……もしかしてまだ例のクスリが彼女に残っているのだろうか。

 

「あーっ、と、スコーピオン? 身体の具合はどう?」

「私は大丈夫。この程度でへこたれてちゃ戦えないし。えーっと……指揮官さん?」

「ああ、私はエコー21(ツーワン)だよ。エコーチームを率いているよ。コードネームだけどよろしく」

「隊長さんだったんだ。よろしく、隊長さん!」

「こちらこそ。さて、もうすぐ夜明けだ。全員揃ってるみたいだし、ここから先の予定を伝えておくよ」

 

 見回したエコーチームの面々は“いつもどおり”という様子で銃を手に次の言葉を待っている。対して現地での同行者であるG41とスコーピオンは、自身が普段とは違う状況に置かれていることに緊張した面持ちで耳を傾けている。

 

「私たちはこれからこの山の登山ルートを尾根伝いに南下し、グリフィン管轄内にある支援基地に向かう。

 山頂付近ではまだ遠距離の救難信号は使わない。使うのはハンドサインと近距離通信のみだ。静かに、鉄血の奴等に気取られないように脱出する」

「リーダー、質問なんだけどいい?」

「どうしたのEBR?」

「私たちが降下したあの基地……S21地区……ザルツブルクの基地を奪還する動きは無いの?」

「ああ、その点についても話しておくつもりだったんだ。SV-98、説明して」

「Да、まず私たちが降下した時点で基地は既に機能を喪失しているも同然でした。昨夜のことですが、夜を徹して通信傍受に務めたところ旧オーストリア・ザルツブルク地区の西に位置する旧ドイツ・キーム湖周辺地区の主だった飛行場やグリフィン前線基地が占拠されていることが判明しました。侵攻ルートから鑑みるにおそらくザルツブルク地区を占拠した部隊とは別働である可能性があります。

 現在グリフィンはそちらの攻撃を抑え込むべく援軍を送り込んでいます。……私たちの逃走先のエリアはアルプスの山岳地帯でザルツブルク市街地と分断されているので、厳戒態勢で防備を調えている真っ最中です。

 鉄血の部隊の規模から推察するに、部隊指揮運用能力に優れた指揮官型のハイエンドモデル、もしくは複数のハイエンドモデルがこの二部隊を統率しているものと思われます」

「……たった一晩でこんなにヒドイ状況だなんて……」

 

 私だって正直耳を疑ったところだ。ここザルツブルクに奇襲による電撃的侵攻を行って短時間で占拠し、平野続きで隣接するキーム地区のグリフィン部隊が動こうとする機先を制するような封じ込めで無力化する。山岳地帯を挟んでいるグラーツ地区からの増援や援軍が、すぐに到達することがないと予期しているかのようだ。

 

 しかし、奴等の動きがよくわからない。あの“指揮者(コンダクター)”を名乗ったハイエンドモデルが何を考えてこんな何もない地区を狙ったのだろうか。あいつは鉄血の人形がヒトを超えていることを証明すると言っていたが、そんな理由だけで軍を動かして地区を丸々一つ占拠するなどありえない。

 鉄血工造が巨大企業とはいえ、一つの企業でしかないのだ。傘下企業の工場や生産設備まで支配下に置いたとしても、新たに人形を作り出すリソースなど限られている。鉱物の採掘施設や油田があるのならともかくとして、S21……旧西オーストリア地区は鉄血の本拠からも遠い上に立地も悪い。

 南はアルプスの山岳で遮られていて、こんな場所にあるものなどせいぜい観光地や避暑地になっている別荘くらいなものだ。唯一平原が続くのは西のS20地区……旧ドイツのキーム湖周辺エリアに続く街道くらいしかない。北は旧オーストリアのエッゲルスベルクの街が廃墟となって残っているだけで、その先は鉄血の勢力下だ。旧ザルツブルクの真東のエリアには多数の湖沼や山岳地帯があり、その北東部にリンツ、更に東にいけばウィーンがあり、そこも鉄血の勢力下にある。

 しかもS22地区の本拠地はウィーンの南にあるグラーツだったはず。アルプスの谷間にG&Kの基地がいくつか存在しているとはいえ、リンツとウィーンを抑えているだけで、鉄血は旧ドイツ方面に展開するG&K勢力を十分に抑え込めるはずだ。それにアルプスを越えてまで、旧イタリア方面から部隊を派遣する余力は無いだろう。それくらいするのならグラーツの防備に回すはず。

 鉄血もわざわざザルツブルク近郊を制圧してまで地固めを行う必要性は無い。リンツから更に補給線が延びてしまう分、S21地区を制圧した部隊が孤立する危険性さえあるはずだ。

 

「とにかく、奴等の眼は西に向いている。この好機を利用して私たちは旧ザルツブルクの東側、ヴォルフガング湖を経由して南下し、そのままアルプスの谷間にあるシュトローブル支援基地へ向かう。

 ザルツブルク基地の陥落で既に厳戒態勢だろうけど、地図を見る限り北はヴォルフガング湖が広がって見渡しやすく、東西と南を急な山地で囲まれていて鉄血は大部隊での侵攻はしにくいはずだ。

 都合よく行けばフォルスタウ支援基地、フィラハ中継基地と経由してアルプスを越えてヴェネツィアへ戻れると思うんだけど……」

「そう簡単にヘリ出してもらえるのかなぁ? あっちだって飛行制限を出したりSAMやら動かして警戒してるんじゃ?」

「出し渋るならヘリアンを引っ張り出して恫喝してやるさ。百戦錬磨の合コン敗者を黙らせる材料ならある」

「なーるほど。じゃ、リーダーにお任せってわけね」

「そういうこと。さあみんな、エクソダスといこうか」

 

 クマや野犬などの侵入を防ぐために扉を南京錠とチェーンでしっかりと固定して戸締りすると、朝霧の立つ山道を一列になって静かに進んで山頂を目指す。アルプスの連峰が作り出す美しい風景は私たちが命のやりとりの真っ最中にあることさえ忘れさせてくれるが、あまり長く感傷に浸ることはできない。

 尾根に辿り着いて仰ぎ見る日の出。山の端からゆっくりと顔を覗かせる赤い太陽。夏場とはいえ高い標高が齎す肌寒さ。この光景を一瞬だけ目に焼き付けて、尾根伝いに南へと向かう。

 眼下には霧の立ち込める湖と遠目に見える18世紀のような街並みと、その中で異質さを放つコンクリート製の防壁で囲まれた基地が見下ろせる。

 ザルツブルク基地に所属していたG41とスコーピオンも見たことがなかったのか、呆気に取られたような顔で山脈の地平線を眺めている。

 

 一時間、二時間と歩き、なだらかな山の中腹に辿り着いたが何事も無くプラン通りに進んでいる。針葉樹の木々が風に揺られ、ざあ、ざあと声を上げて嵐の前兆を告げている以外は。

 

「荒れそうだ」

「確かにね。嫌な風の音……アポカリプティックサウンドよりはマシだけど」

「EBRって超常現象を信じるタチなの?」

「まっさか。私が信じるのは勝利の鐘、ただ一つだもの」

 

 だろうな、と思いながら再び警戒心を働かせる。敵は西側の飛行場などを抑えてグリフィンの反撃の手を封じる作戦に出ているが、山岳地を挟んでいるとはいってもシュトローブル支援基地に何も手段を講じないとは思えない。

 

『リーダー、こちらSV-98……SAMを発見しました。しかし……稼動していないようです』

「通信を傍受できそう?」

『やってみます。……っ、ノイズばかりです……』

 

 無力化されたSAMにジャミング。どうにもきな臭いことになってる。急がないと――

 

「G36!」

「――クッ!?」

 

 振り向いた直後、最後尾を歩くG36の背後で影が躍る。横っ飛びで山道から身を投げたG36のポニーテールがばっさりと刈り取られ、G36自身は斜面を転がって途中に生える太い木を足場にどうにか停止する。

 

「射撃自由! 撃て!」

「G41、攻撃開始します!」

「了解! 隊長サン! スコーピオン、いっきまーす!」

 

 ほんの十数メートルの距離だ。長い黒髪に攻撃的な笑みを湛えた表情の彼女に銃を向けてトリガーを引く。三つの銃から降り注ぐ弾丸の雨。ダダダンッ、と私のACRが放ったスリーバーストの銃声が鳴った次の瞬間に彼女の姿は掻き消える。とんっ、と地を蹴って軽々と後方へ宙返りして回避してみせたのだ。

 並みの鉄血の人形ではない。ハイエンドモデルの一機だ。いかにも余裕そうな素振りで左手に携えたブレードと、右手のハンドガンを玩びながらこちらを伺っている。

 

「……いい反応速度だ。それにさっきのメイド、追撃を逃れた上で味方の射線を遮らないために、斜面の下に向かって躊躇い無く身を投げるとは恐れ入るね」

『リーダー、こちらSV-98! 伏兵です! 現在交戦中! G36CとG17が戦闘不能! 9A-91、ASValも余力がありません!』

「さて、エコーだっけ。アンタには手を出すなって言われてるから、俺は手を出さない。けど、そっちが手出ししてくるなら……撃つよ」

 

 舐めやがって。こちとら最終的に大型ELID殺しを目的にした人形の雛形だぞ。単体じゃ大物殺し(ジャイアントキリング)には不足しちゃいるが人形殺しは慣れてるんだよ。

 とはいえ前衛チームは現状じゃ身動きが取れない状態だし、私たちだけでどうにかするしかなさそうだ。

 

『後衛チームはよく聞いて。こいつは私以外を全滅させるのが目的みたいだ。Mk23、スコーピオンは前衛チームの救援に回って』

『リーダー、こいつはどうするの? 逃がしてくれなさそうだけど』

『私たちで撃破する。EBR、G36、G41は手を貸して』

 

 あいつをここで倒す手段ならある。あるにはあるが……成功させるにはあいつの身動きを止める他に無い。それに長々とやりあうような持久力も無い。逃げ、が一番理想だけど。

 

「へえ、随分余裕そうだね。手負いの人形が二体と負傷者一名を抱えているんじゃ戦いにもならない、とでも?」

 

 できるだけ自然に銃を下ろし、後ろ腰に回して相手の気配に集中する。動く気配が無い間に他の子に指示を伝えていかないと。前衛チームは伏兵の奇襲に釘付けにされているはずだ。

 

『EBRは支援に徹して。G41はEBRが狙われた際の援護を。あいつは私とG36でやる』

『了解です。必ず仕留めます』

『いい? 仕掛けるよ……行け!』

 

 Mk23とスコーピオンが走り出す。EBRが銃を構えてレティクルを合わせる。G36が崖を数歩で駆け上がり敵に肉迫する。それよりも早く右の太腿のホルスターから引き抜いた“S&W M27”の黒い銃身を敵の人形に向ける。ホルスターのある右腰に構える、と同時にハンマーを左手の指先で起こし、直後にトリガーを引く。それを、二度行う。

 

 “ダァンッ!”と響く二発分の銃声と立ち込める燃焼ガス。あまりに早すぎるクイックドローは音を重ね、ほぼ同時に等しい超速度で二発の弾丸を発射する。

 

 他の誰よりも早く、仲間たちが動き出す瞬間に銃弾が放たれて鉄血の人形を襲い――

 

「ぐおあっ!? なっ! 何がっ!?」

 

 着弾もほぼ二発同時。おそらくそこそこ効果的なダメージが出るだろう左腕を狙って二発撃った……にも関わらずブレードすら落とさないとはどういう頑丈さだ!?

 

「……フッ!」

 

 急勾配の斜面をものの一秒で駆け上がり、周囲に立つ針葉樹の倒木を足場にして跳躍し、G36が敵に迫る。勢いのままに放たれる回し蹴りを、右手を盾代わりにして後ずさりしながらも受け止める。

 敵はG36の着地の瞬間を狙ってハンドガンの銃口を向けて引き金を引くものの、彼女の戦闘経験からすればその程度は想定済みだ。着地の姿勢を空中で僅かにずらし、地を這うオオカミのように彼女が伏せる。ただそれだけで銃弾は彼女の頭上を過ぎ去っていく。

 メイド服のスカートの中から引き抜かれたコンバットナイフが敵の人形の足首を狙って振るわれるものの、敵も寸でのところで後退して事なきを得る。

 

「チィッ! これほどとはなぁ、メイドさんよ!」

「あなたも随分頑丈なようで」

 

 今あいつは守りの際にも反撃の際にも、左腕のブレードを使おうとしなかった。取りこぼしてこそいないが、何か機能に障害でも起きたのだろう。ならばチャンスだ。

 

「制圧射撃!」

「外野が!」

 

 G41とEBR、そして私の銃から放たれた弾幕にヤツは思わずといった様子で高所に陣取り、倒木を盾代わりにするように身を隠した。

 欲を言えばLMGくらいは欲しかったが仕方が無い。アサルトライフルとはいえ交互に撃てば後退する時間くらいは稼げるはずだ。

 

『こちらSV-98! 敵スカウト及び一般兵を排除しました!』

『ハラショー! 救難信号を出したらそのまま急いで山を下りて! 立て篭もれるだけの頑丈そうな建物があればそこでフレアを上げて救援を待って! あとの指揮はSV-98に預ける!』

『Да! リーダー、無事を祈ります!』 

 

 よし、これで無理して倒す必要など無い。さっさと撤退するのが一番だ。

 

『総員撤退! 左側の斜面を駆け下りろ! 枝かナイフで制動しつつ滑り降りる!』

 

 土砂崩れか何かで抉られたのだろう、岩肌や土がむき出しのまま山の麓まで続いている場所に飛び込む。手近にあった枝と胸元のナイフを手に持ち、グリセードの要領で土砂の上を滑降する。

 

「行きますよ、EBR!」

「G41はどう!? いけそう!?」

「こ、これを降りるの!?」

「ほら、これ持って飛び込んで! すぐにネットワークでやり方教えるから!」

 

 見上げるようにジャンプした地点を見ると、立て続けに三人が斜面へ飛び込む。両手に木の棒を持って慌てた様子でじたばたしていたG41はEBRからコツを教わったのかすぐに慣れ始めた。G36は相変わらずというべきか、片手で自らの銃を手に重心とかかとでの踏ん張りでブレ一つ無い完璧な制動で最後尾につき、敵の攻撃を警戒しつつ滑り降りている。

 EBRも両手で銃を構え、ちらちらと後方を見計らいながら滑降を続けている。

 

「来ました! っ、EBR!」

「クッ、ハハッ! まずはテメーだ!」

 

 G36の牽制射撃をものともせず、私たちが滑降している斜面を駆け下りてくる鉄血の人形。どんっ、と空に舞い上がったかと思えば左腕のブレードを逆手に持ち替え、EBRの頭上から串刺しにせんと襲い掛かる。

 

「うっひゃあっ!?」

「あっちいけー!」

「邪魔っ!」

 

 ごろごろとバランスを崩して転倒しながらも、EBRは間一髪でブレードの一撃を回避する。隣に併走していたG41と下方を滑っていた私が即座に牽制すると、鉄血の人形は再びジャンプしてEBRの後方へ降り立ち、EBRに再び狙いを定める。

 

「こんのっ!」

 

 ギャグマンガの如く転げまわっていたEBRが態勢を持ち直すと、滑降しながら片腕で銃撃を浴びせる。命中こそしないが、周囲に着弾して飛び散る石礫に敵が足を止める。

 すかさず加速したG36が敵の脇をすり抜けざまにマガジン一つ分を至近距離で叩き込むと、鉄血の人形は思わずたたらを踏んで先ほどのEBRのように斜面を転がり始める。

 

「ぐっうぅぁぁっっ!」

「どうです」

「……やるぅっ! いいぜ……そうで……なくっちゃあな!」

 

 くそっ、至近距離でG36が叩きこんでも半壊にさえ到ってない。部分的にダメージは出てるようだけど、致命的な一撃には遠い。引き剥がせそうにもないし、これはいよいよ本格的に完全破壊でいくしかない。

 

『……G36、抑えられる?』

『ええ。少々リスクがありますが』

『……やるよ。キツイとわかってるけど、お願い』

『貴女様の望みとあれば』

 

 G36はネットワークで一言そう言って、肉厚のコンバットナイフを手に滑降速度を緩める。じわり、じわりと鉄血の彼女へと距離を詰め、間合いが重なる瞬間に――どちらともなく飛び出した。

 

「ぐっ」

「ハハーッ! 死ねよ!」

「そうは……いきません!」

 

 G63が振るった一閃はヤツの左手のブレードに遮られる。右手のハンドガンが火を噴く直前、G36は自らの半身、G36という銃のストックを斜面に無理矢理付きたてて減速する。軽量化のために折り畳み式にしていたストックが衝撃で砕けていくにも関わらず、G36は何事も無かったかのように銃を後ろ腰に回して、鉄血の人形に仕掛ける。

 即座に態勢を立て直し、彼女の真上を取ったG36がすぐさま加速をかける。つまり、鉄血の彼女は真上からG36に圧し掛かられるわけだ。

 

「身の程を、わきまえてもらいます」

「ぐぼぼぼぼっっ! デ、デメっ……ゴブッ!」

 

 まさに人形サーフボードだ。うつぶせに寝かされた彼女は斜面を滑り降りるボードにされてしまった。えげつない。

 彼女は押し倒された衝撃で銃を手放し、ブレードはG36が腕を捻りあげて武装解除済みだ。両腕を固められ、自由にできる場所など足でブレーキをかけるくらいだろうが大した効果は無い。今頃はきっと顔中傷だらけだ。ハイエンドモデルともなるときっと修復費用がかさむのだろうが、その心配ももう無くなる。

 彼女の後頭部をぐりぐりと斜面に押しつけつつ滑り降りるG36の傍に向かって減速すると、私たちを襲ったハイエンドモデルの目の前でバックパックから取り出したものを見せ付ける。

 

「やー、形勢逆転だよ鉄血のハイエンドさん。お仕事お疲れ様。餞別といっちゃなんだけど……コレ、あ・げ・る!」

 

 バックパックを漁っていて見つけ出したそれの名は“コンポジション4”という。通称として“C4”なんて言われる成型爆薬だ。

 彼女もそれが何なのかを理解したらしく、憎たらしそうに目を開いたもののすぐに岩の破片でセンサーアイ……つまり目を破損した。もう何も見えまい。

 

 彼女のピチピチの黒い衣服の背中に起爆装置と一緒にC4を放り込む。身悶えて振り払おうとするものの、斜面を駆け下りる速度と上から押さえつけるG36の重量でまともな抵抗にすらなっていない。

 

「それじゃ、バイバイ!」

 

 別れの言葉を皮切りに、G36は背中から飛び退き、EBRはG41の手を取ってそそくさと退避し、私は手にしていたACRとナイフを使って急減速をかけて斜面で停止する。滑降していくのはただの一体。そう、鉄血の彼女だけだ。

 

「テメェェェェッー! 絶対にブッこ――」

「黙れ、そんでくたばれ!」

 

 カチ、と手元の起爆装置のスイッチを押せば汚い花火の出来上がりだ。……これで更に立ち上がってきたらどうしようもないが、あれだけ焦った反応だと確実に潰せたということだろう。

 

「ハァー……なんとかなった、のかなぁ……」

「……うん、望遠機能で爆発地点を見てるけど見事に爆発四散してる。パーツもバラバラだし頭部も木っ端微塵。これならメモリーログの再生もできないでしょ」

「ふぅ、なら上出来というところです。……銃が壊れるのは少し心が痛みますが、全員が無事であるのならそれは些事です。ご主人様、お怪我はありませんか?」

「ああみんなのお陰で無傷だよ。お疲れ様」

 

 これで後は支援基地の連中に見つけてもらうだけだ。幸いにも目印になりそうな“狼煙”もあがったことだし、すぐに救助が来るだろう。

 

 

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