きゃすたー(7mg)の雑多なネタ倉庫 作:きゃすたー(7mg)
二章 新しい世界へ ―New World―
第一話 ヴェネツィア
「やぁーっと着いたー!」
ヘリのハッチが開くなり、不ぞろいの不恰好なツインテールを靡かせ琥珀色の右目に青い海を焼き付けようと、Mk14EBRが真っ先に飛び出していく。
カラッと乾いた風がアルプスから地中海に吹きぬけ、眼下に広がる白亜の街並みをすり抜けていく。
「ほら! G41もスコーピオンも! 今日もアドリア海はキレイだよ!」
「よーし! 行こう行こう! G41! アタシ、海を見るなんて初めてだよ!」
「ふぇ? ま、待ってよー!」
ヴェネツィアへの帰途の中で三人はすっかり打ち解けたらしく、ヴェネツィアのあれやこれやをEBRに尋ねては、歳相応の少女のように顔を綻ばせていた。
私やG36はやっと帰ってきたという安堵感のほうが強い。何せ奇襲攻撃で完全包囲されて陥落寸前のザルツブルク基地にヘリで降下強襲を掛け、敵を一時的にとはいえ押し返して情報と人員を救出して脱出し、鉄血のハイエンドモデルを撃破して、ようやくここまで帰ってきたのだ。
それも私の指揮下に居る人形達全員が、それぞれ負傷やケガこそあるものの五体満足で帰還できたことに、やっと肩の荷が下りた気分なのだ。
「ようやく、ですね」
「ああ、疲れた……もうアイツの依頼なんぞ今後三年は受けるもんか」
「それで、もう話はつきましたか?」
「報酬に関しては父さんが直接交渉してるよ。もちろん、私たちを“オトリにした件”も含めてね。現場レベルの交渉なら私でも問題ないけど、流石に条約だの協定違反だのとなると、私じゃ無理だ。弁護士じゃないんだよ」
野党の拠点を制圧した日の夜、SV-98が夜を徹して情報収集に努めてくれていたお陰で重要な情報がいくつか得られた。鉄血、グリフィン双方の回線をじっくりと傍受して、あの時の私たちが置かれた状況を書き上げてくれたSV-98には感謝しかない。
鉄血側が行ったザルツブルク基地への奇襲攻撃は“AR小隊”なる部隊を狙ったものだということがわかった。おそらくだがザルツブルク基地の指揮官はこの“AR小隊”なる部隊の後退支援にあたる予定だったのだろう。しかし主力部隊が出払ってしまうとなるとザルツブルク基地の守りが疎かになる。そこで私たち“アフターグロウ”とグリフィンの増援部隊が援軍として派遣されたのだと予想できる。
しかしザルツブルク基地は鉄血が機先を制して抑え、AR小隊は脱出路を失った上に敵中で多数の敵に半包囲、もしくは脱出不可能な状態に陥ったのだろうことがグリフィンの暗号化通信を解読して判明した。
おそらくヘリアンは“AR小隊”救出の苦肉の策として、特殊作戦をこなす我々と後続の援軍に基地を攻撃させて敵の目をひきつけ、その隙に“AR小隊”を旧ドイツ方面へ撤退させたのだろう。そう考えると私たちは十分すぎるほどにオトリとして大活躍できたわけだ。
「ま、何にせよ私はメディカルチェックだよ。アイシャにまたどやされそうだ」
「そうですね。私も他の子も今日一日は同じ状態になると思われます。予想していた以上に疲労が蓄積しているようです。左腕の反応も鈍くなっていますし」
「……後のことはFALに任せよう。まずは身体をどうにかしないとね」
高台になっているヘリポートから青々としたアドリア海を見下ろす三人の後姿はまるで子供のようだ。EBRまではしゃいだ様子でG41とスコーピオンにヴェネツィアの名所を遠くから指差している。
「では、僭越ながら9A-91が。“みんなの健康を祈って!”」
「“健康を祈って!”」
「“みなさんの健康を祈って!”」
ロシア組みの三人、SV-98と9A-91、そしてASValは照りつける夏の日差しから逃れるように日陰のベンチに腰掛け、チタン製のスキットルを開けて早速飲み始める。流石にイタリア人でも朝からウォッカのような度数は飲まないぞ。私にもよこせ。
「ダメよ、リーダー?」
「ちっ……FALか……速かったね」
背中から掛けられた声に振り返ると、いつもの相棒であるフェレットを肩に乗せた戦術人形“FN FAL”が腕組みをしてシベリアの凍土の如く冷たい眼差しで私を睨んでいた。
ウォッカくらいいいじゃないか。消毒液にも着火剤代わりにもなる便利なお
「聞いてるわよ。完全包囲された基地に降下して再占領し、脱出しようとした矢先に狙撃で負傷したんですって?」
ぐっ、痛いところを突いて来る。確かに負傷はしたが、たかがわき腹を貫通して肉が
「ご主人様、一言申しておきますがあくまで応急処置です。エクスキューショナーとの戦いで私のような動きをすれば確実に傷口から再出血を起こし、重篤な状態となっていた危険性があります」
「だそうだけど?」
「――わかった、わかったよ。それじゃFAL、G41とスコーピオンをお願い。あの子たちはゲストだからね。メンテナンスルームで一通りチェックして問題がなければ一度ウチでバックアップを取っておいて」
「あの子たち、
「普通ならね。けど基地は完全に破壊され尽してしまって、今の彼女達は何の“バックアップ”も無い状態だ。一時的措置として、独立した予備のサーバーを使ってバックアップを保存しておいて欲しい。今の彼女達は“はぐれ”同然なんだ。
何の“保険”も無しにあんな過酷な戦場に居たんだ。今は安全圏に居るから平気そうに見えるけど、戦闘行動中はやっぱり余裕がなさそうだったよ」
思えば私も随分余裕が無い戦いをしてきたものだ。基地を制圧したまではよかったが、その後はずっとストレスとイライラと不安に磨り潰されそうだった。無事にこうして帰還できたことで少し余裕が出てきたみたいだけど、私も不安なものは不安なのだ。
何せ、ヒトに“バックアップ”なんてあるわけがないのだから。
そりゃあ確かに私はバケモノだし、代替コアが無事であればゾンビとなって戦うことも理論上は可能なのだろうが、私というヒトは確実に死を向かえる。
「だから、さ……あの子たちの不安を取り除いてあげて欲しい」
「無理難題を言うわね……ハァ……仕方が無い。使っていない古いサーバーが無いか確認するわ。あとは状態をチェックして、問題無ければゲスト用の寝室でしばらく過ごしてもらう。ゲスト用のIDカードはあったほうがいいかしら?」
「ああ。ランク3で」
「一般事務員用ね、了解。じゃ、後は任せなさい」
パンッとタッチを交わしてFALは海辺を望む三人に近づくと、EBRに拳骨を叩き落して説教を始めた。私のことが耳に入っていたということは、もっとひどいダメージを負っているEBRのことが伝わっていないはずがないのだ。
G41とスコーピオンはFALの剣幕にすっかり萎縮してしまっている。アドリア海よりも蒼白になっているじゃないか。
「さ、着いたわ。ここがアナタたちの部屋よ」
グリフィンの基地でも行っていたメンテナンスと身元の照会を行った後、お昼ごはんをご馳走してもらうと、私たちには一枚ずつIDカードが手渡された。そして亜麻色のサイドテールと青いリボン、さっき私たちが見たアドリア海のようなブルーの瞳の人形……案内人の“FN FAL”さんに車に乗せられて40分ほど走ってヴェネツィア市街地にある“アフターグロウ本部ビル”の近くの施設内へ通された。
FALさんが部屋の鍵を開けてドアを開く。二つのベッドとクリーム色の壁紙、アドリア海の見える窓が目に飛び込んできて、次にアンティーク調のサイドボードと個人用の小さなロッカーが二つ、そして木製のデスクが目に留まる。
「ここがアナタたちの仮住まいになるわ。ヴェネツィア市街地の中心部は銃器が持ち込めないエリアだけど、さっき居た本土のラボ施設と基地司令部施設でアナタたちの銃を保管しているわ。息抜きがしたければ向こうの窓口でIDを見せてちょうだい。
トイレにシャワー、鏡台も完備よ。温泉に入りたければ施設内の屋上に公衆浴場があるからそっちに入るのもアリよ。衣類、シーツ類は毎朝9時に回収されて午後3時ごろに送られてくるわ。それと、これが代わりの服と下着一式よ。
困ったことやわからないことがあれば電話で受付を呼ぶと良いわ。もし繋がらなければ戦術人形のネットワーク回線、チャンネルは149.91で呼んで頂戴。
当直部隊のリーダーのデスクに直接繋がるからそれで用件を言って」
ほへー、とスコーピオンちゃんと一緒に呆けている間にもFALさんの言葉が矢継ぎ早に繰り出される。一字一句聞き逃してはいないけど、まるでいつか聞いた“ほてる”を思い出すような内容だ。
「あの、FALさん……あたしたち至ってフツーの戦術人形なんだけど……地下倉庫にあるような休眠ポッドじゃないの?」
「あら、そんなのがお好みなの? でもアナタが希望しようと私はお断りよ。私はリーダーからあなたたちを“預ける”と言われたの。それをぞんざいに扱うなんて私のプライドが許さない。
アナタたちは今は“アフターグロウの客人”なの。大人しく受け入れてなさい」
「は、はひ……」
G36さんにも似通う鋭い目線で押されたスコーピオンちゃんは変な声を上げて部屋に入る。何を言われるかわからないから私もそっと後に続こう。
「あ、そういえば」
「な、何かありまし、たか?」
「コレよ、施設の案内図。流石に軍事関連と研究施設は載っていないけど、ここの一般施設に関してはコレに全部書いてあるわ。娯楽室とかリラクゼーションルームとか。
一応言っておくけど、本部ビルが近いから警備は厳重よ。だからこのあたりで夜中の出歩きはダメ。いいわね?」
FALさんはどこからか取り出したパンフレットを取り出して手渡すと、部屋のパスキーをサイドボードの上に置いて行ってしまった。
「……どうしよっか、G41」
「どうしよう……」
やることが無い。二人して何も無いという状況で起動したままという事態は今まで想定していなかったから。銃を持って戦うわけでもなく、訓練をするでもなく、ただ何も無い時間を過ごすことがこんなに難しいことだなんて知らなかった。
三時間、四時間とベッドの端に二人一緒に並んで座ったままでいると、スコーピオンちゃんが突然立ち上がる。
「……よしっ! 行くよG41!」
「ふぇ? どうするの?」
「決まってるじゃん。あたしたちが今までにやったことのないことをするんだよ!」
「……たとえば?」
「んっふっふー……まずは、そう」
スコーピオンちゃんは備え付けてあったタオルと支給された着替えを私に押し付け、ニヤッと笑って自分の分も手に取った。
「温泉に、突撃だぁーっ!」
「――……おーっ!」
二人して廊下を駆け抜けて外に飛び出してエレベーターで最上階へ。真っ白な石作りの建物の中に入ると水着の貸し出しで二人とも何を着るか迷ってしまった。
借り物の水着が似合うといいんだけど、スコーピオンちゃんは少し悩んでから真っ赤なビキニと真っ赤なパレオを選んだ。私は……やっぱり白に決めた。
更衣室で水着に着替えてドキドキしながら二人で一歩を踏み出す。初めて見た海は青かった。じゃあ初めて入る温泉はどんなものなんだろう?
「おおーっ! すっごい立派なお風呂……ローマ風っていうんだっけ、こういう建物?」
「すごーい! 見て見て! スコーピオンちゃん! あっちにプールもあるよ!」
“ローマ帝国時代を見事に再現した当浴場を楽しんでください”と書かれた看板、オブジェや大きな石像が並んでいて、博物館みたいに広い。
案内板を見てみると真ん中に一番大きなお風呂があって、その周りに水風呂やサウナとかもあるみたいだ。奥に行くとアドリア海を一望する露天風呂があると書いてある。
「露天風呂は最後でしょやっぱり」
「えー、私いちばん最初がいい」
初めての場所なんだから、やっぱり最初に一番のものを見たい!
「もー、わかったよ。じゃあ露天風呂からね」
「やったー!」
大浴場の奥にある扉に手を掛けるだけなのにドキドキしてきた。どんな景色なんだろう。やっぱり青い海がずっと遠くまで広がっているのかな。
「G41、開けないんならあたしが開けちゃうよ~?」
「待って! え、えーい!」
ガラリ、と開かれた引き戸の向こうに恐る恐る目を向ける。
「……ははっ、すごいや。……うん、最初で正解だった」
「…………きれい」
夕焼けがヴェネツィアの街を染め上げる。レンガ色の屋根は夕日を浴びて黄金に輝き、青かった海はオレンジに染まり、空は薄らと夜が降りて暗く染まってきている。
入り組んだ運河沿いに作られたお店の軒先に焚かれたランプの輝きは、人がここに暮らしていることを証明しているかのよう。
低く、荘厳に響く教会の鐘の音と、水鳥たちの鳴き声が小高い丘の上にあるこの場所にまで届いてくる。
最初に私たちが見たのは青。空の果て、海の向こうのどこまでも貫いていくような、突き抜けていく青。
そして今は空も土も海も眠りに誘うように深くなるオレンジ色。何もかも包み込んで抱き締めるような温かい色。
「みんなにも、見せてあげたかったなぁ……」
「うーん、ムール貝にイカスミパスタ、それにクモガニのサラダも美味しかった……!」
「私はリゾット……それにサンドイッチもチーズもすっごい美味しかった……」
お風呂上りに立ち寄った食堂、“オステリア G&K”で晩御飯を食べて戻ってくるなり二人してベッドに寝転がった。
「うへへ……まさかあの状況下からこんな豪華な夕食なんて夢みたいだよ」
「私も。もっと向こうの基地みたいな場所だと思ってた」
食堂と聞いていたけど、私たちが想像していたものじゃなかった。アンティークの家具とシャンデリアや燭台が並び、プラスチックのトレーじゃなくて陶器製の真っ白なお皿で料理が出てきた。
スプーンやフォークだって銀製で、燕尾服に身を包んだ穏やかな口調の少しおじいさんっぽい人がすごく丁寧に私たちを案内してくれたり、料理の説明までしてくれた。
私たちがイタリア料理に詳しくないとわかると、笑い話を交えてテーブルマナーを軽く教えてくれたり、すごく陽気で紳士的なおじいさんだった。
「あんな美味しいゴハン食べてたら、もうMREなんて食べられない……」
「言えてる! まーでも結局食べなきゃいけないんだけどねー」
お腹一杯のごはんは嬉しい。それにザルツブルク基地じゃ普段は食べられなかったお魚や貝みたいな水産物が、ここヴェネツィアには当たり前のようにメニューに載っている。逆にお肉を使ったメニューは向こうよりも少し少ないと思った。
「まー、海が近いからそりゃそうでしょ。あたしたちの居たトコじゃ山とか高原ばかりだから畜産業か農業だったんだし」
「そっかー……あれ、電話?」
サイドボードの上に置かれていた電話がピリリリと電子音を響かせる。おなかいっぱいで私は動きたくない。隣を見たけどスコーピオンちゃんも同じらしい。
お互い何も言わずに右手を見えるように突き上げ、タイミングを合わせて二度、三度と手を振る。最初はグー。あいこ。二回目はパー。またあいこ。三回目はパー……だけどスコーピオンちゃんはチョキだ!
負けたからには仕方が無い。スコーピオンちゃんは右手でガッツポーズしてから腕を力なく投げ出してくつろぎ始める。
「あの、もしもし」
『やっと繋がったわね。FALよ。まずは用件から。銃器のメンテナンスとパーツ交換、それにスコーピオンの銃が組みあがったから明日動作テストをするわ。時間は午後1時からよ』
「……はい! あの、場所は正門のゲートの受付前でいいんですか?」
『ええ。IDカードを忘れないようにしておいてね。簡単な同期テストとチェックだけだからそう時間もかからないわ。あと、あなたたちの処遇に関する協議が始まるわ。呼び出しがかかるかもしれないから、観光は近場だけにして。それじゃ明日。良い夜を』
「はい、FALさん、おやすみなさい!」
……やった! 私自身も銃もこれでカンペキだ! これならいつ出撃になったって……でも、今の私たちは“はぐれ”扱いだったんだった。命令系統のトップはもう居なくて、所属する基地も無くて、エコーさんに拾われてきた人形……と同じような状況なんだった。
「G41、何の電話だったの?」
「あっ、その……銃のメンテナンスが完了したから、明日の午後1時からチェックをするんだって。正門のゲートの受付前で集合だって、FALさんが。それと、私たちのことで協議が始まるって言ってた」
「おっ! それは良い知らせじゃん! あたしの銃は壊されちゃったからなぁ……やっと新しい相棒が来るのかぁ!
んー、G41はあんまり乗り気じゃない?」
「ううん! 違う、けど……私たち……銃があっても、基地は……
もう居ない。もう存在しない。ただ荒れ果てた基地の姿だけしか、もう残っていない。私たちに帰る場所なんてもうどこにもない!
「――確かに、そうだよね。けどさ、あのヒトならなんて言うと思う?」
「……“最後まで諦めるな”」
「“自分の
あたしたちが戦ってきた経歴はさ、“仲間たち”が居た証明なんだから」
スコーピオンちゃんの掌が私の頭をくしゃくしゃと撫でる。ご主人様とは違う。エコーさんともどこか違う。ついさっきまで寂しさに震えそうになっていたのに、二人ならできると思えてくる。
「大丈夫! あたし、こう見えて第二部隊率いてたんだよ? 少なくともG41よりはお姉ちゃんなんだから!」
これがスコーピオンちゃんの強さなのかもしれない。諦めない強さ。負けない強さ。負けても這い上がれる強さ。ひどい目に遭っても笑い飛ばせる強さが、私には羨ましい。
「おはよう。よく眠れたかしら?」
「おはようございます、FALさん!」
「おっはよー! ベッドで寝るのは久しぶりだったけど、心なしか身体が軽い気分だよ」
私たちが泊まっている施設から車で十五分で辿り着いたのは“アフターグロウ”の実働部隊が本拠地を構えているトレヴィーゾの街。ヴェネツィアもよかったけど、トレヴィーゾは“てぃらみす”というお菓子の発祥地らしい。食べたい!
基地の中へ連れられて歩く道すがら、スコーピオンちゃんが疑問に思っていたことを口にする。
「そういえば、本部はヴェネツィアにあるのに部隊はトレヴィーゾなんだね。結構不便なんじゃない?」
「まあスコーピオンもそう思うわよね。でもあのヴェネツィアの緩い地盤の上に軍事施設なんてとてもじゃないけど建てられないわよ。それに高潮の影響をモロに受けるからそのうち身体にサビが浮かんじゃうかもね。
嵐になんてなればそれこそ最悪。建物の一階部分が海の中、なんて当たり前よ?」
「あー、流石にそれはヤダなー……」
「けど軍事設備が無いわけじゃないの。元々は造船も行われていたしね。でも私たちが使うのは船じゃなくて車やヘリ。装甲車や攻撃ヘリみたいなのはもちろん、移動のための飛行機やジェット機……それに数は少ないけど近現代の戦闘機も何機か稼動状態で存在しているわ。
そのための滑走路までつけるとなると、毎年水害で修繕費を持っていかれるのは流石にね。日本には海の上の空港なんてのもあったみたいだけど、毎年どれだけのメンテナンス費がかかってるのやら……私は知りたくないわ」
基地の中を見回してみても人形の姿が見えない。正式採用らしいアサルトライフル、画一の黒い軍服にバイザー付きの黒いヘルメットにタクティカルベスト。一部のヒトはベレー帽を着けていたり、機銃を乗せた軽装甲車に載って基地のゲートを抜けていく。
「G41、どうかしたの?」
「いえ……戦術人形が居ないなって思って……」
「ああ、そういうこと」
グリフィン&クルーガーじゃもう人間の兵士は居ないんだっけ、と言ってFALさんは言う。
「人間の兵士が居るのは、私たち“アフターグロウ”が現地の人たちとうまくやっていけている証拠よ。私たちは市街地や居住区の巡回警備要員やこうした市外パトロールに“アフターグロウ”の勢力圏に住む人たちを採用しているの」
「どうして現地のヒトを? ……危険なことだっていっぱいあるのに」
「一つに就職先の幅を広げるためね。勢力内で住む人々の失業率を抑える手段の一つにもなるし、災害が発生した際の救援部隊の強化にも繋がる。グリフィンでは普段人形がパトロールや治安維持にも務めているんでしょうけど、そういった危険度の低い任務を彼らに預けることで私たちはより危険度の高い任務や仕事に注力できるの。
彼らは軍人として鍛えられている。そんな彼らが歩き回ってくれるだけでも、反社会的な存在に対して威圧になるから、市民の安全を守ってくれるわけ」
「なるほどー。分業してるわけだね」
「聡いわねスコーピオン。それに就職すれば土木技術や金属加工技術、それに情報処理技術みたいな専門知識も習得できる。転職するにしても仕事にありつきやすい。
それにヴェネツィアのヒトって郷土愛がすごいのよ。“ヴェネツィアは我々が守る!”って感じで。7世紀末から900年近く共和国制を貫いただけあるわよ」
すごい……グリフィンじゃ考えられないことばかりだ。他のPMCが管理している土地に来たのは初めてだけど、グリフィン&クルーガーのやり方とは全然違う。
グリフィンは防衛や治安維持まで全てを戦術人形がやっていた。市街地での交通整理に駆り出されたこともあった。普段とは違う仕事だったし、大変だったのを覚えている。
……けど、なんだろう。すごく行き交う兵士さんたちから見られている気がする。……手を振っているヒトも居る。
「あと、イタリア男は女の子に目が無いからナンパされても乗らないこと。人間だろうと戦術人形だろうと、イタリア男にとっては老いも若きも美人は美人。等しくナンパの対象だから安易に手を振ったりしないようにね」
「つまり、今まさに誘われてるわけ?」
「そういうこと。無視しなさい。私たちのこの身命を預けるヒトはたった一人よ。そこらへんの男に身を委ねちゃだめ」
……き、気をつけなきゃ!
ブザー音。照明が灯り、
自分のアサルトライフル……G41を構え、アイアンサイトに映る敵の頭を狙ってトリガーを引く。セミオートで一つずつ、確実に頭を撃ち抜いて行く。二十体のターゲットを全て倒すと照明が落ち、ネットワークからFALさんの声がかかる。
『調子はよさそうね』
「はい。まだいけそうです」
『じゃあ第二フェイズへ。次は一発じゃ沈まないわよ。注意して』
半端に残ったマガジンを外してテーブルに置き、新しいマガジンを差し込んで再び銃を構える。
ブザー音。照明が灯り、
『ターゲットによって耐久性が違うわよ。考慮してみて』
ヒトのシルエットはソフトな部類ということだろうか。となると一番硬いのはヒト型ELIDだ。次点で鉄血の人形、そしてダイナーゲートだろうか。
「やっぱり硬い」
スリーバーストを三回撃ちこんでようやくELIDのターゲットが倒れる。鉄血やダイナーゲートはまだマシなほうで、三発か四発で倒れてくれた。けどこのままではマガジンの中身が足りなくなる。
三十発きっちり撃ち終わってからマグチェンジ。コッキングして初弾を装填。動作は滑らかだし、銃とのリンクも問題ない。ターゲット二十体が倒れると再びFALさんから声がかかる。
『よくできたわ。病み上がりにしては上出来ね。これぐらいにしましょう』
「はい」
マガジンを外して初弾を排莢し、セイフティをかけてベルトコンベアに乗ったラックに銃を立てかける。するとコンベアが自動で保管庫に銃を運んでいき、機械のアームが伸びてラックを指定の保管場所へと収納した。
「や、お疲れさま」
「スコーピオンちゃん。どうだった?」
「あたしはもうちょい調整が必要かな。やっぱり新しい銃だから
スコーピオンちゃんは別の場所で調整してたはずだけど、妙に元気が無い気がする。銃を受け取る前は“やっと銃が帰ってくる!”って言ってはしゃいでいたはずなのに。
「……何かあったの?」
「あー、まあわかっちゃうよね。こんなカンジじゃ。
まあ何があったのかって言えば普通にテストをしていただけだったんだけどさ……そのテストがさ……“三十分水没させた状態から手に取って銃を撃つ”とか、“マガジン10個分連続射撃して放熱効率の確認”とか、“砂の中や泥の中で三十分浸かった状態から軽く汚れを落として射撃する”とか……」
「た、耐久テスト……?」
「うん……まるで自分が耐久テストにかけられてる気分だよ……」
ハハハ、と乾いた笑い声を響かせるスコーピオンちゃんの眼は死んでいる。新しい銃のはずなのに、射撃するよりも前に耐久テストにかけられるというのは……私じゃなくてよかった。
「お疲れ様。スコーピオンはどうしたの?」
「その、いろいろあったみたいです」
「……そう? まあいいわ。次は移動しましょう。ただ銃を撃ってるだけっていうのもつまらないでしょ。施設見学くらいはしていきましょう」
隣に立つ倉庫……というよりも飛行機を整備するような巨大な収容施設に私たちを案内すると、FALさんはすぐに建物の上階部分への階段を登っていく。手招きするFALさんの後に続いて登っていくと、建物の三階部分に出た。
外観は四階建て相当の高さでアーチを描く屋根が続き、巨大な工場施設跡のような印象だったけれど中身はまったく違うものだった。
「ここが総合訓練施設よ。一般の軍人から戦術人形までトレーニングが可能よ」
三階部分から一階部分までは吹き抜けになっていて、さながら小さな市街地が作られている。建物の中や間取りは私たちの居る三階部分から確認できるようになっていて、敵兵や人質、非武装の人間の人形まで様々なシチュエーションがこの施設の中に再現されている。
『突入! 突入!』
『A班、制圧完了!』
『タンゴダウン! B班、人質を確保!』
『C班突入開始! …………制圧完了!』
今まさに訓練が行われている真っ最中だ。人質の救出や敵兵の制圧などを行う総合的な実践訓練。一糸乱れぬ行動と的確な射撃技術、お互いを援護しあうチームワーク。
一つ隣のエリアへ目を向けると、あの逃避行を共にした彼女達も居た。赤いベレー帽が目を引く9A-91ちゃんと、トレンチコートを翻して共に駆け抜けるASValちゃんの姿だ。その少し後ろから周囲を警戒しつつ追随する都市迷彩服のSV-98さんと銀髪に黒いコートの戦術人形が軽機関銃を携えて続く。
そして私が居た基地にも所属していた彼女たち、
「あの子たち、メンテナンス明けで早速訓練だなんてバカなの? ちゃんと休暇をとれとリーダーからも言われてるハズなのに……まったく」
ロシアの子たちが走り抜ける市街地エリアの更に隣のエリアでは建物の内部を想定した、所謂“キルハウス”が立ち並んでいる。
ハンドガンとナイフを構えて先陣を切るMk23さん、二番目にメイド服のG36さん、続いてその妹のG36Cさん、最後にタクティカルベストを身に付けたMk14EBRちゃんの四人がハンドサインを交わしながら部屋を一つずつ制圧していく。 そしてもう一つの別働隊らしいチーム、G17さんがベレー帽にケルト十字の髪飾りをつけた戦術人形“FNC”と、強化ポリカーボネートのシールドとショットガンを構えた“イサカ M37”、アッシュブロンドのショートボブが似合う凛々しい戦術人形“Vector”を引き連れて反対側から制圧を行っていく。
「ここでは休暇の過ごし方が自由であるとはいえ、こういう風に貴重な休暇を戦闘訓練に宛てているおバカさんたちも居るのよ。あなたたちはしないように気をつけて。
最初はやることが無いって思うかもしれないけれど、何か一つでも趣味は見つかるものよ」
自由……そんなものを今まで深く考えたことなかった。指揮官が居て、みんなが居て、一緒に戦って、一緒にアイスクリームを食べて……それだけで満足だった。
……どうすればいいんだろう。何をどう選べばいいんだろう。私は、これから……どうやって生きていくんだろう。
「ここって割りと変わった場所なのよ。戦術人形も普通に部屋で寝泊りしているし、人間の軍と共同作戦を取ることもある。週休だってあるし、担当シフトもちゃんと昼夜が一定期間ごとにまわってくる。それに外貨稼ぎに他のPMCからの依頼で戦場に出ることもあるわ。
それに志願制だから……戦術人形を辞めたくなったら辞めたっていい」
エコーさんは銃を棄ててもいいし、また戦ったっていいと言っていた。選ぶのは私なんだって言っていた。……選ぶ、というのがこんなに難しいことだなんて、知らなかった。これが、選択の自由というもの……なのかもしれない。
自由って、むずかしい。