きゃすたー(7mg)の雑多なネタ倉庫   作:きゃすたー(7mg)

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ドルフロのとりあえず七話目

 

 第二標的 自由な世界へ

 

 

 意識が浮かび上がる。眠りこけていたベッドから身を起こし、サイドボードに置かれた目覚まし時計を手に取って目を凝らす。

 時間は午後5時21分。日付を見るに二日も眠っていたらしい。メンテナンス後の身体は比較的快調なものだが、やけに思考がスッキリしているのは十分な休眠が取れたことによるものだろう。

 

「……誰だい?」

「FALよ。報告がいくつかあるけど入っていいかしら?」

「ああ、どうぞ」

 

 トントントン、と扉をノックする何者かに声をかける。すると二日前に全てを預けた頼れる女の声が返ってきた。

 部屋に入るなりFALは手に持っていたいくつかのファイルを私のデスクに置いて、ベッドの端に腰掛けて私の額に手を添えてくる。いつもの高飛車なすまし顔もクールだけど、こうしてふとしたことで零れる笑みも可愛らしい。

 

「具合はどう?」

「おかげさまでグッスリ眠れたよ。まさかキミがメディカルチェックもするの?」

「いいえ。後でクレア女史に診てもらうわ。ただ単に気になっただけよ」

 

 なるほど。FALはFALでまったく目を覚まさない私のことが心配だったらしい。

 

「そう。それで報告っていうのは?」

「上の協議が終わったわ。報酬に関してはファイルを見ておいて。問題はリーダーが気にしていたG41とスコーピオンの二名の身柄についてなのだけど、こちらで引き取れることになったわ。……彼女達が望めば、だけど」

「ああ。で、勧誘はうまくいきそう?」

「……正直、わからないわ。彼女達二人のメンタルモデルは見かけの上では安定しているけど、まだ深い部分でいくつか安定しない波形が多いの。

 何せMk23やG17の時とは違うケースだもの。片や非正規特殊作戦群に身を置いていた最精鋭。片や大規模作戦を潜り抜けた熟練。それに比べてあの子たちはむしろルーキー側だから、こっちに異動したとしてもしばらくはメンタルモデルの安定化と訓練での錬度向上は必須になるわね」

 

 即戦力になるとは思っちゃいないけど、ザルツブルク基地の一件はあの二人にとって消えない傷跡になるだろうとは思っていた。けどG41はそんな状況でも前を向いて立ち上がれたし、スコーピオンに到ってはあんな目にあって翌日にはなんでもないように振舞えるほどだ。十分に立ち直る可能性がある。

 

「それに稼動からの日の浅さが響いてるわね。グリフィン&クルーガー以外のPMCなんて見たのは初めての様子だったし、ここの常備軍を見せたり、さわり程度にだけど休暇制度や勤務シフトを教えてみたりしたけど、どうしていいかわからないって感じの反応だったわ」

「だろうね。……最終的にはあの子たち次第、か」

「率直に言うけど、“自分は戦術人形だから”なんて惰性で銃を手に取ったって遅かれ早かれ壊れちゃうわよ。銃を手にするなら手にするでソレ相応の意志で手にしてもらわないと、私たちが困るわ」

「懸念はごもっともだ」

 

 それは道理だ。戦術人形だから銃を手に取るのではなく、銃を自ら手にするからこその戦術人形であって欲しい。IOP社の“烙印”は『銃のための人形』とも言えるシステムではあるが、銃に意志が宿るわけではないのだ。最終的に引き金を引くのは人形なのだから、その人形の意志が強くなければ自らの“銃”に振り回されるだけになる。意志の無い力は他者や自分を傷つける暴力でしかない。

 

「けど、あの子たちはこれからさ。知らないことは私たちで教えていけばいい。最後に自分たちで選んでくれればいいのさ」

 

 私は、我々は、意志によって統制された暴力を振るうことで多くの人たちを守る存在だ。人間だろうと人形だろうと、意志によって己の力を制御することができるからこそ守護者足りうるのだ。

 けどあの子たちは鉄血の人形くらいしか、自らの半身である銃を向ける先を知らないのだ。私たちはヒトにも鉄血にもELIDにも銃口を向けてきたが、銃弾を放つのは本当に殺すべき相手にだけしか行わない。

 引き金を引くか、否か。その一線を自ら越える意志を持つことができれば……彼女達は強くなれる。

 

 夕日で輝くこのヴェネツィアの街に住む人たちが自らの自由のために戦ってきたように、彼女達も何のために戦うかを見出す時が来るだろう。

 

 

 

 私たちが泊まっている宿泊施設にエコーさんがやってきた。戦場で会ったときのような戦闘服(ACU)でもないし、ガスマスクも被っていない。本当にそのあたりの街角で居そうなビジネススーツ姿の彼女は私とスコーピオンちゃんを呼び出した。

 

「ちょっとしたお話があるんだ」

 

 そう言ってエコーさんは食堂の一角を貸切りで陣取った。わけもわからないまま連れられてきた食堂……レストランの席に座らされ、燕尾服のおじいさん……じゃなくてG36さんが用意したワイングラスにマスカットジュースが注がれていく。

 いつの間に現れたのか、G36さんはいつものメイド姿ではなく、このレストランのおじいさんのような燕尾服に身を包んでいた。

 スコーピオンちゃんも私も一瞬見ただけじゃG36さんと気づかない。データリンクの反応でようやく気づいたくらいだ。

 

「それじゃ頂こうか。そうだね……キミたちの生還を祝って」

 

 乾杯、とエコーさんの声に続いてグラスに口をつける。……甘くてさっぱりとしていて、少しだけ酸味が乗ったジュースはすごく口当たりがいい。こんな美味しいジュースなんて初めて飲んだ。

 

「今日はコース料理だから、料理長にお任せするよ。G36、ワインをお願い」

「承知致しました」

 

 G36さんは静かにテーブルから離れてワインクーラーから一本のボトルを手に取って戻ってくる。歩き方も男の人みたいだし、ほんの僅かな所作の一つまでメイドとしてのG36さんとは違っている。

 

「ジャコモ・コンテルノ。バローロ・リゼルヴァ・モンフォルティーノの1990年です」

「……ヴィンテージだよね」

「はい。世に名高き王道のバローロでございます。“年代物を”とのことでしたので」

 

 実に70年のヴィンテージ。そんなものが今も残っているだなんて信じられない。第三次世界大戦も生き延びたワイン……どんな味なんだろう。

 

「あの、隊長さん。これってすごく貴重なんじゃ……?」

「た、たまには、こ、ここうやって美味しいもの飲まないとさ! アハハハ!」

「スコーピオン様、貴重さで言えば群を抜いて貴重なワインのうちの一本でございます。第三次大戦、コーラップスの拡散などの世界的に見ても甚大な被害を及ぼした事件を無事に生き延びた数少ない一本です。おそらくユーロであれば8000から1万というところでしょうか。オークションとなれば更に上がるかと」

「…………G36、それってマジなの?」

「はい。ご主人様の望んだ一品であることを確約致します」

 

 “ヤバいよコレ”と小さく呟いたエコーさんは顔を青ざめさせてワイングラスを揺らす。……手が震えているわけではない、はず。

 

「……とにかく、頂こう。そ、それに、わ、私たちだけっていうのも、ちょっと、勿体無いし、料理長たちにも振舞ってあげて。G36もね」

「承知致しました。世界的に見ても貴重なワインを口にできるとなれば、皆さんも喜ばれることでしょう。寛大なる配慮に感謝致します」

 

 私たちのグラスにワインを注ぐと、G36さんはボトルを手に調理場へと足を運ぶ。調理場への扉の向こうからはざわめきと歓声、時々悲鳴のような声が上がる。

 

「……こんな貴重なワイン、正直言ってたった三人で飲めるわけないだろ! 私はPMC所属の兵士だけど一市民だっての。いい酒なんて言ってもせいぜい40ユーロ程度が関の山なんだぞ! こんな貴重な20世紀のワインを三人で飲むなんて恐れ多いことができるかっての」

「つまり、みんなでやれば怖くない、と……」

「スコーピオン、キミは世界に数本しかないかもしれないワインを目の前に出されて“あなたのものだ”って言われて迷い無く封を開けられる?」

「あー、無理かも。流石にそんな度胸は無いです」

「……そういうこと。私だって、怖いものは怖い」

 

 お互いにタイミングを見計らうようにグラスを持ったままで固まっていたけれど、意を決したエコーさんは香りを見てからくい、とグラスを口につけて傾けた。

 

「……美味しい。それに葡萄の香りがすごく強い。ヴィンテージなんて初めて飲んだけど、これほどだとは……」

 

 スコーピオンちゃんも緊張した様子で後に続く。目を見開いて震える手でワイングラスをテーブルに置くと、はぁ、とため息を吐いて言う。

 

「コレ、ダメだ。慣れたらきっと他のお酒じゃ満足できなくなっちゃう。……美味しすぎて、私もうダメかもしれない」

 

 スコーピオンちゃんが骨抜きになっちゃった! ふにゃりと背もたれに身体を預けて夢見ごこちになったままだ。

 次は私の番。まだお酒なんて飲んだことも無いのに、どうしよう。

 

「G41、初めてでこんな上等なお酒なんてまず飲めないよ。味わって」

「じゃ、じゃあ……いただきます」

 

 恐る恐るグラスに口をつけて少しだけ口に含ませる。すると突然葡萄の香りがふわりと抜けていき、甘みとアルコールが続いてやってくる。苦味や渋みなんて無く、滑らかで何度でも飲み干せそうだ。

 

「……すごく飲みやすいです。甘くて、葡萄のニオイがすごく強くて……」

「ふふっ、これは気に入ってくれたかな?」

「隊長さん、気に入ったとしてもそう飲めるものじゃないよ……」

 

 最高のワインと料理を楽しみながら談笑しているとあっと言う間に時間が過ぎていく。私たちが見たことのないパスタ、サラダ、肉料理、魚料理などが並んで、最後には真っ白なお皿にバニラのジェラートが盛られ、イチゴかラズベリーか、赤いソースがかけられた一品が出てきた。

 

「さて、ちょうどメニューも終わりのころだし伝えておこう。二人の処遇に関してだけど、二人の意志に任せることになった」

「……それって、どういうことですか?」

「隊長さん、それって、つまり……私たちが“はぐれ”って確定したの?」

「かなり紛糾したらしいけどね。特にG41は私たちの救出したタイミングから言っても微妙なラインだったからね。基地機能は喪失、指揮官は死亡し、基地そのものも一度陥落した……そんな状況下だったからね。最終的には“はぐれ”の枠に入ったみたいだけど」

 

 ……こうやって自分が根無し草になったことを感じるのはつらい。あのときの光景や出来ごとをはっきりと思い出してしまう。

 

「逆に言えばキミ達を縛るものが無い。キミ達はグリフィン&クルーガーの管轄下には無い。キミ達を保護した私たち“アフターグロウ”の一時的な管轄下にある。私たちがキミ達の再配備先を決定することもできるし、コアの解体を行って一般の自律人形に戻すこともできる。IOP社に返還することも可能だ。

 でもさ、それって勿体無いじゃない。自由意志で決めることだってできるのにそれをしないままだなんてさ」

 

 自由意志……それってどういうことなんだろう。スコーピオンちゃんがやったように“自分が知らないものを知る”っていうことなのかな。

 

「隊長さん、G41はまだいろいろ経験不足だからすぐに決めるのは無理だよ。……あたしだって、どうすればいいかまだよくわからない。

 あたしはいいとしても、G41のことはすぐに決めるべきじゃないと思う」

 

 スコーピオンちゃんの目が敵を見るような鋭さを見せる。鉄血の人形に銃を突きつけ、トドメを刺すその瞬間のような冷たい表情に息を呑む。

 

「もちろん。十分な時間を取るつもりだし、私としては“アフターグロウ”に来てくれると嬉しいかな。選び方はたくさんある。だけど迷ったり目移りするのは当たり前だと思っているよ。初めての選択だと尚の事でね」

「……身の振り方はあたしもいくつか考えてたよ。自律人形として暮らすこともできるし、戦術人形として生きることもできるんだっていうのはわかってる。

 それでも、G41は……この子はまだ自分の在り方を決める重大な決断を下すにはまだ幼い。今もどうすればいいのかわからない感じなのが見てわかるでしょ?」

 

 んふふ、とエコーさんは笑みを浮かべてスコーピオンちゃんにじろりと目線を這わせる。スコーピオンちゃんは表情こそ見せないけど、きっと怒っているはず。それなのにエコーさんはどうしてスコーピオンちゃんをもっと怒らせるようなことをするんだろう。

 

「いいお姉ちゃんだね。昔のG36を思い出すよ」

「……お戯れを」

「今は二人にとって複雑な心境なのもわかってる。ちゃんと考える時間だって取る。 だけど世の中っていうものはいつまでも待ってくれない。私たちだっていつまでも二人の面倒を見続けることなんてできない。どんなに難しい問題でも、いつかは結論を出さなきゃいけない。

 アイスクリームが解けてドロドロになる前に食べなきゃいけないのと同じように。…………んー、おかわりで」

 

 エコーさんは最後の一掬いを口に運ぶと、幸せそうにG36さんにおかわりを頼んだ。

 

「時間が無いわけじゃない。だけど無限というわけでもない。その中でキミ達が選ぶ選択肢の一つとして、私は二人に“PMC アフターグロウ”への参加を要請する。

 ……早い話が、キミ達がグリフィン&クルーガーで戦術人形として働いてきた経験を評価しているってわけ。ウチとしてもキミ達二人が参加してくれれば戦力の増強に繋がるし、キミ達は培った経験と技術を生かせる。詳しい話が聞きたければ連絡して欲しい。

 まったく畑違いの分野に就くよりも不安は少ないと思うよ。それに短い間とはいえ背中を預けあった仲間も居る。

 詰まるところ私たちはキミ達二人が欲しい。それだけ覚えていてくれればいいさ」

「……わかったよ隊長さん。あたしたちを買ってくれてるのはわかった」

「ありがとう。悩んで迷って、でも最後にはキミ達の自由に決めていい。私はその決定を尊重するよ」

 

 自由に決めていい。何を選んでもいい。だけど、何を“基準”に選んでいいのかわからない。スコーピオンちゃんの決定に従うほうがいいの? それともエコーさんの指示に従うほうがいいの? 私は、戦術人形として何をすればいいの? もし自律人形に戻ったとして、どうすればいいの?

 目の前で二皿目のジェラートを食べつくしたエコーさんは静かにスプーンを置いてコーヒーを飲み干すと席を立とうとする。

 

「あの、エコーさん」

「……何かな?」

「自由って、なんですか? 私……どうしたらいいんですか? どうやって選んだらいいんですか?」

 

 つい口に出てしまった言葉。所属も無い、家も無い、指揮官も居ない、もう何も残っていない私には何が最善なのかわからない。自由なんて知らなくてもよかった。指揮官が居て、仲間が居て、帰る場所があった。それだけでよかった……!

 

「G36、ジェラート持ってきて。あといろいろ」

「承知致しました」

「ねえG41、私も“自由”っていうのがどういうものかなんてよくわからない。

 けどね、これから私が知ってる小さな自由を見せてあげる。今からするのが、私なりの小さな自由で、小さな幸せってやつさ」

 

 エコーさんの前に置かれたジェラートの数々。バニラ、ヘーゼルナッツ、ストロベリーにレモン、チョコレートにコーヒー……様々なジェラートが並べられるとエコーさんは一つ一つを掬い上げて目の前に置かれた白磁の皿に次々と投入していく。

 

「G36、ワッフルを」

「承知致しました」

「す、すごい……」

「甘いものフルコースだ……」

 

 いくつものジェラートが並ぶお皿の上に、G36さんがワッフルを乗せていく。焼きたてなのか、乗せた傍からとろりとジェラートが溶け始める。冷たいジェラートに温かいワッフル……こんな食べ方があるなんて知らなかった。

 その上に更にバニラのジェラートをドンと山盛りで置き、チョコレートソース、ラズベリーソース、メイプルシロップをトッピングし、極めつけといわんばかりにチョコレートチップを振りかける。

 

 人の顔くらいの大きさはありそうなお皿に山となって聳えるジェラート。そこにスプーンを入れて、一掬い。

 

「ちょっと見目は悪いけど、自由ってこんなものだと思ってるよ」

 

 口元のソースを一舐めして言うエコーさんの表情は今までで一番の笑顔だった。

 

 

 

 あの後、エコーさんはものの10分程度でジェラートの山脈を食べつくした。エコーさんが一口を運ぶたびに幸せそうに頬を綻ばせるのを見て、その度にみんなとの幸せなひと時を思い出してしまう。

 ベッドの上で横になったけど今日も眠れない。眠ろうとするとみんなの顔が浮かんできて寂しくなって眠れない。みんなが戦ってきたことを伝えるんだって思って生き延びたはずなのに、みんながどこにも居ない寂しさを味わうくらいならあの時……そう思ってしまう。

 

 私たちは自分で自分の身の振り方を考えなきゃいけない。なのに考えがまとまらない。戦術人形として戦うこともできるし、不安だけど自律人形に戻って一般市民として暮らすこともできる。

 自由に選ぶことができる、ということが辛い。どれを選べばいいのか、選ぶべきなのか、選ばなければいけないのか……ずっと頭の中でぐるぐると同じ場所を回っているだけ。

 

 そうやって眠れないまま朝が来て、ぼんやりと公園のベンチで青空を眺めて夕焼けが来て、また眠れない夜が来て朝になって……また公園のベンチでぼんやりと考える。

 

「あなた、昨日もここに居なかった?」

「……ふぇ?」

 

 ふと呼びかけられたことに気づいて顔を向けると、そこにはスリングで銃を提げた女の人が居た。腰から提げたマガジンポーチ、真っ白のインナー、裏地の黄色いフード付きの黒いジャケットに身を包んだ姿はどこかの傭兵のよう。

 灰色の髪を揺らして、彼女は私の隣に腰を下ろして言う。

 

「ずっと座ったままで一日中過ごすのって退屈でしょ」

「……考え事、してました」

「戦術人形がずっと考え事なんて、珍しいわね」

 

 この人、私が戦術人形だって知ってる……? どこで、どうやって知ったの? 敵……だったらきっと今頃私は蜂の巣になってる。

 

「あら、警戒しちゃった? あなたと同じ人形を見たことがあるのよ。それで戦術人形……G41だってわかったわ。一方的に知っているのもちょっと不公平よね。私はユニよ」

「ユニ、さん……それで、何か用ですか?」

「ちょっと気になったのよ。何か難しいものでも抱えてるのかなって。よければ話してみない? 何も知らない誰かに聞いてもらうのも一つの方法よ」

 

 そう言ってユニさんはニコニコと笑ってポケットからキャンディを取り出し、包みを解いて口に運ぶ。……酸っぱい味だったのか、すごく渋い顔をしている。

 

「な、なんなのよ! この“梅干キャンディ”って! ひたすら酸っぱいだけじゃない! あのイタリアかぶれのウォッカ女! 今度会ったらはらわた引き裂いて直接ウォッカを流し込んでやるわ!」

 

 左目に縦に走る傷跡を怒りで歪ませて、ユニさんはポケットに入っていたキャンディを全て近くのゴミ箱に袋ごと投げ捨てた。

 新しいキャンディをバッグから取り出すと口に含んだ……どうやら期待していた味だったらしく表情は柔らかい。

 

「はい、G41ちゃんもどう? 甘いものでも食べながら話してみない?」

「でもユニさん、忙しいんじゃ……」

「そうでもないわよ。一仕事終えてきたところだもの」

「じゃあ……いただきます」

 

 白い包みを解いて赤いキャンディを口にする。……イチゴ味、私の好きな味だ。

 流石に全てを包み隠さず、というのはできそうにもない。だから口から出てくるのはおおまかなことだけ。帰る場所が無いこと。自分でどうするべきかを決めなければいけないこと。どう決めればいいのかわからなくて途方に暮れていることだけ。

 

「ふぅん……自分で決める……“自由に選ぶ”ね」

「はい……でも、私……まだどうしていいかわからないし……」

「じゃあ簡単に考えましょう。二つに一つなら、どう? ……相手を撃つか、自分が死ぬか……なら」

 

 カチ、という小さな音。腰に回していた銃のグリップを握り締め、安全装置(セイフティ)を解除するユニさん。

 すっ、とユニさんの目は戦場に立つあの人のように細められる。殺される。そんな予感が脳裏を過る。

 

「そ、そんなの……わ、わからない……!」

「そうね。でもそんな決断がいつどこで訪れるかわからないわ。猶予はほんの数十秒。自分が相手を殺すか自分が撃たれて死ぬか、どちらかを選ばなければいけない状況なんて“よくある話”よ」

 

 再びカチと小さな音が聞こえる。銃のグリップを握っていたユニさんの右手には新しいキャンディが握られていて、包み紙を解きながらユニさんは言う。

 

「私は、そういう経験があるの。その時私は誰かを殺して自分が助かる道を選んだ。その時に決めたわ。誰かに利用されるなんてもうお断りよ。私は“私の自由のために”生きる道を選んだ。もうあの時のような後悔をしない、私の大切なものを守るために」

 

 それが私の選び方よ、とだけ言ってユニさんはキャンディを口に運ぶ。ユニさんもきっとつらいことを乗り越えてきたんだとはっきりわかる。表情は変わらずニコニコとしているけど、その目は強い決意で満ちている。

 

「……とにかく私から言えるのは選ぶなら後悔のないように、っていうことだけ。Arrivederci(さよなら),signorina(お嬢さん)

「ユニさん、相談にのってくれてありがとうございます」

「いいの。……ただの気まぐれだもの。それじゃ」

 

 ユニさんはベンチから腰を上げ、軽く手を振って大通りへと歩いていく。ほんの少しだけ話しただけだったけど、ユニさんが何を思って選択するのかを知ることができた。“他の誰でもない自分自身のために”……自分のために……何が一番自分の“ため”になるんだろう。

 

 

「自分のためになること……」

 

 公園で空を眺めるのはやめた。待っていても答えは出なさそうだし、折角のヴェネツィアなんだからスコーピオンちゃんが言うように今までに見たことのないものや知らないことがたくさんあるはず。そう思ってヴェネツィアの街中を歩いていく。

 後悔しない……自分が幸せになれる方法を見つけないと。記憶の中の“誰か”がそう言っていたのを覚えている。……でも誰のセリフだったっけ?

 

 右を見れば橋と運河。左を見てもそうだし、前も後ろもそう。ざあざあと寄せては引く波の音に交じって船の上のお店や運河を前に看板を出すお店から掛け声が聞こえる。

 

 ヴェネツィアの市街地のはずれに立つとアドリア海が目の前に広がる。どこまでも続く青と蒼。ただひたすらに果てまで続くような水平線の彼方には何があるんだろう。

 

「おい」

「ひゃうっ!」

 

 突然後ろから、それもすぐ近くから声がかかる。思わず出た変な声に恥ずかしく思いながらも振り返ると、そこにはG36さんのような目つきの鋭い女の子の姿がある。

 銀色の長いサイドテールが潮風に揺れる姿は凛々しいけれど、背丈は私より少し高いくらい。私の胸元までありそうな無骨な軽機関銃(LMG)を携えた姿はどこかミスマッチのようで、だけど銃を手にした立ち姿には何の違和感も無い。

 裏地がオレンジの黒いコートにシューティンググラス、その下にはミニスカートの黒いワンピース。……そうだ、確か前にFALさんが見せてくれた訓練施設で9A-91ちゃんやASValちゃんたちと一緒に居た子だ。

 

「この先は立ち入り禁止区域だ。すぐに離れろ。それと自殺志願者ならお断りだ。死にたければ鉄血の基地に行くかELIDにでも食われるんだな。ここは人類の居住区内だ。面倒事は持ち込むな。

 身元を確認する。市民証、もしくはIDカードを見せてもらおう」

「ご、ごめんなさい! ……あの、“アフターグロウ”の戦術人形さん、ですよね?」

「…………それがどうした」

「私、戦術人形G41っていいます。これがIDカードです」

「……照合する。なるほど……リーダーが迎え入れたというゲストか。随分遠出しているようだな」

「ご、ごめんなさい……」

 

 そういえばかれこれ三時間ほど歩いてきたんだっけ。おそらくカードには宿泊してる施設の情報も記録されていて、それを見て彼女も気づいたんだろう。

 

「まあいい。問題さえ起こさなければ構わない。もう行っていいぞ」

「あ、あの……!」

「……なんだ?」

「その、一緒に着いていってもいいですか?」

 

 何言ってるんだこいつ、と言って彼女はこちらを睨みつける。まるでG36さんに見られているみたいで結構怖い。

 

「実は、エコーさんからアフターグロウに誘われてて! そこの人たちがどういう仕事しているのかなって思って……」

「……私の権限では許可できない。リーダーに確認する」

「お、お願いします!」

「リーダー、私だ。G41とかいう戦術人形が私たちの仕事に同行したいと言っているぞ。…………なんだと? 正気なのか? 我々に子守りをしろと? ………………了解した、合流する」

 

 ハァ、と大きなため息をついて彼女は銃のキャリングハンドルを掴み、空いた“左手”を差し出してくる。

 

「PKPだ。悪いが右手は銃のために使う。いつでも撃てるようにな」

「G41です、よろしくお願いします」

「部隊のメンバーと合流する。ついてこい」

「はい!」

 

 歩を進めるPKPさんの後姿は大きい。並んでみれば私より少し大きいくらいの背丈で小柄だけど、後ろから見る彼女の姿は見た目よりも大きく感じる。

 存在感のようなものが違う。ううん、纏う空気が違う、というべきかも。ここは既に戦場と大差無い、と言い出しそうなほどに彼女の気配は張り詰めている。

 

「ここがメインストリートだ。ここから先は船だ」

「……メインストリート?」

「そうだ。カナル・グランデだ」

 

 目の前に広がるのは船が行き交う運河。ゆうに80メートルはあろう幅がある、この運河がメインストリート?

 

「ヴェネツィア市街地は海上交通が基本だ。橋や道路もいくつかあるが、船が無ければ自由に移動などできん」

「本当に水の上の街なんだ……」

 

 いくつも運河が走っているのは歩いていて知っていたけど、こんなに大きな運河を見たのは初めてだ。周りを見回しても船着場がいくつも連なって、水上バスから木製の手漕ぎのボートまで、多種多様な船が行き交っている。

 船を下りればすぐ目の前に飲食店や衣料品店などが並び、銀行にホテルに大聖堂だって船着場から歩いて三十秒ほどで正面玄関だ。中には船着場が正面入り口というものまである。

 そんな中でPKPさんはあの基地でも見かけた黒い軍服の男の人に近寄ってカードを提示する。

 

「PMC“アフターグロウ”の戦術人形部隊、第三特殊戦部隊“デルタ”所属のPKPだ。サンタ・ルチア支部まで。後ろのこいつはゲストだ」

「……確認できました。どうぞ、お嬢様方。ああ! まさかあの“デルタ”の天使に会えるなんて! 今日の出会いはまさに運命のよう――」

「いくぞ、G41」

「あっ、はい」

 

 マスクを脱いでまで口説き始めようとした男を完全に無視し、PKPさんは機銃を装備した武装したボートに乗り込んでどっかりと腰を下ろす。

 波に揺れるシートに座ると、海のニオイが鼻をくすぐる。防波堤のところで嗅いだものよりもすごく濃い。これが、海のニオイなんだ。

 

「それでは行きましょう」

 

 先ほど口説いてきた男とは別の兵士が乗り込んでボートを操縦する。舵を手にゆっくりと船が動き出し、そしてゆっくりと行き交う船の列に合流していく。

 海の上から地上を眺めるのも初めてだ。さっき見ていた建物も、海の上から見るとすごく高い建物のように思えてしまう。実際は三階建てや四階建てくらいなのに。

 

「……遅い」

「そうですか?」

「おい、貴様。わざと遅くしているな」

 

 私たちのボートは一番速い流れには乗らず、手漕ぎのボートより少し早い程度で進んでいる。安全運転なだけだと思うんだけど?

 

「……あなた方のような美女との大切な時間です。なのにすぐに着いてしまうなんてもったいない。よければこの後も一緒に食事でも――」

「さっさと行け。でなければ風穴を開けるぞ」

Si(了解)! ぜ、全速力で向かいます!」

 

 カチン、とPKPさんは手にしていた軽機関銃の安全装置を外し、トリガーに指をかけて兵士の脳天に向かって銃口を向ける素振りを見せる。左手は取り付けられているフォアグリップを握り締め、最早いつでも撃てる状態だ。

 そこからの船はすごく早かった。水上バスを追い抜き、高速艇を追い抜き、曲がり角をドリフトしながら最高速度でぶっちぎっていく。スレスレで隙間を縫うように船の間を潜り抜け、だけど周りの人には水しぶき一つかけないなんてどうかしている。

 

 時間にして僅か数分で目的地に着いた……そこまではいいけど目が回りそう。PKPさんがいつの間にかダミーを引き連れている。最初は居なかったはずなのになんでだろう。

 

「立て。この程度で音を上げていては仕事にならない。行くぞ」

「ま……まって、くださぁーい……」

 

 船着場から歩き出したPKPさんはなんともないように真っ直ぐ歩いている。私はというと対照的で、まだ船の揺れが続いているかのように不安定だ。船というものがこんなにも揺れるのだと、ついさっき知ったばかりなのもあるかもしれない。

 至って現代的な造りの駅舎に入ると、メインホールの一画にある“アフターグロウ”専用の通路を通って駅の更に内部に入っていく。

 駅員らしい人とすれ違って更に奥へ進むと、あの基地の内部のような、真新しい近代的なオフィスが広がっていた。観葉植物の鉢植え。擦りガラスで仕切られた個々のデスク。明るいLED照明と涼しい空調設備。その一画にあった扉を開けると、そこには小さいながらも射撃場があり、銃の解体整備を行えるような工房があった。

 射撃場のレーンの一つに、的確にターゲットのバイタルパートを射抜いていく戦術人形……FALさんの姿があった。

 

「連れてきたぞ」

「ふぅ……早かったわね。もう少しかかるものかと思っていたけど」

「我々の任務は子守りではない」

「わかってるわよ。今日でこの臨時編成も終わりだから、また明日から向こうに行くことになるわ。ほかの子たちは?」

「PKはジュデッカ方面、M37(イサカ)はカステッロ方面に出ている。Vectorはサン・セバスティアーノ教会付近だ。それと時間が少ない。私はこのまま駅前の警備に当たる。私の居た区域に第三警備分隊をまわすが、構わないか?」

「ええ、そうしてちょうだい。じゃ、私たちはお茶にしましょうか」

 

 PKPさんが射撃場から出て行くと、FALさんは会議室の一つを貸切にしてコーヒーを用意し始めた。湯気の立ち昇るエスプレッソコーヒーに、スプーンで何杯もの砂糖を入れて飲むのがイタリア流だとFALさんは言った。

 慣れた手つきでカップを持つFALさんはたっぷりと豆の香りを楽しんでから一口飲み、味わいを楽しんでからカップを置いた。

 

「それで、どうしてまた私たちの仕事なんて見たいと思ったの?」

「実は、エコーさんから“アフターグロウ”に誘われてるんです。けど私、グリフィンに戻ればいいのか自律人形に戻ればいいのか、どうしていいのかわからなくって……何も決まらないんです。

 だから、他のみんなはどうやって選んだんだろうって思って……」

「……“アフターグロウ”への参加理由ね。私もそれなりに長いけど、いろんな子が居るわよ。

 あなたみたいに帰る場所を失ったはぐれだったり、普通にグリフィン経由でIOP社に製造を依頼した人形だったり、募集広告を見て参加を申し込んできた人形だったりね。でもあなたが知りたいのは彼女たちがどういう“経緯”で参加したか、じゃなくてどのような“理由”で参加を決めたかでしょう?」

「はい」

「だったらここより向こうの基地に行きましょう。思い立ったが、というモノよ。私たちのシフト終わりは午後1時だから……あと1時間30分ね。

 全員が今から集結して報告を上げて、書類を纏めるとなると……あと向こうに連絡も入れないと。

 ……うん、行けそうね。G41、スコーピオンも呼んでおいて。今から1時間後にヴェネツィア・サンタ・ルチア駅正面ゲートに集合よ。あとコレはこの駅のレストランの昼食に使えるチケットよ。30ユーロまで使えるからそこそこお腹一杯になれるはずよ。二人分渡しておくからスコーピオンと食事でもして待っていてちょうだい。

 ああ、それとナンパされても断るように! あなたたちは少し幼い見た目とはいえイタリア男からすれば十分美人の範疇よ。子供からだろうと老人からだろうと、絶対にナンパには乗らないように。いいわね!」

「は、はい」

 

 なんだか知らないけど熱烈歓迎のムードみたいだ。FALさんは話を聞いて妙に楽しそうに会議室を飛び出していく。

 ……ほんの少しだけ見たいと思っただけだったのに、気づけば司令基地にご招待されてしまってるなんて。……私のことを本当に必要としてくれているのかな。

 ううん、まだわからない。だから知らなきゃいけない。あの人が私を必要としてくれているのか確かめないと。“アフターグロウ”の戦術人形があの人を選んだ理由を、知らないといけない。

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