きゃすたー(7mg)の雑多なネタ倉庫   作:きゃすたー(7mg)

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ISの最新分2

 アタシは今まで、世界ってのは青い世界だと思ってた。

 ミラノ大聖堂を見上げると目に飛び込んでくる青い空。アーケード街に差し込む太陽の光と青。雄大なアルプスに広がる青空と緑の山並み。ジェノヴァの海岸沿い、父の運転する車の助手席から見た蒼穹と蒼海と、その狭間に聳える白磁の家々。

 

「あら、どうしたのロビンちゃん?」

 

 赤い世界、というものが存在する。そう、まさに今さっき初めて知った。灼熱のマグマが火山口から弾けるように、グツグツと煮えたぎる麻婆豆腐。料理と呼ぶのもおこがましい真っ赤なナニカとなったエビチリ。鶏肉に赤唐辛子を混ぜて炒めたような、名も知らぬ料理。

 から揚げはエビチリのソースをまんべんなくくぐらせ、餃子はラー油たっぷりのタレに浸されている。そして唯一希望を持って目を向けた主食は……赤い赤い血のような麻婆豆腐の海に浮かんだ炒飯だった。

 

「まさか、お腹減ってるんじゃないでしょうね? イケナイわ。それはとてもイケナイわ! 技術者の資本は身体なのよ。いついかなる時にもスペックを落とすことがあってはならないのよ。健康的な食事と十分な休息を摂らないと、満足の行く結果を生み出すことはできないわ」

「いえ、朝食は食べましたので……大丈夫です」

 

 朝からこの赤い地平(テーブル)に挑む気は無い。いや、別に昼でも夜でも挑む気にはならないのだけど。食べたら死にそうだから。

 

「ハカセ、ルー・ノワールの一件……答えが出たよ。アタシなりに、だけど」

「いいわ。聞かせて頂戴」

「まずアタシは強化プランとして第三世代機のパーツを寄せ集め、適した組み合わせを選んでルー・ノワールに組み込むことを考えたんだ。だけどそれじゃダメだった。第三世代機と第二世代機じゃそもそも規格が違いすぎて適合させるだけでも一苦労だし、維持費もバカにならなくてまともに動かせない。リッカやアルマも同意見だった」

「そうね。最も重要なのはベースとなっている機体にマッチするかどうか。そしてその機体を維持し続けられるかどうかだもの」

「うん。だから追加パーツでどうにかする方法も考えた。けどそれはあくまで外付けのパーツ頼みでしかないから、本体の素のスペックの向上とは言えない。それに外付けパーツを外さなきゃならなくなったら一気にジリ貧になってしまう。だからこの案は除外した」

「そうね。追加パーツはISの用途のあくまで一点を補うか、それに特化させるものだもの」

「もう一つ案を考えたんだ。多機種のISからパーツを取ってきてそれに手を加えてルー・ノワールに組み込むって方法なんだけど、そもそもIS自体がそう数があるわけじゃないから部品の生産数そのものが多くない。それにIS自体の部品なんてそう簡単に手に入るわけじゃないし、IS学園にあるものは予備で保存されているものとかもあって私たちが使いたいと言っても使わせるわけにはいかないものだからこの案はボツになった。それで、最後に思いついたのがコレです」

 

 ツナギのポケットに入れた一枚のルーズリーフ。簡単なものだけど、ルー・ノワールのスペックアップに必要な“モノ”を書き上げたリストだ。

 

「なるほど。ラファール・リヴァイヴ・カスタム……ルー・ノワールのベース機でもあるハイエンドモデル用の“特化パッケージ”ね」

「はい。高機動戦パッケージからはスラスターユニットと偏向ノズルを移設して機動力を確保します。砲戦パッケージから高性能の補助FCSとレーダーユニットを持ってきて索敵能力を向上させます。

 土木作業用パッケージは装甲が標準機よりも剛健ですし、エネルギー伝達用の回路など内部機構の部品に頑丈なものが多いので、強力な攻撃によるダメージを受けた際の性能低下や破損を抑えることができると思います。装甲はラファールもノワールも同じ装甲ですけど、私たちがカスタムしたノワールはフル装備の全身装甲型からいくらか装甲を外しているので、その部分の強化のために水中作業用パッケージから耐圧素材を取ってその部分に使用します」

「へぇ……もう少しかかるかと思っていたけど、案外やるじゃない」

 

 ……これは、もしかすると。いや、ここからダメだしを食らうことになるのは世の常だ。ハカセにはきっと他にもいろいろな方法が見えているだろう。そもそもの経験値から違うのだから、それくらいはされてもおかしくない。

 

「まあ、合格点というところかしら。持ってくるパーツは同企業の商品で一貫しているから適合性も高いし、本体と違って世にそれなりの数が出回っているパッケージから高性能のパーツを取って使用するから調達もしやすいし維持も容易。最初の三つの案よりもスマートでいいわ」

「やった!」

「けどこの必要なパッケージはどうするの? どこから調達するつもり? それにパーツを取った後のこのパッケージの後始末は? 調達するのも破棄するのもタダじゃないのよ?

 それにこの学園にあるパッケージから取るのだとしても、代替品が無ければ他の子の授業に差し支えるわよ?」

「っぐ……」

 

 そ、そうだった……! 高機動戦や砲戦はともかく、水中作業用や土木作業用なんて普通こんなトコに置いてたりしないヤツじゃないか!

 

「ハァ……まあそこまで考えてやれ、というほうが酷かしら。16歳でここまで考えられたなら十分としましょう。条件付で合格、かしら」

「よ、よかったぁ……」

「それで、調達できるかどうかは別として……全ての工程を順調にこなしたとして、開発期間は?」

「…………か、考えてなかった……です」

「でしょうねぇ。“これならイケる!”と思って真っ直ぐ飛んできたんでしょ?」

 

 まさに図星だ。リッカやアヤカが追加パッケージの話をしていてピンときた瞬間にメモを書き上げてG1優勝馬も真っ青な走りで駆け抜けてきた。

 

「フム……スラスターやFCSは交換と同期、再調整が必要だし。こっちのパーツの交換は素材の加工や成形も必要そうね。一番手が掛かるのは装甲の加工ね。人手がまず足りていないし、それに操縦者が着用してみてからのフィット感も大事だからさらに調整が必要そう。……私が想定したとして、あなたたちだけで行うなら三ヶ月は見るべきね。もちろん授業を一切受けずに行ったと仮定しての話だけど、授業はすっぽかせないからもっとかかるわね」

「……どのくらい?」

「多分9月半ばくらいまでかかるんじゃないかしら」

 

 つまり夏休みは全滅する。……なんてこった、これじゃミラノに帰省するどころかIS学園の工場区画に缶詰というわけだ。

 

「まあ気にしなくて大丈夫よ。これはあなたたちだけで行う場合のお話だもの」

「……学園から誰かが手伝ってくれるんですか?」

「いいえ。私たちが手伝うわ」

「そ、それってどういう……」

「もう少し先の話なのだけど、昨日渡した高機動ユニットのデータ取りに日先技研の私のチームがここに常駐するのよ。だから手が開いていたらノワールの改修プランを手伝ってあげるわ。

 けど最優先はあの高機動ユニットよ。打鉄やラファールなど各機種との比較データさえ取れれば、余ったユニットをあなたたちで使っていいわ。改修されて強化されたルー・ノワールは見たところ加速性能と機動性に長けた機体になるでしょうから、そこに更にあのブースターユニットがつけば……」

「うへぇ……バケモノ染みてる……!」

 

 これってアヤカですら制御しきれないんじゃないか。巡航速度でさえ音速なんて余裕で超えられるのがブースターユニットだ。最新鋭の戦闘機と同等の速度と航続力を持ち、ISのエネルギーシールドは少々の攻撃ではビクともしない堅牢さも併せ持っている。

 

 ハカセ、一体何を目指したらこんなバケモノが出来上がるんですか。

 

「ん、でもこの高機動ユニットって、日本の新型用なんでしょ? トライアルがあるんじゃないの? コレって公表してもいい情報なの?」

「ええ、構わないわ。存分に宣伝して頂戴。そのほうが倉持技研のケツに火がつくでしょうし。いい加減張り合ってくれないと楽しくないわ」

 

 つまり競合相手をその気にさせるために、あの時わざわざ私たちに喋ったのか。この調子だと他の生徒や教員にも聞こえるように喋っているんだろうなぁ。

 “私たちはもう機体作ったし追加装備も試験してるよ?”ってカンジで倉持技研を挑発しているわけだ。

 

「さて、残りをさっさと食べ終わったら見に行ってあげるわ。先に資料を用意しておいて頂戴。でないとノワールを前に一から十までその場で質問に答えさせるわよ。時は金なりってね」

「りょ、了解です!」

 

 ついにやった! これでノワールはもっと戦えるようになる! もっとあのアリーナの空を飛び回れるんだ!

 初めて出会った三人でルー・ノワールを作り上げただけでも嬉しいのに、私たちの作った機体がもっと先へと行ける可能性を見出せたことが何よりも嬉しい!

 

 

 

第二十八話 抗戦

 

「やったよ、やったんだ! やっと答えに辿り着いたー!」

 

 ピットの扉が開くなり、ロビンは歓喜の声を上げてリッカとアルマを抱き締め、最後に私を一際強く抱き締めて一部始終を話し始めた。

 

「なるほどね……追加パーツやパッケージから持ってくれば既存のIS本体のパーツを探さなくてもいいし、特化させるためのパッケージ装備だからそもそも性能が良いものだってことが保証されてるわけだ」

「それに適合させやすいのがもっと良い点。……スワヒリ語を一度英語に訳して更に日本語に変換するなんていう手間が要らない。簡略化されるのはハラショーと言う外に無い」

 

 リッカとアルマはロビンの解説に納得し、三人揃ってルー・ノワール……の基となったラファール・リヴァイヴの図面とにらめっこを始めた。正直言って私は蚊帳の外だ。シールドエネルギーの衝撃吸収効率の係数だのと話をされてもちんぷんかんぷんなわけである。

 そこに見た目30代、実年齢60代の祖母が白衣のポケットに手を突っ込んだまま現れた。腰ほどまである茶髪を揺らして、堂々と三人の前に立つと一言だけ告げた。

 

「今からは私がボスよ。いいわね?」

「は、ひゃい!」

「Д……Да!」

「了解っす!」

「じゃ、スペックカタログと回路図、あとノワールの現状での図面を見せなさい」

 

 タブレットや紙媒体になっているそれらを1ページずつめくりながら、祖母はいくつか質問をしては三人に答えさせて読み進めていく。見たところ現時点でのルー・ノワールに存在する“粗”を探して徹底的に潰していくつもりなのだろう。

 

「このPICの着地衝撃緩衝力場の設定をしたのは誰?」

「わた、私、です」

「アルマ、遊びが少なすぎるわ。どこの数字を弄ったの?」

「あ、あの、そこは……こ、ここの係数を……」

「そんなトコを弄れば遊びが少ないのは当たり前でしょう! PICの出力設定は初期化してやり直し! 左右のバランサーの出した数字を参照して自動補正がかけられるように組み上げなさい!」

 

 ……て、徹底的に……。

 

「なんなの、この回りくどい回路? ふざけてるの?」

「うっ」

「ロビン、イメージインターフェースの回路を一度全部取り外しなさい。あっちこっちと入り組んでいてスマートじゃない。それにこの腰の部分の情報処理ユニット一つで足りるとは思えない。機動戦や射撃戦となれば情報の処理量は確実に肥大化するわ」

「で、でもっ、コレ以上良いものが見つからなくって……」

「イメージインターフェースを情報処理ユニットを介してISコアに繋ぐのであればよりスマートで簡潔にすること。

 ISコアの役割の一部を担わせるのであれば高品質の情報処理ユニットを増設する、あるいはきっぱり諦めてISコアにイメージインターフェースを直結させなさい。分割するか、一元管理か、どちらかを選ぶこと! 伝達回路をゼロから見直しなさい!」

 

 ……徹底……。

 

「足首の関節部の磨耗が大きいわね。で、原因は判明してる?」

「……い、いえ……」

「リッカはアヤカと一緒にログを見直しなさい! アヤカのクセか何かがISに影響しているとなるとこれは重大なことよ! 使い手のクセが機体の寿命を縮めかねないのならそれは矯正しなきゃいけないの! わかるわね!?」

「す、すぐに行います!」

「ハイッ!」

 

 ああ、遂に来た。私もお叱りを受け、リッカと並んで原因究明に当たることになった。

 その後は終止無言で空気が流れていくばかりで、誰も口を開こうとしない。ひたすらに時間だけが過ぎていく。

 ピット内で三つの資料に向き合いながらひたすらに改善点を洗い出していく祖母。所々で質問が出てきてはお叱りが飛ぶの繰り返し。

 

 

「ふぅ、こんなものかしら。あー肩凝るわぁ……とりあえずリストアップしたから見て頂戴」

 

 一先ず、という具合でお祖母ちゃんは仕事を片付けたらしい。顔を上げた三人もこぞってそのノートに目を通していくが、次第に顔が青ざめていく様子はこちらにまで緊張を強いてくる。

 

「イメージインターフェースの回路図の全面見直し。PIC出力設定の再調整。スラスター周りの伝達回路の補強案。腕部アクチュエータの動作パターンの再設定と強化。FCSとレーダー、機体のバランサーと制御システムとの関連付けの強化。イメージインターフェース周りの全面改修。うわぁ……」

 

 本職の技術者ではない私でもわかる。これ、地獄のフルマラソンだ。“機体の中枢部を一切合財見直して再調整する”と言われているのと同じことだ。

 

「大丈夫よ。流石に実際の機体の全てをやれとは言わないわ。ちゃんとサポートメンバーだって用意するし、あなたたちができない範囲は私たちが手を貸す。

 IS学園の生徒とはいえ、一年生にそこまでの力量を求めたりはしないわよ。あくまでこの子たちが触れる範囲は既存の組みあがった部品を弄ったり調整したり、つけたり外したりするくらいなものだもの。製造、加工といったハード面の労働作業や、各所のパーツやユニットの関連付けと連携強化、調整みたいによりデリケートなソフト面は私たちでする。

 今このノートに挙げたのは改修に入る前の下地作りよ。まずはルー・ノワールから雑なものを全て取り払って洗練させ、中身を純化させるの。そうすれば機体の改修や手を加えられる幅が広がる。つまり今は部屋を整理整頓して、新しい家具が置けるスペースを広げているところみたいなものね」

 

 部屋の整理整頓どころか年越しの大掃除ぐらいの勢いで中身を洗いざらい整理しちゃってるような気がするんだけど。

 

「ま、一先ずはこんなものね。私たちのチームが揃うのは三週間後だから、それまでに一通り先ほど挙げた部分のプランを出しておいて頂戴。メールで送ってくれれば私たちで精査するから心配しないでいいわ」

 

 パキパキと肩を解すように伸びをして、お祖母ちゃんは腰掛けていたパイプ椅子から立ち上がって壁に備え付けられた大型モニターのリモコンを手にする。

 

「じゃ、そろそろ向こうの対戦を観戦しましょっか。データ収集を怠るなんて許さないわよ。きっちり相手の情報を集めておきなさい」

 

 画面に映し出される白と黒。太刀を手に正眼の構えで迎え撃つ織斑一夏と、二振りの青龍刀を手に攻め寄せる凰鈴音。袈裟懸けの一閃を繰り出した鈴の甲龍(シェンロン)が一夏の守りを打ち崩して押し退ける――次の瞬間、閃光が二人の間に割って入った。

 

「……ビーム兵器? 遠隔操作できる武装がティアーズ以外に……?」

「え? なに? リッカ、これどうなってんの?」

「……私もわかんないよ。アルマは?」

「知らない」

 

 映し出されている画面外から突然降り注いだ光の雨。咄嗟に剣で打ち払うように防いだ一夏と、手堅く回避してみせる鈴。二人が並び立って、空を見上げる様子が映し出される。

 

「……なに……これ……お、おばあちゃん、これ……」

 

 映し出されたのは異形。機体のカラーは深いグレーを基調にした“全身装甲(フルスキン)”のインフィニットストラトスだ。頭はまるで某ロボットの兵隊みたいに歪で、センサーらしきものが見て取れる。腕は砲口らしいものがいくつか見えるが、他に武装らしいものは所持していない。……見せていないだけなのかもしれないけど。

 

「――既存のどのISとも違う。そもそもフルスキン自体が主流じゃない。第三世代にしてもかなり大きい……2メートルを軽く超えてる……?

 武装は一つ? だとしてもあのビーム兵器は外部からアリーナのエネルギーシールドを軽く貫通したということに――」

「な、なあハカセ!? これ、なんなんだよ! 何かのイベントか!?」

 

 異形のISを観察していると突如モニターが暗転する。お祖母ちゃんがリモコンを押しても反応は無い。仕方なくコンソールのモニターに表示しようにもコンソールすら反応が無い。

 コンソールはアリーナのサーバーに繋がっているはず。使えないということはつまり私たちが居る第6アリーナのシステムがダウンしているということ。

 

「――まさか、テロ?」

 

 シャットダウンされたシステム。謎のISの乱入。そしてあのアリーナには大勢の生徒たちが詰め寄せていて満員御礼状態だ。

 私の言葉に「そんなまさか」という顔をする三人娘。ただお祖母ちゃんだけは静かに黙したまま、タブレットを片手にアリーナでの戦闘を見続けていた。

 っ、いつまでもこうしちゃ居られない!

 

「先生! 織斑先生っ! 聞こえますか!」

 

 咄嗟に取り出したのはスマートホン。IS学園内部のシステムが落ちているかもしれないというのなら、“12G”を謳う外部の最新の機器で――!

 

『彩夏か! 無事なんだな!?』

「はい、お祖母ちゃんもリッカたちも居ます! 何が起こってるんですか!?」

『状況の仔細は不明だ。わかっていることはIS学園のシステムが何らかの電子的攻撃によってシャットダウンされ、一部のシステムが何者かに乗っ取られていることだ!

 オマケにあのアンノウン……認めたくはないがまんまとテロリストの思惑通りに決まったということかもしれん。アリーナ内の戦闘が全チャンネルで配信されている上にアリーナ内の生徒たちは人質同然の状態だ』

 

 スピーカーから放たれる驚愕の事実に三人が息を飲む。それはそうだ……この三人は私のように戦場を経験したことなんてないんだから。

 とはいえ現状では情報が少なすぎる! 相手は未だ何の声明も発しておらず、IS学園の生徒を人質に取ったままの状態だ。

 

「織斑先生は今どこにおられますか?」

『私は中央管制室だ。……循環システムまで止められていてな……ヘタをすればこの地下施設は巨大な棺桶になる可能性すらある。

 せめてこの施設は地下6フィートくらいにしておくんだったな。くくっ、そうすれば地面を掘り起こして這い上がれるのだが』

「冗談でも怒りますよ! そんなのゾンビ映画だけにしてください!」

『……そうだな。辛うじて予備電源でタブレット端末やノートPCを使って状況を把握しているが、如何せん学園全体のシステムを落とされているのが痛いところだ。このままでは日本国防軍はおろか国連軍の太平洋戦隊にも連絡が取れないままだ』

 

 ……八方手詰まり、ということか。どうすれば国連軍や国防軍に連絡をつけられる? 電子的に掌握された状態では通信さえ届かない可能性があるし、狼煙なんて上げたところでせいぜいボヤに見える程度だ。

 けどこれだけ派手に情報を封鎖しておきながら、何故アリーナ内の戦闘を全国に放映し続けているんだろう? 遅いか早いかの違いだけど、いずれ日本国防軍や国連もこの事態に気づくはず。何かしらの意図があってアリーナ内を映し出している……?

 気づくとしてもその時点からじゃ遅すぎる。可及的速やかに連絡をつける方法が無いと、あちらの思う壺でしかない。

 

「千冬ちゃん、国連軍の太平洋戦隊に連絡がとれればいいのね?」

『博士? ええ、そうです。IS学園は所属こそ独立したものですが、国連傘下のIS委員会の発案で、国連の承認の下に建設された施設です。なので有事の際は国連もしくは所在地の国家に応援を要請するのが手順となっています』

「……わかったわ。私から国連軍に連絡をつけるわ」

『……は? しかし、どうやって』

「私にもツテがあるのよ。――死んでも頼りたくないヤツだけど、私の孫や多くの若い命を危険に晒すくらいなら、土下座してでも呼び出してみせるわ」

『……お願いします。土下座するなら私の名前も使ってください。ブリュンヒルデの貴重な土下座シーンが見れる、とでも謳ってくだされば』

「くくっ、通用するかは別としてありがたく使わせてもらうわ。それでそっちはどうにかできそうなの?」

『現在ダウンしたシステムの復旧にあたっています。それと同時進行で地上への通路を物理的に開放して進んでいます。……いくつもある隔壁の油圧を人力で一つずつ解除しているので、しばらくかかります』

「了解。連絡をつけたら外部からそちらを解放できるか試してみるわ。それじゃ幸運を」

『博士もお気をつけて。それと彩夏、柊、アルマ、ロベルタ、お前達はちゃんと博士の指示に従うんだぞ。危険なマネはせずに、大人しく指示に従って――』

「あーはいはいお説教は後! そっちの心配していなさい千冬“お嬢ちゃん”!」

 

 無情に押される通話ボタン。ツーツーという切断音が空しく響く中で、お祖母ちゃんはスマホを私に投げ渡して言う。

 

「……それじゃルー・ノワールを起動させてちょうだい。スタンバイモードで、可能な限り出力を落として、ね」

「リッカ、お願い」

「う、うん。で、でも本当に動かすんですか? もし見つかったら……」

「そのためのスタンバイモードよ。ISは膨大なエネルギーをコアに備えているけど、そのほとんどは戦闘時に解放されるものなの。つまり戦闘状態(アクティヴ)ではなく待機状態(スタンバイ)ならエネルギー反応を極限まで小さくしつつ即応できる状態を維持できるの。

 タブレットのモニターで映像が受信できるということはジャミングなどの通信封鎖自体は行われていない。あくまで学園のシステムとネットワークをダウンさせて擬似的に孤立させている状態ね。アリーナ、中央管制室、IS保管格納庫とを分断して、増援がすぐに出せない状態にすることこそあちらの狙いというわけよ」

「更に言えば映像配信自体にも何らかの意図がある。だからジャミングが行われていない……だよね」

「んー、さすが我が孫! いいところに目をつけるわね! 理解できたところで、反撃開始と行きましょうか!」

 

 その場で手早くISスーツに着替えてルー・ノワールに搭乗すると、リッカたちがタブレットを使って機体にアクセスして起動シークエンスを進めていく。

 

「リッカ、起動シークエンス開始」

「了解。アルマはそのままメインシステムのチェック開始。ロビン、機体各所のネットワークの応答は?」

「良好だよ。エネルギーは満タン、武装は各種揃ってる。シグナルもきっちり返ってきた」

「オッケー。バイタルサインは正常、搭乗者保護システムも問題なし」

「メインシステムチェック終了。アヤカ、起動権限を移譲するよ」

「……よし……ルー・ノワール、スタンバイモード起動」

 

 ヴン、と小さく脈動するようにルー・ノワールが目覚める。さながら眠りから覚めた猛獣がゆったりと起き上がるようにして、ルー・ノワールのメインシステムが起動する。

 

「量子通信、立体投影モード」

「ここに接続して頂戴。繋がったらすぐに私に代わって」

 

 スマートホンのカバーの裏から取り出された一枚のメモ。色あせてくたびれて、擦り切れそうになったそれをゆっくりと開いた祖母から受け取って読み上げる。

 

「接続先指定。コード……ってキリル文字!? えーっ、えーと……あ、アルマ助けて!」

「……んと、“目から遠くなると心に近くなる”だって」

「コード指定……“目から遠くなると心に近くなる”……接続開始」

 

 一秒、二秒、三秒と時間が過ぎる。十秒が過ぎ、二十秒が過ぎる。……待てども応答は無い。祖母は苦々しい表情で待ち続け、時々遠くに目をやったりして落ち着かない様子だ。

 

「……繋がらない……かも?」

「お祖母ちゃん、このコードって更新されていたりとかは……?」

「――“これだけは変わらない”って言ってたわ」

 

 きっぱりと断言するのはよほど信用の置ける相手ということなのだろうか。……死んでも頼りたくないって言ってたけど、かなり親しい相手だったのかも。

 それでも時間だけは過ぎていく。遠くで響く戦闘らしい音。建物が崩れるような轟音。開かない扉の向こうで状況は刻一刻と悪化している。

 ハァ、と祖母がため息をつく。遠く空の彼方を見るように天を仰ぎ、普段の祖母からは考えられないほど弱弱しい声が漏れ聞こえる。

 

「…………やっぱり、もう……ダメなのかもね……今更……こんな都合のいいこと――」

『――ああ、もう今度は何だ? 一体誰だ?』

 

 不意に漆黒のままだった立体投影画面に一人の女性……少女の顔が映し出される。瞼が半開きの瞳、フリルとレースの、極めて薄いベビードール一枚に身を包んだ……銀髪に深いアメジストのような瞳の小学生程度の幼い少女がイライラとした様子で言う。

 

『連絡をくれたことは嬉しいことだが、勤務終了からものの1時間しか寝ていないというのに……それでキミは一体誰だね? このコードを知っているのは二人だけのはずなのだが』

「――――久しぶり」

『……ほう、これはまた……久しぶりだな。壮健のようで何よりだ』

「単刀直入に言うわ。IS学園がテロリストの攻撃を受けてるの。システムが乗っ取られて国連本部にもIS委員会にも、日本国国防省にすら連絡がつかないの。今すぐ国連軍太平洋戦隊の援軍を送ってちょうだい。そして日本国国防省へ連絡して、国防軍のIS部隊を派遣させて。以上。はい、さっさと回線切ってちょうだい」

『おい待て、待て待て! 四十年ぶりにいきなり連絡を寄越したかと思えば用件だけとはどういうつもりだ』

「――どうもこうもないわ。ただ有効な手段がこれしか無いから使った。それだけのことだもの。切っていいわよ」

「い、いいの? おばあちゃん」

『――“おばあちゃん”だと? すると、キミは麗香の?』

「あ、はい。孫の彩夏です……」

「ちょっ、余計なこと言わないで切って! コイツに余計な情報与えちゃダメよ!」

『孫――は、ははっ! そうか……ああ、そうか……四十年だものな……』

 

 画面の向こうの少女……のように見える彼女は先ほどまでのイライラぶりが嘘のように笑って言う。

 

『麗香、顔くらい見せてくれないか』

「…………カメラに繋いで」

「う、うん」

 

 画面の彼女もお祖母ちゃんの映像を見たのだろう。関心そうに声を上げて言う。懐かしそうに笑い、悲しそうな声でお祖母ちゃんに声をかける。

 

『…………もう、お前も年寄りなのだな』

「……そっちこそ。私より年上のクセに」

『なあ! なあ、麗香……お前はっ……お前は、幸せになれたかい?』

 

 上ずった声。目尻に伝う雫を拭い、目の前の映像に映る少女のような老人は微笑みを浮かべて祖母に問いかける。

 

「ええ。今もそうよ」

『――――そう。そうか……それは何よりだ。決して、失くすんじゃないぞ』

「……言われなくたって」

 

 最初の無音とは違う沈黙。お互いに何も言葉を発しないまま時間が過ぎようとしたとき、画面の向こうの彼女が口を開いた。

 

『援軍要請に関しては了解した。日本国国防省にもISを出すように打診しておく。我々も本部へ打電した後すぐにそちらに向かう。現在地からならブースターユニットで20分というところだ。おそらく日本国軍のIS部隊なら10分内で到着するだろう。それまで持ちこたえるんだ。いいな?』

「ええ、なんとか……って、向かうってどういう……」

『麗香、お前は運がいい。あの時もそうだし、今回もそうだ。太平洋戦隊は“私の”指揮下だからな。……よし、私もISで出るぞ!』

「ちょっと! どういうつもりなのよ!?」

『決まっているだろう! IS学園の救援に向かうついでにお前の孫の顔も見るためだ! ミーシャ! ブースターユニットの準備だ! 40秒で支度しろ!』

「ハアッ!? ふざけんじゃないわよ! アンタみたいなクズに孫を合わせるわけがないでしょ! 今回連絡を取ったのだって仕方なくなんだからね!」

『なんだ麗香、別に会ったっていいだろうに。お前に似て可愛いらしい顔じゃないか。このまま成長すればきっと美人だぞ! 五年後が楽しみだ!』

「ケッ、さっさとくたばりなさいよウォーモンガー! アンタみたいなクズで最低なクソアマから、もし彩夏が影響受けたら死んでも死に切れないのよ!

 だからさっさと今すぐくたばりやがれ。できなければマリアナ海溝にISごと沈んできなさい!」

 

 祖母の口から飛び出す罵倒の嵐に三人も若干引いてるらしい。一通り言いたいことを吐き出した祖母はタブレットから遠隔操作して回線を切って叫ぶ。

 

「あんのファッキンビッチ!」

 

 まるで子供のように地団駄を踏む祖母だったが、ぜえぜえと肩で息をするようになって落ち着いたのか、すぐに落ち着いた口調で話し始める。

 

「……今のところ私たちが見つかった様子は無いわね。タブレットで見た限りだけど第6アリーナはシステムがシャットダウンされているだけで、掌握されているわけではなさそう。

 となると向こうが掌握しているのは試合が行われていた第2アリーナ、それと中央管制室、加えてIS保管庫の三つということ。

 ……三人とも手を貸してちょうだい。アリーナのシステムを再稼動させて、外部から中央管制室にアクセスできないか試してみるわ」

 

 こうなると私の出番は無い。残念なことにシステムやらプログラム関係はからっきしだ。出来ることといえばフル装備で待機状態を維持し、周囲の索敵や警戒を行うくらいだ。

 

「ハカセ、こっちは準備できたぜ」

「私もオーケー」

「いつでも」

「……よし、三人はコンソールのポートからアクセスを試みて。私は中央管制室のシステムに裏側から当たるわ」

 

 三人も私も何のことやらさっぱりだ。揃って首をかしげていると、祖母はフッと笑って工具を手に手近な扉の認証システムに近づく。

 

「ふんっ!」

 

 バリン、と無惨に叩き壊される認証システム。砕かれたパネルの奥に手を入れ、ペンライトで照らしながらお目当てのものを引っ張り出した祖母は不敵に笑って言う。

 

「情報のやりとりをするのは、何もコンソールだけじゃないでしょ?」

 

 むき出しになったケーブルに手際よくコネクタを取り付けた祖母はタブレットを手にしたまま壁に背を預けて作業を始めた。リッカたちはアルマが操作するノートPCに食い入るように向かい合っている。

 

「……やはりそう簡単に復旧できそうもないか。どうあっても解除させたくないみたいね」

「博士、そっちにも?」

「ええ。ご丁寧に防壁が10枚。骨が折れるわね……っと、一つ減ったわ。千冬ちゃんたちも仕掛けてるみたいね。アリーナのシステムが復旧できれば中央管制室にも手出しがしやすくなるから、できるだけ急いでちょうだい」

「しっかし、まさかIS学園のシステムを私たちがクラックしなきゃならなくなるとはね……」

「ロビンちゃん、その表現は的確じゃないわ。私たちはIS学園のシステムを“奪還”するの。いい?」

「りょ、了解……」

 

 カタカタとキーを打つ音とぶつぶつと呟くように小さな声で相談する声だけがピット内を支配する。ただひたすらに目の前の問題に対処する彼女達の眼は真剣そのものだ。もはやここが危険地帯であることなど忘れているようにさえ思える。

 周辺に熱源やISの反応は今のところ無い。アリーナのピットとはいえ、隔壁で閉鎖されている状態では外の状況はわかりづらいものだけど、ISの索敵機能を使用するわけにはいかない。レーダー波や熱量の増大反応で気づかれる可能性は捨てきれない。それにお祖母ちゃんたちがアクセスしていることに感づかれた場合に咄嗟に守れるのは私だけだ。

 

「――死ぬわけには、いかない」

 

 死ねない。死にたくない。あの日全てを失った無力な自分に戻りたくなんかない。私には今この手に守れるだけの力がある。

 ……だけど、あの時もそうだった。守れるだけの力を持ちながら、何も守れないままだった。あの時と同じで……私には、何もできないかもしれない……。

 

「ハァ……フーッ……」

「……こっちは防壁の三枚目にかかったわ。そっちは?」

「今迂回ルートを探してます……アルマ、そこ。そこのプログラムを破って抜けられる」

 

 守れない、こんな考え方では何も守れないぞ彩夏! 手を震えさせてる場合なんかじゃないのに! 足が動かないなんて言い訳はもううんざりだ!

 動けなきゃみんな死ぬんだ! ここで動かないとまたあの日を繰り返すだけだ!

 

「……でも…………でもっ……!」

「ああ、くそっ。なんなのこのロジック。こんなのどうすれば……!」

「これは……ヴォイニッチ手稿だぜリッカ。少なくともデタラメじゃない。暗号なのは確かだ」

 

 指先が震える。あの赤い雨の持つ人肌の温もりが蘇る。少年兵の心臓に突き立てたツルハシの食い込む感触。噴き出す鮮血と光を失っていく瞳。私と同じか、少し年下くらいのあの子が死の恐怖に顔を歪めた、あの表情が――!

 

「よし、来た! ナイスだ、アルマ!」

「――っ」

「博士、防壁を迂回してシステム中枢にアクセスしました!」

「でかしたわ! そのまま管制システムをノワールとリンクさせて中央管制室の防壁を突破するわ。ノワールの演算能力の補助があればかなり手早く主導権を奪える!」

「アヤカ、承認を――――アヤカ?」

「……あ、うん。ゴメン、リッカ。承認……ネットワーク構築」

 

 モニターにシステムの起動画面が映し出される。流れていくログが数秒過ぎ去ったあと、ログイン画面がそこに――

 

『いやー! お疲れ様! どうだったかなー? ケッコー難しいヤツ用意したつもりだったんだけどなー?』

 

 そこ映し出されたのはデフォルメされたウサギが人参を齧っているアイコンが一つ。いつもの見慣れたIS学園のロゴとログイン画面は影も形も無く、真っ黒の背景に可愛らしいウサギが映るだけだ。

 そして流れる音声がマシンボイスの不快な耳障りと共に続いていく。

 

『正直、突破できると思ってなかったんだけどさー。万一にはってカンジで備えてあったんだよね! まさか本当に突破しちゃうなんて思ってなかったよ!』

 

 陽気で、暢気で、あまりにも似つかわしくないテンション。

 

『でもさ、今邪魔されると……すっごい迷惑なんだ』

 

 それが突然に消えうせる。重く、低く、録音されていただろうメッセージであるにも関わらず感じられる“殺意”が私の背中を撫でるように駆け抜けていく。

 

『だから正解者にはステキな黄泉路一直線片道切符のプレゼント。せいぜい、足掻いてみなよバンピーども』

 

 ブツ、と音声が途切れると共に背中を走る悪寒が消えうせる。ぽつ、ぽつと滲み出た脂汗がISスーツを濡らすことも忘れ、すぐにノワールの起動状態を戦闘モードに切り替える。

 

「……なっ、なんなの! アヤカ!? 今起動なんてしたら……!」

「黙ってリッカ! お祖母ちゃん! みんな! 急いで避難して! 敵が来る!」

「敵……!? そう……! どうやら私たち、まんまと罠にハマッたみたいよ! 千冬ちゃん! 聞こえる!?」

『聞こえます、どうぞ』

「敵に感づかれたわ。私たちはすぐに避難する。姉さんに繋ぐから彼女の指示に従って! ちょっと! 聞こえる!?」

『そう叫ばんでも聞こえている。こちらはあと十分というところだ。間も無く国防軍のIS部隊が到着するだろう』

「私たちの存在が敵にバレたの。私たちは退避して織斑千冬に繋ぐから、そちらに指示を――」

 

「みんな伏せて!」

 

 じり、と隔壁が赤く染まる。並みのISの攻撃など弾くはずの隔壁から眩い光が漏れ出すよりも一瞬早く割り込み、ノワールの拡張領域から大型のタワーシールドを二枚両手に持って立ちふさがる。

 

「ぐっ、ううぅぅっ!」

 

 じわりじわりと盾が軋みを上げ、縁の部分から溶解して形を失っていく。分厚いタワーシールドでコレだというのなら、直撃を受けたりしたら――

 

「フーッ……フーッ……!」

 

 光の奔流が消え去る。どうにか耐え抜いたシールドだけど、原型を失うほどに歪み、溶け落ちた素材がノワールの脚部を濡らしていく。

 ヘッドギアを展開。防護能力を最大に。ライフルと小型シールドを展開。スラスター出力最大に。

 

「このおおぉぉっ!」

 

 姿を現した敵機、向こうのアリーナにも現れたものと同型のソレに向かって盾を壁代わりに瞬時加速し、体当たりでアリーナ内へと押し戻す。

 突き抜ける青い空。夏を目前にした強い日差しの差し込むアリーナに落ちる影が二つ。

 

『アヤカ! 聞こえるか!?』

「…………あ、ぅ……」

『おい、アヤカ! 聞こえないのか!?』

「せ、ん、せい……敵は……敵は……っ!」

 

 巨大な両腕と歪な頭部センサーの、全身装甲のインフィニットストラトス。今織斑一夏と凰鈴音が戦っているだろう同型機。一撃でアリーナのシールドを貫通し、ピットとアリーナを隔てる隔壁を容易く溶解させた、ビーム兵器を所持するインフィニットストラトス。

 

「敵はっ……! 三機です!」

 

 その六つの砲口が、私に絶望を押し付けてくる。

 

 

 

第二十九話 破壊の雨

 

 

 三機、と聞いた瞬間に全身が総毛立つ。ざわ、と脳裏を過る最悪の事態。あの過剰とも思える出力のビームに焼かれ、見るも無惨な焼死体となったあの子の姿が――

 

「よく聞けアヤカ! IS学園内に逃げ込め!」

『ぐっ! そう、は、言った、って!』

 

 音声から聞こえる彩夏の声は形振り構わずという様子で、既に交戦状態なのは明白だ。となれば私がどこまで責任を負う覚悟があるかで、彩夏の生死が決まる。

 

「校舎、アリーナ、銅像でもなんでも構わない! 遮蔽物を利用して逃げ続けろ! 逃げ回れば死にはしない!

 最悪の場合は海の中へ逃げ込め! こちらも動きは鈍るが相手のビーム兵器は熱量を拡散されて使い物にならなくなる! 盾になるものならなんでも使え! 格納庫にある練習用のISでも、武器庫の装備でもなんでもだ! 生き残ることを考えろ!」

『っ……りょう、かい!』

 

 援軍は、援軍はまだなのか!? 3対1なんて無謀なマネを一介の生徒にさせるなど!

 

「こちらIS学園、織斑千冬だ。国連軍太平洋戦隊、ナタリヤ・ロマノフスカヤ大佐で間違いないか?」

『良好だ織斑千冬。いかにも私がナタリヤ・ロマノフスカヤだ』

 

 モニターに映るのはISを身に纏った少女……あいつを思い出す容姿だが、態度や纏う雰囲気は子供のソレとは比べ物にならない。

 

『現在我々はブースターユニットでそちらへ向かっている。また日本国の統合軍第二IS分隊も向かっている。繋ぐぞ』

『こちら日本国国防統合軍第二IS分隊隊長、篠崎成美大尉です。……予想していたよりもお若いのですね、大佐殿』

『見た目だけだぞ大尉。こう見えて年寄りでな』

 

 隣り合って映し出されたのは妙齢の、ショートカットの黒髪の目つきの鋭い女兵士。使用しているのは打鉄の統合軍仕様らしく、ライフルと実体のシールド、それに腰にはサブアームで重火器が装備されている。

 

『大尉、現在我々はあと八分でIS学園上空に到着する。そちらはどうだ?』

『こちらは約三十秒でIS学園の圏内です。既に交戦を確認しています。敵の兵装などに関しての情報はありますか?』

「こちらはIS学園の織斑千冬だ。敵は全身装甲(フルスキン)タイプのアンノウン。一機は第二アリーナ内で一年生の織斑一夏と凰鈴音と交戦中。残り三機はIS学園内で一年生の北條彩夏が先ほど交戦状態に入った。

 敵の主たる兵装は光学兵器だが、威力は桁違いだ。アリーナのシールドを紙切れのように破り、バターを溶かすように隔壁をブチ抜いてしまうレベルだ」

『ほう、厄介そうだ』

『厄介なんてレベルではないかと。少なくとも、隔壁を容易く貫通するなど威力が過剰すぎます。ヒトに対してもISに対しても。…………覚悟を決めたほうがよさそうですね』

『お若いの、軽々しく命を捨てるなよ。八分持ちこたえれば我々も参戦する。

 戦闘中に合流することになる。子供たちは支援に貫徹させろ。前に出て傷つくのは私たちのような年を食った大人だけでいい』

『了解です大佐殿。各機、聞いたとおりだ。荒川、松坂の二人は第二アリーナへ! 私と黒田は学園内で交戦中の生徒と合流する! 敵は過剰とも言える火力だ! 回避と防御を重視し、連携を崩さずに立ち回れ!

 ……大佐殿、織斑女史、後をお願いします。……全機突入!』

 

 これで現状で切れる札は全て切った。彼女達があのイレギュラーを排除してくれればいいが、もし万一があって撃破できなかったとなれば……覚悟を決めなければいけない。

 

「山田先生、ISスーツの用意を――二人分頼む」

 

 

 

「こっ……んのぉっ!」

 

 機体がぎし、ぎし、と悲鳴を上げる。目前に迫った一発目をサイドブースターを最大で回避。二射目が来るよりも早く両手にアサルトライフルを展開し、ターゲットをロックもせずに見越しでフルオートでばら撒く。

 一射目がアリーナの観客席の一部を消し飛ばす様子に冷や汗が流れそうになるものの、その暇も無く二機目と三機目が撃ち込んでくる。回避マニューバとターン時の手足の遠心力とPICを駆使し、UFOのような急加速と急停止を繰り返して敵の攻撃をすり抜ける。

 

『よく聞けアヤカ! IS学園内に逃げ込め!』

「ぐっ! そう、は、言った、って!」

 

 ドンッ、ドンッとカラダに押し寄せる急激なGをPICとISスーツが緩和してくれるものの、敵が三手に分かれて三方向から攻めてくるお陰で息をつく暇も無い。

 遮蔽物の無いアリーナ。必然全ての攻撃に晒されることになるけど戦うしかない。私がやらなきゃ、やらなきゃ……みんな死んでしまう!

 

『生き残ることを考えろ!』

「っ……りょう、かい!」

 

 急停止をかけて即座にターンし、瞬時加速で距離を取る。IS学園内に逃げてもいいと言われたけれど、アリーナの搬入用通路の隔壁を破れる装備が無い。これじゃジワジワとなぶり殺しにされるだけだ!

 

「おばあちゃん! シェルターに退避したらアリーナの隔壁を開放して!」

『大丈夫なの!?』

「いいから!」

『……わかったわ。隔壁開放!』

 

 時間稼ぎにさえなればいい。最悪の場合はIS学園内に逃げることになるけど、少しでも増援が来るまで持ちこたえれればいい。

 アサルトライフルを格納し、両手にグレネードランチャーを装備。時限作動の状態で周囲に秒間5発の速度で弾頭をばら撒く。

 

「っ……!」

 

 その間にも敵の攻撃が押し寄せる。一機は上空から、二機目は地上に降り、三機目は追随して攻めて来る。上空から飛来する閃光をサイドブースターを吹かして回避。地上からの二射目をターンを駆使して機体を地上に向け、アリーナの地面に向かって瞬時加速して難を逃れる。

 そして追随する三機目の放ったビームが放たれる直前に左手に展開したバックラーをフリスビーの要領で投げつけて妨害する。

 狼が駆け出すと同時に、地上でEMPとスモークグレネードが時限信管を作動させて爆発し、センサーを一時的に不能にする。その一瞬の硬直を突いて、ターンを加えた連続での瞬時加速で一気に搬入用通路に滑り込む。

 

「隔壁を落として!」

『隔壁閉鎖!』

 

 メインの隔壁が落とされ、次いで緊急時用の隔壁が閉じられる。確認するまでもなく、振り返ることなく機体を浮き上がらせてIS学園内に向かって狭い通路内をルー・ノワールで飛翔する。

 

『緊急時用の隔壁を落としたわ。これで少しだけなら――』

「……だめ、来るっ!」

 

 後方を見据えていたセンサーが熱源を察知する。隔壁の中心部からじわりじわりと熱センサーの表示が青から赤へ、そして白に変わって――

 

「うぁぁぁっ!」

『アヤカ! 逃げて!』

 

 咄嗟に展開したシールドでバイタルパートを庇うものの、シールドは三秒と持たず溶け落ちる。膨大な熱量に晒された表面装甲が歪み、エネルギーシールドを容易く突破した一撃に絶対防御が発動してエネルギーをガバガバと食らい尽くしていく。

 熱い。痛い。眩しい。そんな感情なんてどうでもいい。……死にたくない。まだ死にたくない! 私を生かしてくれた人たちのためにも、こんなところで死にたくない!

 

 約3.5秒。盾が受け止めた三秒を覗いた、たったコンマ5秒の照射だけで、死が背筋を這い回って私を呼ぶ。

 

 ヘッドギアの損傷を示すメッセージ。次の瞬間、ヘッドギアが強制解除されて、顔が外気に触れる。鼻をつく解けた金属の匂い。目にしたノワールの装甲は膨大なエネルギーに晒されて表面装甲が歪み始めていた。

 

「――ゃ、だ……やだ…………イヤ……!」

 

 溶け落ちた隔壁の向こうに敵が見える。こちらを覗き込み、見据え、銃口をこっちに向けて――新たに閉じられた隔壁に押し潰される。

 

『調子乗ってんじゃないわよガラクタがっ! アヤカ、予備隔壁を落としたわ! そのままIS学園内に逃げ込みなさい!』

「――っ、はいっ!」

 

 わき目も振らず瞬時加速。狭い通路を一直線に突破し、いつもの見慣れつつあるIS学園の校舎が目に飛び込み――全身に鳥肌が立つ。

 

「――回りこまれて」

 

 並び立つ二機のアンノウンが静かに、ゆっくりと砲口をこちらに向ける。…………いつもの思考が加速する感覚とは違う、絶対的な恐怖からくるスローモーションの感覚。背後から隔壁を素手で破ったもう一機がハイパーセンサーで見える視界に映り込む。

 後ろから狙われ、正面には二機、上下左右は壁。光が私を飲み込んで、全身の装甲が焼け爛れて絶対防御さえ突破される。ISスーツは燃え尽き、血液が沸騰し膨張して血管や眼球を破裂させ、肉も骨も膨大な熱量で炭化し、果ては灰と化して――

 

『そのまま突っ込め!』

「……っぁ……!」

 

 不意に脳を揺さぶるノイズ交じりの声。正面で待ち構えていた二体のアンノウンが突然横殴りの雨に晒されたように吹き飛び、爆炎と煙が立ち込める。

 脳が思考するよりも早く再度瞬時加速をかけ、煙と炎の中を突き抜けて上空へと飛び上がる。

 

『よくやったぞ! ちょっとヒヤリとしたけどな!』

 

 空に飛び上がると青い空が私を出迎える。どこからか聞こえた通信の主、打鉄の軍用モデルを操る統合軍の深緑の正式ISスーツを来た二人が私の左右を守るように高度を合わせて喋りかけてくる。

 二人の目はバイザーで隠されているが、その表情は笑みを浮かべている。

 

『いやー、学生だってのにヤるねキミ! センスあるし、是非将来はウチに来ないかい? それにその機体、全身装甲? ……珍しいね、是非スペックを見てみたいなぁ!』

『黒田の言うとおりだ。あそこで行動できる胆力は素晴らしいぞ。私は統合軍第二IS分隊隊長の篠崎成美大尉。後は任せて退避しているんだ。ここからは我々の仕事だ。黒田、気を抜くなよ』

『了解であります大尉殿! 私は黒田夏帆少尉。よろしくね、未来のIS操縦者(パイロット)さん』

「……私は、あっ、IS学園の」

『名前は聞いている。自己紹介はいい。こんなにボロボロになって……怖い思いをしただろうがもう大丈夫だ……あとは我々が相手をする。アリーナにも二機向かわせている。あちらが片付けばこちらに合流する予定だ』

「……気をつけてください! 敵は高出力の光学兵器で攻撃してきます! 私の機体は装甲が厚いほうじゃないとはいえ、一撃もらっただけでこの状態です。それに……くっ!」

 

 下方から迫る高熱源。センサーの捉えた反応から、短距離ならほんの一瞬で到達するだけの弾速を持つビームが掠めて過ぎ去っていく。

 

『北條さん! 大丈夫!?』

「……大丈夫です、黒田さん。どうやら……狙いは、私みたいですから」

『フム、となると……黒田は前衛だ。私が援護し、二体を牽制して抑える。一機をまず確実に仕留めるぞ。北條さん、貴女は敵に狙われた場合に備えて距離を取っておきなさい』

 

 あの三機のアンノウンをたった二機で相手取る? そんな無茶が通るはずがない。死ぬのは怖い……けど、ここでやらなきゃおばあちゃんやみんなだけじゃなくて、他のIS学園の生徒まで……!

 

「私は、元国防省情報部第三課のIS操縦者です! それに、織斑先生と山田先生の弟子です……!」

『――君の覚悟は買おう。しかし君は一介の民間人であり、かつIS学園の生徒だ。私たちが為すべきは敵の撃破であるように、君の為すべきは生き残って無事に家族や友人と対面すること!』

「わかっています……! わかってるんですっ! けど……っ! どこに逃げたって、アイツらは私を殺すつもりです! 他のヒトを巻き込むくらいなら、今ここでアイツらを落とさないと……!」

『……ダメだ、君が腕の立つ操縦者だろうと参戦は許さ――』

『なら、私が許可する。彩夏、銃を取れ』

 

 トーンを低くして、威圧的に言い放つ大尉の言葉を遮って先生の声が割り込んでくる。

 

『織斑女史、あなたは子どもを戦場に立たせるおつもりで?』

『いいや。彩夏が生き残るための最善を尽くしているだけだ。……いいか彩夏、利用できる“もの”なら“なんでも”使え。……たとえそれが――』

『チッ、ああ、わかりましたよ織斑女史。その先は言わなくて結構。……聞いたな黒田、我々()()でアレを落とすぞ。ついでに、次の飲み会は先輩持ちだそうだ』

『りょーかい、なるみん。酔いつぶれたらよろしく。先輩、預金残高は十分ですか?』

『――すまない……恩に着る。三人とも、必ず生きて戻れ――』

 

 打鉄の軍用モデルに乗る篠崎大尉はバイザーを解除し、私の前にその背中を晒して壁になると、黒田少尉は右手に汎用の61口径のブルパップ式のアサルトライフル、左手に50口径のサブマシンガンを手に周囲を警戒している。

 あの重装甲に通じるかはわからないけど、ブレード片手に近接戦を始めるようなことがないのは助かる。

 

『ここから先は三人で連携して攻めるぞ。……といっても、間に合わせ程度だが。北條さんはスナイパーライフルは装備しているか? それ以外には?』

「はい。H&KのAISスナイパーライフルです。48×145mmアンチマテリアル弾を秒間3発で撃てます。他には軽量のサブマシンガン一丁とアサルトライフルが一丁、グレネードランチャーが二丁で、EMPやECM、それにスモーク弾があります。……奥の手であれば、光学兵器も」

『了解。北條さんは距離を取って狙撃支援に徹してくれ。連携の合間を縫ってEMPやスモークで相手の行動を妨害するのはチームや同じ部隊の人間でなければ難しいからな。黒田、あまり攻め急ぐなよ』

『了解。援護お願いしますよ』

「了解です。射撃時にはこちらから通知します」

 

 大丈夫……うまくやれば三人で押さえ込める。国連軍の増援が来れば5対3、アリーナのほうが片付けば7対3だ。それまで被害を抑えるには敵の動きを見極め、連携を切り崩すしかない。

 そのために必要なのは……死なないこと。敵の攻撃を回避するか妨害することに専念して、反撃と牽制で時間を稼ぐことだ。

 

 死ぬのは怖い。誰かが死ぬのも怖い。だけど……私はもう一度ISに乗るって決めたはずだ。だったらここで諦めるわけにはいかない! 私を助けてくれた人たちのために、今はやるべきことをやるだけだ!

 

 

 

「うおおおおおォォォォォァァァァッ!」

 

 雪片弐型の刃が光を放ち、シールドエネルギーの膜を裂き、装甲を両断してすり抜ける。遂に……遂に、目の前の不細工な土偶のようなISが動きを止め、どさりとアリーナの地面に倒れこんだ。

 俺たちを狙ったこの無人の全身装甲型のISは、俺と鈴に加えて軍のIS二機が総がかりでやって、どうにか倒すことができた……みたいだ。

 

「ハァッ、ハァッ、くそっ、ハァ……」

 

 全身から汗が噴き出す。全身が気だるい。力が抜けて今すぐにでもベッドに飛び込みたい。

 

「……ぁっ、荒川さん!」

 

 ハッと脳裏に浮かんだのは黒髪の、肩口で切り揃えた綺麗な女性の顔。少したれ目で泣き黒子の印象的な、優しげな笑顔の軍人。この一撃を成功させるための最後の一手を務めたあのヒトは――

 

「――いち、か」

 

 左腕を焼かれ――

 

「ど、どうしようっ……どうしたらいいの!?」

 

 灰も残らず――

 

「ち、ちが、血がっ……! 止まらないの……! 血が、止まらないのっ……!」

 

 下半身を丸ごとあの閃光に抉り取られて――

 

「一夏っ! どうしたらいいの!? このままじゃっ、荒川さんがっ!」

 

 あの柔らかそうな唇を真っ赤に染めて――アリーナの大地に横たわっていた。

 荒川さんが臓物を曝け出し、空を見上げながら横たわる傍で、流れていく(いのち)を必死で繋ぎとめようとする幼馴染が居た。荒川さんの命で染まった鈴の赤い手。白い布を零れ落ちる涙と血で染めながら、鈴はISの通信を使って救助を呼びかける。

 

「ゲホッ、ア、あぁ……け、ケガ、は……ない……?」

 

 喋るたびに口の端から赤が零れる。穏やかな瞳で、鈴を、俺を見る目は彼女の命の火を感じさせる。死にそうになっているのに、それなのに、どうして俺たちを気遣えるんだろう。

 

「ッ、カ……つ、ぁ、な、成美……きこ、える?」

『ぐうあっ! ど、どうしたっ荒川!? クソッ、黒田! 上から来るぞ! 一度仕切りなおせ! 北條さんに近寄らせるな!』

「……り、涼は……ゲホッ、ごぶっ……せ、戦死……したわ」

『ッちぃっ! 一機抜けたぞ、北條さん! すぐに逃げろ! それでお前はどうなんだ!?』

「ゴメン、ね…………わ、たしも、さ、き――に――」

『すまない――ありがとう、二人とも……』

 

 荒川さんが命がけで繋いだ先、焦燥に駆られたこの声の主は外で戦っているという仲間なのだろう。

 消えていく。命が、溶け落ちて消えていく。やさしく励ましてくれた。心折れそうなときに奮い立たせてくれた。俺たちを……守ってくれた。一人の人の命が、その瞳から消えうせていった。

 

『ぃっ、ぎぃやああぁぁぁぁっ!』

 

 ぞく、と背中を走る悪寒。甲高い、誰か、もっと身近に居た、知っている“声”――!

 

「――いまの、アヤカ……?」

 

 鈴の呟きが、どこか遠くで聞こえた気がした。

 

 

 

『各機散開! 射撃戦用意! 絶対に動きを止めるなよ!』

 

 篠崎大尉の号令が通信越しに響く。直後、熱源反応のアラートが鳴り響き、三手に分かれた私たちをそれぞれ青いビームの軌跡が襲う。黒田少尉は一度目のブーストで回避してすぐに二度目のブーストで機体を地面に向けてターンさせ、敵に向かって果敢に接近する。対照的に篠崎大尉はPICを巧みに操って機体の動きを最小限に抑え、すり抜けるように敵へ向かって瞬時加速をかける。

 先行する形で前に出た篠崎大尉の打鉄がサブアームで保持したグレネードキャノンを放つ。と、同時に後方に居たはずの黒田少尉が瞬時加速で大尉を追い越し、脚部の小型ミサイルランチャーを放つ。

 

『持っていけっ!』

 

 容易く回避される――そのはずだったグレネードキャノンは命中する直前に爆発する。弾頭の割りに小さな爆発。しかしその煙は炎の量に対して膨大で、学園のアリーナの半分は埋め尽くすだろう。

 周囲にばらまかれたスモークの中に黒田少尉が放った追撃のミサイルが突っ込んでいく。ドドンッと煙の向こうで響く爆発音。そしてその煙幕を突き抜けて――傷一つ無い敵機が知覚することも難しい速度で次々と二人に迫る。

 

『っとぉ! なんっ、つー装甲、だよ!』

『やはり一筋縄ではいかないな! ……一機回り込んだぞ! やはり北條さんが狙いか!』

 

 視線を地上に向けるとそこには一機のインフィニットストラトス。歪な形状のそいつが、瞬時加速で地上から一気に私の居る高度まで駆け上ってくる。

 

「くっ、一対一なら、これくらいっ!」

 

 現行機とは比べ物にならない瞬時加速。そしてその勢いのままに繰り出される右ストレート。寸でのところでシールドを滑り込ませて受け流して後方にブーストし、すぐにシールドを格納してハンドガンを高速切替(ラピッドスイッチ)で取り出し、マガジンの弾丸を叩き込む。

 けれど相手が怯む様子が無い。普通なら銃を突きつけられれば何らかの動作をするものだというのに、相手にはソレが無い。よほど装甲に自信があるのか、或いは――

 

『黒田! 防げっ!』

『了解! ――っぐ、ぁぁぁぁっ!』

 

 黒田少尉が両肩の浮遊シールドを全面に構えて青い光を受け止める。なんで!? 避けられるはずなのに――

 

「射線が……!」

 

 レーダーに見える位置関係。脳内に描かれた機体の配置から読み取れた。読み取ってしまった。黒田さんが避ければその射線上に居るのは――私だ。

 それに気づいた篠崎大尉はやはり高い実力を持っている。そして同時に、敵もそれと同じだけか……或いはそれ以上のものを持っている可能性がある。

 

「ここで、足手まといになるわけにはっ」

 

 目前に迫る敵――レーダー上にアルファと仮称された敵機を振り切ることができない。使えるものなら使う……だったら、こうすればいい!

 

『北條さん!? やめろ! こちらに近づくんじゃない!』

「後ろに逃げられないなら……“前に”逃げればいい!」

『でも、やるしかないですよ大尉! 例え賭けだろうと!』

『チッ、お転婆どもめ! 援護はする。タイミングは好きにしろ!』

 

 連続での瞬時加速。そこにPICの制御を加えて機体を滑らせ、敵に狙いを定めさせない。今の私は敵――アルファに背を向けている状態だ。撃つには絶好のカモだ。だけど、予想通り撃ってこない。

 アルファと私を結ぶ一直線の先、射線上に敵――ベータとガンマが居て大尉たちと交戦しているから!

 

「当たってっ……!」

 

 右手に携えた対ISスナイパーライフル。レティクルに捉えた敵機に向かってトリガー。マズルから吐き出されたアンチマテリアル弾が飛翔し、ベータとガンマの頭部に吸い込まれるように命中する。

 僅かに動きを止めた二機。その一瞬を狙った黒田少尉は左手に持ったナイフをベータの左腕間接に突き刺してIS学園の校舎に向かって蹴り飛ばし、篠崎大尉は展開済みのグレネードキャノンの弾頭をガンマに叩き込む。私はそのまま爆煙の中を目くらましにして突き抜け、追撃してくるアルファに向かってターン。

 散開していた二機が、アルファに襲い掛かる。篠崎大尉がもう一つのサブアームで保持していたガトリングガンでアルファの足を止め、黒田少尉が武器を格納してブレードで切りかかる。瞬間的に多量の弾丸を食らったアルファの装甲が銃弾で抉れはじめ、ブレードの煌きが袈裟懸けに走り、装甲を更に傷つける。

 

「動きを止めます!」

『狙撃支援来るぞ! 黒田、距離を取れ!』

『了解っ!』

 

 アルファにアンチマテリアル弾――それも対IS用の改良型が命中する。右腕の関節部と肩口に命中……だというのに、相手は気に留める様子もなく突っ込んでくる。

 そこへ態勢を立て直したベータとガンマが加わり、再び3対3の状況に。先行したアルファに向かって前衛の黒田少尉が張り付き、篠崎大尉がグレネードとガトリングガンでベータとガンマを牽制。当然とばかりに回避した二機のうち片方――ガンマを狙って私のスナイパーライフルの銃撃が加えられる。ベータは篠崎大尉がサブアームのガトリングガンと両手のライフルで弾幕を張られてアルファの増援に加わることができず回避に専念するばかりだ。

 

『いいぞ、分断した! 仕留めろよ黒田!』

『やってる、けどぉっ! こいっっつ! かったーい!』

 

 黒田少尉の近接ブレードが煌く。アルファの胴体に走る火花と傷跡。幾度も打ち込んでいるのに、甲高い擦過(さっか)音にブレードの刃は弾かれ、ヤケクソといわんばかりに黒田少尉は先ほどと同じように片手のナイフで関節部を狙うものの、アルファはすぐさま腕を引っ込めて近距離でレーザーの散弾を叩きこんでくる。

 

『ぬあっ! くっそ、やっぱ間接は弱いのかな! 随分警戒してる!』

『だろうな、私が二機に牽制をかける! 北條さんはアルファを狙え! 黒田は隙を見て打ち込め!』

「了解!」

『オーケー!』

 

 小器用にも篠崎少尉はサブアームのガトリングとグレネードキャノンをベータに、両手のライフルをガンマに向かって撃ちこんで接近を許さない。反撃のレーザーが左前方と下方から迫るものの、篠崎大尉は小刻みな姿勢制御と慣性制御(PIC)を利用して機体を滑らせ、最低限の動作で攻撃を回避して弾丸とグレネードを反撃で叩き込む。

 

「これで!」

 

 黒田少尉と追いかけっこ状態が続くアルファに向かってレティクルをあわせる。アルファも左右に揺さぶりをかけてくるものの、黒田少尉の小刻みな瞬時加速で間合いを詰められるのを警戒してかさほど早いわけではない。――なら、外す道理はない!

 

 ガガンッ、と装甲に突き刺さるアンチマテリアル弾。肩と足に命中した、その直後――

 

『キイェァァァアぁぁぁっ!』

 

 甲高い、吼えるような声と共に上段でブレードを構えた黒田少尉が切りかかる。切っ先が届く寸前、アルファは身をよじるようにバックブースト。少尉の渾身の一太刀が切り裂いたのは左胸の装甲の表面だけに留まる。

 結果は最良ではないけど、収穫が何も無いというわけでもない!

 

「やっぱり……この敵、無人機です! 人間が知覚して行動するよりも対応が早い! それに人間が乗っているにしては攻撃や威嚇に対して反応が薄すぎます!」

『やはりか。軍用の重火器を食らっていて躊躇いも迷い一つさえ出さないあたり、おかしいとは思っていたが……』

「装甲は厚いですが貫通性能の高い火器やグレネードキャノンは効果があるようです! 私の武装は元が競技用なので、あまり高い貫通性はありませんけど……」

『手立てがわかっただけでも十分だ! 黒田、向かってくるぞ!』

『行かせないっての!』

 

 黒田少尉が空振ったのを隙と見て突っ込んできたアルファ。その繰り出された左腕のジャブを黒田少尉は刀身に左手を添えて受け流し、カウンター気味の蹴りを放って距離を取りつつ、再展開したサブマシンガンとアサルトライフルをフルオートで叩き込む。

 

「これならっ!」

 

 距離が開いたその一瞬を狙い澄まし、狙撃を一箇所に集中して撃ち込む。二度、三度と同じ右肩に叩き込まれたアンチマテリアル弾が遂に装甲を貫通し、肩のパーツの一部が砕けて海の藻屑になった。

 

『そこっ!』

 

 二機を相手に圧倒的な弾幕で押さえ込んでいた篠崎大尉はリロードの隙を突いてレーザーを放ってきたガンマに向けて、打鉄のサブアームに懸架されたグレネードキャノンを向ける。火を噴き、着弾の直後に膨大な熱量を伴った爆発が巻き起こる。

 その反撃と同時にベータが篠崎大尉に向かって瞬時加速。一時的に身動きをとれない大尉を狙い、あの高出力のレーザーの砲口が向けられる。

 

『大尉! 左から来る!』

『くそめ!』

「援護します!」

 

 大砲の射撃音にも近い発砲音と共にアンチマテリアル弾が吐き出されると、大尉を狙って構えていた敵機――ベータの装甲を歪ませて吹き飛ばす。

 

『いい腕だ! 助かる!』

『まだっ! 逃げて北條さんっ!』

 

 ビー、と脳裏に響き渡るアラート音。IS学園の校舎の影から姿を現した敵――ガンマがその一撃必殺に等しいレーザーを放つ。

 

「――ま、だぁっ!」

 

 射撃姿勢から無理矢理にサイドブースターを吹かして回避すると、左側面の下方から過ぎ去った青い光が私の自慢の黒髪を焼き払っていく。ヘッドギアをやられたせいで顔は外気に晒されたまま戦いが始まり、髪を留める暇も汗を拭う暇も無い。

 勢いのままにブーストで学園の校舎を盾代わりに距離を取り、再び高度を取って狙撃態勢に。追撃を仕掛けてくるガンマを振り切ろうとするものの、機体の機動性ではあちらが上。追いつかれるのが目に見えているのなら、近づかれる前に足止めすればいい。

 

『こちらナタリヤ・ロマノフスカヤ! 現在IS学園の上空1万メートルだ! これより再突入を行う。お前達、よく耐えた!』

『よし……っ――ダメ、なるみん! もう一機そっちに行った!』

 

 閃光が奔る。青い光の帯が一直線に突き進み、ノワールを掠めて過ぎ去っていく。こちらを狙ってきたガンマを篠崎大尉が阻む。大尉の取り出した35ミリガトリングガン……ボフォース社製のIS用装備から放たれた弾丸の雨が降り注ぐ……その直前に大尉が突然バックブーストをかけて後方に下がる。それと同時に青い閃光が大尉の居た場所を過ぎ去り、更に連続で小刻みにレーザーの雨が大尉を襲うものの多少被弾をもらいながらも一足早く回避する。。

 そこを更に畳みかけようと、一番損傷の大きいアルファが迫る。

 

「どきなさいよっ!」

 

 スナイパーライフルの攻撃を察知したアルファが軌道を変えて回避行動に出る。その間に高度を上げて上方からベータがこちらにレーザーを放ちつつ距離を詰めてくる。

 

「まずい、篠崎大尉! 狙われてます!」

『ぐっ、くぅぁっ! そのよう、だな!』

 

 大尉が司令塔だと見たのだろう。そしてその予測は――大当たりだ。

 態勢を立て直したガンマが銃口を向ける。ベータは尚も大尉に向かって突っ込んでくる。黒田さんはアルファの足を止めようとしているけど間に合わない。

 入れ替わり立ち代りの攻防の均衡が崩されるという確信に近い予感。せめて一機だけでも、足を止めれば!

 

「止まって、止まってよ!」

 

 ガンマが放ったレーザーの軌跡は篠崎大尉を捉えることはなかった。が、私の狙撃による損傷すら意に介さないアルファの特攻に大尉がもみ合いになりながらIS学園の校舎内に叩きつけられる。

 すぐさま射線を開けたアルファ。そこに更にベータが追撃のレーザーを叩き込む。

 

『ぐうあっ! ど、どうしたっ荒川!?』

 

 咄嗟に非固定浮遊部位(アンロックユニット)――両肩の防盾を全面に出して防いだものの、防ぎきれない脚部などをレーザーが焼く。

 それを放ったベータを黒田少尉が横合いから瞬時加速で間合いを詰め、サブマシンガンをばら撒いて牽制する。回避しようとしたベータに黒田少尉が加速の勢いのままに、打鉄の脚部を振り回してベータの頭頂部を蹴り飛ばす。

 

『クソッ、黒田! 上から来るぞ! 一度仕切りなおせ! 北條さんに近寄らせるな!』

 

 その言葉に黒田少尉がはっとして頭上を見上げる。太陽を背に、隼の如く空を切り裂いてガンマが迫る。更にベータは自らを蹴り落とした黒田少尉を気にも留めず、校舎から這い出そうとした篠崎大尉を押さえ込む。

 まずい、不味い! これ以上は持ちこたえられない! はやく、はやくたすけて――

 

『一機抜けたぞ、北條さん! すぐに逃げろ!』

 

 ふと、頭から抜け落ちていたものがカチリと嵌まる。――あいつは、アルファと呼んだあの機体は――どこに?

 

「っぐあっ!」

 

 不意に後頭部に走る痛み。背中から押されて、姿勢制御さえままならないままにIS学園の校舎が近づく。窓ガラスを突き破り、散らばる破片を更に砕きながら叩き込まれたのは1-Aの標識が転がる教室。

 

「――ァ……ぐ、な、に……?」

 

 コンクリートの崩壊で巻き起こった土ぼこりの中に仰向けに大の字で倒れたノワールと私。身動きしようにも右腕が動かない。パワーアシストがあるはずのISなのに、ビクともしない。全身が押さえつけられる感覚はまるで土の中にでも埋まっているかのよう。

 

「――――ぇ」

 

 潮風に乗って晴れた砂埃。瓦礫が乗っているのだと思っていたその重みの原因――アルファの姿が、目の前に――あった。

 巨大な腕が私の胴体を押さえつけ、右腕は敵に掴まれて銃すら喪失している。

 

「ぐっ! いっ……あっ!」

 

 アルファに持ち上げられた右腕がピンと張られる。微かに流れる痛覚の信号。それが、じわ、じわ、と大きく、強く、激しくなって――想像してしまう。

 

「ゃ……や、めて……そっ、それだけはっ……! ぐ、ああぁぁぁっ!」

 

 みぢ、ぎし、ぶち、びし。軋みと断裂音が恐怖を煽る。痛みが結末を想起させる。こいつが何をするつもりなのか!

 

「ヤダ、ヤダヤダっ! そんなのイヤッ! せ、せんせぇっ! おばあちゃんっ! おねえちゃんっ! 助けて……っ! 誰か助けてよぉぉっ!」

 

 死ぬのはヤだ。死ぬのはヤだ。けど、こんな風にカラダをバラバラにされるなんてもっとイヤだ!

 

 

 ―――ぶちり、と

 

 

 ―――聞いたことのない音が、聞こえた。

 

 

 

 

第二十九話 覚醒

 

 

「っ――はぁっ……! ふぅーっ、ハァ……」

 

 見開いた先に見える白い天井。ピ、ピ、ピ、と早い鼓動を繰り返す電子音。口元に感じる空気の流れ。動かそうにも動かせないカラダ。滲み始める視界の中に、一人の少女の姿が映り込む。

 

「……起きた、か。もう大丈夫だ……あの怖いヤツはここには居ない」

 

 見た目には小学生の高学年か、良くて中学生という容貌の少女。少しばかり、気持ち程度に青みを含んだ銀の髪。アメジストの瞳の彼女が私を見ている。

 

「ぅ……ゎ、た……」

「無理に喋ろうとするな。キミは一週間も寝たきりだったのだ……これから少しずつ良くなるさ。そう焦るものじゃない」

 

 国連軍の士官服、黒を基調に肩章や襟章などが飾られたそれを着こなす見た目中学生か小学生の少女の手が私の頬を撫でる。ムスッとしたような硬い表情が柔らかな笑みに変わる。

 

「……ぉ、ば……ちゃ……」

 

 既視感。脳裏に浮かぶフラッシュバック。私を抱き締めてくれたおばあちゃんの姿が、目の前の彼女に重なる。

 

「――はは……わかったよ。キミのおばあちゃんに、キミが目を覚ましたと伝えておくよ。さて、動かずにそのまま聞いておくれ。できれば慌てず、ゆっくりと、冷静にね。

 今のキミは四肢のうち右腕と左腕を喪失し、そして右足を粉砕された状態だ」

 

 ……腕が、無い? 足もやられた? そうだ! 確か、IS学園でアンノウンと――

 

「まて、深く考えるのは後だ! 今にも泣き喚きそうな顔をするんじゃない。今はただ現状だけを理解することに努めるんだ。わかったら一度だけゆっくりまばたきをするんだ」

 

 正直言って納得はできない。でも、こうして動くこともできないのは私が何らかの負傷をしたということを物語っている。 

 

「……そうだ。それでいい。続きを話そう。キミの右腕と左腕はどうにか接合を完了した状態で、現在はナノマシンと人工ES細胞による神経系の再構築と接続が行われている。あと三日はこの状態が続くことになる。

 残念だが右足のほうはさらにヒドイ。重度の骨折と、神経系の損傷……完治したとしても障害を残す可能性があった」

 

 だが、と言って目の前の軍人の少女はニヤリと笑って告げる。

 

「先進医療というのは私の想像以上に進んでいたようでな。今のキミの右足はナノマシン培養層の中に突っ込まれている。時間はかかるが、骨格の再構成と神経系の治療が行われている真っ最中だ。ああ、例え動けるようになってもあまり治療中の足を直視するのはオススメしない。今の君の右足はかなりグロいからな。ふやけたヌードルのように曲がったり飛び出したりでいろいろと視覚的に危険だ」

 

 不意に、看護服を身に纏ったブロンドの女性がすっと視界に入り込む。薄ぼんやりと景色が歪む。瞼がひとりでに閉じていこうとする。まだ、まだおばあちゃんやみんなに会えてないのに――

 

「ナタリー、もういいかしら?」

「――もう少しだけ」

「ダメよ。あなただから特別に一時間だけ入れたのよ?」

「わかった……引き下がるとしよう。アヤカ、キミは少しまた眠るといい。余計な考えを捨てて、傷の治療に専念することだ。では、後を頼む」

 

 やだ……みんなに、会いたい。だれかにいてほしい。行かないで――私を、ひとりにしないで――

 

 

 

 

「それで? 私たち二人を戦隊旗艦にご招待だなんてどういう風の吹き回し?」

「なあに、少しばかり重要なお話ってだけのことさ」

 

 国連軍太平洋戦隊旗艦、ミタール級戦略重ミサイル潜水艦“ラトゥーニ”の艦内。私と織斑千冬は目の前でゆったりとコーヒーを飲む彼女……ナタリヤ・ロマノフスカヤに無理矢理連れられて士官室に引きずり込まれた。

 事件の事情聴取がひと段落ついたと思った矢先にこれだ。ため息の一つ二つは当たり前だ。

 

「……もったいぶらずに話をしていただきたいのですが」

 

 おーおー、千冬お嬢ちゃんもお怒りときた。そりゃそうでしょうね。ようやく事情聴取から解放されたかと思えばまた狭苦しい潜水艦の中に引きずり込まれたんですもの。

 

「わかった、単刀直入に言おう。――北條彩夏の件だ」

 

 北條彩夏。私の大切な孫。……もう三日も顔を見ていない。以前ならほんの一ヶ月や二ヶ月は平気でいられたはずなのに。

 

「……力及ばず、恥ずかしい限りです。私がもう少し早ければアヤカは――」

「それは今はいい。あの子がどちらに向かうかわからん以上は……お前達に伝えておくべきことがある。覚悟は決めておいてくれ」

「わかりました」

 

 覚悟、ああそんなものとうに決めている。あの子が一人になったときから、ずっと私の中では何も変わらない。ただ、あの子が人並みの幸せを手に入れて生きていけるように――私はただそれだけを願って生きてきたんだから。

 

「いいのか、麗香?」

「当然」

「……わかった、まずアヤカの今後に関してだ。現在アヤカは多量の出血と四肢の欠損によって集中治療室(ICU)で二十四時間体制で治療が行われている。ここからが山場になるそうだ」

 

 ……ここが分かれ道か。初めての孫であるアヤカが生まれて、妹も生まれた。アヤカが十一歳のときに白騎士事件で両親や妹を亡くしてから、あの子のために旦那と一緒に頑張ってきた。そして旦那も死に、私に残った血縁者はアヤカと目の前に居る姉のたった二人だけ。

 もう失くしたくないのに、いつだって世界は()()だ。私に幸せになる権利など無いといわんばかりに、私の手の中から大事なものを奪い去る。

 

「無事に乗り越えれば二週間を腕の治療にかけることになる。繋がったとしても以前のように動く可能性は低いのが現実だ。そして右足は……高度なナノマシン技術と再生医療を組み合わせても修復まで一ヶ月はかかる。オマケに障害が残る可能性は未知数だ。骨格の原型を辛うじて読み取れるレベルの損傷を受け、肉は裂けたり潰れたりで、まるで高熱で解けた鋼材のような状態だ。復元だけで一ヶ月。機能回復の可能性は……祈るしかないだろう」

「――そう」

「麗香……! さっきからその投げやりな口ぶりはどういうつもりだ! 妹であるお前をそんな冷血に育てた覚えは無いぞ……!」

「一度に三人失った衝撃に比べれば、まだ平静でいられるだけよ」

「…………すまない……」

 

 私がお腹を痛めて産み落とした愛する娘が死んだと聞かされたときの絶望。娘の婿となった快男児が目の前で息絶えた瞬間の喪失感。彼が抱きかかえてきたアヤカと、息絶えた妹の無惨な姿を目の当たりにした私に芽生えた怒り。

 それに比べれば今はどうだ。アヤカは死に掛けているけど、まだ死んだわけじゃない。それならば、私は私でやらなければいけないことがある。

 

「……まだ会えそうにない?」

「すまないが誰一人会わせられん。……医者からはそう指示されたよ」

「そう。用件はそれだけ?」

「いや、今後の件についてだ。無事に山場を越えたとしてもアヤカはIS操縦者として、それどころか日常生活さえ難しい状態になる可能性がおよそ確定しているも同然だ。なので…………お前達にこれを渡しておく」

「付属藍越学園の編入届け……ですか」

 

 千冬お嬢ちゃんも同じことを思っただろう。“まだ諦めるには早い”と。それは良い意味合いで言えば不屈の精神。だけど見方を変えればただの現実逃避でしかない。

 ……あの子が選ぶかどうかは別として、選択肢が多いほうがいいのは確かだけど。

 

「ここから近く、自然豊かな場所にあるらしいからな。今朝見てきたがそれなり大きな病院もあって設備も良い。療養とリハビリもでき、かつ友人とも気軽に会えるだろう」

「随分仕事が速いわね」

「“もう少し早ければ”……この数日で何度も思い返した言葉だ。普段ならもう少しは踏ん切りがつくものなのだが……ああ……やはり妹の孫というのは私にとって大きな存在だったらしい。いつまでも罪悪感と後味の悪いモヤモヤが続くだけだ。

 なので、できることを考えた。せめて一時の医療費や生活費の援助くらいはしたいと」

 

 ……できることを、って言ったかしら。なら丁度良い。

 

「そう。そのついでに一つアヤカのために引き受けて欲しいことがあるんだけど」

「……私にできる範囲でだぞ。医療費をもぎ取る交渉だけでも難儀だったんだ」

「簡単な話よ。ルー・ノワールは覚えているかしら? アヤカの使っていた機体なのだけど」

「ああ、あの黒い全身装甲チックなISか。概要だけ見たがイメージインターフェースを用いた思考制御を機体全体に行き渡らせたものだったな。おもしろい発想だと思ったよ」

「でしょう。で、ノワールは元々アヤカの専用機じゃなくてIS学園の備品らしいのよ。そして所有権はIS学園にある」

「――ふむ、つまり?」

「ノワールの再建計画、国連から出資してくれない?」

 

 ポカン、と開いた口が塞がらないという様子で二人が私を見る。

 

「ルー・ノワールは実は基礎スペック向上のための改装プランを構築中だったのよ。だけどルー・ノワールの改装プランを実行するには資金的にも資源的にも不足しているものが多々あるの。そこを補うためにルー・ノワールに……正確に言えばアヤカに出資して欲しいの。要は私の所属する日本先進技術研究所と同様にスポンサーとして協力して欲しいの」

「待て待て! 阿呆かお前は!? スポンサーが必要だというのはわかる! IS学園の備品であるというのもわかる! ISの改装にカネがかかるのも理解できる!

 だが私は国連軍の軍人だぞ!? 何故私にその話が回ってくる!?」

「別に資金提供をしろとは言ってないでしょ。私たち日先技研が必要なパーツや素材の収集を姉さんに依頼し、それを技研宛で送付して欲しいの。もちろんアヤカのスポンサーとして行うことだから技研が資金を持つわ。そして集めたパーツをIS学園に運び込み、ルー・ノワールの再建のために使用する。

 武器輸出入に引っかかるようなら技研ではなくIS学園名義にすればいいだけだし、実際の組み立ても全てIS学園内で行わうわ。ね? 簡単でしょ?」

「IS学園は生徒が使うということもあって基本的に扱いが容易な打鉄かラファール・リヴァイヴしか配備していない。つまりそれ以外の機体やパーツとなると確保するにはIS学園に負担を強いることになるし手続きに時間もかかる、か。

 ふん、技研名義で国連軍のコネを使ってパーツや部品を調達して横流しさせ、IS学園で最終的な組み立てを行うことで、あくまでIS学園所有の機体であることを主張するわけだ。

 しかも自分たちはルー・ノワールの組み立て時に他企業製のパーツの解析やデータを収集してしまおうという腹だろう? 売り込み先は情報部か? それとも国防軍か?」

「さすがは我が姉。お見通しか。ついでに言えば技研と国連軍の間に取引が生まれると嬉しいってところかしら?」

「国連との表立ったコネまで欲しいときたか。商魂逞しくなったものだ」

「これが今の私にできること。傍に付いていることさえできず、声をかけることもできない老いぼれにできる唯一のこと。もしもあの子がもう一度ISに乗ると決めたときに全幅の信頼を置けるだけのスペックを持つ機体を用意することこそ、私にできる最大限のことなのよ。

 もう乗らない、もしくは“もう乗れない”のなら……私はそれでいいと思っている。そうすればもうISに乗って傷つくこともなく、多少不便するだろうけど危険とは縁遠い日常生活が送れるでしょうから」

 

 今の家を引き払ってアヤカと一緒に藍越学園の近くに家を買い、朝にお弁当を作ってねぼすけのあの子をたたき起こし、学校に送り出して掃除と洗濯をし、軽く昼寝でもして洗濯物を畳みながら帰りを待つ。生活は質素になるだろうけど、家に帰ってきたあの子を迎えてテレビを見たりゲームにつき合わせたりして、夕食を食べて洗い物を済ませてお風呂に入って

眠りにつく。そんなありきたりで何の変哲もない、だけど平穏で静かな暮らしが始まるのだろう。

 そしていつかあの子は大人になって結婚し、私はいつの間にか老いて死ぬだろう。

 

 結局のところ、私がアヤカに依存しているのだ。全てをあの子のために使うことで自分の中の満たされないものを満たそうとしている。あの子を繋ぎとめようとしている。私はただの子離れできていない情け無い親代わりでしかない。

 

 けど、それでも、あの子がもうこれ以上傷つかずに済むのなら――私の全てを捧げよう。私の娘があの子を守ったように、娘婿があの子の命を繋ぎとめたように、この私の血肉の一片に至るまで使い尽くしてみせる。もし心臓を患い、移植が必要になったなら差し出そう。腎臓も、骨髄も、私の持ちうるあらゆるものを――!

 

「麗香、お前があの子のためにと思っていることはわかった。……だが、そんな風に泣きながら言うことではない」

「――泣いてなんか、ないわ」

「……ったく、四十年経っても子どもだな。いいか、親しい人間が悲しい顔をして毎日過ごしていたら、お前はどう思う? 気遣うだろう? 不安になるだろう?

 お前がするべきは毎日心から元気よく笑って会ってやることだ。――なんの心配もいらないというところを見せてやれ。子どもなんてお前のウソ程度はすぐに見抜くぞ。それに我々が持つ“症状”についても説明せねばなるまい? その顔を見るにどうせ先延ばしにしてきたのだろう?」

「それ、は――――そう、かもしれないけど」

 

 脳裏に蘇る光景。凍てつくシベリアの大地で、吹雪に晒されながらも笑っていた姉さん。幼かった私を抱き締めてくれたときのあの安堵感を思い出す。

 家族全員が殺され、助けにきてくれた姉さんが浮かべたあの笑みは、きっと心からのよろこびだったのだろう。それなのに私は……一時の感情に任せて突き放してしまったのか。

 

「不安か? だが大丈夫だ。私がそう言うのだからな」

 

 得意げに、自慢げに、あの日見せたものと同じ笑顔が向けられる。

 ああ、本当に敵わないなあ、もう。いつまで経っても、どんなに歳を食っても、姉さんは姉さんか。きっと私の感情など全てわかっていて、それでいて甘んじて批判を受け入れたその度量が羨ましい。

 

「ん、ちょっとはマシになったか。相変わらず手間のかかる妹だよ。

 アヤカへの支援の件については総大将(事務総長)と話をしよう。少しかかるが、まあ一週間内には結論を出す。……無事に回復するかは運がらみだが、あの子の素養の高さは非常に魅力的だ。日本代表候補ではなく、国連代表として引き抜きたいくらいには、な」

「そう。じゃあ今後ともご贔屓に」

「お二人とも、勝手に引き抜かないでいただきたいのですが」

「おっと、師匠の前だったな。失敬した」

 

 ともかく、今は私にできることをしよう。乗るにしても乗れないにしても、万全の備えを施したルー・ノワールを作り上げる。例え日の目を見ることさえなく眠りにつくのだとしても、選択肢はあってしかるべきだ。

 あの子が進む道を後押しして支えられるのは私だけだ。

 

「それで一つ質問なのですが」

「なんだね、織斑女史」

「ナタリヤ大佐と北條博士は、ご姉妹なのですか?」

「言ってなかったかしら?」

「ええ、一言も聞いていません」

「あー、それは妹が失礼した。麗香は……」

「私は旧名ではアナスタシア・ロマノフスカヤ。ナタリヤ・ロマノフスカヤの妹で、両親が死んでから日本に移住したのよ。姉はアメリカに渡って国連軍に参加してたわ。今回の援軍要請もそのツテでね」

「さすがに久方ぶりの連絡がこのような事件だとは思わなかったがな」

 

 もう四十年以上も前とはいえ、私たちがロシアの実験場から逃げ出した戸籍も名前も無い実験動物だったことは言うべきではないだろう。逃げに逃げて追いつかれ惨殺され、私と姉の二人だけになって、命からがら亡命して生き延びた――なんて話しても与太話にしかならないだろうし。

 

 

 

 

 四日前――あの事件から三日経ったIS学園の元1-Aの教室で博士は悲しみを負った背中を見せて言った。

 

「なんで、こんなことに」

 

 ほぼ全ての現場検証が終わった後の、瓦礫が散乱するだけの教室。所々に、壁や床に飛び散った赤い、アヤカの(いのち)の痕がどす黒く変色してこびりついている。

 この血溜まりに沈むアヤカの姿を思い出し、嘔吐感と恐怖感が沸き起こってくる。もぎ取られて床に転がった両腕、ノワールの装甲ごと踏み潰された右足。ぼろぼろと涙を零しながら、助けを求めるアヤカ。その光景を廊下の監視カメラごしに――私たちは見てしまった。

 

 絶対防御が――発動しなかった。ロビンはいたましい光景を想像して口をつぐみ、アルマは言葉も無くうなだれるだけ。私はただ、ISの絶対防御が発動しなかったことに疑問を覚えていた。それに対する解答をくれたのは――ロビンだった。

 

「……絶対防御はさ、“致命傷になる”攻撃を防いでくれる。もちろん限度はあるけどさ。逆を言えば、“すぐに死ぬことがない”なら発動しない……ってことだよ。心臓を撃たれるのと、腕一本。……どっちが致命傷になるかは、一発さ」

 

 そうだ。腕一本失くしただけじゃ、ヒトはすぐに死なない。適切な処置と治療が行えれば生きていられる。だからなのか、だから……アヤカの腕を引きちぎって! 足を踏み潰したっていうの!?

 

 あの時シェルターに避難していた私たちの救助にISを纏った国連軍の軍人……博士が連絡をとっていたナタリヤ大佐が直接やってきて、博士は……今にも死ぬのではないかと思うほどの蒼白さでナタリヤ大佐に詰め寄っていた。その日から博士はろくに食べ物が喉を通らないのか、ずっと水とゼリー状の栄養食だけで事件捜査の関係者として割り当てられた部屋に篭っている。

 

 私たちが作った……というより、手を加えたインフィニットストラトス、ルー・ノワールは……無惨な姿になっていた。ビームの直撃や至近弾を受けた際の熱量で表面装甲はガタガタに歪み、一部ではフレーム部分にまで歪みが発生していた。踏み砕かれた右脚部はもちろん、ヘッドギアも両腕部もぐちゃぐちゃで見るに耐えないレベルだ。

 何も知らないヒトがみれば、ただのガラクタにしか見えないかもしれない。

 

「どーしたもんかな、これ」

 

 ロビンが参ったな、と呟く。今は二人して各部の状態をチェックしている真っ最中だ。格納庫のメンテナンス用ブースにクレーンで宙吊りにされたノワールのパーツを一つ一つ精査してダメージがどこまで及んでいるかを確認している。……チェックシートに記された結果は半分以上がレッドマーク。つまり破棄だ。

 

「リッカ、システム面のチェックは完了した。コア部分周辺は損害なし。イメージインターフェース機構に若干のネットワークの断線があるけど、すぐに修復できるレベル」

「ありがとアルマ」

「……修復、できそう?」

「私たちじゃ……ううん……本職でも多分……」

 

 ダメージレベルは正直言って大破判定だ。装甲や内部機構だけならまだ交換するだけで済むけど、基本となる骨格……フレームにまでダメージが及んでいる。つまり総取替えするしかない。だけどノワールはアヤカ専用にチューンされたラファール・リヴァイヴ・カスタムだから、リヴァイヴ・カスタムをもう一機用意しなければいけないも同然なのだ。

 オマケに学園の校舎と一部アリーナは一時的に閉鎖中。現場検証が終わった場所から逐次修復工事が行われているみたいだけど、授業がままならないレベルに校舎がダメージを受けていて、結果として学園は休校。IS学園の寮内の会議室と私立藍超大学のキャンパスの一部を借りて補習授業が行われている状態だ。

 その上警備は物々しく、国連軍太平洋戦隊のIS部隊……“ストーム”と呼ばれるチームと日本国国防統合軍のIS部隊がひっきりなしで周辺を警戒している。そしてIS学園の領域外の海域は鳳翔型正規空母……それも国防統合軍の発足と同日に進水した最新鋭空母が航空機を展開し、その護衛として旧イージス艦三隻がIS学園の沖合いに居座っている。更に備えとして駆逐艦四隻が絶えず海中を警戒して回り、先の国連軍のストームチームが同乗しているほどだ。

 

 それほどの部隊が動いているにも関わらず、世間からの反応は比較的落ち着いている。……その理由は、あのテロリストの放送していたアリーナ内での戦闘が世間に知れ渡っているからだそうだ。

 目の前で起こっているISによるテロと、果敢に敵に立ち向かった統合軍の軍人。そしてその助けを受けて敵を撃破した織斑一夏はある種のヒーロー的な扱いになりつつあった。どこから流れてきたのか、いつの間にか織斑一夏の戦闘シーンを切り貼りした動画がアップロードされ、メディアがこぞって彼を取り上げて持て囃す。……その影に二人の殉職者が居ることは、あまり大きく取りざたされていない。

 まるで織斑一夏だけが敵を倒したかのような、そんな作為的な感じが――――……私も疲れてるのかもしれない。後でお昼寝でもしよう。

 

「三人とも」

「ハカセ!? 大丈夫なの?」

「無理しないでくださいよ博士」

「大丈夫……とは自信を持って言えないけど、あなたたちのためのお土産も持ってきたわ」

「――甘いもの!?」

「アルマ、待て」

「ワンッ」

 

 あらあら、と目元に隈を作り、力なく笑った博士が一つのメモリーを取り出すと私が使っているタブレットに取り付けるように言う。

 開いたファイルには……図面? 見たところISの設計図だけど、見たことのあるものが見たこともない配置をしている。

 

「リヴァイヴ……だけど打鉄? なんか二つの図面を重ねたみたいなヤツだな」

「その通りよ。コレはルー・ノワールの図面をベースに打鉄の装甲と内部機器とラファール・リヴァイヴ・カスタム用の特化パッケージを取り込んだものよ」

「要するにハイブリッド?」

「ええ。ルー・ノワールは完全にお釈迦になったも同然でしょう? だから一度全て解体して、もう一度組み上げる必要がある。だったらついでに強化プランも組み込んで、ノワールそのものを再構築するほうがいい」

「でも打鉄って言っても格納庫のISもいくらか被害が出てるし、余剰パーツも無いんじゃ……」

「あるわよ。……一週間前、私たちや生徒たちを守って戦った……勇敢な乗り手の機体が、二人分ね」

 

 ――つまり、あの日殉職したという二人のIS……統合軍仕様の打鉄を使うということだろう。だけど、こんなものをどうやって手に入れたのだろう。

 故人が遺した機体さえ躊躇なく“素材”として扱える胆力に思わず背筋が凍る。普通ならパーツなりエンブレムなり、故人を偲ぶための品として取っておいても不思議じゃない。

 それに重過ぎる。これに乗る者は嫌が応でも故人のことを認識させられるということだ。なんでもないかのように平然と乗り回す勇気は私には無い。

 

「解析とデータ収集のため、と言って国防省から提供してもらったの。一部は解析に回したけど、余剰分……もちろんちゃんと品質チェック済みのものをルー・ノワールに組み込むために搬入する用意ができてる。……私があの子のために今できることは、あの子がいつ乗るようになっても大丈夫なように環境を整えること。だから、出来ることの全てをする」

 

 お見舞いしたくても面会謝絶だし、と付け加えて博士は寂しげに笑みを浮かべる。……強がりなところがあるのはアヤカも博士も同じみたいだ。

 

「へぇ、おもしろそう! ハカセ、アタシも手伝うよ。完成したらアヤカに自慢してやらないと! 大事な機体だからね……絶対に良い機体に仕上げてみせる! アルマとリッカはどうだ?」

 

 知ってか知らずか……いや、ロビンはきっと気づいているはずだ。ルー・ノワールへの思い入れは人一倍で、そのくせしてどこか達観したものの見方をできる子だから。その上でこれほどまで乗り気になれるというのは捉え方の違いなのだろう。

 私は死者の遺品を用いることに忌避感を感じているし、できることなら使わないで済む方法が良いと思っている。それに対するロビンの場合は故人が遺した機体が姿形を変えてでも受け継がれ、使われ続けることをよしとしている。

 これも整備士と製作者という立場による視点の違いなのかもしれない。

 

「私もやるよ。ルー・ノワールは三人で作った機体なんだから、私たち抜きでやろうなんてありえないよ」

「……ハード面はまだ全然だけど、がんばる」

「アルマちゃん、リッカちゃん、ロビンちゃん、ありがとう……こんなお婆さんのワガママに付き合ってくれて」

 

 そのまるで三十代後半の見た目で言われても、全然説得力無いけどね!

 

「でさ、ハカセ。この子はなんて名前にする?」

「そうね……この子が今度こそアヤカを……あの子を傷つける全てから守れるように……」

 

 むむむ、と博士は腕組みをして頭を悩ませる。数十秒考え込んだものの、いい案が出ないらしい。そこへロビンが言う。

 

「ルー・ノワール……“アスィエ”」

「……なるほど、打鉄とのハイブリッドらしいネーミングね」

「……ロビン、どういう意味?」

「意味としちゃ鋼、もしくは鉄鋼。打鉄……つまり鉄を打ち、鍛え上げた(はがね)を纏うルー・ノワールってことさ」

 

 つまり“黒鉄の狼”ということか。……この子にもアヤカにも、一週間前のような殺し合いをして欲しくは無い。だけど、万一また同じようなことがあって……その時に“黒鉄の狼”がアヤカを守れるだけの力を備えていなければ一週間前の二の舞になってしまう。

 それだけは絶対にいけない。あってはならない。だからせめて、アヤカが生き延びることができるだけの力をこの子に持たせなければいけない。

 

 必ず作ってみせる。博士や織斑先生たちのように、応援してくれるヒトが居るんだ。私たちなら、きっとできるんだから。

 

 ――だから、待ってるよ。アヤカ。

 

 

第三十話 梅雨

 

 

 IS学園も次第に強まる梅雨前線に飲み込まれ、明日も明後日も雨が続くとニュース番組の天気予報で報じられていた。

 入院から一ヶ月。どうにか腕は繋がり、動かせないながらも足はリハビリが可能なまでに回復した。ナタリヤ大佐曰く“一ヶ月も寝ていれば動けないのが当然”ということだけど、できることなら立ち上がってすぐにでもリッカたちやおばあちゃんに会いにいきたい。

 ……それなのにこうして病室の窓から小雨の降る都市部を見下ろしているのにはわけがある。

 今日金曜日の午後4時、私は退院する。するのだけど……セシリアが迎えに来るらしい。おばあちゃんは手が離せない用事があるらしく、リッカたちも同行しているのだとか。ナタリヤ大佐はIS学園の警備のために離れることができず、織斑先生と真耶姉さんは授業がこれでもかと圧しているらしく、補講のために一時間とて離れることができないらしい。

 そこで白羽の矢が立ったのがセシリアだったそうだ。結局安全のために退院まで親族以外立ち入り禁止にされていたせいで彼女に会うのも一ヶ月ぶりになる。

 

「どう? 今日は調子はいい?」

「ミーシャさん、今日もいいカンジですよ」

 

 美しいブロンドのロングヘアーが目を引く、くびれや足のスレンダーなラインが魅惑的な女。そんな印象を与える彼女はこの一ヶ月私をサポートしてくれた看護師さんだ。

 

「それは何よりね。さ、そろそろ迎えが来るころだから行きましょう」

「はい」

 

 力の入らない両腕で必死に手すりにしがみつき、歯を食いしばってゆっくりとベッドから腰を上げて、震える左足を一歩。次いで引き摺るように右足を動かし、車椅子に寄りかかるように身を預ける。

 身体を支えるだけの力さえ無い腕が怨めしい。さりげなくミーシャさんが身体を支えて、車椅子に優しく座らせてくれた。

 

「ふぅ、体力も落ちてる……」

「それは仕方が無いわよ。これから取り戻していけばいいのよ」

 

 ミーシャさんの言うとおりだ。これから一か月分の鈍った身体を鍛えなおさないといけないんだから。両腕もほとんど動かせないし、右足は未だに不自由だ。けどそれでも日常生活に戻ることができたんだから、まずはそこからスタートしないと。

 車椅子を押されて総合病院のエントランスにまで下りると、そこには一ヶ月ぶりに見る少女の姿があった。

 

「セシリア!」

「……アヤカ!」

 

 制服姿のまま、わき目も振らず駆け寄ってきたセシリアの抱擁は力強い。ぎゅっと双丘に押さえつけられた感じは、暴力的とさえ表現できる柔らかさだ。

 そっと抱き締められたままでいると、セシリアの吐息が耳をくすぐる。

 

「もう、もうっ……ダメなのかと思いましたわ」

「……私も、そう思った」

「怖かったですわ。アヤカがこのまま居なくなるような気がして、ずっと寂しかった」

「心配かけちゃってごめん。もう大丈夫」

 

 数十秒の抱擁を終えたセシリアの目尻に雫が伝う。ハンカチで拭い去り、セシリアは改めてという素振りで私に向き直る。

 

「帰りましょう。みなさんが心待ちにしていますわ」

「うん」

「それじゃ行きましょうか。車も用意しているわよ」

「ありがとうござ……え?」

 

 ……振り向けばそこにはミニクーパー――しかもジョンクーパーワークスモデル――の最新モデルを背に、国連軍の平服を身に纏ったあの看護師の姿があった。

 

「……あの、ミーシャさん?」

「ええ。ようやく看護師の真似事も終わりってことよ。改めて、国連軍太平洋戦隊IS部隊“ストーム”副隊長のミーシャ・ウィンチェスター中佐よ。セシリアさん、北條さん、よろしくね」

「初めまして。セシリア・オルコットと申します。よろしくお願い致しますわ」

 

 つまり、今まで私の身の回りの世話をしてくれていた彼女は本来なら国連軍の所属で、あくまで看護師というのは偽装であったということになる。

 

「さ、乗って。わざわざタクシーなんて呼ばなくても大丈夫なように手配済みよ」

 

 ニッコリと笑ったミーシャさんにまた介護されながら後部座席に乗り込むと、セシリアが車椅子を積み込んでから隣に乗り込む。ミーシャさんは運転席からこちらに振り向いて確認すると、セルモーターを回し、エンジンに火が灯り排気音を響かせる。

 

「さあ、行くわよ」

 

 走り出す車の排気音。じめじめとした梅雨の空気。クーラーから吹き出す冷房の冷たい風。ワイパーはせわしなく動き回り、雨脚はさらに強くなりつつある。

 

「ミーシャさん」

「なあに?」

「……なんで国連軍の人なのに、病院に潜り込んでいたんですか?」

「気になる?」

「……はい」

「理由はごく当たり前のことよ。……あのISが再びあなたを狙って現れた場合の処理係。それと単純に連絡役。ついでに護衛っていうところかしら」

「随分あっさり答えるんですね」

「ええ。もう隠す必要が無いもの。さあーて、ここで問題よ。あの病院、何人で警戒していたと思う?」

「…………まさか」

 

 いや、そんなはずがない。病院の中に何十人も入り込むだなんてそんなこと、普通ならできるわけがない。……けど、この人たちは実際にそれをやってみせたということなのだろうか。

 

「両隣の部屋とナースステーション、それと主治医。あとは駐車場の警備員と……近所のマンションの最上階の部屋がいくつかってところかしら」

「ウソ」

「ホ・ン・ト」

 

 舐めてた。人数どころか規模すらも。私の想像なんてはるかに超えて厳重な警戒態勢が敷かれているじゃないか。人の出入りや物資の出入り、それにフロア内の立ち入りはおろか私の食事の様子まで監視下に置かれてたわけだ。

 

「あの、ウィンチェスター中佐は何故そこまでの警戒をなさっておられるのですか? アヤカが狙われたことは確かな事実ではありますけど、病院内はおろか周辺住民にまで溶け込んで監視というのは、アヤカを保護下に置くというだけなら過剰なのではないですか?」

「ええ、単純に保護するだけならそこまでのものは必要ないわ。だけど今回の事件の調書を取って、そして捜査を行う中でいくつかの事実に行き着いたの。

 内容は話せないけど、その結果として今後アヤカさんが入院中に狙われる可能性が高いと判断し、今の現状で最大の警戒網を一帯に張ったの。杞憂で終わってくれてよかったわ。最悪周囲一帯が火の海でもおかしくなかったんだもの」

「……それほどまでに、危険だったのですね」

「山に近い病院を選んだのも、離れた隔離病棟に入れられていたのも、全てはアヤカさんを狙った攻撃に晒された際に一般人の被害が出ないように配慮したためよ。それに山の中であればアヤカさんさえ脱出させることが出来れば周辺の被害を気にせずに戦えるもの」

 

 ――言葉が出ない。私が意識を失っている間に見ず知らずの何者かに狙われ、暗殺される可能性があっただなんて。だけど私を狙う人間について心当たりならある。

 あのときIS学園のアリーナのプロテクトを破った私たちに向けられたメッセージ。もしかすると、あれが開封された際に首謀者の下へメッセージか何かを送信するように仕組まれていたのかもしれない。

 

「ともかくとして一先ずは退院できたから、今後はIS学園の施設でリハビリを行うことになるわ。詳しい話は大佐から聞いてちょうだい」

 

 明日から復学か。いろいろと心配をかけたこともあるけど、みんなとこうしてまた会えるんだ。

 IS学園に繋がる高架道路を降り、学園のエントランスで再び車椅子に乗り換える。セシリアに押されるまま、座ったままの視点で眺めるIS学園の内部はどこか新鮮な気分だ。

 学園の寮に入るとエレベーターで自分の部屋へ――向かうはずが、セシリアは通り抜ける。

 

「セ、セシリア? 部屋は四階じゃ?」

「いいえ、こっちですわ」

 

 有無を言わせず、セシリアは車椅子を押したまま廊下を進み、会議室の扉を開く。

 

「アヤカ! 退院おめでとう!」

 

 両開きの大きな木製の扉が開いてすぐに耳を揺さぶる大音量。扉の向こうにはいつも顔を合わせていたA組の面々と凰鈴音、三人娘、真耶姉さん、織斑先生、そして――おばあちゃんが待っていた。

 

「だから言ったのですわ。――“みなさんが心待ちにしている”と」

「ずるい、言い方です。それ」

 

 待っていてくれた人たちが居る。戻ってくると信じてくれた人が居る。またいつもどおりの日常に戻ることができる。それが……何よりも嬉しい。

 あのISと対峙してからずっと背中を這い回っていた恐怖が消えていく。生きている実感が今になって込み上げて、目の前のみんなの輪郭も横断幕も滲んで見える。小難しい言葉なんていらない。ただこの気持ちを、素直に伝えよう。

 

「……みんな、ただいま。……ありがとう!」

 

 泣いてるんだか、笑っているんだか、もう自分でもわからないけど……精一杯の感謝を、伝えよう。

 

 

 

 アヤカが帰ってくる。その瞬間が来て、アヤカは車椅子に座ったまま目一杯の笑顔で、涙声で言った。

 腕はろくに動かせないままで、立つことさえままならない。それでも誰よりも眩しい笑顔を浮かべていた。退院祝いのケーキを食べるのに自分でフォークを持つこともできないのに。

 

 なんでアヤカがこんな目に遭わなきゃいけないんだよ! アヤカは学園の普通の生徒で、普通の女の子じゃないか! なのに、わけのわからないテロリストに狙われて腕も足も動かせないようなケガを負わされた!

 俺がもうちょっとでも強ければ、アヤカを助けに行けたかもしれない。俺があの土偶ヤローを倒せるだけの力があれば……! 松坂さんも荒川さんも死なずに済んだかもしれない! アヤカだってケガをしなくて済んだかもしれないのに!

 

「それにしてもアヤカ、大丈夫なの? 腕や足を骨折したって聞いてたけど」

「あ、そっ、それは、大丈夫ですよ! 実は国連の軍人さんが最新の先端医療が受けられる病院に入れるように手配してくれてたみたいで、あとはリハビリで体力を取り戻すだけみたいです」

 

 そんなわけがない! ISに殺されかけたっていうのに平気なわけがない! 俺たちが駆けつけたときにはもう全部終わった後だった! 他の敵は軍の人たちに制圧されて、千冬姉がアヤカを襲っていた敵を仕留めた後だった。何もかも遅すぎたんだ! 軍も、千冬姉も、そして俺も……!

 

「一夏」

「お、おう」

「……何を変な声上げてるんですか。呼んだだけなのに」

 

 不意に呼ばれたせいで変な声が出た。アヤカは変わらず訝しげにこちらを見ているが、俺の手元に目線を投げかけて言う。

 

「それ、食べないならください」

「……あ、ああ、いいけど」

「さすがは一夏。私に甘いものを捧げるその姿勢は評価点ですよ。あの戦いから無事生還した私にあやかることで何かご加護があるかもしれません」

「甘いものをあげれば懐くと思われてるのではありません?」

「ひどいですよその言い方は! 私は甘いものに目が無いだけで……!」

「はいはい。わかりましたわ。あーんしてくださいまし」

「このザマで加護があるとは思えないなぁー」

「むぐっ、の、のほほんさん、腕が動くようになったら覚悟しておいてくださいね?」

「ふふん、今こそ盛大にからかうチャンス。臆することなんて何一つ無いんだよー」

 

 アヤカの笑う姿を見て、俺の中で何かがちくりと痛む。アヤカの笑った顔を見ると、あの日の絶望に沈んだアヤカの表情がフラッシュバックする。力なく助けを求める声と、生気の抜け落ちた瞳。流れ落ちる涙が血だまりに解けて消えていく光景。いつもは青いリボンで背中で一まとめにしていた髪は赤く染まり、砕けたISの残骸に埋もれた姿が瞼の裏に焼きついたままだ。

 

 今の俺じゃダメだ。もっと強くならないと、アヤカの隣に立てるくらいじゃないと、アヤカを守るなんてできやしない。

 

「守れるくらい、強くなってみせる」

 

 アヤカが死ぬだなんて、俺は絶対に認めない。アヤカを守れない俺なんて、俺が絶対に認めない。

 

 

 

 例えIS学園が被害に遭おうとも、授業というものは私たちを逃さない。後から必ずやってきて捕まえて、私たちを追い詰める厄介な死神なのだ。

 私の退院から一週間して、梅雨前線が六月末に入って力を弱めたと感じたころ、それは唐突にやってきた。

 

「と、いうわけで明後日が中間テストだ」

「えぇー!?」

 

 一際大きな声を上げたのは癒子さんだけど、他の面々も織斑先生の一言に同じような声を上げている。そりゃそうだ。何せ折角の日曜日が丸つぶれになってしまうんだもの。

 

「なぁにが“えぇー!?”だバカモノども! 学園の復旧に三週間、その間に実技は出来ずとも補修授業をたんまりと詰め込んでやっただろうがこの間抜けが!

 学園が休みだからといってテストが無くなるとでも思っていたのかド阿呆が!」

「先生! 例の日なのでお休みします!」

「知るか! 体調を万全に整えて挑め! 出席できなければ通知表に赤ペンが走るぞ!」

「はい、先生! 辞書その他参考書の持込みは可能でしょうか!」

「却下だ! 脳みそにきっちり一字一句書き込んで受けろ!」

「先生、私の両手動きません!」

「イメージインタフェース機能を転用した思考制御と視線検出システムを組み合わせた回答システムを用意してある! 余計な心配をするな!」

 

 Oh,MyGod! なんたることか! ペンも握れない生徒が居るというのにこうまでしてテストを受けさせるなんて! 鬼! 悪魔! 織斑姉! ブリュンヒルデ!

 

「いい度胸だ北條、覚悟はできているんだろうなぁ……?」

「すみませんすみませんごめんなさいごめんないゴメンナサイゴメンナサイ!」

「お、織斑先生……そ、その、そのあたりで……!」

「チッ、山田先生に感謝しろ」

 

 さすが真耶姉さん! さす真耶! ほんわかした雰囲気の真耶姉さんが焦っておたおたしてる顔ってすごく可愛い。織斑先生さえ篭絡するなんてまさにお姉ちゃん! 天使! ママ! ヴァルキリー!

 

「――やはり一発いくべきか」

 

 お願いします、その鋼鉄も砕く出席簿をそっと教卓に置いてください。振りかぶらないでください。あっ、鋼板を貫通しそうなチョーク投擲も無しで。

 

 というのが午前中のハイライトだ。結果として現状両腕がほぼ不随状態でリハビリ中の私には特別待遇として専用の回答スペースと機器が急造ながら用意されて、テストを受ける羽目になってしまったわけだ。現実とは非情である。

 そんな状態で咄嗟ながらアイデアが閃いた私はセシリア・オルコットという優等生と織斑一夏という落第生を巻き込み、勉強会と称して一夜漬けに付き合わせるつもりだ。

 セシリアは言うまでもなく優等生だ。勉学も実技も申し分ない。なのでテスト前に他人の面倒を見させることでトップの点数を下げることにした。これで平均点が下がる。

 更に織斑一夏に教えさせることで、テストの下限となりうる点数を引き上げる。他の子はIS学園に入るだけあって学業は優秀なものだ。なのでセシリアと一夏の間で点を取ってくれるだろう。そして私はその中間から一夏の一歩手前程度に滑り込める……はずだ。こうすることで三週間にも及ぶ入院生活のせいでロクな点数が取れなかったと言い張れる。

 そう、全てはあのテロリストが悪いのだ。ヤツのせいでおばあちゃんに怒られる羽目になることだけは絶対に避ける。例えそれがセシリアや一夏という友人を利用することになろうとも……!

 もし万一にでも、おばあちゃんにテストの結果が知れて、それがしかもおばあちゃんのお気に召さない点数だったら……!

 

「なにこれ、ふざけてるの?(プレッシャー」

 

 きっとこうなる。だめだ――それだけは勘弁だ! 補習に加えておばあちゃんからの直接指導まで加わるなんてことになったら目も当てられない! ただでさえ織斑先生の弟子っていうネームバリューのせいで先生から若干スパルタを受けてるのに、ココに来ておばあちゃんにまで睨まれたら私はきっと机に突っ伏して息絶えることだろう。

 

「ああ、ここに居たか」

「ひぅっ!? お、織斑先生……?」

 

 学生寮の自販機の前で黄昏ていたところに不意に声がかかる。声の主が先生だとわかった瞬間に心臓が飛び出しそうになった。一枚の紙を取り出した先生は何も言わず差し出してくる。

 

「……なんですか、コレ」

「今日と明日で夕方から夜間にかけて勉強会を行う予定だ。場所は学園の大講堂で、一年から三年まで全科目に対応している。お前は特に授業期間を削られているから、尚のこと受けたほうがいいぞ」

「――――」

 

 ――プランは空しくも崩れ去った。現実とはやはり非情である。

 

 

 

 めのまえがまっくらになって、当日を意気消沈したまま迎えた私はそのまま死人のようにテストを受け続けた。音声認証と思考制御と視線検知を組み合わせた世界的にも類を見ない受験システムに座り続けること実に十五時間。

 基本的な高校での科目に加えて世界情勢と政治経済、情報処理と倫理学をプラスし、IS学園ならではのISに関する基礎科目数種類。これを朝七時から夜十時までに及ぶ過酷かつ過密な情報の戦場を潜り抜けたのだ。

 

「あぁ! 終わった……!」

 

 そこから一週間して、回答データが各生徒のデスクに送信されてくる。息を飲み、恐る恐る開いた結果は……案の定のお察しであった。

 

「なあ、アヤカ…………どうだった?」

「お察しです。わたしはしんだ」

「だよなぁ……」

 

 一夏もどうやら結果は悲惨なようだ。お互いに詳しいことは聞かないのは暗黙の了解というものだ。お互いの数字を見てしまうと結局傷つくのは自分かもしれないという恐怖から聞こうとしないのだ。誰だって傷つきたくないし落ち込みたくはないのだ。

 

「さて、皆には採点結果が行き渡ったことだろう。悪くとも落ち込むな。大学の講堂をお借りするなど対応策は打ったものの、授業時間を満足に確保できなかった我々IS学園側の責任でもある。

 良い点数を取れた者は慢心をするな。自分はよくやったなどと満足するな。まだISの初心者のスタートラインを踏み出したばかりでしかないのだからな。

 ……まあ長々と説教を垂れるのはやめておこう。まずは転入生を紹介する」

 

 ものすごくついでのような言い方なのは気にしないでおこう。きっと涼子さんが言っていたあの二人だろうし。

 

「シャルル・デュノアです。日本に来るのは初めてなので不慣れな点などがあるかと思います。みなさん、よろしくお願いします」

 

 セシリアとは違った美形のブロンド美女、というのが私の感想だ。あの背中の長い髪を解いてしまえば姉妹と言ってしまっても通用しそうなほどに美形だ。ある一点を除いてまったくの違和感が無い。……男装のために押さえつけているのかもしれないけど、私のセンサーが彼女は“並盛り”だと解答を知らせてくる。

 私が前世の頃の感性を名残程度にでも残しているせいか、胸の大きさだけは何故か気がかりになってしまう。……断じて、自分のモノが小さいわけではない。だけどセシリアによって与えられた敗北感は凄まじいものだった。隔絶していたのだ。天地ほどにも差があるカップ差に軽く絶望しかけたものの、どうにか私は立ち直ったのだ。

 

 だけど、もしも、この子がセシリア相当のレベルだったら――――

 

「もうおしまいだ……」

「お、おい、アヤカ……どうしたんだ……?」

 

 かろうじてDの(きざはし)に指が届こうという私はいともたやすく蹴り落とされるだろう。クラス内のカーストの第十六位(推定)から転げ落ちるわけだ。

 

 だが――

 

「……挨拶をしろ」

「はい、教官」

「教官ではない。先生だ。わかったらさっさと挨拶をしろ」

「ドイツ陸軍所属、ラウラ・ボーデヴィッヒ。階級は少佐だ」

「……それだけか?」

「はい、先生。以上です」

 

 勝った! 第三部……じゃないけどとにかく勝利は勝利だ!

 赤い右目と左目を覆うアイパッチが印象的な美少女、ラウラ・ボーデヴィッヒがプラチナのような色合いの髪を揺らして敬礼をして名乗りを上げる。先日出会ったナタリヤ大佐に瞳の色と雰囲気以外は瓜二つの彼女はブレ一つ無い、揺れの一つも無い敬礼をしてみせた。

 センサーが告げる判定は“A”だ。間違いない。圧倒的! 私の圧倒的勝利だ!

 

「よっし……!」

「げ、元気そう、だな……」

「なーにをぶつくさとやっとるかこんのバカタレが!」

「いぃぃっっっっだぁぁぁぁい!」

 

 ゴスン、と叩き込まれる出席簿。その圧倒的破壊力が集約される部分、出席簿の“かど”が脳天を強かに打ち抜き、衝撃と痛みが脳を揺さぶる。それを振り翳したのは……銀髪の、ラウラさんにそっくりな、私のおばあちゃんのお姉さん――つまりは

 

「お、大伯母(おおおば)さま!?」

「応とも、お前の愛しいおばあちゃんのお姉さまだぞ」

 

 それはまさかの関係だったことは言うまでもない。おばあちゃんのお姉さんが国連軍の軍人で、直接部隊を率いて私たちの救援に駆けつけてくれたのだ。……とはいえ四十年ぶりの再会がこんな形で成されるなんて二人とも思ってなかっただろう。妹がテロに巻き込まれ、その孫が死にかけている。そんな場面に出くわすなんて私ならお断りだ。

 

「さて、仕置きは済んだ。まずは自己紹介といこう。私はナタリヤ=ロマノフスカヤだ。国連軍太平洋戦隊IS部隊“ストーム”を率いる大佐……まあ早い話が軍人というわけだ。

 見た目はそこの少佐殿と大差ないが、こう見えて私も良い歳なので留意してほしい。

 我々国連軍太平洋戦隊は先月の一件を受け、国連本部よりこの一年間IS学園周辺の警備に当たるようにと辞令が下っている。夜中の出歩きや無断外出は控えておくのだぞ。……もし見つけたら、問答無用で拘束して祖国に送り返してやる」

 

 あっ、これダメなやつだ。おばあちゃんそっくりの悪い笑い方してるせいで余計に確信が持てる。IS学園は国連傘下組織の創立したものだから、国連が介入できても不思議ではないけど……生徒の強制送還を行うレベルとなるとどれだけの権限をむしりとったのやら。

 

 ……なんか織斑先生が二人に増えたような感じがしてるんだけど。

 

「そういうわけで、ナタリヤ大佐の指揮下にある部隊がIS学園のパトロールと警戒に就く事となった。今後対テロ対策が重点的に行われることになるので、外出時や帰宅時の荷物検査なども行われる可能性がある。

 それとIS学園外でも周囲に気をつけろ。テロリストは生徒を人質にとるなどして明確にIS学園を狙った犯行に及んでいる。つまりIS学園の関係者であるお前達生徒もターゲットとなりうるわけだ。当たり前のことだが、人通りの少ない場所を避け、見知らぬ人物に声をかけられた場合には距離を置くように」

「織斑千冬の言うとおりだ。特に織斑弟、キミはいい目印になる。女だらけの中で一人男……ああ今は二人だったか。ともかくキミとシャルル君は目立つ存在だ。織斑弟は先日の事件で世間に顔を知られていることもある。死にたくなければ、あるいは実験動物として拉致されたくなければIS学園外でも十分な注意を払うように」

「は、はぁ……」

 

 二人して教壇に並び立つ姿は似ても似つかないのに、言葉の節々に潜んでいる謎の圧迫感と有無を言わせぬ雰囲気は瓜二つだ。

 

「貴様が、織斑一夏か……それに北條彩夏」

「……なんだ?」

「無様だ。その腑抜けた顔……事の重大さに未だ気づかないか。貴様なぞ殴る価値もない」

「初対面で随分言ってくれるじゃねーか……」

「それに北條彩夏、動きもしない両手足で何故まだこの学園に居る?」

「――違い、ます。動かせます。動くようになります」

「その可能性は無い。修復されたとはいえ神経を引きちぎられてまともに動くわけがない」

 

 ――うるさい。

 

「諦めろ。例え継ぎ接ぎしたとて、四肢を引きちぎられ達磨になった時点で貴様は操縦者として終わっている。日常生活さえまともにできていないのだろう?」

「だ、ダルマって、お前っ……! わけのわからねーこと言ってんじゃねーよ!」

「事実だ。敵ISに四肢をもがれ、神経系も筋組織も丸ごと引きちぎられたのだから、不随になったとしても不思議ではない。動かせるようになる、などと夢想に縋って教官の後継者の椅子に固執されたのではたまったものではない。

 後継者の座なら安心しろ。お前と違って私なら――何も問題は無い」

「不随……アヤカが?」

「ほんとに……? しばらく寝たきりだったから動かせないだけだったんじゃ?」

「……静音さん、知ってた……?」

「ううん、初めて聞いたけど……」

「で、でまかせですわ! アヤカはっ、アヤカはちゃんとリハビリをすれば必ずっ――」

 

 ――うるっ、さい!

 

「フン、英国の代表候補生か。試験機のテストパイロット風情が吼えるものだな。ISのデータ取りのために宛がわれた使い捨てだと気づいてすらいないとは、底が知れるな」

「わ……私は、誇りある英国貴族として……己の責務を全うしているだけですわ! そのような動揺を誘う手が通用すると思わないことですわね。

 これ以上私の親友を侮辱するようなら……覚悟を決めてくださいまし」

「腑抜けた操縦者。手足もろくに動かない不用品。プライドだけの出来損ない。IS学園といえど、この程度か……」

 

 ――だまれ! 私は、私は不用品なんかじゃない! きっとまた立って歩けるようになる! まだ私は、自分に負けてなんかいない!

 この手も、足も、まだきっと動かせるはずだ。動くのだと、信じたい、そう思ってるだけ、そんな、わけが――

 

「なあ、オマエ」

「……なんだ?」

「俺が弱いのはわかってる。腑抜けって言われようが、それは事実だ。

 けどなぁ! 今までずっと頑張ってきたアヤカやセシリアをバカにすることだけは許さねえ! アヤカは俺じゃ足元にも及ばないくらい強かった! セシリアは追いつくのがやっとなくらいに上手かった! 俺は実際に二人と戦って、二人がどれだけの努力を重ねてきたのか知ってる!

 それを、初対面で話もしたことのない二人のことを、知ったように言うんじゃねえ!」

 

 パン、パン、パン、と手を打つ音が聞こえる。ふと顔を上げてみてみると、そこには不敵に笑う大伯母の姿。ラウラ・ボーデウィッヒに瓜二つの、しかしアメジストのような紫の瞳をしたナタリア少佐が言う。

 

「よく吼えたぞ織斑弟。お前が吼えなければどこでコイツを殴りつけるか悩んでいたところだ。

 さて、ボーデウィッヒ少佐……貴殿は手足の動かない北條彩夏は使い物にならない。そう言ったな?」

「はい。事実ですから。せめて早々に身を引くことが彼女のためでしょう」

「そうだな。同感だ」

「ちょっ、あんたは……身内のくせにアヤカを否定するのかよ!」

「いいや。半身不随でIS操縦者が務まるわけがない。それは純然たる事実だ。

 つまり五体を満足に動かせるのなら何も問題は無いわけだ。違うかな、織斑弟クン?」

「…………アヤカは、動けるようになるのか? 立って、歩けるようになるのか?」

「当然。二週間はかかるが動かせるようになる。動けるのなら、何も問題無いだろう?」

 

 二週間で立てるようになる? この何も感じない手が、誰かのぬくもりを感じられるようになる? 本当に、私はまだ、IS学園(ここ)に居られるの?

 けど……動かせるようになったからといって、ISに乗る勇気が私にあるのだろうか。

 多くの仲間や友人に生かしてもらった私は恐怖に抗いながらISに乗ってきた。そしてまたしても死に直面して、ナタリヤ大佐や統合軍の人たちにどうにか救われてここに居る。

 脳裏に焼きついたあの日の光景が蘇って、次の瞬間にはあの土偶のようなISに私が殺される。そんな夢を何度も何度も、この一ヶ月で見続けてきた。

 ISに関わる、乗ることへの恐怖を克服する自信が……今の私には無い。

 

「……希望的な観測に縋るのは構いませんが、もう少し現実的に見るべきかと」

「ボーデウィッヒ少佐、別段これは希望的と言うほどではないよ。ククッ、この程度の現実は何度も見ているのでな」

「そうですか。一応、記憶に留めてはおきます」

「まあそういうわけだ。アヤカ、後で詳しい話をしよう」

 

 ろくな身動きさえできない私の目の前に垂れ下がった一本の蜘蛛の糸。必死に手を伸ばして縋るべきなのだろうか。それとも――何もせず見送るべきなのだろうか。

 私は、私のやりたいことは、諦めきれる程度のものだったのだろうか。

 

 

第三十一話 その手を伸ばして

 

 IS学園襲撃事件から一ヶ月。退院を果たしたアヤカは車椅子に乗り、まともに動かせない身体を引き摺るように戻ってきた。

 部屋を一階に移動させたとはいえ、日常生活では他者の助けが必須。フォークやスプーンを手にするにも一苦労し、口元に運ぶだけでも分単位で時間を要する。お風呂など一人で入れるわけもなく、私や箒さん、技術科のメンバー三人やアヤカの祖母などが介助しながら入るのが日課になった。

 ルームメイトである私が基本的に傍に付いて、他の人たちは私が居ない時やアヤカがリハビリを行うとき、私だけでは手が足りないときに手伝ってもらっている。

 アヤカの素肌が顕になる度にその腕に目が向いてしまう。遠くから見れば違和感は無いけれど、間近で見るとより傷跡が鮮明に見えてくる。ラウラ・ボーデウィッヒの言葉が真実だと思い知らされる。不規則に肩口を走る境界線が、認めたくない事実を突きつけてくる。

 

「アヤカ、お湯の加減はいかがです?」

「丁度良い温かさだと思います」

 

 ウソだ。アヤカはまたウソをついた。アヤカの好みの温度を確かめようとして、お湯を触らせたときのこと。私が温度設定を間違えて、水が出たときがあった。なのにアヤカの口から出た言葉は“温かいです”だった。つまりアヤカは……温度を感じていない。何かが触れる感触さえも、失っているままなのだ。そのことを知っていて何も言わないからには何か理由があって言えないか、言いたくない理由があるのだろう。

 けど、それもあと少しで終わる。苦しみの中にいることさえ感じなくなったアヤカが、こんな日常を続けなくてもいい日が来る。

 

「アヤカ、セシリア、晩御飯できたわよ」

 

 入浴を終えると鈴さんが夕食を持ってやってくる。ここ最近の日課にもなっている光景だけど、鈴さんの料理のバリエーションは高校生と思えないほど豊富だ。

 一度だけ、幼いころに訪れた香港のレストランのコック――厨師と言うらしい――が腕を振るっているところを見たことがあった。まだ高校生でありながらその光景と何ら遜色のない立ち振る舞いは、鈴さんの腕が一級の料理人クラスであることを雄弁に物語っている。

 珍しいものが食べたいとアヤカが言った時には刀削麺を目の前でやってみせ、カレーが良いと言えばアヤカが食べやすいようにスパイスから調節したドライカレーを作り、肉が食べたいと言えばフィレンツェ風Tボーンステーキを用意するなど、鈴さんの本気度が伺える。

 何故ここまで上達したのかと聞いて返ってきた答えは実に単純で、“特別な人に美味しいと言ってほしいから”ということ……つまり私にとって最大級のライバルであることが確定した。

 

「今日はアメリカンで攻めてみたわ。肉多めのジャンバラヤとチキンスープ、シーザーサラダ。デザートはアップルパイよ」

 

 見た目の幼さに反するこの器用さは羨ましい。私などサンドイッチ一つ作るのがやっとだったというのに。しかも味が……いえ、今は思い出さないでおきましょう。

 アンティーク調のワゴンで運ばれてきた料理が自室のテーブルに広げられていく。ソーセージに鶏肉、タマネギにパプリカにセロリ。唐辛子を多めにして辛く味付けしたのか、赤みがつよいジャンバラヤが出てきた。“火の料理”とも称される中国料理を専門としているだけあって加熱調理はお手の物らしく、鈴さんが作ったジャンバラヤからは衰えない熱気と共に芳しい香りが立ち昇っている。

 チキンスープは少し中国風に仕上げたらしく、器の底まで見える澄んだ清湯スープにとろみをつけ、とき卵ともやし、ネギを入れたものになっている。香辛料の香りも食欲をそそる。

 シーザーサラダは粉チーズを多めに、ドレッシングをかけて半熟の卵を乗せたオーソドックスな一品。デザートのアップルパイは英国でよくある見知ったものではなく、サクサクのパイ生地で包まれた円形――しかも人の顔くらいはあるサイズ――のものがドンと出てきた。

 クッキーのような生地を使うものは良く見ていたが、パイ生地で包むのがアメリカ流なのだろう。

 

「んぐぐ……も、もう少し」

 

 スプーンで一口掬う。たったそれだけの動作でさえ今のアヤカには重労働だ。ぷるぷると震えるたびにスプーンから零れ落ちていくばかりで、食事は遅々として進まない。

 五分間の格闘の末、アヤカは中身のほとんど零れ落ちたスプーンを口元へ運びいれた。

 

「はぁ……」

「お疲れ様ですわ。はい、あーん」

「あーん」

 

 アヤカの食事がある程度進み、鈴さんも私も食べ始める。

 少しピリッとした辛さが効いたジャンバラヤ。とろりとした舌触りのスープ。新鮮なサラダ。温かいアップルパイへと食事が進んでいったところで、アヤカが言う。

 

「あ、私、ちょっと手術受けてきますのでしばらく休みます」

「――えっ?」

「ちょっ、手術!? あんた! この間病院から戻ってきたばかりじゃない!」

「ええ。その、お昼にナタリヤ大佐に最新の医療が受けられると聞いたので。なんでも断裂した神経はある程度接合できているそうなのですが、そのマッピング異常が……ええと、繋がった先がバラバラなんだそうです。詳しいことは私もついていけなかったんですけど……要するに外科手術とナノマシンを使って、バラバラで繋がってる神経を正しい配置で繋ぐんだとかで」

「……その話は本当に事実なのですか?」

「うん、成功例は多いって聞いてる。ただ……日本じゃまだ認可が下りたばかりで、一箇所でしかやってないみたいです」

「アヤカ、本気――なのですか?」

「……うん。退院したときは、もういいんじゃないかって思ったけど……私って諦めが悪いみたいで、ずっと未練がましくすがり付いてただけだったの。ラウラさんの言うとおり、往生際の悪いことしてたの」

 

 あの時浮かべていた笑みも、必死で車椅子から立ち上がろうとしていたのも、全てはただの惰性だったということなのか。認めたくない事実を否定したくて、ただそれだけのために取り繕ってきたということなのだろうか。

 

「でも、セシリアや一夏が言い返してくれた。リンやおばあちゃんやリッカたちだって助けてくれた。それがすごく嬉しくて、自分が情けないことやってるんだって気づけた。

 ……未練がましく残ってるくらいなら……どうせなら、私は足掻けるだけ足掻いてみせる。IS学園に入る前だってそうだったんです。大切な人たちを失くして、ISに乗ることも怖くなって、自分の中に広がっていく空しさを感じるくらいなら、と生きることさえ諦めたんです。

 だけど先生たちに助けられて、IS学園に入ってセシリアやリンたちに会えて、やっと怖いって感じることが無くなってきたんです。

 私は――必ずもう一度立ち上がってみせます。それが、みんなへの恩返しだと思うから」

 

 ああ、やっぱりアヤカは強い。あんなことがあって心を折られるような目に遭って、それでいてまた立ち上がろうと、一歩を踏み出そうとすることができる。彼女の強さ。彼女の意志に報いるために私にできること。

 立ち上がろうとする彼女を再び迎えるために、私は――

 

「わかりましたわ。気兼ねなく手術を受けてきてください」

「……え、と、もう少し反対される気がしてたんだけど」

「あたしは別に。あんたって結構ガンコそうだし」

「私はアヤカなら成功させて帰ってくると信じていますので」

「……期待が重い」

「ただし、約束してくださいまし。手術が終わって、全力で戦えると思ったとき――――もう一度、戦ってください」

 

 そう、あの最初の戦い。アヤカは第二世代のラファール・リヴァイヴで私に勝利してみせた。あの日以降、ルー・ノワールに乗り換えたアヤカは目に見えた伸びを――いや、本来の実力を発揮しつつあった。勝ちたい。この人に勝ちたい。そう思わせるほどの卓越した操縦技術を見せ付けてくるアヤカを見て、私はこの人に勝利したいと渇望した。

 だけど伸ばした手は届かず、いつも一歩先を行く彼女に追いつけず、並ぶこともできず涙を呑んだ。

 

「ええ、もちろんです。次も勝ってみせます」

「いえ、今度こそ――私が勝ちます」

 

 だから、もう一度だけ、あなたと共に立つ機会が欲しい。

 

 

 某県某市の研究所。そこがこれから私が入院する施設だ。白い近未来的なデザインとガラス張りを多用したエントランスと、そこから伸びる研究棟が私の一時の住まいとなる。

 

「随分顔つきがよくなった。いいぞ、凛々しくなったじゃないか」

「もうっ、頭を撫でないでください」

「はっはっはっ、妹の孫となれば私にとっても孫のようなものなのだ。こうして愛でるのも不思議ではなかろうよ」

 

 私の頭を優しく撫でる大伯母様。中学生の一年生のような小柄さと低身長でありながら、その中身は非常に老成していて、見た目の年齢にそぐわないおおらかさを振り撒いている。

 

「何かいいことがあったのか?」

「良いことというか、踏ん切りがついただけです。今までズルズル引き摺って後回しにしていた問題に、やっと決心がついたっていうか……やろうっていう覚悟が決まったというか」

「フム、良いことだ。アヤカはあんな傷を負って、それでも諦めきれずに前に進めた。惰性で続けるだけの後ろ向きな努力ではなく前を向いて進めた。それは素晴らしいことさ。いい子……本当にいい子だ。麗香が可愛がるのも納得だな」

 

 ……この妹にしてこの姉ありというものなのかもしれない。撫でる感覚も強さもまったく同じだ。

 

「さて、説明は受けただろうがもう一度確認させておくれ。ここから先に一歩でも踏み込めばもう後戻りはない。神経系を一度切り離し、正しい配列に再度繋ぎ合わせるという困難な手術に挑むことになる。まずは右腕、次は左。最後に右足だ。

 必要とあれば神経を人工の神経ファイバーで代替することになる。まともに機能するかは運がらみですらある。……それでも、やるのか?」

「――やります。私を待ってる人が居ますから」

 

 ここが勝負だ。例え可能性が低かろうと私は挑んでみせる。私を待つ人たちのために未来を掴んでみせる。運命が阻むなら蹴散らしてやる。私はもう一度やると、そう決めたんだ。

 

 

 

「ああ、それと北條はしばらく欠席となる。ではIS基礎論の285ページの7行目からだ。篠ノ乃」

「――は、はい。えー、インフィニットストラトスの運用における基本的な――」

 

 授業の開始直前に告げられた一言。アヤカがしばらく欠席するという言葉に耳を疑った。

 なんで、どうして俺たちには何も知らせずに居なくなったんだ? 千冬姉は理由を知っているのか? ルームメイトのセシリアは聞いていたのか?

 頭の中でぐるぐるぐるぐる、ハムスターが回し車を回すように次々と疑問が振って湧いてくる。

 

「アヤカが欠席した理由、ですか?」

「ああ。セシリアなら何か聞いてるんじゃないかと思ってさ」

「そうですわね。知っているといえば知っています」

「本当か! アヤカはどうなったんだ!? 大丈夫なんだよな!?」

「大丈夫ですわ。ですが、こればかりは一夏さんとはいえ私の口から言うことはできません。命に関わるようなことではない、としか言えませんわ」

 

 セシリアは何も問題ないと信じているんだろう。たっぷりの自信と余裕をもって笑みを浮かべ、心配ないというばかりだ。

 

「うーん……」

「一夏、気になる?」

「そりゃあな……退院から一週間でまた欠席なんて、心配するのが普通だろ?」

「僕はあまり面識が無いから詳しいことを知らないんだけど、北條さんは入院してたの?」

 

 部屋に戻るなり俺の今のルームメイトであるシャルルが気にかけて聞いてくるものの、どう答えればいいんだろう。ありのままを話すべきなのか、多少ごまかしていくべきなのか。けどあの時にラウラのやつが全部暴露しちまってたから……ごまかしもきかないんだろうな。

 

「少し前にさ、IS学園がテロリストに襲われた事件があっただろ?」

「……ああ、確か軍人の方が亡くなられたっていうヤツだよね。僕もISに乗っているからどうしてIS操縦者から死者が出たのか不思議に思っていたけど、絶対防御を貫通するほどの高出力な火器を使う敵だったんだって聞いたよ」

「そうだぜ。で、アヤカはそのときISに乗って戦ってたんだ。……学園のみんなや、あいつのおばあさんを守るために、たった一人で三機の敵を相手にしてたんだ。統合軍の援軍が来て、国連軍の援軍も加わって、千冬姉……織斑先生まで加わったけど、アヤカは敵のISに狙われて大怪我をさせられたんだ」

「たった一人で三機を相手に……!? た、確か彼女の機体はラファール・リヴァイヴだったんじゃ? リヴァイヴであんな機体を、しかも三機も相手取るなんて無謀だよ。

 すごく大人しそうでどこかのお嬢様みたいだったけど、実は行動的なのかな……」

「ああ、俺もそう思う。だけど、あいつは強いんだ。リヴァイヴのカスタムタイプをアレンジした機体で、俺なんて弾の一発も当てられないくらい強いんだ。そんなアヤカが――手足を引きちぎられるなんて」

 

 俺はISに乗っていたんだ。敵を倒すことだってできた。だけど俺は弱すぎて最後の一撃を決めただけだ。鈴が俺を守ってくれて、松坂さんが敵を押さえ込んで、荒川さんがチャンスを作ってくれなければ俺たちはみんな死んでいた。

 

「俺が、俺がっ! もう少しでも強ければ……! 足手まといでさえなければ! 命を賭けてでも守ろうっていう覚悟さえあれば! あの人たちは死なずに済んだかもしれないっ!

 アヤカだってあんなケガをして苦しむことなんてなかった! 俺たちが、もっと……誰かを助けられるだけの強さがあればっ……! 俺が、覚悟を決めていればアヤカを助けられたかもしれないんだ……!」

 

 俺には力が無い。それが事実だ。

 俺はアイツを守れなかった。悔しいけどそれが現実だ。

 俺ではアヤカを守るどころか足手まといだ。それが現在(いま)の俺だ。

 

「――いいなぁ」

「……何がだよ?」

「あ、いや、さ……こんな風に大切に思ってくれる人が居るって、良いことだなって」

「そりゃアヤカは友達だしな。入学式のあと、学園でただ一人の男の俺に声をかけてくれたのはアヤカくらいだったし。正直アヤカが声をかけてくれなかったらずっと見世物小屋の動物の気分だったよ」

「……本当にそれだけ?」

「んー……あとは練習にいつも付き合ってくれるし、戦い方も教えてもらったりしてるな。受講料と称してレゾナンスのスイーツ食べ放題にたまに連れていかれるけど」

 

 時々からかうようにあしらわれるけど、アドバイスは的確だし銃や剣の使い方はもちろん、どういうタイミングで攻めたり逃げたりするべきか、そういった立ち回りも教えてくれる。もちろんアドバイスどおりにやろうとしたらそれこそその裏をかいてくるんだけど。

 

「それって、実際はデートなんじゃ……?」

「いや、無い無い。アヤカが行きたがってた店だけど、アヤカが一人じゃ入りにくいからって俺を連れ出してるだけだしな」

「そうなの?」

 

 別に俺じゃなくても女の子同士でも問題ないはずだし、もっと言えばアヤカのおばあさんを連れていってもいいはずだ。……別に俺でなくても、シャルルでも……何ら問題ない。

 

「……で、まだ他に何かあんのかよ? 無いならちょっと昼寝する」

「あ、うん。じゃあ僕は本でも読んでるから……」

 

 ああイライラする。何もできずに終わった自分を思い出したせいだ。今は余計なことを考えずに昼寝だ。軽く寝れば少しは気分も収まるだろう。

 ゆっくりと瞼が重くなっていく。梅雨明けの近い晴れ間から降り注ぐ光の温かさと湿気で気分は最悪だというのに、そんなものお構いなしで眠気が押し寄せてくる。

 

「…………はぁ?」

 

 俺は、なんで廊下に立ってんだ? さっきまで昼寝していたはずだ。ようやくイライラが収まってきて、どうにか眠りについたはずだ。

 

「――! ……!?」

「誰か、いるのか?」

 

 1025号室は俺とシャルルの部屋だ。誰かの話し声とバタバタという歩く音が微かに聞こえるドアの向こうで、誰かが居るらしい。扉のドアノブに手をかけ――

 

「ダメッ、シャルルっ、んっ、そう……いうのはぁっ……はぁっ……ココじゃ……!」

「いいじゃない。僕たちもう親しい仲なんだからさ」

「んっ、そう、じゃなくてっ……! こ、れっ、い、いちっか、のっ……ベッドでっ――!」

「大丈夫だよ。一夏ならしばらく帰ってこないから。僕さ、ずっとアヤカのこと……気になってたんだ……」

「ほっ、ほん、とう……?」

「だからさ、僕にキミの全部……ここで見せてほしいな」

 

 ――なん、だよ。何やってんだよシャルル。なんでそいつにっ、アヤカに手を出して――! 何で、アヤカも、そんな甘い声で――!

 

「うわああぁぁっ!」

「ひゃっ!? な、何!? 一夏! どうしたの!?」

「……はぁっ、はぁっ……ゆっ、夢、か……?」

 

 心配したような顔でシャルルが俺を見る。だけど、どうしてもシャルルと顔を合わせることができない。なんだってあんな変な夢を見るんだよ。そりゃあ確かにシャルルはイケメンの部類に入る……それどころかトップクラスの美男子だと思える。

 だからといってあんなタラシみたいなセリフを言うやつじゃない。ちょっとズレたところもあるけど至って普通の誠実な好青年だ。決してあんな、夢の中で見たような……いわゆるチャラ男では断じてない。

 

「一夏、すごい汗かいてるよ。冷たいお茶を淹れようか?」

「あ、あぁ……わるいな」

 

 ああ、イライラがとまらない。俺は、どうかしちまったのかもしれない。

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