きゃすたー(7mg)の雑多なネタ倉庫   作:きゃすたー(7mg)

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ドルフロのとりあえず8話目

 

 G41は知らない。彼女達が戦う理由を。

 G41は知らない。彼女が生きる理由を。

 G41は知らない。自身の幸せの定義を。

 

 G41は知らない。自らが手に取る銃の、その引き金の重みを――まだ知らない。

 

 

 第三標的 PMC“アフターグロウ”就職説明会

 

「はーい。それじゃPMC“アフターグロウ”の中途採用に関する説明会を始めちゃいまーす。進行は私、秘密兵器ティスことOts-12と」

「妹のOts-14、グローザが務める。緊張しないでいいわ」

「別に難しい話ってほどじゃないから気楽にしていいよー」

 

 FALさんと合流し、電車で本土へ渡って車で二十分。FALさんから“ちょっとだけ待ってて”と言われて通された少人数用の会議室でコーヒーを飲んでいると、ザルツブルク基地にも居た姉妹――別人なのはわかっているけど見ていてつらくなる――が資料を手に入ってきた。

 ……相変わらず、ティスちゃんはのんびりとしたような口調で、妹のグローザさんはハキハキとした喋り方だ。

 赤いベレー帽に儀礼的なデザインの強い制服。灰色を帯びた白い髪を三つ編みのツインテールにし、先端に星の髪留めをあしらった彼女、ティスちゃんはグローザさんのお姉ちゃんだ。

 その隣に座ったグローザさんはモデルさんのようで、ティスちゃんよりも背が高く、仄かに赤みがかかったブロンドの髪を靡かせる。パッと見ただけではグローザさんのほうがお姉さんに見えるけど、実は妹だ。

 

「じゃ、これ見ながら話を進めよっか」

 

 そう言ってティスちゃん……ティスさんが配ったのは一冊のパンフレット。

 表紙には戦術人形のPKPさんやFALさん、G36さんにエコーさんが並んで映っている。みんなそれぞれの銃を手に、人間の軍人さんたちと一緒に映っている写真なんて珍しい。

 物珍しそうに写真を見ていると、1ページ目を開いたグローザさんが説明を始める。

 

「まず、私たちPMC“アフターグロウ”は今のご時勢じゃそれなりによくある“都市の防衛と管理を委託されたPMC”だ。イタリア政府からの依頼でこのヴェネツィア周辺地域の防衛や統治を代行してる会社だ。

 管轄区域の面積で言えば7位、勢力規模で言えば6位くらいだ。海辺もあるし山岳地もあるから、現在新規社員を絶賛募集中というわけだ」

「……それってスゴイんですか?」

「んー、グリフィン&クルーガーを含めると、中堅の上位ってカンジかなー? トップはグリフィン&クルーガーで、欧州のほぼ全域に支配地域を持っているのは知ってるでしょ?

 その他の中規模、小規模なPMCが管轄する区域というものの多くのは大都市間の中間にあるような比較的小規模、又は中規模の都市がほとんどなんだよねー。

 ま、支配域の総面積では中堅程度だけどさ、イタリアのボローニャ、ヴェローナ、ヴィチェンツァ、トレヴィーゾ、ヴェネツィアといった旧ヴェネト州の主要都市のほぼ全部を受け持っているのが私たちアフターグロウ。

 ちゃんと各都市に支部があるし、そこに一般の軍とは別で指揮官と戦術人形のチームも置かれているから割りと外敵への備えはしっかりしてるほうだと思うよー」

 

 ちなみにコレがグリフィン&クルーガーの支配域ね、と言ってティスさんはタブレットに表示された画像をこちらに見せる。……すごく、大きいです。そんな言葉しか出てこなかった。

 

「で、グリフィン勢力圏を消すとこんな感じ」

 

 南北米大陸とアフリカ、欧州から中東、果てはインドやアジアまで跨っていた青色が消える。……残った色はイギリス、フランス、ドイツ、スペイン、トルコ、イタリア、ロシア、それに北欧圏と北アフリカと中東に少しずつ残っているだけだった。

 

「まー、私たちはこの残っている色の中で7位ってコト。PMCとしちゃ中堅だよね」

「とはいえグリフィンでも無視しきれないだけの勢力であるのは確かだ。業務提携していることもあって他のグリフィン勢力下の都市とも交易が可能だし、何より援軍として参戦したりすることもある。もちろん我々はPMCだ。仕事をするからには報酬を受け取っている」

「けどさ、よく覚えといてね。私たちは“傭兵”じゃないんだ。私たちは“契約と法と善性”を好しとする“民間軍事企業”なんだよね。

 一般市民や力の無い人を守るのが私たちで、善悪問わず誰彼構わず仕事を請け負う“傭兵”みたいな無法者とは違うの。信頼の厚さが違うのよね」

「グリフィン&クルーガーの紋章に描かれるのが“戦争”や“力”を象徴するドラゴンであるのと同じように、我々アフターグロウの紋章は、盾の中心に描かれた剣の左右に羽付きの獅子とドラゴンが座している姿だ。

 ドラゴンは言うまでもなく力の象徴で、獅子は“勇気”を象徴している。そして獅子はヴェネツィアの紋章でもある。これはアフターグロウと旧ヴェネト州の人々が団結したことを証明するものでもあるんだ」

 

 そういえばご主人様も言っていた。PMCには信頼こそが必要なんだって。他の人たちにとって、任せておけば安心できる組織にしなきゃいけないって。

 

「じゃ、次いこっか」

「そうだな。次のページは……各支部の紹介だな。先ほど言ったように旧ヴェネト州の主要都市にアフターグロウの支部がある。ヴェネツィアのみが少し特殊で、ここトレヴィーゾの総司令本部の直接の管区として扱われている」

「それ、FALさんも言ってました。水害が多いし地盤が緩くて基地が置けないって」

「まあそれも一つの理由だよねー。けどね、本当の理由はもう一つあるって知ってた?」

「……それ以外になにかあるの?」

 

 んふふ、と笑みを浮かべてティスさんは自慢げに問いかけてくる。そのいたずらっ子のような笑い方はどこかエコーさんっぽい。

 お金がかかるのと地盤が緩いのと、それ以外に考えられる理由……何があるんだろう。

 

「ヴェネツィアってキレーでしょ。杭打ちして地盤を固めてその上にレンガ造りの街並みが作られたんだ。サン・マルコ寺院とかもそうだけど、街全体に統一感があるんだよね。ちょっと時代がかったカンジでさ。

 ……で、そこにコンクリート壁で囲まれて機銃の銃座や監視塔がそこかしこにある基地が建っちゃったら、なーんかミスマッチでしょ? そゆこと」

「つまり、“景色があわない”ってこと?」

「概ねスコーピオンの言う通りだ。ヴェネツィアは“アドリア海の女王”とも言われる美しい街並みでその名を知られてきた街でもある。

 故に、基地など建てようとすれば住民から猛反発を食らうというわけだ。その代わりに建物のいくつかを改装して部隊の詰め所にしていたり、本土側に基地を置くなどして有事の際の対応に配慮してある」

 

 このあたりは政治的な問題だな、と言ってグローザさんはエスプレッソコーヒーを口にし……苦そうな反応を見たティスちゃんに砂糖を追加されていた。丁度飲みやすくなったのか、グローザさんの表情も少しにこやかだ。

 

「さー、次のページだよ」

「次のページは……まあ一般的な戦術人形の業務内容だな。都市間の輸送ルートの哨戒警備に、市民や諜報部から報告のあった案件の調査任務。補給物資や食料、資材などの輸送部隊の護衛任務。他には要人警護や施設の警備も時たま入る」

「基本的に一週間シフトで持ち回りするのが普通かな。この前みたいな遠征や長期任務でメンバーが抜けるときは臨時編成で組みなおして回してるよ」

「一般的な軍人採用なら都市内部の治安維持やパトロールなんかがメインになるのだが、二人は戦術人形だから少しばかり危険度も高い任務になるだろう。

 そして我々戦術人形部隊は他企業……グリフィン&クルーガー等の他のPMCからの依頼などで援軍として戦地に出向くこともある」

 

 危険度の低い仕事は他の一般的な軍人に割り振っているだけあって、流石に交通整理の仕事は無いみたい。その分街の外に出たりする任務が多い。

 

「ちょっとだけ、いい?」

「ん、どしたの?」

 

 今まで静かにしていたスコーピオンちゃんが手を挙げて言う。難しそうな顔をしているから、何か考えていることがあるのかもしれない。

 

「他企業からの依頼があるのはわかる。……どんな任務があったのか、開示できる範囲で教えてほしいんだけど」

「そうだねー……グリフィンからはここのところは基本的に鉄血関連の依頼かな。他のPMCからは反体制派やゲリラ組織への攻勢に出る時に防衛任務にあたったりとかしてたかなー」

「……その時、人を撃つような場面はあったの?」

「そりゃあるよねー。自爆テロに奇襲作戦。人質を取った立て篭もり事件に銀行強盗。ひどいものだと小さな女の子が持ってきたバスケットがその子ごと大爆発、とか。

 いやー、ダミーが受け取ってよかったって今でも思うね」

「……あの時は本当に肝を冷やしたよ姉さん。大勢の一般人が居る中であんなテロ行為だなど……」

「えへへー、負傷者ゼロに抑えた私ってやっぱり秘密兵器よね」

「そしてダミーと実行犯の少女は灰となったわけだがな」

 

 ……目の前のティスさんは少し寂しげに窓の外に目をやって私たちに向かって言う。

 

「――あの子が悪いわけじゃない。でも何も知らない子供に爆弾なんて持たせるヤツは実際にこの世界に居るんだよ。そしてそんなことを平気でやるような“悪人”を撃つのが私たち。

 いい二人とも? 撃つべきときには、ためらわずに撃たなきゃいけないよ? でなきゃ自分か仲間か、他の力の無い誰かが死ぬんだからね」

 

 子供を使ったテロ。そんなものが本当に起こっているだなんて知らなかった。ティスさんが冗談で言うとは思えないし、私たちに忠告するティスさんの言葉は有無を言わせない圧迫感さえ感じさせる。

 何も知らない子供に爆弾を持たせて送り出した人の気持ちなんてわかりたくもない。誰かの命をただの道具としか思っていないなんて、そんなひどい人を許すことなんてできそうにない。

 いつもどおりの日常が……大切な誰かの命が簡単に奪われる。そんなことが普通に起こるような世界なんて……私はイヤだ。

 

「初めて人を撃ったとき……どんな感じだった?」

「スコーピオンもG41も想像つくんだろうけどね……そりゃー気持ちのいいものじゃないよ。ね、グローザ」

「あれほど後味の悪いものは後にも先にも無いだろうな。だがあの一発の銃弾が敵を倒したことで、大勢の命が救われた……そう思っているよ」

「コーヒー入れてくるよ。グローザ、少しよろしく」

 

 戦術人形も自律人形も、基本的には“ヒトを傷つけること”ができない。命を奪う、危害を加える行為はできない。……そのはずなのに、ヒトを撃った経験があるということは……そういった命令を下すヒトが居るということ。

 そしてきっと、それは二人が所属する部隊の指揮官……エコーさんなのだろう。

 

「一つ言っておくことがある。私は確かにヒトを殺したし、姉さんもそうだ。射殺命令の下に、自らの判断で敵を殺してきた。だがその判断を間違いだとは思っていないし、例え糾弾されたとしても後悔は無い。私たちが撃たなければより多くの犠牲者が出ていただろう。

 私たちは自分自身や仲間を、そして何よりも平穏に生きる一般市民を守るために敵を殺している。ヒトを守るためにヒトを撃つというのは矛盾しているように思えるが、それは違う。私たちは善良なヒトを守るために、多くの他者を害する悪人を殺す。

 それこそが私たち“アフターグロウ”の……いや、私の戦う理由だと思っているよ」

「……ありがとう、グローザ。それとゴメン。つらいものを思い出させちゃって」

「いいんだ、スコーピオン。もう終わったことさ」

 

 大切なものや誰かを守るために戦うのだとグローザさんは言う。自分がやらなければもっと多くの人が苦しむと理解しているんだ。……私は誰かのために、自分を賭けることができるのかな。

 

「おまたせ~……おお? コレは秘密兵器の私としたことが、空気読めてなかったカンジ? なんかシリアス風味だったのにゴメンねー」

 

 コーヒーの香ばしい匂いと共にのんびりとした声が聞こえる。ティスちゃんは冗談ぽく言ってエスプレッソコーヒーを配って席につくと、カップの中に山盛りの砂糖をざばぁっと投入する。

 

「次は他の事業内容だねー」

「簡単な話だ。行政、経済、娯楽といった面での事業内容だ。

 行政はそのまま読んで字の如くだ。人々の暮らしに関わるもろもろだ。

 経済は主に他PMC勢力圏との交易路の確保や、稀少資源や食料などの輸出入に関するものだ。

 娯楽という点では温泉レジャー施設や宿泊施設などの運営が主だ。こんな時代でも娯楽があれば旅行客は集まるもので、特にヴェネツィアは元々有名であることと治安維持がうまくいっていることもあって旅行客が多い。特に避暑地や有名な観光地などはシーズンともなるとかなりの稼ぎだ。手が足りなければ我々でさえそこのパトロールに回されることもある」

「でも最近は鉄血のせいで東側からのお客さんが減っちゃったんだー。ほんとイヤになっちゃうよねー」

 

 いつの世でも経済を回すというのは大変らしい。G&Kがどうだったのかは知らないけど、ご主人様がいつも“資源が足りない”とか“食料備蓄が”と呟きながらタブレットとにらめっこしていたのを覚えている。

 

「で、こっからが一番大事な話」

 

 ティスちゃんが急にトーンを落として、真っ直ぐにこちらを見る。その迫力に思わず背筋を伸ばしてしまったのはスコーピオンちゃんも同じらしい。

 

「お給料とか待遇について諸々説明しちゃうから、ちゃんと聞いてね」

「まず……給与に関してだが、月給制を採用している。キミ達の予想される総年収は……この額だ」

 

 ……! す、すごい! G&Kのときの総支給より15パーセントも高い!

 

「そしてそこから税金や手当てなどを計算すると……およそこの額になる」

「け、結構減るね……」

「何分中堅企業なのでね。だがその分福利厚生は非常に充実している。施設内の食堂とバーは安値で利用可能になっているし、浴場は無料だ。トレーニングジム、射撃場の他に娯楽室やプールにリラクゼーションルームもある。まあいずれも他の軍人と共用なのでナンパには気をつけることだ。ちなみに私のイチ推しは映画館だ」

「昨日も映画を見に行って終盤で寝そうになってたもんね。私はマッサージチェア推しかな。アレに座ってお昼寝するのって最高だよー」

「ゴホン……そして各人形には二人で一部屋が与えられる。あと、初期での軍での階級としては伍長相当になる。ちなみに今姉さんは准尉で私は曹長だ。もちろん技能の習得や階級の上昇、そして年1回の昇給などで給与が増える」

「どう? 中堅だけどけっこーやるもんでしょ」

「そりゃあスゴイとは思うけど……」

 

 確かにこれはすごいと思う。同じPMCでも会社が違えばこんなに違うものなのかな。スコーピオンちゃんもどこか戸惑っているような感じで歯切れが悪い。

 

「わかってるよ。お休みは週に二日。長期任務や遠征とかだと後でまとまった休暇が申請できるから大丈夫。私たちは戦術人形だから戦傷手当てとか死亡保障とかは無いけど、功労賞とかでいろいろと貰えるようになってる。

 それに現地で万一倒されてもリーダーや仲間がちゃんとメモリーチップを連れ帰ってくれるから大丈夫。無理な場合はバックアップからの復元になっちゃうけど」

「サポート体制は万全だ。何せ戦術人形部隊は物資輸送、外貨稼ぎ、防衛に治安維持と都市運営委託型PMCにとっての大動脈を守っているんだ。アフターグロウはこれらを万全に機能させるべく手を尽くしてくれているよ」

「……改めて考えると確かにすごい」

「うん。自分のベッドがあるってすごいね……」

「普通、我々戦術人形の一般的な“寝床”と言えば休眠ポッドだからな。その点ココは個人のスペースが広くて嬉しい限りさ」

 

 基本的な仕事は物資輸送ルートの警戒や部隊の護衛。不審な場所への調査任務。要人警護や建物の警備。そして他PMCからの要請による遠征や任務。あと観光地の繁盛期のお手伝いやパトロール。

 お給料は十分に出る。税金なんかで結構引かれちゃうけど、施設利用料は格安で娯楽も揃っている。しかも部屋は二人一部屋でベッドまでついてる!

 お休みもちゃんと出るみたいだし、やられちゃったとしてもちゃんと連れ帰ってもらえるみたいだ。……迷惑はかけちゃうんだろうけど、ちゃんと連れて帰ってくれるなら少し気楽になる。

 

「とまあ、ひとまずこんなカンジで」

「姉さん、次はなんだった?」

「この後は戦術人形の各部隊のお仕事見学かな。とはいえリーダーたちエコーチームはいつもの仕事。デルタチームは多分トレーニング中。ガンマチームは次の輸送計画に備えて会議してるところだし、フォックスチームは即応体制で待機中だったっけ。本部警備部隊はヴェネツィアから離れられないしね」

「へえ、結構部隊があるんだね」

「まあね。護衛任務やエリアの哨戒。事務仕事に調査任務。迷子の仔猫の捜索から鉄血残党のあぶり出しまでいろいろやってるよ。危険度の低い任務は軍のほうにお任せしてるから私たちが行くのはだいたい鉄火場だけど」

「出撃イコール危険な仕事ってワケか。……楽しそうじゃん」

 

 スコーピオンちゃんらしさが滲み出ている。割と好戦的な部類に入るスコーピオンちゃんは危険な任務が多いことに高評価を下したらしい。

 

「それじゃ行くわよ。まずはリーダーの仕事場ね。私は総司令官に報告上げてくるから、あとよろしく」

「了解。姉さん」

 

 ティスさんと別れ、グローザさんと一緒に司令部を出て向かった先は以前にFALさんに連れてきてもらった訓練施設だ。一番大きな倉庫を改装したらしいキルハウスのほうではなく、基地の一角に設けられたより厳重なセキュリティの建物へと車で乗り入れる。

 コンクリート壁と有刺鉄線で遮られ、入り口は頑丈な鋼鉄製のゲートが一つ。物々しさを感じるこんな場所に何があるんだろう。それはスコーピオンちゃんも同じだったみたいで、グローザさんに質問していた。

 

「ねえグローザ。随分厳重みたいだけど入っていいの?」

「構わない。リーダーから許可はもらっている。

 ここから先は一般の兵士の立ち入りが禁止されている区域で、主に戦術人形関連の設備が置かれている場所だ。第二司令部と言っても過言ではない程度には揃っているよ。

 我々のメンタルモデルのバックアップに寝床、そして銃器や装備品、それにメンテナンス。戦術人形を稼動させる上で必須の施設がここに揃っているのだから、警備体制が厳重なのは必然のこと。

 といっても缶詰にされたピンクサーモンのような窮屈さじゃ無いさ。アフターグロウの戦術人形なら出入りは自由だ。司令部施設とは少し距離があるけれど歩いて行ける距離だ」

「……そんな中枢に入っていいんですか?」

「G41、キミ達も私も戦術人形だ。なら戦術人形に関わる場所を見なければいけないだろう?」

「まあ、確かにそうだね」

「それに最初でここに来れるのは信用されている証拠。リーダーと同じ戦場で共に戦ったんでしょう?」

 

 脳裏を過るあの日の記憶(メモリー)。仲間を失って一人生き残り、その絶望の中で出会った

アフターグロウのメンバーたち。死地を前にして諦めない姿は私が失った仲間たちを見ているようで、ずっと胸がちくちくと痛む感じがした。

 引き連れていたダミーを喪失し、傷つきながらも必死で足掻く姿は一枚の写真のように克明に記憶している。

 最初に見たときの感想は“戦い慣れている”というものだった。出来立ての人形のものとはまるで違う澱みない身のこなしは数十程度の経験のものじゃない。何百何千という反復と確認で身に付けた、思考する間も必要ないほど染み付いた技術だ。

 躊躇い無く敵を撃つ姿。味方や仲間のために危険に飛び込む姿。自らを賭け金(ベット)できる姿は一見すると無謀だけど、その裏では自身も仲間も救うための手段を常に模索している。

 

 お互いに支えあい、助け合うことでこの人たちは戦っているんだと理解した。

 

「や、いらっしゃい」

「あっ! G41ちゃんにスコーピオンちゃん!」

 

 施設の入り口の前で止まった車から降りると、そこには私たちを待ち構える人たちが居た。

 太陽のような笑顔で私とスコーピオンちゃんを抱き締めたMk14EBRちゃん。はしゃいでいる仔犬を見るような、やれやれといった様子で見ているエコーさんだ。

 

「EBR、その辺にしとかないと二人とも困っちゃってるよ?」

「えー!? もうちょっと! もうちょっとだけですよー!」

 

 駄々をこねるEBRちゃんは完全に修復されたみたいで、以前つけていた応急処置の痕や包帯はどこにもなかった。四日も経っているのだから当たり前なのだろうけど、片目を失ったまま戦う姿の痛々しさは完全に消えうせていた。

 

「とりあえず……どこに行く?」

「第三監視塔!」

「出たよ。スナイパーどもの入り浸りスポット」

 

 くすくすと笑うエコーさんは“こっちだよ”と言って踵を返して施設の中へ歩を進める。

 通路を通り抜け、ちょうど施設の反対側に立つ監視塔を登り始める。螺旋階段を一歩ずつ登って辿り着いた最上階はちょっとした展望台のようになっていて、トレヴィーゾの街とアドリア海、そしてその中に浮かぶヴェネツィアが一望できるようなガラス張りだ。

 

「すごーい! ひろーい! キレー! スコーピオンちゃん! スコーピオンちゃん!」

「わかったから! わかってるから! そんなに引っ張らないでー!」

 

 これだけを見れば世界は平和そのものだ。街の周囲を囲うように作られた7メートル以上はあろう二重の防壁が無ければごくごく普通の街並みだ。

 

「さ、二人とも座りなよ。お話がしたいんでしょ?」

「私たちでよければバッチリ答えてあげるよ!」

「機密は喋らないようにね、EBR」

「わ、わかってますよぉ! もう!」

 

 エコーさんに促されて監視塔に設けられたパイプ椅子に腰を下ろす。小さなテーブルを囲うように配された椅子が軋む音を皮切りに、エコーさんが話し始める。

 

「さて、私たちがどうやってここに入ったのか知りたいんだったっけ。どこから話したものかなあ」

「最初から話しちゃえば?」

「いきなりヘビーなのは勘弁してよ。そうだね……私の祖父も父もここの職員なんだけど、わけあって親元を離れちゃってたんだ。で、帰ってきたはいいけど私の就職先が見つからなくて、それならこっちに事務職で雇うから来いって言われて入ったんだよ」

 

 それは全然知らなかった。あんな風に戦える人が就職先が無いなんて今の時代じゃ考えられない。どこのPMCも企業も自主防衛が基本なのに、エコーさんみたいな戦える軍人が職にあぶれているなんて。

 

「で、その事務職っていうのが後方幕僚……の補佐みたいなものでさ。支出やら予算やら作戦領域の資料作成やらといろいろやらされたワケ。入って二年ほどしてちょっとしたテロ事件が起こったんだけど、人形部隊の指揮官も後方幕僚も不在で対応が遅れたことがあってね。

 その時たまたま私が臨時で指揮を執った結果、こうやって人形部隊の前線指揮官に配属されちゃったワケ。幸か不幸か、部隊を指揮して戦うのには慣れてたし……そのまま前線で部隊を直接指揮するお役目が回ってきちゃったんだよね」

「なんていうか、ドミノ倒しみたいになってこうなったんだね……」

「言えてる。一つ動けば連鎖して次から次へと……そんな感じで考える暇なんてなかったよ。

 でもまあ、今の仕事も満足してるよ。いつ死ぬかもわからないのは確かに怖いけど、守ってくれる仲間も居るしね」

「ふっふーん! リーダーの安全確保は私たちが頑張ってるんだから!」

「さ、次はEBRの番だよ。……どんないきさつが聞けるか、楽しみだなぁー?」

 

 EBRさんが胸を張って自慢げにしている隣で、エコーさんはニヤリと笑って言う。

 それに対してエコーさんは自慢げに胸を張っていたのがウソのように縮こまってしまっていた。

 

「プ、プレッシャーはやですよぉ……その、私の話なんてあんまり参考にならないんだよ?」

「EBR、それは二人が決めることだよ」

「……わかりましたよ。二人は私が元々は戦術人形M14だっていうのは言ったっけ?」

「うん、聞いてるよ」

「私も聞きました!」

「……実は、ね……私って本来なら、その、廃棄予定……だったの」

 

 廃棄、予定?

 

「当時は鉄血とIOPの戦術人形技術が鎬を削っていて、私の本来のモデルであるM14は鉄血のスナイパーモデル……イェーガータイプの対抗馬の一つだったの。

 当時は製造直後で最新型の適合試験を受けられるって喜んで、同期のみんなと頑張ってきたけど……M14のスティグマに適応できたのは…………一体だけだった」

「ちょっと待って。だけどいきなり廃棄処分って急すぎるんじゃない? 民間用に払い下げられるくらいが妥当なんじゃ?」

 

 スコーピオンちゃんも私と同じ意見だったらしい。作られて、求められて、期待されて……なのに適合できなければすぐに廃棄処分だなんて……そんなの悲しすぎるよ……。

 

「理由はね……いくつかある。まず鉄血製は安価で壊れにくくて、安定した性能を発揮するのが特色でしょ? だからIOPも同じように安価で安定した性能の、かつIOPの誇る高品質さを備えた戦術人形の開発が行われたんだ。そのテストタイプの一つがM14とその素体だったんだ」

「……試験運用段階の人形だったってこと?」

「そう。リーダーが言ったように私たち……ううん、“私たち(みんな)”は試験運用段階で作られた戦術人形なの。ワンオフなところもあって代替パーツが少なくて、維持費が嵩んで、メンテナンスも手間がかかって……そのくせスティグマへの適合がろくにできない“私たち(みんな)”は、開発者からすればただの粗大ゴミ同然だったの」

「そこを引き取ってきたのが私の父さん……当時の人形部隊の指揮官だったってわけ。今でこそM14という戦術人形は量産が可能になってるけど、ほんの数年前まで技術的に製造が難しい戦術人形だったんだよ。しかも適合したとしても最大限の性能を発揮できるかすら怪しかった」

 

 あの溌溂としたEBRさんの姿はどこにもない。俯いて瞳を閉じ、静かに座っているだけのEBRさんはまるで本で見た死刑囚のように表情が見えない。

 

「で、当時のアフターグロウの研究室(ラボ)はこう考えた。人形よりも銃をアップグレードすることで機能を増設し、スティグマの一部を負担させることにした。つまり銃本体に測距機能や赤外線暗視機能をレールシステムで付与し、簡易演算コアを増設していくつかの処理を負担させた上で人形本体とデータリンクさせておくことで、本体の人形が“戦闘だけ”に専念できるようにしたのさ。

 人形本体が演算しなくても外部から結果が送信されてくるから、本体はそれを基にした戦闘行動をとることにリソースを割けるようになったんだ。要はダミーが観測したデータを本体が受信するのと似たようなシステムだよ」

「……それでも部隊じゃへっぽこだったんだけどね……あはは……」

「EBRは思い出すだけでヘコんでるけど、それはかつての話さ。今じゃ現行ハイエンドモデルの素体を使ってコアも最新型に切り替わってるし、銃の全機能を十全に扱えるようになったし、おかげで今じゃ所属するスナイパーやマークスマンの中でトップクラスだよ。

 それに私の相棒だしね。所属から今までずっと同じチームで、いろいろ修羅場や死線もあったけどずっと守ってくれてる。部隊を率いることだってできるし、預けられるだけの実績もある。G36が姉みたいだって言うなら、EBRは妹みたいなものだよ」

「しょっちゅうケンカしてるけどね。でも、私にとってもリーダーは大切なヒトだよ。私の全てを預けられる、大切なヒトなんですよ!」

 

 がばっと顔を上げたEBRさんは今にも泣きだしそうな顔で、嬉しそうに笑う。雨上がりの後の青空のような爽快な笑顔はきっとエコーさんが居るからこそ生まれたんだと思う。

 ……私たちにも、もう一度あの日のように笑える日が来る。そんな気がするような笑顔だ。


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