きゃすたー(7mg)の雑多なネタ倉庫 作:きゃすたー(7mg)
作品内の理論やらは適当です(
第三十二話 種子
夕闇の迫る東の空。水平線の果ては海の青よりも深い暗色に覆われて、その夜空にまたたく星のきらめきが少しずつ浮かび上がってくる。
ただぼうっと眺めていただけの無意識から意識が浮かび上がっていく。
ラウラ・ボーデウィッヒ。ドイツ陸軍国境警備隊第九国境警備群IS分隊所属。分隊名シュヴァルツェ・ハーゼを率いる。階級は少佐。
遺伝子調整と肉体強化を施された試験官ベビー。“最強の兵士を作り出す”を標榜するプロジェクトで生み出され、兵士として教育を受けて育つ。その後プロジェクトは破棄され、ISとの適合性を高めるヴォーダン・オージェへの適合試験に失敗。しかし教官の指導の下で再起し、部隊内でトップのIS操縦者となる。
青い水平線を眺めながら、自分の小さな手を力の限り握り締める。痛い。けどそれは私が私である証明だ。今感じているこの痛みは、ラウラ・ボーデウィッヒのものだからだ。
「
ウォーダン・オージェとの適合に失敗してから始まった、脳内を駆け巡るわずらわしいノイズ。私ではない何かが私の中で這いずり回り、どこかから私に囁いてくる。
ある日任務でテロリストの殲滅に駆り出された。私が一人殺すたびに頭の中で“そいつ”はやめろやめろと泣き叫ぶように懇願する。くだらない。私がテロリストを一人殺すだけで、何十人何百人という命が救われている事実を知りもしないくせに。
戦いたくない、ISに乗りたくない、こんなこと間違ってる、そんな感情的で無価値な……子どもの駄々のような言葉が脳裏を駆ける。
「ここにいたか」
振り向けばそこに居たのは私とほぼ同じ容姿の軍人の姿。腰を超える銀の長髪。ほとんど同じ背丈で、同じような肉付きの、双子と言っても通用するレベルの彼女。違うのは彼女が既に老齢に入る老女であることと、彼女の瞳の色がアメジストのような紫であることだ。
「これはロマノフスカヤ大佐。何かありましたか」
「なあ、聞こえるか?」
「……何が、でしょうか?」
「聞こえるだろう?」
「だから、何が――」
「呼び声だよ」
「……ッ……何のことですか」
「今、緊張したな? 微かに頬の筋肉が締まった。それと目線もだ。身に覚えがあるという前提で話しをさせてもらうぞ」
どっこいせ、と言って大佐はベンチに腰掛けて懐から取り出した煙草を口にくわえる。ぱちんと指を鳴らすと人差し指の上に赤い炎が灯り、じりじりと焼ける音と共に煙草に火が移っていく。
いったい何を考えているのだろうか。マジックをしながら煙草を嗜むなど、わけのわからない人だということは確かな事実だが。
「フゥー……まあ、用件を伝える前に一つ尋ねておこう。ラウラ・ボーデウィッヒ少佐、お前は私を見てどう思う?」
「どう、とは?」
「気がかりなことくらいいくらでも浮かんでくるだろう?」
「正直なところ自分と貴女がまったく同じ遺伝子情報を持っていることも、その貴女と会ったことも、特に思うところは無い。強いてあげるなら、何故オリジナルそっくりに作る必要があったのだろうか、という疑問くらいですが」
「訂正が一つ、私はオリジナルではないよ。オリジナルはマルタ会談のあった1989年12月25日に死んだ」
「貴女が……クローン……?」
1960年から80年代と言えば各国が裏側で様々な後ろめたい研究や実験を行ってきた時代だ。その時代に生まれたにしては、彼女は長生きしすぎているのではないか。既に老齢であるというのに、生まれてごく数年の私と大差ない見た目をしているのもおかしい。
「不思議か? あんな時代遅れの遺伝子操作技術じゃ長くは生きられないはず、とでも思ったか?」
「……いいえ」
「まあいいさ。用件というのは、そこにある研究が関わっていてな。私もその検体の一つだったのだが、当時のドクターからある実験の後で言われたことがある。
“頭の中で声が聞こえたら教えてくれ”と。……その時は意味もわからない小娘だった私は深く考えなかったが、同じクローンの検体だった妹たちが同じ症状を見せ始めた。
妹たちは一人一人、少しずつおかしくなっていった」
「……おかしくなった?」
「そうだ。いつも大好きなクッキーを食べていたのに、一ヶ月後になってみると“クッキーは嫌い”と言い始めた。他の子は好きな色が突然黒から赤に変わったり、突然大人のような落ち着いた喋り方をしたり、穏やかだった子が短気になるなど、誰から見ても明らかな“変異”が始まった。中にはキリル文字を使えなくなり、他国の言語を喋りだす子まで居た。
私もそうだ。いつごろからか頭の中で声が聞こえるようになり、“変異”した妹たちを見ていたこともあって、恐怖のあまり何も言えず必死で隠し通した。
自分が知らない光景や人の顔を夢に見るようになり、食べ物の好き嫌いが変わり、いつもお菓子をくれたドクターたちがどういう人間なのかを“理論的に理解してしまえる”ようになったんだ。
そう、まるで……他の誰かが私という人間の中身を書き換えているかのように、な。幸いなことに私は趣味嗜好が少し変化した程度の変異で済んだが……他の子は発狂し始め、遂には同じ妹たち同士で殺し合い、生き残ったのはたった6人だった」
彼女の言うことが真であるならば、つまりこの頭の中で聞こえる声は私にとって何かしらの“よくない”ものなのだろう。ならば尚の事このノイズを排除しなくては。
私はラウラ・ボーデウィッヒだ。教官の後継であり、ドイツの軍人であり、何よりも勝者なのだから。
「……実験で脳に細工をされたのでは?」
「何かをされるのは当たり前だ。だが、あの時の実験は何枚かの絵を順番に見せられただけだったはずだが……まあ今考えても仕方あるまい。
問題なのはその症状を発症したのが私とその妹たちだけだったということだ。血の繋がりの無い他の検体に同じような症状は現れなかった。つまり我々に共通する何かしらの遺伝子が悪影響を及ぼしているか、あるいは原因になっている可能性がある。
だから言っておくぞ。もし声が聞こえたなら私に教えて欲しい。原因を究明し、危険性を取り除く手立てを考えねばならん。これはお前のためでもあるし、お前と同じゲノム情報を引き継いでいるアヤカのためでもあるのだからな」
「わかりました。気づいたらお伝えします」
上等だ。私は私だ。ラウラ・ボーデウィッヒという存在を脅かすものが何なのかはわからないが、奪いにくるのならかかってくればいい。絶対に、私は“私”を明け渡したりなぞしない!
私が、ラウラ・ボーデウィッヒはこの手で勝利を掴むのだ。この勝利は他の誰のものでもない。私のものだ!
ラウラ・ボーデウィッヒは間違いなく当たりだろう。当人は興味なさげに言っていたが、彼女の存在は私たちの抱えていた“症状”の解明の糸口になるかもしれない。
時代を超え、世代を超え、場所を超えて発症する謎の現象。見ず知らずの誰かの声が聞こえるようになることから始まり、次第に性格や嗜好などの領域をじわりじわりと浸透するように侵して行く謎の病。
彼女にも発症しているとなれば、ますます遺伝的要素という線が濃くなった。どうにかして解決しなければ、アヤカもラウラも何かしらの“変異”を発症してしまうだろう。
「麗香、何か情報はみつかったか?」
「いいえ、サッパリだわ。そも脳科学なんて私の分野ですらないのに」
「だがこの“症状”を理解できるのは私の他にはお前だけだ」
もしも重度の“変異”が起こっているのなら、下手をすれば発狂、もしくは人格が豹変するだろう。しかし軽度であれば、私や妹の麗香のように人格や趣味嗜好に若干の変化が見られるという程度で収まることもある。
アヤカの手術の合間を縫ってこっそりと臨床データをかき集めているものの、脳波のパターンは平時とさほど変わりない。ボーデウィッヒ少佐がさっさと協力してくれればもう少しデータも集めやすいものだろうが、あちらはドイツの軍人だ。勢いで検査をやってしまった場合不当に拘束されたと言われかねない。
「それにしてもよくこんな理論を1980年代に見つけたものよね。
“数学的な脳のモデルを用いた神経細胞ネットワークに関する研究”なんて、すごすぎて私にはわからないわ」
「ほう、お前でもわからないことがあるのか?」
「当たり前でしょ。ア○ゾンみたいに宅配で欲しいときに届くんじゃないのよ? まして他人の脳に繋がってるわけでもないんだから。論文や研究書を読み漁って、実験と考察を繰り返して蓄積させていく。それが知識ってものでしょ」
ばさり、と私が研究所から持ち出した資料のコピーを投げ出して、麗香は白衣を身に付けたままベッドに歩いていくと身を投げ出した。
「はー、疲れた。ルー・ノワールの再建だけでも大変なのに」
「仕方あるまい。今度ラトゥーニの整備兵に作業の手伝いができないか聞いてやるから、しばらくはガマンするのだぞ。そういえばお前、仕事はいいのか? もう一ヶ月以上向こうを開けてるだろう?」
「大丈夫よ。向こうに居る副主任に些事は任せてあるもの」
「……職務放棄とは関心せんな」
「違うわよ! ちゃんとこっちはこっちで試作品のブースターユニットの調整をやってるのよ! ……まあ、今は凍結中だけど」
「なるほど。それで学生三人も交えて実地で教えながら組み上げてるのか」
「そうね。それにいい案も浮かんだわ。脳のネットワークを模倣してイメージインターフェースの回路を組み上げることで、情報の伝達をよりスムーズにできるかもしれない。
簡単に言えば脳の神経から出される信号の走るネットワークをISのサイズにまで広げることでよりダイレクトなデータのやりとりが――」
「ああわかったわかった! 要はネットワークを広げるわけで――」
まてよ。脳のネットワークは現代においても未だ解明できていない事象の一つだ。そして私たちはその脳を研究することで“超能力”に目覚められるかという実験の検体だった。
思い出せ、あの頃の記憶を掘り返して逐一思い出せ! ガキのころの思い出だからといってまごついてるわけにはいかない! 少なくとも二人の若者の将来がかかってるんだぞ!
『――して――よ、ナタリー』
違う、これじゃない! 母さんの今わの際は関係無い!
『お姉ちゃん! ――――ね、先生に褒められたの!』
私によく似た女の子……違う、三番目の妹だ。この子じゃない!
『脳という――11の――から――多次元――学的構造で…………ナタリア! 次に寝たら夕食抜きだぞ!』
そうだ、コレだ。忌々しくも夕食を抜かれたあの日の講義で行われた内容だ!
「脳というのは11の次元からなる多次元幾何学的構造で構成されている…………思い出したぞ」
「それ、先生が言ってたヤツでしょ? それが今更どうしたの?」
「宇宙というものは11次元でできている」
「……はぁ?」
「つまり脳と宇宙は11の次元という点で繋がっているんだ。最も前者は11次元と言ってもネットワークの構造だ。宇宙のほうは仮説でしかないしな」
何言ってんだコイツみたいな目で妹が見てくるが仕方無い。私だって正直確証なんて何も無いが、私たちが毎夜夢に見たあの光景は単なる夢で終わらせることなどできないほどのリアリティがあった。
私が知る“超能力者”は我々クローンの基となった母だけだ。あの実験以降で私たちに発現したものは超能力などではなく、遺伝子的欠陥から来るただの精神異常だと見なされていたが本当にそうだったのか?
脳内に張り巡らされているネットワークがあの実験以降変質してしまったせいで起こっているのだとしたら?
「で、今度は何のオカルト話なわけ? 私たちは結局脳を弄繰り回されてもそういうオカルトに目覚めることなんてなかったし、今世界で活躍している超能力者もほとんどマジシャンでしょ?」
「違う、そういう話じゃない。脳は我々が思っている以上に複雑だというのは理解しているだろう?
あの実験で脳内に元々あったネットワークの次元が強制的に引き上げられたことによって発生した、脳内の情報の混濁によるものではないかと言ってるんだ。
我々が元々持っていた脳の情報ネットワークの次元が3次元だとしよう。そこに実験か何かの影響でネットワークが……回路が一気に三倍に膨れ上がったとしたら?」
「……突然膨れ上がった情報量に脳の処理が追いつかなくなり、普段使われていない領域までもが稼動を始める……? だとしても精神に変調をきたすほどの情報量なんて……」
「そう、そこがわからん。何故自分ではない知らない誰かの記憶を持っているのか、明らかに他人の記憶のはずなのに自身の記憶だと思い込むようになったりしたのか?
一体それらの情報……知らないはずの記憶がどこからどうやって流入したのかが謎なのだ。我々は俗世どころか外部と隔絶された場所で暮らしていたし、外の景色やシベリアの原野を見たのは研究施設から逃げたときが始めてだというのにだ」
少なくとも外部から得られる情報など大したものはなかった。世界から隔離された実験施設でただ飼われているだけの私たちが、異国の景色や食事や言語に触れることなどありえなかったのだから。
「案外、誰かが乗り移ろうとしていたとか? それとも死者が転生したとか? もっとオカルト的に言えば、天啓とか?」
「それこそバカみたいな話だ。自分は死者の生まれ変わりです、だと? バカバカしい。絵本や小説の登場人物の活躍を自分のことと誤認しているのだと言われるほうがまだ信憑性があるぞ。
この“症状”は今のところ私たちの血統にだけ頻発していた事象だ。他の血統の子たちには片鱗すら見えなかったのだから間違いなく血筋だと見ていいだろう。
問題は発症した後“どこまで症状が進み、どの程度で収束するか”だ。私は趣味嗜好の変化、お前は人格の変異が少々という程度だったが、ボーデウィッヒ少佐やアヤカが他の子たちのように発狂したり完全に変異してしまったらと思うと、な……」
「……そう、ね。切欠になる原因は私たちには無いけど……関わってしまっている側だものね。ハァ、子に苦労はかけられないものね」
「そういうことだ。私たちの代で取り除けなくとも、防ぐ手立てくらいは用意できるはずだ」
そうだ、あの子たちの未来が原因不明の何かに脅かされるなどあってはならない。あの子たちの在り方はあの子たちだけのものだ。この時代、この世界を駆け抜ける一つの命だ。
例え私たちが元は人権すら無いただの実験動物だったのだとしても、その後に生まれたラウラ・ボーデウィッヒはドイツの軍人として生き、麗香の娘が遺したアヤカはIS学園の生徒として生きているのだ。一人の人間としての人生を謳歌していくのだ。
それを阻むことなど、絶対に許しはしない。たとえ神が相手だろうとも!
いつもどおりの実験を終え、無機質な真っ白の部屋のベッドで休んでいたときのことだった。私から二つ後に生まれた個体――ジーナは寝転がっていたベッドから突然起き上がって言った。
『私……いや、俺は、一体?』
「ど、どうしたのジーナ?」
聞いたことの無い言語。後で先生に聞いて初めてそれが日本語だと知った。
ジーナが何故そのような言葉を話し始めたのかまるでわからなかった。日本語なんて知りもしないし、聞いたことなんて無いはずなのに、突如として流暢な日本語を喋り始めたのだ。
『な、なあ……ここはどこだ? 俺は、なんで……ああっ、くそ、あた、まが……!』
「ジーナ!? あ、頭が痛いの?」
『くそおっ!? なんだよコレ! どこかもわからない場所に送り込まれて言葉も通じないなんてどうなってんだよ!? くそっくそっくそぉっ!
俺の頭の中でべちゃくちゃ喋ってるんじゃねぇ! 俺の中から出て行け!』
「ジーナ! しっかりして! すぐに
「っ、ぁっ……お、お姉ちゃん……! あ、頭の中にぃっ、頭の中に
やだ! やだ! 私ジーナだもん! “――――”じゃないっ!」
突然頭を抱えだし、振り乱し、錯乱した妹。ふとした拍子で正気に戻ったのか、今の自分に起こっていることを私に必死に伝えてくる。
しばらく暴れまわったジーナは不意に糸が切れたマリオネットのように脱力し、力なくベッドへと倒れこんだ。
「……ジーナ?」
『あ、……ぁ、俺は、どうなって……くそっ……』
おそるおそる声をかけると先ほどまでの暴れようがウソのように静かに、言葉遣いは荒々しさをなくして喋り始める。一体ジーナはどうしてしまったのか、と私は訝しげに尋ねてみた。
「ジーナ……大丈夫? もう頭は痛くない?」
『誰だアンタ……それにジーナって……』
彼女の、いや――そいつが私を見る目には驚愕と恐怖の色が浮かんでいた。そのときの私ではわからなかったが、この時からジーナは既にジーナではなくなっていたのだろう。
「吐き気は無い? 痛いところはない?」
『何言ってんだか全然わからねーけど……って、俺の身体……これって、女じゃないか!?』
「ね、ねぇジーナ。私にもわかるように言ってほしい。私の言葉、わかるでしょ?」
『……俺が、女……くそっ……二次創作のテンプレみたいなことになっちまうなんて!
あんなヒゲジジイを信用するんじゃなかった! せめて鏡くらい……』
「ジーナ!」
『な、なんだよ。いきなり怒鳴りやがって。言葉はわからねーけど怒ってるのは確かだよな……』
私が怒鳴るように名前を呼ぶと、ジーナはビクッと驚いた様子で私のほうを向いた。
「ちゃんと聞こえるのよね? いい? 医者を呼んでくるから、大人しく待ってるのよ? いいわね?」
『……とりあえずどうすりゃいいんだコレ。インフィニットストラトスの世界でいいんだよな……ここって』
「いんふぃ……何言ってるの? ハァ、とりあえず医者を呼ばないと……あと言語学者も必要かな」
私が呼んでから数十分でジーナは医者に連れていかれた。いつもなら静かについていくはずなのに、暴れる上に鏡を割ってナイフ代わりにしようとしたものだから強制的に“静かにさせられて”連れていかれてしまった。
翌日、先生からはジーナが発症した症状の研究のために数十キロ先の別の研究棟に移ると聞かされた。あのときは素直に信じ込んだが、今になってそれは確かに真実だったのだろうと思える。
人が入れるくらいの木箱を積んだトラックが、いつもなら出るはずのない時間に、ゲートをくぐって出て行ったのを見たのだから。
ターゲットドローンが青い光に貫かれて地に墜ちる。すべてのターゲットを撃破。命中率96.75%、なかなかいい調子だと自分でも思える。ようやく再稼動したアリーナを借り切って訓練に励むものの、成長の実感は乏しい。けれど今がすこぶる上がり調子であることも確かに感じている。四基のビットを同時操作しつつマニューバを繰り出せるだけの余裕も最近は出てきている。
だけどここで浮かれてはいられない。アヤカは瞬時加速を用いた高速戦闘であっても的確に当ててくる技量の持ち主だ。決して侮っていい相手ではなく、油断は命取りとなる相手だ。
アヤカの機動戦技術に追いつけるだけの技術と射撃の精確性は必須。その上で近接戦闘への対策を行い、アヤカを近寄らせない戦術を構築する。……それすら突破するアヤカの力量に押され、毎度負けているのだけど。
自身のISが技術試験機である、なんていう言い訳は通用しない。曲りなりにも第三世代。アヤカの機体はスペックこそ第三世代に追いすがるだけのものはあるものの、武装はオーソドックスな射撃戦主体で第二世代とさほど変わりないのだ。
「あの切り札は……凄まじいものですわね」
アヤカが鈴さんとの対戦で使った一撃。おそらく高エネルギー体を弾体状に圧縮して、
弾速はおよそマッハ4ほどと艦載のものに比べて遅い。だが何よりも問題なのは多少劣化しているとはいえ“レールガンを携行火器に落とし込んだ”という事実だ。
艦砲クラスの攻撃がISの携行火器から放てるようになったという事実はハッキリ言って背中に嫌な汗が流れるほどの衝撃なのだ。連射が可能か、どのくらいまで加速させられるのか、射程はどれほどなのか、インターバルがどの程度なのかなど疑問は尽きないものの、主力艦艇の艦砲射撃をISで行えるようになったというのは途轍もない脅威だ。
ISが扱うとなれば、小型で隠密性に優れ、かつ大火力で取り回しがよく、地形に左右されず自由自在に動き回れる、超長距離射撃が可能な移動砲台の出来上がりだ。複数のISがコレを装備し、そこに人工衛星やスポッターなどから情報を収集し、適切なナビゲートを行えるシステムを導入すればどうなるか。
射程限界……三百キロ圏内を優にカバーできる広大な対空狙撃システムが組み上がる。ロンドンに一機配備したとすればドーバーを越えてフランス領のカレーにまで届くのだ。日本であれば東京から名古屋間の距離程度は十分な射程圏内に収まっている。
「あのような技術が生み出される場所と言えば……アヤカのおばあ様である麗香博士の所属する研究所くらいしか……」
日本の国防技術の最先端でもあった日本IS先進技術研究所。今でこそISを専門とする研究機関だけど、それ以前は様々な兵器の開発を行っていた組織だというのはよく知られた話だ。
約35年前からこの研究所ではそれまで以上の様々な画期的な兵器が次々に開発されたという。近頃のものであればISのエネルギーシールド偏向機能にISの運動性を向上させる左右のサイドブースト機構。そして打鉄の国防統合軍仕様機だ。
少し前であれば日本初の艦載レールガンの実用化。純国産戦闘機であるJF-11の設計。ヒライシと名づけられた大規模なEMPパルスを発生させる対空迎撃ミサイルシステム。
さらに以前であれば海外製の自動小銃を自国向けに独自改良したものをライセンス生産していたという話もある。当時の自衛隊がそちらに乗り換えたことで、国産の銃器メーカーが悲鳴を上げたそうだが、国防に携わるのであれば“安くて高性能で壊れにくく長持ちするものを”と考えるのは自然なことだ。
20世紀のG41と同じくらいの金額がかかる国産銃を何万と用意するよりも、海外の最新鋭をライセンス生産したほうが遥かに安上がりで高性能のモデルが手に入るのだ。軍としては当たり前の決定だ。しかも日本の気候風土に合わせた改良までついてくるなら渡りに船だろう。
「……レールガンを小型化して実用する技術力。それに加えて多種多様な軍事兵器開発のノウハウ……さすがと言うべきなのでしょうけど」
それ以上に厄介なのはあの技研の適応力だ。ISの統合軍仕様機が良い例だろう。堅牢な装甲をそのままにハードポイントの増設やサブアームを用いたウェポンシステムを採用し、近距離戦に適正の高い打鉄に中・遠距離射撃戦機としての機能を持たせてしまったのだ。しかも近接戦での運動性や柔軟性を損なうこともなく、だ。
この目で見たのは初めてだったものの、その性能は防御寄りの射撃戦機として十分なものを持っていた。アリーナに張られたシールドバリアーを貫通する火力を一度とはいえ受け止める防盾は並みのISの火力であれば貫くことはおろか傷つけるのがせいぜいだろう。
競技用とはまったく異なる、まさに軍用機としての打鉄を作り上げてしまったのだ。製作元の倉持技研はきっと地団駄を踏んでもおかしくない。
そして今アヤカのルー・ノワールは修復作業の真っ最中だ。それも技研のメンバーが参加し、技術科一年生のリッカ、アルマ、ロビンの三人組が授業以外はかかりっきりになっていることから見ても彼らは本気だ。
アヤカが必ず戻ると信じて、ルー・ノワールが再び空を翔ることができるようにしているのだ。彼女達は彼女達の為すべきを果たそうとしている。
私の為すべきは、万全であること。彼女が再びここに戻ってきてブランクを取り戻してISに乗ったとき、私の全霊を以って戦いを挑むことだ。
ピットに戻りISを待機形態へと戻して、用意してあったスポーツドリンクに口をつける。少し
でも足りない。まだ足りていない。アヤカは中国代表候補生の鈴さんを相手に、スペックで劣る第二世代機で最新鋭の第三世代機に薄氷とはいえ勝利を掴んだ。鈴さんが健闘したことは確かだし、アヤカにあのような切り札があったことも驚きであるけれど、それ以上に第二世代機で第三世代機を落とせるという事実が打ち立てられたのは大きい。
操縦技術と経験、そして武装さえ整っていれば第二世代機は第三世代機相手にすら勝利できるという実績が打ち立てられたのだ。
「精が出るね、オルコット嬢」
「これは、ロマノフスカヤ大佐」
「おやおや、キミは堅いねえ。平時はナタリヤおばあさんと呼んでおくれ。もう私もお婆さんなのでね」
「……どう見てもそうは見えませんけど」
「中身は既に年寄りなのだ。まあ、可愛らしいおばあちゃんになるという目標は達成できたがね」
「は、はぁ……ではおば様と……」
見た目にはおばあちゃんどころか小学生、もしくは中学生だ。その小柄な体躯で国連軍の大佐なのだから見た目に騙されてはいけないのだろうけど……自慢げに胸を張る姿は子どもが背伸びをしているようにしか見えない。
「っと、用件を忘れるほどボケてはないぞ。キミ宛てに手紙を預かっている」
「今時に手紙、ですか?」
「ああ。キミの母国からブルー・ティアーズのストライク・ガンナーというパッケージが送られてきてな。その仕様書と一緒にくっついていたものだ。申し訳ないが防犯上の都合で検閲済みだ」
「ストライクガンナーですか……」
正直に言うとストライク・ガンナーにはいい思い出がない。武装はスターライトmk-Ⅲしか無い上にビットをスラスターとして使うという理解不能の高速戦パッケージだ。いっそ北條麗香博士にストライク・ガンナーを改良してもらったほうが良いのではと思ったけれど、流石に自国の兵器――たとえそれが理解不能なものだとしても――の情報を易々と他国の人間に明け渡すマネをするべきではない。
「一応防諜のために英国に許可を得て見せてもらったが……まあオルコット嬢の気持ちはわからないではないよ。私も首を傾げたさ」
「あくまでブルー・ティアーズは試験機ですし……ユニットの性能試験と考えれば、まあ割り切れないわけではないですわ。それでも乗り気にはなれませんけど……」
「仕方無い、テストパイロットというものの
「ふふ、そうですわね。ナタリヤおば様のアドバイスどおりにしてみることにします」
ともかく今はアヤカとの戦いに備えなければ。ストライク・ガンナーは一先ずは倉庫の片隅で眠っていてもらうとしよう。今は一分一秒でも長く訓練を積み重ねなければいけないのだ。より速く、より精確に、より巧みにISを扱えるようにならなければ。
彼女に……アヤカに挑むためには、私は更なる領域に到達しなければいけないのだ。
「こら、怖い顔をしているぞ」
「ひひゃいえふ!」
「ぷっ、クク……ウチの末妹を思い出すな。あの子も可愛くて弄りがいがあった」
「も、もうっ! ナタリヤおば様! 遊ばないでくださいまし!」
「すまないすまない。だがISは怖い顔をしながら乗るものじゃないぞ。さっきのキミは視線でデーモンさえ殺すエクソシストのようだった」
「そ、そのような顔はしていませんわ!」
別に普通にしていたはずだ。何もおかしな様子など見せたりはしなかったはずだ。感情を押し殺す程度のことはスナイパーなら誰だってできることだ。焦ることなく、機を待ち、ずっと息を殺してようやく獲物を仕留めるのがスナイパーなのだから。
「思いつめた顔というものは本人は自覚できないことが多い。何気ない仏頂面でもよくよく観察してみれば何かしらの雰囲気を発しているものだ。
そしてオルコット嬢、キミの顔には焦りと後悔のようなものが見えたのだ」
それは……確かに正鵠を射ている。
「キミがアヤカと親しいことは聞いている。アヤカも嬉しそうに話してくれるからな。退院後にキミから贈られた“グリズリーのブゥさん”のクッションの抱き心地がいいとか言っていたよ。夏休みは旅行に行きたいとも言っていたな。なんでも京都のラーメン激戦区に行きたいとか」
「元気そうでなによりですわ」
“らぁめん”と言うのは所謂ヌードルのことだろう。イタリアのパスタとどう違うのか気になるけれど、カロリーが高いと聞いて怖気づいたことがある。
クッションは……確かに抱き心地がいいものをと選んで買ったものだけど、今のアヤカの手の感覚は……!?
「か、感覚が戻ったのですか!? いつ!?」
「お、落ち着くんだオルコット嬢! そ、そう頭を揺らさないでくれ!」
「……ハッ、わ、私としたことが!」
「フゥッ、慌てずに聞くんだぞ。でないと話さない」
「承知しましたわ!」
「アヤカの手術は成功裏に終わった。あと数日様子を見て、可能なら本格的なリハビリを行い始める。元々一ヶ月にもなる入院生活で身体は錆びたブリキのおもちゃのような動きだったが、そこに更に一週間が上乗せされたのだからリハビリが最優先だ。
学園に復帰したとしても六月下旬。遅ければ七月上旬以降。ブランクを取り戻すにはさらに時間をかける必要がある。7月末の臨海学校に間に合えば御の字というところか」
「タッグ戦には間に合いそうにないですわね……」
「まあ仕方なかろうよ。本来なら復帰できる可能性があるだけでも喜ばしいことなのだからな」
ああ、それでも構わない! アヤカが無事に手術を乗り切って復帰への一歩を踏み出せたのならそれでいい! 頑張ったご褒美にシュークリームを用意しておこう。
「せいやぁっ!」
「なんのっ!」
打鉄のブレードが白式の
足捌きで舞った土煙。大地の匂いが鼻をくすぐる。ふんばりをきかせて重心を移動させ、力の向きをあさっての方向へと向かわせる。
「まだっ!」
「おわっと!」
ブレードを傾けて雪片を受け流し、剣を引く動作で切り上げて小手を狙う。刀身の滑る勢いで火花が散り、身体にかかっていた重みが消えうせる。
しかし一夏は雪片から左手を離して外に向けて右手で軽く振るって遠心力を生み出し、私の剣筋から逃れる。直後に斬り返しに私の左から迫る薙ぎの一撃。その出足をくじくように両手で持ったブレードを挿し込んで受け、足捌きで雪片の間合いから僅かに退きつつ、剣の勢いを殺さずに右側へと受け流す。
「やるなぁ!」
「お前に、そう簡単に負けるか!」
一夏が態勢を崩す。ブレードを両手で引き、上半身の捻りの勢いを加えて突きを放つ。びゅっ、と風を切り裂くブレードが一夏の脇を掠めて走る。
「あっ、ぶねぇっ!」
「ちっ……往生際の悪い!」
「もうちょっと、加減! してくれませんっ、か!?」
「無理だな!」
二段の突きは一夏が身をよじって一段目を回避。二段目は一夏が引き戻した雪片で受け流されてノーダメージに終わる。
「それならっ!」
「むっ!?」
突然のバックステップ。一夏の左腰に雪片が添えられ、一夏の上体がぐっと前のめりになる。直後――
「……おおぉぉっ!」
「なっ――」
ぐん、と間合いの外に居た一夏の姿が迫る。同時に振りぬかれる雪片二型の軌跡が走り、バチバチとシールドを切り裂いて駆け抜けていく。
何が、一体、今何がっ――
「そこまで!」
「ふぅっ……ありがとうございました」
「――――あ、ありがとう、ございまし、た」
終了の声にハッとして剣を収め一礼する。
……今のは居合いだった。一夏と一緒に教わっていたころにあんな剣術を教えられた記憶はない。祖父が振るったものを見たことがあったけれど、その型のいずれとも違うというのははっきりとわかる。
「すごいや一夏! 今の最後のヤツ! イアイギリって言うんでしょ!?」
「あ、あぁ……もしかしてシャル、初めてみたのか?」
「それはそうだよ! あんなの目の前で見れるなんて思わなかったよ!」
「へへ……まあ、俺のは見よう見まねのなんちゃって居合い斬りなんだけどな」
オレンジと白の装甲が目を引くラファール・リヴァイヴを纏った男の子……シャルルが興味深そうに一夏に質問する。見ているとどうして、どうしてか、もやもやとした気分が収まらない。男同士なら別に気にしなかったはずだ。弾と一夏がつるんでいるところを見ても、こんな気分にはならなかったはずだ。
「物まねだったの?」
「ああ。アヤカが模擬戦で使ってきてモロに食らっちまってさ。俺も不意をつけるような一撃が使えればって思って練習してたんだ。……まあ、実際はアヤカに教えてもらいながらどうにか物まね程度ってレベルだけどな」
「アヤカが――剣を、使ってるのか?」
「そうだぜ箒。あいつ銃も上手いけど剣もいい腕なんだ。本人はそこそこって言ってたけど、箒と良い勝負になるんじゃないか?
さっきの居合いだって瞬時加速と居合いの踏み込みの速さを利用したやつで、先の先を取る最高速度の切り込みらしいぜ」
まただ。また
「ふんっ……アヤカより私のほうが強い!」
「そ、そりゃあ箒は全国優勝者だしなぁ。でもアヤカも引けを取らないレベルだぜ。特に受け流しが上手いんだよ。単純な力押しじゃ勝てないぜ」
「いいや、私が勝つ。私がアヤカに勝つ! 私のほうが強い!」
そうだとも! 私は一夏の強さも弱さも知ってる! 一夏の好物も苦手なものも知ってる! 現れて数ヶ月のぽっと出の新顔に一夏のことがわかるわけがない!
あの日別れてしまうまではずっと私が傍に居たんだ! 一夏が私を守ってくれたのも全部覚えている! 私たちだけの大切な思い出を上塗りしようとするヤツなんて――!
「ほ、箒……なんでそんなムキになってるんだ?」
「ふふ、きっと一夏が何か機嫌を悪くする言葉を言ったんじゃないかな?」
「シャルル、どこをどう聞いて機嫌を損ねる要素があるんだよ」
「まあまあ、それはともかくとしてちゃんと彼女のご機嫌をとってあげないとさ」
「あー……じゃあさ箒、今度レゾナンスに行くか?」
「……二人で、か?」
「ああ。もちろんだぜ」
「ふ、ふむ……それならば……」
「実は前にアヤカと行ったスイーツ食べ放題の店があってさ。そこがリーズナブルで美味しいもんだから――」
「っ、くたばれバカモノォッ!」
「ぶへらぁっ!?」
「いっ、一夏!?」
まただ! また! またしても! あいつさえっ――――アヤカさえ、居なければっ――!!
「へぇ、あのダルマ女……箒ちゃんの恋路を阻む尻軽のクソビッチだったんだ」
手に取ったコーヒーカップの中身を呷ろうとして中身が空だと気づく。我が妹の恋路を邪魔するヤツは徹底的に排除しなくっちゃ。束さんは妹思いのお姉さんなのだ。
監視カメラから送られてくる映像と音声からしても箒ちゃんはおかんむりだ。それほどまでにあのクソアマは鬱陶しいのだろう。
秘匿回線を経由してコアに接続。一分半ほどで戦闘記録とパーソナルデータを抽出し回線を切断。画面上に流れるログと機体データを流し見る。
「ふむふむ……第二世代を改良した機体かぁ。イメージインターフェースを機体制御に全振りとか、またピーキーな使い方だなぁ。おっ、波動砲だって。競技用としちゃ火力が過剰だけど、火力を抑えて速射と弾速に割いてるっぽいかな?
でもベースがラファール・リヴァイヴじゃ先が知れてるね。ゴーレム相手にあれだけ立ち回った根性はすごいけど――――何も怖い要素がない」
戦い方としてはあのダルマ女はオールラウンダーの傾向だ。ダルマ女のISから抜き出したデータを参考にすると中距離メインの射撃型だ。一応遠距離も対応可能というくらいか。
だったらオールラウンダーの戦いができる機体でいこう。でも箒ちゃんが戦いやすいように刀剣は必須として……斬撃を飛ばすなんてのも面白そうだ!
「待っててね箒ちゃん。箒ちゃんの恋路を邪魔するあのダルマ女がゾンビみたいに蘇ってきても、完全な消し炭に変えるための力を……私が必ず用意してあげるから!」
第三十三話 真実に向かう
「いい? ただ単純にパーツを付け替えればいいわけじゃないの。ノーマルに搭載されたブースターと高機動戦パッケージに搭載されたブースターはそもそもの運用思想からして違うの。そこを理解できなければどんな高性能なパーツもただの鉄くずよ」
今日も今日とて特別授業が進んでいく。日に日に生気を取り戻していった北條博士の行う講義は火曜と金曜の夜9時から寮の会議室で行われている。
アルマ、ロビンはもちろんとして噂を聞きつけた数人がこの講義に混ざりはじめ、今や操縦者組みの1-D所属の更識簪さんまでもが受講している有様だ。
唐突に始まった講義だが、実は私たち三人と先生しか知らない事情もある。先生があの事件での調査に協力しており、しかもルー・ノワール・アスィエの製作に取り掛かっているためIS学園を離れられないためだ。
その上先生本人の気質なのか“休む”という言葉も忘れたように仕事しっぱなし。撃破されたあのアンノウンの解析を主に行い、その合間に私たちが行っているノワールの再建を見て、夜は私たちに必要な知識と技術を伝授するという、労働基準局から電話で釘を刺されかねない仕事ぶりだ。
だがそこは手馴れたものらしく、本業に解析作業を据えて私たちのことは“私事”として処理しているらしい。授業のほうはあくまで授業のサポートという体面で行われている。
無理をしていないかそれとなく聞いたところ、“あの謎のISの技術を独占するチャンスを棒に振るわけがない”と言って研究所から追加の人員まで呼び寄せた。
「そのためノーマル、というよりも本体には安定して長期間稼動させることができるように耐久性と燃費に重点が置かれる傾向が強いの。
どれだけ高性能だろうと出撃や稼動のたびにオーバーホールなんてしてたら整備する人間のほうが先にくたばるわよ。それにパーツの磨耗や交換が増えるということは必然としてISの寿命が縮む、つまりコスト高になる。カネがかかるの。わかるわね?
動かすたびに高額なコストがかかるというのはそれだけで忌避されるの。軍や警察組織ともなればなおのことよ。維持しつづけるだけで金がかかるのに、動かしてさらに金がかかり、破損でもすればそれこそ吹き飛ぶほど金がかかる羽目になる。
故に単純にパッケージから高性能なパーツを本体に移植したとしても強度面での不安と維持コストとの戦いに陥るだけで単純に強化されたとは言いがたい。
稼動するたび長時間の整備をしなければいけないということは即応性で劣る。簡単に言えば緊急事態で何かあっても、整備中で出撃できないという状態になりやすい。
本体に求められるものはまず耐久性。ISは数が少ないからまず長く使える頑丈な機体であること。長持ちするということは必然として機器交換のサイクルが長くなるからコストダウンが図れる。そして何より整備の手間が省ける。
二つ目に整備性。簡単にすばやく整備可能な機体であること。これは出撃と帰還を頻繁に繰り返すような状況でもパフォーマンスの低下を抑えやすくなるわ。整備士の疲労も軽減できるし、機体が戦場を離れる時間を短くすることができる。設備が十分でなくとも整備できるというのは、戦場の最前線や基地などを設営しにくい場所にもISを常駐させることが可能になるわけ。
三つ目に機動性。ISというものは小型で軽量かつ小回りが利く。簡単に言えば高速で機敏に動き回る武器庫のようなものよ。市街地や地下施設のような入り組んだ場所や閉鎖空間でも、人間の等身大とそう変わらないサイズで大火力を行使できる。
この三つを確保することはISという世界に500機弱の機体を効率的に運用するための要とも言っていいわ。故に第二世代のISというのは特化した性能を持たせるのではなく様々な場面や状況に対応可能なようにマルチロール機として設計されることが多く、より特化した性能や機能を求められる事態に対応したものが追加パッケージ群として製造されているの。
だから所謂“てんこもり”のパッケージやIS本体との機能統合というものは一歩間違えれば中途半端に終わることがほとんどなのよ」
ロビンはと言うと顔を青ざめさせて博士の講義を聞いている。追加パッケージから高性能な部品を集めて組み込もう、と発案したのがロビン自身だからひとしおというものだろう。
トントン、と手にしていた教鞭でホワイトボードに書かれた一覧を叩くと、先生は言う。
「ではどうするか? 解決策は? もちろんあるわ。
そのままで移植するから問題が起きるわけであって、予めそれらの問題点を予測して補強または再設計するかデチューンを施して搭載する。前者は単純に機器の耐久性や寿命、強度面での性能向上だから時間をかければやってやれないことはない。もちろん相応の研究期間や研究費が必要だし、それに実験をこなさなければいけないけど長期的に見れば性能は向上する。
では後者ならどうか。デチューンと言っても単純に出力にリミッターをかけるだけではなく、多少性能が落ちることと引き換えにしてでも、シンプルで強度的に信頼の置ける機構を採用する。或いは性能の低下と引き換えに磨耗に強い素材に置き換える方法よ。
例として挙げるなら……H&K社のG3とFNH社のFALね。前者は7.62ミリ弾の持つ強い反動を打ち消す機構を採用することでフルオート射撃を可能とし、後者は敢えてフルオートを捨ててセミオートオンリーにすることで7.62ミリ弾を運用しやすくした。
取った方法はそれぞれまったく違うものだけれど、結果として7.62ミリ弾を用いたアサルトライフルとして大きな成功を収めているわ。
ではISの場合……追加パッケージから取ってきたパーツを本体に組み込む際に問題になるのは? まず最初に強度と消耗率よ。性能をそのまま維持すれば消耗率が跳ね上がるし、何よりパイロットにとってはピーキーになる。当然よね。特化させるためのパッケージなのだからそうなって当たり前。しかも既存のスラスターや他のシステムとこれらを連携させなければいけない。
ならまずはパイロットにとって常用可能の範囲内で収まるように性能を若干とはいえ抑える必要性に迫られる。そこで追加するパーツの接続部の強度向上と部品の磨耗・消耗率と、全体的な性能バランスとを上手くイコールになるようにペイしなければいけないわけ。
でないと加速力は音速並みだけど一切の制御が利かずただ突っ込むだけのイノシシになってしまうわ」
なるほど。追加パッケージはあくまで最高の性能を追及したもので、常用するためのものではない。最悪の場合パージしたりするわけだし、破損したらしたで使い捨てることもできると割り切っている。
反対にIS本体のものは常に使用されるものだから耐久性と整備性を求められた作りをしているわけだ。長時間かつ長期間を使えるように、磨耗に強いように信頼性の高い設計がなされているということだ。
で、耐久性をある程度無視した作りである追加パーツを、耐久性が求められるIS本体に追加すればどうなるか。壊れやすい上に出力が大きすぎて並みの操縦者では扱えないという、非常に繊細なものになってしまう。
そこで扱いやすさ……操縦性をある程度獲得しつつ、剛性と耐久力を確保するためのデチューンを施すわけだけど、それで本来のものより性能が低下するのでは本末転倒だ。そこで性能を本来のものより向上させつつ機体とマッチするようにうまく擦り合わせる必要があるわけだ。
「さて、今日はこれぐらいにしておきましょうか。次回はISの武装に関して行うわ。予習しておくように。ふぁ……みんなも早めに寝るのよ? 科学者は身体が資本なんだから」
パタン、とノートPCを閉じた先生があくびをして解散を告げる。ふらふらと危うい足取りで寮の会議室を出て行く様子は不安でしかないが、それでも翌日の朝7時にはきっちり食堂で
「ん~……今日も終わりかぁ」
「おわぁ……ねむぅ……」
「おーい、アルマ。ここで寝たらカゼひくぞー」
既にアルマは眠気が回ってしまったのかうつらうつらと舟をこいでいる。見かねたロビンが苦笑して、アルマを軽々と抱えあげて言う。
「ごめん、リッカ。またアルマのカバン頼んでいいか?」
最近の日常の風景になりつつある光景に仕方がないかと思いつつカバンを手にする。眠りこけたアルマをロビンが背中におぶって部屋へ運び入れる姿も見なれたものになりつつある。他の技術科の子たちからは向けられるまなざしは羨望、嫉妬、慈愛、劣情と様々なものが入り混じっているが、ロビンは何食わぬ顔でスルーして部屋を出て行く。
実はロビンは非常に人気がある。技術科の中でという但し書きは付くが、高身長とスラリとして整った体つきに加えて、持ち前の気さくさとボーイッシュな雰囲気がベストマッチとのことだ。友人の一押しは“ポニーテールで作業着をはだけたままタブレットとにらめっこしてる姿”らしい。
「そういえばアヤカの快気祝いってもう決めた?」
「まーな。あたしはライディンググローブにしたよ。アルパインスターズの」
「……よかった。ダブりじゃなかった」
「へえ、何にしたのさ?」
「バイク用のショルダーバッグ。アルファインダストリーズ」
「……実はアルマ、IMZウラルブランドのインナー買ってるんだ」
「うへえ」
ものの見事にバイク用品ばっかりでイタリア、アメリカ、ロシアときた。エースカフェやらシューベルトまで来ようものなら最早ごった煮状態だ。全部着用すれば違和感間違いなしの不思議バイカーが誕生するだろう。
「――復帰、できるかな?」
「できる……って言いきりたいけど……ちょっとなあ……自信がないな」
「今頃、手術終わってるのかな」
「さあ? あたしらは祈るしかできないさ」
窓の外に映るのは漆黒。道照らす月明かりも、導きたる星空も見えないどんよりとした曇り空の太平洋。光るものは何も無く、ただ見えないうねりと潮騒が響くだけの闇の世界だ。
アヤカには時々私たちでもわからない何かがある。この仄暗く先の見えない水底のように、私たちもよくわからない何かを抱えているのだということは以前から感じていたことだ。
詮索しようとは思わない。けどそれがアヤカの足かせになっているものなのだとしたら……力になりたいと思う。他人に打ち明けることで少しでも彼女の重荷が減るのならばと、そう思っている。
「あっ」
「どうしたの?」
「リッカ、今度の日曜空いてる?」
「日曜は大丈夫だよ」
「アヤカのバイクがあるだろ。アレ、今度整備するから手伝って欲しいんだ。もう一ヶ月以上外でほったらかしだからな。
……夏休みになったらさ、みんなで富士山に行こうって話してたんだ。アヤカがバイク、アタシらは博士の車に乗ってキャンプ場を移動して、一週間がかりで見て回ろうって。
きっと楽しいことが山ほどあるんだと思う。行く先のキャンプ場で揃って晩御飯を作ったり、魚を釣って焼いたり、見も知らぬ景色や初めて会う人と触れ合ったり。右に進むか左に進むかでギャーギャー揉めたりケンカしたりもするかもな! あ! あとはスマホとか忘れ物してあたふたしたりも!
日本の城とか神社とか庭園を見るのも楽しみだよな! あとはアキハバラの電気屋でネットラジオ用の良いマイクやスピーカーも探さなくちゃな! レトロゲームも見繕わないと!」
興奮した様子で弁舌を振るうロビンはアルマが背中に居ることも気にならないほどに舞い上がっているようだ。
背中でうーんと魘されているアルマが若干かわいそうだが、ロビンの富士山旅行への熱意はとめられそうもない。
「わかったよ、もう。ちゃんと手伝うから観光コースは私にも決めさせてよね」
「お? リッカも乗り気になったか?」
「まあね。とりあえず長野県の下諏訪は確定で」
「……なんでまたそんな山奥なんだ?」
「そりゃ私が時計屋の娘だからに決まってるでしょ」
既にロビンの頭の中には三つくらいはクエスチョンマークが並んでいることだろう。そりゃそうだ。知らなくても不思議ではないし、知る人ぞ知るというものになりつつあるのだから。
もうアヤカの手術は全て終わっているころだ。きっとうまくいくものだと信じているし、うまくいったのだと願っている。
私たちはまだ諦めてない。だからアヤカも諦めたりなんかしていないはずだ。
「では始めようか」
ミタール級戦略重ミサイル潜水艦“ラトゥーニ”の会議室に集ったメンバーはいずれもこの一か月を謎のISの調査に費やしてきた者たちばかりだ。防諜のためにわざわざIS学園近海に潜航した状態の潜水艦に呼び出し、ミーシャのISが持つ機能をフルに発揮して声の一つさえ外へ漏れ出ることがないように厳重な態勢を敷いているのだから重要性で言えば最重要機密と言っていい。
パイプ椅子に座すメンバーの顔もこの一か月で見飽きるほど見てきたが、今日はいつも以上に緊張感を持っているのが見て取れる。
愛する妹の北條麗華は落ち着かない様子で腕組みをし、ミーシャもどこか座りが悪いようにしている。
その中で一人浮いた存在、IS学園の代表代行として赴いている織斑千冬は黙したままじっと目の前の報告書を見つめている。
「まず本件、“IS学園襲撃事件”を手引きした……と言うよりも仕組んだ者の名が判明した。国連だけでなく米国の国防総省、それにCIA、MI6にKGB……ああ今はSVRだったな、こういった各国情報部から人材を借りて追跡を行ったところ……ある“一人の女”に行き着いた」
モニターに映し出されたのは二十代ごろの若い女。背中にまで流れる赤みを帯びた紫の髪。抜群と言っていいプロポーション。深い赤を帯びた瞳。兎を模した耳のついたカチューシャ。美人だが、この女を見た者はきっと気づくだろう。“何かが受け付けない”という本能の叫びを感じ取ることだろう。
「篠ノ之束。インフィニットストラトスの開発者にして、現在全国指名手配中の逃亡者だ。またIS黎明期における大事件である“白騎士事件”の実行犯でもある。そうだな織斑千冬?」
「――――なに、を」
「とぼけるな。お前が白騎士の操縦者であることも、白騎士事件が篠ノ之束のマッチポンプでしかないことも、そしてお前が篠ノ之束と同学年同級生で席順が一つ前だったことも知っているぞ。
本来ならお前も白騎士事件の関係者として“聴取”するのが道理だが、それを捻じ曲げてまでお前をここに呼んだのは篠ノ之束に関する情報を全て吐き出してもらうためだ」
「違う! あれがマッチポンプだなどとっ! あの地獄がっ……誰かの絵図で作り出されたものであるはずがっ!」
ガンッ、と叩きつけられた拳が会議室のテーブルをたたき割る。せめてもう少し優しく扱え。予算を圧迫する真似はやめろ。
「……何も知らないのか?」
「知るも知らぬもない! あんなものっ! あんな光景がっ……! あいつが望んで作り出したハズがないっ!」
「――本当に知らないのだな?」
「くどい!」
怒りに身を任せるほどの感情の剥き出しぶりは演技とは思えない。狙ってやっているのなら篠ノ之束など目ではないほどの演技上手だ。アカデミー主演女優賞は確実にとれるレベルだと言っていいだろうが、こうまで殺気を滲ませるからには心底頭にキているのだろう。
ちら、と目配せしてみたミーシャの反応は“NOT”だ。……ミーシャが見てそうだということは、織斑千冬は“シロ”ということだ。
「……わかった。信じよう。それで白騎士事件の当事者から見て、篠ノ之束がこのようなマッチポンプを行うように思えるか?」
「無い。あいつは純粋に宇宙に行くことを目指していた。そのためにインフィニットストラトスまで作った。あいつはひたすらに夢を追いかけるまっすぐなやつだった」
「…………そうか――――ではそれを踏みにじるようですまないが、これが一連の調査資料だ。読むといい」
ばさり、と投げ渡した一冊の報告書。国連がいつか篠ノ之束を捕えたときに彼女を“有罪”に処すための切り札だ。篠ノ之束の経歴だけに留まらず彼女を知る同級生や教員らから取った調書に始まり、インフィニットストラトスの公開に至るまでの詳細な経緯。そしてクラッキングを受けた各国のミサイル発射システムを修復調査し、そのクラッキングの大本が篠ノ之束の自宅であることを突き止めたという事実。そこに上乗せされて逃走先で関係を持ったテロリストや組織の名前、人物名、拠点としていた場所の証拠写真に加えて押収した機材や開発途中で放置されていた“未登録のISとコア”の存在までが事細かに記されている。
「……ありえない。こんな、ことを……するはずが」
「認めたくないというのはわかるさ。しかし世界とてバカの集まりではないのだ。我々はお前に見せてはいないが、既に篠ノ之束を裁判にかけ、かつ勝利できうるだけのものを得ている」
織斑千冬の表情は硬い。報告書を手にわなわなと手を震わせ、奥歯を噛み締めて行き場のない怒りをどうにか抑えているのがわかる。
「いいか織斑千冬。かつての国際連合は調停機関として既に形骸化し、前身たる国際連盟と同じ轍を踏みつつあった。だが白騎士事件の折に先代の事務総長と国連は、インフィニットストラトスが無秩序にばら撒かれ野放図となった世界を懸念してどの国よりも先立って行動した。
IS委員会とIS学園の設立によって、世界のパワーバランスを揺るがす可能性を秘めた兵器を統制し、制御したことでかつての国連の比ではない権威と裁量権を今の国連にもたらした。しかしISはそれでもなお危険な兵器としての側面を持っている。その抑止力として我々……国連独自の戦力の保有さえも世界に認めさせた。
ISを隠し持った人物がホワイトハウスやクレムリンを攻撃すればどうなると思う?
世界中にごまんとある原発や核ミサイル発射施設を占拠したらどうなると思う?
わかるだろう? 第三次世界大戦の勃発だ! 白騎士事件だけでも第三次大戦の火種足り得るものだが、そこに新たに燃料が注がれることになる! いいか! 白騎士事件は何も終わってなどいない!
これからだ! これからその火種が大きく燃え上がり世界を焼き尽くすことになりかねないのだぞ! ISが宇宙服だと言うなら何故ヤツはISに武装などを施した!? 年端もいかぬ
…………綺麗ごとをのたまう気はない。率直に言おう。我々の目的は篠ノ之束を抹殺することだ」
「何をふざけたことをっ……! 白騎士事件が仮にあいつの仕組んだマッチポンプなのだと仮定しても! ISの兵器転用を推し進めたのはそれを見た国だろう!」
「そうだ。国々は兵器転用へ舵を切った。その先例を作ったのは他でもないお前と篠ノ之束だろう!
知らぬとは言わせんぞ。あの一件で多くの死者が出たことを、無かったことのように語るなぞ私が許さん!
――ああ、パイロットを殺さずに戦闘機を撃破したのは素晴らしい。飛んできた核弾頭を全て叩き落したことなど両手では足りぬ賛辞を贈りたいくらいだ。だがその破片はどうなった? 切り落としたミサイルの残り半分はどこへ行った?
結果は明白だ。地に堕ちる。…………そしてその瓦礫の散弾で人が死んだことはお前も知っているだろう」
「……知っているし忘れもしない。だが私はあの時……ただ……っ!?」
ごり、と左の側頭部に当たるナニカ。冷たく黒い、9ミリの死を吐き出す
「せ、ん、せい」
「篠ノ之束は、どこ?」
まったく、わが妹ながらこらえ性のないやつだ。
私の頭に突き付けられた銃の持ち主、北條麗香博士は冷たく抑揚のない声で私に言った。いつもはお茶目な雰囲気で笑っていた彼女が能面のように冷たく、しかしその瞳に深海の如きほの暗さを湛えて私を見据えてくる。
「麗香、抑えろ」
「どうして? 白騎士事件で死んだ娘夫婦と彩香の妹の仇が、目の前に、いるのに?」
「…………そいつは、初耳だな」
――わたしが、彩香の、家族の――?
「だが抑えろと言った。殺すにしても、すべての情報を洗いざらい吐かせて裁きを受けさせてからだ。例え、知らず篠ノ之束の謀略の片棒を担がされたのだとしてもお前が裁く権利はない。――今ここでこいつを撃つようならばお前は篠ノ之束と同類だぞ」
「誰が同類だっていうのよ……! 私から何もかも奪っていった女に慈悲なんて与えたところで意味なんてないじゃない!」
「麗香! 確かに、織斑千冬は知らずとはいえ犯罪者に協力していた人物であるしお前の娘夫婦と孫の死に直接関わっている人物かもしれん! だが白騎士事件の発端は
その銃口を元凶たる者に向ける分には私は何も言わんが、同じ被害者である
それでもやると言うならまず私を撃て! 死んだのがお前の家族であったことは知らなかったが、白騎士事件の真相にたどり着きながらお前に告げなかった、この私を撃つがいい!」
ナタリヤ大佐はおもむろに博士が手にしている“Px4”の銃身を掴み、自らの平たい胸部に押し付けて言う。
博士のほうは変わらず能面のように冷たい表情で大佐とにらみ合っていたが、小さく舌打ちして銃をひっこめた。セイフティをかけてトリガーガードを軸にくるりと一回転。トリガーから指を離して銃身を手に大佐へ向けて差し出す様は“扱いなれた”という言葉がぴったりの滑らかさだ。
「――そう、それでい……――!」
グリップへ伸びた大佐の小さな手のひらが空を切る。くるり、と先ほどのようにトリガーガードにかかった指を軸に再びすっぽりと博士の手のひらに収まる、と同時にセイフティを外された銃が大佐のこめかみに突き付けられる。
「……まったく、どこでこんな騙し討ちを覚えた?」
「確約しなさい。必ず、篠ノ之束を、殺すと」
「――わかった。法で裁かれるにしても暗殺にしても、どちらも最終的には死ぬことに変わりはない。いいな?」
「ええ」
マガジンを抜いてスライドを後退させ初弾を排莢し、テーブルの上に差し出した博士はおどけたように両手を挙げて無害アピールを欠かさず席に着いた。それを見届けて、後ろから博士に向かった銃を突き付けていた大佐の副官であるミーシャも面倒くさそうにため息をついて席に着く。
「一体どこに隠し持っていたんだか……身体チェックはしたんだろうなミーシャ?」
「したわよ。その上でコレなのだから自信を無くしそうよ」
「今度からコイツには手錠をさせておけ。姉として手癖の悪さを矯正しなければならん」
「もうしないわよ」
「ハッ、どうだか……! 余計な茶々が入ったが言わせてもらうぞ織斑千冬。お前は何も知らずとはいえ犯罪の片棒を担ぎ、人の命を奪い去っている。事件の際に交戦した軍に直接の人的被害は無かったが、白騎士事件の二次被害で命を落とした人物は麗香の家族以外にも存在する。
この際ハッキリと言うが、我々国連軍IS試験部隊……“ストームチーム”は白騎士事件の実行者であり現在全国指名手配中のテロリストである篠ノ之束を抹殺するための部隊だ。世界を危機に陥れ、今もなお世界のどこかでテロリストに武器や技術を流し、それによって多くの人命が失われているがそれだけではない。
技術供与を受けたテロリストの破壊行為によって世界的な遺跡や史料が失われたり、インフラ設備を占拠されたことで飢えや渇きに苦しみ、疫病が蔓延するなど多くの被害が出ている。
これ以上ヤツに“子供がおもちゃ箱をひっくり返す”ような真似をさせておくわけにはいかないのだ。わかるな?」
……あいつに、束に何があったというのだ。目を通した資料はあいつの関与がはっきりと記されていた。これが真実なのだと受け止めることはできない。だが確かめなければいけないことがあるのも確かだ。あいつが一夏の誘拐事件……第二回モンド・グロッソでの一件や今回の事件に関与しているだろうことは明白だ。
未登録のISコア。そんなものが存在するということはつまり誰かがコアの製造に成功したかあるいは――篠ノ之束が手ずからに作ったということだ。そしてあの謎のISはIS学園の生徒を危険に晒し、国防軍のIS操縦者を殺し、彩香の手足を引きちぎった。
確かめなければいけない。束が本当にこんな事件を自ら起こしたのかを。私の大切な生徒たちや多くの子どもたちの命を危険に晒した理由を問いただす。
「私ができることなら、協力します」
そして子どもたちの夢を引き裂くような真似をしたことの償いを、必ず果たさせる。