きゃすたー(7mg)の雑多なネタ倉庫 作:きゃすたー(7mg)
今日も今日とてナザリック。円形闘技場へやってくると既に待ち構えていたヒビキがさっそく手を振るエモーションでこちらを呼ぶ。
装備は忍者らしく“くの一”スタイルだが、アニメやゲームに出るような際どい露出が目を引くことからその手の人にとってはエロ系装備扱いされる。ショートボブの黒髪と幼い顔立ちの十代半ばのアバター姿で、肩を出した白い襟の赤い忍装束に紅白の帯を巻き、赤い手甲と赤黒の足袋を身に着けているがそれ以外はほぼ露出しっぱなし。しかも前垂れは前を隠す気があるのかと思うほど狭く、子どもっぽいほっそりとした健康的なふとももからくるぶしの部分までが完全露出し、下着が見えるのではないかと懸念するほど攻めた衣装だ。
……なのだが、残念ながら着用者は現実での姿と同じくぺったんこでちんまい背丈なものだから大人の色香はまったく感じられない。
「おはよう、ヒビキ」
「おっはよーユウくん! 今日のボクはどうかな? 少し古臭いけど大流行したエロゲのキャラクターみたいな装備にしてみたんだ!」
「あ、うん、みたい、だな……」
違うぞ。あれはエロゲーじゃなくて格闘対戦ゲームだぞ。旧時代のアーカイヴにあるのを見つけてプレイしたことがあるが、あのお胸とおみ足は素晴らしいものだった。
「で、残り5レベル分の振り分けは決まったか?」
「んふふ~、ちゃんと決めてあるんだよねー」
こいつは何を思ったのか、俺が吸血鬼の種族を取っていると知ってからワールドアイテムである世界樹の種を使ってまで吸血鬼の種族へレベルを再分配したのだ。ところが元々取っていた分のレベルを再分配したはいいものの、俺が流れ星の指輪を使って吸血種の種族を取っていたことを忘れていたために5レベル分が余ってしまった。
「ジャジャーン!
「お前何してんの!?」
「コレでボクの望むがままなのさー!
高々と指輪を空に掲げて数秒すると、突然目の前に何者かが転移してきた。黒髪の人間種の男、それも純白の衣装に金の刺繍や腕章などゲーム内でお目にかかることはまず無い装備をしている。
「えーと、うおっ、ここナザリックじゃん! まさかまたしてもあの人たちを担当しなきゃならないなんて……」
「……あの、ゲームマスターさん?」
「ああ、すみません! あなたが流れ星の指輪を使った方ですね? 所属は……あれ、アインズ・ウール・ゴウンじゃない?」
自身の現在地を確認した彼、ゲームマスター……GMはコンソールを開いて深いため息をついた。
というか“またしても”って……モモンガさん、あんたら一体何やったんだ。
「はい、ボクはアインズ・ウール・ゴウンに所属してないですよ」
「そうでしたか。オホン、では改めて、今回のご要望をお伺い致しましょう」
「あの、ボクの種族に“吸血種”の種族レベルを追加してください!」
「……し、承知致しました。えーと……残り5レベル分を全てでよろしいですね?」
「はい、お願いします!」
GMがヒビキに向かって手をかざすと、円形闘技場の空から光が降り注いでヒビキの全身が光り輝くように周囲を照らす。光が収まった先には何の変哲もないヒビキの姿があったが、コンソールを開いて確認したヒビキはガッツポーズで喜びを表現していた。
「確認できましたか?」
「はい! もちろんです! ありがとうございます!」
「それでは失礼いたします。残る期間は短いものですが、どうぞユグドラシルをお楽しみください」
しかしあのGMの声、俺の時も担当していたヒトじゃないか。なんとも因果なものではあるが、まさかこんな形で再び
「ねぇねぇユウくん! 買い物に行こうよ! 人間種用の装備なんかも装備できるようになるんでしょ?」
「そうだな。少なくとも俺のときは装備できるようになった」
「じゃあ決まり! オススメの装備とかあったら教えてね」
「買うなら自腹でな。……俺は先日のドロップ品買い取りで金が無いんだ」
「えー!? 買い物デートなんだから一個くらいプレゼントしようよ!」
「心配するな。……
「……ホント? やったー! ユウくんとお買い物デートだぁ!」
ぷんぷんと不機嫌なエモーションを連発していたヒビキがエクスクラメーションマークのアイコンと共に飛び跳ねるモーションを出して歓喜を表現する。
「いいなぁ……」
「いいですよねぇ……」
じーっと円形闘技場の通路から顔だけ出して見ている骨と粘液が何か言ってるが、この子ツイてるんですよええ。
「ちなみに聞いておくけどモモさんとヘロヘロさん、どういう意味で“いい”んだ?」
「そりゃ決まってるでしょ同志ヘロヘロ」
「はい、決まってますよ同志モモンガ」
青白いオーラを纏わせたままモモンガさんは“
突如表示されるインターフェース画面。表示されたのはPVPモードへ移行されたという表示で、ルールは無差別ダメージ減衰無し死亡ありのガチモードだ。
「「爆ぜろやこのロリコン吸血鬼ィィィィッ!!!」」
「コイツは中身は十八歳だァーッ!」
「ボクとの愛の力を今こそ見せるときだよ!」
「お前ちょっと静かにしてろややこしくなるからァァァ!」
クソッタレめ! アインズ・ウール・ゴウンとガチPVPなんぞもうお断りだってのに!
「おーい、ユウくーん。だいじょうぶー?」
「つっっっかれたぁー……」
ぐでん、とまるで形を保てない半熟卵のように椅子に寄りかかっている俺にヒビキが声をかけてくる。普段使いのくの一スタイルの服……紫に染めた上衣と袴で露出度は大幅に減って忍者らしい忍者スタイルになっている。ワンポイントの白い帯に挿された忍び刀が一振りという一見すると簡素な装備に見えるが、懐には大量の暗器が仕込まれているのだから油断できない。
ショートボブで揃えられた髪にワンポイントでつけられている簪も実は武器という徹底ぶりだ。
「大丈夫? ごはん食べてボクとする? お風呂でボクにする? それともボクにする?」
「大丈夫。ご飯食べたし風呂も入った。お前はもうちょい慎もうな」
「はーい」
「とりあえずさくっと清算しちゃいましょう。明日でユグドラシルが終わるのだとしても狩りは狩りです。最後までしっかり締めていかないと」
「ついにスルースキルもカンストしたなモモさん。ヒビキが変なこと言い出したらスルー推奨っていうのがよくわかったみたいで」
「まあ、四か月も一緒に狩りしてればねぇ……」
あの悲惨なPVPから四か月経ち、つい三週間前にヘロヘロさんは人工臓器の移植手術のために病院でしばらく厄介になることになった。そして今日が退院日ということでモモンガさんやヒビキと一緒に日課となっていた狩りを終わらせてきた。無事退院したという連絡がモモさんにきていたから、後はヘロヘロさんを待つだけだ。
「パパ! おしごとおつかれさまでした!」
「あぁ~やっぱりレーナに出迎えてもらえるのは最高の幸せだよなぁ」
そう、入院する直前にヘロヘロさんが調整を終わらせたレーナのAIを送ってきたのだ。あれ以来狩りから戻るたびに駆け寄ってきて満面の笑みでお父さんを出迎えてくれるようになった。たった一つの心残りは触ったり撫でたりできないことだけだが、部屋の中に居ると本を読んだり隣に座ったりといろいろな動きを見せてくれるようになった。ヘロヘロさんグッジョブと心の中でガッツポーズした。
背中に背負っていたインベントリ系アイテムもウサギのぬいぐるみ風のリュックサックにグラフィックが置き換えられ、時々中身を整理するようなモーションが可能になった。珍しいものを入れているとエクスクラメーションマークが出たり、あまりかわいくないものを入れると涙目のエモーションを出したりと感情豊かになった風に思える。
最近はレーナの可愛い行動や仕草を見て癒されるばかりなせいか、ヒビキが対抗意識を燃やしてさらに積極的なアピールをし始めたのが頭の痛いところだ。
「私はかえってきたぁー!」
「おおっ! おかえりヘロヘロさん!」
「おかえりなさい、ヘロヘロさん」
「ヘロさんおかえりー!」
ムンッ、と力こぶを象徴するエモーションを出したヘロヘロさんは意気揚々と黄金に輝くオーラを放って席に着いた。相変わらず真っ黒な粘液がもぞもぞと動いているだけなのだが、どこか以前よりも活発に脈動しているような気がしないでもない。
「で、どうでした? 体調に変化はありましたか?」
「いやはやすこぶる快調ですよもう! ルイスさんが送ってくれた人工臓器の情報とモモンガさんの伝手が無ければ私はきっと今日を迎えられなかったんだろうなって思いましたよ。
走っても息切れしないし前はひどかった拒絶反応もウソみたいに消えました! ほんっとうにありがとうございます!」
「ならいいさ。ヘロヘロさんにはレーナの件でもお世話になったし、情報屋から集めてきただけだしな」
「ヘロヘロさんが無事なら何よりです。それに私は知人にたまたま伝手があっただけですし」
「何言ってんですか二人とも! 二人の力が無ければ私は自室で死んで遺体が数か月後に発見されたなんていう末路をたどっていたかもしれないんですよ!
こうして無事に今日を迎えられたのはモモンガさんとルイスさんの力添えあってのことです! お二人の持つ力が、一つの命を救ったんです……だから、胸を張ってください」
「ンムゥ……じゃあ今度みんなでコーヒーでも飲みにいきましょうか。合成なんですけど結構いい味のお店を見つけたんですよ。ヒビキちゃんは未成年なんでアルコールはダメですし」
「あ、じゃあ私が持ちますよ。なんのお礼もできずっていうのは正直納得できませんし」
「何言ってんですかヘロヘロさん。そういうのは再就職してから言ってください」
「やけにモモンガさんが厳しい件。……まあ、再就職するのが一番の感謝の伝え方かもしれませんしね」
なんともこそばゆい感じだ。俺が自分の力で調べたわけではないのだが、そんな小さな力が一人の命を救ったのだと考えるとどこか嬉しいような気分がする。
……だけど、俺はあの時目の前に広がった赤い焔の中に消えゆく娘を……玲奈を救えなかった。手を伸ばせば届きそうな場所に居た小さな命が炎に呑まれて消えていったのを見ていることしかできなかった。
待って、待って、と頑張って追いかけてくる娘の傍にいてあげることができていたなら、あの子はもしかしたら生きていられたかもしれない。ほんの少し、ほんの数メートル、ほんの少しだけゆっくりと……傍について歩いていたら……すぐに手を引いて抱きしめて守り通すことができたのかもしれない。
もう過ぎた話だ。悔やんでも戻るわけがない。それを理解しているのに、納得したはずなのに、ほんの僅かなはずみで津波のように悔恨が押し寄せてくる。
「あ、もう12時だよユウくん」
「遂にお前本名呼びも躊躇わなくなったな」
「だって“ルイにーちゃん”って呼んでも反応薄いんだもん。それに比べてレーナちゃんのかわいさといったらもうたまんないよねぇ……! 礼儀正しいし可愛いし、お姉ちゃんって呼んでくれるし」
つーん、と不貞腐れたヒビキはレーナのウサギさんリュックにキャンディ(効果はHPを少量回復する)を三つ放り込んでレーナの“ありがとう、おねえちゃん!”というセリフを何度も聞いて悦に浸っていた。
どうやら“おねえちゃん”という言葉が気に入ったらしい。末っ子だったが故に自分が姉扱いされるのが新鮮なのもあるだろうが、一番は自分を女の子だと認めてくれている気分になれるからだろう。
「もうちょっとヒビキちゃんに構ってあげたらどうですかユウくん?」
「可愛い子を放ったらかしにしてると後が怖いんじゃないですかユウくん?」
「おーし俺にケンカ売ってんだなおめーら。石化してから“暁”装備のバフ込みで<無明晦冥斬>食らうか石化してから“スヴァログ”の<星火燎原>の貫通スリップダメージでじわじわ死ぬか、選ばせてやんよ」
「上等だリア充! サッカーボール扱いされて泣きわめくなよ!」
「
「……噛んだな」
「そこで噛みますか……」
「……溶かしつくしてやらぁ!」
「何もなかったようにフツーに言い直したぞこいつ!」
バチッ、と効果音がしそうなガンの飛ばしあい(?)をしながらにらみ合っているところに声がかかる。そういえば久々の連休を利用したヒビキが俺の家に泊りにきてたのをすっかり忘れてた。
「じゃあボクご飯作ってくるから。ユウくん、合成品だけどチャーハンでいい?」
「それで頼む」
「「リア充! 死ねよや!」」
ユグドラシルサービス終了まであと1日。変わらない日常が、変わらないでほしかった日常が、明日変わる。
俺たちプレイヤーは一つの寄る辺を失い、しかしまた次の一日を迎えて前に進んでいくだろう。そして数年か、十年か、或いは死の間際になってユグドラシルを思い出すだろう。懐かしい日々の記憶として、思い出として心に残ることだろう。
俺にとっての決別の日。俺が再び前を向いて歩みだす日は、もう目前に迫っている。
「インしねーな」
「インしないねー」
今日も今日とて変わりのないユグドラシル。12月20日という最終日の夜を迎えたとてそれは変わらない。文化財の修復がひと段落ついたお陰でやってきた連休を利用して最終日を迎えられたのだが、いざナザリックの門前へやってきてみたがヘロヘロさんも居なければモモンガさんも居ないときた。
フレンドの一覧を見てもヘロヘロさんもモモンガさんもログインしておらず、オフラインの表示がずらりと並ぶだけだ。ヘロヘロさんは午前中に一度ログインしていたが、職探しのために求人サイトの開催している説明会へ出席するとのことですぐに家を出た。
「そうだ、あそこにいこう」
「なに? いい場所あるの?」
「ああ。ちょっとまってろ……<
見渡す限り毒の沼と枯れ果てた木々が乱立するだけの死の大地にぐにゃりと小さな歪みが起こり、全てを吸い込むブラックホールのような半球状の物体が出現する。
「ほら、入った入った」
「……最終日だからって18禁行為はダメだよ?
「天地がひっくり返ってもやりはしないが、兆分の一の確率でやるとしてもヒビキじゃないことだけは確かだ」
「ぶー、それヒドくない!?」
現実のヒビキそっくりな女の子のアバターだからといって手を出すなんて正直考えられない。妻も娘も死んでいるとはいえ俺は妻帯者なのだ。年若い未婚の女の子(ただしツイてる)に手を出すなんてつもりはない。
転移門を抜けて出た先は俺の拠点である白の館にほど近い場所にある湖だ。広さの規模は湖と言うよりも池と言うべきなのだが、水深はなんと100メートル以上というわけのわからない深さをしている。
火山活動のせいでできた縦穴に水が溜まったのではないだろうし、崩れやすい地層が浸食されて崩落してできたわけでもない。そんな場所なのだがキッチリとフィールド内であるらしく、普通に魚が釣れるしなんなら対応した装備さえ使えれば深海魚さえ釣れる。
そんな木々に囲まれた池の畔に立つ古ぼけた石碑と、周囲一帯を囲むように咲き誇るアケボノソウの白い絨毯。
「すっごい…………キレイ」
放心したように立つヒビキの足元、アケボノソウの花が風に煽られて空に舞い上がる。薄暗がりが広がる空へと舞い散る花弁の中に佇むその姿は完璧な女の子だ。
ショートボブの黒髪が風に揺られ、身に着けた伝統的な忍び装束――青紫を基調にしたその後ろ姿は白い嵐の中で浮かび上がるように自らを主張している。
「結構いいだろう? お気に入りなんだ」
「……うんっ!」
まるで童心に返ったようにヒビキは白い絨毯の上に身を投げて仰向けに空を見上げる。ばさっと倒れこむ音とともに花弁がまた一つ二つと風に乗って舞い散り、黄昏時の空へ昇って消えていく。
ちょうど腰かけるにはぴったりな石碑にそのまま腰を下ろし、二人して空へと視線を移す。
「ふふ、ユウくんと
「もうこんな場所どこにもないぞ。あってもせいぜいシベリアやヒマラヤ山脈みたいな隔絶された土地くらいだろうな」
「もーっ! そうやって現実味ばっかりな話するんだから! ……好きなヒトと一緒にこの世に二つとない景色を眺めるっていうのは女の子の夢なんだよ?」
「そうでもないぞ。嫁は三人そろってテレビを見るのが一番良いって言ってたし」
「それは家族として! ボクのは愛する人としてだよぉ!」
言われてみればアイツも二人きりの思い出というのは欲しがるタイプだったな。それでも“世界に二つとない絶景”なんてものは望まなかったが。一緒に飛行機に乗って見た高度1万2千メートルからの地球の景色は格別だった。二つとない、とまではいかないものの、現状の世界ではほんの一握りの人間しか見ることのできない景色であることには違いないだろう。
……そういえばレーナを連れてきていないんだったな。普段ナザリックに入る直前にNPCを呼び出すからすっかり失念していた。
「<
「……もうちょっとだけ二人きりがよかったなぁ」
「レーナ抜きには始まらないし終わらないんだよ」
召喚スキルで呼び出された我が娘レーナと、以前のクエストで捕獲……というか従えた麒麟(ポニーサイズ)を呼び出し池の畔で待機させる。
小さく幼い少女の傍らに控えるこれまた小さく幼い聖獣という組み合わせが、天頂に上った蒼い月の明かりを浴びて凪の水面に映し出される様子はまさに幻想そのものだ。……だがそれもまもなく、あと20分で電子の海に消えていくことだろう。
「おっ?」
「きた!」
一切変化のなかったフレンド一覧にオンラインと表示されたのはモモンガさん。そして数秒してヘロヘロさんの名前がオンラインに変わる。
『あーあー、そっちはどうです?』
『ギリギリ間に合ったぁー! ってルイさんどこにいるんです?』
『今お気に入りの場所でゆっくりしてるよ。モモさんは?』
『ナザリック内です。あ、ヘロヘロさんと合流しました。こっち来ます?』
『……いや、俺はこっちで居るよ。ヘロヘロさん聞こえる? 説明会どうだった?』
『はーい。いい感じで何社か受けられましたよ。ただ胸糞なのが以前働いてた会社がどっちとも説明会に参加していたことですかねぇ! あと雪で交通網が一時的に止まったこととか!』
『……お疲れさん、ヘロヘロさん』
『心中お察ししますよ……』
『じゃあお二人さん、ユグドラシルじゃ最後かもしれないから言っておきます。……
そうだ、俺たちはこの死に体の地球に縋り付いて必死に一日を過ごしてきた。リアルの友人やネトゲで出会った仲間なんかと分かち合いすれ違いぶつかりあい、そしてまた日々の糧を得るべく働いて生活している。
そして明日が来る。当たり前のように明日が来て当たり前のように今日が終わる。知識層や富裕層からすればちっぽけで、ともすれば向上心の欠如とさえ言われかねないかもしれないが、明日があることは素晴らしいことなのだ。ただひたすらに生活の糧を得るべく働いていても、惰眠を貪り飽食と怠惰に身を任せたとしても、“明日がある”という当たり前があることは幸せなことなのだ。
それを幸せなことだと気づいている人は数えるほどしかいないだろうが、アーコロジーで内ゲバを起こしたり反動勢力に占拠されたり殺戮の対象となったり、そういうことに俺たちが巻き込まれないということは幸せなことなのだ。
『ですねぇ。ルイスさんの言う通りです。私は二度も職を失った上に明日すらわからない日々でしたけど、新しい人工臓器に換えることができたお陰で明日が迎えられたんです。
生きて明日の朝日を拝めるのがこうも嬉しいことなのかと感動しましたよ正直言ってね。生きてるからには、明日があるから、また頑張れる気がしてくるようになりましたよ!』
『…………ルイさん、ヘロヘロさん……私は、いや俺は……リアルには何も残ってないです。両親は幼いころに死んで、今まで必死に生きていて、唯一楽しみだったユグドラシルも終わる。そんな中で明日を望む勇気が……無いんだ。不安で、仕方ないんだ……』
『……だったら、尚のこと呑みにいきましょう。なあに俺の親戚がウマい酒飲ませてくれる店やってるんですよ。ヘロヘロさんも集まって酒でも飲んで、今度どんなゲームするか駄弁ってみましょうよ! 見つからないようなら俺たちも手伝いますよ、“やりたいこと”探しをね』
『……ルイさん』
そう、モモンガさんにピッタリな言葉を贈ろう。人から人へ言葉を伝えることくらいは、誰にだってできるんだから。
『老子曰く“他者を知ることは知恵。自分を知ることは悟り”とのことだ。俺たち三人そろって……いや四人そろっての自分探し。……してみないか?』
『――ッフフ、じゃあ今度休みを取れそうな日を見ておきます』
『決まりですね! モモンガさんとルイスさんに会うまでには次の職を決めてみせますよ!』
どうやらモモさんも吹っ切れたらしい。ヘロヘロさんはすでにやる気マンマンだし、うちのヒビキはすでに覚悟ガンギマリの状態なのだから問題ない。俺も、少しは過去を振り切って前に進む勇気が持てた。明日はヒビキが家に帰るのを見送ってから出勤して、次に修復する文化財の所有者と顔合わせして、それから現物の状態をチェックして……忙しいなあもう。
ああ、だけどこうして世の多くの人々は毎日を必死に生きている。当たり前に明日が迎えられるものだと気づくことさえなく明日を迎え、必死に明日を生き延びるべく足掻いているのだ。
しかしテロリストどもにとってはそういう市民たちさえも愚かな存在でしかないのだろう。企業の提示する仕事を企業の指示通りにこなし、企業から生活の糧を得ている我々市民は彼ら反体制組織にとって企業に尻尾を振る犬か、鎖でつながれた奴隷という認識でしかない。
だから無差別テロなんてものを平気でやれる。解放だの自由だのを謳うだけで現実を見てもいない理想家どもはそうやって自由を与えるべき人々さえも巻き込んで殺してしまえるのだ。
ただ明日に生きていたいと願う人たちから、大切な明日を奪うことは許さない。それがきっと俺の――
新東京都IDタグ管理センタープロファイル
管理タグナンバー:2004-0414-1956
本名:朝倉悠里(アサクラ・ユウリ)
性別:男
ワールドワイドネットワーク社全世界共通アカウント登録済み。
アバター名:ルイス・ローデンバッハ
年齢:34
職業:PMC“chromium 6”特殊作戦部対内乱作戦課不正規戦チーム(対外的には大手PMCの保安部門所属)
後に第四新東京アーコロジー博物館学芸員。
経歴
2102年管理タグ登録。登録時にDNAサンプル採取済。
2114年、第三新東京アーコロジー第二小学校卒業。
2120年、第三新東京アーコロジー高等学校卒業。
2121年、PMC“chromium 6”入社。アウターリング警備部門に配属。
2124年、不正規戦チームへ異動。
2126年、タグナンバー6008-2519-8710、個体名“神田涼子”との初交配を確認。
2127年、二十回目の交配を確認。
2128年、タグナンバー5409-9251-7762、個体名“朝倉紗耶香(旧姓:七瀬)との初交配を確認。
2129年、上記個体との交配種、個体名“朝倉玲奈”をタグ登録。関連付け完了。
2134年、転職。
管理タグナンバー:2105-0815-9155
本名:高村響(タカムラ・ヒビキ)
性別:男
ワールドワイドネットワーク社全世界共通アカウント登録済み。
アバター名:ヒビキ
年齢:18
職業:総合サービス派遣会社“ラビット・カンパニー”性風俗部門所属。勤務地・第四アーコロジー西ゲート。
経歴
2120年管理タグ登録。登録時にDNAサンプル採取済。
2132年、第四新東京アーコロジー第三小学校卒業。
2133年、女装などの異常行動を確認。精神鑑定を実施。経過観察の必要性ありと判断。DNA解析の結果異常なし。
2134~6年、度重なる同姓との非生産的な疑似交配に対して注意勧告も改善の兆候なし。
2137年、二度目の精神鑑定を実施。異常ありと判断。薬物治療と脳波治療を実施。
2138年、改善の兆候なし。異常行動・言動が著しく増加し、矯正不可と判断。廃棄所にて同年12月21日処理予定。