きゃすたー(7mg)の雑多なネタ倉庫   作:きゃすたー(7mg)

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いろいろ疲れることが起こりまくってしまっておかしなノリになった


オバロ試作品6

 もうすぐユグドラシルが終わる。その瀬戸際にどうにか滑り込んだ俺とヘロヘロさんは玉座の間でゆっくりと話し込んでいた。コンソールでNPCの設定やなんやを眺めて、製作者がNPCの設定として書き込んだ知られざる秘密を流し読んでいた。

 いかにも製作者の人柄がわかるような設定のものも居れば何も書き込まれず真っ白な白紙のままのNPCも居た。玉座の傍らに佇むNPC、タブラさんの作成したNPCである彼女……アルベドなんかは文字数制限いっぱいに事細かな設定が書き込まれていて、最後の一文が“ちなみにビッチである”なんて締めくくりでなければ素晴らしい内容だった。

 ヘロヘロさんのおふざけを採用して“恋愛はクソザコである”に書き換えられたが、それはそれでギャップ萌えも感じる素晴らしい提案だった。ナザリックの守護者、引いては全ナザリックの統括として凛々しくも奥ゆかしい彼女が実は恋愛に奥手でヘタレなサキュバス(処女)だったという、この落差の大きさは非常に素晴らしい。

 

 そうしてなんやかんやとワイワイ騒ぎながら、遂にその時がやってきた。目の前に居るのは純白のドレスに漆黒の翼と艶やかな黒髪の美しい守護者統括のアルベド、そして執事姿が板につく白髪の老執事のセバス・チャンとその指揮下にある6体のメイド……六連星(プレアデス)たちだ。

 どちらが始めるでもなく、悪のギルドらしいロールプレイが始まる。

 

「……まもなくですね。盟主殿」

「ええ、まもなくですヘロヘロさん。……ユグドラシルの終焉です」

「地は空に還り、水は消失し、風は死に絶え、火は翳る」

「そして光も闇も悉くがゼロとイチに還元され、世界樹は枯れて塵と消えゆくのみ」

「……我々の、アインズ・ウール・ゴウンの全ても、諸共に消える。無常ですね」

「しかし我々の足跡が消えようとも事実は消えぬ。アインズ・ウール・ゴウンが在ったこと、神の使者を名乗る愚物を幾度となく屠ってきたこと、それらはリアルよりの観測者によって記録され、記憶される」

「然り。そして世界は破壊され、ユグドラシルの観測は本日終了する」

「然り。そして世界は破壊され、しかし我らはリアルへと送還される」

 

 多くの仲間たちが居た。言葉を交わしたのがゲームの中でしかないとはいえ、彼らは現実世界に存在する人々であるのだ。彼らと築いてきた思い出を忘れはしない。それにその中には現実世界で一緒に宴会をしたりカラオケをしたりしてきた人たちだっている。

 きっと俺はそんな仲間たちを普段は思い出すこともなく過ごしていくのだろう。そして不意になんらかの拍子で思い出し、懐かしい日々に想いを寄せる。そしてまた明日を迎えて生きていく。

 見上げれば、玉座の間に掲げられた41人の紋章の旗。41人分の思い出が詰まった場所だ。

 

「さらば、ユグドラシル。我らの愛するナザリックよ」

 

 あと、3分。世界の終わりまで、あと3分。

 

「さらば、アインズ・ウール・ゴウン。我らの愛しきこどもたちよ」

 

 サーバーダウンへのカウントダウン──終焉の鐘が鳴り響く。終了の告知テロップが空気も読まずに画面下部に流れはじめ──

 

 

<ユグドラシルをプレイ中の皆様へ。 間も無くユグドラシルはサービス終了を迎えます>

 

<運営、開発陣、ゲームマスター、そして何よりプレイして頂いたプレイヤーの皆様のお陰で12年という年月を支えることができたのだと思います>

 

<楽しいイベントもあればしょっぱいイベントもありました。バグや調整でご迷惑をおかけすることも多々ありました。しかし今となっては懐かしくもほろ苦い思い出として刻まれ、サービス終了の間際とはいえ多くの方々にプレイしていただけていることを嬉しく思います>

 

<この幕引きが皆様にとって素晴らしいものであることを願っております。製作運営チームを代表してプレイヤーの皆様に御礼申し上げます。12年間ありがとうございました! プロデューサー ××××>

 

「……フッ、運営も満足のいく終わりを迎えられたのだな」

「そのようで。……ならば、我々も……」

「締めくくりましょう。あの合言葉に、最大の賛辞と感謝と畏敬を込めて……」

 

 テロップが流れ終わり、世界が無に帰する寸前──

 

「アインズ・ウール・ゴウンに栄光あれ」

「アインズ・ウール・ゴウンに栄光あれ」

 

 俺とヘロヘロさんの声が重なり────────────

 

「チクショウ! だまされた!」

「運営ィイィィィッ! 最後の最後でぇ!」

 

 時計が進む。12時きっかり終了するどころかもう数十秒以上経過してるじゃないか! 

 

「仕方ないです。ログアウトしましょうヘロヘロさん。明日も仕事が──ヘロヘロさん?」

「…………モモンガさん、何か、変です。よ、よくわからないです、けど……()()が変です」

「ンン? 別に何も……UIが表示されない? これじゃログアウトすら……」

「それだけじゃないです! モモンガさんの、顔が……顎が、動いてます!」

「んなまさ……か……」

 

 カツン、と硬いモノに触れる感触。カタカタと顎の骨が動いているという()()。ありえない。こんなの、感覚が再現されるなんてできるわけがない! おまけに電脳世界に閉じ込めるだなんて法規制で罰則だって制定されてるハズだ! 誘拐や略取に相当する罪状に問われる上に、刑期はあって無いようなものだ! 起こした時点でブタ箱一直線か処理場行きが確定している! 

 

「ゲームマスターにも繋がらないし、モモンガさんは五感の再現までされている……普通に考えるなら私たちは電脳世界に閉じ込められたということに……」

「……僕ら監禁されとるんやで?」

「ネタに走ってる場合じゃないですよ!」

「わかってます。わかってるんですけど……おふざけくらいしないとおかしくなりそうで……フゥ……え?」

 

 緑色の光が足元から発生した、かと思いきや突然頭の中がクリアになる。……そうだ。とにかく今は原因の究明と現状の俺たちの置かれた状況を確認し、どうにかゲームマスターに連絡をとらないと。

 相手が電脳法を無視して俺たちを監禁したとなれば、相手は間違いなくプロフェッショナルどころかスペシャリストだ。大企業のサーバーに施されたファイヤーウォールや防壁、検閲を掻い潜ってこんな芸当をしてみせる相手だ。ヘロヘロさんがプログラマーとして優秀なヒトだとはいえ閉じ込められてちゃ……内側からじゃ打てる手は限られる。

 

「……どうかなさいましたか、至高の御方」

「……ファッ!?」

「えぇ……?」

 

 ────わからん。さっぱりわからん! 

 

 

 

 夜空の星々を眺めていると思うことがある。かつて、人が死ぬと空に還り星となるという表現があった。妻や娘は今もあの星のどこかに居るのだろうか。そんな取り留めもないことを考えてしまう。

 

「……ユウくん、行かなくてよかったの?」

「なんでだ?」

 

 俺の隣に寝転がる少女……少なくとも中身は女の子なヒビキが問いかけてくる。いつの間にか着替えたらしく、身なりは編み上げコルセットできゅっと引き締めた所謂フレンチ(えっちぃ)メイドになっていて、黒いガーターストッキングにかなり際どいミニスカートと攻めまくっている。

 ……どのみちヒビキの背丈は長身でスレンダーな美女というものには到底及ばないので、色気があるというよりは可愛らしいコスプレ程度にしか見えない。

 

「モモンガさんやヘロさんと一緒に終わりにしてもよかったんじゃない?」

「なんだ、せっかくヒビキと一緒に終わろうとしたのに。まああそこはアインズ・ウール・ゴウンのギルド拠点だからな。そこに部外者が居るのは野暮だろ」

「……そっか。最後、だもんね」

 

 がばっと起き上がったヒビキが月明りを移す池のほうを見る。いつもの元気いっぱいなヒビキを見ていただけに、しんみりとしたヒビキの表情はどこか新鮮だ。

 

「ボクはね、ユウくんが好き……もちろん女の子としてだよ。体は……やっぱり男だけどさ、それでもユウくんやお母さんがボクを女の子として扱ってくれたのが、すっごくうれしかった。ボクがボクのままでいていいんだって、認めてくれた気がしたから」

「ヒビキがそう決めたんだ。だから俺はヒビキが女の子だと認めるし、そう扱うように心がけてる」

「……ありがと、ユウくん。……ふふっ、ユウくんに認めてもらえたんだし、まぁ、いっか」

 

 気づけば運営からの告知テロップが画面の端に流れていた。十二年の感謝が記されたメッセージボックスに思わず時の流れを感じてしまった。

 立ち上がって空を見上げれば現実そっくりな夜空が広がっている。星々を繋いで描かれた“ありがとう”の文字がひときわ強く輝いて、灯火が消えるように薄れていく。

 

「もう終わりだな……接続が切れたら寝よう。……また明日から仕事だし、今度の休みはアーコロジー内の遊園地にでも行くか? お買い物デートしたいんだろ? ついでに遊ぶぞ」

「……いいの? やったぁー! ボクね! 一緒に水族館に行きたい! 

 一緒に薄暗がりの水族館を手を繋いでゆっくり歩いて見て回ってさぁ! ちょっと人目につかないところに来たらユウくんにそっと抱き着いちゃったりなんかして! あ、でもでもユウくんからお尻にタッチされたりまさぐられるのも露出プレイ的ですっごくそそるっていうか! よし行こう! そのまま水族館からホテル直行ルートでくんずほぐれつしよう!」

「想像力豊かっすね……あ、時間──」

「え? あっ──」

 

 23:59:59────ああ、終わった。

 

「……あれ?」

「時計がズレるわけないし……さては最後の最後にやらかしたか、或いは作業の遅れでサーバーダウンが延期されたかってとこだろ。さっさとログアウト画面から────どういうこった?」

「……ユウくん、そっちはログアウトできる?」

「いや、そもそもコンソールが表示されてない。ヒビキは?」

「こっちも。終了どころか何も表示されないし……ん?」

「どうした?」

「パパーっ!」

「おっふぅ!」

 

 どすん、とお腹に感じる衝撃。見下ろせばそこには愛しい我が娘も似姿(NPC)たるレーナが抱き着いて頬擦りをしていた。

 

「レ、レーナ……」

「ねぇねぇパパ! あっち! あっちの池にお魚さんがいっぱい居るの! きーちゃんがお魚さん食べたいって言ってるの!」

 

 俺の手を引いてくるレーナの姿は死んだ娘とそっくりだ。……そのように作られたんだから当たり前と言えば当たり前なのだが、NPCがAI設定や命令など無しに喋って動いているというこの状況が理解できない。

 さらに言えばあのとき、レーナを受け止めたあの感触……まさに現実としか思えない。

 

「待ってユウくん、血の匂いがする……匂い?」

「待て、それはあり得ないぞ。血の匂いなんて感じるわけないだろ」

「で、でもっ! 本当だよぉ! ボク、今血の匂いがして──」

「ありえない。五感で感じるなんて電脳法で規制されてできやしない。ましてや人間を電脳世界に閉じ込めるなんぞ処理場直行コースだ。そのままミンチにされて家畜のエサだ」

 

 そうだ、そんなものを感じるわけが────だが、この、嗅ぎなれた、血液から発生するこのニオイは────

 

「誰だ!」

 

 がさり、と森の中から聞こえた木々の葉が揺れる音。明らかに人などの存在が物を動かした際に出る音を感じ取って振り向いて真正面から向き合う。

 

「……ユ、ユウくん? どう……したの?」

「ヒビキ、レーナと一緒に下がってろ。何かいる」

 

 かつての自分を想起する。陰に日向にと戦いに身を置いたかつての自分。テロリストと戦い、企業の闇と戦い、力無き市民を守るべく戦ってきた己を思い出す。

 二人を俺の体で隠すように前に出て投擲用のナイフを左手に持ち、周囲の動きに神経をとがらせる。

 がさ、がさと近づいてくる音。そしてがさがさという大きな音と共に何者かが姿を現した。

 

「ヒト……?」

「!? あ、あなたたちは……? いけない! 逃げて──がはっ!」

「見るな!」

「──ひっ」

「わっ!?」

 

 月明りに照らされた若い女性──ロールプレイングゲームによくある、中世のヨーロッパの人たちが身に着けるようなゆったりとしたペチコートにシンプルなコルセットといういで立ちの、青い瞳に腰ほどまである栗毛を自然に流した彼女の腹部から鈍色の刃先が生える。

 レーナの頭を咄嗟に抱きしめて見せないようにしたものの、ヒビキは見てしまった。

 

「ぁ、ぅ……ゅ、ゆう、くん……」

 

 一連の流れをじっくりと見てしまったのか、ヒビキが思わず腰を抜かしてへたり込む。じょろ、という音と共にアンモニア臭がするのを脳内から除外してナイフの刃を持ち、投擲の準備を整える。

 ずるりと刃先が抜かれてその場に崩れ落ちた彼女の後ろから一人の男が歩み出てくる。白髪交じりの短髪とぼさぼさの髭、継ぎ接ぎの革鎧に所々が鉄製の薄汚れた鎧、飾り気のない所々が刃こぼれした直剣、身なりからしてまさに“賊徒”と呼ぶべき男がこちらを一瞥しニヤリと口元を歪ませる。

 

「……死ね!」

「チィッ!」

 

 羽織っていたローブをレーナに被せて突き飛ばすようにヒビキの傍へ押しのける。

 突き出してくる剣はまっすぐ。安直でひねりもないただの突き。しかし相応の腕前が無ければ突きは回避できない。初見、かつ女性を殺した動揺の隙を狙って放たれた突きに、逆手に持ち替えた左手のナイフをそっと添えてギリギリのところで打ち払う。

 ちりっ、とわき腹を掠めた直剣。相手は剣を振りぬいていて手元に戻せない。自分の左半身を突き出すように前に。左手は順手でナイフを握ったままするりと敵の喉元へ滑り込み、刃が肉を割いて脊髄を貫通していく。

 

「ギャヒッ」

「むんっ!」

 

 ずるりとナイフを引き抜き、相手が倒れこむよりも早く右後ろ腰から引き抜いたショートソードで男の首を一閃。ごとり、と落ちた首を胴体から噴き出る鮮血が赤く染めていく。

 

「ヒビキ、レーナ、ケガはないか?」

「────ひっ……ぁ、ぅ、ゅっ、う」

「……パパ?」

 

 じょろじょろとアンモニア臭をまき散らしながら、腰が抜けて歩けずにへたり込んだままのヒビキは後ずさりしながらこちらを見る。レーナも放心したような顔で俺を見るだけだ。──ああ、返り血が怖いのか。それは仕方がない。

 

「ぁ……ぅっ……」

「……まだ息がある!」

 

 先ほど刺された女性から聞こえたうめき声。駆け寄って傷口を確認したところ、深い傷だが致命と言うには少し足りなかったらしい。……苦痛が無いまま死ねるのと、苦しんで死ぬのとどちらがマシかというレベルではあるが、とにもかくにも息がある。

 

「くそっ……医療設備があるわけじゃないし……というか電脳世界のはずだろうに。だがこの現実感は間違いなくリアルのそれと同じ……どうなってる……?」

 

 ──どうにか頭が少し落ち着いてきた。そうだ、ここは電脳世界だ。目の前の彼女もユグドラシルで居たようなNPCのように平凡だ。おかしいくらいのリアリティに満ち溢れているけれど、ここは電脳世界なのだ。ユグドラシルがそのまま継続されているような感じ……まるでフ〇ム製のあのゲームのような殺伐感に変化しているが、彼女を救うにあたって必要なものとなると──

 

「ポーション」

 

 アイテムボックスを、と思考した直後に体が動いた。意志とは関係なしに、まるでそうするのが当たり前であるかのように手が“虚空に突っ込まれた”のだ。何があるのかが頭の中にすべてわかる。放り込んでいたアイテムの種類、数、効能やフレーバーテキストまで一字一句が頭の中を駆け巡っていく。

 

「これを飲むんだ」

 

 取り出したのは赤い血のような色のポーション。たまたま入っていたHP回復用の最高級ポーションだが、目の前で死者が出るよりはマシだ。

 体を横にして口の端から出る血液を一度吐き出させ、気管支などに入らないように口内にゆっくりとポーションを飲ませていく。半分ほどを飲み干したところで顔に生気が戻り始め、すべてを飲み干したころには息遣いもゆったりとしたものになり、傷口を確認しても傷跡すら残っていなかった。

 

「げほっ、た、たすけて……くれた、んですか……?」

「そうだ。まだ動かないように。止血はされているが流れた血が戻っているわけじゃない。無理せず横になっているんだ」

「そ、そうですか? 多分動けると思う……そうだ! 村が! みんなが!」

「お、おい! まだ動くんじゃない! 一体どうしたんだ!?」

「村が! 村が野盗に襲われているんです! 助けにいかないと!」

「だからと言って君が行っても犬死にだ! 落ち着くんだ。いいかい、相手は何人だった?」

「くっ……おそらくですけど、30人は居たかと……」

「村人の数は?」

「120人です……以前はもっと居たんですけど、前にも野盗が……」

「ならおそらく全滅とはならない。必要なものを奪えば奴らは去る。こういう言い方は好きじゃないが……死人がいくらか出るのは仕方がないが生かされるほうが多いはずだ。村を全滅させたのでは次の搾取ができなくなるからだ」

「そ、そんな……!」

「当然のことだ。すべて滅ぼしたのでは次の搾取ができない。つまり自らも死ぬ運命が決まる。だから簡単に全滅させたりはしない。恐怖で縛り付け、飼い殺しにし、末長く搾取を続けるんだ」

 

 突然がばっと起き上がったかと思うと、彼女はわき目も振らず駆け出そうとした。それが自らの住まう村を案じてのことであるというのは美徳ではあるだろうが、少女一人と大勢の野盗では戦力比が違いすぎる。

 運が良ければ即座に殺されるだろう。運が無ければ尊厳を辱められ、仇敵に飼われるか人買いに売られるのがオチだろう。

 

「……腕の立つお方と見込んでお願いします、どうか村を救ってください! お願いします! 見も知らぬ私を助けて頂いた上でこんなお願いをするのは厚顔無恥も甚だしいと承知しています! 

 ですが! 私には村を救う力も無く、守ることができるわけでもありません……! 報酬が必要でしたら私の身を売り飛ばして頂いて構いません! 夜伽をお望みであれば如何様なご命令にも従います! どうか村の人たちを! ほんの僅かでも構いません! どうか……!」

 

 30人……対するこちらは戦えるのは俺くらいなものだ。咄嗟にとはいえ先ほどの野盗は一撃で仕留めることができたが、あちらの攻撃が一つでも直撃すれば致命になる可能性だってある。となるとやり方は一つしかないし時間もかかる。その間にも死者が出ることは明白だ。その上こちらが負うリスクも大きい。もしも俺がやられたとなればレーナとヒビキ、それに目の前で俺に涙ながらに縋り付く彼女が取り残されるということだ。最悪の場合奴等にこの子たちが捕まる可能性さえあるのだ。

 ……安全を最優先としてこの子だけでも保護して他を無視するか、後顧の憂いを絶つと思って野盗どもを仕留めるか。

 

『い、いやだ……しに、たくない……あ、ぁ……』

『死ね、企業の犬どもめ!』

『ごふっ! げほっ! と……父さ……ん、母さ……』

 

 家族を想って死んでいった男が居た。

 

『や、やめてください! この子はまだっ──アッ──』

『ママ! ママッ! やだ、やだ! パパ! ママっ──』

『企業の手先は殺せ!』

 

 愛する子を守れず死んだ者たちが居た。

 

『死ね……俺の娘をっ! 玲奈を殺した悪党どもめ! ここで死に絶えろッ!』

『くそっ、コイツ手ごわ……ギヒュッ』

『応援よこせ! 重火器持ってこい! クソッ! 災害救助用のクラスⅡ程度のアーマーでどうしてこんな動ぐびゅっ』

『テロリストどもめ、テメーら全員……許しはしないィィ……許してなるものかよォォォッ!』

『あれが鈴川の言っていた悪鬼か。フン、企業の傀儡には似合いの末路だ。だがそろそろ死んでもらおうか!』

『死ぃぃねよやぁぁぁぁぁっ!!!』

 

 愛する子を失った怒りを振るう俺が居た。

 

「引き受けよう」

「あっ、ありがと──」

「──ただし報酬はいい。代わりに頼みがある」

「え、あ、えっ?」

「あの子たちを……俺のいとこと娘を、頼む」

 

 未だに放心したままの二人を指差し彼女に伝える。──暗に俺が戻れない可能性があることを悟ったのか、彼女は一度瞳を閉じて深呼吸をする。

 

「──この命に換えましても」

「では頼む。村の方角は?」

「ここから北へ進めば村が見えます。なだらかな下り坂になっていますので、村が見下ろせます」

「わかった。夜明けには戻る」

 

 石碑の傍でへたり込んだままの二人の下へ彼女を連れていくと、二人は怪訝そうな顔でこちらを見る。不安そう、というよりもどこか不機嫌そうな気がするが今はそれどころではない。

 

「レーナ、ヒビキ、俺は少し偵察を兼ねてここを離れる。この子、えーと」

「申し遅れました。私はヘレンと申します」

「ヘレンと一緒にここで待っていてくれ。野盗どもが居る可能性がある。気をつけるんだぞ」

 

 レーナに被せていたローブを手に取って被りなおすといい具合で景色に溶け込む暗色の、濃い紫の色合いに落ち着いた。……周囲の光や色に応じて変化するというフレーバーテキストまで実際に反映されているとは恐れ入るが、この装備は渡りに船だ。

 できる限り静かに、気取られず頭数を減らす。俺一人で全員を殺せるのだとしても、俺が一人殺している間にあいつらは20人の村人を殺せるのだから、できる限り感づかれずに始末しなければ。力があると過信して突っ込めば、その先にあるのは血の海だけだ。

 

「──パパも、どこかにいっちゃうの……?」

 

 ローブの裾を握りしめたままレーナが言う。きっと戻らない母のことを言っているだろうことは明白だ。戻らない、彼女は、紗耶香はもう死んだんだ。だけど俺はまだここに居るんだ。

 

「必ず戻る。パパとの約束だ」

「ぜったいだよ! ぜったい!」

「絶対だ。レーナとパパの約束だ」

 

 むーっとふくれっ面をしていたレーナに笑顔が戻る。ガントレットを外して小さな手を握ってから頬を撫でると、くすぐったそうにレーナははにかんだ。

 そんなレーナの隣にやってきた、青白い体色の白馬のような見た目のポニーサイズの竜……キリと名付けられた麒麟をレーナは愛しそうに撫でる。

 

「キリもいっしょ!」

『大丈夫、アタシも居る。レーナに手出しはさせない』

「お、おう……頼むよ、キリ」

 

 テイムしたモンスターさえも喋りはじめるとは思わなった。流石にこれは予想外だ。隣に居るヘレンもぽけーっと口を開けて言葉も出ない様子で呆けている。

 

「──ハッ! す、すごい……こんなに強いモンスターを従えているなんて……」

『アタシは弱い。まだ子供だ。ご主人に勝てるとは思えない。あとモンスターじゃない、竜だ』

 

 ……確かキリはレベルにして30くらいだったはずだ。となると上位物理無効化が作用すると仮定するならあの野盗の攻撃もノーダメージで受けきれたんじゃ……? いや、過信は禁物だ。ダ〇ソやデモ〇ズ的な雑魚が滅茶苦茶強い世界かもしれないのだ。数で囲んで棒で叩く、をされる側に回る気なぞ毛頭ないぞ。赤目三連星や犬のデーモンのような悲惨な末路なぞ御免なのだ。

 

「ボ、ボクも行く! に、忍者の、ク、職業(クラス)だって、と、とってるし! ユウくんだけなんて──」

「ヒビキ……無理を言うな。死人を見てベソかいておもらししてるヤツじゃ無理だ。はっきり言うぞ──足手まといはいらん」

「じゃあ、なんで! ユウくんはあんなに簡単に……!」

「──そういう仕事をしてたからだ。俺は、どう言い繕っても最後には人殺しだよ。死体を作るのは慣れてるし、死体に変えられた仲間だって見てきた。罪もない人々が死ぬところも、惨たらしく殺されるのも見てきた。

 いいかヒビキ、これはお前が経験したことのないことだし、できるなら経験してほしくないものだ。返り血で薄汚れた日陰者になる必要なんてない。お前は女の子らしく可愛い服を着て街中を歩いているのが一番似合うんだからな」

 

 涙でぐしゃぐしゃになった顔のままのヒビキの頭をそっと撫でる。……もう何年もしたことがなかったが、俺を案じて自らも火中に飛び込もうとするその心の強さは賞賛すべきことだ。

 

「心配してくれてありがとな、ヒビキ。ちゃんと戻るさ」

「──じゃあ、ボクとも約束。……戻ったら……少しだけ、傍に居て……」

「ああ、約束だ。…………じゃ、行ってくるよ」

「……行ってらっしゃい」

 

 どれだけを助けられるかわからないし返り討ちに会う可能性さえある。けど俺はやはりあの時と同じだった。奪われ、搾取され、理不尽な暴力に晒される人たちを救うために戦っていたときと同じだ。100人居れば100人分の家族があって、100人分の友人が居る。100人の死は数字以上の人々に悲しみと絶望を与えるのだ。

 当たり前に迎えられるはずだった明日を奪われ、昨日は隣に居た人がもう戻らないという事実に、遺された人々は嘆き悲しむ。それはこの場所でも同じだった。電脳世界なのか現実の世界なのかすら俺にはわからないが、目の前で奪われ虐げられ殺されている誰かが居る事実は変わらない。

 せめて、人々が静かに眠れるために。明日の平穏を奪われないために、俺は剣を振るおう。

 

 それが死んでいった人々が願った、当たり前にある平穏のためになるならば。

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