きゃすたー(7mg)の雑多なネタ倉庫   作:きゃすたー(7mg)

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簡単な説明

・主人公(現代人)異世界へ行く。
・魔法もチートもないんじゃよ。
・国盗りだとかはない。王様になるとかそういうのはしない。
・汝、ケモミミに悶えよ。
・俺死んでまうストーリー……ではなく俺現代に帰るストーリー


オリジナル小説試作品第一話

 

「ふうっ……ひどいなこりゃ」

 

 深々と白雪の降る夕闇の中、肌を撫でる凍てつく風から身を守りつつ家路を急ぐ。一月の下旬、例年稀に見る降雪量だとか天気予報で言っていたのを覚えている。瀬戸内のこの町には珍しいもので、なんと膝下に三十センチは積もっている。

 

「道路もダメ、仕事もできん。まあ、仕方ないんだろうけど」

 

 住宅街の広がる小高い丘陵地を走る道路の歩道から見下ろすように眺める景色は一面の銀世界。全てを覆い隠す白の絨毯。それを照らすのは家々の明かりと僅かな夕日。そして灯り始めた電灯の輝きくらいなものだ。

 だだっ広い道路を走る車は一台もなく、歩道を歩くヒトも自分一人だけ。片手に携えたコンビニのビニール袋にはカートン買いした煙草と僅かなお菓子。こんな雪の日に煙草が切れるなど悪夢でしかない。

 

「……そういやこのへんに」

 

 思い出すのは小学生の時代のころ。この丘陵地帯がまだ道路くらいしかなく、青々とした森林とみかん畑が広がっていたころの記憶。中央分離帯の向こう側へと続く地下通路を通って反対車線側に広がる森の中を探索しにいった記憶だ。

 

「お、まだあった」

 

 雪で見えにくくなっているものの、そのコンクリートむき出しの入り口は子供のころの記憶と大差ない。足元は凍っていないが雪が降り積もっている。慎重に一歩ずつ降りていくとそこはひんやりとした空気の留まった通路が奥へ奥へと続いている。

 

「落書き、狭い通路、少ない電灯……夜に来たくはないな」

 

 友人たちと駆け回った日々。望郷、懐古、憧憬。あの日の俺達はただ無邪気に、大人となった自分たちを想像することなどなくひたむきに“今”を生きていた。

 中学校を出て高校生になり、大学生となり、社会人となり……既に8年だ。昔は一緒に遊んだ仲間との連絡も特になく、ただひたすらに“今”を惰性のように生きている自分。

 夢を見失い、立ち止まり、果たしたい野望も捨て去った“今”を過ごす自分を見たら……昔の自分は何と言うだろう。

 懐かしさを思い出しつつも駆け足で走り抜け、反対側の車線の出口へと躍り出る。振り切るように、逃げるように、振り返ることもなくただ前に前に。

 駆け抜け、目の前に広がるのは一面の白。何も変わらない。

 

「…………あ?」

 

 ただただ白い平原が広がる世界。道はなく、家々もなく、光を放つ電灯さえもない。全てが雪の下に消え去ったのかと勘違いしそうになる光景。

 

「……何、が」

 

 おかしい。そう思って後ろを振り向けば自分が駆け出してきたはずの地下通路はどこにも無い。ただ何も無い雪原が広がるだけだ。

 周囲を見渡してみてもそうだ。見えるのは木々の広がる森林となだらかに続いていくだけの銀世界。

 

「どう、なってる?」

 

 何かがおかしい。違和感だらけだ。若干だが身体が軽いような気がする。俺はつい三日前ぎっくり腰で身動きさえとれなかったはずだ。重い体を引き摺ってコンビニに出向いたはずだ。

 心なしか声も若干高い。祭りで喉が枯れるほど声を出し続けてきたから随分と低かったはずの声が、僅かに……だが確かに高くなっている。

 思わず触ったのは下腹だ。服の下に冷たい手を突っ込んで肉をつまもうとするも、それはどこにもない。あるのはカチカチの腹筋と、そこに触れる冷たい手の感触だけ。ほんとにどうなってるんだ。

 この二年ほどで体重はガッツリ二十キロは増えたはずだ。週末はいつもの飲み屋に出向いてママさんや飲み仲間のおっちゃんじいちゃんたちと楽しく飲んだり愚痴ったりしてきた。かつてしっかりと割れていた腹筋は分厚い皮下脂肪と内臓脂肪でポッコリしはじめ、体重は既に九十キロに乗ろうかという事態だった。

 

 それが、無い。それもここまで腹筋が割れていて、なおかつ腕の筋肉も手首の筋肉もあり、それに傷めていた靭帯断裂の後遺症の痛みが無い。 

 

「よし! まずは落ち着こう。クールに、クールになろうか俺。とりあえず考え事なんてコーヒーの一本でも飲んでる間に解決するもんだと誰かも言っていたはずだ。

 まずは煙草だ。煙草を吸う。そんでもって落ち着こう」

 

 寒さに震えながらも取り出した最期の一本に火をつけ、紫煙をふぅっと空に向かって吐き出す。

 何をするべきか……ここはまず自分の住む町だと確認するべきだ。

 

「……不通、だな」

 

 スマートホンの電源は入っている。だが電波は受信できない。もちろんだが通話も不可能だ。今時こんなエリアが日本にあってたまるか。

 

「よし、次は東西南北だ」

 

 現在地不明。となると次はまずどちらが北なのかを確認するべきだ。元英国陸軍歩兵連隊出身のサバイバル教官も言っていたことだ。

 腕時計の短針と十二時の真ん中に薄く輝く太陽をあわせ、六時の方角が北になる。一先ずはこれで東西南北はおおよそ目処が立つ。

 自宅は俺が向かっていたコンビニから西の方角だから……三時の方角に向かえばいい。

 

「……山の中に戻れと? バカかよ俺は。俺の家が森の中にあってたまるか」

 

 自分の知識の中にある地理とまったく合致しない。西には小高い丘があるだけで家などどこにも見当たらないではないか。

 一致しない知識と土地。ヒトの気配など微塵と無い平原。戻ることさえできない場所。ここは、どこなんだ。

 

「くそっ、異世界だとでも? バカバカしい! こんな……こんなことあってたまるかよ!」

 

 ゲームや小説の出だしのような展開に思わず悪態を吐く。……ダメだダメだ! イライラしていても埒が明かない。こういうときは……そう、小さな目標を立ててそれをクリアしていくんだ。サバイバルの状況下では精神的な衰弱こそが致命的なのだ。

 

 びゅう、と吹き抜ける風は更に寒さを増して駆け抜けていく。ぶるりと震える身体を思わず屈め、白い大地に顔を突きつけて自らに問う。

 

 まず何をするべきだ。何を目標として立てるべきか。最終目標を何とするか。

 

「まず、そう、だ……寝床。寝床が要る。食料と飲み物は、今はいい。て、手元にコーヒー牛乳と日本酒、あと、は、ち、チョコとつまみが、ある。大丈夫、だ、だいじょ、ぶ、だ」

 

 がちがちと歯がぶつかる。声に出せ、声に出して確認するんだ。恐れは今は飲み込め。現実だと認めたくないけれどもそれは今は後だ。今目の前に差し迫った脅威……凍死の現実だけは何としても回避しなければいけない。

 三十年程度で死ぬなんていやだ。俺はまだ結婚だってしていないし、両親や兄弟を残したままここで斃れるわけにはいかない。

 

「い、家に……帰る。帰ろう。そのために、まず寝床が要る」

 

 思い出せ。思い出せ。こんな雪原の只中で眠ることはできない。かといって森の中に逃げ込んでも野生動物に襲われでもしたらそこで終了だ。俺の三十年はケモノのエサとなって幕を閉じる。そんなのはゴメンだ。

 

「せ、雪洞だ! 雪は深いみたいだし、俺が入れるくらいのなら作れるはず……」

 

 とはいえ素手では無理だ。カチカチに固まっていて木の枝くらいはないと何もできない。……結局森の中に行くしかないのかよ!

 ばさ、ばさと雪を掻き分けながら歩いていくこと一時間。汗をかかないようにペースを一定に、のろのろと進んで辿り着いたころには空は赤みが差し始めていた。

 

 手ごろな枝を手に雪につきたて、少しずつ掘り進めていく。

 注意点を思い出そう。天井は分厚く、そして軽く均して雪が解けても自身の服に滴らないようにすること。

 穴は深めに掘って、そこから一段上のところに寝床を作ること。そうすれば寒気は深いところに溜まり、上のほうは暖かくなる。僅かな差だがそれこそが明暗を分けるといっていたはず。

 寝るときは崩れても脱出しやすいように頭を入り口に向ける。

 

「くそっ、くそっ……削れろよ! このっ!」

 

 焦るな、焦るな、氷の層が出る程度には深いってことだ。それだけ冷えているということはつまり崩れる可能性が少し減るっていうことだ。

 

「はぁっ、くそっ……ああもう! また折れた!」

 

 落ち着け、落ち着け。俺ならできる。知識しかないけどできる。今は自分を信じてやるだけだ。

 

「……なん……で……なんで、俺……こんなこと……」

 

 手を動かせ。思考を廻らせるんだ。諦めていいものか!

 

「…………また、折れたな……」

 

 よくやったなんて考えるな。もう諦めてもいいだなんて思うな。一日と潜り抜けてもいないのに――

 ――もう、いいじゃないか。

 違う、そんなことを思うな。例え心がそう叫んだってやるしかないんだ。身体を突き動かせるのは心だけじゃない。思考しろ、思考しろ、思考しろ――

 ――最期くらい、酒と煙草で締めたっていいだろう。

 甘ったれるな! こんなもので終われるほど年食っちゃいないだろうが!

 ――所詮人間なんてこんなものだ。自然には、勝てない。

 何も遺せないまま終われるのか!? 終わっていいのか! 爺さんもオヤジも、曾じいさんもそのご先祖様も精一杯生きて繋いだものを――遺せず終わっていいのか!

 

「…………っ! ちくしょう! ちくしょうっ!」

 

 ああそうだ。やるしかない。やるしかないんだ! “遺す”ことができるのは、目一杯抗って生き抜いたヤツだけだ!

 ――ああ、まだ死ねない。

 抗えなきゃ死ぬだけだ。死ぬにしても抗いぬいて、生き抜いてみせろ!

 ――まだ、まだできることがある。

 

「……あとは、ここに枝葉とかコケを敷き詰めて……」

 

 そうだとも、まだ終われないだろう。

 ――終わって、たまるか!

 

 

「――できた……?」

 

 俺は何をどうやったんだろうか。ただ一心不乱に掘り進めていた気がする。諦めてはいけないという思考と諦めてもいいという心が混ざり合って不協和音を奏で、涙と鼻水を零しながら、それが凍りつきそうになるたびに袖で拭って掘り進めてきた。

 

 冷たくなった手で日本酒の瓶の口を開け、ラッパで一口飲み込む。じわりと広がるアルコールと清酒の香り。ぼうっと火が灯ったように熱を帯びるカラダ。冷え切った手を肌で温めふらふらのまま寝床に身体を横たえ、雪とビニール袋で入り口を軽く塞ぐ。

 

 やるだけのことはやった。指先に力など入らない。全身を動かそうにもくたびれすぎた。断熱材代わりに敷いた枝葉と、いつの間に剥ぎ取ってきたのか木の皮を毛布代わりに被って瞼を閉じる。

 

 どうか、明日がありますよう。叶うことなら、これが夢でありますように。

 

 ほんと、夢であってほしかった。

 

「グオオオオオオォォォォォンッ!」

「ジーザス……」

 

 結論から言えば一夜を過ごすことはできた。一日を生き延びたことに感謝して雪洞の入り口を塞いでいた雪を掘って這い出た瞬間、俺は穴熊チキンを決め込んで再び寝床に潜り込んだ。

 

「……ああ、やっぱ異世界だよなこれ」

 

 そうだな、と心のどこかで諦めたような声が聞こえた気がする。ゆっくりと入り口から覗き見た先、雪原のど真ん中で新雪と戯れる四足歩行の青い体色の存在が目に留まる。

 

「どう見てもドラゴンです。本当にありがとうございました」

 

 早くも俺の異世界サバイバルは終了のようです。少しはくだらないことを言えるだけの元気も出てきたというのに、その矢先にこれである。

 目の前のドラゴンは口から白い吐息を吐き出し、雪に身体を擦り付けるようにのた打ち回っている。はためく真っ白な翼が雪を舞い散らし、ダイヤモンドダストのような幻想的な風景を描いている。

 これが犬猫ならまだ可愛いものだが相手は遠目に見ても巨大な竜だ。尻尾や爪が掠めるだけでも人間は吹き飛ばされ、運が悪ければ押し潰されて“YOU DIED”一直線である。

 あんなものを相手にできるのは一般人じゃない。逸般人だ。

 

「……ん? 飛び立った……?」

 

 一際大きな突風が吹き荒れた後には竜の姿は空に向かって飛び上がっていた。青空の彼方、地平線へ向けて飛んでいく姿は雄大にして美麗。思わず寝床から這い出て仰ぎ見るほどには美しい。

 

「――往くか」

 

 手に掴んだ酒瓶を口へ運び、中身を一口飲み込む。ほうっと温もりを感じる身体でビニール袋を引っつかみ、丘陵地帯を下るように歩を進める。幸いにも野生動物の類はどこにも居ない。気配すらも感じない。

 おそらくは生態系の頂点たるあの竜が近くを飛び回っていたからだろう。恐れをなして出てこないのかもしれない。その竜の威を借るように歩を進めていく。

 あらかじめ柔らかい枝と葉を組み合わせた“かんじき”を即席で造り一時間、二時間、三時間と歩き続ける。壊れては補強し、壊れては組みなおし酒を軽く飲んでと繰り返す。

 とにかくまずは目標地点が定まらなければ何もできない。そしてその目標地点を定めるには一面を見渡せそうな場所、例えば巨木のてっぺんや高台に登って周囲を見渡すことができなければならない。

 自分の目で見える範囲の外は何もかもが不明なのだ。幸いにも山の中に居るだけあって山頂と山の麓がどちらなのかはわかる。あとは周辺地理を大雑把にでも見渡せる場所から今後を決めればよい。

 真新しい新雪の上をゆっくりと歩きながら見渡す光景は自身が見たこともない景色ばかりだ。凍てついた針葉樹の森が広がるばかりで生物の痕跡は一切見当たらない。南に向かってひたすらに樹氷の並木をすり抜けて歩を進めていたとき、急に目の前に眩しい陽光が差し込んだかと思えば、その先はどこまでも見渡す限り白山の居並ぶ幻想のような光景が飛び込んでくる。

 

「……すげぇ」

 

 正面と左手にはどこまでも遠くに折り重なるように連なる雪の山々。その頭上に青空がただただ続くばかり。右手には尾根が延び、その麓から平原が広がって続いている。所々には湖か池らしい水色の点がぽつぽつとあってその脇を流れる小さな小川が何本か交わって大きな一本の川になって伸びている。

 風が吹き抜ける音以外に何も聞こえない。目に見えるのは黒い岩肌と真っ白な雪の肌になった山脈。そしてまばらに立ち並ぶ針葉樹の木々。

 

 世界の果てだ、という言葉が心の中で反響するように広がっていく。ヒトの領域などどこにもなく、ただあるがままの自然が地平の果てまで続いていくだけの世界。

 コンクリートの大樹と送電線が蜘蛛の巣のように延びるだけの現代の日本では有り得ない光景だ。このような場所があるとすれば海外の、それもユーラシア大陸の中央部や南北のアメリカ大陸のような広大な大地にしか無いだろう。

 

「ヒトの痕跡なんてありゃしない。山と山を繋ぐジップラインすらも無い。……洞窟でも探すか? 壁画や落書きの一つでも見つけられれば、少なくとも誰かに出会える可能性があるはず。……もしくはかつてヒトが存在したことの証明になるんだけどな」

 

 見えざる何かを探し出すというのは困難を極める。ましてこの雪の世界だ。文明の名残も何も無いところに住んでいる人間に日本語が通じる可能性はほぼゼロだろう。

 

「けど……排他的な部族だったらもっと厄介だしな」

 

 二十一世紀の地球ですら未踏の地が存在しているのだ。未だ知られざる部族や新種の動物も見つかっている。そして自分たち以外の別の人種や部族外の人間を攻撃するようなヤツラが存在するというのは()()の事実だ。

 食人種だって未だに存在しているのだ。サメに食われただのヒトに食われただのというニュースは現代の日本人ならば聞いたことがある程度には知っていることだ。

 

 白銀の煌きが照り返す世界。ここにもしヒトが住んでいるのならどういうヒトなのだろうか。狩猟民だろうことは想像に難くない。閉鎖的で排他的であろうこともそうだ。それよりも問題は彼らが食料としているものは……ヒトなのかその他の動物なのかだ。

 俺はまだ死ねない。死にたくないんだ。

 

「……とりあえず」

 

 コートのポケットから取り出した煙草の箱を開き、一本を口にくわえる。少し湿り気を帯びた冷たい煙草の先にライターで火を灯し、一息吸い込んで肺に空気を吸い込む。

 冷たく澄んだ空気が口内の紫煙と交じり合って吸い込まれ、身体の内側を満たしていく。氷点下の三十度以下の状態では空気を直接吸い込んでしまうと肺が凍結しかねないが、スマホの温度計を見る限りではせいぜい氷点下十度というくらいなので問題ない。

 ゆっくりと適量を吸い込んで吐くと、白い吐息と紫煙が立ち昇る。

 手ごろな岩の雪を払いのけて腰掛けるとひんやりとした冷気が尻を撫でる。

 

「随分落ち着いた……というか吹っ切れた感じだなこれ。わけもわからずサバイバルしなきゃならなくなったってのに。一日越したお陰で余裕でも出たのか?

 とりあえず現状を考え直すしかない。進むべき方向は決まりだ。平野部を目指せばいいんだし、川沿いに行けば集落がある可能性もある」

 

 とりあえず落ち着いて所持品から何か使えそうなものが無いか考えよう。本来なら昨晩にでもやっておくことなのだろうが、動転して何も考えられなかったのだから仕方が無い。

 座っていた岩の上に手持ちのものを放り出す。腕時計を触らないよう出して、ポケットを隅から隅まで手探りで引っ掻き回して何か無いかと期待したものの何も無い。

 結局のところ所持品は財布(カード等一式)と所持金が四万円。それに加えて時計、スマホ、黒のボールペンと手帳、眼鏡ケース、携帯式の充電器と第六世代のポータブルメディアプレイヤーとイヤホン、それにコンビニで買った酒とつまみとチョコレートだけだ。

 

「……清清しいまでに使いもんにならないな。通貨が使えるはずもないしスマホもプレイヤーも電池切れになったらそこで終了だ。時計がアナログ式でよかった……デジタル式表記だったら何もできなかった」

 

 道具とは詰まるところ、使う人間の工夫一つでしかないのだ。使えないだの、わけがわからないよなどという言葉を吐く前にどうすれば活用できるのかを思考しなければいけないのだ。レモンの搾り機(スクイーザー)だって挟み込むタイプのものであれば木の実を砕くくらいはできるだろう。靴紐やイヤホンや電子機器のケーブルだって何かに巻きつけて止め具のように固定するくらいには使える。

 ベルトの金具であれば体重を支えるくらいは辛うじてできるかもしれない。

 

「とにかく下山しよう。南の山すそからなら滑降して降りられるかもしれない」

 

 この山と向かい側の山の間に横たわる谷間はずっと先の平野部へと続いている。その手前には同じように流れていく川がある。となれば、川伝いに下山していくよりもスキーヤーのように滑り降りるほうが時間が短縮できる。

 

「ええと、方角は……太陽があっちだから……なるほど、左手は東、正面が南、右手奥に見える平野が南西になるのか」

 

 ふと見上げた空の向こうが暗闇に閉ざされていく。じわりじわりと侵食するような速度で、夜が迫りつつある。

 

「くそっ、日が沈むのが妙に早いと思ったけど結構な緯度だぞここ。極夜ってほどじゃあないが日中が短すぎる! もう薄暗がりになってきてる!」

 

 この寒さじゃ夜行性の動物は動くことはまず無いだろうが、それでもあのドラゴンのように自分など一口でガブリといけてしまいそうな原生動物が居ないとは限らない。

 その上土地勘も無いし雪山の知識も無く、食料も飲み物も少ないというないないづくしの状態で夜間の行軍は危険すぎるだろう。

 そう思い立ってすぐにシェルター作りを開始し始めてどうにか作り上げたころには暗闇の世界になっていた。

 ほんの数時間の行動をしてあとの十数時間をねぐらで過ごさなければならないとは。

 

 

 二度目の朝は変わらず爽快な朝だった。澄んだ冷たい空気、澄み渡る青空、代わり映えの無い新雪の世界。……両親や兄弟は俺が二日も戻らないことにどう思っているのだろうか。心配性の両親と能天気な兄弟、つい昨年黄泉路へ旅立った祖父、一緒にバカやってきた会社の同僚、彼等は今頃どうしているのだろうか。

 

「生きて、帰らなきゃな」

 

 凍死体(ゆきだるま)となって帰る気など毛頭ない。生きて帰るんだ。生きて帰って温かい風呂に入り、温かい炬燵に入り込んで、温かい酒を飲む。

 程よく酒が回ったところで温かい布団に潜り込み、ただひたすらに疲れを忘れるために眠りたい。そしてまたいつもどおりの日常が始まるのだろう。

 代わり映えの無い仕事をして、他者が頭を抱えそうな脳内理論で物言いしてくるクソを煮詰めて濃縮したような上司をスルーし、苛立ちとストレスを溜め込んでまた一日が終わる。鮮やかなこの世界の景色も色あせ、灰色に覆われて忘れ去るのだ。

 

 そうだ。ただの夢くらいのものでいい。思い出として心に残るだけでいいじゃないか。

 

 目覚めたあと雪をこすり付けて顔を洗って歩き始める。

 軽くチョコレートを食べて酒を飲み、用を足したところに雪をかけて隠したのを確認してから崖と言っていい急斜面を一歩ずつ足場を確認しながら降りていく。強風に揺られそうになるたびに岸壁にしがみつき、疲れた腕や足を休ませながら下っていく。

 万一踏み外せばそこには死が大口を開けて待っている。山岳地帯に生息する鹿や山羊ならば踏み入ることはできるだろうが、大型の肉食獣やオオカミなどは入り込めないだろうほどには断崖になっている。

 そんな断崖絶壁一歩手前の場所に突き出ている踊り場のような場所に歩いて辿り着いた。

 

「お邪魔しまーす……どなたか……おられませんかぁ……?」

 

 か細い声で恐る恐る、壁から少し顔を覗かせて問いかけるも返事は無い。

 

「よし、居ないな。……思えばこれが初めての文明の名残だよな」

 

 そこは平たく言えば住居だった場所だ。文明のレベルとしては現代どころか中世以前のさらに以前、紀元前といえばいいのだろうか。壁に開いた穴ぼこを利用して作った通路と風除けになるように穴を掘った寝床があり、薪の燃えた痕跡が残っている。近くにある一際大きな燃えカスの痕跡はおそらく調理場だったのだろう。いくつかの骨片が残っている。

 奥へ進むと天井から滴る水が溜められた穴がため池のようにあり、これが生活に必要な水として使われていたのだろう。

 二つに別れた通路の先は大人二人が寝転がれるだろうスペースがあり、枯れた草木が残っていて、壁には石で刻まれたのだろういくつかの絵が描かれていた。いずれも白い線で描かれているだけでしかないが、そこに描かれているのはクマらしいナニカ、ドラゴン、オオカミのような獣が、耳の生えたヒトやシカらしい動物に襲い掛かる光景だった。頭の毛皮を被り物にでもする風習があったのだろうか。

 

 はい、確定です。このへん肉食獣居ます。武器なし食料なし水もなし。ヒドスギィ!

 

「出れば危険。かといって迂闊に留まるわけにもいかず……むむむ」

 

 とりあえず今は何も考えないようにしよう。思考停止でも現実逃避でもなんとでも言うがいいさ。こんな極限状態を経験したことのないヤツになど勝手に言わせておけばいい。

 

「進む前に休憩だな」

 

 食料も何も無い場所だが薪が残っていた。薪の痕らしい場所に枝を置き、枯れた草を焚き付けに使って火をおこす。

 木々が燃える音がパチ、パチと響く洞窟。温かな火のぬくもりが全身を包み込む。憧憬が蘇る。望郷が首をもたげる。渇望が泣き叫ぶ。

 帰りたい。帰りたい。ずっと心で燻っていたものが一気に燃え上がるように吹き出して来る。

 

「……寒いな。こんなに温かい火があるっていうのに、ほんと……寒いなぁ……」

 

 眠りから醒めてただの夢で終わることなどなかった。ならばやるしかない。生きて山を下り、ヒトの住む場所へ出るんだ。道路を見つけるでもいいし、狼煙で見つけてもらうでもいい。

 ここには“誰も来ない”のだ。あの部屋や洞窟の状況から見て、数十年どころではない長い間使われた様子が無いのだ。ここで助けを待つだけというのは、あまりにも“逃げ”に傾きすぎだ。

 

「……やるしかない!」

 

 心で燻っていた望郷の念を踏みにじるように燃えカスの枝に水をかけて火を消す。覚悟はできた。生き延びるための最善を尽くすしかない。

 再び斜面をゆっくりと下ると粉雪が舞い始める。これは祝福だろうか。それとも悪意だろうか。自然にそんなものが存在するわけがないのに、不思議と恐怖を感じることがない。

 降り立った場所は木々もまばらな雑木林の中だった。足元に注意して斜面のほうを目指して進むと、昨日あの断崖から眺めていた斜面がずっと先の山の麓まで一直線に続いている。

 

「よし……いくぞ!」

 

 先日から使っていた木の皮を尻に敷き、斜面に腰掛ける。このまま滑り落ちれば山を下りられる。だが一度でもバランスを崩してしまえばそのまま転倒、骨折、運が無ければ首を折って即死だ。

 

「くっ、おっ、おっ、こ、こりゃ! や、やばくないか!?」

 

 滑り出しは順調。しかし一度スピードに乗った身体が止まることなどありはしない。空気を裂き、一直線に滑り降りる恐怖感。肌を刺す痛みのような冷気。駆け抜けていく景色が恐怖とスピード感を同時にこの身体にたたきつけていく。

 

「くっ、そぉっ! 止まれっ、止まれえぇっ!」

 

 目の前に迫るのは突き出したようになった岩塊。さながらスキージャンプのジャンプ台から飛び立つように身体が空を舞う。

 どすんっ! と鈍い音を立てて落ちた身体が雪に塗れる。世界が目まぐるしく入り乱れる。青空、白、真っ暗、青空、白、真っ暗と次々に変わる視界。

 全身を走る痛みと冷たさで身動きも取れないまま、身体がゆっくりと横たわる。鼻をつく清酒の香り。飲み水であり寒さ対策の最大の友であった日本酒は瓶ごとお釈迦となったらしい。

 

「ゲホッ、ゲホッ、くそっ、ほんと最悪だ……!」

 

 痛みを訴える身体をどうにか起き上がらせて山を見上げると、真っ白な雪の上を点々と続く穴ぼこが目に入る。随分な距離を飛んだり跳ねたりしたらしい。

 

「けど、幸い下山はできた。……すっげー痛いけど」

 

 森の中を凍結した小さな川沿いに下りさらに歩く。川は完全ではないが凍りついていて、少し歩いた程度では割れもしなかった。

 もし家屋が見つからなくても倒木や枝葉を利用したシェルターが作れるだろう。それくらいには木々が増えているし積雪量も減っている。まばらに残った雪と苔むした岩や背丈の低い草が茂る程度の場所だが、野ウサギやネズミなどの小動物が住むには適しているだろうし食料になりそうな魚も川の中に居るだろう。……最悪の場合倒木に就寝中のイモムシが夕食になりそうだが。

 

 森を抜けてしばらく川沿いに歩いたところで目に飛び込んできたのは石組みの壁と木製の頑丈そうな門だった。

 初めて見る人工物。規模としてはそこそこ大きめの村という具合だが、城砦の如く聳える尖塔がいくつか見える。晴天の空の下にたなびく旗にはシンボルらしい刺繍がなされ、壁の上を行き交う何者かの姿も遠目ながら見える。

 

 ヒトだ。

 

 たったそれだけ。だがそれはなによりも心に歓喜をもたらしてくれるものだった。

 文明を持つ同類(ヒト)が住んでいるということは、少なくとも危険地帯はどうにか脱したということの証左でもある。……受け入れてもらえるかは別として。

 

 ともかくヒトを見つけたと確信した俺の脚はそれまでの疲れが嘘のように歩を進めていく。

 腕には力が入らずビニール袋は引き摺るようになってしまうが、最早形振りに構うような思考はなかった。ただ助かりたいという一心だ。

 

 こちらを視認したのか、門の上に佇む人影はこちらを見てすぐに後ろを振り返って何かを喋っている。手にしているのは……まさかの弓矢だ。

 

「やめろ! こっちに敵意は無い! 助けて欲しいだけだ!」

 

 手にしていた袋を投げ捨て両手を広げてみせようとするものの、腕に力が入らずに中途半端なところまでしか持ち上がらない。こちらを見て矢を番えて構えていた衛兵らしい男が弓をゆっくりと下げると、再び後ろを振り返って何かを喋っている。

 

 ぎ、ぎぎ、と重苦しい音をと共に門が開く。全てではなく、ほんの僅かな隙間くらいだがそれだけでも嬉しい。そこから現れた数人の人物は皆毛皮で作ったらしいコートと帽子、そしてレザーと金属板を組み合わせた軽装の鎧という風体だ。手には皆一様に弓矢を持っているが、こちらが無手とわかったのか弓を肩にかけてこちらに近づいてくる。

 

「6j5fuimkq2?」

「……えっ」

 

 人類のコミュニケーションツール、言語の壁が無常にも立ちはだかる。生憎こちとら英語に関しては中高大とろくなものではなかったのだ。即座に対応できるわけもなく、しかも英語でもロシア語でもない言語で語りかけられてはどうしようもない。

 

「えー、と……わたし、リュウト・マツナガ」

 

 身振り手振りで自己紹介。まずは自分を指差して名前を教える。

 案の定彼等はこちらを訝しげにじろじろと眺めてくる。それでも諦めずに自分の名前を彼らに伝える。

 

「リュウト・マツナガ」

「3-、リャ……リュウタ・マチ……ナグ?」

「リュウト・マツナガ!」

「3ー、」r2tdeu。j3ee、リュート、gnfup2bbi?」

 

 だめだ。さっぱり通じる気がしない。幸いにも敵意が無いことは伝わっているようだから無碍にはされない……と思いたい。

 うんうんと唸っている髭面の中年の男の後ろから更に複数の人がこちらに向かって歩いてくる。流石に業を煮やしたのかもしれない。

 

「s24w2rt?」

「nbxj、xzf「lw2r」

 

 彼の後ろから話しかけてきたのは少女と呼んで差し支えない女だった。年のころは十代の半ばを過ぎたかどうかという雰囲気の、俺の肩ほどより少し高い程度の背格好の少女だ。

 たなびく白銀の髪を無造作に背中に流した彼女は他の男たちよりも少し上等そうなコートを羽織り、無骨一辺倒な男物とは違って装飾の施された革鎧を着込んでいる。

 胸元につけたナイフと腰に携えた大振りの鉈、革のベルトにつけられたポーチがいくつか。女性の割りにしっかりとした身体付きに見えるのは装具が多いせいだろう。

 何より印象的なのは耳だ。生えているのだ。

 

「……ネコミミって」

「3uqejネコミミzw……!」

「え、あ、いえ、なんでも」

 

 ぼそりと呟いただけのはずが聞こえていたらしい。……待て、聞こえていた、だと。

 

「アー、アー……ワ、タシ……イリーナ、イイマス」

「……俺は……いや、私は、リュートです」

「アゥ……り、リウト……?」

「リュート、です」

「リ、リュゥトォ……? ゴメン、ムズカシ……」

 

 よもやネコミミから会話が成立しようとは……予想だにしなかった結果だ。

 見れば彼女は先ほどまでピンと立っていた耳をしゅんと倒れさせて困った顔をしてうんうんと唸っている。

 しかし何かを閃いたのか、ぱぁっと花の咲くが如く笑みを浮かべてこちらに向き直って言う。

 

「ワタシ、ムズカシ。エト、ババア、ツレテク」

 

 どうやらお婆さんにバトンタッチらしい。というか素でババア呼びしてるんだが大丈夫なのかこの子。

 振り返った彼女は二言三言を他の衛兵らしい男たちに伝えると俺の手をとってせかすように引っ張る。

 寒さで冷え切ったはずの手。もう感覚さえ失いそうになっていた手が温かさを感じると訴えてくる。それは間違いのない事実だ。人肌の温もりは温かいものだ。

 

 だけどその温もりは、もう久しく感じたことのない心の温もりなのだろう。

 

 

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