きゃすたー(7mg)の雑多なネタ倉庫   作:きゃすたー(7mg)

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イチャイチャ系の練習

あとちょっとギャグ系も


オバロ試作品10

 太陽は沈み、そしてまた昇る。それは俺たちが生まれる遥かに以前から幾たびも繰り返されてきた、過去も今も俺たちにとっては当たり前の法則。それは異世界でも同様だった。

 この地は太陽が二つあるわけでもなく、月が三つもあるわけでもないが、昼と夜がある。朝起きて昼間は仕事に精を出し、日の入りと共に寝床へ帰って眠り、また朝を迎える。平凡で当たり前で何も変わらない日常を奪われた村人たちもまた朝を迎え、新たに今日の仕事へと取り掛かる。

 

「村長殿」

「……三人とも、彼らの様子は?」

「はい、身動き一つありませんでした……信じがたいことですが」

「なんと……」

 

 雨風に晒されて薄汚れたローブを脱ぎ捨て、太陽を拝みながら大きく伸びをして体のこりをほぐしていく。ブレインは立ち上がろうとしていたが、力の入らないふらふらの状態で衰弱しきっている。

 

「ほら、水薬(ポーション)だ。珍しい色だが効果は覿面だぞ」

 

 ブレインの手に小瓶を握らせると、俺も同じものを口に運んで一息で飲み干す。徹夜で文化財の修復作業を終えたような疲労感が爽快感に代わって消えていくのを感じながら、村長たちのほうに向きなおる。

 

「ま、そういうわけだ。ブレインは二日間微動だにしてない。後はそちらの判断だ」

「……ルイス様まで、何故……?」

「言い出しっぺが食っちゃ寝してちゃ信用もクソもないだろ。違うか?」

「それは……」

「俺は水浴びして寝る。ブレイン、動けるようになったら水浴びして服も変えてもらって寝てろ。念入りに洗っておけよ、クソの臭いでハエすら逃げていきそうだ」

「ぁぁ…………そう、……する、ぜ……」

 

 掠れた声で返してくるブレインに背を向けて村はずれの井戸に向かうと、まだ日の出からすぐだというのにヘレンが水くみをしているのが目に留まった。水がいっぱいの桶はそこそこ重いはずだが、必死に縄を手繰って桶をつかみ、水を移し替えていく様子は今日を精一杯生きようとする一人の女の後ろ姿をしている。

 

「あ、ルイス様。おはようございます。……もう、動いていいのですか?」

「おはよう、ヘレン。今しがた終わったところだ。……さすがに汚れてるし、馬や牛の糞まで投げられてたから、さすがに身体を洗って着替えないとな。あと眠気もする」

「はぁ……本当に無茶をなさいますね……。ヒビキちゃんが言った通りでした」

「ヒビキが?」

「ええ。“責任感が強すぎる”って言ってました。……こんなにボロボロにならなくたって、私はルイス様を信用していますよ」

 

 あきれたようにため息をついてヘレンが言った言葉は自分でも多少なり自覚がある。だがこれは昔居たPMCで部下の命を預かることもあったからだ。彼らが生きて家族の下へ帰る……その成否は俺の指揮に委ねられていたのだ。俺には五体満足で彼らを無事に帰す責任があったのだ。

 

「軍人なんてやってるとな、部下を死地に送り出す側になることだってある。でもその中で藻掻き足掻いて、一人でも多くの部下を生きて家族の下へ帰すこともしなきゃならないんだ。

 一人の帰還はそいつの家族数人分の喜びであり、一人の未帰還はそいつの家族数人分の悲しみになる。俺は自らの責任を全うすることを求められる立場だった。俺を信じてくれた部下たちのために、俺は彼らを無事に帰れるように最善を尽くした。

 それに昔、ある人はこう言った“人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり”ってな。人材こそ国の強さに繋がるもので、それを大切にできないやつは国を亡ぼすって意味合いだ」

「……いい言葉ですね」

「はは……ま、俺としては“武者は犬ともいへ、畜生ともいへ、勝つ事が本にて候”ってのが好きなんだがな。勝利のために最善を尽くす……ああ、俺はこっちのほうが好きだ。もちろんちゃんと部下を生きて帰すのが前提だけどな」

「勝利のための……最善……」

「そうそう、全力でやって勝つってのは嬉しいもんさ。ははは! いつだったかの攻城戦を思い出すな! 仲間が道を作ってくれて、そこへ俺と相棒の2騎で本城へ突入したんだった! 

 そこからは切った張ったの大暴れ! 近衛兵を蹴り飛ばしたり魔法詠唱者(マジックキャスター)をぶん殴って玉座まで最短距離で突っ走ったんだ!」

 

 不意にヘレンの表情に影が射す。水を移し替えて空になった桶を手にしたまま、深淵のような井戸の中を見つめたまま動かない。……何かあったのか? 

 

「ルイス様は……ビーストマンの軍勢に敗れたと聞きました。家族を奪われ、ヒビキちゃんやまだ幼いレーナちゃんを連れて逃げてきたことも……」

 

 あっ……ガバったなコレ。

 

「何もかも奪われて、大切なものもなくなって、……なのにどうしてっ……! どうしてそんな風に笑えるんですか!? なんでっ……! 悲しいはずなのに! 辛いはずなのにっ……! 

 私っ、そんな風に笑ってられません……! いつも父と母が居た場所に二人が居ないんです! いつも水くみをしてきた父が腰が痛そうにして椅子に座る姿も! 調味料をどこに置いたかよく忘れる母に、私が戸棚から取り出して渡していたのも! いつも、そこに居たのに……!」

 

 やばい。本当にあの話が広がってるよ。コウモリ経由でヒビキやレーナにも話を合わせるようにあの後で伝えてきたけど、話の広がり方が尋常じゃない速さなんだが。まあ、たった120人の村じゃそんなものなのかもしれないが。

 それよりもヘレンのほうがだいぶ参っているようだ。まだ20にもなっていないだろう彼女にとって、両親が突然居なくなってしまうというのは考えられなかったことだろう。当たり前にいつもの日常が続くのだと心の底では信じていたのに、それがあっけなく崩れ去ってしまった。そしてそれはヘレンだけじゃなく、この村の人たち全員がそうなのだ。

 

「──これは俺の持論だが、例え辛く苦しくとも笑っていようと思っている。俺が笑って前を向いて歩いていく姿を彼らが見たならば……きっと安心できるだろうと思ったんだ。俺も仲間を失ったり妻を亡くしたりしてきた身だ。だけど少しずつ彼らの表情や声を思い出せなくなっていった。風化していって顔も思い出せなくなってから気づいた。これが忘れていくってことなんだってな」

「忘れたく、ないです! 忘れたくなんか……!」

 

 ぼろぼろと大粒の涙がヘレンの頬を伝う。まだ死に向き合えていない若い子どもには酷なことだろう。しかしこの子は叔父夫婦くらいしか身寄りがない。かといって叔父夫婦に頼り切りで生きることもできない。いつかは、自分で立たなければいけないのだ。

 

「でも、人間ってのは忘れていくことで辛いものや苦しいものを乗り越える種族でもある。俺は妻や仲間が確かに俺の傍に居て、一緒に過ごしてきた時間を覚えている。顔も思い出せなくなって色あせていくのは避けられないが、共に居た彼らが笑う姿を覚えている。

 だから、俺は笑って前に進むつもりだ。“心配するな、俺は大丈夫だ”ってあいつらが俺を見てすぐにわかるようにな。時々思い出して、時々彼らのように笑って、時々振り返る。……それくらいでいい、そう思っているよ」

「……よく、わかりません……」

「今はまだわからないものだ。もう少し時間が経ったら、わかるようになる」

「それが大人になるってことなんですか? 大切なヒトを忘られるのが!」

「……忘れたっていい。でも、たまに思い出すんだ。本当に大切なものってのは、どんなに忘れていてもひょんなことで思い出すものだからだ。……レーナを見ていると、俺はそう思える」

 

 嗚咽を漏らしながら泣いていた少女が目じりを袖で拭って、まっすぐな目で俺を見る。覚悟は決まった──そう言いたげな強い光を宿した少女の青い瞳は言葉よりも雄弁に俺に訴えかけてくる。

 子どもが頑張って一人で決めてみせたことだ。だったら、ちゃんと褒めてやるのが親というものだ。せめて、ヘレンの両親ができなかった代わりに。

 

「────がんばったな」

「…………う、ううっ……お父さん、お母さん……っ!」

 

 頭を撫でた瞬間にまた泣き出した。涙と鼻水にまみれたまま俺の胸に顔を埋めて泣きじゃくる様子はまだまだ子どものそれだ。当たり前にあるものを奪われた、失った悲しみは簡単に癒せるものではない。当然だからこそ、それが崩れ去る瞬間は何物にも代えがたい絶望を感じてしまう。

 だから俺はリアルの世界でPMCに入った。夫をテロリストに殺された叔母を見てPMCに入り、一人でも多くの人が同じような苦しみを受けないように戦ってきた。そして俺自身も娘と妻を失い、絶望の淵に斃れることになった。

 

 当たり前の平穏を奪い去る悪党どもめ────俺は、奴等を赦しはしない。

 

「……すみません、ぐすっ、命の恩人の前で、こんなっ」

「子どもは泣くのが仕事だ」

「……それ、赤ちゃんだけです」

「泣いたら泣いただけ大きくなる。つらいことを知ってるから、他の人にやさしくできるんだ。ヘレンはもっといい子になるぞ」

「…………ありがとうございます。ちょっとだけ、頑張れそう、です」

 

 しばらく背中をさすってやると泣き止んだあたりやっぱりまだまだ子どもだ。もう少し大人だったら自分でなんとか折り合いをつけられるだろうから、一人にさせたかお茶でも淹れておしゃべりでもして落ち着くのを待つのだが、そうする前に彼女に泣きつかれてしまった。

 結果としてみればまあ、まずまずだっただろう。子どもが少し大人になる手伝いくらいにはなったかもしれない。

 

「…………いいなー」

「ふぇっ!?」

「……ヒビキ、お前……」

 

 井戸の隣にある見張り櫓の上からこちらを見下ろすメイド服の少女。我が従妹、ヒビキがジト目で不貞腐れながら哀愁漂う三角座りのままじーっとこちらを見つめていた。

 

「ボクも心配したのになー。寂しかったのになー。怖かったのになー」

「あー、すまん。すぐに水浴びしてから行くつもりだったんだ。さ、さあご飯にしようかヒビキ! もう俺ハラペコなんだよぉ~ヒビキの作ったご飯が食べたいなぁ~」

「ユウくんが怪我してないか不安だったなー。ユウくんが、このボクの作ったご飯も食べずにぃー! あのブレインとかいうヤツをずぅーっと見張っててぇ! 夜も戻らないで二日間もあんなバカなことやっててぇー!!! さっっっみしかったなぁー!!!」

「……あー、そっち行ってもいいか……?」

「来んなバーカ! ボクたちよりヘレンのこと見てあげたらいいじゃん!」

 

 知ったことかと顔を背けられた。……これは本格的にお怒りでいらっしゃる。思い返せば当然のことでもあるのだが、村の人たちをその場凌ぎとはいえ救ったからにはちゃんとアフターケアをしなければ。

 しかしその間にもヒビキやレーナは見知らぬ土地で唯一頼れる存在を欠くことになった。ほんの数日とはいえ、ただでさえ不安だったのに精神的な支えになる存在が居ないままに日々を過ごしていたのだ。……俺の配慮が足りなかったのも確かだが、人の命が懸かった事態で悠長に構えてもいられない。どちらが悪いという話ではないが、俺の行動は確かに褒められたものではないだろう。少なくともヒビキとレーナの二人からすれば。

 

「心配かけたことはちゃんと謝る。これからはレーナもちゃんと見ておく。すまん」

「あ、そう」

「……そ、添い寝がいいならしてやるから……」

「ふーん……」

「……お買い物デートからの、……外泊でもいいぞ?」

「へー」

「……これからずっと一緒に寝てやるから──」

「じゃオッケー!」

「180度変わってんじゃねーか」

「うっさいバカ! 心配かけて二日も戻らないでご飯も食べないで突っ立ってたくせに! レーナもボクも置き去りで勝手にどっかいっちゃって急に呼ばれたと思ったらまた変なコトやってるし!」

「……ごめん」

 

 櫓の上で仁王立ちしてお怒りのヒビキ様は先ほどと変わらないジト目で俺を見下ろしてくる。……なんかだんだん妻を思い出すような仕草が増えてるような気がする。あとそのメイド服ミニスカートだから黒い紐パン見えてんぞ。

 本来の職業を隠していたPMC時代、表向きで使っていた警備会社の警備員という肩書きに似つかわしくない怪我をして帰ってきたときにも妻にこんな目で見られていた。“また怪我してんのか”みたいな諦めと“無事で戻ってきた”という安堵感が()()ぜになったため息と共に“お仕事頑張ったのね”と言われたのを思い出す。

 薄々普通の仕事ではないのだと感づいていたのだろうが、妻は何も言わず“おかえり”と言ってくれた。ただし今のヒビキと似たようなことをチクチクと針で刺すように言われたが。

 

「ボクやレーナを悲しませないこと。一人で決めるのが難しい重要なことならちゃんとボクにも相談すること。死にたがりみたいなことはしないこと。以上三点を遵守すると誓いますか?」

「わかった。ちゃんと守る。……もうそっちに行っていいか?」

「ふふん、ボクに対して相応の扱いができるんなら、いいよ」

 

 櫓の上にひとっ跳びで登ると、地平線から昇った太陽が赤々と輝いて丘陵地帯を朱色に染め上げていくのが目に入る。どこまでも広がる原野と、遥か地平線まで続いていく道が一本と、遠くに見える小さな村があるだけで、他には何も見当たらない。

 ぐっと、目線を合わせるように顔を近づけるとヒビキの表情が強張る。いつもは積極的に愛情表現をする側だったから、こちらからされるのに慣れていないのが丸わかりだ。

 

「お姫様抱っこ、おんぶ、ただいまのキス、どれがいい?」

「う……キ、キスは、まだ、ボ、ボクの心の準備が……」

「で、どれにするんだ言い出しっぺ」

「…………た、ただ……」

「ん? どれがいい?」

「お、お姫様抱っこ……で! ニ、ニヤニヤするなバカッ! ……わわっ!?」

 

 むぐぐ、と顔を真っ赤にしながら悔しがる我が従妹。問答無用で抱え上げてやると、驚いたかと思えばすぐに口をつぐんでしまい、借りてきた猫のように身じろぎ一つないまま腕に収まってしまう。

 

「ユ、ユウくん……」

「なんだ?」

「……女の子って…………すっごくしあわせな気分がする……」

「抱っこがそんなに嬉しいのか?」

「……うん、前よりも、すごい、しあわせな感じがする」

 

 リアルのころとそう変わらないな、と思っていたヒビキの笑顔が向けられる。肩で揃えられた黒髪のショートボブが太陽の光を映し、年ごろの少女らしさが増したようにも思える。リアルでも体つきも背丈も見た目にもほぼ女そのものだったが、間近にじっくりと眺めてみると確かにヒビキは100パーセントの女の子になったのだと思える。性別そのものが変わっているのだから当たり前なのだが、纏っている雰囲気というか気配というか、自分ではよくわからない何かが今のヒビキには存在しているのだと思える。

 

 

 

 

 きっとこれは一時的な気の迷いだ。両親を失った私の寂しさを埋め合わせてくれた彼に、ルイス様に甘えたいだけなのだ。しばらくすれば元通り落ち着くはずだ。

 ひとっ跳びで建物の三階くらいの高さの見張り櫓に飛び乗って、お姫様のようにヒビキちゃんを抱いて危なげなく飛び降りてきた彼の強さに魅了されているだけなんだ。そう、この得も言われぬ感情は一過性のものだ。そうに違いない。

 

「もう、危ないですよルイス様」

「これくらいなら大丈夫だ」

「それでも、ですよ。さあヒビキちゃん、ルイス様もお腹ペコペコみたいですから朝ごはんにしましょうか」

「やーだー、もう少しだけ!」

「もういいだろ。お前を抱えてたら水桶も持てない」

「ボクより水桶のほうが大事なの?」

「水がなきゃ体を洗えないだろ。俺二日間立ちっぱなしだったんだぞ? 体を洗ってくるのが先だ」

「はぁ、仕方ないなぁ。ボクも手伝うからさっさと洗っちゃおうよ」

「おかしなマネはするなよ?」

「しないよ~うぇっへへへ」

 

 ……お姫様のような雰囲気はどこへやら。ヒビキちゃんはニヤニヤと笑いながら洗い場の奥へ行ってしまった。

 

「じゃ、ちょっと洗ってくるよ。すぐ終わらせる」

「私は水くみを終わらせちゃいますね」

 

 ルイス様も水桶を片手に、どこからか取り出したタオルを持って洗い場の奥へと行ってしまう。新しく水桶に水を汲み、ぐっと力を込めて持ち上げる。

 水汲みがキツイのはわかっていたけど、父はこれを毎日やっていたんだ。腰を痛めるのも無理はない重さだし、父は桶いっぱいに水を汲んでいた。私はせいぜい三分の二がいいところだ。

 

「よい、しょっ!」

 

 水瓶に水を流し込むのも一苦労だ。私の胸元まである大きな水瓶に水を流し込もうとするのだから、踏み台も使ってようやく足りるかというレベルだ。父も母もこれに水を入れられたのだから、私ができないわけはない。……だけど念のために踏み台はもう一段高くしようと決めた。これは負け惜しみではない。合理的な結論だ。

 

「あれ……何か忘れてるような」

 

 ……何か大切なことを忘れている気がする。確か井戸のところで水を汲んで──

 

「ヒビキちゃん!?」

 

 そうだ! 従妹とはいえルイス様は男性! ヒビキちゃんは女性! 未婚の女性があろうことか男性とハダカで二人きりなんて! ごく自然に済まされたからまったくもって気づかなかった! 

 桶を片手に急いで井戸の近く、体を洗うために板で仕切られた洗い場へ駆けつける。

 

「うん、おっきいね」

「そうか?」

「うん……うん、触ってみてもカチカチだし……おっきいし……ボクでなくても立派だと思う」

「とりあえずさっさとしてくれ。あんまり時間無いんだから」

「んんっ、ふうっ、これで! どうかな!」

「あぁー……いい感じだ。もう少し強めでもいい。こういうのは久しぶりだな」

「だよねっ。もうっ、何年前だったっけ?」

「七年前だな。お前が十一のとき」

「そんなにっ、前、だっけ?」

 

 あぁぁぁぁああぁぁぁぁっ!? 始まってる!? もうスタートしちゃってた!? しかも前が十一歳って! そんな小さなときから!? はっ、破廉恥です! えっちなのはいけないと思います! いけませんいけませーん! 

 

「どう、かな? んっ……ふぅっ……ボクの、気持ちいい?」

「上手になったんじゃないか? しっかり丁寧にやってくれ。汗かいたからなぁ」

「わかってる……っ、よっ! ふぅ……これでいい?」

 

 ばしゃり、と水が撒かれる音ではっと気づく。なんで私はこんなコソコソと板に耳あてて一部始終を聞いているんだ。そうだ、すぐに止めるべきだ! えっちなのはいけませんと昔の偉い人は言ったのだ! 女の子は貞淑であるべきなのだ! 

 

「ありがと、ヒビキ。また背中流してくれ。やっぱ背中までは手が届かないよなぁ」

「いいけど……ボクにはしてくれないの?」

「お前は女の子だろうが。軽々しく肌を見せるもんじゃねーの」

「ユウくんになら……いいよ?」

「はいはい、温泉でも見つけたら流してやるよ」

「あっ、それいいよね! ボク、温泉に入るのが夢だったんだー! その時はレーナもユウくんも一緒だからね!」

 

 あ、なんだ…………えっちなんてなかった。なら、ヨシ! 

 

「でさ、ヘレンはなんで聞き耳たててるのかなー?」

「えっ?」

 

 顔を上げるとそこには黒髪のあの少女、ヒビキちゃんがニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべてのぞき込んでいた。

 

「どうした? ……なんだヘレンか」

 

 目の前に現れたのは細くともしなやかな体躯を覆う筋肉の鎧。余分な肉や脂肪のそぎ落とされた、戦士の肉体。それでいて岩のようなごつごつしたものではなく、猫のようなスマートさ。下着一枚で現れた彼の肉体の全身が目に映る。

 

「────へうっ!?」

「ああっ! ヘレンが鼻血を吹いた!」

「なんでだよ」

 

 わかった。私にはまだ、男性の裸身は、刺激が強すぎる──

 

「ふあっ!?」

「あ、ユウくん、ヘレンが起きたよー」

 

 ……知らない天井だ。ってそうじゃない。私は確か水汲みをしていたはず。何か思い出せそうだけど──だめだ、霞がかかったように思い出せない。

 

「ああ、大丈夫そうだな。急に倒れるもんだから心配したぞ」

「……すみません、ご心配をおかけしました」

「慣れてないことが続いたからな。疲れが一気にやってきたんだろう。それよりも朝ごはんができてるから食べておけ。五人分作ってある」

「ふふん、ボクの特製オニオンスープに咽び泣くほど喜ぶといいのさ」

(もと)にお湯入れただけだろ」

「仕方ないじゃんか! 材料が無かったんだから! あったらとっくに作ってるよ!」

「パパ、おかわりー!」

『アタシもだ。もっとよこせ』

「わかったから、もう少し静かにしなさい」

 

 テーブルの上に置かれた鍋からは今までに感じたことのないおいしそうな香りが漂ってくる。中身はスープか何かだろうか、ルイス様がおたまを使って琥珀色の液体を入れていくが、ルイス様の故郷の料理なのだろうか。

 レーナちゃんと“キリン”という種族らしいキリちゃんはすでに食べ始めていて、おかわりをねだる様子はどちらも子どもらしい。

 ルイス様に促されて席につくと、香ばしいニオイの立ち上る温かいオニオンスープと普段から食べなれているパンが差し出された。

 

「んー……やっぱりこのパン硬い?」

「やっぱヒビキもそう思うよな」

「柔らかいパンってあるんですか?」

 

 パンというものは硬いもののはず。柔らかいパンなんて高価すぎて食べたことも無いし、そもそもそんなものがこんな平凡な村で作れるのだろうか? 

 

「うぇ……パパ、このパンかたいよー」

「レーナちゃん、パンはスープに浸けて柔らかくすると食べやすいのよ」

「んー……まだかたい……」

 

 さすがに子どもには硬すぎたらしい。かじりついたはいいものの、噛み切るどころではない硬さの前にまさに歯が立たない状態だ。スープに浸していくらか柔らかくなったようだが、それでも噛み切るのに必死になっている。……微笑ましい可愛さだ。

 

「仕方ないぞレーナ。ご飯が食べられるだけマシだ。ガマンしなさい」

『アタシはちょうどいい。歯ごたえがそこそこあっていい』

 

 うん、このオニオンスープはおいしい。間違いなく今までで食べてきたものの中でダントツでトップだと言える。パンを浸して少し柔らかくして食べるとなおよい。正直言ってこのオニオンスープだけでもいい。琥珀色の澄んだスープは塩気と……何かピリッとした感じがするけど、この辛みは一体どこから出てきたんだろう。

 

「んー……初めてこっちのメシを食ったけど……マジで美味い。これが素にお湯入れただけってのが信じられない……」

「ね? あっちでの合成品なんか比べ物にならないでしょ?」

「……こんなのアーコロジーの上層くらいしか食えないぞ……ぶっちゃけ初めてこっちに来てよかったって思えた」

 

 どうやらルイス様のところも食料事情はそう良いものではなかったらしい。ビーストマンの侵攻に晒されていたのだから仕方がないとは思うけど、ルイス様のような軍を率いる階級でさえ平民並みの食事って考えるとかなりひっ迫していたはず。

 

「コンソメの旨味に黒コショウの刺激……これほどウマイとはなぁ」

「く、黒コショウっ!?」

 

 黒コショウ。黒コショウ。黒コショウ。この黒いつぶつぶが全部! 黒コショウ!? 

 

「あわ、あわわわ、あわわわわっ!? き、金貨が1枚、金貨が2枚、金貨が3枚……」

「ど、どうしたのヘレン!?」

「だだ、だって! くっ、黒、コショウですよね!? あの、“金の重量と等価の”黒コショウですよね!?」

 

 つまり私は今さっきまで“おいしいなー”程度の気軽さで金貨を口に入れて飲み込んでいたってこと!? 金貨1枚あれば一か月分の生活費! それがこのオニオンスープに一体何枚分つぎ込まれたの!? 

 しかもコンソメ!? 王都や大都市の一流レストランでないと作れないっていうあのコンソメ!? それがなんでこんな普通の朝の食卓にポンと置かれてるの!? 

 

「え? 金貨1枚でしょ? 安いじゃん。ボクですら20万は手持ちがあるよ」

「俺は10万だな。いろいろ支出が嵩んだし」

 

 …………やっぱりこの人たち、貴族でした。

 

「……きゅう」

「ああっ!? ヘレンが倒れた!」

「なんでだよ」

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