きゃすたー(7mg)の雑多なネタ倉庫 作:きゃすたー(7mg)
「フゥーッ……」
「ハァァァ……」
地平線の向こうから太陽が顔を出す。薄暗かった夜が明け、また新たな一日が始まる。目の前で剣を鞘に納め、“居合い”の構えで待ち受ける彼に太陽の光が降り注ぎ、影が伸びる。
じり、じり、と少しずつお互いの距離が狭まっていく。剣の届く間合いに近づくたびに、一刀を以って斬り捨てんとする断固たる意志が棘のようにチクチクと肌を刺す。
「カアァァッ!」
烈火の如き咆哮と共にブレインの刀が抜かれ、鞘の内で加速して俺の頸に迫る──のにいくらか遅れて同じように剣を抜き放って迎撃する。剣に手をかけ、抜刀し、加速させ、相手をこちらの間合いに捉え、ブレインの剣がなぞる軌跡の先へめがけて、己の剣を振り抜く────これを瞬時に、かつ同時に、極地の一つである無拍子で放つ。
「ぐおっ!? ……くっそ、まだ早くなるのか……!」
キィィンッ、と甲高い音を上げてブレインの手から刀が弾かれる。やはり頑丈さを追求した作りを目指しただけあって、俺が持つ同格の武具とぶつかっても欠けることすらない。そこそこ硬いはずの広場の地面に垂直に突き刺さる程度には鋭さも併せ持っていながら、多少手荒に扱っても壊れない頑強さがあるのは素晴らしい。ゲーム内ではイマイチ実感できなかったが、こうして打ち合ってみると改めてこれが現実なのだという実感がある。
「剣の振りの速さは十分だな。間合いに入るとすぐに剣を抜けるあたり読みもいい。だが動きがイマイチ噛み合ってない感じだな」
「なあ、さっきのは確実に俺より二拍遅く剣を抜いたんだよな?」
「当たり前だ。その二拍さえ抜き去るのが“無拍子”だ。全てが予備動作であり攻撃そのものと言っていい、一つの到達点ってやつだ」
「……これで武技一切無し、か。いや、もしかすると武技ってのは本来こういうものを言うものなのかもな……」
「俺としては武技のほうが信じられないくらいだ。なんだよ、超加速に身体能力向上って。感覚の鋭敏化なんかもできるとか、ぶっちゃけお手軽すぎだろ。気合で能力アップとかどこのドラ〇ンボー〇だよ」
「その武技を技術一つで打ち破ってるお前さんのほうがわけわからんのだがな」
「鍛えりゃこれだけできるって話だ。武技の使えない俺ですらも、だ」
時間が無いので夜明け前にブレインと鍛錬がてらに剣を振っていたのだが、以前ブレインが使った武技について聞いてみたところ“なにいってんだこいつ”くらいの顔で呆けられた。どうやら著名な武人や高位の前衛職……戦士や剣士、モンクといった
俺にも習得できないものかと助言を受けてみたものの、使えるような気配はないままだ。一日で使えるようになったらそれはそれでおかしいっちゃおかしいのだが、ユグドラシルから来た異邦人である俺のアバターが持つシステム的な要因なのか種族的な制約なのかは不明だが、助言などを受けてみても使える気配が無い。
発動には体力……所謂HPやスタミナ的なものを消費するらしく、あまり乱発するものではないそうだ。ここぞというところで使うことで飛躍的にダメージを増加させたりするなど、火事場の馬鹿力というか乾坤一擲というか、アクティブスキルのような使い方ができるらしい。
武技が発動している間のブレインはまさに“無我”と言っていいほどに集中しているのだが、発動なしの場合はやはり技の格が落ちるような感触があった。簡単に解釈すると、“HPやスタミナを代償に高度な技術や能力を一時的に得る又は発動するもの”が武技なのかもしれない。
「それにしても、武技が使えないってのは厳しかったろう」
「あればよかったが無いものは仕方がない。代用できるか、補えるだけのものを手に入れればいいだけの話だ」
「そんなもんなのかねぇ」
「そんなもんさ。相手が武技を使って肉体を強化してくるのなら、距離をとって回避に専念して持続時間切れを狙ったっていいし、攻撃の届かない遠距離から仕掛けるでもいい。毒や麻痺なんかの状態異常も手段の一つだな。あとは地形なんかを利用して優位に立つとかだ。相手が機動力を上げてくるのなら足場の不安定な場所や閉鎖空間、他には泥沼に誘い込んだりして機動力を発揮できない状況を作る。あとは発動される前に奇襲で一撃で刈り取るのも方法の一つだ。倒してしまえばそもそも攻撃を受けないんだからな」
「なあ、お前さん……剣士なんだよな?」
「俺の好きな言葉を教えてやるよブレイン、先人曰く“武人は犬畜生と罵られようと、戦で勝利することが最も重要だ”ってな。どれだけ人柄が清廉潔白だろうと、崇高な大志や誇りを掲げようと、戦争で負けるようならそんなものは意味が無い。負ければ国は衰退し民は蹂躙され失うだけだ。
他人から罵られるような方法でも、時としては戦争で勝利するためには躊躇わず使えってことさ。武人が戦争で負けて失うのは、自分の命だけじゃないんだからな」
「ああ、そういやあ軍人崩れなんだったな……納得した」
相棒の刀──和泉守兼定を模した一振りを鞘に納めたブレインが肩の凝りをほぐすように腕を回す。手のひらを握ったり開いたりしているあたり、まだ少ししびれが残っているらしい。
「感触は掴めそうか?」
「やってみなきゃわからないな。ま、やってみるさ」
「修練あるのみだ。励め、ブレイン」
俺の相棒の刀をアイテムボックスに収めると、いつもの汎用装備であるショートソードとダガーの二刀流を腰にベルトから下げて背中に身の丈はあるクレイモアを背負う。俺がユグドラシル時代から愛用する基本的な旅装備だが、ブレインからするとどうも奇妙らしい。
「鞘付きとは豪勢なことで。刀と扱いが違うのに、いざというとき抜けるのか?」
「慣れだ。普通の剣の抜き方だって効率化すればすぐに抜けるぞ」
「オーケー、俺の常識は通用しないって理解した」
ひらひらと手を振るブレインに背を向けて広場を後にする。村の入り口に向かうと既に旅支度を済ませた男たちとヒビキ、それに村長夫妻とヘレンが待っていた。
「ユウくん、もういいの?」
「ああ、いいぞ」
目立つ格好はやめておけと言ったからか、ヒビキはヘレンのお下がりらしい村娘風の服に着替えている。とはいえ妙に胸元が膨らんでいることから見て暗器は満載しているらしい。スカートも地味に見えるが風で揺れる際の動きに違和感があるため、そちらにも何かしらの仕込みがしてあるのだろう。
「待たせたようですまないな村長殿」
「いえ、お気になさらないでください。朝の鍛錬というのは気持ちのいいものですからな」
「流石は元冒険者、か」
「昔取った杵柄と言うものです。では紹介致しましょう。自警団のアラン、イェリク、メルケル。そして一つ前の村長をしていたビョルンです」
「……あの見張りの時の」
どこかで見た顔だと思ったらブレインの見張りをしていたときの三人組だ。それがどうしてまたこんな遠征部隊に同行するのだろう。
「アランだ。改めてよろしくな、大将」
「イ、イェリク、です! よ、よろしくお願いします!」
「メルケル。今回の遠征、我ら三人が身の回りの世話や護衛を務める。よろしく頼む」
「儂はビョルン。村長をしているサムエルとは同じ元冒険者でな。かつては共に
顔ぶれは様々だ。アランという筋骨隆々の青年、イェリクと名乗った線の細い少年、ビョルンは大柄で大男と言うべき中年の男だ。そして枯れ木のような見た目でありながら覇気に満ちた老人、ビョルンは年を召したとは思えないハキハキとした喋りと真っすぐ伸びた背筋を曲げて一礼をする。
「ルイス・ローデンバッハだ。護衛を務める。元は軍人なので戦事に多少通じている。困った場合は俺が応対しよう」
「ヒビキでーす! ユウくんのお嫁さん第一候補者で──いたいっ! 痛いってばユウくん! わかった、マジメにするからー!」
「なら最初からマジメにするんだ」
「ううー、ヒビキです。ユウくんのいとこです。修めた
おふざけや冗談なしでもできるじゃないか。わざわざアイアンクローでこめかみをギリギリとやられなくてもできるんだから最初からそうすればいいのに。
「ほう……まだ年若いというのに
「ちょっとした真似ができる程度だよ、おじいちゃん。本職にはやっぱり敵わないもん」
「いやいや、その年でそれだけできれば上等なものさ。ゆくゆくはアダマンタイト級にもなれるだけのものがあるだろう。精進なされよ」
まあ、既にレベルは100なのでこれ以上鍛えようがないんだが。とりあえずヒビキは既に村娘として馴染んでいるらしく、他の三人とも顔見知りらしかった。挨拶もそこそこで済ませると出発しようとしたが、ヘレンに声をかけていなかったのを思い出す。
「ああ、ヘレン」
「は、はい!」
「行ってくる。レーナを頼む」
「──はい、道中お気をつけて! あ、ルイス様、これを」
突然呼ばれたのにびっくりしたらしかったが、すぐに元の年ごろの少女に戻って元気な返事を返してくる。彼女が差し出した右手には手製のものらしい、木彫りの彫刻に麻紐を通しただけの簡単なつくりのお守りがあった。
「お守りを作ってみたんです。大したものじゃないかもしれないですけど、あの、道中の安全を祈念したものです」
「ありがとう、ヘレン。じゃあ俺からもだ」
「これは……クリスタルですか? ……すごく、きれいです」
お返しにと小さな水晶がついたネックレスをヘレンの手に握らせる。麻紐に加工された水晶が一つくっついただけの簡素なものだが、こう見えて特殊効果が付与されたものだ。まあ、ガチャで大量に出てきたアイテムだが、効果はそこそこ有用なものだから損にはならないだろう。
「ずっと大事にします! おばあちゃんになって死ぬまで、ずっと大切にします!」
「いや、そこまでしなくても……」
「じゃあ毎日欠かさずつけておきます!」
「あ、うん……それがいいかな」
ちょっと自然回復力が増す程度の、ノーマルに毛が生えたくらいのレアリティの首飾りだ。おそらくこの世界では“疲れがとれやすい”とか“よく眠ったらスッキリした”程度のものだろう。それでもヘレンがこれから自分だけでやっていかなければいけないことはたくさんあるのだ。少しでもその助けになるようなら幸いだ。
それにしても、一見すると使い道が無さそうなアイテムにも有効活用できそうな可能性があるのかもしれない。最後の最後で余ったポイントを使って引いたガチャのハズレがこんな形で役立つとは思わなかった。俺には使い道が無いが、ヘレンたちにはおそらく有用なアイテムだろう。
「皆が待っているし行くとするか」
「はい。あの、……い、いってらっしゃいませ」
「ああ」
さて、ここからはしばらく歩きの旅になる。いろいろと考えることもあるし、検証するべきこともあるがまずは無事にエ・ペスペルへ到着することが最優先だ。護衛や監視役を残してあるとはいえレーナ一人というのは俺としても不安が尽きない。さっさとエ・ペスペルの位置を
「き、今日は、て、天気……よさそうだね、ヒビキ」
「だよね! 風が少しあるけど気持ちいいよね! ねぇ、エ・ペスペルってどれくらいで着くの?」
「えっ? あ、歩きだから、えーと、どれくらいだ……?」
「えぇー……イェリク、知らないんじゃん」
「しっ、仕方ないだろ! 俺も初めて行くんだから!」
先頭を歩く二人組、うちのヒビキとイェリクと名乗った少年が先導するように歩きはじめる。その後ろから若者たちの微笑ましい様子を見守るアランとメルケル、そして護衛でもある俺が最後尾に立ってビョルン翁を護衛しつつ続いていく。
「ほっ、若者というのはいいものだの。お前さん、年はいくつかね?」
「今年で34ですよ」
「なんと、とてもそうは見えぬのう。精々20そこそこかと思うておったぞ」
「7歳の娘が居るんですからこのくらいでしょう」
「いやはや、お前さんも随分と晩婚であったのじゃな。……まあ、位の高い家系となればしがらみとはいつでもついて回る面倒事の種じゃろうから、さもありなんというべきか。
儂は冒険者をしておった故に30手前で嫁を取ったが、他の者たちは20になるかどうかでもう結婚しておったなぁ」
「……まあ、平均的にはそのくらいでしょうね」
「だのう。儂にも年のそう変わらん甥っ子がおったしな。かつての戦の折に戦死してしもうたが……あやつとは楽しく酒を飲んだものだった」
「心中お察し致します」
「カカカ! なぁに! 年寄りとなれば大概のものは踏ん切りがついておるよ! 気にせんでくれ!」
ビョルン翁は快活に笑うとにこやかに笑って軽く水筒の水を口に含んだ。やはり時代的にはこの世界はリアルでの中世以降の文明レベルだと推測するのが適当だろう。石や木で組んだ家屋や、家具や調理器具などを見てもおおよそその程度の文明レベルだとわかる。武具に弓矢や剣はあるものの銃が無いことから、この世界ではまだ火薬やそれに類するものが出来ていないのかもしれない。
とはいえそれは今この村の生活レベルを見ての判断でしかない。都市で情報を集められればよりこの世界についての詳しい知識を得られるだろう。
丘陵地に立つ村──グリプスホルム村というらしい──から下って森の中を走る街道を抜け、もう一つの丘を越えていくと一面に青い景色が飛び込んできた。どうやら丘陵地や森の影になっていて村からは見えないらしく、結構な大きさの湖が東西にドンと横たわり、我々の行く手を阻んでいた。
青い空に白い雲。凪いだ湖面は鏡のように世界を映し、薄らと見える対岸はぼんやりと幻のようだ。
「へぇ……いい場所だな。魚釣りでもしたら楽しそうだ」
「ああ、いえ……魚は釣れませんよ、大将」
「なんでだアラン? これだけ立派な湖なら魚くらいは……」
「いえ、釣れるのは釣れるんですが、“そもそも釣りができない”んです。だって水中に棲むモンスターが居るんですぜ? もしうかつに近づけば……」
「ガブリッ、というわけじゃよ。お陰で船も渡せず……ほれ、回り道する街道があるじゃろう。これを大きく迂回して進むしかないんじゃ」
なるほど、この湖が邪魔になっていて村へ行くにも出るにも大幅に時間をロスしているわけだ。しかも食料源として活用できるわけでもなく、水源として使えるわけでもない。
「しかも水棲のモンスターは他の地上のモンスターよりも強力な場合が多い。若いころの儂らも一度は挑んだものだが、数と力に圧されて結局は退くしかできなんだ。おそらく太刀打ちできるのはアダマンタイト級やガゼフ・ストロノーフ殿のような英雄と呼ばれる者たちくらいかの。
しかしそれでも数が圧倒的に足りぬ。囲まれてしまえば各個撃破されてしまうだけじゃし、万一水中に引きずり込まれればそのまま魚のエサじゃ」
「面倒だなこれは……さてどうするかな」
個人的には<
「とはいえモンスターをまずどうにかしなければな……」
「大将、こいつらを食い物にするってんなら後で考えましょうや。早くしねぇと昼を回っちまう」
「……すまん、少しだけ見てきてもいいか?」
「へい、構いませんが早めにお願いしますよ」
「あっ、ボクも行くー! ユウくんだけ面白そうなことするなんてズルいよ!」
「あ、危ないってヒビキ!」
「ヘーキヘーキ! イェリクは待っててよ!」
ほんの少しの段差──膝より少し高い程度──を飛び降りるとそこはすでに砂浜だった。砂地は茶色でさらさらしているが、波で打ち上げられた水草や何かに捕食されたらしい歯型のついた50センチはあろう魚の死骸が打ち上げられていた。
「くぅっ……冷たいけど気持ちいいー! ユウくん! ここに別荘とかあったら最高じゃない? 景色はいいしお水はキレイだし風はキモチいいし! 何よりご飯に困らないって最高だよ!」
「ヒビキ、お前さっきの会話聞いてたか?」
すでに革をなめしたブーツを脱ぎ去って砂浜を楽しむヒビキの姿に頭が痛くなる。スカートが濡れないように指先でつまんで水遊びをする様子はもはや童心に帰ってはしゃいでいるだけでしかない。
そのヒビキの後ろの水面で、黒く長細い影が駆け抜ける。どうやらさっそく嗅ぎつけられたらしい。
「ヒビキ! 後ろだ!」
「え──うわぁっ!?」
水面を飛び出し、跳ねるように突撃してくる青白い魚体。鋭くとがった顎が振り返ったヒビキの喉元へ突き刺さらんと伸びて──
「あっぶないなぁもうっ!」
パシン、と何気ない素振りでヒビキにつかみ取られた。流石にこの展開は読めていなかったのか、ビチビチと体を暴れさせるもののヒビキの手はビクともせず、その鋭い上あごを掴んで離さない。
「ねぇ、ユウくんこれどうしよう?」
「とりあえず<
ふむふむ、ブレードフィッシュねぇ……属性は水でレベル25か。こりゃ村人じゃ無理だな。ブレインならどうにか捌けるかというレベルだろう。もしこれが最弱クラスなのだとしたらガゼフ・ストロノーフというヤツもレベルにしたらそう高いものではないだろう。ブレインが33、そのブレインに勝利したのがガゼフなのだから、おそらくレベル帯にして40手前という予測ができる。例えレベル差が15あろうと、囲まれてタコ殴りにされればガゼフとやらもこの魚には勝てないだろう。
おっ、食材アイコンがある。ということは毒なんかは無いから食えるということだ。久々にウマイ食事にありつける可能性が出てきたな。
「よし、こっちによこしてくれ。あとついでにもう一匹頼む。〆てから昼頃に捌いて焼き魚にしよう」
「オッケー! さぁこいボクたちの昼ご飯! …………来たっ!」
またしてもヒビキを狙った一撃が水中から放たれる。まるでダツとかいう魚のようだ。鋭く尖った顎で時に人を殺すほどの魚がリアルでも生息していたのだからありえないわけではないのだろうが、おそらく現地人にとってこの世界の魚は軒並み凶暴なヤベーやつらでしかないだろう。
そりゃあ魚を食べる文化なんてそもそもあるわけがない。こんなのを相手にしていれば命がいくつあっても足りないだろう。
「獲ったど~! ユウくん、二匹目ゲットしたよ!」
「上出来。後は寄生虫が居ないかどうか……<
わざわざ魔法も使って二匹のブレードフィッシュに寄生したものが無いか確認する。過去には寄生虫が大きな問題になっていて、古くはタタリや神罰などとされたほどのものさえあったらしい。現実に近しいこの世界のことを考えるとあらゆるリスクを考えて行動しなければ。
殺人アメーバなんてものに当たりでもすればそれこそ最悪だ。この中世前後の文明レベルしかない世界では、脳を食いつくされて死ぬのを待つしかできないだろう。脳を食われればまともな思考などできやしないし、そんな状態になって俺やヒビキのようなレベル100のヤツらが暴れまわったらどうなることか。
「ふう、待たせたな。昼飯を確保した」
「すっごい気持ちよかったー! 今度水浴びしたいなー」
「……お、おう」
ここを安全に渡る方法は後で考えるほうがいいだろう。俺が居なくても安全に渡れる方法を確立させれば、村の発展に寄与することはもちろんとして、食料事情や財政も潤うことになるだろう。良質の麦が育つらしく、酒造りを行えばいいものができあがるはずだ。
問題はそれらの酒が受け入れられるかどうかだが……今考えても仕方がないだろう。果実酒や醸造酒のほうが好まれるのならマーケティングを地道に行って販路を拡大するのもいい。
移動が多い冒険者や街に住む兵士などに安値でウマイ酒があると風評していけば自然と噂は広がっていくだろう。そこに商人が食いつけばブランドとして高級品を売り出し、高位の身分の人々に広めていくのも手だ。
「ん、ユウくんまた何か考えてるでしょー?」
「そうだなぁ……この湖を空を飛ばずに突っ切れる方法とか?」
「ふーん、それって役に立つの?」
「立つとも」
ほんの少しの寄り道ではあったが実りのある収穫だった。魚を手に入れられたし、グリプスホルム村の活性化のための方法もいくつか頭に浮かんだ。同時に交通の便が悪いという点や、街道沿いは野盗などが待ち伏せしやすいような地形をしている場所もあるという改善点も見つかった。
森の中は大きな岩が隆起してちょっとした丘のようになっていたり、窪地になっていたり坂道になっていたりと足場の悪さや視界の悪さが目立つ。森を抜けても雨風で侵食されたらしい地形が高低差を生み出し、奇襲や伏兵に向く地形が多く存在している。
おまけに橋が少ないのも難点の一つだろう。いくつか小川を超えてきたが、浅いものとはいえ馬車や荷車が通るには少しばかり酷な道のりだった。
再び歩き出して湖を回り込んでいくと、アランがぽつりとつぶやきを漏らす。
「しかしまあ大将は強いと知っちゃいたが、あの子まであんな真似ができるなんてな……」
「同感だ。ルイス様の実力はブレインとの戦いで見たが、あの少女があそこまでできるとは……」
「アラン、メルケル、二人とももう少し目を鍛えねばな。見た目で判断しておっては思わぬところで足を掬われるものでな、それで命を落とす冒険者も少なくないものじゃよ」
「ビョルン翁の仰る通りだ。だが少なくともヒビキはまだ子どもだな」
十メートル先を歩く二人、ヒビキとイェリクは同じ年代ということもあってかすぐに打ち解けたらしい。ヒビキはユグドラシルでモモさんやヘロヘロさんと共に潜った生命科学研究所ダンジョンの話をしているらしく、語り口に熱が入っている。
「でね、そのときモンクの人が足止めして時間を稼いで、
そのまま後ろから来たモンスターの群れに飛び込んで──」
「あ、あぁ」
「ん──どうしたの? なんかボーッとしてるよ? 顔も赤いし」
「な、なんでもないって」
「むむー……そうやって“なんでもない”っていうのは一番怪しいんだよね」
ヒビキがイェリクの顔を覗き込むとイェリクはさっと逃げるように顔を逸らす。というか気づいてやれよヒビキ。時としてハッキリキッパリと相手を振るのも大事なことだぞ。恋愛なんて後腐れのないようにするのが一番大事なことなんだ。
……俺のように愛し合った元彼女が他国のスパイで、尋問の末に死亡するなんて後味の悪い終わりを迎えることの無いようにするんだ。あの時元妻の紗耶香に会っていなければ俺はきっと未だに立ち直れていないだろう。
「……カンペキに惚れてるな」
「だろうな」
「カカッ、いいぞ。青春じゃな」
「前途多難だけどなァ。なにせライバルが大将だもんな」
「まだ無理だ。あいつを一人の女として見るには、ちょっとな」
「もし本気で来たらどうするんで、大将?」
「そのときは相応の対応をするさ。丁重に扱うとも」
「────イェリク、折れるなよ……強く生きろ」
もしも俺がヒビキを一人の女性として見れるようになったなら……迷うこともないだろう。今はまだ家族、妹のような存在としてしか感じられないが、あの子も成長すればきっともっと女の色香を身に着けることだろう。