きゃすたー(7mg)の雑多なネタ倉庫 作:きゃすたー(7mg)
門を抜け、中央の通りらしき大通りを一直線に駆け抜けていく。
「ちょぉっ!? 早すぎ! 引っ張りすぎ! 急ぎすぎぃ!」
「ババア! ババア! h¥evsz;wgq!」
大興奮冷めやらぬ、というった様相で手を引く彼女に導かれる。流れていく街並みの景色を目に焼き付けることさえできないままに街中を抜けて入っていった大きな屋敷の居間では彼女と同じ髪色の一人の女が腰掛けていた。
イリーナ、と名乗ったこの少女が順当に年を取ればきっとこんな感じなのだろうなと思わせる彼女、イリーナが“ババア”と呼んだ彼女は……どう見ても二十台後半ほどに見える女性だ。
「ババア! h¥evs! h¥evst@gq9!」
「イリーナ! ck“ババア”zweetq7/uxezwezqw@d94!」
イリーナと同じ白銀の長髪。少しつり目の鋭い視線を放つ凛々しい女性、むしろ女傑という雰囲気の彼女はイリーナの頭に拳骨を落として声を荒げて叱りつける。どうやらお小言やお叱りの類は異世界だろうと共通なようだ。無駄な知識が一つ増えた。
「アーアー、うむ。そこの少年、いや青年? ワタシの言葉がわかるかな?」
こちらを向き直った彼女から発せられた言葉は正しく日本語そのものだ。言った本人は少し自信なさげに片耳を掻くようにしている。
赤いジャンパースカートらしい民族衣装――ロシアのものに似ている――に身を包んだその姿はまるで等身大の人形のようにさえ感じられる。
丁寧な金糸の刺繍と家柄を表しているシンボルを見る限り、彼女は家長かそれなりの役職にある人間なのだろう。
「む、違ったのかな?」
「え、あ、いえ、聞こえています。ちゃんと聞き取れますし理解できます」
「なんだ、ならそうと言ってくれないか。でなけりゃ私が恥をかくじゃないか」
どうやらさっきのはもしかしたら間違えたかもという疑念から生まれた羞恥心の一端らしい。ババアなどとイリーナが呼んでいたからてっきり祖母あたりかと思っていたが、この若々しさや照れたような仕草からすると母親なのだろう。
「ワタシはゾーヤという。この“セヴィル・ピオネル”の代表代行を務めている。キミの名はなんというのだい?」
「松永龍人です。初めまして。遅くなりましたが、見ず知らずの自分を受け入れてくれたことを感謝します。ありがとうございます」
疲労感で今にも倒れそうな身体をどうにか持ち直し、背筋を張ってお辞儀をする。あちらはお辞儀がどういう意図を持つのかわからずに首を傾げたが、誠意は伝わったはずだ。
「なに、助けとなれたのならば幸いだ。何分この北限の地はヒトが住まうには厳しい環境だ。お互いに助け合うのは当然のことさ。とりあえずかけておくれ」
ゾーヤさんに促されるままに暖炉の近くに置かれた木製の椅子に腰掛けると、ぎし、と軽い軋みをあげて椅子が揺れる。石組みの暖炉は煌々と輝く炎を湛え、完全に目張りされた木組みの家の中は非常に温かい。
赤色と緑色の糸で織られた絨毯が敷かれ、壁には狩猟の成果らしい動物の頭が剥製でいくつか並んでいる。テーブルに置かれた木製のカップを手に取り、ゾーヤさんは一口飲んでからイリーナに向かって言う。
「イリーナ! 6g7hxji3qqten.h0!」
「f,fe!」
急に呼びかけられたことに驚いたイリーナはビクッと身を震わせ、耳の毛を逆立てたまま部屋の奥へと小走りで入っていく。
イリーナを猫とするならばゾーヤさんはさながら虎だ。
「すまないね、気が利かなくて。外は随分冷えただろう? 温かい飲み物を用意させたから落ち着いてから話を聞こう」
「……いえ、そんな」
「ダメだ。キミ、随分酷い顔してるぞ。先ほども言ったが、ここでは互いに助け合うのは当然だ。見ず知らずのキミだが、悪党ではないことくらいはわかる。なら手を差し伸べるのが当たり前だ。ここは素直に受け取っておいておくれ」
「ご好意に感謝します」
暖炉の薪がパチパチと燃える。冷え切った身体が、心が溶かされていくような気分だ。こうした温もりは最早現代に於いては失われつつあるものなのだろうが、今この場所には当たり前のこととして息づいている。
「あ、あの、オマタセ、シマシタ」
「……ありがとう、イリーナさん」
「イッ、イエ、ソレホドデモ、アリ……マス?」
イリーナは不恰好で片言の日本語で語りかけながら、木を掘り出して作っただろうカップを俺の目の前にそっと差し出す。
身に付けていた装具をいつの間に脱いだのか、コートもレザーのベルトやナイフなどは一切身に付けていない。ゾーヤと同じようなジャンパースカートに似た民族衣装に身を包んだ姿は狩り装束の時の彼女とは打って変わって幼げな印象だ。
まさか彼女が身だしなみを整えるほどの時間を、俺は呆けていたのだろうか。
「さ、まずは一息つくといい。山の中を歩き通して疲れただろう?」
「ええ、随分さ迷い歩いたもので……!?」
腰掛けていた椅子から跳ねるように飛び退き、背後を突かれる心配が無いように壁を背に立って身構える。二人が動かないかを警戒しつつ暖炉の傍に近寄ると、壁際に立てかけてあった火かき棒を手に取って正眼に構える。……もちろん俺は剣など握ったこともないし剣道なんてやったこともない。
ハッタリでもいい。どうにか逃げ延びる算段をつけなければ。逃走経路となるのは入り口だがそこに近い場所にイリーナが居る。窓らしい窓は身体が通るかどうかという狭さのものしかないし、その位置は俺の目線よりもやや高い。飛び乗った時点でタイムロスになるのが目に見えている。
となると相手の行動を妨害するしかないだろう。……だが、できるのか? ケンカも殴り合いもろくにしたことがない俺に……命を奪うという行いができるのか?
「ふふ……聡い子だね。ほんの一瞬で警戒心と敵意がぐっと膨れ上がった」
一体どういうことだ。この女は俺が山の中を歩き通していたことなど何も知らないはずだ。イリーナとのやりとりを思い出してみても事情を説明したような素振りなど何もなかったはずだ。
「…………何が目的だ? 生憎と金目のものなど無いぞ。俺を人質にしたところで意味もない。国は最早俺を死亡扱いしているだろうしな」
「おいおい、君、さっきのはほんの冗談じゃ……」
「それともこの村は見ず知らずの人間を捕えて人買いに売り渡す商売でもしているのか? まさかの人食いじゃなかろうな? 俺の居た場所じゃ何度かそんな話が日の目を見てるんだ」
「6azewhq@xe,0qdqaf……」
「寄るな! このくそったれめ!」
「あぅっ!」
近寄ろうとしたイリーナの前に火かき棒を振り翳す。
ひゅん、と走る軌跡。手を差し伸べてきたイリーナの手を掠めた棒の先端が彼女の手の甲に赤い軌跡を作り出す。垂れ始めた赤い血が散って床を染めるのを傍目に棒を再び構えなおす。“二度は無い”と警告するように。
咄嗟に手を引っ込めたイリーナはまるで怯えた仔猫のように耳を垂れさせ、その尻尾も力なく床に垂れ下がっている。明確な敵意を受けたことが無いのなら……人質にとってでも……いや、身動きがとりづらくなるくらいならいっそ――まだ、まだだ。まだそのときじゃない。
しかしどういうことだ……まさか雪山での俺の行動が監視されていた? その上でイリーナに俺をここまで連れてくるように仕向けたのか?
何が狙いだ? こいつらはもしかするとテロリストにでも繋がっているのか? 俺はいたって平凡な一般人だから人質としての価値は低い……まさか見せしめに殺すつもりなのか?
「すまない……私が無神経だった。どうか警戒しないで欲しい。君の苦労や恐怖感を考えもせず君を試すようなことをしてしまった。不安にさせてしまって申し訳ない」
「……質問に答えて欲しい」
「構わない。聞いてくれ」
「どうして俺が山の中を歩いてきたと思った?」
「……稀にね、あるんだよ。といってもこの数百年で二度三度ほどしかなかったことだけどね、我々のような耳を持たない黒髪の男がふらりと現れたことがあるんだ。
私も伝え聞く程度にしか知らないが、彼等はみな君が着ているような異国の装束に身を包んでいて、“ケェタイデヌワ”や“スマホー”なる不可解な道具を持っているらしい、とね」
「彼らが何故ここへ来たのかは?」
「不明だ」
「そいつらはどうなった?」
「……ここを放逐されたらしい。何でも村の女衆に対していきなり頭を撫でたり辺り構わず口説き始めたらしく、気味悪がった女衆が断ると突然怒りだし始めたそうだ。見かねた竜神殿が彼らを放逐したと聞かされた。彼等はどうやら“ニココポナデデポコ”なる技能を持ち合わせているらしい、と先祖より聞き及んでいるのだが、君も持ち合わせているのか?」
「そんなくだらん技能があってたまるか。とはいえ、なんというか、すまない……本当にすまない……」
俺以外にもこうしてここに訪れた人物が――ロクでもないやつらとはいえ――確かに居るとは。彼女の口ぶりも目線も態度も嘘を吐いている様子には見えない。
……何を勘繰っているんだ俺は。仮にも手を差し伸べてくれた恩人をこんな疑いをもって接するだなんて。
おまけに年端も行かない少女に傷をつけるだなんて……情け無い。こんなの以前に現れた彼らと大差ないじゃないか。
「どうして君が謝る? 彼等が放逐されたのは彼らの自業自得によるものだ。私には君が悪人であるようには見えない。
むしろ謝るべきは私だ。君を不用意に不安にさせてしまったのだから。イリーナの怪我も私が軽率だったがためだ……君は、身を守ろうとしたにすぎない……」
「俺も、まだ少し落ち着けていない、みたい……です。ええ、もう少し落ち着いてからでもいいか?」
「もちろんだ。そうだ、イリーナ!」
「uyw@d94t?」
「w3wdwtow@eeto、^7kd@8yv@0duxe」
「fe」
不意にイリーナを呼びつけたゾーヤさんは何か言付けると急かすようにイリーナを手振りで下がらせる。
「もうすぐ、今日もまた日が沈む。リュート、君はよく頑張った。この北限の大地に晒されながらも君は生き延びた。今イリーナに寝床を用意させている。今日はもう休んだほうがいい。
今日の生に感謝して命を
逃げられるか? ――無理だ。体力が持たない。おまけに窓は締め切っていて出入り口は一つ。壁や暖炉の上には鞘に入っているが長剣や短剣の類も立てかけられてる。お飾りの装飾剣とはいえ、その切っ先を全力で突き刺せば一人の人間を殺すくらいはできてしまう。
殺すこともできなさそうか? ――ぎりぎり一人ならいけるかもしれないが相手は未知数。不意打ち上等でヤるっきゃない。増援を呼ばれればそれこそ一巻の終わりだ。
やるだけやって無理ならどうする? ――死、あるのみ……だろうな。逃げ切れるだろうか……。
それにイリーナを下がらせたのは他の者にこの事態を知らせるために行かせたのかもしれない。となれば迂闊に動いても袋叩きにあってしまうだろう。
ならば今は誘いに乗ってでも体調を整えるのが先決か。逃げるにしても走れないのでは意味が無いのだから。寝首をかかれないようにだけはしなきゃな。
「……一先ず休ませてはもらう。ただし別の場所でな」
「すまなかった。君に要らぬ不安を与えてしまったこと、心より謝罪する。
伝え聞く彼らの人物像と違って物腰も丁寧で受け答えも理性的だったものだから……ああ、そうだな……ついどれほどの人物なのかを測ろうとしてしまった。私の悪癖が君を傷つけ、あまつさえイリーナに怪我をさせてしまった」
「……なんとなく想像はしたが、どういうやつ等だったんだ?」
「伝え聞く話でしかないが……奔放……あ、いや……気ままな者達だったそうだ。
自信家で、我の強い、己を信じて疑わない……あー、そのような印象だった」
どこか言葉を選んだような口ぶりで彼女は言う。とても、そうとても分厚いオブラートに包まれたその言葉を聴いて妙に腑に落ちた。
どうやら俺の先達たちは大層なクソッタレだったらしい。それこそこの街の人々が口伝で語り継ぐほどに。だがその言葉から彼女が言ったあの言葉が真実味を持ってきた。
「つまり本当に俺がどんな人間なのか測ろうとしたわけか。俺がこの街にとって害となるかどうかを」
「そうだ。結果的には君を不快にさせるだけだった……。だが、これだけは信じて欲しい。この大地は命の淘汰などありふれたことだ。故に我々は協力を惜しまず、互いに生き残るために全力を賭している。
君を助けたのは決して君を脅かそうとしてのものではなく、この大地に生きる同じ命として受け入れているからこそだ。私を信用できなくてもいい。だがイリーナは、まだ穢れを知らぬ純真な少女でしかないあの子だけは、どうか信じてあげてほしい」
ゾーヤは木製の椅子の肘掛に両手を置いたまま。それだけ言って目を閉じゆっくりと俯き加減で背もたれに深くもたれかかる。
「それでも駄目なら、私を好きにしてくれて構わない。殴るでも犯すでも構わない。私は長として君がどういうヒトで、前例の者達同様の危険な人物なのかどうか見極めなければならなかった。
だが最初に気づくべき……いや、本当は君が心根の正しいヒトだと気づいていたんだろう。とはいえそれだけで安心できるほど私は心が強くなかった……それが結果として君を試すようなことを口走り、君の警戒心を刺激してしまった。希望を踏みにじるような、恥ずべきことをしてしまった」
今の俺の手には凶器となりうるものがある。そしてイリーナは部屋の外だ。目の前には無抵抗……装っているかどうかは別としてだが、無手で椅子に腰掛けただけの女が一人。彼女の頭に向けて火かき棒を突き付ける。
「やるのなら……せめて、一息に頼む」
腕が震える。ぎり、と強く肘掛を握り締めた彼女の腕が微かに震える。
腕が震える。振り翳して殴りつけるための俺の腕が何かを拒否するように震え始める。
ああ、そうか。結局このヒトも俺も死にたくないのは同じなんだ。
「……わかった」
「――ありがとう」
「イリーナが居なきゃ俺はきっと未だに野ざらしだった。俺はイリーナに恩がある。あなたがイリーナの慕うヒトだから、俺は何もしない」
あのとき彼女が出て来てくれなければ俺はまたあの雪原にたった一人だっただろう。
彼女が俺の言葉を理解してくれなかったら、俺がこうして街の中に入ることなどできなかっただろう。
偶然なのかもしれない。たまたま廻り合わせただけなのかもしれないが、彼女は俺にとって救済を齎した女神にも等しい。その彼女が慕う人物を手にかけるなど恩知らずにもほどがある。
「私はこんなしょうもない小心者の小物だが、あの子は本当によくできた子なんだ。いつも明るくて真っ直ぐで、積もったばかりの新雪のように真っ白な子なんだ。あの子を信じてくれるのならこれほど嬉しいことはない」
ふぅ、とゾーヤはため息を吐いて震える手で木目の美しいカップを手に取り、湯気の消えた中身を一息に飲み干す。
彼女はくしゃりと自らの前髪をかきあげ、そのまま椅子にもたれかかったまま天井を見上げてぶつぶつと呟き始める。その表情はどこか後悔、懺悔するように顔をしかめている。
彼女から敵意や害意は感じられない。彼女は真実を語ってくれたのだと心のどこかで俺も感じている。お互いの不幸な、些細な行き違いでしかないのだと。
手にしていた凶器を元の場所に戻そうとして、赤くなった切っ先が目に留まる。
イリーナの血だ。俺と同じ色の、赤い血。俺はそこまで来てようやく彼女達が同じ人間なのだという実感を得た。誰かが暴力で傷ついてからようやくそれを実感するなど……いくら鈍感でもこれは酷いものだ。
俺とゾーヤさんはどちらもか弱い人間だったのだ。相手を疑い、傷つけ、それが間違いであったと気づいて自己嫌悪する……ただの人間なんだ。
半ば投げ捨てるように火かき棒を元の場所に置いて椅子に腰掛、イリーナが持ってきてくれたカップに口をつける。中身は白い液体で、口に含むと山羊のミルクのような味わいが広がる。
互いに交わされる言葉は無い。ただお互いに自分自身の過ちを猛省するばかりの重苦しい空気が流れる。パチパチと燃える暖炉の薪を眺め、外から僅かに聞こえてくる子供の遊ぶ声に耳を傾ける程度しかすることもない。
「ババア! 6c4d@60ljdq!」
その重苦しい空気を吹き飛ばす鈴の音のような可憐な声。しかしその口から放たれた言葉はよりにもよって第一声から“ババア”である。
「ck“ババア”zwe4k07/uxesuys@――ソフィア?」
「byiaf,6f@3xj.ckvst@?」
イリーナの隣に立つのは彼女よりも更に幼い少女。同じような衣装を纏い、同じように銀色の耳と尻尾を揺らす少女は俺の腰掛けた椅子の隣に来て鼻を近づけ、ニオイを嗅ぎ始める。まん丸な瞳でこちらを凝視するその姿はどこかネコというよりイヌのようにも見える。
興味深そうにぐるりと一周するほどニオイを嗅いでいると、見かねたゾーヤがソフィアに言う。
「ソフィア、ちゃんとご挨拶しなさい」
「fe――初めまして。えと、ソフィア、です。お姉ちゃんやおばあ様が、あの、ご迷惑をおかけしました」
「ありがとう。俺は松永龍人。よろしくね、ソフィアちゃん」
こうして椅子に腰掛けた俺よりも頭一つ小さな彼女、ソフィアは左手を握って自らの胸に添えて一礼する。その所
作はおよそ子供とは思えないほど自然で、彼女の育ちのよさがにじみ出ている。
「あの……イリーナさん」
「ハイ! リュート、元気ナッタ?」
まさかこんな年頃の少女に気遣われるなんて。あの時の自分は目で見て分かるほどに憔悴していたのだろうか。俺は彼女を傷つけたというのに、彼女はそれでも俺を気遣ってくれている。
「イリーナさん、あの時は気が動転していたとはいえ怪我をさせてしまってすみませんでした。本当に申し訳ありません」
頭を下げて戻してみると、彼女はどうしたらよいのかわかっていないのか、しどろもどろになってゾーヤさんやソフィアにちらちらと目線を飛ばしている。
見かねたゾーヤさんがイリーナに俺の言葉を通訳して伝えると、イリーナは穏やかな笑みを浮かべてゾーヤに言葉を伝える。
「イリーナが言うには、“このくらいの傷は狩りに出ればいつものことで、大したことはないから心配いらない。君は見知らぬ土地に来てお腹が減ってたりよく眠れて居ないせいで気が立っていただけで、きっと誰だってそうなることだから悪くない。あとリーナと呼んでくれればいい”ということだ」
ゾーヤさんの通訳と合わせてイリーナは左手を見せる。包帯を巻いてはいるがなんともないぞ、と言うかのように握ったり開いたりをしてみせてくる。
「……ありがとう、イリーナさん」
「at@ejr,イリーナ」
「呼び捨てでいい、と」
「ありがとう、イリーナ」
「fe!」
彼女はにこやかに笑って耳と尾を揺らしてスカートの裾をつまみ、カーテシーのように一礼する。
「……はぁ……本当にすまないね。イリーナはまだ
「カタコトにでも会話できるんですから十分だと思いますよ。……ですが、カミヨコトバというのは? って孫ォッ!?」
「ああ、孫だ」
嘘だ。絶対に嘘だ。イリーナはどう見ても十代半ば。そして目の前のゾーヤさんはどう見繕っても三十代か二十台後半だ。年の離れた姉妹だと言われてもなんら違和感が無い。
白銀の毛並みの猫耳を持ち、白銀のふさふさの尾と青い瞳。いずれも美人――それも極上の――に分類される容姿の三者が祖母と孫だなんて!
「信用していないという顔だな。私は今年で四十三、イリーナは十四でソフィアは六つだ」
なんてこった! 昔の時代は結婚する年齢が非常に若いというのは知っていたけどまさかここまでとは!
それ以上にこの祖母だ。どうやってこんな若々しさを保っているのだろうか。これで五十を目前にした歳だと? ハリウッド女優もその場に膝をついて崩れ落ちるレベルの若々しさだ。
「……リュート君、その、そうまじまじと見られると……少し恥ずかしい」
「すみません、妙齢の方にしか見えないものでして……つい」
「そ、そうだろうか……確かに若いとは言われるが……うん。
なるほど……だからあいつらいつも尻やら胸やらを触ろうとしてくるのか……」
歳を言われなければ三十、いや二十代後半と言っても通用するぞ。俺なら、いや男ならば確実にホイホイと釣られるだろう。ゆったりとした衣装の上からでもわかるふっくらと実った胸や潤いに満ちた唇、さらりとした長髪に見合う高身長。こんな美人に何も知らないまま言い寄られたら確実に俺は堕ちる。
「しかし子持ちという点はそう驚くことでもないだろう。十五、成人にもなれば好いた男と“つがう”くらいのことはよくある話じゃないか?」
「……自分が居たところでは成人は二十歳だったもので」
「ふむ。確かにそれくらいの年ならもっと落ち着きも出てくるころだし……そういう地域もあるということか」
これが、これが異世界というものか。本当にとんでもないところに来ちまった。