きゃすたー(7mg)の雑多なネタ倉庫   作:きゃすたー(7mg)

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前書き
 エルステ帝国って王政が崩れて帝国制に移行しましたけど、いくら黒騎士の傀儡政権になって軍部が再編されたといっても根っからの軍人気質なやつが居てもいいと思うんですよ。
 アダムさんの第一軍じゃアガスティア周辺ばっかりだし、かといってガンダルヴァの第二軍じゃただの脳筋ストーリーになってしまう。マジメなフュリアスなんてものも考えたけど、結局本編の悪役枠が居なくなるのでグラン君たちの対比になる存在がいなくなる。かといってフリーシアを改心させると黒騎士さんがラスボスになるだけだし。
 なら帝国軍の内側にエルステ愛一直線なヤツを作ればいいやと。ついでに王政(弱小)→帝政(不安定)→王政(不安定かつ弱体化)とかいうデメリットばかりのコンボで締めた王女様をどげんかする。


グラブル試作品1

 エルステ帝国外征艦隊旗艦プリンツ・ユージンの上部甲板から眺める景観はどこまでも空が続いている。ともすれば、それは永遠であるかのような錯覚さえ起こさせるほどに。

 風が駆け抜けていく。果てなく続く蒼穹は赤みが差し始め、間も無く世界は漆黒の天蓋に閉ざされるだろう。どこまでも続く雲海の果てに沈む太陽の世界と、静かに顔を出して夜を照らす月の世界が交わる。

 人は其れを黄昏時と呼んだ。ある者は生命の生き死にを見出し、ある者は世界の移ろいを悟り、ある者は星空の運行を読み解いた。だがそれはもう何万年と昔の話らしい。

 

 世界の終焉から数万年、地上に住んでいたヒトは今空に暮らしている。文字通り空に浮かぶ島々に。

 そこにはかつて地上に存在した環境が存在しており、人々は細々と、しかし穏やかに命を繋いでいた。揺り篭(クレイドル)の恩恵に授かりながら、かつて自らが地上に住んでいたことさえも忘却して。人が暮らし、獣が棲み、鳥が舞う、さながら箱庭のような生態系が築かれている。

 空の外からやってきた稀人(まれびと)、星の民と空の住人である空の民との間に起こった覇空戦争がお互いに大きな爪あとと禍根を残し終結を迎えたのは数百年前のことだ。

 以来人々は空を駆ける船で島々を廻るようになり、同時に同じ人類同士の諍いや戦争は急激に増加している。瘴気を含む大気の壁である瘴流域が作り出す空域の中で覇権を争い、そしてさらにその先へと食指を伸ばす。

 星の民という共通の天敵を失ったことで、人々はその矛先を同じ空の民へと向けることとなった。愚かしいとは思うが、これもまた人間という種族の宿業なのかもしれない。

 そんなものは自然の暴威の前には全てが無意味だというのに。

 

「かくて、“人は天に在りて(ヒトが滅びても)世は全て事もなし(世界はいつもどおり)”ってところか」

主様(ぬしさま)や、何を言うておるのじゃ?」

「ああ、すまんガルーダ。ちょっと感傷的になっただけだ」

 

 ふむ、と小首をかしげた少し浅黒い褐色肌に琥珀色の瞳の少女ガルーダは小さな身体をふわりと空に浮かべて空を翔る。眼下に広がる厚い雲は夕日の赤に染まり、その上に落ちた影は彼女に従って躍る。

 大地と同じ色合いを持つ大鷲の羽を広げ、また同じ意匠を凝らしたワンピースのような服を揺らして空に舞う。手首や足首にあしらわれた黄金の装飾品が沈み往く日輪の光を映し煌く様は炎を纏う演舞のようにさえ見て取れる。

 ゆらり、ゆらり、黄金の輝きが赤く染まる空を背に舞い踊る。無垢な笑みを浮かべて黄昏の空を舞う少女への憧憬が胸に湧き上がる。

 

「何を莫迦な。人は人。地に這い蹲るのが道理だろうに」

 

 そしてその想いを自らの意思で切り捨てる。人に翼などない。あるのは地を駆けるための両足だ。しかし人はそれでも過去に空を目指そうとした。結果としてそれは自らの力で飛ぶのではなく、空を飛ぶモノに乗るという方法であったものの、確かに人は空に羽ばたいた。

 とはいえ人はその身一つでは空に落ちるしかない。そこに一歩を踏み出したとしても、羽ばたくどころか落ちて行くのみ。

 紅く染まる世界(そら)。ただの一人、彼女だけがその空を自在に舞う。

 

 

「もうすぐダイダロイトベルトだ。瘴流域(しょうりゅういき)を突破するから中に入ろうか」

「なんじゃ。もう終わりか? のう主様や、もう少し風を感じてもよかろう?」

「瘴流域は流石にガルーダでもきついだろう。早く戻ったほうがいいぞ」

「むう、やむなしじゃな」

「そう膨れるな。外征も落ち着いたことだし、帝都へ戻ったら休暇が待っているぞ。ついでにそのままノース・ヴァストで温泉にでも入るか」

「温泉! うむ、うむ! 温泉卵のあとはマツヴァガニが食べたいのじゃ!」

 

 待ちきれぬ、という満面の笑みで軽やかに甲板に降り立った少女の身体を抱き寄せる。自身の胸元に届くかどうかという少女は突然のことに目を丸めていたが、すぐに自ら摺り寄せるように顔を埋める。

 

「やはり好い匂いじゃ」

「そんなに違うものなのか」

「ただの土の匂いとは違う。大地の匂いじゃ。潮騒の香り、緑茂る木々を抜ける風、照り付ける太陽に苗や若木の活力。島々それぞれにしかないものが、主様(ぬしさま)には全部ある。

 春の日差しの温もり。夏の空と燃えるような大地の熱。秋の実りと喜び。冬の凍てつくような風雪と空。たった一度だけじゃったが……わらわを産み落とした星の民にそれを見せてもろうたのじゃ。なんの実感も湧かぬただの“すくりーん”に写された“えいぞう”とやらだったが、主様(ぬしさま)の大地の匂いはその全てを再現してくれるのじゃ。より圧倒的な現実感でな」

 

 絹糸のように輝く鳶色(とびいろ)の髪。頭をそっと撫でるとガルーダは幸せそうに俺の背中に腕を回す。

 

「さて、この後の予定はどうなっている。ガルストン」

「……よくお気づきになられますね」

「年の功さ」

 

 振り返った先に見えたのは帝国軍の近衛兵(インペリアル)か上級士官・将官に与えられる青藍(せいらん)のフルプレートアーマーを纏った男、ガルストンだ。

 

「のう、主様(ぬしさま)

「先に部屋に戻っておいてくれ」

 

 名残惜しげにガルーダは腕を放し、密閉ドアの向こうへと姿を消す。

 残る俺と彼の間に生まれたのは一瞬の静寂。風の音が聞こえるだけの静かな世界。それを打ち破って彼が話し始める。

 

「外征艦隊のこの後の予定ですが――」

「そうじゃない」

「と、申されますと?」

「お前のことだ、ガルストン」

 

 彼は言葉を発さずただ黙する。

 

「異動となるのだったな」

「はっ、第三軍フュリアス少将旗下(きか)、ポンメルン特務大尉の下で隊を率いることとなります」

「そうか……よりによってあの狂人」

「中将、どうかそこまでに。どこに耳があるかわかりませんので」

「フン、律儀だなお前も」

「エルステ帝国軍の軍人でありますので」

「だろうな。まあフュリアスはアレだが、ポンメルン・ヴェットナーなら問題なかろう。エルステ帝国への忠誠を文字通り体現したような男だ。敵に対して慈悲は無く、しかし一線は弁えている。仁王の如き(つわもの)さ」

 

 空を翔る風を手で遮り、口に咥えた煙草に火を灯す。夕闇の広がる中に灯った小さな火の灯りがふっと消え去ると、立ち昇る煙が風に乗って空に溶けていく。

 そしてまた一人、家族(とも)が去っていく。この艦隊から。帝国の黎明を駆け抜けた友がまた一人。

 

「壮健でな。任務ご苦労だった」

「はい。十二年間お世話になりました」

「……お前の代わりを探すのは骨が折れそうだよ。ほんとに」

「中将に食らいついていけるだけの人材はそうは居ないでしょうな。波乱万丈でしたよ。外征とは人間と戦うばかりではないと思い知らされました。まさか紙の山を踏破する破目になろうとは」

「ああーうるさい。書類は苦手なんだよ」

「できるのにしないのはただの怠慢ですよ」

「その分戦ったし言論をぶつけてきた。外征を円滑に行えるよう下地を作るのも私の仕事だ」

「ええ。中将の肩書きは伊達ではないと思い知りましたよ」

 

 ガルストンは兜の面の下でくつくつと笑う。あいつ、あの時のことを思い出しているな。

 

「この(ふね)とも、もうすぐ別れることになります」

「そう、だな。共に戦い抜いてもう十五年か。早いものだな」

「中将は今年でいくつになられるのですか?」

「禁則事項だ。想像に任せよう」

 

 かつて“白き令嬢”と呼ばれた艦隊旗艦プリンツ・ユージンは既に老朽艦だ。ともすると太古の人類が書き上げた“SF小説”に現れるような流線型のこの艦は幾多の戦いを共に乗り越え、数多の同胞の生き死にを目にし、そして終に彼女自身も休息につくときが来たのだ。

 この外征任務が終わればプリンツ・ユージンは改装作業を受けてアガスティアとノース・ヴァストを結ぶ定期船として悠々自適――というほどではないが、穏やかな航路を駆けていくことだろう。

 敵艦の砲撃を食らったことだってあるし、舵の不調や慢性的な速力の低下に陥ることもあった。だがそれでも最後まで戦い抜いた。我々と共に生き抜いた。

 喜ばしいことだ。彼女は軍艦(ふね)としての己の任を全うして去っていく。ああ、喜ばしいことだ。愛する我が戦友は為すべきを成し遂げて身を引くことになる。

 お前の見送りには必ず立ち合おう。俺は未だ戦いの最中にあるが、君の余生が充足したものであることを願っている。

 

「お疲れ様……というには少し性急だな。もう少し付き合っておくれ、愛しの君」

 

 たとえ我々と離れてもお前は一人ではない。共に戦った仲間であり共に過ごした家族のようなものなのだ。

 そんな彼女の密閉ドアをバンッと勢いよく開いて躍り出たのは、共に生きてきた少女(ガルーダ)だ。

 

主様(ぬしさま)! ガルストン! 主計長がさっさと飯を食えと吼えておるぞ! 飯を抜かれても知らぬからな!」

「さて、もうすぐファータ・グランデだ。凱旋で腹が減って倒れたのでは締まらんな」

「ええ。急ぐとしましょう」

 

 まったく最後まで騒がしい。だが、これがこの艦隊の常というものだ。結局のところ最後には“食”を握るものには敵わないのだ。そう、たとえそれが艦隊司令官であろうと、英雄だろうと。

 

 

古き者の歩み

 

第一話 帝国の英雄

 

 

 荒れ狂う暴風。打ち付ける暴雨。そして瘴気を内包した大気。まさに異次元と称すべき暴虐の壁である瘴流域に於いてヒトの力が通用しないのは至極当然だが、“星の民”が創造した星の申し子たるガルーダの能力ですら減衰してしまう。

 常に汚染された大気の乱流が入り乱れるそこはまさに雲でできた死の断崖。身を守る術もなしに突破することの叶わぬ別世界。時折現れる砕け散った島々の残骸や騎空艇などの人工物に混じって、大型の魔物――風竜イールシアス、それなりに強い竜種の魔物――さえゴミクズのように細切れにされて飛んでくる。

 

 プリンツ・ユージンはそんな暴れまわる風に時折揺られながらも前へ前へと進んでいく。装甲に打ち付ける雨風や瓦礫をものともしない様は老朽艦とは思えぬ堅牢さを我々に見せ付け、“こいつが居れば安全だ”という安心感を与えてくれる。

 

 彼女がもし自慢してきたとしたら“どうです? まだまだ捨てたものじゃないでしょ”なんて言ってくるのかもしれない。

 ぎしぎしと揺れるベッドの上で寝転んでいると、コツンと小さな音がドアから聞こえる。

 顔を向けるとそこにはドアノブに手をかけたガルーダの姿。流石に艦内では手狭なため背中の翼は消している――出し入れは自由とのこと――が頭部に生える小さな羽はそのまま残されている。

 

「ん、起きておったか。音も出さぬよう気をつけたのじゃがな」

「ああ、さっきな。もうすぐ抜ける頃合だろう」

「うむ。艦長が呼んで来て欲しいと申しておったのじゃ。ふぁ……わらわはしばらく横になるゆえ、瘴流域を抜けたら呼ぶがよい」

 

 起き上がって将官用の白い外套を羽織るのと入れ違いにガルーダは後頭部で結った髪を解くや否やベッドにダイブして毛布を被る。

 この過酷ながらも素晴らしい世界に生まれ落ちる以前、母の胎で眠る赤子のように

身を丸めた少女は頬を緩める。

 

「ぬふふ~……主様(ぬしさま)の匂いは落ち着くのう。ふぅ……くぁ……では、しばらくおやしゅみなのじゃ……」

 

 あどけない寝顔は星晶獣であってもヒトであっても変わりない。安らぎに落ちる心地よさは何物にも代えがたい悦楽であり、同時に懐古でもあるのだ。

 彼女の、ガルーダの初めての目覚めはどのようなものだったのだろうか。彼女がこの世界に生れ落ちたとき、それを祝福する誰かは居たのだろうか。

 この時代に目覚めたあの日、俺以外の同胞は全て施設内の強化ガラスの揺り篭で悠久の眠りへと旅立った後だった。長い眠りから目覚め、一人この滅亡後の世界に取り残された俺を祝福してくれる生きた存在は居なかった。

 彼女は星の民に生み出された存在だ。本人は向こう側(空の外)での記憶が虫食いになっていてよく覚えていないそうだが、ひとりぼっちになるのを嫌う彼女は恐らくだが誰かしらから愛情を受けて育ったのだろうと思える。

 

 兵士達の敬礼に答礼しつつブリッジへの密閉ドアを開く。立ち入った瞬間に手すきのブリッジ要員たちがすぐさま敬礼したことに答礼し、艦長席の隣に配された司令官席に腰掛ける。

 強化されたガラスの先に見える景色は紫のような黒のような灰色のような、どんよりとした雲と雨で覆い尽くされている。瘴流域は我々を飲み込もうとしているかのように、その雨脚と風を強めている。

 揺れる舵輪、あべこべの方向を示す方位磁針。伝声管で情報を伝え合うクルーたちを眺めてため息が出る。

 

「おはよう、諸君」

「おはようございます、閣下」

「さてミュラー大佐、状況はどうだ」

「はっ。旗艦プリンツ・ユージン以下シェーア、シュペー共に間も無く瘴流域を突破する見込みです。到着予定より1時間から1時間半の遅れとなる予想が出ております」

「ふむ。感づかれぬようにするためとはいえ層の分厚いルートを通るのだ。やむを得まい」

「ええ、イスタバイオンの犬どもはしぶといものですから」

 

 帝国軍の士官用の黒い制服を着用し、刈りそろえた赤い短髪と立派なカイゼル髭をたくわえた筋骨隆々のドラフ族の男、ミュラー大佐は忌々しげに我々が辿ってきたルートを見やる。

 

「さて……どうなることかな。メネア皇国は今のところ目立った動きを見せていないと聞いていたが、果たしてどれだけが真実であるやら」

「ですな。友好国であるリュミエール聖王国がメネアとの仲立ちを行ってくれるだけでも多いに助かりますし、何より聖王国の王はファータ・グランデとそこに眠る星の民の遺産を付け狙う他空域の脅威をよく理解しておられます。配下の聖騎士団にも勅命を下して調査しているという噂もございます」

「今やエルステ帝国はファータ・グランデの過半を治める大国だ。だが急速に勢力を伸ばした国の内部というものは往々にして火種を抱えたままであることが常だ。

 となると、我々の次の任務は……」

「火消し、でしょうな」

「おそらくな。治安の回復、行政の移行、経済の円滑化、物流網の再構築と安全確保、防衛施設の建造、スパイの摘発……やることが山のようにあるなこれは」

「昔が懐かしいですな。あの頃(王政)ではせいぜいメフォラシュを守る小さな艦隊があった程度で、血生臭い戦いは数えるほどしかなかったというのに」

「……あの動乱の空白期、そして帝政への移行から電撃的な侵攻と制圧……多くの人の命が散っていったが、エルステは他空域に覇を唱えた国々に比肩するだけの力を得たのだ。ならばこの力を以って、ファータ・グランデに住まう人々を他国の侵略から守り抜くことこそが、これからのエルステ帝国の使命だ。そして火消しはその第一歩に過ぎん」

「王政であろうと帝政であろうと我等軍人の為すべきは何も変わりませぬ。どうぞご下命を、中将閣下。麾下十二部隊皆一心に御座います」

「ああ……期待しているぞ」

 

 他の空域の勢力は今統一を成し遂げつつある。それらがこぞって欲しがっているのがファータ・グランデに眠る星の民の遺産である古塔“パンデモニウム”である。

 全空の覇権を虎視眈々と狙う国々の侵攻が起こったとなれば、十数年前の小国が乱立しているだけのファータ・グランデは一年と経たずに支配されることになっていただろう。多数の勢力が入り乱れ、殺し合い、そしてその被害を被るのは戦場となるファータ・グランデに住まう人々なのだ。

 星の民の遺産は濫用されファータ・グランデを焼き尽くし、尚もその炎は留まることなく全空へと飛散して燃え上がるのだ。緑茂る大地が焼かれて赤き地平が生まれたのと同じようにこの青い空が赤き焔で染まるだろう。

 

 それではいけない。それでは古き人々(われわれ)と同じだ。繁栄を求め、敵を滅ぼし、やがてその代償が自らさえも滅ぼすことになる。

 

「瘴気が薄くなってきたぞ!」

「やっと抜けたか! ファータ・グランデに戻ってきたんだ!」

 

 観測手の二人がこぞって歓喜の声を発したのを皮切りに、その安堵感は他のクルーたちに伝播する。

 舵輪の揺らぎが静まったことにエルーン族の若い操舵手はほっと胸を撫で下ろし、航空士たちは主任と共に笑みを浮かべて手をたたきあう。伝声管越しにエンジンルームの乗員たちにも伝えられている真っ最中だ。

 

「総員傾注!」

 

 びり、と空気の震えるような声がブリッジを包み込む。緩みかけた空気を一声で締め上げた声の持ち主、ミュラー大佐は速やかに指示を言い放つ。

 

「各部署のクルーは持ち場のチェックを急げ! 艦体へのダメージを即座に確認して報告しろ!」

「サー! イエスサー! プリンツ・ユージン搭乗員各員に告ぐ。当艦は間も無く瘴流域を抜け――」

「航空長、瘴流域突破後に現在地を算出し速やかに航路を策定せよ」

「サー! イエス、サー!」

「観測班! シェーアとシュペーはどうか!」

「まだ発見できていませ……いえ、見えました! 方位2-6-8にシュペー! 方位1-2-4にシェーアです!」

「よし、はぐれてはいないようだな。瘴流域を完全に離脱した後各艦の状況を報告せよ。艦体の不調が無ければすぐにダイダロイトベルトを経由してアガスティアへ帰還するぞ。ぐずぐずして魔物の群れと“遊ぶ”わけにはいかんのだ」

 

 見据えた先に広がるのは白い雲と青い空。そしてその果てに浮かぶ太陽の輝き。厚い雲は一つとして見つからず薄らとかかるだけ。どうやら今日のファータ・グランデは好天に恵まれているようだ。

 

「さて、あと一息か」

 

 アガスティアへは軍艦の、それも高速艦艇の足で短くともあと4日から5日はかかる。ダイダロイトベルトでの簡易点検と整備のそれぞれ数日を要することを前提として、他には天候にも因るが移動で4日から5日というところだ。

 この世界の人々は空にその生息域を移したものの、主要な島々は遠く離れた場所に存在しているために交流が無かった。空域のこの広大な範囲の中に大小様々の国々や島が点在している。そしてそれらの島の交流が行われるようになったのはこの数百年のうちの出来事でしかない。狭いようで広く、しかし様々な国の名を聞くと窮屈そうに感じるのはこのせいだ。人口が1万に満たずとも、領土が群島のうちの島ひとつだろうと国は国だ。無碍にすることは道理ではない。

 他の空域は既に国々を併呑し、その牙を研ぎ澄ましている。だがファータ・グランデは未だ都市国家の集合体と大差の無い状態なのだ。これでは侵攻を受けた場合には勝利どころか抵抗さえ難しい。

 

 帰還報告を上げるための準備でもしておくべきだろう。ガルストンの外征艦隊勤務最後の仕事だ。頑張ってもらおう。

 

 

 ダイダロイドベルトの浮遊岸壁を眺める先には先日抜けてきた瘴流域が厚く広がっている。垂直に切り立った崖や岩塊がそれなりの密度で浮遊しているだけのダイダロイトベルトは本来島であったと考えられているが、その真偽は未だ以って定かではない。

 何故これだけ細かな岩石片に砕けているのに地上へ落ちていかないのか。どうしてこのような場所が他の空域にまで跨って存在しているのかなど疑問は尽きないものの、考えたところで荒唐無稽な想像が膨らむばかりで益体(やくたい)の無いものでしかない。

 ただそれでも“こうしてこの岩々や崖が佇んでいるのにはなにか理由(わけ)があるのだ”と、ついそんな考えが頭を過っていくだけだ。

 

 眼下には厚い雲。今日は大地の赤さえ見えることがない。どんよりとした、暗雲が立ち込めるばかりの空模様だ。しかし見上げればそこにあるのは晴天。地上はおそらくひどい嵐が起こっていることだろう。正面を見据えれば死をもたらす瘴流域の壁。雲の向こう側での戦いが脳裏を過る。

 

「晴れ時々曇り、か」

 

 ダイダロイトベルトは常に“不安定なようで安定しているように見える”場所だ。付かず離れず、落ちずに落ちて、木々は無くとも草花は生い茂っている。

 わずかな段差と思い踏み出した一歩がずるりと沈んでいくあの感触はいつもながら肝が冷える。数十人が乗れば空の底へまっさかさまに落ちていくのではないかという漠然とした不安を、ここを訪れる者ならば一度は掻き立てられることだろう。

 

「むっ」

 

 ぶわっと覆いかぶさるように眼前に雲が迫る。薄いものの湿りを帯びたそれに包まれたまま、手元のコーヒーカップに口をつけて飲み干す。

 同じようにカフェの店先のテーブルでくつろいでいた人々も早々に飲み干したようで、すぐさま身近においてあった荷物やらを抱えて宿の中へと駆け込んでいく。

 嵐が来る――この予感は当たることだろう。

 

「ガルーダの言うとおりにすればよかったな」

 

 こんなことになるなら“ガルーダさまの本日のお天気予報なのじゃ! 今日は……嵐じゃ!”と晴天を指差してドヤ顔を決めた彼女を虚仮にしなければよかった。

 

「ん……?」

 

 黒い雲が流れ込んでくるその合間の遠くで赤い何かが目に留まる。

 

「雷……じゃあないのか?」

 

 赤い光を映した、もしくは赤い光を放ったような感じはあったが……おそらく太陽光の反射だろう。虹が出る原理と同じことだ。スペクトルの輝きが目に映っただけだろう。こんな場所で探索を行うなどただの物好きか命知らずのハンターくらいなものだ。

 確認すべきだろうか。いや、しかし既に暗雲はそこまで迫っている。仮に、あの立ち入り禁止の場所に自ら踏み入った者を救助するとしても、あの場所は既に暗雲に飲まれた後だ。今頃は雷で丸焼きになっていることだろう。時既に遅し、だ。

 

「秩序の騎空団に連絡しておくか……物好きな阿呆が居るのかもしれないし」

 

 皆が皆それぞれの宿へと飛び込んでいく中で一人、石畳の路地を駆けていく。開けた視界の先には宙吊りの――それもお手製の簡素な木製の――橋が一本かけられている。丸太の杭を打ち込んだところに頑丈な縄を括りつけた、いかにも冒険小説に出てきそうな手作りの橋だ。橋は橋だが、これは些かどころではない不安材料だ。

 眼下は雲が広がる空。落ちれば真っ逆さまに、大地と溶け合うような熱烈なベーゼを交わしてグランドフィナーレだ。だというのに目の前の橋は風に揺れ、雨に濡れ、為すがままに空に揺れている。

 

「これを、行くのか……?」

 

 正直に言いたい。俺はこんなもの渡りたくないと大声で叫びたい。しかし万一、ここで報告が遅れたことによって人死にが起こったなどという後味の悪い結末を迎えたくは無い。仮にも自身は帝国軍中将――厄介払いに等しい部隊のだが――であるのだ。ここでこれを渡ってでも、対岸の主島にある我が艦隊へと帰還しなければならない。秩序の騎空団の詰め所に寄るのはそのついでだ。

 

「……よし、行くぞ。大丈夫だ、俺ならできる。地上に落ちたりなんかしない。きっと、おそらく……た、多分……大丈夫のはず、だ」

 

 ああ、こんなことになるのならガルーダの機嫌を損ねないようにしておけばよかった。でも涙目で顔真っ赤になったガルーダも可愛らしいものだった。()い、実に()い。

 

「下を見るな。下を見るな。下を見るな」

 

 自分を落ち着かせる魔法の呪文が要る。とにかく心を落ち着かせるのだ。平常心を保つことは戦場に於いて自らの命運を左右する。素数でもなんでもいい。湧き上がる勇気を全身に行き渡らせて駆け出すのだ。それだけ、たったそれだけでいい。

 獅子が兎を狩るにも全力を尽くす、と言う様に何事も全力全壊が基本なのだ。しっかりとした足取りで、石橋を叩くようにこのつり橋を渡りぬくのだ。

 木の板を一つ踏むごとに俺はそのかき乱された心を鎮め、数えている間に何の障害も無く渡り終えているのだとイメージするのだ。

 

「2、3、5、7、11、13」

 

 ぎし、ぎし、ぎし、と軋む度に素数を数える。

 

「17、19、23、29、31、37、41、43……いやまて、何か一つ、そう、一つ抜け落ちたような……!」

 

 ダメだ! 何か抜け落ちているような気がする。何故落ち着かないんだ!

 このままではいけない。止まってはならない! 勇気を途切れさせてはいけないのだ!

 

「もう一度だ。今度こそ正解のはずだ……2、3、5、7、11、13、17、19、23、29、31……違うやっぱり何か抜け落ちている気がする!」

 

 いけないいけないいけない! このままでは空の底に真っ逆さまだ! 落ち着いて数えなおせ! 繰り返せッ! 繰り返すんだよ! 何度でも何度でも、この心のざわめきが落ち着くまでやるんだ!

 

「2、3、5、7、11、13、17、19……くそっ! 何が、何が足りない!?」

 

 ええい、この際なんだっていい! パンに塗るのがジャムでもハバネロでもこの際どうだっていいことだ! 食わなければ死ぬなら喰うしかないのと同じだ!

 

「2、3、5、7、11、13……」

 

 あと少し、あと少しだ! 数えられる範囲内で数えなおせばいい!

 トライ、アンド、エラーは科学者にとって必然だ。失敗は成功の母という言葉のとおり、失敗の要因を一つずつ潰していくことで成功への道のりが拓けるのだ。それは基本中の基本であり、物事を為す上での重要な解決法の一つだ。失敗から学ぶからこそ人間はより高みへと成長できるのだ!

 

「2、3、5、7……そうか……」

 

 辿り着いた。ああ、俺は辿り着いた! 数学なんぞ随分と使わなかったものだからすっかり忘れていたせいだ。何百年という時間は俺から知識さえも奪いつつあったのか。記憶が色あせて消えていくように、地上に居た時代の知識さえも失われつつあるとは。

 

「9、だ」

 

 ああ、だがこれでもう思い残すものはない。腑に落ちた。納得した。俺はやった!

 

「……9は素数ではないぞ」

「なん……だと……!」

 

 突然背後から聞こえた声に振り返ると、その視界にウェーブのかかった長いブロンドの髪と、羽付きの黒い船長帽を被った少女の姿が留まる。ガルーダよりもやや高いくらいの、しかし平均的な女性の身長よりかは低いその少女は身の丈にはやや似つかわしくないぶかぶかな黒いロングコートを羽織り、手には鞘に収まったハンドガード付きのロングソードを携えている。

 頬に張られたまっさらの絆創膏を歪ませて、彼女は不敵な笑みを浮かべる。

 

「……モニカ、いつからそこに?」

「貴公がずっと素数を数えながら橋を渡っているときからだ」

 

 こんな辺鄙な場所で出会うことになろうとは。つくづく奇妙な縁があるらしい。

 

「……聞いていたのか?」

「なかなか前に進まないものだから、な。後ろに付いていくしかできなかったのだ。相変わらずとはいえ、もう少しシャキッとしたらどうだ?」

「はいはい。お前も相変わらずでなによりだ」

 

 威風堂々、と構える彼女の胸にちらりと目が行く。小柄な体躯ながら大変立派なそれらは湿り気を帯びて少し透けたセーラー服の下に隠れたままだ。重力に従うことなく張り出したその大きさは服の上からでもはっきりとわかるくらいに立派だ。

 

「……目つきがいやらしい」

「すまん。ま、まぁあれだな……立派になったな」

「それは船団長としてか? 女としてか?」

「どちらもだ」

「貴公……その、面と向かって言われるのは……やはり気恥ずかしい。……イヤではないのだが……と、とにかく今は避難が優先だ。急ぐとしよう」

「ああ、そうだ。ついでに秩序の騎空団の支部に案内して欲しい」

「……正気か? ぶっちゃけた話だが、帝国軍は秩序の騎空団(ウチ)じゃ良い印象を持つ者は皆無だぞ?」

「それでも、だ。先ほどあちら側の岩塊のカフェテラスの先、立ち入り制限区域で何者かが居たようなんだ。流石に港の管理者にそれを報告もせずに立ち去って、後から人死にが出たとか言われては気分が悪い」

「なるほど。詳しい話は詰め所(ウチ)で聞こう。こっちだ」

 

 小さな体が外套を翻して前に出る。身なりは少女のそれだが、佇まいや雰囲気は成熟した女性のそれだ。見た目の幼さと精神の成熟ぶりはミスマッチのように思えるが、モニカの場合にはそれは当てはまらない。

 女だてらに剣を振り回し、船団を率いるだけの才覚を備えているのだ。カリスマというものは年齢や見た目では計れないものなのだ。

 

「くそっ! 降ってきた!」

「次の路地の角を左だ! そこを真っ直ぐ行けば詰め所だ!」

 

 吹き付ける風と雨。ゴロゴロと鳴り響く雷鳴を伴った雷雲がすぐそこにまで迫ってきている。吹き飛ばされていく鉢植えや看板、時には誰が放り出してあったのか洗濯物がぎっしり詰まった籠なんかまで。

 

「モニカ、気をつけろよ。ただでさえお前は軽いんだから!」

「貴公こそ雨ですっ転ばないようにな!」

 

 断崖の端を通る路地を駆け抜けていると突然視界が真っ暗になる。雲に入ったわけでもないのに前は何も見えない。視界を塞ぐ真っ白のフリル付きのそれを顔面から剥ぎ取って投げ捨て、モニカの背中を追いかけて建物の角を曲がる。

 

「っ……わわわっ!?」

 

 どんっと圧し掛かるような重みを伴った衝撃に、目の前を走る彼女の身体が宙に浮かぶ。と、同時にこの背後に何があったのかを悟る。

 何も無い。そう、先ほどの路地は右手が崖沿いだ。そこを左に曲がるのだから、必然的に崖を背にすることになる。崖の先に暗雲立ち込める空がただ広がるだけ。そこに我々人間が踏みしめる土は存在していない。

 自然の猛威は人間など容易く飲み食らう。それは事象の顕現たる星晶獣を一度でも見ていれば否応にでも理解せざるを得ないことだ。

 

「モニカ!」

「わぷっ!」

 

 ふわりと舞い上がった小さな彼女の手を掴み抱き寄せる。左手は彼女の背中を受け止めるようにして抱きとめ、路地の左側、すぐさま石組みの建物の出っ張ったところに右手を懸命に伸ばしてひっかける。

 前に進むことなどできやしない! ここは地上から遥かに離れた高空なのだ。吹き付ける風は地上のものより更に激しい。

 

「き、貴公……」

「……すまん」

 

 もに、というマシュマロのような柔らかな弾力の感触を頭から削ぎ落とす。

 真っ白なセーラー服の上着は大量の雨を受け、最早その()()()は皆無だ。それにしてもモニカは背格好の割りに随分と立派な武器(モノ)を手に入れたらしい。

 

「あ、あまり手を動かすんじゃないバカ者!」

 

 “もうお嬢さんなんて柄じゃない”と言っていたのはいつだったか。顔を赤らめて羞恥に悶えるモニカの姿はどう見たってそこらへんにどこにでも居る“お嬢さん”のそれでしかない。

 

「とかなんとか言ってる余裕もあんまり無いんだがね!」

「いいからさっさと……!」

「……チッ! 頭下げて掴まってろ!」

「ムグッ!」

 

 咄嗟にモニカの体を丸めるように壁際に押し付け、自身の肩を盾代わりにして衝撃に備える。人さえ容易く押し退ける暴風だ。飛んでくるものは人間より軽いものであればなんだって飛んでくる。

 ズ、と一際重く鈍い痛みを伴って閃光が視界を駆け巡る。

 

「……ユ、ユーリ……ッ!」

 

 鼻筋を伝う生暖かい感触。舌先に触れる、雨水ではない鉄錆びた味。視界が歪む中でただはっきりとモニカの今にも泣き出しそうな、悲痛な表情だけが浮かんでいる。

 

「も、もう少し耐えろ! すぐに手当てをする! だから……もう少しだけ……!」

 

 モニカは俺の羽織っている真っ白な帝国軍将官用の外套の懐をまさぐる。探る手は右に左にと体を這い回るが、お目当てのものに辿り着かないらしい。

 

「むうっ、貴公……あの銃はどこに、ぐっ、も、もう……少し踏ん張ってくれ! 私では貴公を背負うには少々ばかり厳しいんだ! 寄りかかるくらいなら、なんとか、できるが、そ、それ以上はキツい……!」

 

 足が震えてきた。右手の握力が限界だ。壁に当てた左手がずり落ちる。次第にモニカの焦った顔が近づいてくる。ボヤけているのに、それだけがはっきりと見える。

 

「ま、まだだ! まだ倒れてはダメだ! ……あった!」

 

 モニカの白い手に握られた俺の拳銃(あいぼう)。世界の終焉を俺と共に生き延びた、おそらくただの一丁だけの銃。装填数6発の.357マグナム弾とシルバーの輝きを放つ銃身。木製のグリップの木目が美しい逸品(リボルバー)

 

「頼む……当たってくれ」

 

 モニカの小さな左手に握られた天使はその砲口を路地の先へと向けられる。雨と風に打たれながら輝く姿は水の滴るモニカの金色の長髪とのコントラストのようだ。

 次第に傾いて寄りかかっていく体に彼女の右手が回される。意識を失っていないとはいえ大の大人の男の体重が小柄な女性に圧し掛かるのは辛いもののはずだ。

 

 ごうごうと吹き荒ぶ嵐を裂いて、一発の銃声が空を駆け抜ける。

 

「よしっ!」

 

 ニヤリと笑みを浮かべたモニカ。銃弾は狙い通りに建物の軒先に吊るされていた金属製の看板、秩序の騎空団の詰め所を示す“看板(象徴)”を見事撃ち抜いたらしい。

 

「くそっ! どこのどいつだぁっ!? こんな嵐の中で秩序の騎空団にケンカ売るとはいい度胸だ! 出てきやがれ!」

 

 通りの先から響く罵声。そりゃあそうだ。自分たちの所属する組織の看板に攻撃を受けたのだから怒りを顕にするのは当然だ。

 ところで、それをやったのはお前達の第四騎空艇団(ところ)の船団長なのだが。

 

「おーいっ! こっちだ! けが人が居る! すぐにロープを寄越せ!」

「なぁっ!? 船長!」

「とっととロープを寄越せ! 医務官に治療の準備をするように伝えるんだ!」

「り、了解っ!」

「もう少しの辛抱だ! ユーリ、あと少しだけでいい……!」

 

 モニカが受け取ったロープが俺のベルトに通されると、モニカはロープの末端に自身を括りつける。自らが最後の歯止めになるつもりだ。あんな小柄の若い女が、可愛らしいごく普通の少女が、身を投げ打つ覚悟で背水の陣を敷いたのだ。

 

「行くぞ、貴公は心配せずとも――っ!?」

「ああ、行くぞ」

「おっ、おいっ! ユーリ! これでは逆じゃないか!?」

「痛い以外はどうということはない。……流石にしばらく眩暈が酷かったけどな」

 

 モニカの小さな体を左手一本で抱き寄せる。

 この純真な女はその身一つで俺を救おうとしていた。それはいけない。それではいけない。彼女が犠牲になりうる可能性は万に一つでもあってはならない。そして何より男の子ってやつは、やはり大事な人の前では強がりになってしまうものだから。

 

「……ユーリ、私を放すなよ。私もユーリを……離さない。絶対に」

 

 ああ、やっぱりモニカはいい女だ。気丈で健気で、そして何より芯が強い。

 

「もちろんだ」

 

 二人して握った命綱(きぼう)。人さえ薙ぐ暴風の中を引かれるように前に進む。時折視界に飛び込んでくる鉢植えや枝葉、木の看板などをモニカは寸分の狂い無く切り払う。

 

「船長! こっちへ!」

 

 モニカの手が男の手を掴む。もし少しでも力が緩んで離そうものなら、明日の朝日は拝めないものと心得るがいい。

 

「ふぅーっ……どうにかなったか……船長、あまり無茶をしないでください」

「はぁっ、はぁっ……それは、すまない……はぁっ」

 

 二人してずぶ濡れのまま家屋の中へと引きずり込まれるようにして飛び込む。即座に閉められた扉には(かんぬき)がされ、吹き飛ばないように厳重に釘打ちまで行われた。

 

「おい、こいつ……帝国軍か?」

「なんだってこんなトコに……」

 

 床に這い蹲る俺の姿を見た彼らの反応はまあ、なんというか予想通りだ。嫌悪感を隠そうともしない有り様はいっそ清清しいくらいに。

 

「っ、ユーリ! しっかりしろ、ユーリッ!」

「ああ、あぁ……起き、てるよ……!」

「無理をするな、ばか者」

「無理はしてない」

 

 笑いそうになる膝を叱咤してのそりと起き上がる。正直強がりなんて早くやめて楽になりたいものだが、意識はマシになったし動くだけの体力はまだある。それに自らの出自さえ名乗らぬままでは、こいつらに舐められっぱなしだ。そんなもの性に合わない。

 

「私は、エルステ……帝国軍、外征艦隊、総司令官を務めている。ユーリ・ナイトハルト・オズヴァルト中将だ」

「なっ、“帝国の英雄”だと!?」

「こいつのせいで……!」

「やめておけ。手負いの相手ほど恐ろしいものはないぞ」

 

 周囲を囲む団員たちの気配が敵意から殺気に変わる。随分嫌われているらしい。

 中には短刀の留め具を静かに外した者さえ居る。銃の引き金に指をかけた者や、ぎりりと拳を握り締めて睨みつける者さえも。

 

「バカモノ! カッコつけて暢気に自己紹介などしている場合か!? 貴公は阿呆か!? それとも大馬鹿者か!?」

 

 キーンと響く甲高い叱り声が耳を貫いて駆け抜ける。意図せず頭の中で反芻するように響き続ける彼女の声に再びクラクラしはじめた思考をどうにか持ち直そうとするものの、かなりの威力だったらしくなかなか収まる気配が無い。

 

「五月蝿いぞモニカ船団長殿。頼む、頭に響くから……少しボリュームを下げてくれ……」

「ほら見ろ! そうやって私の前で格好つけるのはやめろと何度も言ったはずだ! 十年前だってそうだ! どうして、どうしていつもこんな無理ばかり!」

「すまん。だがそうカリカリしていてはかわいい顔が台無しだぞ」

「あ、頭を撫でるな! もうそんな年ではないんだ!」

「俺にとってはいつでも、何歳だろうとモニカはモニカなんだよ」

 

 不安にさせたくないから強がりになる。それが逆にモニカにとっての不安になっていることくらいわかっている。だけどそれでも譲れない。こればっかりは俺の信条でしかないが、どうあっても貫きたいものなのだ。

 エルステ帝国の権威を背負うこの身が跪くなどあってはならないのだ。たとえ強がりと取られようと二本足で堂々と立っていなければいけない。

 それになによりも彼女が倒れ伏した姿だけは、もう見たくない。

 

「お前が傷つくところだけは、もう見たくないんだ」

 

 あの日、心折れていた俺を起こしてくれたのはモニカだった。共に過ごし、剣を交わし、背中を預けあって、共に時代を駆け抜けた中に芽生えたものはかけがえの無いものなのだから。

 抱き締めた彼女の温もりは雨露に濡れた冷たさでわからない。だけどこの燃え尽きた灰に再び炎を灯してくれたのは紛れも無い彼女だ。その内なる炎の温もりは忘れない。忘れたりなど、するものか。

 

「……ば、かもの……本当に、ユーリは……ばかものだ……!」

 

 目深に船長帽を被ったモニカの表情は俺の胸の中でわからない。

 とん、と突き放すように抱擁から離れた彼女は俯いたまま静かに告げる。

 

「……さっさと治療を受けて着替えろ。私も着替えてくる。……あと、それと……あ……ぁ……ありがとう」

 

 すぐさま踵を返したモニカは紅潮した顔を隠しながら奥の部屋へと姿を消した。

 頭に溢れていたアドレナリンが引いてゆくに連れて再び鈍痛がぶり返す。モヤがかかる思考の中で浮かんだのはなんということもない、彼女の左頬を隠していた塗れた絆創膏。

 

「俺のレジスタード・マグナム、返してもらってないな」

 

 あれがなければ俺はこの世界に一歩を踏み出す勇気を持てなかった。初めて出くわした魔物から俺を守ってくれたのはあの銃(レジスタード)だ。

 世界の滅ぶより以前に俺が居た証明。俺が時を越えて目覚め、この時代に生きている証明。俺が彼女を傷つけた証明。

 ほのかに残った硝煙とモニカの香りが、鼻腔をくすぐる。




あとがき
団員A(爆発しろ。俺もあのちっちゃカッコイイ船長抱き締めてモニモニしたいのに!)
団員B(砂糖吐きそう。イチャラブしてぇよ! マジいい女モニモニ)
団員C(俺達の船団長(ママン)に色目使うとかいい度胸してんなコラ。モニモニ!)
団員D(モニカママンのデレと濡れ透けとか最高だろおい。モニモニ……)
ユーリ(何がとは言わないが想像以上でびっくりした。理性がやばい。モニモニ!)


「「「「「モニィィィィィ!」」」」」


モニカ「!?」(着替え中)
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