きゃすたー(7mg)の雑多なネタ倉庫   作:きゃすたー(7mg)

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グラブル試作品3

 

「どうぞ。本日のコーヒーはメネア皇国ルーマシー群島、アマテグラ島産です」

「……ふう、相変わらずメリーの淹れるコーヒーは美味いな」

「ふふん、そうでしょう? 閣下メイドなら好みの味くらい承知済みなんだから」

 

 我が家の女中、メリーベル・マーンス・マットはロングタイプの藍色のエプロンドレス――所謂メイド服――を自慢げに見せびらかすようにくるりとその場で一周してみせる。

 ごく一般的なヒューマンのメイド。しかしながらエルーン族のような長身と風に靡く掲揚旗のように鮮やかな青い髪と瞳が自慢の子だ。得意とする仕事は料理だが、炊事洗濯に魔法も修めている上に、ヴィクトリー島執事・メイド養成学校を主席卒業したという才媛でもある。

 10歳で入学し14歳で主席卒業、15歳で我が家に来てから既に5年が経過したベテランのメイドでもあり代行者(ハウスキーパー)――俺が居ない間の家の管理運営を担う人物でもある。

 

「それで、1年間で変わったことはなかったか?」

「うん、何もなかったわ。強いて言えば黒騎士の諜報員が探りを入れてきた程度かなぁ? 叩いたって出ないホコリを探すなんてあいつら暇してるのかしら? 私たちは毎日綺麗に“お掃除”してるっていうのに、失礼しちゃうわ」

「ま、確かに書類関係は重要なものは何一つ無いしな。それでどれくらい掃除したんだ?」

「5人ほど。許可無く邸内に侵入していたからちゃんと警告して始末したわ。検分はしたけど、どいつもこいつも身元不明よ。大した腕も無かったし、ただの嫌がらせだったのかも」

 

 メリーベルは窓際を背に椅子に腰を下ろし、スカートの下から大型のナイフ――ボウイナイフ――を抜いて太陽の光にあてて傷が無いかを調べ始める。星晶石を削って研ぎ上げた赤みの深い刀身に色とりどりの小さな宝石で装飾されている豪奢なナイフは、実はナイフとしての機能よりも杖代わりとしての機能のほうが大きい。

 

「閣下、見られてるわ」

 

 声のトーンが一段下がり、メリーベルは目を細めて光を映す刀身を見つめる。おそらく彼女の周辺監視の魔法に引っかかった何者かが居るらしい。

 

「向かいの政務官の邸宅の庭、大きな松の木に昇って剪定してる男……庭師の装いをしてるけど時折こちらの窓を見てるわ」

「早速始まったか。外征艦隊に紛れ込ませたり家を見張ったりとまあご苦労なことで」

「本当に閣下の艦隊に内通者が?」

 

 幸いにも窓は締め切っている。声は聞こえないだろうが見えないように工夫する必要はあるだろう。執務机と同じアンティークの椅子に深く腰掛け、背もたれに身を任せて左腕で頬杖をついて口元を隠しておく。

 

「新しいやつには確実に一人二人は居るだろうな。古株のあいつらは元々王国軍……ああ10年以上も前の話だが、俺が王国軍の小さな艦を預かる客将だったときからの付き合いだった。今じゃ半分も居ないが、当時のころと教育方針は何も変わっちゃいない。“国民の盾となれ”……そう教えているだけだ」

「なんとも理想主義者が燃え上がりそうなフレーズね」

目標(りそう)が無けりゃ軍などただの走狗だ。目標とするものは国民の生活を守ること。そして戦友を守ること。そのための最善を尽くすこと……やりがいのある仕事だぞ」

「私はいいわ。メイドとしてお傍で仕えられるならそれこそがやりがいだし。閣下の支援で建てられた孤児院があったおかげね」

「俺は……単に子どもが食い扶持も無く野垂れ死ぬのを見たくなかっただけだ。褒められることをしたわけじゃない。俺はその子どもの両親の命を間接的に奪ったんだ」

 

 メリーベルは神妙な面持ちで椅子から立ち上がり、手にしていた星晶石の赤いナイフを太腿のシースに収めて姿勢を正して言う。

 友人のような、父親と娘のような、そのフレンドリーな姿勢はなりを潜めて真摯な彼女の心境が吐露される。

 

「いいえ……閣下に拾われた子たちは皆感謝しております。私だけではなく、他の子もこの家で閣下のメイドとして働けることを光栄に思っております。

 確かに私たちは王国の動乱で帰る家さえ失い、野盗や娼婦まがいのことをして生きる他に術を知りませんでした。そんな私たちを守り、ヒトとして育ててくれたのは紛れも無く閣下であると存じております。閣下に拾われていなかったら、きっと私たちは今頃身を売って細々としたひもじい日々の中で過去を恨んで生き続けていたと思います」

「……俺がやったことは、ただ自分の中の罪悪感から逃げたかっただけかもしれないのに?」

「最初はそうでしたのだと思っております。ですがそれによって救われた人たちが居ることは紛れも無い事実なのです。閣下は悔やみ、苦悩し、それでも国に住まう人々のためにと前に進んでこられたお方です。私どもは皆恨みも後悔も何一つございません。我等メイド一同、閣下からの恩義に報いるべく身命を賭してお仕え致しております」

 

 十年以上前に出会ったアイスブルーの髪の美しい少女は今や立派な大人の女へと成長していた。両親の血に塗れた髪も光を失った瞳も、全ては過去として胸の奥に仕舞いこみ、メリーベルは新たな己を……人生を謳歌しているのだ。

 当時、小さな子どもたちの未来を奪ってしまったことに気づいた俺は教会を兼ねた孤児院を建てることで自分の罪悪感を少しでも紛らわせようとした。せめてもの罪滅ぼしとなれば――そんな己大事の独りよがりな理由で。

 けれど彼女たちは俺がエルステ帝国の人間――両親や友人を奪っていった憎むべき敵であると理解してその上で受け入れている。

 まったく、これではどちらが大人なのだか――。

 

「百年以上を経ても、俺は情けないままだな……」

「閣下は時々ヘタレになっちゃうもんね」

「わかってるさ。けど、まあ――ありがとう。お陰で少し気楽になった」

「ふふっ、閣下のためなら夜伽もオッケーだよ? むしろ全員呼んでこようか?」

「娘みたいな子に手出しするかよ」

「――うん、閣下はお父さんみたいな人だからそう言うと思った」

 

 にこやかな笑みを浮かべる彼女の表情に影は無い。彼女は真に己の過去と決着を付けられたのだろう。俺は未だに決着を付けられない……そもそも決着というものがあるのかさえ怪しい。

 俺の目指す場所――地上への回帰。俺が生まれたあの大地へ、家族が眠る土の上に、多くの人々が死に絶えたあの世界に再び立つこと。それが俺の……ヒューマンでもドラフでもハーヴィンでもエルーンでもない、“旧時代の人類”としての俺の役目。

 

「あ、そういえば閣下宛にお手紙が届いてるよ。なんかすっごい分厚い封筒だけど」

「見せてくれ。…………ふぅむ……」

「ね? ね? 何書いてるの?」

「ん……まあこのくらいならいいだろう。ほら」

「えー何々……“外征艦隊再編に伴う新任補佐官任命に関する資料と経歴表”ね……閣下がよければ私でも……」

「ダメだ。お前たちに戦場は見せられない」

「えー? なんで!? そりゃー私たちは戦災孤児だけど学校で戦術論とか戦闘技術の訓練も積んでるんだからそのくらい――」

「戦闘と戦争は違う。暴漢や少数の盗賊を蹴散らすのとはワケが違う。部下に向かって暗に“死ね”と言うに等しい命令さえ下さなければならないんだ。……冷徹で残忍で無慈悲であることが求められる仕事なぞ、お前達にさせるわけにはいかない」

 

 この子たちに二度も戦争の悲惨さを見せるなどゴメンだ。何が何でもこれだけは譲らない。

 視線がぶつかりあって数秒。諦めた様子でため息を吐いたメリーベルは手にしていた書類をこちらに渡してくる。少し渋々といった様子なのが感じられるのがまた愛らしい。

 

「過保護だよねー、閣下って」

「お転婆娘が何をしでかすかと考えると気が気でないんだよ。早く結婚なりして身を固めたらどうだ?」

「ヤダ。結婚するなら閣下がいい。女の子がよく言う“パパのおよめさんになるー”っていうヤツ! なんだかんだで嬉しいんでしょ?」

「そりゃあ……まあ、親愛の情を向けられるのは嫌いじゃないが」

 

 ニタニタと意地悪い笑みを浮かべるメリーベル。見かけは天使のような美貌だというのにその笑い方だけは悪魔以上に魔的だ。

 

「おっ、じゃあ私たち一同ちゃんと平等に愛してね。お嫁さんが一気に20人もできちゃうけど閣下の収入なら大丈夫大丈夫!」

「魅力的な提案ではあるがお断りだ。俺は軍人で人殺しだ。家庭を持ったとしても任務でいつ死体になって帰るかわからない。ともすれば死体さえ存在せず、ただの紙切れ一枚で死亡が伝えられる可能性さえある。

 ……今どれだけ稼ぐことができようが、死んでしまっては話にもならん。気休めかもしれないが、妻として嘆き悲しむよりかは……他人として泣いたほうがいくらか気が楽だろう。実際俺もお前達を娘以上に見れるとは思えないしな」

「――そっか……」

 

 ふとメリーベルの笑みに影が差す。落胆のような、失意のような、しかし安堵したようにも見えるため息をついて彼女はいつもの笑みを浮かべて言う。

 

「つまり脈アリってことよね! これから次第でどうにでもなるってわかっただけで御の字だよ! 3年後に改めて出直してくるから待っててね閣下!」

「お前はもう少し自重という言葉を知るべきだな」

 

 半ば諦め気味に言ってみたもののこれで改善されることはないだろう。しかし俺のような軍人のどこがいいのやら。見た目はあの堅物のアダムを少し若々しくしたくらいの地味目な容貌だというのに。

 その上ハッキリ言って俺は多くの部下や敵の命を奪ってきたのだ。しかも彼女らの両親もそこに含まれている。モニカにしてもメリーベルらにしてもそうだが、俺のような死臭と血糊の染み付いた人間の何がいいのだろうか。

 ブリキの缶から取り出した紙巻きを口にくわえ、マッチを擦って火をつける。吸い込んだ紫煙をゆっくりと吐き出す所作一つだが、心のモヤもまとめて吐き出されるような安心感がある。

 

「閣下ってさ、テンション下がったときって必ず煙草吸ってるよね」

「……そうかな?」

「うん。気持ちの良いときかスッキリしないときは大体吸ってる」

「俺の何が良いのかと思うと、どうもな」

「閣下は確かに人を殺したと思うよ。人を斬る感覚なんて私は知らないけど……閣下がすごく苦しんだんだっていうのはわかってる。

 それでも閣下は前に進んで未来を作ってきたんだよ。辛くて苦しくなって、でも自分や他の誰か、エルステの人たちが幸せになれるようにって戦ってきたんだってわかってる。

 エルステ王国の内乱が収まってなかったらきっと今もたくさん人が死んで、誰かが誰かを傷つけて、誰かに傷つけられて……もっとひどいことになってたと思うの。私もここに居ないかもしれないし、あの子たちだって未だに春を売って糊口をしのいでいたかもしれない。

 それに……んんっ、“かの高名なるエルステ王国宰相コルネリウス・フォン・ビスマルク曰く! 『火は即座に消せ。さすれば焼け出されることはないだろう』”だよ!」

 

 ふふん、と豊満な胸を張ってメリーベルは人差し指を立ててみせ、堂々たる佇まいで訓戒を述べてみせる。元貴族として幼少期に培われた礼節と共に、彼女の知性は今も尚しっかりと受け継がれているらしい。

 

「閣下が時々すーーーーっっっごくヘタレでウジウジ悩むときがあるのはわかってるの! だから他でもない閣下の義娘を自負する私が言うわ! 他のメイドの誰でもない、メリーベル・マーンス・マットの言葉で!

 ユーリ・ナイトハルト・オズヴァルトっていう人は誰よりも傷ついて苦しみを抱えて、他の人なら気にもかけないことだって気にかけて悩んでしまうけど、それでも前を向いて生きていける……とっても優しくて強くて弱くてカッコイイお父さんなんだよ」

 

 とととっ、と小走りで駆け寄ってきたメリーベルが不意に顔を寄せてくる。隣に来て屈みこんでくる美少女の顔は、近い。瞼を閉じて迫るメリーベルと唇が重なる。柔らかな瑞々しい感触と甘い香り。

 つう、と結ばれた架け橋が途切れて彼女のエプロンドレスに小さな痕が残る。

 

「私のファーストキス。だから忘れないで。ユーリさんは私の一番で、何よりも大切なヒトなんだから」

 

 『イタズラ大成功!』とでも言いたそうな笑みが紅潮して、急に恥ずかしくなってきたことに耐えられなくなった彼女はぷい、と真っ白な天井に顔を向ける。

 

「メリー」

 

 名を呼ばれたことに微かに身を震わせ、恐る恐るといった様子でメリーベルはこちらに向き直る。表情は未だに堅く顔も羞恥心で真っ赤だ。

 

「ありがとう。もう大丈夫だ」

「……えへへ」

 

 元の小悪魔的な笑みに戻った彼女はエプロンドレスで恭しく完璧なカーテシーをする。

 

「ところで後ろの子たちに事情説明はできそうか?」

「…………えっ?」

 

 ギギギ、と錆び付いたブリキ人形のようにメリーベルが振り返ると、半開きになっていた扉の隙間から負のオーラを撒き散らしつつ彼女を睨みつけるメイドたちの姿があった。

 

「……メリー殺す……メリー殺す……メリー……殺すぅぅぅゥゥゥッ!」

「絶許、慈悲は無い。ハイクをよめ」

「お前の罪を数えろ……!」

「中庭に行きましょうか……久しぶりに……キレてしまいましたの……」

「おい、デュエルしろよ」

YE()GUILTY(罪人なり)

「せめて、痛みを知らずに安らかに眠りなさい」

 

 木製の両開きのドアは彼女達の握力(いかり)で木っ端微塵に砕け、残った破片が眩い紫の光を放つ粒子となって立ち昇る。いかにメリーベルが学園主席の才女とはいえそれは総合的な観点でのもの。一芸に特化した者たちに引けを取らないだけの実力はあるが、超えていくことは困難である。

 つまるところ実力的には僅差なのである。それがメリーベル1人に対して向こうは7人だ。不利は否めない。覆しようが無い。

 メリーベルの表情から生気が抜け落ちて青ざめていく。自らの終末を悟ったのだろう。

 

「たすけておとうさん」

「さて仕事を終わらせようかな」

「薄情者! ヘタレ! ちょ、アンネ! 待って! 髪の毛引っ張らないで! 痛い痛い! し、寝室のベッドの下で毎夜恨み辛み呟き続けてやるぅぅぅぅ……!」

「まあ……なんだ、頑張れ」

 

 四肢を拘束されて引き摺られていくメリーにささやかなエールを送る。大丈夫だ、彼女達は強い子たちだ。……だから目を合わせてはいけない、こちらがやられてしまう。

 

 

 ドック内に係留されている艦隊旗艦プリンツ・ユージンの執務室は既にもぬけの空だった。つい先日まで置かれていた机や書類などは全て搬出されてしまっていて何一つ残っていない。お気に入りの赤い絨毯も無く、微かに残り香を留めているだけの一室。そこでいくつもの日常が育まれ、悲しみで満たされ、喜びで包まれてきたという記憶だけが唯一のデジャヴュとなって脳裏を過る。

 ――懐かしむのはもうやめだ。この子は新たな航路を往くことになるのだ。同じ空の下にある、それだけで十分だ。

 

「あたっ!」

「っと、すまない」

 

 気持ちばかり早く開いたドアの向こうでゴツンという音と共に甲高い悲鳴が聞こえた。ぶつけてしまったかと申し訳ない気持ちでドアの向こうを覗き見ると、小さな少女が尻餅をついて額を押さえていた。

 

「怪我は無いかい?」

「はっ、はい! 大丈夫です! 申し訳ありませんでした!」

 

 こちらを見るなりその少女は急にあたふたとして立ち上がり、こちらに頭を下げてくる。黒いベルトとエルステ帝国軍の襟章を着けた濃紺のセーラー服を着た、淡いブロンドを背中に流したままの少女は見るからに緊張している。

 十代半ばごろと思しきほっそりとした顔立ちの美少女は見事なエルステ帝国軍式の敬礼をしてこちらを見ている。

 

「気にしないでくれ。こちらが急いで扉を開けたせいだ。見ない顔だが、ウチの艦の者ではないのだろう? 名はなんという?」

「えー、そ、その……ユー……あー……オ、オイゲン、です、ハイ」

「オイゲン? キミは男なのか?」

「あ! えーと! そ、それは! あっ、あー……なんていうか……」

 

 つまり彼女――いや彼は女物の制服を着ているが中身は正真正銘の男というわけだ。何故また女装なんてしているのか深く問い詰めたいところではあるが、気まずそうにしているあたり恥ずかしさに耐え切れないのだろう。

 どのみちこのドックは民間人はもとより外征艦隊の関係者と技術者以外は立ち入り禁止なのだ。防諜部隊が周囲を見張っているし、後で退出記録を見れば問題ないだろう。

 

「んんっ、まあ趣味に関しては深く言わないが……その格好で夜の裏通りなんかに入らないよう気をつけるのだぞ。裏通りは女を抱く場所もあれば、男を抱く場所もある。特に見目の良い女や男はその手の誘いも起こりうるだろう。見たところまだ着任して日が浅いのだろうが、世の中いろいろな人間が居るものだ……心に留め置くといい」

「は、はい……」

 

 自らの女装趣味がよりにもよって帝国軍の将官――それも中将――に知られるというのは彼にとってひどくショックだったようだ。トボトボと歩くその背中が小さく見えるのは哀しみを背負ってしまったからなのかもしれない。

 歩き出そうとした次の瞬間、背中越しに聞きなれた低く野太い声がかかる。

 

「閣下、いかがなされましたか?」

「ああ、ミュラー大佐。仕事をしようと書斎の椅子に座ってたんだが、どうにも家が落ち着かないんだよ。もう大佐は家族にはもう会ってきたか?」

「はっ、妻も娘も健やかな様子でした。今日の検査の立会いが終わりましたらしばらくは休暇です」

「それなら旅行なりに連れていってやるといい。実は前回の演習の終わりにノース・ヴァストでいい温泉宿を見つけたんだが、新人の訓練が終わったらどうだ?」

 

 くい、と杯を傾けるジェスチャーに赤い短髪にカイゼル髭が印象的なドラフ族の将官は、ほうと興味津々の様子で髭を撫でる。

 

「良いですなぁ。身のぎっしり詰まったマツヴァガニ、脂の乗ったカンブリーにアン・クォー、そしてテトラオドンティダエ(フグ)……ううむ……待ち遠しいですな!」

「俺としては伊勢海老……ああ、イセエヴィだな。アンギラ(ウナギ)も最高に美味いんだ。そして極寒のノース・ヴァストで熱々のおでんと共に熱燗を……待ち遠しいな!」

「っと、美味いもの談義は終わりがありませぬな。艦の中で過ごしていると家が落ち着かないというのは職業病のようなものですが、閣下は家で何かあったのですか?」

「ちょっとした戦争(OHANASHI)が起こっててな。静かになりそうもないし、仕事しなれた部屋でやるかと思って来たのはいいが……机も何も残ってなかったよ」

「ああ、今日は艦内の備品全てを外に出して細かいところまで総点検しておりますからなあ」

 

 なんともタイミングが悪うございましたな、と言ってミュラー大佐は豪快にガハハと笑いだす。

 総点検を行うと聞いてはいたが、よもやここまでやるとは。と言ってもこれも安全な船旅には必要なことなのだから仕方が無い。武装を外して定期便の航路に就くとはいえ既にプリンツ・ユージンは老朽化した艦であることには違いないのだから。

 

「だな。仕方が無い、官邸で書類を片付けてくるさ。少々遠いがね」

「書類仕事をなさるのでしたらタラップを降りて右手の気密扉を開けた先に会議室がございます。そちらをご利用になってはどうでしょう?」

「ふむ……それならお言葉に甘えるとしよう。それほど重要な情報ではないとはいえ漏洩しないに越したことは無いしな」

「では自分はこれにて」

「うむ。また来期も頼むぞ」

「ハッ、失礼致します」

 

 ビシッという効果音が付くような模範的敬礼をした大佐に見送られて艦の外へ出る。開けっ放しにされたドアに掛けられたタラップに乗り移りドック内を見渡す。

 数人単位の作業員たち――種族は様々だが――が一様に青いツナギを着て帽子を被り、工具を手にグループを作って艦体の検査や補修に東奔西走している。多くの人に支えられて運行されるのが騎空艇(フネ)というものだが、プリンツ・ユージンは実に多くの人に愛され、支えられ、戦場を駆け抜けてきた。

 昔から手を焼かされたせいで整備士や技師たちはきっとお転婆娘みたいに感じているだろう。彼らは皆この子の気まぐれぶりに頭を悩まされ、しかしその上で愛しているからこそ彼女(プリンツ・ユージン)はこんなにも長く戦ってこれたのだ。

 

「お疲れさん。ゆっくり休んでまた青い空を自由に飛びまわるといい。もう撃ち合いなんて必要ないしな」

 

 ホコリで汚れ砲火で傷ついた白亜の騎空艇……プリンツ・ユージンの退役だ。その装甲をそっと撫でると蘇るのは幾多の闘争の日々。撃って撃たれて、傷つき傷つけられ、一喜一憂するその瞬間に常に隣に在った戦友との思い出だ。

 

「さて、俺は俺の仕事をするか」

 

 会議室の奥、簡素な木製のテーブルに広げた書類と格闘すること2時間半。コーヒーと煙草を挟んで頭を悩ませつつサインをしていく。

 居住環境の改善を求める書類。武器弾薬などの消耗品の請求書。試作型の機械化装甲兵の実戦運用データの報告書。女性士官からのさりげないラブレター。遠征先での大暴れを知ったらしい帝国宰相(フリーシア)殿からお叱りの書類。そのついでに挟まれていた会談(デート)のお誘いの手紙。ガルーダが破壊した室内の備品や装甲の修繕費の請求書。次期艦隊旗艦であるプリンツ・オイゲンの視察日程の案内。

 とりあえずラブレターはすごくオブラートに包んだ定型文のお断りを返送。フリーシアにはオススメのところを予約した旨を返送。ガルーダの請求書はガルーダのお小遣いと艦隊の予算から差し引きする。

 なんやかんやと4時間が過ぎてひと段落つくころ、手元の封筒を開いて資料を引っ張り出す。

 

「トシゾー・ヒジカタ少尉。27歳。第一軍の歩兵隊に所属。戦闘技術並びに戦術指揮能力に高い適正あり。刀剣類を得手とし、また銃の腕も一級品と。

 ヒロコ・F・ガザロフ中尉。23歳。第一軍の作戦本部所属。戦略・戦術指揮並びに外交面に秀でる。

 エリカ・イツミ少尉候補生。18歳。エルステ帝国軍士官学校主席卒業。実戦経験は無いものの部隊の指揮運営能力は特筆。キャリア次第で艦隊司令も視野に入るか。

 リザ・ホークアイ中尉。諜報・偵察技術に優れ部隊指揮も直接戦闘も可能なオールラウンダー。狙撃技術に定評ありと。

 シロー・アマダ少尉。28歳。第二軍装甲騎兵部隊所属。戦術眼と部隊指揮の柔軟さに定評がある。奇襲・強襲作戦向きだな」

 

 正直言っていずれも欲しい。ヒジカタ少尉とアマダ少尉に前線を任せ、ホークアイ中尉に戦場の遊撃を預け、ガザロフ中尉とイツミ少尉候補生に艦砲での地上支援を行わせることができればおもしろいことになりそうなのだが。

 

「しかしこの中から一人だけって……人材不足なのはわかっているとはいえ世知辛い」

 

 ぺら、と捲ったページの中の一枚が床に滑り落ちる。候補者の一人らしいページを拾い上げ、流し読みしようとして――釘付けになった。

 

「ユーフェミア・グレース・ランカスター」

 

 旧エルステ王国貴族のランカスター家の令嬢。兄に似て美しいプラチナブロンドの騎士でアルビオン士官学校卒。17歳。家族構成は両親と兄が一人。槍術を得手とし、総合評価演習に於いては部隊指揮能力・作戦立案能力・遂行能力共に高水準という判定。

 だというのに何故俺のような厄介者のところへ書類が回ってきたのだろうか。旧エルステ王国が滅んだ時、彼女は十歳にも満たない少女のはずだ。旧王国の権力者とは縁の無い少女でさえ、不穏分子としてこちらに掃き捨てられたというのだろうか。

 

 それとも単に黒騎士の嫌がらせだろうか。死んだ部下の親類をわざわざ見つけ出して送り込んでくるとは。あわよくば後ろからグサリ、となってくれればとでも思っているのだろうか。

 気にならない、と言えばそれは嘘だ。かといって気にしすぎるというほどでも無い。彼女の兄が死んだことは不幸なことだったが、軍人として務める以上は死の覚悟は必要不可欠だ。もちろん有望な将官である彼の死は痛手であるし、彼に関係する人物が絶望して自害までしたことは確かに衝撃であったがそれとこれは別だ。

 彼女のような若く将来性を見込める人材は願ったりであるが、何か……所謂“地雷”な案件のようにも思える。

 

 彼女はまだ若い。士官学校を出たばかりの思春期を過ぎようとしているだけの少女だ。ある程度配属先を希望することができるし、希望先に書類が回ってくるのだが……本当に彼女はココを自ら選んで提出したのだろうか。

 

 黒騎士、或いは他の誰かが仕組んだ策略か。それとも書類の送付ミスか。はたまた本当に彼女がウチの艦隊に所属を願ったのか。

 

「……いっそ呼び出してみるか?」

 

 罠かどうかわからないなら踏み潰せばいいのだ。こちらを狙う如何なる罠をも食い破る戦力を以って、牙をむいてきた罠を仕掛け人ごと粉砕すればいい。

 

「いけない、段々と思考が星晶獣染みてきた……とはいえ確かめる術が無いんじゃあな」

 

 やはり一番手っ取り早いのは本人を見ることだ。真にエルステの民たちのことを考えられる軍人であるならばそれでよし。俺の首が狙いならその場で容易く制圧できる戦力を忍ばせておけばよい。その場で仕掛けてこなかったなら監視をつけて不穏な動きを見せたところでしょっ引けば良い。

 

「やるしかない、か」

 

 博打は好きではないがやむをえないだろう。せめて最大限できることをしておこう。

 

 

 

 一週間後、あの日見つけた書類の中の少女……ユーフェミア・グレース・ランカスターが訪れる日が来た。

 自分で思っていたよりも一週間というものは早々に過ぎ去っていったもので、一先ず落ち着いた自宅に戻って待っていたのは乾いた笑みを貼り付けて力なく受け答えするメリーベルだった。

 何があったのかは頑なに喋ろうとしなかったが、僅かに恐怖の色を浮かべるその濁ったような瞳を向けられてはこちらも問いただそうとする気力を奪われてしまう。察するに、あの快活な少女に対してその太陽のような笑みを失うほどのナニカが行われたということは間違いないだろう。

 結局立ち直るのに二日ほどかかったものの、それ以外は特に何も無い平穏な日々だった。護衛メイドたちが捕えた他国か黒騎士かの諜報員を“尋問”し、それらの情報を書類にまとめてフリーシアの下へ送り、朝起きて剣を振って体を動かし、執務をしてからガルーダの遊びに付き合い、夕食前に剣の手入れを行って、食後に月見酒を愉しんで寝ることの繰り返しだ。

 エルステ王国時代から懇意にしていた諜報を生業とする部族から送られてきた密偵にユーフェミアを探らせた結果はシロだ。素行面で問題は無いし、思想的にも中立(ニュートラル)だ。無用な殺しは悪だとしているが必要とあれば殺しも認めるという、比較的善人寄りの中立。

 可能であれば一週間と言わず三週間は情報を集めたいところだが、そこまで時間をかけていると艦隊の再編と新兵の教練に影響が出る。時間は有限だ。再編された艦隊の兵士たち――もちろん残留する者も居るが――を再び鍛えなおさなければならないのだ。

 

「閣下、ユーフェミア様がお越しです」

「貴賓室に通してくれ。十分後に向かう」

「かしこまりました」

 

 公の場となるとメリーベルはメイドとしての仮面をきっちりと被る。自らの職務に、仕えるべき主に忠を尽くす。この場でのメリーベルは娘みたいな関係のメイドではなく、ただの忠実な(しもべ)となる。自害せよと命じれば……多少動揺は見せるだろうがその命令を遂行しようとナイフを自らに突き立てるべく行動するだろう。メリーベルはそれができるほどのプロフェッショナルを自負しているのだから。

 扉の前で控えていた他のメイドに指示を伝え、メリーベルは紅茶を注いだカップを俺の前に差し出してくる。

 

「緊張なさっていますか?」

「思わぬ展開だし、何より自分の部隊で死んだ人間の遺族に会うんだ……何度やったって緊張しないほうがおかしいというものだろう?」

「そうでしょうか。私見ですが、きっと大丈夫だと思います」

「何故また?」

「はい。閣下なら必ずタラシこめますよ。窓から見た限りなかなかの美少女ですし」

「……人を色情魔のように言うのはやめてくれないか」

「ふふっ、申し訳ございません」

 

 小悪魔的な笑みを浮かべたメリーベルは将官用の上着とコートを用意して机の隣で控えるように後ろに下がる。もちろん窓側のほうの、よく射線が通る位置だ。彼女の位置はちょうど俺の体を遮る形になるため狙撃が行われた際には……言わずとも知れたことだ。

 

 言葉も無く時間だけが過ぎていく。砂時計の砂が落ちるだけの何も無い時間はピリピリと、緩やかに緊張を増していく。そしてひっくり返していた砂時計が二回目の終焉を刻む。

 

「閣下」

「そろそろか」

 

 メリーベルが着付けを行ってくれる上着は純白の生地に金糸の刺繍、エルステ帝国の紋章に所属と中将の階級を示す襟章、金糸で作られた組紐を板状にしたショルダーノッチで装飾されている。正直言って自分には堅苦しすぎる正装だ。

 とはいえ組織に所属するからには規則には従うべきであり、規則に従うからこそ規律――秩序が保たれるのだ。軍人の規則や規律となるとかなり堅苦しいのは往々にしてというやつだが、統率の取れない軍隊なぞただの暴力でしかないのだ。

 

 俺は――私はエルステ帝国軍外征艦隊総司令官、ユーリ・ナイトハルト・オズヴァルト中将。私は――軍人だ。私は死を告げる者だ。私は敵を屠るよう部下に命じる者だ。私は部下に死地へ飛び込めと命じる者だ。上位者としてあらねばならないのだ。

 

「では行くぞ」

「かしこまりました」

 

 歩幅は一定に踵から足をつけ、革靴の音を打ち鳴らし、尊大に、堂々と進むのだ。

 目つきは鋭く睨むようにして、こちらに向かってくる敵の全てを粉砕する意志を籠めて視線を走らせるのだ。恐怖の象徴たるものであることこそ私の務めなのだ。

 

「失礼致します」

 

 メリーの手で真っ直ぐな木目のドアが開かれる。あまり見慣れていない貴賓室に足を踏み入れると自然と緊張感が背筋を這うように全身に行き渡っていく。中将としての見栄えを最低限保つために取り揃えたそこそこ見栄えの良いアンティーク調の家具――この空では珍しくも無いが――や色鮮やかな手織りの絨毯――工場なんて無いのだから手織りが普通――が迎えてくれるものの、どうにも見慣れていないせいか違和感がひどい。

 しかしその違和感も椅子から立ち上がって敬礼をする彼女、ユーフェミア嬢を目にした途端に立ち消えていく。アルビオン士官学校の制服に身を包んだ、やや小柄な体躯に沿って真っ直ぐ伸びた長いプラチナブロンドの少女の姿は背景になっている貴賓室に見合った優雅さを放っている。

 ユーフェミア嬢が加わっただけだというのに、先ほどまで異界のようだった貴賓室の風景がまるで一枚の写真のように自然な姿に感じられるようになった。

 

「キミが、ユーフェミア嬢か」

 

 言葉を失いそうになるのを必死で誤魔化して囀った言葉は色香もクソも無いぶっきらぼうなものになってしまった。

 

「はい。ユーフェミア・グレース・ランカスターです。お初にお目にかかります。本日はお招き頂いたこと深く感謝致しております」

「どうも。ユーリ・ナイトハルト・オズヴァルト中将だ。急なお誘いを快く受けて頂けたこと感謝する」

 

 答礼を終えて腰掛けるよう促し、彼女の対面のソファへ腰を下ろす。ソファーに腰掛けた彼女は今のところ不審な動きも動揺も起こしていなように見えるし、忍ばせた護衛もアクションを起こすことなくじっとしている。

 メリーベルが紅茶かコーヒーかを尋ねて部屋を出ると、すかさず声をかける。

 

「さて、まず質問になるのだがキミの兄の話は伝わっているかな?」

「……はい、両親からも手紙が来ました。…………戦死、したと」

 

 肩を落として苦々しい顔した彼女からは、兄の死を未だ受け入れられないという様子が伺える。

 

「キミの兄が戦死したことは残念なことだった。将来のエルステ帝国を背負って立つだろうと目されるほど優秀な人物だったと私も聞き及んでいる。

 キミの家族を預かる身でありながらこのような結果となってしまったことは、私としてもショックだった。ご冥福をお祈りする」

「……ありがとうございます。兄もきっと浮かばれることだと思います」

「ありがとう。君たち遺族には我々エルステ帝国より恩給が支払われることになる。……とはいえ、それで十分に報いることができたとも思えん。遺されていくことになる家族の悲しみは、失ったことのある者にしかわからないことだろう」

「軍人ですから、兄もきっと……受け入れていたと思います」

 

 重苦しい空気が流れはじめる直前になってメリーベルが木製のアンティーク調のワゴンと共に割って入る。

 にこやかな笑みと朗らかな調子で現れた彼女は手早く飲み物を用意し、お茶菓子のチョコレートを差し出して俺の腰掛けるソファの隣に直立して控えている。

 ナイスタイミングだ。正直空気が重くなりすぎて次の言葉に悩んでいたところだったから非常に助かった。このタイミングを狙って入ってきた感は否めないが、いい仕事をしてくれるものだ。

 

「ありがとう、メリー。ふむ……エリアヌワラ島産かな?」

「ブッブー、ですわ。普段紅茶なんて飲まないんですから、知ったかぶりはダメですよーだ。ユーフェミア様でしたらきっと一発正解ですわ」

「え?」

 

 緊張感をブチ壊すメリーのフリに面食らった様子のユーフェミア嬢はその透き通る清水ような青い瞳を見開いている。

 

「ふふっ、ユーフェミア様のご出身の島の名産品ですもの。銘柄くらいは聞いたことがあると思いますよ」

「……これってやっぱり、ベルガン島のダージリンですよね」

「大正解です! 故郷を離れてアルビオンの士官学校へ入学なさったということでしたので、やはりここは故郷の味をと思いまして。お茶菓子もメフォラシュ風のものをご用意致しました!」

 

 フフン、と胸を張って自慢げにしているメリーの様子を表すならば“いっぱい頑張ったんだからちゃんと褒めてよね!”と尻尾を振る仔犬だろうか。

 傍で微動だにせず控えているにも関わらず尻尾だけはブンブンと千切れんばかりに振られている様子が目に見えそうだ。

 

「お気遣い頂いてありがとうございます。もう何年も離れていたので……懐かしいですね」

 

 ふっ、と頬を緩ませたユーフェミア嬢には年相応の少女らしさが垣間見える。いくらアルビオン島――という名の修羅の国――で鍛えられたとしても心根はまだ二十代にすら到っていないのだから当然なのだが。

 

「さて、実は今日ここに来てもらったのにはもう一つ理由がある」

「もう一つですか?」

「そうだ。我が外征艦隊の再編に於ける人事採用の書類の中にキミの履歴書があったのだが、これはキミが自ら望んで提出したものか?」

「これは…………はい、確かに私が提出した書類です」

「ではこの書類は私の艦隊……外征艦隊を希望して出したのか?」

「はい、閣下の仰るとおりです。私が希望を出しました」

 

 目を見るに彼女は嘘をついていない。動揺したような肉体の緊張も見られない。視線も常に一定で泳ぐこともない。息遣いも平時のものと変わらない。

 これだけではわからん。いっそ踏み込んで聞いてみるべきだろうか?

 

「正直なところを言おう。キミに聞きたい点はみっつある。

 一つ、外征艦隊は命令一つで他空域や他国に進出し過酷な戦場を渡り歩く艦隊だ。時に侵略、時に防衛、時に破壊工作。倫理人道を空の底に放り出したような作戦を行う場合さえある日陰者。キミがそれを受け入れられ、耐えることができるのか。

 二つ、他にも安全でかつ出世の道を約束された道があるにも関わらず、私の部隊への希望を出したのかだ。率直に言って外征艦隊は現政権――七曜の騎士である黒騎士にとっての厄介者が放り込まれる集団だ。他の軍の落伍者、元ならず者、反体制派と目された人物、新兵器の実地試験、死んでも別に構わない……そんな風に思われた奴等の吹き溜まりだ。そんな場所に何故自ら望んで踏み入ってくるのか?

 三つ、私はキミの兄君を死なせた男だ。そんなヤツの部下になりたいなど……私としては本気なのか疑っているところだ。直接的に私が死なせたわけではないにしても、部下の死は上官の責任だ。わだかまりや苦手意識があるようならやめておくといい。

 それにキミの実力なら確実に下士官……そうでなくとも士官候補生として入れるだけの地力はあるものと書面上ながら見て取れる。わざわざ死に急ぐ必要も無い。

 要はガマンできるか、何故入ろうとしたのか、私に対して隔意や苦手意識は無いのか、この三点だ」

「この順番で聞くっていうことは採用自体は確定してるってことですね。でなければ真っ先にガマンできるかなんて聞きませんから。この人ツンデレだし仏頂面ですからわかりにくいですけどちゃんとユーフェミア様の希望は聞き入れてくれてます。後はユーフェミア様の意志一つですよ」

「メリー……」

「おっと失礼致しました」

「あはは……」

 

 ニヤニヤとした笑みを浮かべてこちらを見るメリーとの遣り取りに、ユーフェミア嬢は困ったように苦笑する。人を勝手にツンデレ扱いするとはいい度胸だ。というよりも男のツンデレなんぞで誰が得をするのか。

 

「……その、兄の死については……私もまだしっかりと受け止めきれていません。提出した次の日に訃報が届いたものですから」

「取り消そうとは思わなかったのか?」

「思いました。けど……それ以上に兄の言葉を思い返して、そのまま送ってもらいました」

 

 兄の死を知って、悲しんで苦悩したにもかかわらず……何故だろう?

 

「差し支えなければ理由を教えて欲しい」

「これは兄の言葉ですが……“戦うことの意味がわかった”と言っていました。私も兄も望んでアルビオン士官学校へ入学したわけではないのですが、兄は閣下の率いる艦隊に入ってから、戦うことに意義を見出したと言っていました。

 兄は私に“卒業を迎えてまだ自分に答えを出せなかったときは外征艦隊へ入れ”と言っていました。今ではもう遺言のようなものですけれど、私はその言葉を思い出してここを選びました」

「……死者の言葉に惹かれた人間を入れるわけがないだろう」

「はい、私もそう思います。ですが私は他にも道があるとわかっていても、ここでなら見つかるんじゃないかと思いました。兄が自身のあり方を見つけられたように、私も私のあり方を見つけられる場所なのだと思います」

「随分お兄さんを信頼しているのだな」

「はい! 優しくて心の強い、自慢の兄です!」

 

 私が呟いた嫌味と思われても不思議ではない言葉にさえ、彼女の真っ直ぐな答えが返ってくる。私は彼の人物像について何一つ知らないが、聞いた分には優男のような見目に反して気骨のある人物だという評価だった。

 ……自分の猜疑心や警戒心がイヤになる。人を真っ直ぐに見据えることさえできなくなっている自分自身の在り方が、自分の良心を抉ってくる。

 

「……わかった。ただし生半可な職場ではないということは覚悟しておいてくれ」

「っ……! あ、ありがとうございますっ!」

 

 ユーフェミア嬢は深々と頭を下げてこちらに礼を言ってくる。その後ろ、彼女が背にしている壁のところで動く影が姿を現す。

 

「殿、失礼致します」

「ひゃわっ!?」

 

 すぅ、とユーフェミア嬢の背後に現れた褐色肌の人物。男性のような凛々しい面立ちと肩ほどまで伸びた黒髪に黒い瞳。上半身は袖から先の無い、薄手のぴったり張り付くような生地の黒い装束に身を纏った女がこちらを見る。胸の膨らみがわからなければ男性そのものだ。

 腰から下は上半身同様の黒いズボンの上にベルトと留め具でナイフや短刀がいくつか身に付けられていて、いずれも光の反射を抑えるために鈍い黒色で塗装されている。

 もちろん突然背後に現れた存在にユーフェミア嬢が驚かないわけもなく、ビクッと身体を跳ねさせてソファから立ち上がって声の主を見ている。

 

「あ、あの! この人はどこから!?」

「ジェミーラさん、お客様をあまり驚かせないでください」

「かたじけない、メリーベル殿」

 

 さも当然と言わんばかりに接する様子に困惑した彼女は私に目線で疑問を投げかけてくる。

 

「まあ落ち着いてくれ。紹介しよう、彼女はジェミーラ。私の身辺警護や情報収集任務に就いている者だ。一応書類上は現地採用の軍人扱いだが、正確に言えば私個人が引き入れた諜報員だ」

「は、はぁ……」

「ジェミーラです。よろしくお願い致します。裏方仕事を()()しております」

「あっ、はい。ユーフェミアです。ジェミーラさんは…………その、女性、ですよね?

 すごく凛々しいというか、カッコイイ感じですけど」

「ええ。男装はしています。男の姿を脱ぎ捨てれば女ですから、追跡者を欺きやすくなります」

「そっ、そう、ですか」

 

 やはり生粋の諜報員とアルビオンで剣を学んでいた女学生とでは感性のズレが大きいらしい。実利しか考えていないジェミーラの答えに、ファッションなのだろうと思っていたユーフェミアは少し理解しがたいという顔をしている。

 

「さてメリー、今後の予定はどうなっている?」

「艦隊の再編及び再稼動は三ヵ月後です。それと本日より一週間後にガロンゾ島にて作業進捗の視察が入っています。

 新兵訓練が二週間後に終了する予定ですので、そこから三週間が閣下の近衛部隊(インペリアル)や上級兵科の練成期間となっております。新兵の配属が行われるのは再稼動の十日前ですので、それ以外は今のところございません」

 

 予定表を開くこともせずに、澱みなくメリーはすらすらと今後の予定を述べていく。相変わらずの明晰ぶりだ。

 

「ふむ……ユーフェミア嬢は今後の予定はどうなっているかな?」

「はい、私はこのまま実家に戻った後はアルビオン島から私物を持ち帰ってくるだけなのでそれ以外は他の希望先に連絡を入れるくらいです」

「よし、三週間後の近衛部隊の練成だがユーフェミア嬢にも参加してもらうぞ」

「えっ、あ、あの……新兵訓練は?」

「心配いらん。新兵訓練のメニューはアルビオン士官学校の訓練課程を参考に組み上げたものだからそう変わらん。士官学校卒なら訓練課程を飛ばして即座に専門の訓練課程へ進んでもらう。

 メリー、アルビオンと官邸に彼女を採用するという旨を伝えておけ。士官学校のほうは少し色をつけておいてくれ。今後も優秀な人材を送って欲しいのでな」

「かしこまりした」

「ジェミーラは引き続き黒騎士の動向に注意してくれ。あの輩と第三軍に不穏な動きがあればフリーシアに伝えろ。誅殺にしろ捕縛にしろ、大義名分をフリーシアに与えなければ我々が動くことができんのでな」

「委細承知」

「……今叛乱起こしますって言いませんでした!?」

「いいや言ってないぞユーフェミア嬢。フリーシアは現状黒騎士の傀儡政権でしかないとはいえ形式上は上位者なんだ。であれば、叛乱という言葉は不適切だと思わないか?」

 

 「いきなりドス黒い謀略に巻き込まれたー!」と悲嘆する彼女の表情は先ほどまでの落ち着いた様子とは打って変わって喜怒哀楽がはっきりとしたものだ。

 

「諦めろユーフェミア嬢。軍人は政争に首を突っ込まないのが基本だが、情報を“求められたら”開示する必要性もあるというだけの話さ」

 

 いつまでも思い通りになると思うなよ黒騎士め。エルステの民は貴様の駒などではないのだからな。

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