きゃすたー(7mg)の雑多なネタ倉庫   作:きゃすたー(7mg)

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グラブル試作品4

 

 ミドガルド級クレーンの稼動音。星晶を用いた機関の駆動音。ハンマーを打ちつける打撃音。作業員や技師に戟を飛ばす現場監督。様々な“音”で満たされたガロンゾ島の船渠(ドック)内に座する白亜の巨体が目に留まる。

 塗装中のためか一部は装甲の素地である鈍色のままだが、ほぼ全体は塗り終えているらしい。

 

「あれがプリンツ・オイゲンか」

「ええ、先のプリンツ・ユージンのまさに後継と言ってもいいでしょう」

「いい船体だ。あの流れるような船体のラインとシルエット、おそらく走艇にインスピレーションを受けたんだろうな」

「ええ! ええ! まさにその通りです! プリンツ・ユージンのデザインと似通ったブルー・オービットという走艇があるのですが、そこから得られたデータと長年の運用実績を持つユージンのデータを融合させて完成したのがこのプリンツ・オイゲンなのです!

 風の抵抗を極力少なくする流線型のラインを維持するべく、ハッチは全て隔壁による密閉型を採用しています。貨物の搬入搬出や航空部隊の出撃などにはこのハッチを解放して行います。

 また小型艇の発着のために後部には発着用の甲板を設置しております。艦隊の前部に砲を集中させることで正面への火力の集中運用を行うことが可能です。ユージン同様に“アンサラー”も更なる改良を行った上で搭載されております!

 更に更にィ! 星晶機関の出力が現行の最新鋭機の約1.8倍に上昇したことで砲を小型アンサラーとも言える光学式エネルギー兵装に置き換えることさえできたのです! もちろん実弾の砲も備えております!

 発射レートこそ実弾の砲に若干劣るものの弾薬や砲弾の搭載数を減らすことが可能ですので補給完了した状態での重量はユージンの時から約8パーセント近くも軽量化することができるのです! これによって航行速度も旋回能力も損なうことなく重装甲化しております! さらに弾薬の保管庫を減らすことができるのでその分居住空間を広げてより快適な空の旅を――」

「わかった。わかったからそのくらいにしてくれ。あなたが心血注いで開発した大事な娘だってことはよくわかったから」

 

 このまま放置していると夜明けまで喋り続けてしまうのではないかと思うほどの勢いで、設計者のドラフの男は持論と情熱を熱く燃え上がらせている。

 

「それで、納期には間に合いそうなのか?」

「……正直言って遅れる可能性は大きいです。ですが全力を以ってこのプリンツ・オイゲンを仕上げてみせます! いくら最高の(ふね)を作るからだと、夢とロマンを詰め込んだからだといっても、納期に遅れるようではガロンゾの職人の名折れです!

 我々の技術の粋を注ぎ込んだ彼女(フネ)の門出が、我々のせいで遅れるなどとあってはならないことなのです! 例え昼夜を通して飲まず食わずであろうともご希望以上の最高の(ふね)となるよう全力を尽くします!」

「そ、そうか……」

 

 今更になって思うが一応余裕を持たせた再編計画書を提出しておいてよかった。プリンツ・ユージンはプリンツ・オイゲンと入れ替わる形で定期航路の客船に生まれ変わる予定だからしばらくは移動に使うこともできるだろう。新兵の再教育と練成の完了までが限度だろうが。

 

「まあやり方に口出しする気は無いが、職人たちをしっかりと労ってやってくれ。それに完熟訓練と処女航海まで十日は余裕を持たせてあるから少し遅れたところで調整が効く。

 何より最高の(フネ)を仕上げるには職人達にも最高のパフォーマンスで仕事をやってもらわなければな」

「お気遣い頂きありがとうございます! 必ず最高の状態でお届けいたします!」

「では、後を頼む」

 

 喧騒の入り混じるドックを出て街の中心街へ足を踏み入れる。ルネサンス様式に似た石造りの四階建ての建物が連なる繁華街の中心に建つそこそこ見栄えの良い宿に帰って上着を脱ぎ捨てるなりベッドへ身を投げ出す。

 室内はまるで高級宿のスイートルームのようなとまではいかないものの、そこそこ格式のあるそこそこな宿のそこそこ良い部屋である。要するに地味なベッド二つと化粧台がある程度の一般的な宿よりは少々上、ルームサービス付きであるというくらいなものだ。

 中世のような文化が生きているこの空における宿屋というものは部屋は基本的に寝泊りや身だしなみを整える場所として使われていて、食事や酒は併設された食堂や近場の酒場に出向いて摂るのが一般的だ。

 

「あ゛ー、疲れた……相変わらずガロンゾの連中は仕事熱心でなによりだよ」

「もぉー閣下! そのまま寝転がらないで! 服がシワだらけになっちゃうでしょ!」

「すまん……着替えを出しておいてくれ。いつもの地味なやつでいい」

 

 シャツやズボンをメリーに預け、手渡された平服……特に目立つことのないありきたりな長袖の青色のシャツと黒いズボンに着替えてまたベッドの上に身を投げ出す。

 こうしている間にもメリーは俺が脱ぎ捨てた上着やシャツを綺麗に畳んでバッグの中へ収めていく。

 ……まるでグータラなオヤジとしっかり者の娘のようだ、というかそのままじゃないかこれは。

 

「むぅ」

 

 ぐっと起き上がってベッドから降りるとメリーがアイスブルーの瞳を丸くして尋ねてくる。

 

「どうしたの閣下?」

「いや、な……少しばかり落ち着かなくてな。適当にコーヒーでも淹れてくるか……メリーはどうする?」

「私が淹れてくるから閣下は待ってて。そーいうのはメイドの仕事なんだから閣下は椅子に腰掛けて優雅に読書でもしながら寛いでくれればいいの!」

「それはまあそうなんだろうが……たまには俺も自分でやらないとヒトとしての尊厳が、こう、なんというのか……自分自身のことがだらしないオヤジに思えてイヤだというか」

「ふふっ、そんなこと気にしないでいいの。雑務は私たちメイドの仕事よ。閣下がぜーんぶ自分でやっちゃったら私たちの立つ瀬が無いじゃない! 仕事の無いメイドなんてロウソクの乗ってない燭台と大差無いんだから。

 それに閣下はオヤジって言うほど老けてないでしょ? 見た目三十代、まあどう頑張って見ても三十代半ばってとこじゃない?」

「……実年齢ほど老けてないだけだぞ」

 

 老いない、というのは時間から取り残されていくことと同じだ。メリーやメイドの彼女たちやミュラー大佐らのように歳を取って死ぬという生物としての宿命に縛られていない。

 次第に大きくなっていく周囲とのギャップ。噛み合わない時間。取り残されていく自分は他者の旅立ちを見送って別れるばかり。もしもガルーダが居らずたった一人だったなら俺は既に発狂していたか心が擦り切れていたことだろう。

 ガルーダが俺を父や母に甘えるようにして心の隙間を埋めているように、俺は同じ時間を生きているだろうガルーダと触れ合うことで寂しさを紛らわせているのだ。

 

「それに今日の仕事は終わったんだ。たまにはお父さんらしくさせてくれ」

「はいはい。じゃあお父さんにお任せしちゃうね。……あっ! 後でみんなのお土産買いにいくからもちろん“手伝って”くれるんだよねぇ?」

「……わかったよ」

「やった! さすが我らがお父さん!」

 

 すかさず胸に飛び込んできたメリーが繰り出す熱烈なハグ。既に18歳になった彼女の背丈は俺の口元ほどにまで届きつつあり、小さな頃から知っているからか彼女の成長を確かに感じられる。

 ふわりと漂うアイリスを思わせる香り。胸に押し付けられる柔らかな圧迫感。大人の色香を帯びつつあるメリーの存在感に思わず息を呑む。

 

「……な」

 

 不意に響いた誰かの声に顔が向く。

 

「何をしておるのじゃぁっ!」

「あ、お帰りー。ガルーダちゃんもうお友達と会ってきたの?」

 

 ぷんぷんと可愛らしく怒った褐色肌の少女、俺の契約した星晶獣であるガルーダはメリーを睨みつけながらずんずんと歩み寄ってくる。

 それよりメリーの抱き締める力が少し強まってるような気がする。星晶獣に睨まれて動じることさえなく平然と受け答えしているあたり肝が据わっている。

 

「ええい! 主様(ぬしさま)から離れんかぁ! いかにメリーと言えどそこは譲らんぞ!」

「いやですよー。私だってココが欲しいんだもん」

「ぐぬぬ……! な、ならばわらわはこうじゃ!」

 

 とん、と背中に当たる感触。そのまま擦り付けるように後ろから抱きつかれる感覚。やや強めに腹部に回されたガルーダの腕がガッチリと俺をロックして離さない。というか締めすぎたベルトみたいに結構な窮屈さなんだが!?

 ガルーダに腹を押さえられたせいで息がしずらい。一体この状態で何秒耐えればいい? お空の上で窒息死なんてゴメンだぞ!

 

 

 

「えーっと、アンネには騎空艇アルストロメリア号百分の一スケールのボトルシップ。ジーナには走艇クラースナヤ・タイフーンのライダーフィギュア付きモデル。あとは……」

「むむ……ガロンゾ名物の“えなじぃどりんく”とやらも良いが……むむむ……」

 

 ガロンゾの繁華街、観光客や船乗り向けの土産物屋が立ち並ぶ一画の店でメリーとガルーダはさっそく頭を捻り始めた。次々と店を変え品を変えてメモ書きされたリストの品を集め始めるメリーと、店を一つ一つじっくりと見て回るガルーダの対照的な行動に俺も頭を捻ることになった。一体どちらについていくべきなのかと。

 

「ま、いいか」

 

 が、そんな考えはすぐに投げ捨てた。メリーのペースではゆっくり見る間も無いまま次の店へ次の店へと移動しなければならなくなるが、ガルーダと一緒ならじっくり見ていくことができる。それにこの子供(ガルーダ)をほったらかしにしていると迷子になったりするのが目に見えているし、何よりメリーはしっかりしているので何の問題も無い。彼女は大人なのだから。

 ガルーダは赤と黒の下地に黄白色の大鷲を織り込んだポンチョを纏って木製のサンダルを履いている。裸足でも怪我をすることはないが、街中で裸足のままの子供を連れ歩くというのは見た目的にアウトなのだ。ポンチョの下に見える素足が若干寒いかもしれないが。

 反面、メリーのほうはこの高空の寒さに対して十分なものを着込んでいる。革のブーツ、デニムのフレアスカート、ゆったりとした白いセーター。どこから仕入れてきたのかわからないがやけに現代的……というかこの時代からすれば珍しい格好だ。

 

「ガロンゾの酒か」

 

 手に取ったボトルの中でゆらめく琥珀色の液体に思わずその味を想像する。これはミュラー大佐が喜ぶだろう。店主に聞いたところ騎空艇乗りからの人気もあるらしく、中には樽ごと買う騎空団もあるのだとか。

 

「ガロンゾでしか採れない果物のドライフルーツか。確か航空長は甘い物好きだったな……ブリッジ要員の土産はコレで統一するか」

 

 あとはフリーシアにも何か送っておこう。俺が視察に赴くと知って自分も同行しようとするほどプリンツ・オイゲンの進捗を気にかけていたほどだから報告するついでにご機嫌取りになりそうなものを用意しなければ。……決してデートの機会を失ったことへの慰めではない。

 フリーシアは見た目は冷血で非情かつ無味乾燥したような印象を受けやすいが、決して感情を持たない機械などではない。崩壊したエルステ王国を抜けてエルステ帝国側へ付いたのは偏に黒騎士の専横と“エルステ”が傀儡と化すのを良しとしなかったからだ。

 覇空戦争以来、衰退したエルステ王国は小さな国ながら平穏を保っていた。しかし王族は相次いで居なくなり、王国の宰相を代々輩出してきた家系の出であるフリーシアが宰相として国をまとめていく……そのはずだった。七曜の騎士の一人、黒騎士が現れて王政から帝政へと移行するまでは。

 あれよあれよと言う間に帝政は敷かれ、反旗を翻した貴族や王家に近しい者達は処断されていく。その中でフリーシアは王国側ではなく、帝国側へ付いた。

 大勢は既に決し、黒騎士の専横を許せばエルステはどこの誰とも知れぬ輩の尖兵に成り果てる。それだけは許さぬとばかりに俺とフリーシアは帝国で功を立て、発言力と権威を示して完全な傀儡化をどうにか内側から防ぎとめた。……まあ俺は軍人だからそこまでの発言権は持ち得ないのだが、“外征騎士”と聞くと震え上がる程度には苛烈に殺してきたつもりだ。威圧効果としては十分だろう。

 フリーシアはフリーシアで黒騎士が政治にさほど興味が無いのを良いことに、黒騎士に悟られないように少しずつ地固めを続けている。俺に勅命が下って黒騎士の首を取るか葬り去ればすぐにでもフリーシアが全権を掌握することができるようにだ。

 エルステに住まう民が駒として使い捨てられていく。そのようなものは最早国ではない。俺とフリーシアはエルステという国と民を取り戻すためにここに居るのだ。帝国であるか、王国であるかは些細な違いでしかない。行く行くは議会制へ、引いては民主制へと移行していくことだろう。

 

 昔は彼女も純朴なエルーンの少女だった。歳若いころの彼女は王宮で次期宰相として気が狂うように勉学に没頭していたが、いつの間にか“兄さん兄さん”と後ろをついて歩いてきたのだったか。拗ねていると耳が少し垂れていたり、嬉しいときはピンと張っていたり、表情にこそあまり出さなかったが喜怒哀楽がちゃんとあった。

 ……王国の崩壊で両親や兄弟姉妹を失って以来、彼女は感情を表に出すことも、笑うことさえも忘れてしまったようだが。

 

 黒騎士が幅を利かせてからというもの、“エルステ”と言えば“悪逆非道”がイコールで結び付けられるほど荒れている。侵攻に次ぐ侵攻によってファータグランデの主だった国々との関係は険悪であるか最悪であるかのどちらか。別段問題無いとはっきり断言できるのは古くからの関係が残るリュミエールくらいなものだ。

 ファータ・グランデ空域の侵攻は主に、黒騎士の肝いりであるフュリアス少将の率いる第三軍団が主導で行っている。第二軍団はその補佐に回り、第一軍団は帝都アガスティアの防衛というお題目で磔にされている状態だ。そして我が外征艦隊はアウライ・グランデ空域に進出させられた。あのクソッタレのヒゲジジイ――アウライ・グランデの国々や他空域へのけん制として、黒騎士個人が不穏分子と見ている“反体制派”の一人である俺が何度も死出の旅路に送り出されるわけである。その度に生きて帰ってきてやったが。

 しかし気になる点もある。七曜の騎士と言えばあの性悪クソッタレヒゲジジイの部下であるハズなのに、何故敵対しているような、叛意ありと思われかねない行動をしたのだろうか? あのヒゲジジイが黒騎士を通して間接的に傀儡にしようとしているなら、何故剣を交えるような真似を? それとも黒騎士の行動があのジジイにとって予想外だったとか?

 

「主様! お勘定をするのじゃ!」

「……っと、危ない危ない」

 

 少しばかり考えすぎたか。考え込みやすいのも悪いクセだ。今は土産物とお子様の動向に注意しなければすぐに見失ってしまいそうだ。

 気づけば小さな樽を抱えたガルーダがやってきて自慢げにそれを見せ付けてくる。樽に張られたラベルには赤い色の翼が描かれている。

 

「主様! わらわはコレに決めたのじゃ! 人気の走艇乗り(レーサー)監修の“えなじぃどりんく”らしいぞ!」

「……レッドウイング? なになに……“汝、キマイラの翼を得たり”……これまた妙なキャッチフレーズだな。キマイラって飛べるのか? ってこれクラースナヤ・タイフーンのレーサーの監修なのかよ……手広くやってるなぁ」

「飛べるかどうかは問題ではないのじゃ。翼があることこそが肝要なのじゃ! 主様はもう土産は決まっておるのか?」

「俺は酒とつまみになりそうなもの。あとは走艇ブラン・エクレールの公式グッズだな」

 

 どこかエジプト風のウジャト眼そのものの意匠を施されたレリーフを手に取って見せるとガルーダは物珍しそうに視線を向ける。

 

「ほほう……あの“閃光”のレリーフじゃな。うむ……うむうむ……気に入ったぞ! 主様よ! わらわもコレが欲しいのじゃ!」

「流石にレリーフを二つも飾る必要は無いだろ。ほら、こっちはどうだ?」

「おお! これは良いぞ! ほれ、早くお勘定をするのじゃ!」

 

 ホワイトカラーで塗られたウジャト眼の小さなレリーフを麻紐でネックレスにしたものを取ってやると、彼女は俺の手を取って顎鬚の立派な店主の元へと誘う。

 インドの神鳥にエジプトの隼の頭の神のレリーフ、オマケに衣装がインカの伝統衣装とは……最早ごった煮状態だ。かつての人類がこれを見てしまったらきっと微妙な顔をするのだろう。

 会計をしている最中にも待ちきれない様子でそわそわしていたガルーダの背中に回ってネックレスをつけてあげると、彼女は嬉しそうにその場でくるりと一回転して俺にその姿を見せ付けてくる。

 

「どうじゃどうじゃ? 主様や、似合っておるかの?」

「うん、似合ってるぞ。ペルーやボリビアのようなエキゾチックなファッションだな」

「ふむ?」

 

 星晶獣とはいえガルーダは子供そのものだ。背丈は140センチにも届かず、体重に到っては40キロを下回る。胸は平坦で、全体的に見た肉付きは良いものの、子供らしいほっそりとした体躯だ。

 青空に座する太陽のように明るい笑顔を見せる彼女を見ると自然と頬が緩む。俺の言った言葉の意味がわからずにきょとんとした様子などまさに子供そのものだ。

 

「要はガルーダに似合っててカワイイってことだ」

「……ふふっ! うむ! ならばよいのじゃ!」

「それじゃメリーに合流するか。そろそろ買い物も終わるころだろう。ガルーダ、樽は持つからこっちにくれ」

「落とすでないぞ」

「お前のほうが落としそうだ」

 

 小さいとはいえ樽は樽。そこそこの重量をしているものだし、大きさもそれなりのものになる。子供同然の体躯をしているガルーダが樽を持つ様子を例えるならば、樽を抱えたディ○ィーコ○グ状態だ。前が見えないまま持ち運んでいては誰かにぶつかる恐れがある。

 

「ほら、手を繋ぐぞ。またはぐれてもいいなら繋がなくていいけど」

「むぅっ! わらわは子供ではないのじゃ! ……じ、じゃが……ガロンゾは久しぶりじゃから、な、うむ……つ、繋いでも構わぬぞ!」

 

 おずおずと差し出された彼女の手。小さな掌、その細い指先がするりと絡められる。小さいとはいえ樽を小脇に抱えて少女の手を引く成人男性という光景は以前に自分が生きていた西暦時代には考えられないことだろう。

 市場に出ると立ち並ぶ露店の数々を横目にメリーベルを探す。あの青い髪は割かし珍しいため見つけることは容易なはず……なのだが見当たらない。集合予定の噴水前のベンチに腰掛けて待っていても現れない。

 遂に痺れを切らしたガルーダはお小遣いを片手に駆け出し、露店で売られていた焼き菓子を頬張りながら幸せそうな顔をして戻ってきた。

 

「はむっ、んぐっ、のう……主様や。もきゅ、むきゅ……メリーは何をしておるんじゃ?」

 

 躊躇いも無く俺の膝の上に座ったガルーダはぱたぱたと健康的な褐色肌の足を揺らしながら尋ねてくる。

 一まとめに束ねられた亜麻色の髪を撫でると、ガルーダは上機嫌な様子で背中を預けてくる。頭を撫でれば更に気持ちよさそうに、もっともっととねだり始める。

 

「さて、何してるんだろうな? そこらへんのチンピラ程度に遅れを取る子じゃ無いし……買い物が長引いているのかもな」

「むう、それならば仕方無いのう。20人分ともなれば荷車が必要じゃろう?」

「お土産なんかはカルテイラ商会に後で配達を頼んでおくさ。普段から贔屓にしている分融通も利きやすいしな」

「そうなのかー?」

「そういうもんさ。こっちはカルテイラ商会がきっちり仕事をしてくれると信頼しているから、商品の相場が高かろうが安かろうが安定した注文を上げている。多少の無茶な注文があったとてどうにかしてくれるだけの地力と広域に跨ったネットワークがある商会だから俺達は助かっているのさ。

 それにこっちは軍人だからな。一定の決まった商会が一貫して受けてくれるのは情報管理や危機管理の面でも楽だ。機密情報が漏れる確率が減るのはいいことだ。

 逆にカルテイラ商会からすれば俺達は固定客だ。相場が安くて大量の在庫があって余りそうでも、それを購入してくれる頼みの綱であるわけだ。他所の商会へ流れたりせず、支払いも手早くて安定した収支を見込めるというだけでも重要な顧客なんだ。何より公的機関がバックについてくれるというのは宣伝効果にもなるし、信用を得ているほど商会は安定した実績があることの証左にもなる。

 もちろんデメリットだってあるが、それを補って余りあるメリットがあるから手を組んでいるわけだ。俺達が向こうの無茶を聞く側になることもあるし、向こうがこちらの無茶を聞く側になることもある。利を得るときもあれば損をするときもあるというのをお互い承知しているからこその関係性というものだよこれは」

「……う、うむ? むむ……よくわからんのう」

「簡単に言えばカルテイラの店はどこの島にもあるからいつでも頼れるお店だって話さ」

「ふむ……うみゅ……なるほど」

 

 ドーナツのような焼き菓子を食べ終えたガルーダはうつらうつらと舟をこぎ始めた。長話は相変わらず受け付けないようだ。恐らく内容の半分も覚えていないだろう。

 小春日和のもたらす涼しくも温かな陽気に包まれたせいか、眠気が俺にまで伝播してきたようだ。くあぁ、とガルーダが発したあくびに釣られて俺の口もあくびをする。

 

「ごめーん! おまたせ!」

「……遅いのじゃ」

「ふぅ……ふぅっ……思ったより時間かかっちゃって……ごめんね、ガルーダちゃん」

「メリー、土産はもう全部送ってきたのか?」

「うん! バッチリ送ってきたよ!」

 

 息を切らせて駆け寄ってきたメリーに向かってガルーダは素直な感想をあくび交じりに呟く。メリーの差し出してきたお菓子(おわび)を受け取ったガルーダは

紙袋を開けて早速一つを口に運ぶ。

 

「あっ! そうそう、お父さんにお客さんだよ」

「客? ……ってカルテイラ?」

「ア、アカンって……! ゼェ、ハァ、メ、メリーちゃん……も゛、もうちょい……待ってーな゛……」

 

 栗毛色のポニーテールを揺らして駆け寄ってくるエルーンの女性……少女と言ってもいい面立ちだが歴とした成人女性のカルテイラは今にも捲れそうなミニスカートをバッと抑えて立ち止まった。天鵞絨(びろうど)のコートの金具に引っかかったスカートの裾に気づいていないらしい。桃色のきめ細かなレースの下着とは……そそられる……実に良い。

 

「ユ、ユーリはん……み、見てへん……?」

「バッチ丸見え」

「ふにゃあぁぁぁっ!?」

 

 メリー以上に息切れした様子からするに相当な距離を走らされたのだろう。魔法主体とはいえメイドは体力が必要な仕事であるし、バトルメイドであるメリーは護衛なども務めるためにそれなり以上に鍛えられている。

 対してカルテイラは全空を飛びまわるとはいえ商人だ。戦うことは専業ではないし、算盤を弾くことが仕事なのだ。必然として運動量が減るため急激な運動は地味にキツくなっていく。

 エルーンらしい扇情的な下着を衆目に晒したカルテイラはいつもの明朗な表情とは打って変わって羞恥で顔を赤らめもじもじとしている。無性に弄りたくなるこの感じ、これがギャップ萌えというやつなのだろうか。

 

「で、何かあったのか? まさか下着を見せびらかすために来たわけじゃ――」

「そんなワケあらへん! ウチが来たんはユーリはんが()るからで――っち、ちちちっ、ちゃうで!? べべべべっ! 別にそんなんちゃうんやで! 街角で()うたらお得意さんにちゃんと挨拶するのが礼儀っちゅうだけで~!」

「なんじゃい、ただのホの字ではないか」

「あはは~……カルテちゃんってウブだから……」

 

 呆れた口ぶりでメリーの買ってきた菓子を口に運ぶガルーダ。それ以上食べると夕食が入らなくなる……ということはないので放っているが、あまり食べ過ぎるのもよくない。クセになれば四六時中食べてしまうことだろう。一日二食と昼過ぎの軽食が基本であるからにはその習慣に馴染ませておかなければいけない。

 

「ああっ! 主様よ、それはわらわのものじゃぞ!」

「晩御飯も近いんだからお菓子はやめておくんだ。あまり間食が多いと太って飛べなくなるぞ。信天翁(アルバトロス)みたいに助走をつけて飛ぶのか?」

「むぐっ……そ、それはイヤなのじゃ! このガルーダが飛び立つのが苦手になるなどあってはならぬのじゃ!」

「じゃあ間食は禁止だな」

 

 ぐぬぬ、と名残惜しげに没収された紙袋を見つめるガルーダの頭を撫でてやるものの表情は変わらない。動物類を骨抜きにする俺の撫でスキルがお菓子に劣るとは……若干ショックだ。

 

「で、カルテイラはどうした?」

「ん……偶々メリーちゃんに()うてなぁ、ちょっとお茶しよかー(おも)うてたら話し込んでもうてなー! 次に乗るつもりやった定期便逃してしもたんや!」

「カルテイラらしくない失敗だなそりゃ。時は金なりを地で行くタイプなのに」

「むっ、ユーリはん……自分ウチが久しぶりに()うた友達(ツレ)よりも(ぜに)のこと優先するような薄情(もん)やと思うてへん?

 ウチかて人の子や。仕事は(たの)しゅうやってても損得や銭の絡む話は大なり小なりしんどい思いすんねん。そういうモンと関係あらへん話できるんは、やっぱり楽しもんやし、しんどい思いしても忘れられるんやで」

「ふふっ、カルテちゃんと買い物に行くと安く上がるから助かってるよー。さっすが我が親友!」

()うた傍からめっちゃ損得勘定されとるー!?」

「あはははっ! ごめんごめん。でも損得抜きでカルテちゃんは親友だから大丈夫だって!」

「むがー! マジメなこと言うた時に限ってこないに弄りよって! そっちがそない出るんやったら……こっちはメリーの語る熱いユーリはん談義の中身ぜーんぶ暴露するで?」

「ちょぉっ!? そ、それはダメだってば! 私の尊厳に関わるからダメーッ!」

 

 カルテイラが顔を真っ赤にしたかと思えば次はメリーが顔を真っ赤にする。主導権を握り握られ、からかってからかわれ、しかしそれでいてお互いの仲は非常に良好なようだ。歳が同じということもあるのかもしれないが、それ以上に気質が似ていることが大きいのだろう。

 

「漫才はそこまでにして本題はまだ出ぬのか?」

「珍しくまともなこと言った」

「……主様、わらわとて子供ではないのじゃぞ」

「わかってるって。で、どうしたんだ?」

「あ、うん。カルテちゃんとお茶して船を逃しちゃったから明日私たちが乗るエルステ帝国の高速艇にカルテちゃんも乗せてあげて欲しいんだけど……」

「はぁ……行き先はどこなんだ?」

「ガロンゾ行きや。工房見て回ってそこからポート・ブリーズでシェロはんと農作地の視察やな」

「わかった。ちょっとねじ込んでくるから待っててくれ。あとガルーダも見ておいてくれ」

「さっすがユーリはん! やっぱり頼れる男っちゅうのはこういうヒトやなぁ! ええなぁ、渋いなぁ! 結婚したいー!

 ユーリはんとポート・ブリーズの商店街の一角に小さい店構えて、店主と女将で二人して切り盛りして……うへへ……子供も三人四人くらい……」

「はーいカルテちゃん現実世界(リアル)に戻ってきましょうねー」

「いったぁ! アカンてメリーちゃん! 首がっ! 首絞まってぇー!?」

 

 騒がしい。だが、まあこういう騒がしさは……嫌いじゃあない。

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