その1
ぼくがモンスターハンターの世界に放り込まれてしまったあの事件は、
あの日、イッパイアッテナが溜め息混じりに
言った言葉がそもそもの始まりだったように思う。
「ルド、お前って歩きまわるの好きだよなあ」
「え?そうかな」
まだ8月ではあるものの、今年の夏はかなり涼しい。
ぼくとイッパイアッテナは、久しぶりに神社の軒下で昼寝を楽しんでいた。
軒下なのでもちろん日陰。風の通りも結構良いので、快適だ。
ぼくの名はルドルフ。岐阜県出身の黒猫だ。
岐阜の猫が何故この東京の下町にある神社の軒下に居るかと言うと、
それはもう壮大なお話があっての事なので、
原作の「ルドルフとイッパイアッテナ」を読むと良い。最近では映画にもなっている。
で、ぼくの隣であくびしながら先の発言をしていたのがトラ猫のイッパイアッテナ。
突然大都会、東京に放り出されたぼくを何かと助けてくれた先輩野良猫だ。
今は元の飼い主の日野さんが帰ってきて、僕と一緒に飼い猫生活だ。
「今日だって、何もわざわざ外に出なくても、エアコンのかかった家に
居りゃいいじゃねえか。なのに昼寝しにいこうって神社へって」
犬にもケンカで勝った事があるという、筋肉質の立派な身体のイッパイアッテナ。
野良から飼い猫になって、はじめの頃はぶくぶく太りたくないとか言って
遠い図書館まで歩いたり、小学校の校庭で運動したりしていたが、
どうやらそうしなくても太らない体質である事が判って以来、
イッパイアッテナは家の中で好きなように本を読み漁る毎日を送っている。
ぼくはそれも良くないと思って色々外出に誘っているのだけれど・・・・
「イッパイアッテナは外出るの嫌いなの?」
暑いのに神社まで誘ったの悪かったかな・・・・と思いつつ
返事をすると、イッパイアッテナはにやりと笑って手の平をぼくのほうに向けた。
「ルドが俺が太らないようにって、散歩に誘うのは分かってるんだよ。
でも、普通は若いお前のほうが先にだらけるもんなんだが、
一向に飽きる事無く歩き回ってるなって思ってよ」
こつん、とぼくの額に軽くネコパンチをお見舞いすると、
イッパイアッテナは再び昼寝の体勢に戻った。
魂胆がばれて、少しばつが悪いけれど。でも反論しようとぼくが口を開きかけた時、
さえぎるようにイッパイアッテナがまた話し始めた。
「でもよお、前にも言ったが、お前はスケールが小せえよ。
誘うのは商店街や小学校、神社ばかりだ。
せいぜいが川越えてドラゴン兄弟んとこ遊びに行くだけじゃねえか」
川向こうのドラゴン兄弟といえば、あちらの町のボス猫で
昔、とある事件が起きた時にイッパイアッテナとぼくが助けて以来、
ぼくらをオヤブンとして慕ってくれている。
そんな仲とはいえ、猫の縄張りを侵して会いに行く事になるわけだ。
他の猫の事を考えると、あんまり堂々とは行けないと思うんだけどな・・・・
そんな事をイッパイアッテナに言うと、心の底から呆れたような顔をされた。
「お前・・・・律儀なんだなあ」
考えてみろ、とイッパイアッテナは続けた。
「ドラゴン兄弟を助けたって事はその縄張りの猫全部を助けたって
事になるんだぞ。あの一帯の猫共が、ルドに声をかけないのは
縄張りを侵されて怒ってるからじゃない。
助けてもらった恩があるから、ドラゴン兄弟との仲を邪魔しないために、
敢えて挨拶するの我慢してるんだ」
・・・・あ。そうかー。
納得していると、さらに呆れた顔のイッパイアッテナから
いつもの決まり文句が出た。
「お前は本当、頭良いんだか
悪いんだか分からねえなあ」
そのまま寝返りを打ちかけて・・・・
おっと、と小さく声を出すとイッパイアッテナは寝返りをやめて
ぼくのほうにまた向き直った。
「話が反れたな。
お前は歩き回るのが好きで、それは良いんだがスケールが小さいって話だ。
ルド、お前頭が良いんだし今まで岐阜や横浜へ行ってるんだから、
もっとどこへでも行けるんじゃねえか?」
・・・・なるほど。
イッパイアッテナは、こう言っているんだ。
また旅に出ろ、と。
確かに、ぼくは今までに生まれ故郷の岐阜まで行って帰ってきたし
横浜まで行って、船に乗ったりもした。それは普通の猫には出来ない事だ。
ぼくは文字が読める。
高速道路の標識を読んだり、フェリーの行き先を調べたり
自分の目的地と明確に照らし合わせて、人間の交通手段を利用できるのは
イッパイアッテナに文字だけじゃなく、色々教えてもらったからだ。
「岐阜や横浜へは、ルドの故郷に帰るため、仲間を救うため
やらなきゃならない事だから行ったんだろう。
でも、見聞を広めるため、教養を深めるためには、
自分から行きたいところへどんどん行くべきだと思うんだ」
イッパイアッテナの言う事には、いつも説得力がある。
彼自身、以前見聞を広めるため、教養を深めるために
なんとアメリカへ渡ろうと本気で計画していたんだ。
それは、本音を言えばイッパイアッテナの飼い主である、
日野さんを探しに行くという本当の目的はあったけれども
教養を深めるためというのも決して嘘ではなかった。
何しろ、イッパイアッテナはぼくに
色々教えてる間にも自分は英語の勉強をしたりしていた、知識欲の塊なのだから。
「そうだね・・・・。ぼくも
小学校の職員室でテレビを見てる時なんかに
色々気になる場所はあったんだけれど。
豊洲とか森友学園とか」
「かたよってるぞ」
「でも、興味だけで実際に行こうってのは
考えの外だったなあ」
岐阜や横浜へは、行かなきゃならないっていう大きな使命があったし
当時は、特に岐阜行きの時にはまだ勉強を始めたばかりで
強い使命感が無いとたどりつけない程度の知識だった。
でも、今なら・・・・
「そうだね。もっと気軽に
楽しい旅行に行きたいな。
自分で考えた、自分の好きな場所へ、さ」
本当に気軽に、適当なぶらり旅が頭に浮かんでいたんだけれど。
この時は、その旅行先があんな場所になるなんて、
思いもしなかったんだ。
ルドルフとイッパイアッテナが好き過ぎて、
第一話でモンハン世界に入れませんでした。ごめんなさいもーちょっと東京編続きます。