『己の狩りは、さらにクロスする!!』
「お。まだこのCMやってるのか」
小学校の職員室にて。
夏休みなのに珍しく、今日は教師が3人、お弁当を食べていた。
ぼくとイッパイアッテナは、この小学校のように何ヵ所か、いつでもエサを貰える場所を確保している。
現状、日野さんという飼い主のいるぼくらだけれど、いつまた野良に戻るか知れないし、そうなった時日野さんを恨まなくて良いよう、生きる術は確保しておきたい。
やり方は簡単だ。食事時を狙って、可愛らしく鳴いて興味を引き付けてやれば、たいがいの人間はエサをくれる。
定期的に顔を出してやれば覚えてくれて、やりやすくもなる。
というわけで今日も、ぼくとイッパイアッテナは小学校の先生方のお弁当から、お裾分けをいただいている。
その3人の教師のうちの一人、一番若い先生がテレビCMを見て声を上げた。
「やっぱりモンハン、まだ人気なんですね。嬉しいな」
眼鏡をかけて細長い体格をした、いわゆる"オタク"っぽい先生だ。
「おー、俺でもこのゲームは知っているよ。
モンスターハンターだろ?
竹久先生はやっているのかい」
もう一人の先生は、ぼくらとは顔なじみ。
通称クマ先生。やたらと良い声だ。
「ええもちろん。奥の深いゲームですから、シリーズものとしてかなりの数出ていますよ」
若い竹久先生は共感を得て嬉しそうだ。
「実は僕、このゲーム持ち歩いていましてね。
すれ違い通信と言って同じゲームを持っている
者同士、近くをすれ違うだけで
交流ができるというシステムもあるんです」
言いながら、カバンの中から手の平サイズの四角い機械をちらりと見せる竹久先生。
「竹久先生!学校にゲームを持ち込むとはなんという事ですか」
突然、ヒステリックな声が職員室に響いた。
床に伏せてご飯を食べているぼくとイッパイアッテナには靴しか見えないが
クマ先生、竹久先生とは反対側の机に座っている女性教師の声だ。
「おつぼ・・・・乙津(おつ)先生」
明らかに「おつぼね先生」って言おうとしたな、今。
気の毒なほどあだ名をつけやすい本名の乙津先生。
「まあまあ、乙津先生。
夏休みなんだし、たまには良いじゃないですか。
何も生徒にやらせてるわけじゃないし」
メガネ先生とおつぼね先生、二人の体重を
足して2で割らなかったような体格のクマ先生が仲裁に入った。
こんな時、猫の身としてはやれることは一つ。
にゃーあ。
ぼくは、おつぼね先生の足元にすり寄って
文字通りの猫なで声を出した。
「おう、ほらほら。猫もケンカするなって言っているみたいですよ」
「・・・・そ、そうですね」
まんざらでもない顔で、おつぼ・・・・乙津先生が椅子に座りなおした。
ぼくも改めてお弁当に戻ると、イッパイアッテナに耳打ちした。
「ね、イッパイアッテナ。ゲームって面白いのかな。あのモンスターハンターって」
イッパイアッテナは、珍しくちょっぴり顔をしかめて、低い声の返事を返してきた。
「さぁな。ゲーム自体、子供の遊びだと思うんだが。大の大人がやるこっちゃねえな」
イッパイアッテナはクマ先生のお裾分けに満足したのか、大きく伸びをしてから
ぼくのほうに顔を近づけて、また低い声で話し始めた。
「あの竹久って先生な。どうやら結構変わった人間みたいでな。
前に、ルドが居ない時に俺に無理矢理ゲームをさせた時があってな。
・・・・いや、あれゲームだったのか?スマートフォンだったしな。よく分からんが。
なんか、俺の手をひっつかんで画面上のボタンを押させただけなんだ」
何?それ・・・・。
僕が小さく疑問を呈すると、イッパイアッテナも分からないのか
理解するのを諦めたかのように大きく首を左右に振って
「さあな・・・・。自分で押すと物欲センサーが働くとか言ってた」
「物欲センサー!?ゲームってそんな凄い技術が使われているの!?」
意外なところから判明した未知の技術にぼくが驚いていると、イッパイアッテナは
大きく溜め息をついた。
「そんなわけねえだろ・・・・」
クマ先生にお礼をにゃーと言ってから、小学校を後にしたぼくらは
また神社に戻ることにした。
「うーん・・・・今日のイッパイアッテナはなんだか、らしくなかったよ」
「なにがだ」
道すがら、ぼくが口を尖らせると、イッパイアッテナは意外そうな顔をこちらに向けた。
ゲームの話の事、ぼくは納得いっていなかったのに
イッパイアッテナはあれで話が終わったものと思っていたようだ。
「ゲームが子供の遊びで、大人がやる事じゃないって」
「そうだと思うが」
依然として、主張を曲げないイッパイアッテナ。それこそが、らしくないと思うんだけどなあ。
「だって、イッパイアッテナはゲームをやった事ないんだろ。
その手なんだから」
手というか前足だけど。
「そりゃあ、な。お前もだろ、ルド」
「やった事もないのに否定だけするのは、教養のある猫のする事なのかい。
実学を伴ってこそのイッパイアッテナじゃないか」
言い負かすつもりはなかったんだけれども、
何故かぼくは興奮して、イッパイアッテナをなじるような口調になってしまった。
イッパイアッテナも、いつもとちょっとだけ違うぼくの様子に少し驚いたようだったが
「む・・・・そうだな。ありがとな、ルド。確かに俺らしくなかったかもしれん。
ゲームをやることは出来んが、知りもしないものを否定するのは卑怯だろうな」
あっさりと自分の非を認めると、イッパイアッテナは深々とぼくに頭を下げた。
これでこそイッパイアッテナだ。他人にも厳しいが、自分に対してはさらに厳しい。
教養のある猫というのは、かくあれかしといったところだ。
「ところでルド。実学を伴ってこそと言ったがお前の実学はどうなんだ?」
神社が近づいてきた頃、今度はイッパイアッテナが聞いてきた。
そう、テレビや新聞で見ているだけで知った気になっていたぼく。
見聞を広め、教養を深めるには、それだけじゃ駄目だとイッパイアッテナは言った。
実際に見て、学ぶ。実学を実践したい。そう思ってはいるのだけれど・・・・
「まだ具体的な事は何も。
でも、まずは行動範囲を広げようと思うんだ」
すると、急にイッパイアッテナはぼくに顔を近づけてきた。
左右に大きい口からにんまりと歯を見せると、なんとも楽しそうにぼくの頭をなでくりまわした。
「いいじゃねえかいいじゃねえか。
具体的な目標なんて昨日の今日で出来るわけがない。
まずは形から。まだ目標が決まっていなくても、達成するための手段を用意しておくってのは
とても大事な事だぞ、ルド。お前は分かってる!」
いつもの神社に帰り着いても、イッパイアッテナの機嫌は良いままだった。
「で、どのあたりまで行くんだ?ドラゴン兄弟の居る川向こう、とかいうレベルじゃあないんだろ?」
「そりゃあ、そうさ。
電車を使いこなしてみようと思うんだ」
「良いねえ良いねえ!電車なら東京中どこへでも!もういっそ東京出ちまえよ!」
もはや子供のようにはしゃぐイッパイアッテナは、地面に勝手に東京の地図を描き始めた。
以前ぼくが東京から岐阜まで行った時は、道程のほとんどは高速道路、つまり車での移動だった。
でもここ東京でだけなら、電車を乗りこなせばかなりどこへでも行ける。
さらにぼくらが住むこの下町の最寄駅は、軽く調べたところもぐりこむには最適な構造をしている。
「最寄り駅の下見も済んでるのか。
仕事が早いねえ」
相変わらずイッパイアッテナは上機嫌だ。
目標が決まってない今、具体的な相談は出来ないと思っていたけれど
この際、聞きたい事は全部聞いておこう。
「乗り換えとか、路線図は全部頭に入れておけば良いとして、
問題は改札とか、電車への乗り降りだよね」
「当然、俺達猫が満員電車にもぐりこむ余裕は
ほとんど無いはずだ。
多くの人が乗り降りする大きな駅は避けるべきだな。
一駅二駅歩くつもりで、小さな駅を使うしかない。
ウチの最寄駅はその点問題ないだろうが
駅員には顔を売って仲良くなっとけ。
つまみ出されないようにな」
「寝る場所をあらかじめ考えておきたいんだけど。
駅か、出来れば交番の脇あたりが良いよね?」
「なるべく駅は避けとけ。
終電逃した酔っ払いにからまれると
厄介なんじゃねえか?」
やはり、イッパイアッテナは頼りになる。
具体的な計画じゃあなくても、こんな相談をあらかじめしておけば、何かあった時慌てず行動出来る。
むしろこちらのほうが大事だったかもしれないな。
「じゃあ、とりあえずの慣らし運転として
浅草あたり行く事にするよ。
いまだにスカイツリーも
間近では見てないし」
話しているうちに、いつの間にかあたりは暗くなり、
何故か目的地まで決まっていた。
興奮しっぱなしのイッパイアッテナは、
俺も旅行計画立てよう!なんて言いながら
やけに緻密に書かれた地面の路線図をなぞり始めた。
絶対、昨日のうちからテンション上がって
路線図を調べていたんだ。
「まずは無理せず、日帰りするつもりではいるけど
行けそうだったらそのまま2~3日は
留守にするかもしれない。心配しないでね」
イッパイアッテナは地面の路線図から目を離さず
手のひらをひらひらさせて半分うわの空で返事をしてきた。
「おう、今のルドを心配する奴なんて
どこにも居ないぞ。お前はもうどこへも行ける。
とりあえずお前が帰ってくるまでは
俺も旅に出るの我慢して待ってるから
好きなだけ出掛けてこい」
・・・・本当に旅出るの我慢出来るのかな。
不安になるほど熱心に旅行計画を練っているイッパイアッテナを見ながら、ぼくは寝る体勢に入った。
なるべく、早く帰ってこよっと。
ちなみに、クマ先生が「やたら良い声」なのは
映画準拠(担当声優:大塚明夫さん)です(笑)