「チェリノヤルスク!!!」
イッパイアッテナの寝言で、ぼくは目が覚めた。
ここは、えーと・・・・神社の軒下か。
昨日あのままここで寝たんだった。
なんだか変な夢を見た気がするけれど、
覚えていない。
モゴモゴと、寝たまま口を動かす
イッパイアッテナは、昨日ずいぶん遅くまで
旅行計画を立てていたみたいだ。
テンション上がりすぎだよ。
地面には世界地図まで書いてある。
「・・・・チェリノヤルスクってどこだよ。
ロシアにもそんな地名ないよ」
どこまで行く気なんだ、この
まだ通勤ラッシュの時間だけれど、
身支度を整えてぼくは神社を出発した。
イッパイアッテナは寝たままだったけれど
何も言わずに出てきた。
「今のルドを心配する奴なんて、
どこにも居ないぞ」
昨日、イッパイアッテナが旅行計画に夢中で、
上の空で口に出した言葉が嬉しかったんだ。
これまで、デビルとの決闘も岐阜への1人旅も、
ぼくは皆に心配をかけてきた。
でも今、ぼくは成長した。
気軽に遠出して、凄いお土産を持って、
何食わぬ顔で帰って来てやろう。
そんな、新しい日常を楽しみに
ぼくはひとまずの目的地、駅へと向かった。
さ、とりあえずは浅草だ。
「やあルドルフ。おはよう」
もう少しで駅、というところで、
ぼくは後ろからかけられた声に応じて振り向いた。
気が付かなかったのがおかしいくらい
すぐ後ろに居たのは
白と茶の色が入り交じった、
不思議な柄をした毛のオス猫だった。
「おはよう?君は、はじめましてだよね」
ぼくの名前を知っていることに
少し不思議に感じながら挨拶を返すと
その猫はにんまりと笑った。
「本当ははじめましてじゃあないんだけれどね。
君は有名な猫だから、仕方の無いことだね」
呼び止めてすまないね、と軽く頭を下げながら
その不思議な猫はもう一歩、近づいてきた。
「旅立つ準備を進めているらしいね。
君のことだ、素晴らしい旅になるさ。
土産話をみんな、楽しみにしているよ」
旅のことを知っているみたい。
イッパイアッテナが話したんだな。
近所のデビルにも、仲良しのブッチーにも
まだ話していないことだから。
意外と口、軽いんだなあ。
「まだ旅に出るわけじゃあないよ。
今日は練習さ」
ぼくが言うと、また猫はにんまりと笑った。
「らしいね。スケールの大きい旅、期待しているよ」
それじゃあ、と軽く会釈して猫は去っていった。
見たことのない猫だったけれど、どこに住んでいるんだろう?
会った時と同じように、気付いた時には既に
見えなくなっていた猫のことを不思議に思いながら
ぼくは再び駅を目指して歩き始めた。
「お、また来たな猫駅員」
のんびり来たおかげで、
通勤ラッシュは過ぎ去り
昨日駅を下見しに来た時会った人間の駅員さんも
ゴミを拾いながら、柔らかい表情で
ぼくを迎えてくれた。
とはいえ、ここは大都市東京。
通勤ラッシュを過ぎたばかりの時間では
まだまだ人の波は小さくなりはするものの
途切れることはない。
「にゃあーん」
ぼくは駅員さんに向けて、
身震いするように首を振り、一声鳴いた。
「はは、ぼくは駅員じゃありませんってか。
今日は乗客かい?」
猫駅員に任命されるのを拒否する事には
成功したらしい。
そのまま、改札に寄せる人の波に紛れて
ぼくは駅構内へ、そして順調に
電車の座席下へと侵入を果たした。
「おい、猫居るぞ。あそこあそこ」
電車が走り始めるやいなや、
さっそく他の乗客に見つかってしまった。
でも、大人しくしておけば
滅多なことで電車から下ろされはしないはずだ。
騒がないよう、そして騒がれないよう
ぼくは電車に乗って当然、というような
落ち着いた顔で座席の下、身体を丸めた。
「さすが東京の電車やねぇ。
猫おっても当然なんか。誰も騒がんわ」
おや?
何やら聞き慣れない、でもどこか懐かしい
言葉遣いに驚いて、ぼくは顔を上げた。
ぼくが潜んでいる座席のすぐ脇、ドアの前に
学生が4人、集まってこちらを見ていた。
お揃いの開襟シャツ、胸元には
なんだかカッコいいお揃いのロゴがついている。
そして4人とも大きめの
リュックサックを背負っているから・・・・
多分、修学旅行。
それも、岐阜あたりからだ。
言葉に方言が混じっているから分かる。
それまでを一瞬で判断すると、
ぼくは座席下のもう少し奥へと
移動しようと腰を上げた。
修学旅行ではしゃぐ男子高校生のノリ。
少なからずイヤな予感がするよね。
距離を置こうとしたその時、
別の男の子が気になる一言を呟いた。
「あれ・・・・ルド?お前、ルドルフか?」