乾巧が小学校2年生の時の話。
「乾くん、授業中だよ!起きて!」
となりの席の髪が明るい三つ編みの眼鏡の女の子が居眠りしている巧を起こそうとする。
「うるせぇな。別にいいだろ!」
「よくないよ!わたし、学級委員だから…」
「学級委員だからなんだ?あぁ?」
巧は体を起こして学級委員を名乗る少女を睨み付ける。そんな巧に恐怖を覚えたのか少女はだんだん声が小さくなっていく。
「学級委員だから、注意を…」
「聞こえねぇよ!学級委員だからなんだって?」
少女はだんだん涙目になり、
「うぅ…うっ…ひぐ」
「こんな事で泣くなよ…」
と巧は呆れ気味に言う。
右斜め後ろの席にいる石田が川井が泣いている事に気付くと
「あー!乾が川井を泣かしたー!言っちゃおー言っちゃおー先生に言っちゃおー」
「黙れ石田、泣かすぞ!」
「やってみろよ。あっかんべー!」
コイツ後で覚えてろよ!
職員室にプリントを取りに行っていた中年の女の先生が戻ってくると泣いている川井に気づいた先生がこっちに来る。
「ソイツが勝手に泣きだしたんだ!俺はなんもしてない」
「関係ないわけないでしょ!」
先生の拳骨の音が教室に響いた。
「いって…」
「プハハハハ!いったそー、プハハハ!」
石田がざまーみろという風に巧を指差して腹を抱えて笑っていた事にイライラしていた巧は授業が終わって先生がいなくなると先生の席に座って島田達と談笑している石田のところに行くと何も言わずに突然石田の顔面を殴った。
「何しやがんだテメェ!」
顔面を殴られた石田も当然ブチギレて巧に掴みかかり膝蹴りをしてきたり髪を引っ張ったりしてくる。
「ハハハ!しょーやー負けんなよー!」
石田と巧の喧嘩を島田が笑いながら観賞しているとクラスメイト達も集まってきて
「石田なんで喧嘩してんのー?」
黒髪のロングヘアーの女子が石田に話しかける。
「コイツがいきなり殴りかかってきたんだ!」
と言いながら石田は巧を押さえつける。
「わたし先生呼んでくる…」
「頑張れ石田ー!」
「直ちゃん、ダメだよ応援しちゃ…」
「アンタは先生呼んでくるんでしょ?早く行ってこいよー」
川井という女子が先生を呼んでいるときに事件は起こった。
巧を上から押さえつけていた石田の腹を両足でふっ飛ばして石田は窓ガラスに突っ込みベランダに倒れた。
ガラスの破片が石田の腕に刺さっていた。
直ちゃんと呼ばれていた女子は石田を心配してベランダに駆けつけると
「石田っ!血が出て…キャアッ」
腕に刺さっているガラスが恐くて顔を背けた
「乾くん、アナタ何したの?石田くん?大変!」
巧は倒れている石田を無言で見つめながら膝を落として座り込んだ。
「救急車呼ばないと、乾くんは職員室に来なさい!」
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6年生になった。
アレからみんな巧を恐がって近づかない。
不幸にも石田はまた同じクラスになり度々巧を睨んでくる。
過去の恨みを忘れてはいないようだった。
「それじゃあ係り決めをするぞー!」
何もやりたくない…めんどくさいと言っているかのように巧は机に伏せて居眠りを始めた。
すると後ろの席の女子がポンポンと巧の背中を優しく叩く。
めんどくさそうに無言で無愛想な表情をしながらその女子の方を振り向くと
「なんだ?」
川井か…コイツまた学級委員やってんのか…
「い…乾くん…授業中だから、その…ね?」
川井は蛇に睨まれた蛙のようにビクビクしながら巧に注意しようとするが上手く声が出せないようだった。
「あっそ…」と巧は軽く聞き流して再び机に伏せる。
『キーンコーン…カーンコーン』
ベルが鳴り、目を覚ました巧が体を起こしてたまたま目に入った黒板の文字を見ていると
黒板係り 乾くん
「なんだコレ?」
目の前の現実が受け入れられない巧は目を擦ってもう一度見てみるが書いてある文字は変わらなかった。
周囲のクラスメイトを見ると石田のグループと植野という女子以外が目を反らしていた。
「お前が寝てるから悪いんだぜ!」と石田が悪気ないように言う。正直イライラして殴りたくなったが巧は石田をケガさせた時のトラウマを思い出して歯を食い縛って我慢した。
それから数ヶ月後
「みんな席に着け、乾起きろ!」
先生が出席簿で巧の背中を軽く叩いて起こす。
「このクラスに新しい仲間が増えるぞー」
『んっだよ?』
『やったじゃん石田!女子だって』
『興味ないし…』
女子か、どんな奴だ?
巧が姿勢を直してドアの方を見るとショートカットの顔は結構可愛い方な女の子が静かに教室に入ってきた。前の席に座っている巧はその女の子と自然と目が合う。その女の子は巧を見ると少し恥ずかしそうに下を向いた。
巧も久しぶりに恐がられる以外の反応をされてちょっと恥ずかしかったのか女の子から目を反らした。
「それじゃあ、いいか?みんなに自己紹介して」
先生がそういうと彼女は何故かランドセルを開けてノートを取り出した。
巧はそのノートに書いてある筆談用という文字に違和感を覚えて怪訝な顔をした。
女の子はノートを開くとあらかじめ書いてあった文字をみんなに見せる。
はじめまして西宮硝子です。
声に出さずにノートで話す彼女にクラスが少しざわついた。
巧も不思議そうな顔で西宮硝子という女の子を見る。
みなさんとは
このノートを通して
仲良くなりたいと
思っています。
コイツ、ノートじゃないと会話出来ないのか?
めんどくさいやつだな。
どうかわたしと話すときは
このノートに
おねがいします。
だが次のひとことでクラス中が静寂に包まれた。
わたしは耳が聞こえません。
その文字を見た巧は少し悲しそうな顔をした。