バカとテストとスポンサー~愉快な彼らのバカバカしくも素晴らしき日常~ 作:アスランLS
時系列は本編の8年前になります。
【紫苑視点】
日曜日の早朝。
母さんの実家である赤羽家が所有する剣道場にて、私と蒼介は日課の剣術稽古を一通り終えた後、恒例となりつつある十本先取の模擬戦を行っていた。私達の振るう剣は古流剣術『水嶺流』という殺人剣なので、相手の致命傷になる部位に木刀をヒットさせる、もしくは寸止めすると一本というルールだ。ちなみにこの十本先取ルールで私が蒼介に負けたことは一度もなく、今も9対5と既に私がリーチをかけている。
「ほらほらどうした蒼介!もう後が無いんだからシャキッとしな!」
「う、うぅ……グス…」
私が渇を入れても蒼介が奮い立つことはなく、それどころか今にも泣き出しそうになる始末。
やれやれ……ホントこの子は打たれ弱いというか、将来が心配になるくらい泣き虫だねぇ……宝の持ち腐れとはこの子のことだよまったく……。
「う……うわぁぁあああっ!」
挙げ句の果てに破れかぶれで剣を振り回しながら突っ込んで来た。精神的に追い詰められた末の行動とはいえ、私も舐められたもんだね……突撃自体は破れかぶれだけど、振るう太刀筋自体は見事の一言、その動きには無駄がほとんど無い。この動きは水嶺流参の型・怒濤……無駄の流麗な動きから繰り出される高速の剣撃だ。
……でもねぇ蒼介、私はアンタより二年早く剣を振るっているんだよ?
「馬鹿正直に真正面とは舐めてくれるねぇっ!」
「うわぁっ!?」
こちらも“怒涛”による高速剣撃で真っ向から迎撃する。激しい激突の末、技のキレの差ど競り勝った私は蒼介の木刀を弾き飛ばし、間髪入れずに無防備になった彼の首元に木刀を添える。
「…………参り、ました……」
「ん、よろしい♪さてこれで十本目、今日も私の勝ちだねぇ蒼介」
稽古が一段落し朝食を終えた(食事中に会話なんて無作法な真似はできやしない。母様の怒りを買い叩く羽目になること請け合いだ)私は、母方の遺伝が強く出た青紫の長い髪を梳かしつつ弟と会話を弾ませる。年相応以上に背伸びをするのもどうかと思うが、清潔を保つといった最低限の身嗜みは小学生だろうと必要だ。
「それにしても、アンタは相変わらず気が小さいねぇ……序盤はほぼ五分なのに差が開きだすとすぐ崩れる悪い癖、どうにかしろっていつも言ってるでしょうが」
「……ごめんなさい姉様(ズゥゥウン…)」
「はいはい、別に怒ってないから落ち込みなさんな」
……ひとつ訂正、全然話が弾んでなかった。
どうやら模擬戦の最後で精神的に崩れたことを本人も気にしているらしい。今回が初めてのことなら次から気をつければ良いのだろうが、蒼介のそれは常習…というか必ずそれで毎回自滅している。あの心臓に毛が生えてそうな両親からどうして、こんな気弱な泣き虫が生まれたのか不思議で仕方ない。こんな調子で今後大丈夫かねこの子……。
鳳家の当主、及び“鳳財閥”の後継者は世襲制ではない。私や蒼介は本家の人間だが、いくつかある分家の人間から私達よりも後継者にふさわしい者がいれば後継者はそいつが選ばれ、そして私達は分家扱いになるというシビアな仕組みだ。分家と本家の境界線は薄氷よりも薄く、両者は容易く入れ替わる超実力主義……それが私達“鳳”の掟だ。
分家の者は本家の地位を奪おうと、本家はその地位を死守しようと研鑽を積む。そのため表面的にはともかく必然的に分家と本家の仲は最悪になり、遅かれ早かれ骨肉の争いを繰り広げる運命にある。
なぜ鳳家にこんな殺伐とした決まりがあるかと問われれば、その理由は後継者の厳選……ひいては鳳家及び“鳳財閥”の存続のためである。世襲制ではその存続を傾けさせない無能な人間が後継者になる恐れがある。しかしそれは断じて許されることではないのだ。
鳳家の起源は鎌倉時代まで遡るという由緒正しい武門の家系だが、『鳳家当主は生き延びることを決して諦めてはいけない』という、潔く散ることを美学にする武士としては極めて異質な理念が当初から現在まで残っている。ピンと来ないならば、例えば江戸時代に鳳家の家臣が将軍家に粗相をし、鳳家の当主へ切腹を命じられたとしよう。その場合当主は間違いなくそれに応じなかったに違いない。むしろ反旗を翻してでも取り潰しに抵抗した筈だ。
武士としてあるべき潔さを欠片も持ち合わせておらず、不忠であると糾弾されてしかるべきの武士失格のスタンス。しかし潔さなど言い替えれば責任感の欠如でしかない。鳳家を率いる者は皆その両肩に背負っているものを、当主ひいては鳳家が倒れることで、いったいどれだけの犠牲が出るのかを自覚していた。故に鳳家の当主は一族を率いる統率力、そして、何を置いても自身が生き残る能力……総じて“英雄”の資質が必要とされる。
そして“鳳財閥”に関しては、もはや鳳家以上に倒れることが許されない。日本のみならず世界中でも五指に入るほどの資本を有するほど肥大化した“鳳財閥”の経営が傾くということは、冗談抜きで世界的大恐慌の引き金になるだろうから。この世界を飢餓地獄に落とさないためにも、財閥を守っていく“英雄”の資質を持つ後継者の厳選は必須となる。
と、私達には遅かれ早かれ過酷な運命が待ち受けているというのに、この子はこんな調子で大丈夫だろうか?
………ああ勘違いしないでもらいたいが、私が心配しているのは蒼介の気弱さと打たれ弱さだけだ。もしこの子の後継者としての資質が欠如しているなら、それはそれで別に何も問題は無かった。私は分家の連中などに負ける気がしないし、私が父様の跡を継いで蒼介には私のサポートに回って貰えば良い。蒼介は私を慕っているし、私も可愛い弟を蔑ろにするほど狭量ではないつもりだ。
……しかし現実はその逆、
「………ところで話は変わるけど蒼介、外国語の習得は順調かい?」
「えっと……英語、中国語、ロシア語、ドイツ語、フランス語なら……なんとか……」
「…………私だってようやく英語と中国語を習得したところだってのに」
他ならぬ蒼介こそが後継者最有力候補なのである。いかにも自信なさそうに言っているが蒼介の性格上、習得練度が半端ならばそもそもリストアップさえしないので、この五言語は会話に支障がないレベルでマスターしているに違いない。
言語一つとってもこの通り、蒼介はその心の脆弱さに反比例するかのように、とてつもない資質と潜在能力を有している。私も歴代最高クラスと称された父様に匹敵する資質であると太鼓判を押される程度には優れているらしいが、そんな私が凡庸に感じるほどにこの子の才は桁違いだ。学業は既に追い抜かれているだろうし料理や芸術も危うい。剣術にしたって純粋な剣の腕では多少勝っているだけで、そう遠くない内に抜かれてしまうだろう。そしておそらく現段階ではまだ氷山の一角、それほどまでにこの子の潜在能力は歴代“鳳”の英雄達と比較しても群を抜いて突出している。あとはそれに見合うだけの強靭な心さえあれば万事解決なんだけど……世の中ってのはほんとうまくいかないねぇ……。
「……さてと、それじゃ私は恵子んちに行くとするよ。勉強教えてくれって頼まれててさ。アンタはこの後どうするんだい?」
「えっと……特にすることもないので、母様のお手伝いでもしようかと……」
「相変わらず孝行息子なようで何よりだよ。それじゃあね」
「いってらしゃいませ」
召し使いじゃないんだから、その送り出し方はどうにかなんないのかねぇ……。
恵子の家でマンツーマン勉強会を終えて、私は赤羽邸へ帰宅中である。まさか宿題まで手伝わされるとは思っていなかったので、予定していたよりも精神的疲労が大きい。
「まったく恵子の奴、あれでよく霜月の入学試験パス出来たもんだよ」
確かに名門霜月大付属中のカリキュラムのレベルは、普通の小学校とは比較にならないだろうけど、それにしたってねぇ……。身近な弟の飲み込みが異常に早いせいで私の感覚が麻痺している可能性も無くはないけどさ。
だけど毎回悪びれもせず宿題を押し付けてくるあの図太さは、蒼介に少し見習わせたいかもね……やっぱ無し、あれはただ厚顔無恥なだけで英雄の器には程遠い。
ここ最近蒼介の気弱な性分をどうにかできないかと思考を重ねちゃいるが、中々思いつかないもんだ……今後はともかく、しばらくは私が守ってやらないとね。
「せめて何かきっかけでもあればいいんだが……」
「ならその切っ掛け、僕が作ってあげようか?」
………………え?
「っ!?」
いつのまにか目の前にいた黒外套の男から、私は弾かれたように距離を取った。
嘘でしょ!?私が……この至近距離まで接近を-
次の瞬間私は、突如首筋に走った謎の激痛と共に気を失ってしまった。
あくまで本編の補足なんでサクサク進めちゃいます。
蒼介君のキャラが崩壊していますが、現在の完璧超人に至るまで何が合ったのかも見所の一つです。
【綾倉詩織】として活動していたとき髪の色は栗色でしたが、どうやら彼女の本来の髪の色は青紫のようです。おそらくは綾倉先生の娘を装うため、何らかの手段を用いて偽装したのでしょう。
あ、恵子さんはただのモブです。
重要人物の伏線とではありません。