バカとテストとスポンサー~愉快な彼らのバカバカしくも素晴らしき日常~ 作:アスランLS
【紫苑視点】
「ーーーおーーー」
「ーーえーーまー」
…………ん……なんだ……?何か聞こえてくる……。
外界を認識する器官を全て失い、真の静寂の中で命尽きるのを待つ身だった私は、突如起きた外部からのアプローチにほぼ崩壊しかけていた自我をどうにか取り戻した。
原因不明の病に侵され、既に私の五感は完全に消え去った筈なのに……幻聴か?
「「ーー紫音ーー」」
「ーー姉様ーー」
……いや、まだ朧気ではあるが……確かに聞こえた、この私を呼ぶ声が。
そして誰が呼んでいるのかなど考えるまでもない……他二人は万が一別の人であるかもしれないが、少なくとも私を『姉様』と呼ぶのは……私の弟はこの世界でたった一人だけだ。
己の聴覚が戻っていることを自覚したことが原因かはわからんが、驚いたことに失っていた感覚が段々と戻り始める。発狂状態のときに唇の内でも噛み千切ったのか口の中で血の味がしだして、病院特有の薬品臭さが鼻腔をくすぐる。そして完全な暗闇だった世界に光が差し、私の両の目はひどく狼狽した両親……そして、
「……ねえ……さま……!?」
「蒼介……なんて顔してるんだい、男前が台無しじゃないか……」
「見えるのですか……!?聞こえるのですか!?姉様!」
「見えるし聞こえてるよ……気持ちはわかるが起きたばっかりだから、あんま揺らさないでくれないか……」
泣き腫らして目を真っ赤に充血させたハナッタレ蒼介を映し出した。まったく、相変わらず泣き虫だねこの子は……どれ、ここは復活した姉様が叱咤激励の一つでも-
「ーーーッッッッッ!!!!!」
「し、紫苑!?」
「姉様!?」
「……ッ!」
突如火炙りにでもされたかのような痛みが全身を襲い、あまりの激痛に私はその場に蹲る。
は、はは……なんだこれ……!?
痛い、ってことはどうやら触覚も戻ったようだが……私の体はここまで蝕まれていたというのか……。
絶え間ない激痛に耐えながらも、私の死期が目の前まで迫っていることを悟る。五感が戻ったのも決して息を吹き返したわけじゃない。まるで蝋燭のように、おそらくは命尽きる前の最後の輝きといったところだろう。
それを裏付けるように私に繋がれている心電図には、こうして意識があることが不思議なほど低い脈拍を示している。
ーーーそうか、私はもうすぐ……だったら……!
「ね…姉様……?」
激痛で意識を失いそうになりつつも、私は最後の力を振り絞って蒼介を抱き寄せ、その状態で父様と母様の方を向く。
「ごめん……父様、母様……この前手酷く、追い返したことを…詫びたいところ、だけど……私にはもう、時間が無い…から手短に、言うよ……私は、貴方達の娘で、幸せ……だった」
「紫苑……」
「くっ……紫苑、すまない……!」
「はは、は……なんで、父様が謝るの…さ」
「それ、は……」
「ごめん…ホントにもう…時間が無いん、だ……私、は…蒼介に、伝えなくちゃ、ならない…ことが、ある……」
そして私は意識が朦朧としながらも、涙で濡れきった蒼介の顔抱き締める。
「すまない…ね、蒼介……わた、しは…アンタに…嘘を…ついちまった……よ…」
「……!」
「最…初……アンタが……見舞いに、来てくれ…た…ときには……私がもう……助からない、だろう…ことは…わかってい、たんだ……それなのに……私は手?アンタに、余計な……期待をさせ-」
息絶え絶えになりながらも無意味に希望を持たせたことを詫びようとしたが、私が最後まで言い切ることなく蒼介が涙ながらにそれを手で制した。
「もういい…もういいんです姉様……覚悟は、できていましたから……」
「……………………そう、か………」
……私はどこまで道化なのだろう。
蒼介の才は私とは比べ物にならない……それを知っていながら、誤魔化せるとでも思っていたのか?
きっと蒼介は私の言葉がただの強がりでしかないと、始めから見抜いていたんだ。その上で、私のどうしようもない虚勢と偽善と自己満足を汲みとり、つまらん大根芝居に付き合ってくれていたのだ。実の姉を失うという恐怖、悲しみ、絶望を押し殺してまで。
何が私が守ってやらないと、だ。
何が心さえ強ければ、だ。
守られていたのは……私の方じゃないか……!
この子は私なんかより、よっぽど強い心を持っているじゃないか……!
もう思い残すことはない。私が見届けずともこの子は、いかなる障害だろうと乗り越えていけるだろう。ならば私はこの子の姉として、最後の役目を全うしようではないか。
「そう、か……だったら、最後に…伝えて…おくことが、ある……」
痛みが段々と強くなりそれに引きずられ意識も朦朧としてくる。今まさに私の命が燃え尽きようとしているが、構うものか……今この瞬間に、最後の力を振り絞れ……!
「蒼介……私の死に囚われるな、塞ぎ込むな……全てを乗り越え“鳳”を継ぐんだよ……。大丈夫……アンタは強い、アンタならできる。アンタがアンタである限り、誰にだってだって負けやしない……!だって蒼介は英雄で…………私の自慢の……弟、なん…だか……ら………………」
意識が薄れゆく中、蒼介だけではなく父様と母様が泣き叫ぶ声が耳に入る。
まったく、泣き虫蒼介だけじゃなくあの二人まで……湿っぽい別れは好きじゃないんだけどね……けどまぁ一番伝えたいことは済ませられたんだ、良しとするかね。流石にしばらくは私の死が影を落とすことになるだろうが、蒼介ならきっと乗り越えてくれると信じている。
決して長いとは謂えない一生だったが……それでも、私の人生は……満ち足りたもの…だっ…………
「もう意識はあるんでしょ?さっさと起きたまえよ♪」
「(パチッ)……は?…………………………は?」
…………いやいや、は?何がどうなってるの?
私は原因不明の病で間違いなく死んだ。私の死はどうあっても覆ることはなかったはずだ。その診断結果を私に伝えたのは、他ならぬ目の前の薬江先生なのだから。
だから解せない……どうして私は生きている?よしんば奇跡とやらが起きて一命をとりとめたとしても、間違いなく何らかの後遺症が残って然るべきだ。なのに今は全身を襲っていた激痛すら綺麗さっぱり無くなっている。体を調べてみてもいたって健康体で、取り付けられていた様々な医療器具すら無くなっている……最初から蝕んでいた病など無かったと言われたら、あり得ないと想いつつも思わず信じてしまいそうなほどだ。
「ふふふ、やっぱり混乱しているようだねぇ……まあそりゃそうか♪死を覚悟したのにもかかわらず気がつけば五体満足、助かった喜びよりもどうして助かったのかとおう疑問でできて当たり前だよねぇ♪」
「………色々と聞きたいことはあるけれど、とりあえず……なんだいその人を苛つかせる気満々な口調はさ?お年寄りのくせにはっちゃけ過ぎっていうか……アンタそんなキャラじゃなかったでしょううが」
「うーん……実を言うとこっちが素なんだよねぇ。ごめんね紫苑君、君の知る僕は……外見も性格も名前も肩書きも行いも、それら全てが紛い物なのさ♪」
「は?何を言って-」
「まぁ落ち着いてもう一度周りを見てみなよ。話はそれからでも遅くない」
色々と腑に落ちない点はあるが、とりあえず言われた通りに辺りを見回して……
気づいた。
「ーーーっ!?」
私達のいる部屋はどう考えても病院の中にはなかった。私の座っている場所を取り囲むように血のように赤い文字で大きな六芒星が描かれ、その他にも床や壁など至るところに馴染みのない文字の羅列が書き殴られている。何故私はこんなカルト宗教のサバト会場染みた部屋にいるのか……という疑問以前に、どうしてこんな異様きわまりない部屋にいることに気づけなかったのか。ずっと病室にいたことや目の前に薬江先生がいたことで、無意識にここが病室だと思い込んでいたのだろうか……?
「な、なんだいここは……随分と仰々しいレイアウトだね。それとも何かい、ここで本格的なこっくりさんでもやろうっての……?」
「ふぅ~ん?なるほどなるほど……流石は鳳本家の人間だね、初っ端からほぼ大正解だよ」
「何……?」
「こっくりさんも降霊術の一種だからねぇ……君の推測した通り、この部屋は降霊術のために作った部屋なんだ。
唯一違う点は
「………………え?」
おい、こいつは今何と言った……?
こいつの今の発言が嘘偽り無い事実だとすれば……
「……つまりアレかい?最初私が目を覚ましたとき、このいかにもな六芒星の真ん中にいたってことは、私が……」
「そう、君が降霊術でこの世に喚び出された魂だよ。死に体だった君がどうして五体満足なのか疑問に思ってたよね?それが答えだよ。君は一度死んで僕の手で現世に喚び戻されたのさ♪そうだね、今ごろ大がかりな君の葬式が行われているんじゃないかな……僕が用意したダミーの死体を棺にいれてね」
衝撃の事実!なんと紫苑さんは、幽霊だったのだ!
そして薬江先生の正体とは……。
いったい何ラスなんだ……?
次回で紫苑編は完結です。