バカとテストとスポンサー~愉快な彼らのバカバカしくも素晴らしき日常~ 作:アスランLS
やべぇ……過去最高に難しい……。
【蒼介視点】
「海だと?」
『うん。週末に姉さんと海に行く約束しててね、車を借りるみたいだしせっかくだから皆で行こうと思って』
命からがらアドラメレクを退けた日の夜、居間で日課の瞑想をしていると突然吉井から電話がかかってきた。吉井の話は要するに海水浴のお誘いのようだが、私には少々気になる点が一つ。
「なぜ私を誘うんだ?」
『ほら、この前期末テストで随分助けて貰ったから』
「……私が手伝った甲斐もなく、凡ミスで目標点に届かなかったと聞いているが?」
『うっ…面目ない……』
まったくこいつは……名前の記入漏れならまだしも、何がどうなれば名前欄にアレクサンドロス大王と書いてしまったんだ?まあ話を聞いている限り姉との仲は良好のようだから結果オーライかもしれんがな。
「それに、色々迷惑かけちゃったしそのお詫びもかねてね……」
「何の話だ?」
「校舎爆破とか覗き騒動とか……」
「……別に気にしなくてもいい。それらは生徒会長としての責務というものだ」
というか悪いと思ってるなら、お詫び云々より今後自制心を身に付けてくれる方がありがたいんだが……。
まあそれはそれとしてこの誘いは断らせてもらうしかないだろう。いずれ来るであろうアドラメレク一派の襲撃に対策を立てなくてはいけないこともそうだが、“鳳”次期後継者の私に泊まり掛けで遊んでいる暇など無い。
『で、どうかな?もしよかったら橘さんとかも誘って-』
「吉井。せっかくのお誘いだが…」
「お待ちなさい」
突然横からある女性に携帯を引ったくられた。
その女性はそのまま私に意見を挟ませることなく吉井の誘いに了承の返事を出す。私は呆気に取られて口を挟む隙すら無かった。
「重ね重ねお誘いありがとうございます。それでは週末に息子をそちらにいかせますのでです。(プツッ)」
「……母様、どういうことか説明していただきたい」
その女性は料亭『赤羽』の料理長を勤める私の実母、鳳藍華
。その名の通り宝石のように艶のある藍色の髪が特徴的な女性で、私の髪質はこの人からの遺伝であることが一目でわかる。料理中もしくは料理の指導中は性格が変わることが周知の事実である人だが普段は礼節や他者への配慮をかかさない人格者であるため、先ほどのような暴挙に出た理由が私にはどうしてもわからない。母様は私の両目を見据えつつ、諭すように話し始めた。
「蒼介、私は貴方を他人からの御厚意を無下にするような人に育てた覚えはありませんよ?」
「……そのことは重々承知しています。ですが、私にはやらなければならないことが-」
「貴方は一つ思い違いをしています。
確かに貴方は“鳳”の次期後継者ですが、まだ16歳の子どもであることに変わりはありません。そんな貴方が夫の会社の業務に忙殺されるなど、たとえ天が許そうとも私が認めません」
静かで落ち着いてはいるが、反論は一切受け付けないと言わんばかりの母様の口調。
……なるほど、どうやら母様は実の息子である私の、学生の限られた貴重な時間を“鳳”に費やしていることに小さくない不満があったらしい。
「ちなみにもう既に秀介さんには話をつけていて、貴方が予め立てていた“鳳”に関係する予定は全て白紙にしておきましたので」
だからといって行動力がありすぎないだろうか?
「……おそらく父様は二つ返事で了承したでしょうが……他の分家の人間がそうやすやすと首を縦に振るとは思えませんが?」
「首筋に包丁を当てながら一人一人交渉したら、全員快く快諾してくれました」
「母様、それは交渉ではなく脅迫です」
この人は息子の夏休みのためだけに人を殺すつもりだったのだろうか……?
「ああ、心配しなくてもスーパーで購入した包丁ですよ?雪月花をそんなことに使うわけにはいきませんから」
「確かに赤羽に代々伝わる業物をそんなことに使うわけにはいきませんが、私が心配しているのは包丁云々ではなく母様の頭です」
そもそも鳳家の人間は分家に至るまで一人残らず武道を納める義務がある。父様以外に“明鏡止水の境地”を体得している者はいないものの、今の私に比肩するレベルの者も確か数名いたはずだ。それを包丁一振りで残らず屈服させた母様にはある意味畏敬の念を抱かざるを得ない。
「確かに常軌を逸した行動であったことは理解しています。……でも、こうでもしないと貴方は休もうとしないでしょう?」
「……まあ、そうでしょうね」
「色々と余計な前置きが長くなりましたが……簡単に言えば私も秀介さんも、ただ貴方にもう少し羽を伸ばして欲しいと思っているだけです。最近の貴方は少々張り詰めすぎだと、二人で話し合っていたんですよ」
「母様……」
「真面目で責任感が強いことは貴方の美点だとは思いますが……あまり親を心配させないでくださいね?」
母様の話を聞き終えた私は自身の愚かさを理解した。
まったく……つくづく私は未熟者だな。他人の厚意を無下にしようとしただけでなく、ただ前ばかり見て進むあまり両親に心配をかけていることにすら気づけないとは、どこまでも滑稽極まりない。
「では週末までに支度をしておきなさい。聡明な貴方なら、ここで拒否することがどれだけ愚かしいことか、もう既に理解しているでしょう」
「……ええ、もちろんです。母様、ご指導ご鞭撻の程、ありがとうございました」
「……欲を言えばもう少し肩の力を抜いて欲しいのですが、それは流石に高望みでしょうか?」
「……おそらく無理でしょう」
私にもできないことぐらいある。
そして当日、海水浴に出掛ける日としてはこれ以上ない絶好のコンディションであった。
「なあソウスケ、飛鳥は誘わなかったのか?」
白のハーフパンツに黒のポロシャツといった、ラフながらも清潔感のある格好をしたカズマがかなり大きいリュックを背負いつつそんなことを私に聞いてきた。
別に構わないんだがお前やけに荷物が多いな……山を舐めてるとしか思えない程軽装で登山したりするくせに。
隣には似たような格好をした木下(姉)もいる。誰が見てもペアルックにしか見えないが、後から聞いた話では偶然の一致らしい。仲が良いようでなによりである。
「一応誘うには誘ったのだが、この夏は学業に集中したいと丁重に断られた。よほど期末試験で成績が落ちたことを気にしているんだろう」
「でも、インターハイで念願の優勝を勝ち取ったんでしょう?だったら少しくらい息抜きしても良いじゃない……」
「あいつは物事を妥協できない性分だからな」
「それ、お前が言うか?」
「やかましい」
そんなことは自覚している。
「そう言えばカズマ、五十嵐や大門も誘いを断ったのか?」
「徹はケーキバイキングの予定があるってよ。源太は今日Bクラスの男子達とキャンプに行くらしい」
「1学期前半、あれだけクラスで浮いていた源太がねぇ……」
奴はあの顔つきのせいで何かと誤解されやすい男だからな。クラスに溶け込め始めたようで思わず安心する。
「ところで明久君。今更なんですけど、この人数が車に乗りきれるんですか?」
「そう言えばそうね。お姉さんを入れたら12人だけど、普通の車の免許で大丈夫なの?」
少し離れた場所で姫路と島田がそんなことを話している。確かに普通免許で乗せられる人数は10人までで、それ以降は中型免許が必要になるが……。
「えーっと、姉さんは知り合いに頼んでなんとかしてみるって言ってたけど……」
そんな吉井の台詞に呼応するかのようにこちらに近づいてくるバスが1台。
「あ、このエンジン音はもしかして……」
「……車が来た」
「だな。おそらく大型バスの類いと言った所か」
木下姉、土屋、カズマの三人もそれに気付いたようだ。ふむ、私やあの二人とほぼ同時に察知した辺り、土屋も相当気配には目ざといようだな。
私達の察知した通りこちらに大型のバスがやってきて近くに停車し、バスの中から一人の女性が降りてきた。おそらくこの人が吉井の姉であろう。
「あら……?すいません。お待たせしてしまったようですね」
「いや、僕達が早く集まっただけだけど……姉さん、大型バスの免許なんて持ってたの?」
「いえ、参加人数が多かったので大学時代の先輩に運転をお願いしたんです。ちなみにこのバスも先輩の私物です」
「大学時代の先輩って、まさか……」
吉井の反応を見るに、どうやら心当たりらしきものがあるらしい。すると、運転席からその先輩とやらが降りてきた。
その姿を確認した私は……いや、吉井の姉を除いたその場の全ての人間は度肝を抜かれた。
所々はねまくったボサボサの黒髪、覇気の欠片も感じない濁った目、あまり手入れされていない口元のだらしない無精髭、ハーパンにタンクトップというファッションに気を使うつもりのない雑な格好。そして片手には季節感全無視のコンポタ。
「よーガキども、何かと縁があるな」
「「「おっちゃん!?」」」
「御門社長!?」
アッシー役に抜擢されたのは……押しも押されぬ大企業のトップ、御門空雅その人であった。
和真「なぁなぁおっちゃん、何でこんなパシリみてぇな役回り引き受けたんだ?」
空雅「んなもんこれを口実に仕事サボるために決まってんだろ。確かにかったりぃがあの激務から解放されるならお釣りがくらぁ」
(((相変わらずダメな人だ……)))