非日常は忘れた頃にやってくる   作:平丙凡

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作品中に登場する地名は、実在する地名が元ネタですが関係はありません。
まあ取材した時の風景を元にこの作品は出来てますから、一応。




神様と原風景と

 青年、成美 祐也の朝は早い。

 入学式が終わって一週間、もう授業が始まって朝もおちおち眠ってはいられない生活の始まりだ。

 

 と、いうことで俺は七時四十八分発の電車に乗り遅れぬように家の玄関をくぐるわけだが……その前に――これを忘れちゃいけない。鉄板を踏み鳴らし、ガンガンとうるさい金属音がアパート中にこだまする。そして表通りを右に曲がり、立ち止まる。

 

 目の前には、大きな鳥居。

 ま、こればっかりは。いくら忙しくなろうと辞めたくないし。

 

 まず、俺の借りたアパート。

 名をメゾン守谷と言う。地名から名付けた、いかにも安直で単純なネーミング……まぁ嫌いじゃない。ところでこのメゾン守谷、恵まれているというかなんというか、神社の前に建っている。

 

 神社の前。Japanese shrine。縁起いいね。ほんと。

 

 鳥居をくぐって手水舎で手を清めた後で、本殿へと登っていく。そこでお金――縁起も兼ねて五円玉――を収める。二礼、二拍、一礼。手順はしっかり守って。

 

「お、今日も参拝かい? 信心深いことだ」

 

 と、声をかけてくる女性。

 

 あ、また貴方ですか。動ずることなく、冷静に取り合う。それもそのはずだった。だって、初対面じゃないし。

 

「まぁそう言うなよ少年。毎日拝みにくるのはいいことだ。このご時世、そんな人間はごく少数だぞ?」

「そうは言いますけどねぇ。俺はその少数にいる自覚はないんですよ」

 

 偉そうに、しかし厳かな雰囲気を纏う女性へそう言ってみる。群青色の髪に赤色を基調とし、所々に注連縄の意匠を窺わせる不思議な服装した彼女は、お世辞抜きで美しい。

 

 綺麗なのでは無い。()()()のだ。

 そんな人が、毎朝参拝に参ると声をかけて来る。

 

「毎日欠かさずの参拝、大義であるぞ?」

 

 とか言って。

 

 メゾン守谷の前に荘厳と聳える神社――守谷神社が祀っているのは、戦いを司りし神、建御名方(タケミナカタ)神。それと、その妃神の八坂刀売(ヤサカトメ)神。

 

 彼女の名前は、八坂 神奈子。八坂、八坂、八坂……まさかね。そんで、聞いてみた。

「貴女もしかして……ここの神様?」と。

 

 そしたらさ、

 

「如何にも。我こそ守谷が主神。建御名方神、八坂 神奈子であるぞ。青年」

 

 だってさ。隠すことなく言っちゃったぜ。

 俺が毎朝会っていた美人なお姉さんは、実はここの神様でした。

 ……いや、嘘でしょ?

 

「本当だが。なんだ? 私が女であることに驚いているのか?」

 

 違うそこじゃない。神様が目の前にいることに驚いてるのですよ。神奈子さん。

 しかし現実とは、時に奇なるもの。そう言うと神奈子さんは「ククッ」と笑い、――空へと浮いたのだ。地面から足裏が浮き、身体は重力に逆らい上昇し……本殿の屋根へと着地。そして彼女は、そこへ深々と座り込む。

 まるで、そこが自分の家だと言うように堂々と構えているのだ。そこから感じる重圧感。それ即ち、神気。

 

「新規の信者へ、主神からのささやかな歓迎サービスってところさ」

 

 ――息を呑む。なんてこった、これは本物、疑いようのない真実だ。

 そうして俺は、その日から単に近所だから参拝するという不敬を改め、神奈子さん……いや、神奈子様への信仰を始めたのだった。

 

 

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

 

 大学での講義を終え、ガタンゴトンとうるさく走る電車に揺られ、今日も帰宅の途につく。

 茜色にカラスが鳴く空、雑多とした建物群を覆い囲む様に存在する大山。それらの中心にさもありなんと広がる日本有数の大湖沼、諏訪湖。近代化の波の中で、今も残る日本の原風景が窓の外に映る。その風景の逆側には、コンクリートの山々が聳え立っているのだろう。だがいずれ、それもあれも風化して、溶けていく。……まさに、あの神様のように。

 そんなことを思いつつ、頬杖をついてその情景に黄昏る。

 

 プルルルッと、不意にスマホが揺れる。誰かからのメールか電話か。確認してみると『着信履歴アリ』と表示されている。どうやら久しく会っていない妹からのメールらしい。

 

『最近調子どう? 友達できた?』

 

 そんな久しく会っていない妹からのメールの中身は、頼んでもいない余計なお節介だった。

 

『友達はぼちぼちと。でもすごいことはあったさ。』

 

 画面をひょいっとなぞり、そんな文を書き綴る。送信して一分もしないうちに返信は帰ってくる。

 

『どんなこと?』

 

 神様に会いました。多分疑いようのないくらいには本物です。なので入信することにしました。――それをここで言うのは勿体無いなと思った。ので、

 

『秘密。今度会った時に話すよ。』

 

 会話をぶつ切りにするように、そういうことにしておいた。その方がきっと、楽しいだろうし。

 

『じゃ、それ楽しみにしてる。』

 

 その返信を見たあと、スマホをポケットに入れたと同時のことだった。電車のアナウンスが流れる。

 

『次は守谷――、守谷駅に到着します』

 

 さて、降りなくては。電車が停車する。他の人に合わせて出口から出て、改札を通って帰り道を歩む。この時間帯になると、追い越されることはあれど、すれ違うことはほとんどない。

 その流れの中で、俺は追い越していく人混みの背中を眺めながらのろのろと歩いていたのだが――。

 

 一人、気になる人影を見かけたのだ。しかしそれは仕方のないことだと思う。――なぜならその制服姿の少女は、翠色の髪をしていたのだから。

 

 珍しいこともあるものだ、などとは思えない。東京渋谷なら(偏見かもしれないが)いざ知らず。言ってはなんだが長野県の諏訪市の夕方六時ごろだ。そんな時間にそんな派手な装いの女子高生……注目を集めないはずはない。

 

 しかし少女のことなど周りの人は見向きもしない。まるで、()()()()()()()()()()()()()()に、その少女の隣を通り抜けていく。

 

 おかしい。明らかにおかしい。

 個人的には神様との遭遇よりも、こっちの方が超常現象のレベルが大きいようにさえ思えるくらいにおかしい。

 

 追ってみる? いやしかし。さすがにそれは気が憚れると言うか。こういうところでチキンなところは、妹にもよく言われている。でもだからって女子高生を尾行って……バレたら犯罪だからさ。やめとくかな。

 

 と、思い直し引き続き帰路につく俺。通行路を進んで、赤信号で止まって、青信号で進む。なんら普通、異常なし。そのはずだった。

 

「……………」

 

 コツンコツンコツンと。まるで人通りのない路地を二人が歩いている。一方は俺。ジーパンに黒いジャンパーを着てる『いかにもな』大学生らしい服装だ。そして問題はもう一方。俺の前を歩く制服姿の少女は、人目を引きそうな翠の髪を揺らしながらコツンコツンと足音立てて歩いている。

 

 ストーキングでもしようか。そう思ったもののそれを思い直した俺に一切の他意は無いのだ。俺の帰り道と少女の帰り道が同じであった、その程度である。――その程度であるが、驚いている。

 この道を歩き始めて二週間と少し。一度もこの少女を見かけたことは無かったのだから。

 

『いつもと違う道をこの子は歩いているのだろうか』とか、『本当にたまたま、帰り道が同じだけだったのだろうな』とか、ちょっと危なげなことを考えているとあっという間に我が家、メゾン守谷の前だ。

 

「あれ?」

 

 しかし尚、少女の背中は遠ざかる。メゾン守谷を左へ曲がり、それでも進む少女は――守谷神社の鳥居をくぐり、石段を登り始めた。

 

「おいおいちょっと!?」

 

  と、思わず口に出して叫んでしまう。

 

 しまった――! と、そう思うがもう遅い。そのまま翠の髪の少女は振り返り、驚いた顔を俺に向ける。その少女の表情は今にも『え、私!?』と言い出しそうなくらい戸惑いに溢れている。……あぁ、いや、これは、その、だな。

 

「……なにか、私に用件ですか?」

 

 どうすんだよこれ。何も言えず黙り込む。いやいや、この状況で何を言えと。そう答えを出した俺は、さっさと謝って誤解を解こうという結論に至った。

 

「……すみません、なんでもないです」

「はぁ」

 

 戸惑いが多分に含まれた、ため息のような返事をすると少女は俺のことなど気にせずに石段を上がり、神社の境内へと進んでいく。対し俺は、アパートの階段を上り自室の鍵を開けて帰宅する。

 

「結局、どういうことだろうか」

 

 境内に入っていった翠の髪の少女。その答えは明日わかることになるのだが、それは今は知らぬこと。無駄に心配性な俺は、本棚スマホパソコンをフル使用して翠色の妖怪について調べ始めたとさ。

 

 

 

 

 




オカルト信仰者が神社に行って神様へ謁見し、信者になって妹にメールして、明らか目立っているのに目立っていない翠の髪が気になってストーキングしようとしてしなかったけど結局追いかける感じになって、思わず声をかけてしまいへんな雰囲気になっちゃった。



次回に続く!

って感じです。諏訪湖って言ってるからね。モデルはもちろん実在の諏訪市です。そこから導かれる翠の髪の少女の正体は如何に――?


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