非日常は忘れた頃にやってくる   作:平丙凡

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オリジナル設定です。今更ながら。




第一印象なんて、気づけば変わっているものだから

 ジリリリリ、ジリリリリ。

 毎日午前六時半ぴったりになる目覚ましアラーム。毎度毎度鬱陶しいが、これがないと起きれないのだから仕方ない。

 だがしかし、今日は日曜日。別に早起きをする必要もなければ予定だってない。故に本日のスケジュールは真っ白。イヤ、ぼっちじゃないぞ。友達いるし。たまたま予定が合わなかっただけだし。

 

 ……ということで、

 

「来ちゃいましたよ、守矢神社」

「……お前も随分と暇な様だね」

 

 そう、毎日の習慣、守矢神社参拝である。俺としては毎度参ることが一番伝わりやすい信仰のカタチだと思っている訳だが、毎朝欠かさず通うとその主神の方から『お前暇なの?』と疑問を投げかけられるようだ。

 もちろん、暇潰しで来てるわけでは無い。惰性なんかじゃなくて、ちゃーんとした意思を持って参っていますよ、俺は。

 

「へえ、信心深いヤツだ。今時珍しいよ。神への敬いを大切にしようとするヤツなんて」

「ま、今時少数派でしょうね、おそらく」

「そう、少数派さ。でもお前は私の存在を疑いはしないな」

「そりゃ当たり前です。信じるモノの存在を疑ってどうすんですか」

「それは私への信仰が溢れていた頃の話だな。だけど今は違う。神秘は解き明かされ幻想は霧の様に搔き消える……それが当然で当たり前なのが現代なのさ。だからどんなに私を信じようと必ず何処かで疑問の芽は生まれる……。“本当に、神はいるのか。”ってね」

 

 あらゆるものを理屈と数字と知識で解決できてしまうこの現世。神様なんて形而状なモノを信じる人は、少数派ないしはいないだろうと言える。

 

「それでも、お前は私へ信仰を捧げる。珍しいよ全く。珍しいから……気になるのだ。お前が私を信仰する理由がね」

 

 神様に、お前は不思議だとハッキリ断言された。光栄なんだろか……いや違うな。

 そうして神奈子様は歩き始める。『付いて来い』というジェスチャーらしき指の動きを察して、俺は付いていく。

 しかし、そう歩きはしなかった。神奈子様が向かっていたのは、神社の隅の方にある境内にある、瓦屋根のこざっぱりとした、そこらにある民家とさして変わらない見た目した建物だったからだ。確か、社家と言ったか。神社に勤める神職の家系が住まう家……いやまて、おかしい。なんでそこに神様自身が向かうのだ。

 

「そりゃ、私だって寝るし食べる。つまり家が必要だろう?」

 

 それなら普通、本殿とかもっと相応の場所があるのでは無いだろうか。そう聞くと、神奈子様は苦笑いし、こう続ける。

 

「確かにそうなのだがな……やはり話す奴がいると私も落ち着くんだよ」

「つまりそれは、家族みたいな?」

「ま、そんなものだ」

 

 恥ずかしそうに赤面して言う神奈子様。前から思っていたが、やけに人間味のある神様だ。なんというか、想像していたのとはだいぶ違う。もっとこう、踏ん反り返ってるイメージとかあったんだが。

 

「それは昔の話。今はそんな力も無いのだ。信仰が無けりゃ神だってやっていけない」

 

 このご時世、神様は神様で世知辛いと言う事なのだろうか。そんなことを考える俺を尻目に、玄関を開けて家へと上がっていく神奈子様。

 

「どうした? 上がらないのか?」

「えっ? でもここ、人の家……」

「それ以前に私の(いえ)だ。なら問題なかろう?」

 

 それは神様の感覚。俺は所詮人間だ。最低限の常識があれば、見知らぬ他人の家へとお邪魔するのは、ちょっと。

 

「その辺、どうお思いなのですか?」

「確かにな……じゃあこうしよう。――おーい()()! 客人だぞ!」

 

 そう神奈子様が、家中に響くような大声で、『早苗』を呼んだ。なるほど、この家の人に客人として紹介してもらえれば、俺の気も晴れるだろうと。この神様、気遣い上手だ。……いや、待てよ。そうなるとある疑問が浮かぶ。昨日神社の石段を駆け上がっていった女の子。思わず声をかけてしまって気まずくなってしまった女の子。今日神社に来てから、一度もその姿を見かけてない。

 

 ――と、なると。いやまさか。

 

 そんなことで背筋が寒くなったが……しかし遅かった。神奈子様が呼んで数秒わずかに見える廊下の奥から、あの一度見たら忘れることはないであろう、翠色の髪をした女の子が走ってくるではないか!

 

「お呼びでしょうか神奈子さ……ま?」

 

 ――あ。

 

 信じられない、と目を疑った少女の表情。だがしかし。

 

「いや待ってくれ。信じられないのは俺も一緒なんだよ……」

「――きゃあッ!! 昨日の変態!」

「誰が変態だ、誰が!」

 

 と、少し予想外の反応に、俺は思わず叫んでいた。

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

「確かに、急に声かけたやつを変態と思わない方がおかしいよな、はい」

 

 昨日の出来事を話し終え、ちょっと一息とばかりに湯呑みの中の茶をすする客人、成美 祐也。ちょっと態度が尊大すぎやしないだろうか。

 

「あの、早苗……さん? ちゃん?」

「敬称略でも構いません。ただちゃん付けだけはやめてください、吐きそうなので」

「あ、そう? じゃあ早苗さん。……ぶっちゃけ、まだ怒ってる?」

「なんでそう思うんですか」

「いやだってさぁ……顔怖いし」

 

 そう言われ、自分が彼へ向けている視線に冷たさがより一層深まったように思える。

 

「別に、のんきに茶をすすっているあなたに対してムカついているわけではありません。神奈子様の目の前だと言うのに客人面をしているあなたが、()()()()()()気に入らないだけです」

 

 あえて、『なんとなーく』を強調する。正直な話。私はこの男が嫌いだ。理由を聞かれても困るので、なんとなくで通すつもりだ。

 

「それ結局同じ意味だからね。というかむしろ酷くなってるからね?」

「はっはっはっは!! おいおいなんだよ早苗! そんな面白いことがあったなら教えてくれよ! ……くくっ」

「神奈子様も笑いすぎです!」

 

 そればっかりは全くの同感だ。

 この神様、他人のハプニングを聞いて少し笑いすぎではないか。

 

「ええ。話を戻しますよ? あなた……成美さん、でしたっけ。あなたは私の髪が気になったからストーカー紛いのことを――」

「はいストップ、もう違う。言ったよね? 帰り道が同じだけだったって」

「関係ありませんよ。そのまま大人しく帰っておけば良かったのに、わざわざ声をかけたりなんてするから誤解されるのですよ」

「いやでもさぁ……」

 

 そう不満げにする成美。全くもって可哀想とは思わないが、哀れには見えて来た。たまたま私で良かったですね。人が人なら通報されてましたよ、と。

 

「おーい早苗よ? 一応私の信者なのだから、もう少し丁重に扱って欲しいのだが」

 

「あら、ごめんなさい神奈子様。ついうっかり私怨が……」

 

 本当に話を戻そう。私がこの件で、彼のことが気に入らないと思う理由は二つある。

 

 一つは昨日の件。私にストーカー同然のことをしておいて今日の今日。いくら知らなかったとはいえ失礼すぎる。……が、それくらいならまだいいのだ。守矢神社の風祝として活動している以上、誰かから付きまとわれることはよくあったから。

 

 問題は二つ目。それは私の髪の色のことだ。

 

「もう一度だけ、もーいっかいだけ聞きますけど……祐也さん。私の髪の色、どう見えます?」

 

 すると、彼は、『何を聞いているんだこの子は』なんて言いそうな顔をしながら、さも当然のようにこう言うのだ。

 

「いやそんなの――()()に決まってるだろう?」

 

 

 

 

 

「………………うわぁ」

「なんでそんな嫌そうな顔するのさ」

 

 そう言われて苦笑いしかできない私は、きっと悪くない。だってそうだろう? せっかく見つけた()()()()()()人が、こんな男だったなんて、思いもしなかったんだから。

 

「コホン、ようし祐也。折角だから意気消沈中の早苗に変わって私が説明してやろう」

「え、何がですか……?」

「早苗の秘密についてさ」

 

 そうして神奈子様は話を始める。

 別に深くもないけれど、重要な秘密。

 

 と言うのも私のこの翠色の髪、地毛なのだ。……そうと言うと嘘のように思われるはずだ、きっと。だって私もそう思うから。

 代々守矢に産まれた者の頭髪は、総じて翠だった。そう、生まれつき翠。それは神の加護の証。神に愛され、産まれたその時から神に仕えることが定められた証。それがこの翠色の髪なのだ。

 

 しかし、現代となった今、街中で翠色の髪はとても目立つ。とても目立つのだ。それこそ、すれ違えば二度三度は見られるくらいに目立つのだ。

 これはいけない。そう考えた私の何代か前の風祝は、ある特殊な呪いを自らの血にかけた。

 それは可視不転の力。()()()()の人にしか、自らの本当の姿は見えなくなる呪いだ。故に私の髪の毛は、大抵の人には黒く見える。いたって普通の、周りの人々となんら変わらない黒髪だ。

 

 しかし、神奈子様を始めとする八百万の神、霊や怪奇に詳しい人々、そして特殊な産まれの人々には私の真の姿――要するに、翠色の髪が見える、と言うわけだ。

 

 わかってくれただろうか。それはすなわち、この男がちょっと特殊な産まれだったということの証明なのだと。

 ……運の悪いことに、人生で初めて翠色の髪が見破れたのがこの男だったのだ!

 

「へぇ……翠色が黒色に……不思議ですね」

 

 神奈子様が話を終えると、彼はそんなことかと言うように、私を見ながら不思議だと言った。

 

「はぁ……」

「そんなため息つかなくても」

「……そうですね」

 

 はっきり言って、この男は嫌いだ。

 

「確かに、あなたは嫌いです」

 

 理由なんて、ほとんどがなんとなくだからだけど、やっぱり嫌いだ。

 

「正直、あなたが信者だからこうだとか、何にも思えません」

 

 嫌いなのだ。気に入らないとかそういうのじゃなくて、嫌い。どうしてか自分でもわからないけれど、嫌い。

 

「ま、それでもいいよ」

「……その返事は、少し予想外でした」

 

 そう言ってなお、彼は私を見ていた。なんの感情もなく、なんの下心もなく、嫌いと言っているのにも関わらず、見ている。

 

()()です、あなたは」

「それは困ったな」

「………ふふっ」

「お?」

 

 あんまりにも、あんまりにも自信そうに言うものだから、口元が緩んでしまった。しまった。

 

「私はあなたが苦手です。それは変えられません、無理です」

「そっか。まぁ無理には――」

「ですが」

 

 苦手だと、嫌いだと、そうは思うけれど。

 

「あなたを知りたいとは思います」

 

 出会い方に難があったとは言え、私はそれ以上に彼を知らない。知らない癖に嫌いだとか苦手だとか言うのは、恥ずかしい。だから知りたいのだ。その上で、そういうのは判断すべきだと私は思う。

 

「だから、これからよろしくお願いします。……祐也さん」

 

 ちらり、と神奈子様を見る。思い含んだ顔をして、ニヤニヤしながら私と彼を見ている。

 

(言うじゃないか、早苗。)

 

 そんな声が、聞こえてきた。

 

 そしてこの日から、普通に苦手で嫌いな隣人との関わりが始まる。

 その人が、私に何をもたらすのか。

 

 いまの私には、知る由なし。

 




祐也も神奈子様も、早苗のせいで本題忘れてんだろって?
そうだね。……は、冗談としておいて、次回やります。だから安心してくださいな。


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