インフィニット・ストラトス~ドイツの黒き皇帝~(凍結) 作:鈴木颯手
「…授業を始める前にもうすぐ行われる学年別トーナメントの変更点を伝える」
山口愛佳と話した日の最初の授業。珍しく教卓に立った織斑千冬はそう切り出してきた。
「より実戦的な試合を行うために今年度から二人一組での試合となる。故に参加する場合はペアの名前を書いて応募するように。尚、ペアがいない場合は抽選によって決まることになった。では授業を始める」
織斑千冬は学年別トーナメントの変更点を言って授業へと移っていった。
「(二対二か…。ラウラと組もうかな)」
ヴィルヘルム六世は頭の中でそう考えていた。そして授業が終わった後ラウラにペアを申し込もうとしたとき直ぐに女子で囲まれた。よく見ると先ほど配られたタッグマッチへと変わったトーナメントの申請書を手に持っており狙いがヴィルヘルム六世へのペアの申し込みだと分かった。
現に、
「ヴァレンシュタイン君、一緒にペア組まない?」
「私と組んで!」
「私と私と」
等といった声が聞こえてくる。
「すまない、俺はラウラと組みたいんだ」
そう言うとえぇー、とみんながっかりそうだったが同じ国で同じ武装親衛隊ということで大半が納得してくれたようだ。そしてヴィルヘルム六世は左隣に座るラウラに話しかける。
「そういうわけだ。俺と組んでくれないか?」
「…申し訳ないが私は組む気にはなれない」
するとラウラは意外なことに拒否の返事をしたのだ。この言葉にヴィルヘルム六世は固まる。ヴィルヘルム六世はラウラと婚約関係にあり今回もヴィルヘルム六世の護衛という名目で一緒に来たのだ。さらに言えばラウラが初めてヴィルヘルム六世にきっちりとした拒否のことを言ったのであった。
「…理由を聞いても?」
それでもなお理由を聞こうとするヴィルヘルム六世。
「…今の大佐殿と少し距離を置きたい」
「ごはぁっ!」
「きゃぁぁぁぁぁ!ヴァレンシュタイン君が血を吐いて倒れた!」
「い、医者を呼んで!」
ラウラの一言はヴィルヘルム六世を沈めるには強力すぎてヴィルヘルム六世は血を吐いて気絶してしまうのであった。
「そ、そんなことがあったのですか…」
昼食時、ヴィルヘルム六世は未だに痛む心に鞭を打ちつつ食事をとっていた。その目の前で今朝知り合った山口愛佳は苦笑していた。
あれ以降ラウラは話しかけても答えてくれず昼食を一緒にとろうと思ってもものすごい速さであっという間に何処かに行ってしまったのだ。結果ヴィルヘルム六世の心の傷は深くなっていた。
「…ラウラ…。そんなに俺のことが嫌いだったのかな…」
ヴィルヘルム六世の表情は暗く今にも自殺してしまいそうな顔であった。
「そ、それはないと思いますよ?」
「そうかな…」
いくら山口愛佳が慰めても心は癒えずむしろ酷くなっていた。
「ラウラ…」
「(は、ハインリヒさんの落ち込み具合がとても凄いんですけど…)」
それだけラウラが好きだったのかと思うがそれに輪をかけてヴィルヘルム六世の現状はひどかった。
結局ヴィルヘルム六世はこの後もラウラと一言も喋れず心の傷は極限にまで増えてしまう。
「…」
いつもならラウラと一緒に練習していたりする放課後であるが例のごとくラウラは授業が終わると何処かへと行ってしまい、一人で練習する意欲も出ないヴィルヘルム六世は屋上で仰向けになり空を眺めていた。
屋上に来るまでに数回女子とすれ違うがいつもと違い腫物を避けるようなしぐさを取っていた。これは一時間目終わりの出来事と彼が傷心状態であることが広がっており好きな子に振られたと勘違いされて一人にさせてあげようとしていたからであるが本人はそんなことは知らないどころか女子とすれ違ったことすら認識していなかった。
「…ラウラ…」
ヴィルヘルム六世はずっとラウラと呟き続けていた。そんな状態の中彼に話しかける一人の女子がいた。
「大丈夫ですか?」
山口愛佳はそう言った。しかし、ヴィルヘルム六世は山口愛佳が来たことを理解しておらずぼうっと空を眺めていた。
「…隣座るね」
山口愛佳はヴィルヘルム六世の隣に座る。山口愛佳は座ってから喋ることはなくただ時間だけが過ぎていたがやがてヴィルヘルム六世が話しかける。
「…これから話すことは秘密にしてもらえるか?」
「うん」
「ラウラはな、詳しくは言えないが研究所でラウラの姉と実験動物のように扱われていたんだ」
本来は言っては不味いこともヴィルヘルム六世は言ってしまう。しかし、ある程度はボカシているが。
「俺がラウラと出会ったのは五年前だ。その頃はラウラは見るもの全てに怯えていてな。ラウラが軍に入隊するまで喋ったのはそんなになかったんだ。…それでもな、妹のように思っていたんだが今日思い違いだったって分かったよ」
「…それは違うんじゃない?」
「…なんでだ?じゃなきゃラウラの態度は…」
「ハインリヒさんのことが嫌いだったらずっとそばにいる事は無かったと思うよ?ラウラさん端から見ていてもハインリヒさんのことが好きだって分かるくらいだったんだよ?」
「じゃあ、何で…」
「多分、私が声をかけたからかな」
ヴィルヘルム六世は言っていることが分からず山口愛佳の方を見る。
「だって、朝話しかけたときすごい膨れていたもん。思わず笑っちゃうくらいに」
山口愛佳はその時のことを思い出しているのかクスリと笑う。
「朝食の時は私が独占しちゃったし拗ねているんじゃないかな?」
「…」
ヴィルヘルム六世はその時の様子を思い出す。確かにラウラは授業が始まるまで無言だった。そこへ授業が終わってからのペアの申し込みで限界が来たのなら納得できた。ヴィルヘルム六世は心が少しだけ軽くなったような気がした。
「…そうか。なら、謝らないとな」
「その方がいいと思うよ。ラウラさんは第四アリーナの更衣室で見かけたよ。制服のままでずっと俯いていたからきっと今から行けばまだいるんじゃないかな」
それじゃあ、私はこれで。と言って山口愛佳は立ち上がった。
「…山口さん」
「愛佳でいいよ。何?」
「…ありがとう」