未来への進撃   作:pezo

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悲鳴と怒号が街を襲う。

 

 

 

トロスト区へと続く内門から住民がローゼ内地へと避難を終えてから、しばらくが経っていた。

 

 

 

今や巨人の領域と化したトロスト区との境目の門扉付近は、一般人の立ち入りは禁止され、兵士たちが右往左往していた。

 

 

薔薇の紋章と、立体機動の刃の紋章を背負った兵士たちは、一様に絶望の表情をのせている。そのなかで、たった一人だけ、双翼の紋章を背負った男は壁を命からがら越えてきた兵士たちに手を貸しては、負傷兵を衛生室へと運んでいた。

 

 

 

「クソっ。こんな事になるなんて……」

 

 

 

呟いたのは、その双翼の兵士か、それとも他の誰かか。

 

 

 

見上げた空は、いっそ清々しいほど青く澄み渡っている。流れる雲に、少しばかり暁の朱が差していて、夕刻の到来を予感させた。

 

 

 

双翼の兵士、イリヤ・ツェランは周囲を見渡した。

 

 

 

内門からほど近いその場所で、多くの兵士が顔を青くしてうずくまっている。その多くは刃の紋章を背負った訓練兵である。

 

 

 

超大型巨人が出現し、トロスト区の門扉が蹴破られた。

 

 

 

その報せが内門内の兵団施設まで届いたのは、数時間前である。立体機動装置を即座につけて出撃準備をしたイリヤは、しかし、駐屯兵団の上官によって待機を命じられた。

 

 

本日の壁外調査は大規模なものである。故に、主力部隊は軒並み壁外へと出撃している。そんな中、動ける調査兵がイリヤたった一人とあらば、むやみにその双翼を出撃させることはできない、との判断だった。

 

 

五年前から何度もシミュレーションされている超大型巨人出現時の動きでは、調査兵団は駐屯兵団との相互協力のもと動くこととなっている。調査兵団の機動力を有効に活用させるため、その指揮系統は完全に独立させることが意図されていた。

 

 

しかし、有事の際、各々の調査兵が本隊の指揮系統から外れた場合は、その身柄は各地域の駐屯兵団の傘下に入ることが明確化されていた。それもこれも、膨大な兵力と人力を持つ駐屯兵団と、機動力が高い故に、死亡率も高く、有事の際に真っ先に瓦解する恐れのある少数精鋭の調査兵団の性格を考慮したものであった。

 

 

その規則にのっとり、駐屯兵団の指揮下にくだったイリヤは、内門から、兵士たちの死体や負傷兵が運び込まれてくるのを、ただ歯を噛みながら見守っていただけである。

 

 

トロスト区の門が破られてから数時間。まだイリヤはそれを見ていないが、街の中はきっとあの巨人共がひしめきあっている筈である。

 

 

 

 

――内門へ避難してきた訓練兵の数が少ない。

 

 

 

 

トロスト区内の本部にいた訓練兵は、総勢数百名はいたはずだ。実戦経験のない彼らが最も犠牲になっている。

 

 

それは、火を見るよりも明らかであった。

 

 

 

――そういえば、あの訓練兵たちも見ていない。

 

 

 

朝方、調査兵団の凱旋を目を輝かせて見ていた三人の訓練兵の姿がイリヤの脳裏に蘇る。嫌な感情に襲われるのを、頭を数度ふって振り切って、イリヤは内門の方向へと走っていく駐屯兵たちの前に出た。

 

 

 

「イリヤ・ツェラン調査兵だ。今状況はどうなってる!?訓練兵や前衛の兵士がまだ壁の向こう側にいるんじゃないのか!?救援に行きたい!どうしたら、」

 

 

「調査兵!?……いや、そんなことより、それどころじゃないんだ。内門に巨人に、」

 

 

「おい、止めろ!」

 

 

 

駐屯兵の一人が話し出したことを、背後の兵士が止めた。

 

 

 

「内門に巨人?おい、どういうことだ、それは」

 

 

 

壁のこちら側に巨人が出たということか?それは内門が破壊されたということか?否、そうだとするならば混乱は現在の比ではないはずだ。ならば、

 

 

イリヤが問い詰めようと、その駐屯兵ににじり寄ったとき。

 

 

 

「その話。詳しく聞かせてもらおうか。儂をそこに案内せよ」

 

 

 

老齢の声に振り返った先。見慣れぬ赤のループタイの石と目があった。いつもイリヤが行軍の指標としている、あの壁外の山々の色を湛えた石ではない。

 

 

 

「ピ、ピクシス司令……」

 

 

 

それは、壁の中の民を最前線で守る、薔薇の花の色と、彼らの誇りを象った石の色だった。

 

 

 

 

*****

 

 

 

ピクシス司令に声をかけられ、その部下たちと共に内門付近へと歩を進めながら、イリヤは冷や汗が顔を伝うのを感じていた。

 

 

内門から少し西、水門のほど近くから砲弾の音が聞こえたのはつい先ほどである。ピクシス司令と向かうその先には、砲撃音の後に上がった大量の蒸気が空に上がっていた。

 

 

 

突如として起こったその異常事態に、周囲の駐屯兵たちに動揺と恐怖が走っていた。

 

 

 

恐怖は伝染する。まさに、それをイリヤは身をもって知っている。

 

 

 

その恐怖は、伝染するが故に、屈服させることは困難である。じわりと体を蝕み、いつの間にやらその怪物に己の精神は喰われている。

 

 

 

そうなれば、空を飛ぶことはもう出来ない。

 

 

 

イリヤはすでに、その恐怖を知っている。

 

 

 

だからこそ、その水門付近の壁に向かって刃と砲口を向ける駐屯兵たちの中にある恐怖に、マズイと舌打ちした。ピクシス司令の後ろに控えて歩きながら、周囲の駐屯兵を見れば、彼らは必死に震える両手を叱咤して刃を構えていた。

 

 

その先にいるであろう前線の兵士の恐怖は、後衛で控えている彼らのそれより大きなものだろう。

 

 

 

怪物のように大きな恐怖は、知れず判断力を低下させる。そうなれば、食われるだけだ。巨人に。イリヤは焦る気持ちを抑えながら、冷静な老人の背中の薔薇を見て頭を振った。

 

 

 

冷静にならなければ。

 

 

 

 

「証拠は必要ありません!!」

 

 

 

 

少年独特の、少しだけ高い声がイリヤの耳にも届いた。次に、視界に壁近くで俯いたような巨人が見えた。

 

 

反射で思わず立体機動のトリガーを取り出そうとしたイリヤに、斜め前を歩いていた司令の付き人の女性兵士が「大丈夫よ」とその動作をたしなめた。

 

 

よくよく見れば、それは骨が浮き出た巨人であった。先程から上がっていた蒸気はこの巨人の残骸から発しているらしい。上半身の大きさは15メートル級以上はあろうか。それにもかかわらず、背がやけに低い。近づいていくごとに、それはその巨人に下半身がないからだということがわかった。

 

 

あれが、トロスト区内で出現したという、巨人を襲う巨人だということだろう。

 

 

 

 

「大勢の者が見たと聞きました!ならば彼と巨人が戦う姿も見たハズです!!周囲の巨人が彼に群がって行く姿も!!」

 

 

 

耳に、少年兵の壮絶な声が聞こえる。

 

 

あれが、その巨人の中から出てきたという少年と、その友人たち、ということだろうか。

 

 

 

「つまり巨人は彼のことを我々人類と同じ捕食対象として認識しました!!我々がいくら知恵を絞ろうともこの事実だけは動きません!」

 

 

 

ひらけた視界に、その演説の主を見る。可愛らしいとも形象できそうなその少年の容姿と、背後に控える顔色のひどい少年。そして脇で彼を支える殺伐とした雰囲気をまとった少女。

 

 

あれは。

 

 

 

「あいつらは……」

 

 

 

朝方。調査兵団の凱旋を、無邪気に眺めていた訓練兵だった。

 

 

 

「迎撃態勢をとれ!!」

 

 

 

隊長らしき人物の焦ったような指示。その指示に、壁と建物の上に設置された砲口が、彼ら三人の訓練兵へと無慈悲に向けられた。恐怖に食われた人間の指示に、イリヤの耳は危機を察する。その声は、調査兵団では巨人に食われる人間の発するそれだった。

 

 

 

「おいおいおい。マズイだろ」

 

 

 

恐怖に喰われ、思考力を失った指示は、即ち死を意味する。壁外の経験から、その迎撃指示にイリヤの本能が警鐘を鳴らす。そんなイリヤの焦燥にチラリと視線を寄越したのはピクシス司令である。老兵はふむ、と何やら思わしげに頷いて歩を早めた。老齢とは思えない速さである。

 

 

司令の後を追って、駐屯兵の間をくぐり抜け、開けた場所に出た時、その少年の声がイリヤの耳を打った。

 

 

 

「私はとうに人類復興の為なら心臓を捧げると誓った兵士!!その信念に従った末に命が果てるのなら本望!!」

 

 

 

その声は、恐怖にとらわれながらも、生き抜こうとする思考の在り処を、これでもかと主張する強いものだった。

 

 

「彼の持つ「巨人の力」と残存する兵力が組み合わされば!!この街の奪還も不可能ではありません!!」

 

 

 

心臓を捧げた敬礼で、叫ぶ少年兵の後ろでは未だに巨人が蒸気をあげている。その錯綜した景色に、イリヤは頭の芯がくらくらするような気がした。

 

 

 

「人類の栄光を願い!!これから死に行くせめてもの間に!!彼の戦術価値を説きます!!」

 

 

 

――巨人から街を守るために、巨人の力を利用する?

 

 

 

少年兵の言葉に、ピクシス司令がわずかな笑みをこぼしたのが、後ろについていたイリヤにもはっきりと聞こえた。

 

 

 

「生来の変人」。そう呼ばれるピクシス司令が、その柔軟な発想と強固な指揮権でもって、巨人化できる少年の力で壁に開けられた穴を塞ぐという計画を兵士たちに話すことになるのは、それから数十分ほど後だった。

 

 

 

巨人化する能力をもつ少年は、エレン・イェーガーといった。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「死に行くせめてもの間に……か」

 

 

 

先程、駐屯兵たちにエレン・イェーガーの利用価値を説いた少年兵の言葉を思い出し、イリヤは立体機動装置のトリガーを調整しながら呟いた。

 

 

振り返った先、壁の上ではその少年、アルミン・アルレルトが参謀たちと話している姿がある。

 

 

 

「おい、あんた……」

 

 

 

少年兵と参謀たちの最終打ち合わせの様子を離れて見ていたイリヤに、後ろから声をかけてきたのは、「人間兵器」たるエレン・イェーガーだった。

 

 

 

「あんた、調査兵団だったのか……」

 

 

「ん、ああ……」

 

 

 

その日の朝、壁外へと向かう調査兵団の行軍を見送っていた少年。彼の右腕と左足の衣類が不自然に千切れている。そこから伸びる細い四肢は、傷ひとつない。

 

 

報告通りだとすれば、それは巨人に食われた後、再生したということだ。

 

 

 

「エレン・イェーガー、だったか。俺はイリヤだ。イリヤ・ツェラン。……お前の先輩にこれからなるだろうな」

 

 

「先輩に?」

 

 

「お前、調査兵団志望なんだろ?」

 

 

 

そうでなければ、イリヤの調査兵団への暴言に、あれほど怒りをあらわにするはずがない。しかし、エレンは困惑したように眉をひそめた。

 

 

 

「いや、しかし、今はそれどころじゃ……」

 

 

「何だお前。失敗するつもりか?お前はここで穴を塞ぐ。明日の入団式ではお前は調査兵団に志望する。それを俺がエルヴィン団長やリヴァイ兵長たちと迎える。そうじゃないのか?それとも、そうならないとでも?失敗するつもりか?」

 

 

「いや!俺はやる。やるんだ……」

 

 

「頼むぞ……イェーガー」

 

 

 

自分に言い聞かせるように、もう一度「やるんだ」と呟いたエレンに、不安を覚えながら「頼むぞ」とその肩を叩こうとしたとき、イリヤは自分に注がれる視線に顔を上げた。

 

 

 

「……何か」

 

 

 

じっと彼を見つめていたのは、彼の後ろにずっと付いていた目つきの悪い少女だった。エレンと同じくらいの体格だろうか。見慣れぬ東洋系の顔立ちに、切れ長の黒い瞳は、整ったものだったが、いかんせん、殺意丸出しの視線は少々いただけない。

 

 

 

「あなたも、出撃するんですか?」

 

 

 

確か、エレンは彼女のことをミカサ、と呼んでいたか。三人で凱旋を見にきていたうちの一人だったことからも、エレンとは単なる同期、という間柄ではなさそうだと思った。

 

 

 

「ああ、もちろん。巨人を前に待機だなんて、調査兵団失格だろ」

 

 

 

その言葉に応答したのは、エレンでもミカサでもなく、打ち合わせを終えた駐屯兵の参謀だった。

 

 

 

「そう言ってもね。……ツェラン調査兵。……やはりあなたには壁の上での待機をお願いしたいのだけど……」

 

 

「いえ。アンカ駐屯兵。俺は調査兵です。ここで最も実戦経験の多い兵士を使わない手はありません。どうか、先ほどの立案通りお願いします」

 

 

 

参謀の一人、ピクシス司令と共に内地から出戻ったという女性にイリヤは笑って言った。エレン・イェーガーが街の大岩を持って壁の穴を塞ぐために巨人化する。そのエレンを守る駐屯兵団の精鋭班とは別に、イリヤを班長に手練れの駐屯兵を班員とした即席の班が、壁に寄せられなかったあぶれた巨人の対応をすることになった。

 

 

指揮系統の違いと、イリヤが調査兵としてまだ一年足らずの若手であったことからも、ピクシス司令はイリヤを前線に出すことには難色を示した。しかし、ここで唯一実戦経験のある調査兵を前衛に出せば死ぬ命は少なくなるだろう、とイリヤが自身で駐屯兵を説得したのである。

ピクシス司令の付き人であるアンカは、「わかったわ」と肩をすくめながら頷き、イリヤと共に戦う兵士たちを紹介した。

 

 

 

「よろしくお願いします」

 

 

「こちらこそ」

 

 

 

イリヤと共に編成された班員たちは、皆彼より年長の男性兵士だった。丁寧に頭を下げたイリヤに、「頼むぞ」と彼らは握手を求めた。年端もいかない、実力もわからない兵士の指揮下に入ることになるが、彼らの表情には懐疑や恐怖は見られない。厳しい表情をのせながらも、任務として割り切ることができているのは、彼らが優秀な兵士であることの証左だった。

 

 

 

エレンを先頭に、大岩に最も近いあたりまで、壁の上を走り出した精鋭班の後ろにつき、イリヤたちも走り出す。

 

 

 

正直なところ、イリヤの思考回路も感情も、現状を正しく理解しているとは言い難い。

 

 

いきなり現れたわけのわからない巨人の訓練兵。そいつに全人類の命運をのせて抗うしかない選択肢に絶望を覚えないわけではない。

 

 

その細い後ろ姿に一抹の不安を覚えながら。それでも。

 

 

 

 

――生きているうちに最善を尽くせ。

 

 

 

 

走りながら、イリヤは胸元に飾られた双翼のエンブレムを握りしめた。

 

 

それは、その自由の翼をもつ兵士たちの合言葉だった。皆、たった一人になっても、どんな絶望的な状況においても、屈することなく「生き残る」ために戦うのだ。

 

 

壁の外に視線をやれば、はるかマリアの領土の向こうで、太陽がゆっくりと傾き始めている。青い空にも、茜が混じり始めていた。日の入りまであと少し。

 

 

 

わずかに目を細めて遠方を見たが、今頃マリア領土で巨人たちと交戦しているであろう、仲間たちが上げる色とりどりの狼煙を見つけることはできなかった。

 

 

 

 

たった一人でも。

 

 

 

 

それは合言葉だ。死ぬためではない。

 

 

生き残るために。

 

 

生きていくために、調査兵は抗い続けるのだ。

 

 

 

破壊された街を足下に、イリヤたちは少年兵を先頭に壁の上から飛び降りた。

 

 

 

朝までは何事もなかった平穏な街並みが破壊尽くされ、そこかしらに咲く生々しい赤い血が上空からはよく見えた。「地獄」とやらを体現したようなその景色はいっそ、現実味が乏しいほどであった。

 

 

 

 

今こそ、人類存亡の瀬戸際。

 

 

 

 

イリヤは視界の隅で少年が巨人と化す様を認めながら、刃を抜いた。

 

 

 

 

 

 

 









イリヤとエレンの接触が短い。そしてその割に長い。

本作のオリジナル主人公のイリヤと、駆逐ボーイエレン、そしてそんな彼らの憧れ、グレートマザーリヴァイ兵長のお話にしたいのに、どれだけかかってるんだ。

次。次にようやくイリヤが主人公になります。やっとか!


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