小さく丸められた背中を、エレンは見つめていた。その背中の主は、波風立たぬ穏やかな湖面を眺めている。
湖を囲む森の木々たちも、穏やかな風にその木の葉を揺らすだけで、あたりは静謐な雰囲気に包まれていた。
背中の主が振り返るが、顔は見えない。
まるで顔だけが霧に隠されたように、その主の輪郭はぼんやりとしている。
誰だろう。あれは、誰だっただろうか。
――××××。我が一族の盾。
違う。それは俺のことじゃない。あんた、
「これは持論だが躾に一番効くのは痛みだと思う」
よく研ぎすまされたナイフのような硬質で、それでいてひんやりと冷たい声が頭の上から降ってきた。頭と顔と腹を襲う痛みに、世界が周る。なんとか視線だけでも上げれば、それこそナイフのような鋭利な顔つきの兵士が俺を見下ろしていた。
憧れのリヴァイ兵長は、流石、切れ味が良い。俺が幼い頃にミカサと握った果物用のナイフじゃなくて、人の肉を切るためだけに研がれたナイフのように、一途に、美しく研ぎすまされたナイフだ。この人はそんなナイフのような顔をしている。
再び数発蹴り上げられて、そんな思考もどこかに吹き飛ばされた。痛みと朦朧とする意識と、心の臓から湧き上がる熱さに、リヴァイ兵長や周囲の人の声が遠くなっていく。
コノヤロウ、と抑えきれない熱さになんとか顔をもたげれば、冷え切ったアイスブルーの目が忌々しげに細められていた。この人、まるで人をゴミかなんかのように見るんだな。
その彼の背後には、審議所の天井に描かれた壁画が見える。数人の男に囲まれた一人の人物が、地面に膝をついていた。両手を鎖で拘束されたそいつは、罪人なのだろう。
どうやらそれは、俺の姿のようだ。
「結論は出たな」
リヴァイ兵長が何やら言い放った後、審議所に響いたその声で、ざわめきは一瞬にしておさまった。押し殺したような静けさに、顔を上げれば、ザックレー総統が机を一つ叩いた。
「エレン・イェーガーを調査兵団預かりとする」
命が繋がれた。
俺がそれを理解した時、リヴァイ兵長の一声で俺を地面へと拘束していた杭が外された。
「手当を」
その兵長の呼びかけに応じるように、俺のすぐそばに駆け寄ってきて、膝をついた兵士がいた。体を起こすために差し出された腕が予想以上に細くて、驚いて見たら、それは黒髪黒目の女性兵士だった。
ああ、「女神様」か。
「彼の手錠を外してくれ」
「いや、しかし」
「彼はもうこちらの管轄だ。手当をしたい。外してくれ」
「女神様」――クシェル副官の言い分に逡巡する憲兵団に、リヴァイ兵長が畳み掛けるように睨みをひとつきかせれば、彼らは躊躇いながらも俺の両腕を解放した。クシェル副官は俺の両手首の手錠による擦り傷に、「可哀想に」とその優しい手を重ねた。
驚いてその顔を見れば、脱脂綿を口に容赦なく突っ込んできて、「歯が抜けただろ」と眉をひそめて言った。
その後の傷の処置は、簡易的であり、そして少し強引ではあったものの、迅速であった。彼女は終始労わるような視線をくれていたが、「可哀想に」と撫でた傷は、両手首のそれだけであった。リヴァイ兵長の一方的なリンチによる傷には、何も言わなかった。
その後、審議所の控え室に通されて、ハンジ分隊長が用意していた医療箱によって傷は再度処置された。巨人狂いと訓練兵団にも聞こえの高い分隊長の手当は、副官のそれとは違い、完全に「処置」であった。リヴァイ兵長の暴力を「やりすぎ」というふうに評して心配そうに目を細めてくれたが、その栗色の瞳からは俺への好奇心が隠しきれずにこぼれ落ちていた。
「君に敬意を」と握手を求めてくれたエルヴィン団長も、隣で横暴な素振りで座しているリヴァイ兵長も、目の前で爛々と目を輝かせているハンジ分隊長も、俺を調査兵団へと迎え入れれたことに、安堵を覚えているようだった。
ちらりと窓際に視線をやれば、寡黙に腕を組んでいるミケ分隊長が俺に一つ頷いた。その隣では、クシェル副官が少しだけ笑いかけてくれている。
少なくとも俺は、この人たちには拒絶はされていない、らしい。
「ねえエレン。口の中見せてみてよ」
リヴァイ兵長と何やら問答をしていたハンジ分隊長が不意に好奇心に満ちた顔を向けてきた。はい、と従順に口を開ける。リヴァイ兵長は隣で何やらエルヴィン団長に言っている。ミケ分隊長とクシェル副官が一言二言、言葉を交わしている。
「あっ!」
部屋の中に流れ始めた幹部と部下同士の、賑々しい空気は、ハンジ分隊長の驚愕の声で一瞬にして掻き消えた。
「歯が、生えてる……」
震えた声に、わずかに俺は肩を震わせた。
実は何となく。何となくその感覚はあった。何やら口の中と手当てされた傷の部分だけ、やけに暖かくなってきていたのは審議所をでた頃からだっただろうか。気のせいかとも思っていたが、もしそれが傷が治る過程に生じた温度だとするならば。
「あ!!傷も!!」
確認のために頰に貼られた傷宛を外せば、瞬時にハンジ分隊長が叫んだ。驚愕と、少しの恐怖に似た感情を浮かべていた顔が、みるみるうちに嬉しそうに輝いていく。
「エ、エレ、」
「ハンジ。大きい声を出すな。抑えろ」
明らかに興奮した様で叫びだした分隊長の肩をもって抑えたのは、エルヴィン団長だった。団長の冷静な叱咤に、さすがの彼女は大人しく黙して頷いた。だが、興奮は冷めやらぬようで、鼻息だけは犬のように荒い。
「人間態でも再生能力は巨人並みということだな」
落ち着いた声音の団長は興味深いなとうなずいた。しかし、どうにも俺には団長の顔から驚きや好奇心が感じ取ることができずに、「はあ」と間抜けみたいに答えてしまった。
「気持ち悪ぃ……」
ぼそりと呟いたのはリヴァイ兵長である。絞り出したような、小さな声は彼の本音を表していて少しだけちくりと胸が痛む。見れば、俺を無表情に蹴り上げていたナイフは、今はまるで人間のように感情豊かに歪められていた。
めっちゃ気持ち悪ぃ。
そう、はっきり顔に書かれている。さすがにちょっと傷つく。下衆でも見るようなその顔つきに、「ブククッ」と鼻を鳴らして笑ったのはクシェル副官である。しかし彼女はリヴァイ兵長が何か口を開く前に、「失礼をいたしました。申し訳ございません」とすぐさま取り澄まして背筋を伸ばしたので、悶着は起きなかった。
一瞬、沈黙が訪れたのは、たぶん、その調査兵団の中心人物たち全員がすごい勢いで何やら考えていたからだろうと思う。一番最初に口を開いたのは、意外なことに寡黙を貫いていたミケ分隊長だった。
「あいつと同じか、クシェル」
「……おそらく。彼にはあれ以来、試していませんので確証はできませんが……。まだ、あれから一度も目を覚ましていないので」
「確認は必要だな。彼とエレンの能力の相違を早急に調べ上げることが先決だ。できるか、ハンジ」
「もちろんさ、エルヴィン!!そうと決まれば早速彼のところに戻らなきゃね!」
「おい、眠っている兵士に実験するのか。それはあんまりじゃないのか?」
「大丈夫です、ミケ分隊長。私が責任を負います」
唐突に繰り広げられた会話に、戸惑って言葉を失っていれば、隣で同じように口を噤んでいた兵長が、元のナイフのように研ぎすまされた視線を投げてきて言った。
「「あいつ」とやらが気になるか」
「……ええ。俺と同じように、巨人化する、んですか?」
まさかと思って問えば、リヴァイ兵長は一瞬、団長の方へちらと視線をやったあと、すぐに真っ直ぐに俺を見つめた。
「あいつは巨人化はしねえ。今のところ、な。……あいつは、お前の」
******
「あいつらはお前の監視係だ」
古城の窓から外を覗きながらそう教えてくれたオルオさんは、物憂げを装ってふう、とわざとらしくため息をついた。
「あいつらはクシェル副官率いる研究班。表向きは団長や司令班の補佐、壁内資料の歴史研究が主な任務だが、裏の顔は兵団内部の兵士たちの素行や内通者を監視する奴らだ。要は監視のプロってわけだ。……気をつけろよ。お前のような小便臭いガキなんぞ、少しでも怪しい動きをすれば、俺たちが手を下す前に、あいつらがお前を消すだろうからな」
古城の二階から見下ろした先には、黒髪の女性兵士と、二人の男性兵士が荷馬車から大量の荷物を古城に運び込んでいる姿があった。あれが、リヴァイ班とともに古城待機を命じられたクシェル班の精鋭だ。
振り返れば、「兵長の真似はやめて!」とオルオさんの腹に掌底をお見舞いしているペトラさんと、それに白目を剥き出している三角巾クラバットのお掃除姿のオルオさんが遊んでいた。
「クシェル副官は、そういった任務もされているんですね……。仲間の監視だなんて……」
「意外だった?」
「あ、まあ。「女神様」の噂の印象が強くて」
クシェル副官。五年前のシガンシナ陥落の際、放棄された街から見捨てられた負傷兵と民間人を救出した英雄譚は有名である。それこそ、一個旅団並の戦闘力をもつと伝説化したリヴァイ兵長と同じくらい、彼女は民間におけるヒーローなのだ。 危険を犯してまで人命を救った彼女の英雄譚は、兵団旗を掲げて人類を率いる慈愛の女神として絶大な人気を誇示している。
聖母とまで評される彼女は、リヴァイ兵長が無双の戦いの神様のように讃えられるのと、まるで対になっているようだ、と話してくれたのは、女神様ファンのアルミンだった。
俺の感想に、ペトラさんはうぅん、と少しだけ考えて、
「うん。クシェルさんが優しい人だというのは本当だと思うよ。いつも末端の兵士にも笑いかけてくれるし、部下思いの人だと聞いたこともあるわ。まあ、リヴァイ班はあまりクシェルさんと仕事をすることがないから、人づてで聞いた評判だけど」
「リヴァイ班とは関わりはなかったんですか?」
「そうね。リヴァイ班は他の班とは別行動が多いし……。連携するのはハンジ班がほとんどだしね。クシェルさんとリヴァイ兵長が仕事以外で話しているところもあまりお見かけしないし……。あまり知らない、というのが本当のところなんだけど……」
でも、と少しだけ言いよどんだペトラさんに、「それだけじゃないだろうよ」と口を挟んだのはオルオさんだ。彼はそのとても小さな目をさらに小さく細めて、厳しい声で言った。
「ただ優しいだけの人間が五年以上生き延びられるほど調査兵団は甘くねえ。それに、ただの慈愛に満ちた「女神様」を、あのエルヴィン団長が側近として重宝する筈がない」
「エルヴィン団長が、クシェル副官を重宝する理由とは、何なのでしょうか」
「わからないのか?まあ、お前のような小便臭いガキならわからないだろう、ッグ!!」
オルオさんの話の途中、厳しく形相を歪めたペトラさんが彼の肩に体当たりした。哀れなオルオさんは、舌を噛んだようで、激しく悶絶している。この二人の先輩方は本当によく遊んでいる。
「エレン。コイツの言うこと、気にしなくていいからね。ほんっと、変な喋り方!」
「オイ、ペトラ。お前、そんなに俺の手綱を握りたいのか?」
「気持ち悪いって言ってんのよ!!」
「ペトラ、オルオ。何してる」
おみつき徳利よろしく、仲良く言い合いをしだした二人が、部屋の入り口で響いた低い声に、瞬時に直立不動の姿勢をとった。エレンも思わずつられて、雑巾を片手にしたまま背筋を伸ばした。
「エレン。お前にクシェルの班を紹介する。お前ら全員降りてこい」
口を覆っていた白い布を下げながら、我らが兵士長は静かに言った。
*****
「趣のある城ですねぇ。ちょっと調べてみてもいいですか?私、こういう建造物興味あるんです」
「却下だ。それよりお前たちも早急に準備して掃除に取りかかれ」
「ですって、エーミール。頼むね、お掃除」
「ですってじゃありません、クシェル班長。あんたもですよ。……と、言いますかね。リヴァイ兵長殿。こんなときにまで掃除なんて……。大方掃除されたようですし、十分だと思いますが」
「エーミール。お前の目は節穴か?壁の溝に埃が溜まってるのが見えねぇのか?床の端にはカビが生えているところも多い。窓なんて雨の跡がこびりついてやがる。こんな場所で息をしろと?」
「今、息してるじゃないですか。もういいですか?早くしないと日が暮れてしまいます」
「待てクシェル。お前は人の話を聞け」
「クシェル班長。ほんと、頼みますよ。リヴァイ兵長、ちょっと、班長の胸ぐら掴むのやめてもらえませんか」
エレンはその三名の上官方のやりとりを、目を丸くしながら直立不動の状態で見守っていた。
荷下ろしが済んだらしいクシェル副官率いる研究班の三名との顔合わせである。が、リヴァイ兵長はエレンに簡単に彼らの紹介をした後、早々に掃除の催促をし出した。リヴァイ兵長の潔癖ぶりは、このたったの数時間で嫌というほど味わった。エレンが驚いているのはそれではない。畏怖の対象たるリヴァイ兵長への、研究班二名の態度である。
「あの三人は五年以上前からの付き合いらしいよ。あの中ではリヴァイ兵長が一番、在団歴が短いの」
瞠目しているエレンに、解説するようにペトラが耳打ちしてくれた。なるほど。意外なことだが、彼らはリヴァイ兵長の新兵の頃を知っているということだ。それから何度ともなく死地を共にくぐってきたのだろう。それなりの付き合い、というのがあるらしい。
「クシェル班長。研究書、部屋へ全部運び終わりました」
彼ら五年以上生き残っている猛者たちが、やんややんやと問答している部屋に、若い兵士が入ってきた。
その兵士の顔を見て、エレンは「あ」と思わず間抜けに声を発した。エレンの声に、その若くて背の高い兵士は少しだけ眉をひそめて、リヴァイ兵長に敬礼した。
「遅くなりました。準備は全て終わりました」
「ああ。エレン。こいつがさっき言っていたイリヤだ」
「ああ……はい。どうも、えっと……」
「エレン。元気そうだな」
「ああ……お前も、生きてたんだな。良かった」
それは、トロスト区攻防の際、駐屯兵団の精鋭班と共に、エレンの護衛へと回っていた調査兵だった。凱旋のとき、クシェル副官に「英雄気取りの勘違い野郎」と暴言を吐いていた兵士だ。
「ああ、二人はトロスト区の作戦の時に顔を合わせてたんだったね。ちょうどいいですね、リヴァイ兵長。日が暮れる前に、エレンやリヴァイ班の皆さんに彼のことを伝えておきたいんですが、どうです?」
明るい声でクシェル副官が言った。丸くて大きな瞳がきらきらと無邪気に輝いていて、その真意はイマイチ読み取りづらい。
提案されたリヴァイ兵長は、エレンや黙して付き従っていた班員たちに目配せした後、しばらくして諾と頷いた。
「イリヤ?」
リヴァイ班の副官的役割のエルド・ジンがクシェル副官の発言と、イリヤの思いつめたような表情に違和感を覚えて首をかしげた。
イリヤは答えない。エルドやペトラが知っている、自信家の傲慢な少年の姿はそこにはなかった。
「俺の能力については何もわかっていません。所以も、その意味も……」
こつりと、靴底が古城の堅牢な床を叩く音が響く。イリヤは部屋の奥へと歩きながら、班員たちから距離をとった。懐から小さなナイフを取り出して、左手でその刀身を握りしめた。
「だが、エレン・イェーガー。お前の巨人化能力とは無関係ではないと思っている。俺がここに配属された理由はそれだ」
薄いブラウンの瞳が不安げに揺れながら、それでも力強くエレンをまっすぐに見つめる。次の瞬間に、イリヤがナイフの刀身を思い切り引いた。
赤い鮮血が、彼の左手のひらから、ボタタ、と音を立ててこぼれ落ちた。古城と兵士たちのモノクロな色合いのなかで、イリヤの血だけが、鮮明に色だっていた。
「な!?蒸気が?」
「何だそれは!?」
「エレン、下がりなさい!」
エルド、オルオ、ペトラが声をあげて一斉にイリヤに対して構えをとった。
「再生してるのか?」
一人、イリヤから距離を保ちながらも冷静に言ったのはグンタ・シュルツである。彼らが見つめる先、イリヤが彼らに向けた手のひらから、大量の蒸気が放出されていた。
そのつん、と鼻をつく臭いは、彼らにとっては馴染み深い。巨人のそれであった。
「はい。再生しています。俺はこれで、巨人に食われた腰から下を全て再生させました」
蒸気の下で、肉が蠢き、皮が躍動している。ちりちりと少しずつ、しかし猛烈なスピードでそのナイフによる傷が徐々にふさがっていく。
驚くべき現象に一同が声を失っている間に、蒸気は少なくなり、いつの間にかすっかり傷跡もなくなっていた。
確かに傷があったことを証明しているのは、床に広がる赤い血の水たまりだけである。
蒸気が発してからずっと息をつめていたエレンは、ひゅる、と勢いよく止まっていた息を吐いた。再生のスピードは、エレンの知っているそれより、幾分も早いように思えた。
「こいつの能力のことを兵団内で知っているのは分隊長以上と、ここにいる奴らだけだ。俺の班には言い忘れていたが……俺たちはエレンだけでなく、こいつの能力の監視も任務に含まれている」
リヴァイ兵長が、呟きながらイリヤのもとへと歩み寄った。誰も何も言葉を発しない。リヴァイ班の面々も、エレンも、完全に驚きのうちに言葉を忘れていた。
「能力の意味がわからねぇなら、自分で作ればいい。……そうだろう、イリヤよ」
「……はい。リヴァイ兵長」
顔を青くして頷いたイリヤに声をかけながら、リヴァイ兵長はエレンにそのナイフのように研がれた視線をやった。
「お前らはこれから「人類」のために働いてもらう。「バケモノ」だろうがなんだろうが、どっちでもいい。身を粉にして尽くせ、エレン、イリヤ」
緑色の瞳に狂気を孕ませた少年と、淡い茶色の瞳に少しの迷いを隠している少年。
二人のバケモノの子どもたちが、人間の形をした、しかし実のところバケモノのようなその上官に、心臓を捧げる敬礼で答えた。
バケモノの子どもたちが抱くそれぞれの迷いに、大人たちはひっそりと耳打ちしてそれにフタをさせた。
エレンは敬礼をしながら、頭の隅からじわりと浸食するような痛みに耐えていた。
さざめきすらない穏やかな湖面が、視界の裏に映る。まるで脳にそのまま映像をぶち込まれたようなその景色が見えた瞬間、強烈な頭痛がエレンを襲った。
霧に隠されたような顔が見える。
――可愛い私の盾。
お前は誰だ。振り返った先に、淡い栗色の大きな瞳をした幼子が立っていた。
その映像に、エレンは思わず叫び声を上げてその場に倒れた。意識を失う前。脳裏に映されたその映像には、
その幼子に振り下ろされた、皮膚が露わになった赤くて巨大な拳があった。その拳の下では、幼子を守るように、栗色の長い髪の女だったものが潰れている。幼子は、エレンを、否、その拳の主を見つめていた。
その幼子の右足は、巨大な拳に潰されて、赤く染まっていた。
長い…
本当にここまで読んでくださった方に感謝を!
もう少し簡潔にまとめたい…